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2012年3月

2012年3月31日 (土)

ジャクソン・ポロック展(2)~初期 自己を捜し求めて

Pollockwoman これから展覧会の展示の章立てに随って、印象を書いていきたいと思います。

ポロックは最初から抽象的な絵画を描いていたわけではなく、そこに至るまで様々な試行錯誤を経ているというので、初期の作品からも展示されていて、どのようにポロックが有名なドリッピングまで辿り着いたかを追えるように展示されていました。実際に展示されている作品を見て、正直に思うものは下手糞で他人に見てもらえるような代物ではないというものでした。あの、ポロックの初期作品だから、とりあえず眺めますが、単独に作品だけを見せられても、見向きもしないと思います。

Woman」という作品は、ポロックが家族を描いた作品だそうで、彼にとって抑圧的だった母親が中心に陣取るという象徴的、内面的イメージが投影されていると説明されていましたが、ちゃんと仕上がっていないという印象です。というよりも、私には、説明で言われているような家族への思いを描こうとしたのか、その割には描かれている家族の存在感が感じられないのです。それよりも、この絵を見ていて私に見えるのは、中心に描かれている人物を真ん中に三角形に左右に三人ずつシンメトリーに人物を配置させた構成です。私には、人物とか、家族の肖像という題材を描くことよりも、こういう構成で描くので、無家族という題材を当てはめたように、どうしても見えてしまうのでした。それは、各人物の形態がしっかり描かれていないことにもいえると思います。

Pollockwata 「綿を摘む人々」という作品は、当時のルーズベルト大統領がニューディール政策の一環として、雇用の拡大と政策のPRのために連邦美術計画という若い芸術家の動員を行ったときに、ポロックもそこで雇われて描いた作品です。政府の経済政策で働きを得た人々を描くという、いうなれば宣伝絵画でしょう。しかし、どう見ても、そういうものとしては見えてきません。それよりも、前景の二人のかがんでいる人物は向き合い、その奥の背中を見せている人物は互いに背中を向いている、さらに後景の森の茂みが両端に配置されているという全体のシンメトリーを少し崩したような構成が見えてきます。また、農夫たちが引きずっている白い袋と農夫の背中との波打つ曲線が前景から奥にかけてつながっていくように描かれ、同じような波線が農地の草の描き方や空の雲の線にも反映しているという波形のリズムが画面全体に見られるところです。

Pollockkamen さらに「無題 蛇の仮面のある構成」という作品は、メキシコの壁画やネイティブ・アメリカン文化の影響をうけたころのものだそうで、説明ではポロックのシャーマニズムや仮面の力への関心を強調していたようでした。それよりも、私には正方形の画面の四辺の線に沿って雑多なものを詰め込んで、構成させてみたという印象が強かったのでした。

これらの例は私が恣意的にピックアップしているかもしれません。その点は、注意して読んでいただきたいのですが、ポロックという画家は、展覧会全体について書いたところでも少し触れましたが、何かを描くという“WHAT”の要素がかなり希薄なのではないか、思えるのです。題材に対しての、こだわりのようなものは感じられません。とりあえず、無節操に何でも描いていて、これを描きたいというのはないのではないか。それよりも、構成のような画面をどのように形作ってくかということ、つまりいかに描くかという“HOW”の要素の比重がかなり大きい性格の画家だったように思えます。いわゆる近代絵画では、描くべき何かが、つまり“WHAT”の要素が目的としてあって、それをうまく表現するために方法論、つまり“HOW”の要素が手段として必要になってくる、という作られ方をしていたと思います。こういうパターンとして、典型的にあてはまるのは、ヴァン・ゴッホの作品がそうでしょう。シャガールもセザンヌも、また抽象的な作品を作り出したカンディンスキーやクレーもそうでしょう。しかし、ポロックの作品を見ていると、目的と方法の主従関係が逆転しているように見えます。極端なことをいうと、悲しんでいることを分かってもらうために泣く、というのが近代絵画なら、ポロックの場合は泣くというのがまずあって、だとしたら悲しいのかもしれない、となっているのです。

それが、後年のポロックの抽象的な絵画作品に通じているかも知れない、とこじつけかもしれませんが、思いました。

2012年3月30日 (金)

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(7)

8.高次シンプソンのパラドックス

分母を等しくしていわゆる「正規化」の操作を施した場合、「シンプソンの不等関係逆転」は発生しない。この場合、治療は回復の確率を高めると紛れもなく言えることになりますが、母集団によって確率の高低が変わり、そこから見取られる関係性も変わる。しかし、だからといってこのように「正規化」したものが真の確率の関係を表現していることになるうというと、そうも言えない。二つの点に問題がある。第一に、こうした「正規化」の操作は、一見単なる数字の処理にすぎず、内容的な変更を加えていないので如何なる難点もないように見えるが、実際には最初のデータの実数に手を加えてしまっている点で問題がある。例えば、最初のデータでは治療を受けた男性60人に調査したが、この調査対象を200人の男性にまで拡張した時に、調査結果が同じ割合になるかどうかということは、この時点では不明と答えた方が誠実である。そうした不明性に目をつぶって正規化してしまうというのは根拠薄弱な機能的推測憶測を加えたことになってしまう。

そして、つぎのより根本的な困難が第二の点として、同じデータを別の基準で割り振った時、そしてさらにそれを正規化したとしても、不整合な不等関係が生じる可能性が消去できないという点が指摘できる。いわば「高次のシンプソンのパラドックス」が生じうるのである。例えば性差以外の仕方で、年齢50歳未満と以上とで分割してデータを集計したときには、治療は回復の確率を逆に低めるという関係性が浮かび上がる場合もあり得る。さらに、同じデータから正規化してもしなくても、分割の仕方が違えば、異なる帰結が生じうるということである。この事態はまさしく「高次のシンプソンのパラドックス」ということができる。

こうした事態は、明らかに母集団をどう選ぶかという点、そしてどういう分割をするかという点に、確率的相関は依存しているということを示唆している。そうであるならば、差し出されたデータに確率的相関が見出されたとしても、つまりある出来事が別の出来事の確率の上昇と相関しているとしても、そこから直ちに両者の因果関係を推定するのは理論的に誤謬を犯していることに常になり得る。ここでの例で言うならば、治療を受けることが回復率を高めるということを特定のデータから見出したとしても、そこから直ちに、その治療が回復の原因となる、という結論へ至ることには、つねに誤謬の可能性が待ち受けているということである。ということは、確率的因果の着想、そしてそれに基づいたベイジアン・ネットの考え方は、そのままの形で受け取ることはできないということになる。なぜなら、母集団の取り方によって確率的相関の有り様が変化するしうるからである。

9.「条件なし確率」の困難

もともとベイジアン・ネットの考え方は「ベイズ的条件付け」に基づいており、そして「ベイズ的条件付け」は「ベイズの定理」を応用したものであり、そしてさらに「ベイズの定理」は「条件つき確率」の定義から由来するものであった。しかるに、「条件つき確率」の定義は、その形から明らかなように、「条件なし確率」を用いた比の形として導かれていた。しかし、よくよく考えてみると、「条件なし確率」などというものが意味を成すだろうか。ここでの例に沿って言うならば「私がその治療を受ける」確率はどのように算定するのだろうか。ある特定の病気に罹っている場合とか、ある特定の症状を被っている場合とかのも母集団または参照クラスが決まって初めて確率の意味が立ち上がってくる。ということは「条件なし確率」というのも、実際は「条件つき確率」であると言うべきではないだろうか。

さらに「条件つき確率」を「条件なし確率」を用いた比の形での定義することには根本的な疑念がある。「条件つき確率」が条件となる項の確率が0であっても十分に意味を成しうる。しかるに、比による定義では、確率0のものを条件項とすることは除外されていたのである。そこで、「条件つき確率」そのものをプリミティブなものとして出発点におくべきという主張も出てきた。

しかし、その場合には、問うべきことが二つある。第一に、確率的相関と因果関係をこのように切り離したとするなら、因果関係はどのように認識されるのか。第二に、確率的相関は母集団や参照クラスに依存するのは分かったとしても、ではどのような母集団に拠ることが適切な関係性の認識に結びつくのか。

10.神秘化と無限性

この二つの問いは別個ではあるけれど、確率的因果の考え方を崩した後、という点で同趣旨の問いであるので、答えも共通に与えることが可能である。

先ず第一に考えられる答えの方向性は「神秘化」の道だ。因果関係の認識はなぜか分らないが端的に与えられるのだ、適切な母集団はなぜか分らないがあるとき確定するのだ、という答えである。それは逆に言えば、因果関係など人間には認識し得ないのだ、確率は母集団に相対的であって特定の母集団が特権的に適切だということは我々には分らないのだという含みを持っている。

そして第二の答えの可能性は「無限性」の道である。先の二つの問いに対して何らかの客観性を保持したいと考えるならば、再び経験的な検証によって答えることになる。確率的相関にある因果関係とそうでない因果関係とを経験的に検証して識別できるようにしようという道筋だ。こうした道筋は、再び確率的相関性を利用するしかないことになる。①特定のいかなる条件が、②「確定的相関と連動する因果関係」を決定するかを経験的に推定していくには、①と②の間の何らかの確率的相関性・因果性を利用するしかないだろう、ということである。あるいは③特定のいかなる経験的条件が、④「ある確率的相関を解明するための適切な母集団」を確定するのかを予想するには、③と④の間の確率的相関・因果性に拠るしかないだろうということである。となると、議論の形からしてこうした入れ子構造は「無限」に背進していく。つまりは、終わりがなく、因果関係の認識は空中分解する。確率的因果そして因果的ベイジアン・ネットもまた確率的相関をめぐる「無限性」のやみへと巻き込まれていくのである。

このような事態は、因果関係というものは究極的には検証し発見するものではなくて、どこかで認識者が規範として決定して行くしか名のものであることを暗示しているのではないか。ただし、そのように規範的に決定していくときの手懸りとなるのが、確率的相関、すなわち、そのときの特定の状況下で現実に人々に対する説得性を勝ち得ている確率的相関の関係なのではなかろうか。

ジャクソン・ポロック展(1)

Pollockpos 抽象表現主義というようなモノモノしいのとか、あまり関係ないのか、ジャクスン・ポロックというのはビッグ・ネームの権威になっているのか、老若男女で込み合っていました。

ジャクスン・ポロックの代表的な作品は、抽象表現主義と呼ばれる、いわゆる抽象画です。難が何だか分らない、難解だと一般的には言われているようです。

まず、このような抽象画(といっても、ホロックの抽象とカンディンスキーの抽象では意味合いが違うのでしょうけれど、ここでは便宜上一括化します)に対して「分らない」という言い方がなされます。このようにことに対して、評論家の先生や手引書などでは、”あまり考えすぎずに、無心に感じてみましょう”というようなご指導が為されることが多いです。これはズルいと思います。

この場合、日本の美術鑑賞というのは明治維新以来、西洋に追い付け追い越せで西洋文化を積極的に輸入した中のひとつだ。当時の日本人は先進地域の西洋文化として西洋美術を勉強した。それが後世に後をひいて、日本人は美術作品を勉強しようとする。そうではなくて、美は勉強するものではなく感じるものだ。だから、美術作品に対しては単に観て美しさを感じればいいというものです。勉強しようとか、理屈で理解するのではなくて感性で美を感じるとかいうことでしょう。でも、ここには言っている人の優越感が見え隠れしているように思います。つまり、こういうことを言っている自分は、西洋美術を理解してるので、もはや勉強する必要がない、西洋人と同じように美術にたいする感性がある、ということを暗に言っているように思えます。そして、一般の人には、エリートである自分のように感性で美術に接することができるように真似しなさい、と言っているように聞こえてなりません。

ここでいう「分らない」というのは、偉い先生方が言うような「美術を頭で理解しようとする」というようなことではなくて、(それが全然ないと言えませんが)、極端にいえば「こんなの絵ではない」という否定の意味があるように思います。だから、さきの言説に対して言えば、もともと感性で接する「美術」であると確信できないものに対して、このような言説は「美術」にたいして感性で接しなさいと言っているわけで、ピント外れも甚だしい、ということです。さて、「分らない」に戻りますが、かりに美術の先進国である西洋で抽象画がはじめて出て来たときのことを想像してみて下さい。「こんなの美術じゃない」という否定の声が多かったと思います。西洋人は断定的ない言い方をしますが、私等の場合は、そういう時に決めつけることをさけて、謙遜した言い方で逃げることが多いと思います。そういう時に「私には分らない」という言い方はとても便利です。そういう意味で「分からない」には婉曲な否定が入っていると思います。

だから、「分らない」という人には、別に無理してポロックの作品を見てもらわなくてもいいと思います。もともと、絵を見るというのは好き好きの世界でしょうから、好きになれない人に無理強いして、変な理屈をつける(感じればいいとか)ことは無用と思います。

ただし、一言付け加えさせてもらうと、例えば、今友人として行き来している人がいる場合、最初に出会ったときは「見知らぬ」人つまりは、「分らない」人であったはずで、おそらく、人は、その「分らない」という壁を突破して、その「分らない」人と「分り」合い、その結果友人となったと思います。だから、「分らない」というのは出会いの始まりなのです。その点で、未知の美術に出会った時に、「こんなの絵じゃない」といって断定的に否定するのではなくて、「分らない」と言ったのは、もしかしたら「分る」ためのスタートラインに立った宣言という意味合いもあるのではないかと思います。そういう意味で、「分からない」という態度を否定的にいうことには、私は与しません。

前振りの脱線が長くなりました。では、ポロックの作品について、簡単に考えを明らかにして、それぞれの作品を見ていきたいと思います。

最初のところで、抽象画と一括りにされてしまうけれど、ポロックとカンディンスキーとは違うということを書きました。その一見して分る違いというのは、両方とも何を描いているか分らないことは共通しています。しかし、カンディンスキーの作品(右図)では何だか分らないけれど、何かが描かれているのです。これに対して、ポロックの作品(左上図)を見る限り何かを描いたものとは見えないのです。何か禅問答みたいです。実際に、カンディンスキーの作品を見てみると、何であると特定することはできないけれど、へんてこりんな形が描かれているのは分かります。これは画家がとにかく描いたものだということは分かります。それを見る人は、何を描いたのか?とかこれは何だ?というように問いかける特定の対象がとにかくあるのです。あるいは見る人が画面の中から特定することができるのです。これに対して、ポロックの作品を見てみると、カンディンスキーの作品にかろうじてあったような地と図の区分すらできそうにありません。画面から一部を特定して切り取るということができない。カンディンスキーで言えば、これは何?と問いかけることのできた部分というものを特定することができないのです。言うならば、カンディンスキーの場合は目的としての抽象であるのに対して、ポロックの場合は結果としての抽象と言ってもいいかもしれません。ですから、ポロックの作品に対し、これは何と、微分的に分析していくことはできないのです。だから、何が、というよりは、どのように、という問いかけの方が容易なように思えるのです。

その辺りについては、これから個々の作品を通じて見ていきたいと思います。

2012年3月29日 (木)

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(6)

5.ベイジアン・ネットによる因果推論の表示

「ベイズ的確証理論」と「確率的因果」の融合は、「因果的モデル化」という形で、統計学、人工知能論、コンピュータ科学などとの連携のもとで進展を遂げている。なかでも、ジュディア・パールが提示したモデルは「ベイジアン・ネットワーク」と呼ばれている。それは「有向巡回グラフ」と「確率分布」を決定する「確率特定化」との、二つの要素によって成立すると規定される。

このベイジアン・ネットの考え方それ自体は、「ベイズ的条件付け」と「確率的因果」との融合を上手に表現し得る道具として、つまり構造の明確化を目的として、提起されたもので、それによって問題の見通しがクリアにできるようになったことは間違いない。その顕著な現われは、「にせの原因」を除く「ろ過」の働きが、ベイジアン・ネットの構築の最初から条件として組み込まれ、それを矢印の存否によって明瞭にした点が指摘できる。

6.シンプソンのパラドックスの衝撃

こうしたベイジアン・ネットの考え方は、いくら洗練化を施しているとしても、原因は結果の生起する確率を高める、という確率的因果の基本的着想を根底において引き継いでいる。それゆえ、もしこの基本的着想に対する疑念が提起されるのだとしたら、ベイジアン・ネットひいてはベイズ的確証理論そのものが大きな打撃を被ることになるだろう。

そして実際、原因とは結果の生起確率を高めるものだという確率的因果の基本的着想に対しては根本的な疑念がいくつか提出されている。そのうち、根源的でかつ深刻な疑問を投げかけているのが「シンプソンのパラドックス」と呼ばれるパズルである。これはニューヨークとリッチモンドで結核による死亡率の比較に関してのものから始まった。両都市のアフリカ系住民の結核による死亡率を比較すると、ニューヨークの方が高かった。また、白色人種住民の結核による死亡率もニューヨークの方が高かった。すると当然、両都市のアフリカ系住民と白色人種住民の総計における結核による死亡率を比較した時、ニューヨークの方が高いことが予想されるが、実際にはリッチモンドの方が高かった。もう少し分りやすい例で言うと、次のような(1)と(2)という前提から(3)を導く、一見妥当だと思われる推論が妥当でないケースがある。

(1)ある治療を受けて回復する男性患者の確率は、その治療を受けない男性患者が回復する確率よりも大きい。

(2)ある治療を受けて回復する女性患者の確率は、その治療を受けない女性患者が回復する確率よりも大きい。

(3)それゆえ、その治療を受けて回復する(男性及び女性)患者の確率は、その治療を、その治療を受けない(男性及び女性)患者の回復する確率よりも大きい。

直感的に考えると、(1)と(2)が成り立っているとするなら、(3)が成り立つと思われてしまう。しかし、こうした推論が妥当ではなく、男女それぞれではその治療回復が認められるのに、全体では認められないことがあり得るというのである。これはいかにも奇妙な事態である。pを「男性患者がその治療を受ける」、qを「女性患者がその治療を受ける」、rを「その治療を受けることは、その治療を受けないことよりも回復にとって好ましい」とおくと、上記の(1)から(3)までの推論は次のように表わせる。

(1)p⊃r

(2)q⊃r

(3)(p∨q)p⊃r

これは明らかに古典論理的に妥当な推論である。にもかかわらず、実際には成立しないのである。こんなことがありうるならば、この治療と回復との因果関係をどのように推定したらよいのだろうか。ある出来事の確率を高めるならばその出来事の原因となり得る、という確率的因果の原着想は、このシンプソンのパラドックスを前にしたとき、根底から覆されてしまうのではなかろうか。そして、ベイジアン・ネットによる因果推定も絵に描いた餅になってしまうのではなかろうか。

7.母集団に対する相対性

「シンプソンのパラドックス」に対して、最初に生ずるだろう素朴な問題点として、ここで確率といわれているのは単に統計データに過ぎないのであって、ベイジアン・ネットの基礎になると一般に考えられているはずの「信念の度合い」とは異なるのではないかという問題点である。これに対しては、「信念の度合い」を我々は突然に持つに至るのではなく、客観的なデータや専門家の見解などを聞きながら、それを踏まえて、あるいはそれに対する、「信念の度合い」を形成していくのだと。つまり、主観的確率と客観的確率などとしばしば峻別されるが、実は実践的にはそこに明確な差異はなく、むしろ混合しているのである。

一方「シンプソンのパラドックス」には演繹論理に対する疑念さえもが混じり込んでいる。マリナスの指摘によれば、r「その治療を受けることは、その治療を受けないことよりも回復にとって好ましい」という文は、「好ましい」ということに対して数量的に多様な意味を与えることができるので、「一義的解釈を許さない…よって、こうした非形式的な論証の定式化は妥当な論証形式一例にはならない」と診断する。換言するならば、p、q、rを用いて定式化した先の推論形式は、実は「シンプソンのパラドックス」の推論形式なにはなっていないということである。

では「シンプソンのパラドックス」の形式を真に明らかにするには、「数量的に多様な意味」をきちんと識別する手立てを講じることが必要だ。すなわち、確率を算定する時の「母集団」あるいは「参照クラス」が何であるかということを、しっかり考慮に組み入れなければならない。そのことを常に念頭に置きながら、確率の算定、そしてそれに基づく推論を遂行すべきなのである。逆に言えば、「母集団」や「参照クラス」が何であるかを確率の比較をするときに考慮しているならば、実は「シンプソンのパラドックス」はパラドックスでも何でもない。

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(5)

第2章 因果は確率的か─「ベイジアンネット」と「シンプソンのパラドックス」

1.因果関係の認識

我々は、日常、原因と結果と見なされる事象の間に圧倒的な相関性があることを過去の経験などを通して、その因果関係を確度の高いものと受け取ってしまう。しかし、それは、あくまでも「相関性」であって、必然性ではない。

原因と結果の関係というのは、少なくともそれについての我々の認識を問題にするというエピステミックな視点に立つ限りは、「確率」によって理解されるべきだ、という道筋が有望なものとして浮かび上がってこざるを得ない。ここに「確率的因果」の考え方が自ずと姿を現す。

2.確率的因果の基本着想

「確率的因果」の基本着想は、ある事象Cが別の事象Eの原因となるという認識は、Cが生じたときにEが生じる時の確率と、Cが生じなかったときにEが生じることの確率とを比較して、前者の確率が高いというデータに基づく、という捉え方である。これは「条件つき確率」を用いて、次のように表現できる。

P(E|C)>P(E|~C)

もちろん、しかし、こうした確率的相関があるからといって、それらに因果関係が認められると直ちに断定することはできない。相関する両事象に共通の原因がある場合は、その両事象は共通原因の二つの結果であって、それら相互には因果関係が成り立っていないからである。例えば、「電車の運転手が操縦桿を引く」をC、「操縦桿の周りに風が起こる」をA、「電車が発車する」をBと置くと、

P(B|A)>P(B|~A)

という相関性が成り立つと言えそうである。よって、AはBの原因となるかもしれない。けれども、事象Cを考慮に入れると、次の相関関係も成り立っていることが分かる。

P(B|A&C)>P(B|C)

つまり、事象Cが生じる限り、事象Aは事象Bの生起にとって何の貢献もしていないのである。このとき、事象Cは事象Aを事象Bから「ろ過する」と言われる。こうした場合の事象Aのような要素は「にせの原因」と呼ばれている。

このような「にせの原因」に対する対処を備えているだけでのシステムでは、このような確率的因果の相関性の構造は明らかになるかもしれないが、そうした相関性がデータの集積に応じて徐々にはっきりと確立されて来るプロセスは明確にならない。それを明確にするには、証拠やデータが得られるたびに因果関係の成立する確率がアップデイトされてゆくさまをシステムにおいて反映させる手立てがなければならない。ここで強力な道具立てを提供する考え方として「ベイズ主義」がある。

3.トマス・ベイズとベイズ主義

ベイズ主義というときのベイズとは、イギリスの数学者であり長老派教会牧師でもあるトマス・ベイズのことを指している。彼の死後に親族の手によって発表された「偶然論における一つの問題を解決する試み」のなかで、かわゆる「逆確率」を求める仕方について考察を加えて、「ベイズの定理」と呼ばれる公式の一つの形を示した。「逆確率」とは、たとえば、白玉と赤玉が一定の割合で入っている箱から赤玉を取り出す前向きの確率を求める通常の方向に対して、一定の背景情報が与えられた上で実際に赤玉を取り出したという箱の中から赤玉の入っている割合を求めるというときの確率を意味する。今日「ベイズ主義」と呼ばれる考え方は、我々の主観的な「信念の度合い」に適用することによって、様々な問題に対処していく立場であると大まかに言えるだろう。

ただし、ベイズ自身はあきまで出来事の生起にのっとって確率を規定しており、そのことは、彼の言う確率の対象領域は観察可能な事象でなければならなかった。このようにベイズとベイズ主義は必ずしも一致しない。ベイズ主義には提唱する人々によって基本的な点に揺れがある。

4.ベイズ的確証理論の発想

今日のベイズ主義が、仮説が真であることに対する「信念の度合い」が証拠が得られるたびにアップデイトされていくさま、すなわち、徐々に確証または非確証されていくさまを論じる「ベイズ的確証理論」として大きな影響力を持ち続けていることは事実として間違いない。こうしたベイズ的確証理論は、「ベイズの定理」を証拠が得られたときを基準とする時間差を加味しながら、仮説の確率のアップデイトのメカニズムとして読み替えようという発想に基づく。これが「ベイズ的条件づけ」と呼ばれる。換言すれば、「ベイズの定理」に経験的意味づけを与えて捉え直したものが「ベイズ的条件づけ」なのだ。

「ベイズ的条件づけ」を基礎とする「ベイズ的確証理論」に対しては多数の批判や反論が湧出した。ここでは、因果関係の確証を「ベイズ的確証理論」によって解明することがどのように可能か、という問題を考える。次の出来事タイプを表わす文をそれぞれ次のように置く。すなわち、「インフルエンザ患者がタミフルを服用する」をT、「インフルエンザ患者が意識障害を起こす」をD、さらに「インフルエンザ患者が治癒する」をRと置く。それぞれ出来事タイプを表わす文である。ここで問題となるべきは、「TがDの原因となる」(仮説1と呼ぶ)あるいは「TがRの原因となる」(仮説2と呼ぶ)といった仮説を、データを得ることによって確証していくという事態をどう解明するかという点である。確率的因果の考え方を受け入れるならば、二つの仮説は次のように表わせる。

仮説1 P(D|T)>P(D|~T)

仮説2 P(R|T)>P(R|~T)

これらの仮説を確証するデータは、タミフルを服用していないインフルエンザ患者の反応に対する、実際にタミフルを服用した個別のインフルエンザ患者の反応である。つまり、タミフルを服用したインフルエンザ患者が実際に治癒したり、意識障害を起こしたりした、というデータである。こうした事態を、単に確率の大小関係としてだけでなく、データの集積具合に応じた徐々に進行する確証プロセスとしてリアリスティックに捉えるには、「ベイズ的確証理論」への対応付けが求められる。そうした対応付けのもとで捉え返すならば、それぞれのデータが仮説1や仮説2が真であるという「信念度合い」をどのようにアップデイトしてゆくかを「ベイズ的条件付け」によって解明する、というのが、ここで立ち向かうべき主題となる。

2012年3月27日 (火)

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(4)

6.パラドックスの射程

ソライティーズ・パラドックスが認識論に向ける刃は自然主義的認識論だけをターゲットにするだけでなく、はるかに全面的である。「知る」という根本的な述語それ自体が曖昧だからである。そもそもある事柄ついて知っているということは、その事柄について問われて答えられる、という基準が考えられる。この場合の答えるということは、外形的なことに絞っても、即座に応答できることが答えたことになるだろう。では、その即座とはどのくらいの時間を言うのであろうか。ここには鮮明な境界線はない。このような外形的な記憶の甦りにかかる時間的観点だけでも知っているということは、明らかに境界線事例を許している。そうなると「知る」ことを論じる認識論全般が、宿命的に曖昧性に巻き込まれている。

議論は別の方向へシフトする。ソライティーズ・パラドックスがもたらす矛盾の脅威は、自然主義的認識論だけでなく、認識論全般を射程に入れたものであり、それを真の困難として受け入れることは、認識や知識はそもそも不可能なのだ、という全面的懐疑に至る。しかし、これは、そう論じる哲学的主張にも跳ね返ってくる帰結である。

ここで、ソライティーズ・パラドックスがもたらす矛盾を根本的な困難であると即断することに見落としがあるのではないかと、考えてみる。矛盾を認めると論理的にすべてのことがそこから演繹できて、結局は主張の有意味性が消滅してしまう。他方、文字通りの矛盾は完全なる偽・不可能であり、それゆえ原票も不可能なはずだ。ソライティーズ・パラドックスがおいて矛盾が現に言い立てられているとするなら、それは全てのことを演繹してしまうような完全な不可能性としての矛盾とは異なる矛盾と考えねばならない。ソライティーズ・パラドックスが浮かびあがらせている矛盾は、実際にすべてを演繹するといったカオスをもたらす矛盾であるはずもなく、不可能事ではない事態として実際に発現してしまっている。ではソライティーズ・パラドックスが実在的に生じている現象である、ではそうした現象が自然現象であるならどうなるだろうか。

7.ソライティーズの因果説

ソライティーズ・パラドックスに対して、筆者はこの実在性を前提にして、条件的ソライティーズにおけるそれぞれの条件文の形の前提を、前件を原因、後件を結果とする「確率的因果」と捉えて、パラドックスを記述的に理解するというソライティーズの因果説を提示する。

ソライティーズの因果説を「死」の判定の例に沿って、簡単に検証してみる。二つの場合に分けて整理する。第一に、死の三徴候が現われて60s60秒後)は、おそらく「死んでいない(蘇生可能性がある)」の境界線事例であり、そうした事態にある人が「死んでいない」という判断は真とも偽とも言い難いと考えられる場合である。この場合を「ソライティーズの因果原理」に沿って理解するなら、例えば、そうした事態について判断する直前に、(ⅰ)三徴候が現われて59.999s後の人について「死んでいない」と判断した時、(ⅱ)同様に三徴候か現われたけれども59.999s後の人について「死んでいない」と判断しなかったときの、確率的因果の関係の比較が手懸りと成る。つまり、(ⅰ)の思考状態が三徴候発現後60sの人が「死んでいない」とする判断へ結びつく確率と、(ⅱ)の、判断をしなかったという思考の欠如状態が、三徴候発現後60sの人が「死んでいない」という判断に結びつく確率とを比較して、前者の確率の方が高いならば、「ソライティーズ」の連鎖はひとまず続いていくだろうと予想される。けれども、「三徴候発現後61s」について考えると、その直前に「死んでいない」と判断した場合と、そうした判断が欠如している場合とで、「死んでいない」と判断した場合と、そうした判断が欠如している場合とで、「死んでいない」という判断へ結びつく確率の差が少し小さくなってくる。三徴候発現後の秒数をさらに大きくしていけばいくほど、「死んでいない」という判断とその判断の欠如との、「死んでいない」 に結びつく確率差か小さくなり、やがて差がなくなるだろう。また、この過程に沿って、確率の絶対値もゼロに近づいてくるはずである。しかし、死ずれの場合も「ソライティーズの因果説」に従うならば、例えば三徴候が現われて60s後の人について「死んでいない」を真とする傾向性と偽とする傾向性の両方が、判断者側のあり方として確率的に分布している状態となる。確率を問題にする以上、そういう理解が導かれるわけである。そして確率分布で表現される事態に問題がない以上ここに何も困難は生じない。

曖昧な述語の境界線を絞り込んでいく作業は、すでに明らかなように理論的手続きとしては一種の循環に巻き込まれているし(曖昧な述語を分析するのに曖昧性を免れない観察・測定用語を用いるしかない)、さらに、厳密には自然科学的な「確証」とも言い難い。これを「確証」と認めることは、真の境界線を徐々に「発見」していく作業として実証的研究を捉えることになり、曖昧性は真に存在しない、というスタンスを採ることになってしまうように思われるからである。しかし、筆者は「不確実性のリアリズム」に沿って、「ソライティーズ」は実在するという立場を選択する。つまり、曖昧性という立場は実在していると捉える。よって、ここでの暫定的境界線確定の実証的作業は、理論的手続きとしての「確証」ではなく、暫定的境界線の「創造」であると、実験者と被験者との間の、その文脈に沿う限りでの「創造」である。そして、それが暫定的なものである限り、そうした創造はさらにたえまなく再「創造」されていく。そうした変遷を絶えず引き受けるということ、確定していないということ、それこそが曖昧性の実在性の証である。「ソライティーズの因果説」は、概念や言葉の意味が時とともに「創造」され続け、そのことで、概念や言葉からなる知識・認識がダイナミックに変成されゆくという、このような現実のありようを把捉しようとしている。こうして自然主義的認識論は、困難にさらされ、その困難こそが復活の道筋を描き、しかしその道筋のもとでは自然科学的探究の当初想定されていた本来の様相から外れていくという、大きな「ゆらぎ」を描き出す。そして、知識や認識それ自体が実は曖昧であり「ゆらぎ」ゆくものである限り、こうした「自然主義的認識論のゆらぎ」はまさしく「自然」なことであると言うべきだろう。こうして「知識は自然現象か」という問いに対する解答の、ありうべき道筋が見えてくる。曖昧さという実在性を認め、ゆらぎゆくという本性を受け入れる限りにおいて、知識は自然現象として扱うことができるのである。

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(3)

4.「知識の所有」という陥穽

第二の困難は、近世認識論祖ロックの議論と<自認1>との連関から生じる困難である。

認識論は大きく二つに分類できる。一つは、認識の主体を単なる主体として一般化し匿名的なものとして扱い、文を主題として、その真偽を論じるタイプの認識論である。この認識論が扱う知識を「没人格知識」あるいは「楽譜的知識」と呼ぶ。もう一つは、文字通り認識の主体を主題化して非匿名的つまり固有名的に扱い、「誰の知識か」ということを論じるタイプの認識論である。この認識論が扱う知識を「人格知識」あるいは「演奏的知識」と呼ぶ。

自然主義的認識論が批判しているカント認識論は「没人格知識」を主題にした認識論の典型で、カントが認識論を論じる時には認識主体の年齢、人種、時代、性別などを本質的ファクターとして考慮していなかった。しかるに、カント認識論の動機付けとなったロックの認識論は、濃密な意味で「人格知識」を主題にした認識論なのだ。というのも。ロックは「観念」を軸に知識の問題を論じたが、その「観念」は認識主体が「意識」することによって生成してくる。しかも、ロックにおいて「意識」とは「人格」を決定づけるものである。そう考えると、ロックの捉えようとしている知識とは「人格において成立して来るものと考えねばならない。さらに「人格」は所有権概念の基点でもある。とすれば、知識は「人格」が所有するものとして捉えられなければならない。これは、今日の「知的所有権」の概念に見合うような知識概念が、このような認識論の中に胚胎していたと考えられるのだ。

では、自然主義的認識論は、伝統的認識論に宿っていたこのような「人格知識」の様態を説明できるのだろうか。そこで、<自認1>の「認識は自然科学の一部である」という論点から、自然主義的認識論は「知的財産権」の問題にまともに向き合わざるを得ないことになる。現代の自然科学者たちは特許権などの知的財産権を考慮して活動しているのは明らかだからだ。このことを自然主義的認識論は応えることができるだろうか。この答えは<自認1><自認2>のずれに関係している。

このことは、自然主義的認識論を主張する哲学者自身にも自己言及的に降りかかる。自然主義的認識論を論文や発表で展開する哲学者は「自分の」議論や論文という著者性を表明していることになる。こうした著者性は知的財産権に対応するものだ。かくして、自然主義的認識論は、それを主張として展開するという自らの本体を提示することによって、「知識の所有」という陥穽にはまり、直ちに自滅し、消え去っていく、そうした必然性のもとにあるように思われる。

5.ソライティーズ・パラドックス

第三の困難は、章の冒頭であげた筆者の体験例に直接かかわって来る。すなわち、そこで述べられた「知識のほころび」とは「曖昧性」という現象に他ならない。そうした曖昧性から自然主義的認識論にとって不都合な事態が発生してしまうことが第三の困難だ。「曖昧性」とは、それを述語として作られる分のなかに、真とも偽とも言えない「境界線事例」が生じてしまう事態のことを言う。筆者の体験で言えば、確実に意識があった時刻をtとした時、時刻t+0.1s(意識を失う直前から0.1秒後)はどうかと考えると、そんな短い時間差では意識のステージが急に転回しないから、このときも意識はあったと判断する。このような論じ方を認めたとすると、時刻t+0.2sにも意識はあった。しかし、それを続けていくと永久に意識が失われなくなってしまう。それは事実に反する。これは「ソライティーズ・パラドックス」と呼ばれる。

もともと、厳密に考えるならば、知識にほころびがあるということ、つまり知識に曖昧性があるということは、それだけでは何も不都合はない。単にそれが「知識」というものの本性なのだということだけである。しかしながら、事態はそこにとどまらずに、パラドックスをもたらす。それがゆえに曖昧性を問題化していかざるを得ないのである。

ソライティーズ・パラドックスは自然主義的認識論にも、ある困難を突きつける。例えば「寒いと感じる」を含む文「寒いと感じているのを知る」を例として、自然科学的に知識を解明するということは「寒いと感じているのを知る」ことを測るための生理学的測定技術を導入するということにほかならないが、たとえそうした測定技術がどれほど精確でも、もともとの曖昧性が消滅することはなく、いつ「寒いと感じると知っている」かについては答えることはできない。要するに知識は曖昧性を本質的に含むゆえに、知識を脳の自然現象と精確かつ鮮明に対応付けることはできない、よって、知識を自然化するアイディアを楽観的に奉じることはできない。のみならず、「ソライティーズ」の発生を考慮するなら、単に対応付けができないだけでなく、自然主義的認識論は「矛盾」にさえ巻き込まれてしまう。

2012年3月25日 (日)

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(2)

第1章 知識は自然現象か─自然主義の揺らぎ

ここでは「知識は自然現象か」という問いを解明すべく、「知識のほころび」と「自然主義的認識論」との関わりに象徴されるような問題に立ち居って論じる。全体として、「自然主義的認識論」の固有性を確定した後、それが揺らいでしまうような困難を三つに絞って検討し、自然主義的認識論のプログラムの破綻あるいは空虚性・無力性を暴きつつ、しかしそれを補うためには再び自然科学的な探求が必要となるが、そうした探求はもはや当初思い描いていた自然科学という領域の輪郭を消し去ってしまうという道筋を示す。自然主義的認識論の評価をめぐる、こうした振り子のような「ゆらぎ」の様相を炙りだすのが、この章の狙いである。

1.知識のほころび

筆者は一酸化炭素中毒になりかかり、意識を失った体験から議論を始める。このときの部屋が歪みゆく光景について、認識や知識を論じる理論があるとすれば、こうした認知のあり方をも解明できなければならないはずだ。その解明を行うには、私が何時意識を失ったか、という時間情報はデータとして不可欠だ。しかし、私自身、それを書くとして認識していなかったし、認識できない。では「意識がある」状態と「意識がない」状態との間の区切りはないのか、事柄の性質として、私が認識できないならば、そうした区切りはそもそもないのだと、つまりは意識があるかないかという知識にほころびがあるのだ、というべきなのか。

とはいえ、ほころびがあり、区切りがハッキリしないといって、その都度ランダムにあるいは恣意的に「意識」の有無を決していいということにはならない。その意味で、客観性という点で、測定値が重要な手がかりになること、ならねばならないは、動かない。このことは、意識それ自体の有無だけでなく、知・情・意と伝統的に分類されてきた意識内容にも当てはまる。とりわけ知識に当てはまる。感覚的知識は脳のある部位の活動に対応しており、それを測定することで当人の知識や認知の有り様が解明される。このように脳の働きと感覚的知識が連結している。このような路線から人間の意識現象や認識について認識について論じていく立場は、哲学の文脈では、「自然化された認識論」「自然主義的認識論」と呼ばれる。これを規定すると自然主義適任時論とは、「認識論は自然科学と密接に連動しているとするいくつかの考え方のクラスター」で、クラスターとしているように、自然価格との連動性をどのレベルで捉えるか、つまり、認識論を全く自然科学の一部門に置き換えてしまうか、自然科学との一定の協調のもとで認識論を展開するという程度にするか、という点で多様性がある。

2.自然主義的認識論の固有性

クワインは「自然化された認識論」において、自身のホーリズム(我々の知識の体系には絶対の基礎などなく、知識は全体として経験の裁きに向かうとする考え方)を下敷きにしながら、近世以来の認識論はすべての認識を観察用語あるいは論理数学用語に翻訳することで基礎づけを行おうとしたが失敗した。ならば、認識論をまるごと自然科学のひとつに置き換えてしまえと主張した。

こりクワインの「自然化された認識論」のプログラムは、次の二つの論点を骨子にしている。この論点こそが自然主義的認識論の固有に主張と見なされるべきだと筆者は言う。

<自認1>「認識は自然科学の一部である」

<自認2>「認識は自然現象である」

この両者は整合しているが、同じことを意味しているわけではない。自然科学の一部として自然科学的探究の対象となり得るものは、即ち自然現象かというとも必ずしもそうは言えない。この両者を区別せず混ぜ合わせて使用しているケースがたくさんの疑問を呼び起こしている。

クワインの議論は認識の、伝統的認識論を「自然科学をセンス・データから構成しようとする」と位置付けようとする。そしてその上で基礎づけとは別の意味でホーリズムの思想を経た形での「観察文」を「最小の検証可能な集合体」として、自然化された認識論の基本対象として捉え返す。しかし、センス・データによる基礎づけ主義という括り方で伝統的認識論を捉えることは端的に事実誤認だ。これは近世認識の祖であるロックが「観念」という用語に認識論の基礎を置いた時に、「観念」がセンス・データと同じでなかったことは明らかだからである。つまり、センス・データに基づく基礎づけ主義は認識論の源流とは無縁の思想である。この「観念」自体が融通無碍な概念で、それには、「知覚」それ自体、「思考すること」、「知識」それ自体、「存在」、「単一」といったものまで含まれる。

3.制度的知識の位置づけ

しかし、自然主義的認識論が描き出す方向性は、我々のすでに常識となった見方に対応しているし、実際的な発展性・生産性もあると言える。認識についての研究に自然科学の知見を利用したり応用するというのがリサーチ・プログラムとして維持されていることに異議を唱えることはない。しかし、その事件を越え、認識は自然現象であり自然科学的にのみ探求すべきだ、という強い哲学的主張として自然主義的認識論が提示される限り多くの困難を呼び起こす。例えば、知識にまつわる規範性をどう説明するのか、認識論と自然科学のどちらが基礎になるのかという点で循環が生じるのではないか、など。筆者はこれらとは別に三つの困難を指摘する。

第一に、制度的知識を自然主義的認識論はどう位置づけることができるのか、ということだ。認識を自然現象と捉えて、自然科学的に探究する、という自然主義的認識論の着想から生じてくる素朴な疑念は我々の知識が関わる事実には自然現象でないものが多々あり、それを自然現象としてのみ扱うのは困難なのではないかというものである。これは、ジョン・サールの提起した二つの事実、「なまの事実」と「制度的事実」に深く関わっている。

クワインは「観察文」に自然主義的認識論の出発点を置いてきた。たしかに我々の知識には観察に由来するものが多い。つまり、「なまの事実」についての知識は多い。しかし、それで知識のすべてが尽くされているとは言えない。例えば

「小笠原諸島は東京都に属する」

という制度的知識に対して、どのような観察文で成立するのかを考えると、このような制度的知識の成立の次第にはいつまでも届かない。自然主義行く認識論が陥っている最大の問題は、制度とか権威というものは知識には関わらない、という無根拠な前提を無批判にかつ暗黙的に前提してしまっている点にある。それ故に、制度や権威に関わらないレベルだけで認識論を構想して、自然現象として生じている認知現象は自然現象なのだというトートロジーに陥るか、あるいは、制度や権威は理解も自然現象だと強弁して、結局は空虚な主張に堕してしまうかの、いずれかになってしまっている。

2012年3月24日 (土)

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(1)

序 不確実性のリアリズム─決定論の虚妄性

私たちはいつも不確実性に取り囲まれている。何がどうなってしまうのか確実には分らない、だからつねに不安感が生じてしまう。そして、こうした不確実性こそが、私たちの日常、私たちの常態なのだとしたら、むしろそれを私たちの現実、私たちのリアリティとして受け取るべきなのではないか、人間や生物を眺める時、こうした「不確実性のリアリズム」の立場に立つことはとても大切なことだ。もし未来の希望がありうるとしたら、それは不確実性から目をそらして不安を打ち消すことによってではなく、むしろ私たちのリアリティである不安と不確実性をそのまま受け入れ、まずはそこに浸りきることによってこそ開けてくるのではないか。逃げたりごまかしたりすることからは、本当の実体的なものは何も生まれないからである。そして実際、いかなる意味においても不確実性を免れているというのは、この世の存在者にとっての定義違反であり、ありえない。誰もが、不確実性の中で、いわば身を賭して、瞬間瞬間を生きているのである。しかし、哲学のあり方を顧みてみると、必ずしも「不確実性」は核心的主題をなしてこなかったように思える。確実性、必然性、決定性といった、不確実性と対極をなす概念こそが主役の位置を占め、確実な知識、必然的な関係、決定されている世界のあり方、といったトピックが依然として哲学の本筋をなしている。物理学、生命科学、統計学、経済学等の諸学問がとうの昔に確立革命を経て、いわば不確実性をデフォルトとして捉えてきていることに照らす時、哲学の頑固な保守性あるいは後進性を表わしているように一見思われる。

なぜそうなってしまうのか。答えは簡単である。哲学では、理想・理念あるいは規範として、確実性・必然性・決定性(確実性)が語られているのである。いわば知的ユートピア論のようなものとして、そうした確実性群が主題化されてきた。つまり、仮説的にこうした確実性群を理念として立てたならば、どういう理解が得られるか、あるいは、そうした確実性群を前提すべきかどうか、といった問いを立てて、そのことで現実のありように関する分析を果たそうという道筋である。

しかし、一部にこうした確実性群が単なる理念ではなく、現実に成り立っているようなリアリティであるかのような錯覚が混じり込んできてしまっている。その典型は決定論ら現われる。哲学者の中には、世界の有り様は決定されているという決定論を文字通りに受け入れてしまっている人がいるのである。そもそも、世界の有り様は決定されていると主張する以上、過去から未来にわたる森羅万象が決定されている、ということが意味されているはずである。こうした断定は虚妄であると、筆者は言う。抗した虚妄が生み出されてしまう背景を推定する。すなわち、過去の確定論が決定論という虚妄を生み出す。

(a)すべての事柄はすでに確定してしまっている

という過去に関する主張を受け入れた上で、そこでの確定性を、はじめから決定されていたという意味だと、無根拠な翻訳あるいはすり替えをして

(b)すべての事柄は既に決定されてしまった

という主張を導き、そしてそれを、なぜか無時制的に一般化して、

(c)すべての事柄は決定されている

という、いわゆる決定論の主張に至る、というのが真相なのではないだろうか。これを決定論的誤謬と呼ぶ。

本書は、不確実性のリアリズムの観点に立って、とりわけ不確実性を確率と曖昧性という概念のもとで表象することによって、認識や評価についてのいくつかの現代哲学的な問いに立ち向かおうという試みである。

あるIR担当者の雑感(62)~株主通信 その後

以前、オリエンタルランドの株主通信を見て、感心したので、素晴らしいと思ったところ、ここまでやるなら、もう一歩と思ったことなどを、ここに書いたことがありました。6月の“ハピネスを届けたい”というメッセージをつよく主張していた、次の株主通信をどのように作るのか、ということを大変興味深く思っていました。ここでは、その小さな追加レポートです。

一言で言って、期待外れと言うのが正直な感想です。前回の“ハピネスを届けたい”というメッセージを、次号である今回の株主通信では、どのように扱うかというのと、可能性としては“ハピネスを届けたい”のメッセージをさらに推し進めるか、この時は東日本大震災という特殊な状況の中で出されたものだからと、一回限りとして、その前のパターンに戻すという2つの可能性です。それで、実際の株主通信を見てみると、後者のパターンで作られていました。とても残念でした。

ウォーレン・バフェットからの手紙の日本語訳 2011(16)

年次総会

年次総会は5月5日土曜日にセンチュリー・リンクセンター(クウェストから改名となった)で行われます。昨年、キャリー・カイザーが責任者として初年度で、立派に職務を果たしました。誰でも彼女の仕事に好感を抱きました。とりわけ、私は。

午前7時の開場の後、新しいことをします。「新聞の投函に挑戦」。昨年後半、バークシャーはオマハ・ワールド・ヘラルドを買収しました。株主や従業員との会合では、10代の時に50万の新聞を配達するのに習得した束ね投函する技術について話しました。

私は聴衆の中に懐疑(疑い)のまなざしを発見しました。それは私にとっては驚きではありませんでした。結局、リポーターのお題目は「母親があなたを愛していると言ったなら、それをチェックしてください」というものでした。それで、今、私は自分の主張のバックアップをとらなければなりません。総会で、私はクレイトンの玄関にワールド・ヘラルドを35フィート投函することについて挑戦を受けます。私よりドアステップに近いところに新聞を投げることができた挑戦者には、素晴らしいバーが与えられます。私は必要ではないと思っていますが、コンテストのために数個供給するようにデイリー・クィーンに依頼しました。我々は新聞の大きな束を持ちます。それを折って、最高のショットを見せて下さい。

8時30分から新しいバークシャーの映画をお見せします。1時間後に質疑応答を始めます。センチュリー・リンクでの昼食の中断をふくめ3時30分まで行います。短い休憩の後、チャーリーと私は3時45分から年次総会を招集する予定です。日中の質問の時間に退席するようなら、チャーリーが話している間にしてください。

勿論、退席するもっとも大切な理由は買い物をすることです。我々は子会社からの製品でミーティング会場に隣接した194,300フィートのホールをいっぱいすることで、皆さんの買い物をお手伝いします。昨年、皆さんには本分を尽くしていただきました。おかげで大部分の場所で記録的な売上を達成しました。9時間の間に、1,249本のジャスティン・ブーツ、11,254ポンドのシーズ・キャンディ、8,000本のクィックナイフ、6,126組のウェズラモント手袋(私には初耳だったマルモン製品)を、我々は売りました。(私が焦点を合わせるのは、お金です)覚えています: お金が単に幸福を買うことができないと言うだれも、私たちのミーティングで買い物をしていません。

新しい出品者の中では、今年はブルックス(ランニング・シューズの会社)です。ブルックスは市場独占率をあげていて、2011年には34%を持つに至りました。立ち寄って、CEOのジム・ウェーバーを祝福してあげてください。そして1足、限定版の「バークシャー・ハサウェイ・ランニングシューズ」を買うようにしてください。

ガイコは、国中から何人かの最高のカウンセラーの職員をブースに置いているようにします。そして、彼ら全員が皆さんに自動車保険の見積もりができるよう、準備ができています。ほとんどの場合、ガイコは、皆さんに通常の8%の株主割引をすることができます。この特価提供は55の管区のうち44で許されています。今ご利用の保険の詳細を持ってきてくだされば、我々が保険金を節約できるか否かにかかわらず、チェックします。少なくとも、半分の方には、保険金を節約することができると思います。

ブックタウンを必ず訪問してください。新刊を含め35冊以上の本とDVDをお届けします。私はMiTek、私たちの非常にうまくいっている子会社の1つの有益な歴史を推薦します。私が目的を理解できなかった醜い金属の塊についてメールを受け取ることで、会社への関心を喚起されたかを、皆さんは知ることができます。我々は2001年にMiTekを購入して以来、33の「すばらしいごちそう」を成功させています。ピーター・バベリンがバークシャーの投資と経営方針を説明した小さな本も、皆さんが好まれると私は思います。チャーリーと私が年次報告と年次総会で、長年にわたって言ってきたことを、それは要約してくれました。購入した本を送る必要があるなら、船便は近くで手配できます。

もし、気前よくお金を使える人、あるいは見物したい人は、土曜日の正午と午後5時にオマハ空港の東側のエリオット飛行に行って見て下さい。そこで、皆さんをドキドキさせるような、ネットジェッツの飛行機を目にすることができます。パスを手に入れて、プライベートジェットで帰りましょう。あなたのクレジットでOKです。

会議と他のイベントに入場するために必要とする証明書をどのように取得するかについて、レポートに同封した会議の招集通知が説明しています。航空会社は、バークシャの週末の間に、料金を値上げします。もし、遠くから来られるのなら、カンザスシティーとオマハに飛ぶ場合のコストを比較して見て下さい。ドライブは、それぞれ、21時間と2時間です。そして、特に、オマハで自動車をレンタルすることを考えているならば、目覚ましくお金を節約することができるでしょう。

ネブラスカ・ファニチャー・マートは、ドッジ・ストリートとパシフィック・ストリートの間の72番街に77エーカーの敷地にありますが、「バークシャーの週末」特別割引を再びやっています。昨年、この店は、年次総会のセールで3270万ドルを売上ました。その額、私の知る限りでは、他のどのような場所でも小売店の1週間のトータルを上回ります。バークシャー割引を受けるためには、4月26日の火曜日から5月2日の月曜日の間に買い物をし、さらに、その時に年次総会の証明書を提示しなければなりません。この期間の割引は、通常なら値引きに応じないような名門メーカーの製品に対しても、我々の株主のための週末の趣旨により、特別な例外を作り、なされています。我々は彼の協力に感謝しています。

バークシャーで株主のみを対象としたイベントを再び開催します。最初は、1日金曜日の午後6時から9時のカクテル・レセプションです。第2の、主なイベントは、5月6日の日曜日に開催され、土曜日の午前9時から午後4時まで、我々は日曜日の6時まで開いています。そこで「気違いウォーレン」の値段を私に聞いてみて下さい。

週末を通してBorsheimsには巨大な群衆が集まるでしょう。従って、ご参考までに、株主価格は4月30日から5月12日まで可能です。その期間中、バークシャーの株主であることを会議の招集通知が仲介証明書を提示して、証明してください。

最後は、有名なバークシャーの株主総会の案内で、毎年同じようなことの繰り返しなので、適当に省略しました。下手糞な訳で読みにくく、時に不正確なところもありますが、あとは想像力でカバーしていただきたいと思います。

2012年3月23日 (金)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(15)

      投資の第2の主要なカテゴリーは、決して何も産み出すことはありませんが、その資産が何も産みださないことを知っている他の人々が、将来にはそれらにより多くの金を払うことを期待する買い手によって購入される資産が含まれます。チューリップは、こともあろうに、ごく短い間、17世紀のそのような買い手のお気に入りになりました。

このタイプの投資は買い手に掛け金をどんどん増やしていくことを要求します。そして、買い手は将来にされに購入するための掛け金がさらに高くなっていくと信じているので、誘惑に負けてしまうのです。所有者は資産が死んだままであるので、産み出すもの自体から利益を受けることはなく、むしろ他人が将来において、それが増えていることを熱心に望むことによって、利益を得るのです。

このカテゴリーにおける主要な資産は金で、現在、他のほとんどの資産、とくに紙幣を恐れる投資家の大きなお気に入りです。しかし、金には2つの明らかな欠点があります。それはほとんど使用されることもなく何も産みださないということです。真実、金にはいくつかの工業的な装飾向けのユーテリティがありますが、これらの目的の需要は限られ新たな産業を吸収することはできません。その間、1オンスの金を所有ずっとしていても、それは最後まで1オンスの金のままです。

ほとんどの金の購入者を動機付けるのは、恐ろしさのランクが上がっていくという信念です。過去10年間には、この信念の正しさが証明されました。この値上がりを自らの投資への考え方を追認するものと見る購入者を惹きつけたことによって、高い価格はそのこと自体によりさらなる購入の熱意を産み出しました。「時流」投資家はあらゆる集まりに加わり、自身の価値を作っていきました、当分の間。

過去15年間、インターネット銘柄と住宅は価格が上昇していることを上手にPRされ、当初は分別のあった理論と結びつくことによって、並外れた不節制が作られることを明らかにしてみせました。このようなバブル状況で、当初懐疑的だった投資家の軍隊はマーケットによって届けられた「証明」に屈しました。そして、しばらく買い手の掛け金は時流が回り続けることができるくらい拡大しました。しかし、バブルは大きく膨らめば、必然的に破裂します。そしてその時、旧い諺が再確認されます。「賢明なものは最初に行い、愚か者は最後に行う」

現在、世界中の金保有高は約17万メートルトンです。この金のすべてを一緒にしたら、側面あたり68フィートの立方体を作ることができるでしょう。ちょうど野球場の内野のフィールドに余裕を持って収まるくらいです。1オンスにつき1,750ドル、私が書いたのは金の価格です。合計で9兆6000億ドルです。この立方体を体積Aと呼びましょう。

さて、同額の体積Bを作りましょう。それで、我々は全てのアメリカ耕地(毎年約2,000億ドルを産み出す4億エーカー)とエクソンモービルを16個(世界で最も利益を上げている会社で、毎年400億ドル以上稼いでいる)を買うことができます。この購買の後でも、我々は約1兆ドルの小遣い銭を残すでしょう。9兆6,000億ドルで体積B以上に体積Aを選ぶ投資家を想像できるでしょうか。

既存の金のたくわえに与えられる驚異的な評価額を越えて、時価は金の年間生産を売値で約1,600億ドルにします。買い手は、宝石や産業上のユーザー、怯えた個人、投機家であることにかわらず、現在の価格を維持するためだけのために、このさらなる供給を常に吸収なければなりません。

現在の4億エーカーの耕地からは驚くほどのトウモロコシ、小麦、綿、その他の収穫を産み出すでしょう。そして、通貨が何であっても貴重な恵みを産み出し続けるでしょう。エクソンモービルは、おそらく、その所有者に配当を何兆ドルも行い、何兆ドルも資産を増やしていくでしょう。170,000トンの金はサイズは同じで何も産みません。立方体を撫でまわしても、何も出てこないのです。

明らかに、現在から1世紀の人々は怖れる時に、多くが金に走ることがありそうです。しかし、私は確信しています。9兆6,000億ドルの体積Aの現在の評価が体積Bによって達成された遥かに劣ったレートになってしまうことを。

      これまで説明した2つのカテゴリーは恐怖感のピークで最大支持率となります。経済の崩壊に対する恐怖は個人を通貨ベースの資産、特に米国債に追いやります。そして、通貨崩壊の恐れは金のような何も産みださない資産へと促します。我々は2008年後半に、ちょうど現金が手元におかれず流通しなければならない時に、「現金は王様だ」という声を聞きました。同様に1980年代初めに、ちょうど固定ドル投資が記憶のある限り最も魅力的である時に、「現金はゴミだ」という声を聞きました。それらの出来事で、周りの人々に追随する投資家は、心からその快適さに対する代償を支払うことになりました。

私自身の選択は、これから話すことは皆さん既にご存知のことと思いますが、第三のカテゴリーです。つまり、ビジネス、農場、不動産のどれでも生産的な資産への投資です。理想としては、これらの資産には、インフレの時に新たな最低限の設備投資を必要としている間の購買力価値を維持するアウトプットを産み出す力がなくてはなりません。農場、不動産そして多くのビジネスは、コカコーラ、IBM、そして我々が所有するシーズ・キャンディのように二連のテストに応じています。他の特定の会社、例えば、我々の規制されたユーティリティについて考えてみて下さい、インフレが重い資金需要を課すので、それに失敗してしまいます。より多く稼ぐために、その所有者はより多く投資しなければなりません。それでも、これらの投資は非生産的であるか通貨ベースの資産よりも優れているのです。

今から1世紀には金、貝、サメの歯、現在のような紙幣のいずれかに基づいているかに関わらず、人々はコカコーラや何個かのシーズピーナッツのために毎日の労働の2分間を交換してもいいと思うでしょう。将来の弁国の人口は、現在必要とするより多くの商品を動かして、より多くの食品を平らげ、より多くの住宅面積を必要とするでしょう。人々は、いつまでも、他の人が生産するものと自分が生産するものを交換するでしょう。

我が国のビジネスは、効率的に市民が欲しがっている商品とサービスを供給し続けるでしょう。比喩的に、これらのような商業的な「牛」は、この後何世紀も生きて、より多くの「ミルク」を与えるでしょう。それらの価値は、交換手段によってではなくて、「ミルク」を供給する能力によって測られるのです。ミルクの販売からの利益は牛の所有者の資産に加えられます。ダウが66から11,497まで上がった(配当の負荷を支払った後で)20世紀の間、そうであったように。バークシャーのゴールは一流のビジネスの所有分を増やすことで。我々の最初の選択はこれら全体を所有することですが、かなり大きな額の市場流通株の保有を通してそうなることです。私は、どんな長期間にわたっても、投資のこのカテゴリーがご説明した3つのカテゴリーの勝者となることが明らかだと信じています。最も重要で、最も安全です。

2012年3月22日 (木)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(14)

投資家にとって基本的な選択と、我々が強く好むもの

投資は、将来により多くのお金を受け取ることを期待して、現在のお金を配置するプロセスとして、しばしば理解されています。将来において、今以上の購買力を受けるという熟考した上での予測に転換することとして定義することにより、バークシャーで、我々は一番困難な道を選択しています。もっと簡潔に、投資することとは、後日より多く消費できるようになるために、現在の消費を抑えることです。

我々の定義からは、重要な結果が得られます。ボラリティを網羅し、しばしば危険の測定に使用されたベータでは投資の危険性を測れないで、むしろ熟考された保持の期間を過ぎた後で投資に購買力の損失をもたらす確率、推論された確率によって測られるものです。資産価格は大きく変動しますが、保持していた期間の後で購買力を増加させるこが確かである限り危険ではありません。そして、我々が見るような変動しない資産はリスクを積み立てていることがあり得ます。

投資の可能性は多く、変化に富んでいます。しかし、三つの主要なカテゴリーがあります。それぞれの特徴を理解するのは重要なことです。その分野を見ていきましょう。

      所定の通貨で命名される投資は、マネー・マーケット・ファンド、債券、抵当、銀行預金と他の金融商品を含みます。これらの通貨ベースの投資の大部分は「金庫」として考えられます。実は、それらは最も危険な資産なのです。それらのベータはゼロかもしれませんが、リスクは巨大なのです。

過去の世紀には、所有者が利息と元本のタイムリーな支払いを受け続けたので、これらの投資は多くの国で投資家の購買力を破壊しました。そのうえ、この醜悪な結果は、永遠に繰り返されます。政府は最終的な貨幣価値を測定し、全体としてインフレを引き起こす政策に引き寄せられることがあります。時に、そのような方針は、制御しきれなくなります。

米国においてさえ、安定した通貨に対する願望が強い場所で、私がバークシャーを引き継いだ1965年から86%までドルの価値を下げました。当時1ドルで買えたものが、今は7ドルを必要なのです。その結果、非課税の団体は、単に購買力を維持するために、その期間の投資資産としての社債から4.3%の利息を毎年必要としていました。そのマネージャーが利息を収入として考えていたとしたら、それは思い違いをしていたことになります。

皆さんや私のような税金を払っている投資家にとって、情勢は遥かに悪かった。同じ47年の間、米国財務省短期証券は毎年5.7%で回転しました。それは満足できるように聞こえます。しかし、もし個人投資家が平均25%の個人所得税を納付していたら、この5.7%のリターンは実収入としては何も得られなかったことになります。この投資家の見える所得税は述べられた利回りの1.4ポイントを彼から奪い去り、目に見えないインフレ課税は残っている4.3ポイントを貪り食ったことでしょう。暗黙のインフレーションという「税金」が我々投資家が多分主な負担と考えた明白な所得税の3倍より多かったのは、注目に値します。「我々が信じる神」は通貨の上に刻印されるかもしれませんが、我々の政府の印刷機を動かす手は、あまりに人間的でした。

購入者が通貨ベースの投資で直面する通貨リスクを、高い金利は補償することはできます。本当に1980年代前半の率は実際にうまく仕事をしました。しかし、現在のレートは、投資家が引き受ける購買力リスクを相殺するまでにはなりません。たった今、債券には警告ラベルが貼られています。したがって、今日の条件の下では、私は通貨ベースの投資は好きではありません。たとえそうだとしても、バークシャーは主として短期的なバラエティをかなりの量、保有しています。バークシャーではレートが不十分であっても、十分な流動性の必要性はステージの中心にあって決して軽んじられることはありません。この必要性に応えるため、我々は、主として、最も混沌とした経済状態でも流動性については頼りに出来る唯一の投資である米国財務省短期証券を保持しています。流動性のための実務的なレベルは、200億ドルで、100億ドルは絶対的な最低額です。

周期的にジャンクボンド債が総崩れとなった時に、特定のクレジットが誤って価格づけられたため、あるいは、レートが下がった時に高値の債券から相当のキャピタルゲインを得る可能性が高いレベルまでレートが上がったため、普通ではない利益の可能性が生じた時に限って、我々は流動性や監視機関が我々に強いる必要条件を越えて、通貨関連の証券投資を購入します。我々は過去に両方の機会を利用し、これからもそうすることはあるかもしませんが、我々は、現在、そのような見通しから180度転換しています。ウォールストリート関係者であるシルビー・コリン・ディビスがずいぶん昔に行ったコメントは、今日でも当てはまると思います。「債券は「無リスクのリターンを与えるもの」として推奨されるが、今では「リターンの無いリスクを与えるもの」としての価格がついている。」

2012年3月20日 (火)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(13)

投資

下に、年末で10億ドル以上の市場価格であった一般の株式投資を示しています。(省略)

我々は、2011年には投資持株をほとんど変えませんでした。しかし、3つの重要な動きがあります、IBMとバンク・オブ・アメリカ株式の購入とウェルズ・ファーゴのポジションに10億ドル追加したことです。

銀行は立ち直ります、そして、ウェルズ・ファーゴは成功しています。その収益は力強く、固定資産と資本は高い水準にあります。バンク・オブ・アメリカでは、いくつかの大きな過ちが前の経営陣によって為されました。ブライアン・モイニハイは、何年もかかりましたが、それらをきれいに片づけることにより、すばらしく前進しました。これと並行して、彼は現在の問題が忘れ去られた後、長く継続する、魅力的なビジネスを育てています。期限前にバンク・オブ・アメリカの7億株を取得できるワラントは、おそらく、かなりの価値があるでしょう。

1988年のコカ・コーラや2006年の鉄道会社の時のように、IBMに関して私は出遅れていました。私は年間50以上の会社のアニュアル・レポートを読んでいますが、昨年3月の土曜日に私の考えが固まりました。ソローが言うように「それはあなたがその問題で見えることでありません、それはあなたが見るものです。」

トッド・コームズは、昨年に原価で17億5000万ドルのポートフォリオをつくりました。そして、テッド・ウォシュラーは同程度のサイズのポートフォリオを作るでしょう。彼らは各々、彼自身の結果のパフォーマンス報酬の80%と彼のパートナーの20%を受け取ります。我々の四半期ファイリングが比較的わずかな持ち株を報告する時、これらは私が為した買い物であるにもかかわらず(メディアは、そのポイントをしばしば見落としますが)、トッドやテッドからの購買を意味した持ち株となってしまいます。

これらの二つの新規について1ポイント追加します。テッドとトッドは、買収を行う際には、バークシャーの次期CEOにとって助けとなるでしょう。彼らには、多種多様な企業の将来を決定する経済的要因を把握する優れた「ビジネスマインド」があります。彼らは予想できることと知り得ないことの区別を理解していることによって、いつも援けられてきました。

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過去のレポート(1977年以降のアニュアル・レポートはwww.berkshirehathaway.comで利用可能です)で詳細に記述したような、デリバティブ・ポジションについて新たにレポートすることは殆どありません。しかしながら、1度の重要な産業変化に注意しなければなりません。我々の既存の契約には非常にわずかな副次的な条件がありますが、規則は新しく変わりました。従って、我々は新たに大きなデリバティブ・ポジションを始めていません。我々は、担保を即座に計上しなければならない種類の契約は避けています。世界的な金融恐慌や大規模なテロ攻撃のような予想し得ない事態から起こる突発的で巨大な計上の要件の可能性は、余裕のある流動性と問題のない財務力という我々の主目的に反するものです。

高利回り債インデックスがデフォルトを起こせば、我々が支払いをしなければならない、我々の保険のようなデリバティブ契約は終わりました。我々を損失にもっともさらした契約は既に終了し、残りの契約もすぐに終わります。2011年に、我々は2件の損失に8600万ドルを払い戻し、26億ドルの総支払をもたらしました。我々の受け取ったプレミアムが34億ドルあり、将来の損失は小さくなりそうなので、このポートフォリオの最終的に保険引受利益となることはほとんど確かです。その上、これらの契約の5年の期間にわたって平均で約20億ドルのフロートがありました。大きなクレジットストレスがかかっていた間の成果は、リスクに応じたプレミアムを得ることの重要性を明らかにしています。

チャーリーと私は、我々のイクォリティ・プット・ポジションが重要な利益を産み出すと確信しています。そして、我々が15年以上保持したフロートの42億ドルと再保険の契約で既に得た22億2000万ドルの利益を考慮します。年末のバークシャーの帳簿価格は、残りの契約の85億ドルの責任を反映しました。その時が満期だったら、我々の支払いは62億ドルだったでしょうに。

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(12)

金融と金融商品

このセクターは、我々の中でもっとも小さく2つのレンタル会社であるエクストラ(トレーラー)とコート(家具)を含み、我が国のプレハブ住宅のリーディング・カンパニーであるクレイトン・ホームズです。この100%子会社を除いて、我々は、このカテゴリーに金融資産のコレクションとBerkadia CommercialMortgageへの50%の投資を含めます。

経済が2008年後半に崖から落ちるように失速した時、我々の3つのビジネスが明らかにしたことを見るのは、有益なことです。その経験は進行していた挫けた回復を照らし出すことになるからです。

我々の2つのリース会社の結果は「非住宅」の経済状況を反映したものとなりました。2社の税引き前利益の合計は2009年には1300万ドル、2010年には5300万ドル、2011年には1億5500万ドルと、我々が非住宅ビジネスのほとんどで見た安定した回復を反映した結果の改善といえます。対照的にプレハブ住宅の世界のクレイトンは真実の落ち込みに耐え、現在まで回復を経験するに至っていません。国内でのプレハブ住宅の販売は2009年に49,789軒、2010年に50,046軒、2011年に51,606軒でした。ちなみに、2005年の好況時には、146,744軒でした。

このような困難な時であるにもかかわらず、クレイトンは収益をあげました。辛い状況で抵当ポートフォリオがうまく機能したのが、その大きな要因です。我々はプレハブ住宅のセクターで最大の貸し手であり、通常は下層から中層の収入の世帯に貸しているので、皆さんは、住宅市場が崩壊していた間、大損害を蒙ったと思われたかもしれません。しかし、十分な頭金と定期的な収入に対する賢明な割合の毎月の返済額という古臭いローン方針に固執することによって、クレイトンは許容できる範囲の損失に留まることができました。たとえ、我々の借り手の多くが一時的な負の資産を持っていたとしても、そうしました。

よく知られているように、米国は持ち家と抵当政策で道を誤りました。その誤りのために我々の経済は、現在、その莫大な代償を払っています。政府、貸し手、借り手、メディア、評価機関その他といった我々のすべては、その破壊的な振る舞いに参加しました。その愚行の核心において、住宅価格は年々上昇し、多少の低下は取るに足らない、とほとんどの人が確信していました。この前提の承認は、住宅取引におけるほとんどの価格と慣習を正当化しました。住宅所有者は、いたるところで、裕福であると感じ、借り換えによって上昇している価格を現金化しようと急ぎました。これらの多大な現金注入は、われわれの経済全体に不節制な消費を煽ることとなりました。それが続く間は、楽しみのようでした。(主に気付かれていない事実として、差し押さえにより住宅を失った多数の人々は、彼らのコストを上回る借り換えを以前に行ったので、実際に利益を得ていました。この場合、追い立てられた住宅所有者は実は勝者で、そして犠牲者は貸し手だったのです。)

2007年にバブルはちょうどすべての泡がはちきれなければならないように、はちきれました。現在。長い、苦痛を伴うが、確実に成功する回復の途上の4年目に我々はいます。今日、世帯形成は一貫して、住宅着工数を上回っています。

国の余分な住宅目録が整理されるとき、クレイトンの収益は物質的に改善されるでしょう。しかしながら、これらのことを見て、今日、このセクターの3つの企業の本質的価値が帳簿価値と大きくかけ離れていないと思っています。

2012年3月19日 (月)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(11)

      ネブラスカ・ファニチャー・マート(80%の所有)は、2011年に利益の記録を作りました。それは総計で、我々が株式を取得した1983年の10倍になりました。

しかし、それは大きなニュースではありません。より重要であるのは、NFMのダラス北部の433エーカーの土地取得でした。それにより国内で最高の規模の家具のホームセンターを建てることができます。現在、そのタイトルはヤマハとカンザスシティーの我々の2つの店で共有されています。そして、その2つの店はそれぞれ2011年に4億ドル以上の記録的な売上を達成しました。テキサスの店舗が完成するまで数年かかりますが、開店の際にテープカットをするのを楽しみにしています。バークシャーではマネージャーが動き、私が舳先を示します。

我々の新しい店舗は他店とは比べものにならない価格で多くの種類の商品を提供するもので、近くからも遠くからも沢山の人が来店するでしょう。この顧客動員力と土地の収容範囲が他の主要な店を惹きつけるものであるはずです。(もし、大規模小売業者でこれを読んだ人を知っていれば、教えて下さい。)

NFMと運営するブラムキン・ファミリーとの経験は、我々にとって喜びです。このビジネスはローズ・ブラムキン(「ミセスB」として知られている)によって1937年に、500ドルと夢を糧に始められました。彼女は89歳のときに我々に売却し、103歳まで働き続けました。(引退した後、翌年に彼女は亡くなりました。バークシャーのあらゆるマネージャーが引退を考える時にひとつの理想と思います)

ミセスBの息子のルイは、現在92歳で、第2次世界大戦から復員した後、母親を助けてビジネスの確率に努めました。そしてフランは夫妻で52年来の私の友人です。順に、ルイの息子、ロンとアーブは、会社を新たな高みに持っていきました。最初にカンザスシティの店を開き、今のテキサスの店の準備をしました。

「ボーイ」と私は一緒の楽しい時期が多くありました。彼らは、私の親友です。ブラムキンは注目に値するファミリーです。並外れた遺伝子プールが決して無駄になることはないので、4世代目のメンバーがNFMに加わったのを、たいへん喜んでいます。

全体として、バークシャーのこのセクターのビジネスの本質的価値は、帳簿価格をかなり上回ります。しかし、多くの小規模な会社には、そのことは当てはまりません。私は誤って小さな会社を買収しても、持ち分以上にしました。チャーリーはずっと以前に私に言いました。「やる価値のないものは、うまくいっても価値はない」私は、それを真摯に聞きました。いずれにせよ、我々の大きな購入品はよく働いてくれました。全体として、このセクターは我々にとって勝者となっています。

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特定の株主は、会計上の秘密情報のことをもっと話してほしいといいます。彼らも私も満足するような会計基準で許されたナンセンスをこれから話しましょう。

常識によれば、我々の様々な子会社は、コストに利益を加えて帳簿に載らなければならない。(我々の買収以来保持している限りで、その際には適切な評価減を行って)そして、マルモンの怪しい状態を除いた、それは基本的にバークシャーの現実です。

我々は2008年に会社の64%を購入しました。そして、帳簿には48億ドルの費用を計上しました。今でのところは問題ありません。それから2011年前半に、プリッカー家との最初の契約に従って、我々はさらに16%を購入し、マルモンの増加した価値を反映させた方法によって要求された15億ドルを支払いました。しかしながら、この場合、2010年の終わりまでさかのぼった購入価格の6億1400万ドルを帳消しにすることを要求されました。(聞かないでください)明らかに、この帳消しは経済的事実とは無関係です。マルモンの繰越価値に上乗せした過剰な本質的価値は、この無意味な消却にふされます。

2012年3月17日 (土)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(10)

我々のほとんどのマネージャーたちは、昨年、顕著な成果を残しました。その中には、住宅関連ビジネスにおいてハリケーンのような向かい風と戦ったマネージャーもいました。ここに、いつくかの例を紹介しましょう。

      ビック・マンチネッリは、我々の農業機器事業であるCTBで再び顕著な結果を残しました。我々は2002年にCTBを1億3900万ドルで買収しました。CTBは、その後、バークシャーに1億8000万ドルを分配し、昨年には1億2400万ドルの税引き前利益をあげ、1億900万ドルの現金を有しています。ビックは、昨年末の後でサインアップした重要な一件を含め、長年にわたりおおくの買収に参加しました。

      我々の電気部品卸売であるTTIは、2010年に比べて売り上げを21億ドル、4.2%増やしました。利益はまた、我々が買収した2007年から127%の増加となりました。2011年にITTは、この分野の大企業より、はるかによく働きました。それは意外なことではなく、ポール・アンドリューと彼の同僚たちは、長い間大企業に勝利をおさめてきました。チャーリーと私は、ポールが2012年初めに大規模な買収の交渉に着手したのを喜ばしく思っています。我々は、それが後に効果をあげると思っています。

      我々が80%所有しているカッティング装置のイスカーは、我々をずっと驚かせています。その売り上げの伸びと全体としてのパフォーマンスは業界において他に類を見ないものです。イスカーのマネージャー、アイタン・ヴェルトハイマー、ジェイコブ・ハーパとダニー・ゴールドマンは才能ある戦略家であり業務執行者です。2008年11月に経済界がへこんでいた時、日本のカッティング装置メーカーであるタンガロイを買収することでステップアップしました。昨春東京北部に津波が発生したとき、タンガロイは大きな被害を受けました。皆さんはそれをご存知ないと思います。タンガロイは2011年に販売記録を更新しました。私は11月に磐城工場を訪問し、タンガロイのマネジメント、同様にスタッフの献辞と熱意に鼓舞されてきました。彼らは素晴らしいグループで称賛と感謝に値します。

      グレーディ・ロジェにより運営されている巨大な流通会社であるマクレーンは、2011年に重要な新しい顧客を加えて3億7000万ドルの税引き前利益をあげました。2003年に15億ドルで買収して以来、この会社が販売するキャンディ、ガム、タバコなどの小売製品の価格が上がったので、24億ドルの税引き前利益に加えて、2億3000万ドルの後入れ先出し法の引当金を増やしました。グレーディーは誰にも引けを取らないロジスティックの操作をすることができます。とくに新しいワインと蒸留酒の流通ビジネスで、皆さんはナンバーワンを目にすることができます。

      ジョーダン・ハンセンは4月にネットジェッツを引き継いで、2011年の税引き前利益を2億2700万円あげました。新しい飛行機の販売が1年の大半でおくれ気味だったため、この結果はとくに印象的でした。一方。12月に季節的要因をこえた景気の改善が見られました。この勢いがどこまで続くかは、依然として見えない状況が続いています。

数年前まで、ネットジェッツは私の一番の心配の種でした。支出は収入を大きく上回り、現金がどんどん流出していました。バークシャーのサポートがなければ、ネットジェッツはとっくに潰れていたでしょう。これらの問題は過去のものとなりました。ジョーダンは、現在、良好な管理とスムーズな運営により安定した利益を上げ続けています。ネットジェッツはファーストクラスの会員と中国に進出する計画を進めています。それは、我々のビジネスの「濠」を広げる動きです。(期待の分割所有というような)フラクショナル・オーナーシップでは他のどの事業者もネットジェッツほどの規模と大きさを持っていません。ネットジェッツの安全とサービスに対する真摯な姿勢は市場での成果に結びつきました。

      フランク・パタクのリーダーシップの下でのマルモンの進展を見るのは、我々にとって喜びです。内発的な成長を成し遂げるだけでなく、フランクは定期的に物質的なマルモンの収益力を増すための買収を行っています。(最近の数か月で3件の買収を、2億7000万ドルで実行しました。)世界中の合弁事業は、マルモンにとって、もう一つの機会です。年の半ば、マルモンはインドですでに相当な利益を上げているクレーンメーカーであるクンダリア・ファミリーと提携しました。数年前にワイヤーとケーブルにおいて成功したものに続いて、2度目の提携です。

マルモンで運営している11のセクターのうち、10のセクターは昨年、増収となりました。皆さんは何年か先には、マルモンの高い収益を期待できると思います。

      「商品を買って、ブランドを売れ」というのが長い間、ビジネスの成功の常道でした。1886年創業のコカコーラ、1891年創業の(ガムメーカーの)リグレイの両社は、ともにこの方法で長期にわたって巨額の利益を上げてきました。規模は小さいものの、我々は40年前に買収したシーズ・キャンディから、結構な富を享受させてもらっています。

昨年、シーズは8300万ドルの税引き前利益をあげました。我々が16億5000万ドルで買収して以来の記録です。2500万ドルの我々の購入価格と年末のゼロ未満の繰越価格(現金総額)とを見比べてみて下さい。(クリスマスを過ぎると安値を打ってシーズの投下資本は季節的な変動があります。)2006年にCEOに就任して以降、ブラット・キンスラーはこの会社を新たな高みに持っていこうとしています。

2012年3月16日 (金)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(9)

製造、サービスと小売活動

バークシャーのこの我々の事業は水際までカバーしています。グループ全体の要約貸借対照表と損益計算書から見ていきましょう。(貸借対照表と損益計算書は省略)

このグループの会社は、アイスキャンディーから飛行機までわたる製品を販売します。このビジネスの中には、レバレッジをかけない正味固定資産に対する収益によって測定された(つまりROE)、税引き後利益で25%から100%以上の素晴らしい経済的成果をあげているも会社が数社あります。他の会社は12~20%という範囲の好成績をあげています。しかしながら、わずかな会社は、私が主な仕事である資本の分配で重大な間違いを犯した結果、非常に貧しいリターンしか上げられませんでした。ビジネスの競争力や業界の将来の経済状態に対する判断を誤った結果が、この過ちでした。私は買収をしようとする時、10年または20年先を見渡そうとしますが、時に私の視力が届かないことがあります。しかし、チャーリーよりはましかもしれません。彼は私の誤った買収に対して「プレゼント」と評しました。

バークシャーの新しい株主は、私の誤りにしがみ付いているような我々の判断に戸惑うかもしれません。結局、それらの会社の収益はバークシャーの評価価格にとってそれほど重大ではなく、問題ある会社は勝ち組の会社より経営に時間を要します。経営コンサルタントやウォール街のアドバイザーは、皆、我々ののろまな様を見て、「そんなもの放り出しちまえ」と言うでしょう。

そんなことは起こりませんが。29年間、我々はこのレポートでは93~98ページでバークシャーの経営方針を必ず定位置として載せていますし、11号では不十分な販売実績で一般的には話したくないことを説明しています。ほとんどの場合、経営上の誤りというより業界の環境によるものなのですが。我々のアプローチは進化論的ではありません、皆さんの多くは、これに納得なさらないかもしれません。私は、皆さんの立場はよく分かります。しかしながら、我々は買収したビジネスの販売員への参加をそのビジネスが存続するために時には厚く、時には薄く、行うし、行い続けていきます。今までのところ、その参加のドルコストはそれほど沢山ではなく、販売員たちが仕事を大切に思い、仲間に忠実で会社を正当で長続きさせようと努力を続ければ将来的に信頼を勝ち取ることになって、それまでのコストは成果となって相殺されることになるでしょう。これら会社のオーナーは、我々とともに何を得ようとしているか、それが他とではできないことで、我々の参加がこれから何十年も有効であることを、知っています。

しかしながら、チャーリーも私も、マゾヒストではなく極端なくらいの楽天家であることを分って頂きたいと思います。もし、我々がルール11で述べた欠点が存在し、ビジネスが長期的に現金損失を垂れ流し、労働争議が慢性的になるようならば、迅速で決定的な行動を起こすでしょう。そのような状況は、我々の47年の歴史の中で2回だけありました。そして、我々が現在所有しているビジネスについては、その処分を迫られているような窮地にあるようなものはありません。

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2009年中頃から米国経済は安定的でかなりのところまで回復してきましたが、これはこのセクションの冒頭で示された収益からも明らかです。この集計には我々の54の会社が含まれています。しかし、これらのうちの1社、マルモンは、自身が11の異なる部門の140のビジネスのオーナーです。要するに、バークシャーを見るとアメリカの企業全体を見渡すことができるのです。それで、過去数年に発生したことをより深く洞察するために、少し深く掘り下げてみましょう。

この部門(クレイトンは金融と金融商品に入るので除外する)の住宅関連の4社は、合計で2009年に2億2700万ドル、2010年に3億6200万ドル、2011年に3億5900万ドルの税引き前利益をあげていました。合計の決算の利益合計からこれらを差し引くと、我々の複数で様々な住宅関連以外の活動が2009年に18億3100万ドル、2010年に39億1200万ドル、2011年に46億7800万ドルの利益を上げているのが分かります。2011年の利益のうち約2億9100万ドルはリーブゾールの買収によるものです。2011年の残りの利益の43億8700万ドルは、2008年の金融恐慌によって引き起こされた荒廃からの立ち直りのあらわれです。住宅関連のビジネスは未だ非常事態のままですが、それ以外のビジネスは健全な状態に戻りました。

2012年3月14日 (水)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(8)

規制された、資本集約的な事業

我々にはBNSFとミッド・アメリカン・エナジーという我々の他のビジネスと区別される共通の特徴をもった2つの非常に大きなビジネスがあります。したがって、我々はこの手紙でこの2社を自身のセクターに割り当てて。我々のGAAP貸借対照表と損益計算書にこの2社の統合財政統計を振り分けます。

この2社の主要な特性は、バークシャーによって保証されない大量の長期国債によって部分的に資金を供給されるという規制された資産と非常に長期の投資を有していることです。この2社には我々の信用は必要ではありません。この2社には恐ろしい景気状況においても、十分に利益をえる収益力があります。2011年のあまり強健でない経済において、たとえば、BNSFのインタレスト・カバレッジは9.5xでした。一方、ミッドアメリカンでは2つのファクターはあらゆる状況でもサービスを確実に供給することを可能にしています。単一の規制機関による保護を受けた重要なサービスと利益の多様性を提供することにおいて固有である収益の安定性があります。

1マイル当たりのトン数で量ると、鉄道はアメリカの年間の貨物輸送の42%を占めており、BNSFは業界全体のおよそ37%ととう他の会社より多くのシェアを握っています。アメリカにおける都市間の貨物輸送のマイル当たりのトン数でいうと約15%がBNSFによって担われていると、皆さんに言うことができます。鉄道輸送を我々の経済の循環系と称することは決して誇張ではありません。鉄道は大動脈なのです。

これらのすべては我々に巨大な責任となって圧し掛かってきます。我々は13,000の橋、80のトンネル、69,00台の機関車そして78,600台の貨車を通す2,300マイルの線路を維持し、改修していかなければなりません。この仕事は我々にあらゆる経済シナリオの下でも十分な財源を持ち、昨年の夏にBNSFを襲った広範な被害のような自然災害に迅速かつ効果的に対処できる人的資源を持っていることを要求します。

そのような社会的責務を果たすため、BNSFは、2011年には、減価償却費をはるかに越える、総計18億ドルを越える定期的な投資を行いました。アメリカの他の3つの主要な鉄道会社も同様の支出を行っています。多くのアメリカ国民が我が国の社会インフラへの出費を非難しますが、鉄道に対してはありません。将来のより良い、より広範なサービスを提供するために必要な投資案件は、民間部門による基金から、資金が注がれています。鉄道がこのような莫大な支出をしていないならば、我が国の公的資金によるハイウェイ網は今日あるより多大な混乱と維持の問題に直面することになるでしょう。

BNSFが行っているタイプの莫大な投資は、それが行われた時の適切なリターンが得られないならば、馬鹿げたものとなってしまうでしょう。しかし、私はそれが達成する価値があると確信しています。何年も前に、ベン・フランクリンは「汝の店を守れ、さすれば店、汝を守らん(商い三年)」とアドバイスしました。彼なら、我々の規制されたビジネスにこれを翻訳して、今日もこう言うだろう。「顧客と顧客の代表である業務監査委員の世話をせよ、さすれば彼ら、汝を守らん」各当事者による良い振る舞いは、このお返しに良い振る舞いがかえってきます。

ミッドアメリカンでは、我々は同じような「社会契約」に参加します。我々は顧客の将来のニーズを満たすために絶えず増える出費を続けていく考えです。一方、確実で効率的に行われていれば、これらの投資の公明正大なリターンを得ることができることを理解しています。

バークシャーが89.8%を所有しているミッドアメリカンは電気をアメリカ中の250万人の顧客に供給しています。アイオワ、ユタとワイオミングでもっとも大きな供給元、6つの州で重要なプロバイダーです。我々のパイプラインは我が国の天然ガスの8%を輸送します。何百万ものアメリカ人が我々に依存しています。我々はこの人たちを絶望させません。

ミッドアメリカンが2002年に北部天然ガスのパイプラインを購入した時、パイプラインの会社のパフォーマンスは視界の泰斗によれば、43社中43位、最下位の評価でした。最近のレポートでは、2番になっています。トップは、我々のもう一つのパイプラインであるカーン川です。

電力ビジネスにおいても、ミッドアメリカンは同じような成績です。最近の顧客満足度調査では、ミッドアメリカンは60の米国公益企業を調査した中で2番の評価を受けました。ミッドアメリカンがこのような評価を得た時、物語は何年も前とは変わりました。

ミットアメリカンでは2012年末には3,316メガワットの風力発電が稼働しているでしょう。これは我が国の他の電力会社よりもはるかに大きな数字です。我々が風力発電に投資し参加した総額は、なんと60億ドルにもなりました。ミッドアメリカンがそこからの収益を全て保有することになるので、一般的な得たものを払い戻す他の公益事業とは違って、我々はこのような投資をすることができます。その上、昨年、我々は建設に3億ドルかかる2件の太陽光発電を引き受けました。ひとつは100%所有のカリフォルニアで、もうひとつは49%しょゆうのアリゾナです。さらに多くの風力や太陽光発電プロジェクトがこのあと続くのは、ほぼ間違いないです。

皆さんに、今。こうしてお話しすることができるのは、BNSFのマット・ローズあるいはミッドアメリカンのグレッグ・アベルによって達成されたものによるためです。私はこれを誇りに思います。彼らが、バークシャーの株主に達成したことを誇りに思い感謝しています。

2012年3月13日 (火)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(7)

フロートのサイズでみると第一は、アジット・ジェインによって運営されているバークシャー再保険グループです。アジットは他の誰もがやろうとせず、資金をかけようとしないリスクに対して保険をかけます。彼の活動は、保険ビジネスの中ではユニークな方法で、能力、スピード、決断力と最も重要な頭脳を組み込んだものです。彼はバークシャーを我々の資源に関して、不適当な危険に決して晒しません。本当に、我々は大部分の保険業者に比べて、その点ではるかに保守的です。例えば、保険業界がいくつかの大規模な大災害の被害で、これまでに直面したもののおよそ3倍の損害となるような2500億ドルの損害を経験したとしても、これまでの利益の連続により、その年には穏健な額の利益を計上するでしょう。これに比べて、他のすべての主要な保険業者と再保険業者は大幅な赤字となり、そのいくつかは債務超過に直面するでしょう。

1985年のスタンディングスタートから、アジットは340億ドルの著しい引受業務利益をフロートにより産み出しました。これは他保険会社のCEOでは近づくことする出来ない業績です。これらの成果により、彼はバークシャーに何十億ドルもの価値を追加させました。チャーリーは喜んで、彼を私の後継者にするでしょう。私も異議はありません。

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我々には、ゼネラル・リーというもう一つの強力な保険チームがあり、これをテッド・モントロスが率いています。

本質的には、健全な保健活動には四つの規律を固く守る必要があります。それは(1)ポリシーが損失を招くような異なる際に晒されているすべての危険を理解していなければならない、(2)それを実行する場合にの損失や見込まれるコストを引き起こすと見込まれるあらゆる要素を保守的に評価しなければならない、(3)将来の損失コストと営業費をカバーして、平均して利益を上げることの出来るプレミアムを設定しなければならない、(4)適切なプレミアムを得ることができない場合には退場する用意をしておかなければならない。

多くの保険会社は最初の3つのテストには合格するものの、第4に失敗します。彼らは、単に競争相手が熱心に引き受けている保険ビジネスに背を向けることができないのです。他のみんながそうしているので、我々も同じようにそうしなければならないという古いガイドラインは、保険により当てはまりますが、それ以外のどんなビジネスでもトラブルを招くことになります。本当によい保険業者とは、車で帰宅途中に妻から電話を受けた高齢者のような同じような独立した思考法が必要なのです。彼女は警告します。「アルバート、気を付けて。ラジオで聞いたのだけれど、インターステイトに沿って誤った方向に向かっている車がいるそうよ」彼は答えました。「メイベル、彼らの半分はそれに気づいていない。君が言っているのは1台の車ではなく、何百台という車だ。」

テッドは四つの保険規律を全て守りました。それは彼の成果に現われています。ゼネラル・リーの巨大なフロートは彼のリーダーシップの下でコストフリー以上の状態にあり、平均して将来もそうあり続けるだろうと予想できます。ゼネラル・リーを獲得した最初の数年は、大きな頭痛の種でした。しかし、今では宝です。

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我々は3つの主要な保険会社の他により小さな会社のグループを所有しています。そして、それらのほとんどは保険世界の辺鄙な片隅で取引を営んでいます。全体として、それらは一貫して利益をもたらしてきました。そして、それらが我々に提供するフロートは相当な量です。チャーリーも私も、これらの会社やマネージャーを大切にしています。

年末に、我々は、ニュージャージーで医療過誤を対象としているプリンストン損害保険を買収しました。この取引は、インディアナに拠点を置く医療事故の保険業者であるメディカル・プロテクティブのスターCEOであるティム・ケネシーの経営を拡大させることになるでしょう。プリンストンは6億ドル以上のフロートと以下のテーブル(省略)に示したものを我々にもたらすでしょう。

2012年3月12日 (月)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(6)

さて、我々の活動の4つの主要なセクターを説明しましょう。それぞれが、他とは非常に異なる貸借対照表と収益の特徴があります。それゆえ、それらを一緒くたにすると、分析しにくくなります。それで、チャーリーと私が見ているように、その4つを別々のビジネスとして説明します。我々は、皆さんの一部から自己株式を買い戻しているので、それぞれのセクションで本質価値が繰越価値に比べてどの程度なのかについての考えを明らかにします。

保険業

最初に、長年にわたってバークシャーの中心的な活動で我々の事業拡大を推進してきた保険業について、見ていきましょう。

損害保険(P/C)は前払いのプレミアムを受け取り、後で請求に対する支払いを行います。極端な場合、特定の労災補償事故のような場合は、支払いが数十年間延びることがあります。このような、今現金を受け取り、支払いは後になるモデルでは、我々の手元に多額の「フロート」と呼ばれる現金が据え置かれることになります。最終的には、そのお金は我々の手元を離れることになるのですが。一方、我々がこのフロートを投資に振り向けることで、バークシャーは利益を得ることができます。ここの方針や主張は行ったり来たりしますが、我々が抱えるフロートの総額はプレミアムボリュームに関して安定しています。その結果、我々のビジネスは、フロートに応じて成長しました。我々がいかに成長したかは、下に表しています。

我々のフロートが現在のレベルから、これ以上大きく成長することはありそうもないでしょう。それは、主に我々がプレミアムボリュームに比例した、かなりの額が既にあるからです。フロートの減少があるだろうと付け加えましょう。それは、間違いなく段階的で、それゆえ我々にとくに通常とは違った支払を要求しないでしょう。

プレミアムが我々の費用と最終的な損失の合計を上回っていれば、フロートが産み出す投資収益を加え、我々は引受業務利益を計上します。このような利益が産み出されるとき、我々は自由なお金の運用を喜びます。さらにこれを増やしながら、後の支払いを待ちます。残念なことに、このような幸福な結果を成し遂げたといいう保険業者の願望は、激しい競争を引き起こします。大きな引受業務損失を起こす損害保険会社があるため、ほとんどの年に競争は活発です。例えば、スティトファームは、わが国最大の保険業者であり経営があまり良好でない会社ですが、この11年のうち8年は引受業務損失をまねきました。保険でお金を失うにはたくさんの道があり、保険会社は新しいものを作り出す才能に長けています。

この報告書の最初のセクションに見られるように、我々は9年連続で引受業務利益を上げてきて、この期間の利益の合計は170億ドルにも達しました。確かにすべてではありませんが、我々は、これからも、ほとんどの年に収益を上げ続けるだろうと信じています。我々が達成できたしたら、それは我々のフロートがコストゼロよりもむしろ収益を産み出し続けるからです。ある人々が我々に706億ドルを預け、その料金を払い、我々に自信の利益に投資されるように、我々は利益を稼ぎました。

それで、この魅力的なフロートはどのような我々の本質価値の計算に影響するのか?我々のフロートはバークシャーの帳簿価格を計算する際には負債として完全に差し引かれます。ちょうどそれは、我々が明日払わなければならなくて、それを補充するものがない時のように。しかし、それはフロートを表示するには誤った方法で、代わりに回転資金として見られるべきです。フロートがコストを産まず、長く存続するならば、この負債の正しい価値は会計上の価値よりはるかに低いです。

この誇張された負債を部分的に相殺するのは、資産として帳簿価格に含まれる保険会社に対する好意に起因する155億ドルです。実質的に、この好意は我々の保険業務でフロートを産み出す能力の価格を意味します。しかしながら、好意の費用は本質的価値とは関係がありません。もし、保険ビジネスが大規模で持続的な引受業務損失を生み出してしまうのならば、それに起因する好意資産は、当初の導入コストがどれだけかかっていても、意味がないと考えざるを得ません。

幸いにも、バークシャーはそうではありません。チャーリーも私も、我々の保険業務の好意の本当の経済的価値は、同様の品質のフロートを購入することで測ることができますが、歴史的な繰越価値を越えていると信じています。我々のフロートの価値というのは、バークシャーの保険ビジネスの本質的価値が帳簿価格を大幅に上回ると信じている理由です。

無料のフロートが、P/C事業全体のために期待される結果ではないことを、もう一度強調させて下さい。我々は、保険の世界で多額のバークシャー品質のフロートがあるとは思っていません。2011年を含むほとんどの年で、産業プレミアムは保険請求を賄うには不十分でした。従って、具体的な資産による産業界の収益は、長年にわたり、アメリカの産業全体の平均的な収益に遥かに及びませんでした。我々には保険ビジネスにおいて驚異的な業績をあげている傑出したマネージャーがいるため、バークシャーは顕著な結果を残しています。皆さんに、その主要なユニットについて説明させて下さい。

2012年3月10日 (土)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(5)

自社株買い

昨年の9月、バークシャーの帳簿価格の110%を上限に自社株買いを行うことを発表しました。我々は市場で、2~3日の間だけ、我々の上限を超えて値上がりする前に6700万ドルの自社株買いを行うつもりでした。それにもかかわらず、自社株買いの一般的な重要性はこのテーマに焦点を当てることを求めているようです。

チャーリーと私は、2つの条件が満たされたとき、自社株買いを行います。そのひとつは、会社が事業を進め、流動性を確保するための十分な資金を持っていること。もう一つは、保守的に計算される会社の本質的価値に対して実体的なディスカウントで売られていることです。

我々は、二つの条件を満たさないで行われる自社株買いのケースを数多く目撃しました。時々、もちろん、重要なものですら、これに違反するからといって罪に問われるわけではありません。多くのCEOたちは、株価が安いと思うことを止めようとしません。他の例では、よろしくない結論が正当化されている。株式の発行による希釈化を相殺するために、あるいは会社が余剰資金を持っているからと言うだけの理由で自己株買いが行われるのは、十分とは言えません。継続的に所有している株主は、本質的価値以下の価格で購入されない限り、傷つくことになります。資本配分の第一法則は、買収や自己株買いのための資金が用意されているいないに関わらず、ある価格ででは賢いが、それ以外の場合にはのろまになるということです。(自己株買いの決定に際して価格/価値要因を常に強調するCEOにJPモルガンのジェイミー・ダイモンがいます。私は彼の株主への手紙をお読みになることを薦めます)

バークシャー株が本質的価値より安い価格まで売られるとき、チャーリーと私は複雑な気持ちになります。我々は株主に株を持ち続けてもらうために、喜んでお金を稼ぎます。そして、我々の持株という、少なくとも9xxあるいはそれ以下よりもx少ない価格であることを知っている資産を購入すること以上に確実な道はありません。(我々の取締役の一人が言うには、「樽の水がこぼれて、中の魚が音を立てて動くのをやめたあとで、その魚を狙い撃ちするようにものだ」)それでも、我々が自己株買いすることで、そのことによる価格よりわずかに高い価格で株主が株式を売却できるようになるとしても、我々はパートナーたちがディスカウント価格で現金を放出するのを見ていられません。それゆえに、我々が買うときは、このようなパートナーたちが彼らが売っている資産の価値を十分に知らされていてほしいのです。

帳簿価格の110%を上限とする我々の自社株買いは、明らかに、バークシャーの1株当たりの本質的価値を増加させます。そして、我々がより多くかつ安く買うことで、株主であり続けることにより多くを得ることができるようになります。それゆえに、機会があるなら、我々はたぶん制限された価格かそれ以下で攻撃的に自社株買いを行います。しかしながら、我々が株価を支えること、我々の設定した価格は下降傾向の市場で下がっていくことに興味がないということを皆さんには知っておいていただきたい。そしてまたね我々の現金の備えが200億ドル以下であれば、我々は株式を買いません。バークシャーでは明白な財務力が、他のすべてに優先します。

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自己株買いに関するこのような議論は、株価の変化に対する多くの投資家の不合理な反応に対処する機会を我々に与えてくれます。バークシャーが自社株買いをしている会社の株式を買うとき、我々は2つのことを期待しています。まず最初に、ビジネスの収益が長期間好調に増加しているというまっとうな希望です。2番目に、株価が同じように長期にわたり市場で平均以下であることもまた望みます。この2番目の点の当然の結果は、我々が所有する株式についての帳簿を説明することは、効果的であることになっていましたが、実はバークシャーにとって有害で、解説者が慣習的に仮定するようには役に立たない。

例としてIBMを取り上げましょう。すべてのビジネス・オブザーバーが知っているように、CEOのルース・ガースナーとサム・パルミサーノは20年前の破産寸前から今日の素晴らしい状態に立て直すと言う傑出した仕事をしました。彼らの経営で達した成果は真に驚くべきものでした。

しかし、とりわけ、近年の企業の財政的な柔軟性が改善されたように、彼らの財務政策は輝かしいと言えるものでした。本当に、私には大企業において以上の財務政策や財務スキルは考えられません。そのことにより、IBMの株主にとっては実質的な利益の増加により喜ばれたわけですから。同社は負債を使い、独占的な買収をしかけ、攻撃的に自社株買いを行いました。

今日、IBMには11億6000万の株式を発行しておの、我々は、その5.5%にあたる6390万株を所有しています。当然、今後5年間同社の利益がどうなるかは、我々にとって重大な問題です。それ以上に、同社は、この数年で500億ドルほどの自社株買いをおそらく実施するでしょう。その日に向けて我々は問います。バークシャーのような長期株主はその間喝采するだろうか。

私は、皆さんの気をもむつもりはありません。我々は5年間IBMの株価に翻弄されることになるでしょう。

数学をやってみましょう。もしIBMの株価が平均的であれば、期間を通して200ドルくらい、同社は500億ドルで2億5000万株を取得するでしょう。その結果9億1000万株が発行済株式数から除外され、我々の同社のおよそ7%を所有することになります。逆に、この5年間で平均300ドルで株が売れるのなら、IBMは1億6700万株しか得ることができません。5年後には約9億9000万株が発行済株式総数から除外されることになり、我々のシェアは6.5%です。

IBMが5年間で200億ドルの利益を得ることになっているのならば、その中の我々の持ち分はより高い株価の時に比べて低い株価の期待外れのシナリオの時の方が、1億ドルは多くなるでしょう。その後の時点で、高い価格で自社株買いが実施された場合に比べて、我々の株はおよそ150億ドルの価値があることになるでしょう。

そのロジックはシンプルです。皆さんが将来に、ご自身のお金あるいは間接的(自己株買いを通じて)株式の買い手になったら、株価が上がった時に、痛い目を見ることになるでしょう。株価が低落した時が儲かるときです。しかしながら、感情は、あまらも頻繁に事態を複雑にしてしまいます。大部分の人々、将来の買い手となる人々も含む、は、株価が上がるのを慰めとしています。このような株主は、単にタンクが満タンだからと言うだけで、ガソリン価格が値上がりしたのを喜ぶ通勤者と似ています。

チャーリーも私も、皆さんの多くを我々の考え方に同調してもらおうと思っているわけではありませんが、自身の個人的なこだわりに気が付いてほしいのです。我々は、多くの人間の行動を観察することで、その無益さを知りました。そして、ここにそれを適切に表わしたものがあります。私も未だ若いころは、市場が上昇するのを、喜んでいました。それから、私はベン・グレアムの『賢明なる投資家』の第8章を読みました。この章は、投資家が株価の変動をどのように見なければならないかを取り扱っています。間もなく、目から鱗が落ち、安値は私の友となりました。その本との出会いは、私の人生の中で最も幸運な瞬間でした。

最終的には、我々のIBMの投資が成功したかどうかは、主に将来の利益で測ることができます。しかし、重要な第二の要因は、同社が相当な金額をつぎこんでどれほど多くの株式を獲得できるかということです。そして、もし自己株買いによりIBMが6390万株減らしたら、私は倹約をやめて、バークシャーの従業員に有給休暇を振る舞います。

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ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(4)

本質的なビジネスの価値

チャーリーと私は、バークシャーの1株当たりビジネスの本質的価値の増加率で、パフォーマンスを測定しています。我々の伸びがスタンダード&プアーズ500銘柄のパフォーマンスを時間とともに追い越した場合は、我々は報酬を得ることができました。そうでない場合、我々はそれ以上の代価を支払ってきました。

我々には本質価値を正確に指摘する方法がありません。しかし、かなり控えめに言われるけれども、我々は代わりに、有効な、1株当たりの帳簿価格というものがあります。この物差しは、大部分の会社では意味がありません。しかし、バークシャーでは、帳簿価格がビジネス価値を大雑把に表わしています。それは、バークシャーの本質的価値が帳簿価格を超える差が年々大きく振れないからです。時の経過と共に、帳簿価格を分母にビジネス価値を分子にした比率は、分母も分子も増加するので、常に安定しているでしょうが、相違は絶対値では、おそらく相当なものになるでしょう。

我々は、帳簿価格の実績が、株式市場の低迷した際にはほとんど確実にS&P500を上回り、同じように好転し始めた時には下回ることを定期的に強調してしました。それを試すのは、時に応じて我々がどのように振る舞うかによっています。昨年の年次報告は、我々が1965年にバークシャーを引き継いで以来42の5年間の結果(1965~69、1966~70というような)をテーブルとして掲載しました。すべてにおいて、我々の帳簿価格がS&Pに優っていることが示され、2007~11年ですらそうだったのですから。S&P500が5年間の連勝をまとるれば、ほとんど確かに、これを書いている途中でやめてしまうように、ペンを折るでしょう。

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私はまた、昨年、皆さんが我々の1株当たりの本質価値を推定する助けとなるようなデータについて詳しく説明する2つのテーブルを載せました。ここで、その議論を全部繰り返すつもりはありません。99~100ページに再現されています。そこで示されているテーブルを更新するために、2011年の我々の1株当たりの投資額は4%増えて98,366ドルになり、保険と投資以外の企業の税引き前利益は18%増加し1株当たり6,990ドルとなりました。

チャーリーも私も、両方の領域で利益を見るのは大好きですが、第一の焦点は本業の営業利益です。時の経過と共に、我々が現在所有するビジネスは収益の総額を増やしていかなければなりません。そして、我々はまた、我々の業績に更なる後押しをするために大規模なビジネスの買収を考えています。我々には、独立していればフォーチュン500に入るような会社を8社、子会社としています。まだ492の会社が残っています。私の仕事は明らかで、その間をうろうろすることです。

2012年3月 8日 (木)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(3)

いいお話は、これで全部です。これからは2011年の我々にとって痛かった、いくつかの事業についてお話しします。

      数年前、私はテキサスの数か所で電気事業を営むエナジー・フューチャー・ホールディングスの新規社債を20億ドルで購入しました。それは間違い、いや大間違いでした。長い目で見れば、この会社の見通しは天然ガスの価格と緊密に結びついています。しかし、天然ガスの価格は、我々が購入した直後に落ち込み、その後下がり続けています。この社債を購入して以来、我々は毎年1億200万ドルの利払いを受けていますが、天然ガスの価格が大幅に上昇しない限り、この会社の支払い能力は消耗し尽くしてしまうでしょう。我々は、2010年に10億ドル、昨年に追加の3億9000万ドルを帳簿の投資勘定から減少させました。

年末において、我々の所有する債券は市場価格で8億7800万ドルになっていました。天然ガスの価格が現在の水準を維持するならば、おそらく、我々は現在の繰越価格を一掃してしまうほどの一層の損失に直面せざるを得ないでしょう。反対に、天然ガスの価格が大きく増加すれば、これまでの評価減による損失のいくつか、あるいは全部を取り返すことができるでしょう。しかしながら、事態は展開します。私が債権を購入した時に、収支可能性の全くの誤算でした。テニス用語で、これはアンフォースド・エラー(自発的なミス)です。

      2011年に、3件の大規模で、非常に魅力的な確定利付き債権を発行しました。スイスRe、ゴールドマン・サックス、ゼネラル・エレクトリック社は総額で我々に128億ドルを、バークシャーのおよそ12億ドルの税引き前利益を産み出す債券を取り戻すために、支払ってくれました。その資金により、我々はリーブリゾールを買収できましたが、その収入によりこの損失を取り返すものです。

      昨年、私は皆さんに「住宅産業の復興はだいたい1年以内に始まるでしょう」とお話ししましたが、まったくの誤りでした。我々には、住宅産業の動向に大きく影響されるビジネスが5つあります。クレイトンホームズは国内最大の住宅生産メーカーで、2011年の生産のおよそ7%が直接、その影響を受けました。

さらに、エイコム・ブリック(れんが)、ショー(カーペット)、ジョーンズ・マンヴィル(断熱材)、マイテック(建材、主として屋根を付けるのに使用されるコネクタ・プレート)は全て、建築業界の動向に影響を受けます。全体で、我々の住宅関連の5社は、2011年に5億1300万ドルの税引き前利益がありました。これは2010年とほぼ同じですが、2006年に比べると18億ドルのダウンです。

住宅業界が復活することは確かです。時の経過と共に、世紀の水準の空き家を考慮した住宅数は世帯数に必ず近づいてきます。しかしながら、2008年以前の数年間は、アメリカでは世帯数より多くの住宅を建設しました。必然的に、我々は多すぎる住宅ユニットを抱え、全経済を揺るがす暴力的な振動により泡と消えました。それは、住宅に対して新たな問題を引き起こしました。不況のはじめは世帯形成のスピードが遅くなり、2009年には劇的に減少したのです。

この破壊的な需給率は現在は逆転しました。毎日、住宅ユニットより多くの世帯が産み出されています。人々は、不確かな時代の間、人々は世帯をつくることを先送りしますが、結局、ホルモン(志向性)は引き継ぐのです。そして、同居は不況に対しての当初の反応であるでしょうが、姻戚と同居することはすぐに、それが嫌になってくるものです。

60万個という現在の年間住宅着工数は、新たに生み出されている世帯の数よりかなり少なく、住宅の買い手や借り手は古い売れ残りにまで吸い寄せられています。(このようなプロセスは国内のそれぞれの状況に合わせて自然と進むでしょう。需給関係はそれぞれの地方に大きくバラつきます。)しかしながら、回復は始まっていますが、我々の住宅関連の会社は2006年の58,769人に比べて僅か43,315人しか雇用しておらず、悲鳴が上がっています。このような経済の重要なセクターは、建築だけでなくその関連業界も含めて、落ち込んだ状態のままです。私は、このことが、経済の他の分野での安定と相当程度の回復が見られるのに比べて、雇用の回復がひどく遅れた理由であると信じています。

賢明な財政・金融政策は不況対策として重要な役割を果たしますが、このようなツールでは世帯の形成には役立たないし、作り過ぎた住宅を処分するものではありません。幸いにも、人口統計と市場は、おそらくずっと前から、必要とされる需給バランスを回復させるでしょう。その日が来れば、我々は再び毎年100万ユニット以上の住宅を建設するでしょう。私は、一旦それが起こると専門家が驚くほど失業率が一気に下がると信じています。彼らは、1776年以来真実だったことに、再び気づくでしょう。アメリカの全体時代は、もう目の前です。

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(2)

バークシャ・ハサウェイの株主の皆様

我が社のクラスAとクラスBの株式の2010年の帳簿価格は両方とも4.6%増加しました。現在の経営陣が経営を引き継いでから47年以上の間に、帳簿価格は19ドルから99,860ドルに成長させました。これは年間複利で19.8%に当たります。

バークシャーの副社長でパートナーのチャーリー・マンガーと私は、2011年の会社の成長は良好だったと思っています。そのハイライトを上げていきましょう。

      取締役会の本分は、それにふさわしい人々がビジネスを推し進め、次世代のリーダーを識別し将来に向けて引き継ぐことを監視することです。私は19の会社の取締役会の一員にいます。そして、バークシャーの取締役たちは、継承計画に最大限の時間と労力を費やしました。

年末にテッド・ヴィシェールが乗り込んだすぐ後、2011年の始まりに、トッド・コームは投資マネージャーとして我々に加わりました。彼らは二人とも傑出した投資技術とバークシャーへの深い関与をしています。彼らは2012年にそれぞれ10億ドルを扱うことになるでしょう。しかし、チャーリーと私がもはやバークシャーで直接行っていない時に我々のポートフォリオ全体を管理できるだけの頭脳と判断力そして性格を備えています。

皆さん方の取締役会は、賞賛すべきマネージャーとして、そして人間としての資質をもった個人を、CEOとして私の後継者にすることに大きな熱意を持っています。(我々にはまた、2人のずば抜けたバックアップ候補がいます)責任と権限の継承は、途切れることなく行われることでしょう。バークシャの見通しは明るいでしょう。私の資産の98%以上がバークシャーの株式で、そのすべては様々な慈善事業で使われることになります。1つの株式に極度に集中していることは一般的な常識に反します。しかし、我々の所有するビジネスとそれを経営する人々の才幹の多様性と質の高さの両方が分っているためもこのような状態でも良好なのです。これらの資産をもって、私の後継者は楽なスタートを切ることができるでしょう。しかしながら、チャーリーと私がどこへ行こうとしているかというこの議論から推測は無用です。我々は、このような良好な状態を続けるし、そうすることが好きなのです。

      9月16日、我々は、添加物その他の特殊化学製品を生産するリーブリゾールを買収しました。ジェームス・ハムブリックがCEOとなった2004年から税引き前利益を1億4700万ドルから10億8500万ドルまで増加させ、優れた業績を残しました。リーブゾールは特殊化学薬品分野で「ポルト・オン」取得の多くの機会を持つでしょう。我々3人は4億9300万ドルで買収の合意に達しました。ジェームスは熟練したバイヤーで卓越した執行者です。チャーリーと私は、彼の経営領域を拡大させたいと思っています。

      我々の昨年の主要ビジネスは、順調でした。実際に、我々の保険以外の5つの大会社、BNSF、イスカー、リーブゾール、マーモン・グループ、そして、ミッド・アメリカンエナジーは記録的な営業利益を計上しました。総計で、これらの企業は、2011年に税引き前利益で90億ドル以上を稼ぎ出しました。我々が5社のうちミッド・アメリカン1社のみを所有していた7年前の税引き前利益が3億9300万ドルであったの比べてみて下さい。経済環境が2012年に悪化しない限り、我々の素晴らしい5社は、税引き前利益の総計が100億ドルを超えるという新記録を塗り替えるでしょう。

      全体として、我々の事業会社のすべての系列は、2011年において、資産、設備と機材に、我々の以前記録を20億ドル以上上回って、82億ドルを支出しました。実際のところ、我が国が投資機会がないと信じている人々を驚かせたことでしょうが、我々の支出の95%は米国内でのものです。我々は海外プロジェクトを歓迎しますが、バークシャーの将来ための投資の圧倒的多数はアメリカ国内でのものです。2012年には、これらの支出は再び新記録を樹立するでしょう。

      我々の保険業務は保険以外の無数の機会に対して、コストのかからない資本から資金を供給し続けました。このビジネスは「フロート」を産み出します。フロートとは、我々の所有ではないものの、バークシャーの利益のために投資することのできるお金です。そして、我々が支払う損失と経費が、受け取るプレミアム以内であれば、我々はさらに引受業務による利益を稼ぐことができます。フロートがコストどころか利益となっているということも含まれます。時に引受業務は営業損失を出すこともありますが、この9年間連続して営業利益を計上し続け、その合計は170億ドルになりました。同じ9年間で、我々のフロートは410億ドルから現在の700億ドルまで残高を増加させました。保険は、我々にとっていい商売です。

      最後に、我々は有価証券に2つの大きな投資をしました。(1)2021年9月2日以前に、いつでも1株当たり7.14ドルで7億株の普通株を購入することができるバンクオブアメリカの5億ドル6%の優先株。そして(2)109億ドルでIBMの6390万株。このIBMを加えて、我々は現在4つの特別な会社に多大の持株を有しています。アメリカンエキスプレスに13.0%、コカコーラに8.8%、IBMに5.5%とウェルスファーゴに7.6%。また、我々は、もちろん、より小さな会社にたくさんの重要なポジションを有しています。

短期的予想を基に売買される有価証券としてではなく、我々は、素晴らしいビジネスに対するパートナーシップ投資として、それらの株式を保有しています。しかしながら、それらのビジネスの収益に対する我々の持ち分が全て、我々の収益として反映されているわけではなく、これらら受け取る配当だけが我々の財務報告に現われるのです。しかし、時とともに我々の所有の基づくこれらの会社の未配当利益は、我々にとって多大な重要性を持ってくるでしょう。というのも、それらが将来の利益を増やすことや投資社への配当を増やすために、様々な方法で使われるからです。また、それらは自社株買いに使われるかもしれません。自社株買いは、会社の将来の収入の分け前を増やすことになります。

我々が昨年1年間を通じて現在のポジションを続けていたことによって、4つの特別な会社から8億6200万ドルの配当を受けられました。それはバークシャーの損益計算書で報告されたすべてです。しかし、この4つの会社の収益の分け前は、はるかに大きく33億ドルありました。チャーリーと私は、これからの収益の増加を考える時、帳簿には計上されていない24億ドルが、バークシャーにとってそれ以上の価値を作り出すと考えています。我々は、これからずっと4社からの合計収益に期待しています。2012年に、それ以降も毎年増え続ける4社の配当金も同じように。いまから10年後、我々の4社の持ち分は、配当の20億ドルとともに、おそらく70億ドルの収益を期待できるでしょう。

2012年3月 7日 (水)

ウォーレン・バフェットからの手紙 2011(1)

先日、バークシャ・ハサウェイのホームページに、ウェーレン・バフェットの「株主への手紙」の2011年版が掲載されました。

報道でも、その内容が一部掲載されたり、後継者を語ったことなどが話題になったようです。

これから、その前文を日本語にして、ここで掲載していきたいと思います。ただし、下手な訳、というよりも直訳に近いだろうから、読みにくいと思われた人は、原文を当たってみてください。

下のURLにあります。

http://www.berkshirehathaway.com/letters/2011ltr.pdf

それでは、明日から少しずつ訳していきたいと思います。

2012年3月 6日 (火)

没後25年 有元利夫展「天空の音楽」(6)~「室内楽」

Arimotositunaigaku 室内でしょうか、テーブルに向って座っている人物がテーブル上の丸い物体を弄んでいる。背後は壁なのか、土色に塗られ、しも塗り方にムラがある、また人物の背後には正方形で囲われた青い空と雲が描かれているが、窓なのか絵画がかけられているのか、テーブル上には碁盤目が引かれていて、そのうえに丸い物体がいくつか置かれている。テーブルは遠近法と逆に描かれ、テーブルクロスで囲われているため脚の部分は隠されている。そのため、人物は上半身しか見えない。このように列記しても、何が描かれているか、判然としないでしょう。説明している私自身、何の絵なのかというメインのことが不明なので、それにしたがって画面の説明を組み立てていくことができないのです。

「花降る日」のところでは別の観点からお話ししましたが、有元利夫の作品には何が描かれているかという主張が感じられないのです。慥かに、実際の画面には人物が描かれ、テーブルが描かれ、等々があります。だから何も描かれていないとは言えないのかもしれません、しかし、これらが一つとなって画面を構成して全体として何なのかということが、意味不明と言えます。それは、私の想像力の不足ゆえなのかもしれません。

有元利夫の特徴の一つとして関係の軋轢を嫌うということを述べたことがありますが、ここでも人物とテーブル、丸い物体相互の関係をはっきりさせていません。人物とか物体とか色々なパーツを構成して画面を作るとした場合、全体として何なのかという主張をしたいものに直結するような根幹となるパーツを強調して、それ以外はそれに従属させるような構成、簡単に言えばメリハリです。これが「室内楽」にはありません。それぞれが同じような比重で画面に在る。だから、平板なので何を言いたいのか分らない。これは、他の作品のところでも平面的とか、装飾的とか、虚構的とか空虚とか言う要素をコメントしてきましたが、最終的にはここに収斂されるのではないか。

Arimotoporock ここで誤解して欲しくないのは、これを悪いとは思っていないと言うことです。全く方向性の違う絵画ですが、例えば、ジャクスン・ポロックの抽象表現主義と呼ばれる作品では、何かを描くと言うことが放棄された作品です。画面が出来てしまったのを見て、そこにン中を感じればいいというもので、有元の作品は最終的には、それに近いのではないか。ただし、有元の作品は抽象画ではなく具象画です。そこには、具象ということで何かしらの効果のようなことが意図されている、それが、他の作品のところで縷々述べてきたことです。言うなれば、彼の作品は効果の積み重ねと言ってもいいと思います。それが、有元の作品が音楽的と称されていることにつながるのではないでしょうか。

基本的に音楽には意味がありません。言葉であれば「犬」という言葉があって、そのことばは実際の犬を指しています。それが基本的な意味するということです。しかし、音楽には特定のものを指すという機能はありません。情景を描写するような音楽があっても、それは丸写しではなく、聴く人がそれらしいことを想像することを期待してのことにすぎません。音楽が感情を表現するといっても、言葉で「怒り」といっても、音楽にはそういう特定できるものがありません。そこでは、音の繋がりや繰り返し、音の重なりといった現象から、音楽を作る人、音楽を享受する人が、それぞれ勝手に想像し合うというのが単純化した音楽というもののあり方と言えます。音楽を作る人にとっては、モーツァルトが繰り返し手紙で述べているように効果の積み重ねなのです。おそらく、有元利夫の作品の魅力と言うのは、そういう点にあるのではないでしょうか。

2012年3月 5日 (月)

没後25年 有元利夫展「天空の音楽」(5)~「花降る日」

Arimotohanafuru 1人山を登る無垢な女を描いている、とカタログには書かれているようです。とすると、女性の背後にあるのは山なのか。というほど、この山らしきものは様式化され、図案化されています。私には、様式に関する知識がないので、これが山とは見えませんでした。

しかし、別の絵のところで考えたように、これを舞台の背景、あるいは舞台装置として見ると合点がいきます。舞台装置は、このような思い切って単純化されたり、抽象化されたものが多くあります。その装置を単独で取り出してみると何だか分らないものが、舞台の上で俳優が動き、台詞で説明されたりすると、どういう存在が観客にも分ってくる。そして、単純化、象徴化されることで、現実の山というだけでなく、芝居の流れや台詞の中身から、そこに別の象徴が読み取れるようにことも出てくるものです。それは、この作品を見た時に同じようなことが可能なのではないでしょうか。というのも、背景の物体が、まず山には見えないこと。カタログの説明でも参照されていましたが、旧約聖書にあるバベルの塔を描いた図案やダンテの新曲ある煉獄山を描いた図案に形状が良く似ているとも考えられます。そう考えれば、その物体に向いて、足を踏み出している人物は、山を登っているようにも見えない。ではハベルの投かもしれない物体を眺めているのか。分りません。というのも、人物に動きがみられないのと、表情が不明なため、何をしようとしているのか、何を思っているのかを想像しようがないからです。

ピエロ・デ・ラ・フランチェスカや中世の絵画でも、かなり極端に様式化され、図案化された画面が見受けられますが、その場合には、底流にならず聖書や信仰の物語の場面という前提があります。だから、その物語に乗って上で図案化しているので、見る人々も極端に図案化されていても、それが何を表わすか大体想像がつくわけです。ところが、有元利夫の作品では、中世の絵画と違って底流に物語がないか、あるいは見る人はそれを知らないわけです。これを単純な評論家ならば、大きな物語を失ったポストモダン社会そのものだとか、ご託宣を述べたくなるところだと思います。しかし、有元利夫には、おそらくそのような時代認識はなかったでしょう。ただ、本人が意識していないうちに時代が、反映していたかもしれません。ただ、別の作品(『ロンド』)のところで、中世的なあり方が、近代の個人主体のあり方が現代では負担と感じられるような事態になり、もっと身軽さが求められていることとなって、神という絶対的なものなければ中世的というのは改めて身軽なあり方ではないかというときに、有元利夫の作品と言うのは、そういう雰囲気に合致しているのではないか、という話をしました。それがこの作品でもやはり感じられるのではないか、と思います。

Arimotorengoku 『花降る日』の背景が何だか分らず、人物が何をしようとしているが判然としないのは、それで見る人に問いかけを突きつけているというのではなくて、もともと絵自体に強い主張がないためではないか、と考えられるからです。

ここで、おさらいがてら少し整理してみましょう。最初、有元利夫の作品はピエロ・デ・ラ・フランチェスカをはじめとした中世の絵画にひとつも理想的なものを見て出発した。しかし、出来上がったものは似て非なるものだった。表面上は平面性だったり装飾性だったり、フレスコ画という技法を選択したり、と手法上は通じるところがありました。しかし、ピエロ・デ・ラ・フランチェスカには、そのような中世絵画をベースにしながらも近代的なルネサンスに向けて抜け出そうとする姿勢がみられ、その画面からは人物の生き生きとしたリアリティや人と人との関係の織りなすドラマが萌芽的に描かれていた。しかし、有元利夫の作品からは、むしろそのような要素を排除する方向が働いていた。では、有元利夫は単純に中世への回帰を志向していたのかといえば、そんな単純なものではなかった。ルネサンス以降の近代的な世界と言うのは、個人に自立した人格が求められ、その個人によって集団が形成されるという言うなればエリートの集まりだったわけです。そこで絵画に描かれた人物と言うのはそういう独立した人格だったわけです。ところが、こういうものはエリートにはいいかもしれないが、世の中にはそうでない人も多い、それが大衆です。その大衆に向けたポピュラー文化として、例えば音楽の世界ではクラシック音楽のような複数の主題を複雑に構成させた深遠でドラマティックな楽曲は敬遠され、シンプルで一つのフレーズを繰り返すような中世やバロック音楽の構造に似たポピュラー音楽が大衆音楽としてもてはやされるようになっていた。有元利夫の作品世界の志向には、これに通じるものがあった。そのために、演劇の舞台のような虚構の場にしつらえたもののような様式性(わざとらしさと言い換えてもいい)や抽象化があり、そこに登場する人物が一人であることから人間関係が織りなすドラマの部分を排除していた。そうすると、中世の神のようなベースもなく、演劇のドラマのような中心なるものも排除してしまった。いうなれば、中心を欠いたものとなって、その結果として、画面に何が描かれているのかという主張がなくなっていった。

では、そこで、有元利夫の作品はそういう言うなれば無意味、あるいは空虚なところが魅力なのかということになります。そこで、キーワードとして、私が重視しているのが、有元利夫の作品が音楽的と称されていることです。これは、他の作品のところで話したいと思います。

2012年3月 3日 (土)

没後25年 有元利夫展「天空の音楽」(4)~「厳格なカノン」

Arimotokanon 繰り返しになりますが、多くの有元利夫の作品は人物が、たいていは一人で全身か上半身が描かれていて、あまり動きのないシンプルなポーズをとっているというものです。その人物もだいぶデフォルメされた一目で有元作品の人物だと分かる特徴的なものになっています。頭部が極端に小さく、顔は描かれているが描き込まれているというのではなく、表情とか顔から人物の個性を窺うことはできない。手は極端に手の先が小さく、これは頭部の小さいのと釣り合っているのでしょうか、逆に上腕部は着ている服の関係からか不釣り合いなほど太くなっています。そして、来ている服が中世風というのかタップリしてふっくらした衣服を着ています。人物のとるポーズも様式化された感じでダイナミックな動きは感じられません。

これについて、私は一種のキャラクター・ピースではないかと思います。画家には失礼かもしれませんが、例えばサンリオのキティちゃんのようなものです。人物には何パターンかありますが、その人物が様々な背景の中に当て嵌められて画面が作られ、それが作品となる。キティちゃんというキラャクターが着せ替え人形のような様々な衣装を着せられたり、文具やアクセサリーといった様々なグッズにプリントされ、それらが商品として成立しているのと同じです。有元利夫を若くして亡くなってしまったため、人物の表現自体がもっと進歩して成熟した深みをもったものとなる時間の余裕はなかったかので、想像の域を出ませんが、残された作品を見る限りでは、有元利夫の作品に描かれた人物を見ていると、そのような表現の深まりの可能性の余地が感じられません。あくまで表層のところで、らしくパターン化されたキャラクター、だから近代絵画というよりも図案に近い印象です。しかし、これだけではイラストで絵画にはならない。そこで、中世のフレスコ画の手法が生きてきます。近代絵画の陰影や立体感や質感とは逆方向の平面的でパターン的な中世の絵画に適した手法です。岩絵具は塗りむらができやすく、反面から見ればそのムラが微妙な変化やかすれ等も重なって味わいを醸し出す効果もあるわけです。油絵具の質感にはそぐわず、かといってアクリル塗料のようなものだとイラストになってしまう。岩絵具を塗ってフレスコの手法で図案を描くと、古風で味わいを感じさせる作品として出来上がる。

このように書くと、何か有元利夫を辱めているように受け取られたくないのですが、これはこれで凄いことです。フレスコ画を描くこと自体、熟練を要する苦労の必要なものです。また、上に書いたようなことを本人が自覚的に行ったとしたら、まさに現代芸術のコンセプチュアルアートではないですか。

そこで『厳格なカノン』という作品です。これはこの展覧会のポスターにも使われた作品で、ある意味で有元利夫を代表する作品といってもいいかもしれません。書き割りのような背景、とくに地面には碁盤目が引かれていたりする、の中で、はしごが立てられている。これは舞台で背景と緞帳、そして床の模様ということかもしれません。この梯子もカーテンのようなもので先が隠されて、立てかけられているのかどうか判然としない。そのはしごの中ほどに有元利夫の描く独特の人物が足をかけている。という作品です。人物の顔は小さく、描かれている表情は判然としません。人物に動きがないのか、はしごを昇ろうとしているのか、降りようとしているのかは画面からは分かりません。はしごを掴んでいる手、指差がカーテンのようなもので隠されているので、なおさら人物がどうしようとしているかの手懸りがありません。

Arimotopiero3 ここでは、その人物ではなくて、背景に焦点を当てて見てみたいと思います。先ほども少し触れましたが、この背景はリアリズムということからは離れて幻想的といった趣ですが、舞台装置に様にも見えます。図案化されたような空と雲の形や人物と不釣り合いなほどに低い山は舞台の背景画として見れば、その様式性や感じられる象徴性も不自然ではなくなります。また、人物が足をかけている梯子については舞台装置としてみれば、そこに象徴的に特別の意味を探す必要もないわけです。もともと幻想というのは個人の内面、例えば夢の肥大化したものと言えるもので、そこには言葉が介在した理念的な、あるいは構築的な要素が底流にあると思います。しかし、有元利夫の作品には、言葉によって構築されたという要素は、あまり感じられません。例えば、象徴的な記号、イコノロジー的なアイコンの使用は為されていません。描かれた画面の表層の下にもう一つの深層があるようには思えなく、表層だけが存在しているような感じがします。有元利夫の作品に静寂さが感じられるのは、表層だけ、つまり上澄みをすくったようなところがあるためかもしれません。その理由として、舞台の書き割りを書いたというは、私には説得力があります。作家の内心の反映というよりは、キャラクターを演じる俳優の場として、そのために演じることに対して余計な要素を取り去ってしまうと風景の写生とは違って縁起に必要な部分だけを強調した、結果としてデフォルメされた図案が出来上がったというわけです。

ピエロ・デ・ラ・フランチェスカもそうですが、中世からルネサンスころの絵画には舞台の書き割りのような空間の絵画が散見されます。ルネサンスによる遠近法の発明も平面的な舞台で、背景に奥行を感じさせることが、その契機となったとも言われています。絵画の、その後の歴史はその後写生に向かい、ロマン主義などでは個人の内心を仮託したりドラマチックでダイナミックな方向に進んだのに対して、有元利夫は逆に平面的な書き割りに遡行していったとも言えるでしょうが。

そして、『ロンド』のところで申し上げましたが、有元利夫の作品の人物はキャラクター・ピースだといいましたが、まさに演劇の世界です。ただし、ここでいう演劇は近代演劇の個人のぶつかり合いではなくて、中世の様式的で表層的なコメディア・デ・ラルテのような様式性の強いものや、日本の中世の能楽のように象徴性の高いものをイメージしています。

能楽の表層を掬い取ったような静けさや様式性、あるいは個人の内心の表白というものがなく人間関係のドラマが直接伝わらない表層に終始したようなところは、有元利夫の作品と共通するところがあるように思います。それは、背景の単純化された図案の象徴性もそうだし、何よりも表情の感じられない有元利夫の作品の人物は能面にも似ているのではないか、あるいは能楽では指先の動きも衣装の袖に隠されて見えにくくされているわけです。だから、この『厳格なカノン』の背景についても、そこに意味を探すというよりは、はしごに乗っているポーズの人物を活かすために選択されたものと、つまりは、舞台の背景として選ばれたものと考えた方がしっくりくるように思えるのです。

このように考えると、この『厳格なカノン』もそうですが、有元利夫の作品世界というのが、リアルな現実世界を直接にではなく、かといって幻想の世界を表わしているというのではなくて、現実あるいは幻想を舞台という間接的な場に引き移して、間接的に、つまり、舞台化というヴェールをかけた世界となっている。そこでは、世界全体が書き割りのような平面的で、舞台にとって不要なものを消去したという結果としての象徴性が残った。ただし、世界全体として表わすことに比べて舞台と言うヴェールを介することによって世界の一部を切り取ることができ、それを作品とすることでさらに切り取ることができるという二重の象徴化によって、全体を表わそうとすると不可避的に表現に入り込んでしまうような要素を注意深く排除できて、蒸留した上澄みだけを掬ったような結果となる。その結果が静けさの印象となって現れたと。

一方、個々で描かれている個々の人物に個性が感じられず、キャラクター・ピースのようなパターンになっているのも、そういう点からの説明も説得力のあるものと思います。

2012年3月 2日 (金)

没後25年 有元利夫展「天空の音楽」(3)~「ロンド」

Arimotorond 有元利夫の作品のパターンとして、人物が、たいていは一人で全身か上半身が描かれていて、あまり動きのないシンプルなポーズをとっている、というのがほとんどではないかと思います。この作品はそのパターンから外れた数少ない例外といえるものです。4人の人物が輪になって手をつなぎ合っている上方を1人の人物が浮遊しているという構図です。有元利夫は複数の人物を描くのは、関係を持ち込むことになるから、一人の人物にすることにしているというようなことを書いていたようです。言っている言葉は、それなりに通じているのですが、では実際の画面の中で、例えば、この作品のように有元利夫の作品の中で例外的な作品において、有元が持ち込むのを避けていた関係性が画面に現われているか、というとどうもそうとは思えません。この「関係」ということには色々なレベルがあるので、有元利夫がどのような意味合いで、件の言葉を書いたのかは、分かりません。

実際に作品を見てみると、関係ということを嫌がるほど意識していたとは考えられません。もしかしたら、画家が注意深くその要素を排除してしまったのかもしれませんが、それにしては、他の典型的な作品と大きな雰囲気の違いはないようです。画面にある5人の人物のうち、浮遊している1人は別にして、手をつないでいる4人は、というよりは4人で一つの物体のようではありませんか。4人の人物はそのパーツのようにみえます。4人の人物の個性を描き分けているわけでもないし、役割が振り分けられているようにも見えない。それぞれの人物の違いは着ている服の色が違うくらいでしょうか。だから、それぞれを取り替えても、そこに大きな違いが生じるということはないのではないか。人間が2人以上いれば、そこに関係が生まれるというようなことを有元本人が書いていたようですが、同じものが並列されているだけならば、関係は生まれません。また、関係が生まれるような人物として生きて人物も描かれていないように見えました。

では描かれた画面の空間構成という点でみるとどうでしょうか、この作品ではドームのような中に主に5人の人物が描かれていますので、それらをどのように配置させ、構成するかというのが画面の空間構成ですが、このときそれぞれの位置関係や大きさ、ポーズ、色などの関係が生じます。有元利夫の言う関係は、そのことなのでしょうか。それにしては、典型的な有元利夫の作品では、慥かに人物は1人しか描かれていませんが、楽器だったり、家具だったりと人物以外のものも描かれていることが多い。空間構成ということを考えれば、人物も物体も同じように空間を占めることになるので、その点では同じで画面上で人物同士と同じように位置関係や諸々の関係を計算しなくてはならなくなるはずです。ということは、このような意味での関係を有元利夫は嫌がってはいないことになります。

今、関係ということで2種類に分けて考えてみましたが、これは前者が人と人との関係、後者が人と物との関係に当たります。大雑把な分類かもしれませんが、有元利夫は後者の関係を嫌がってはいないようです。人と物との関係の特徴は、端的に言えば、一方的なことです。例えば、人と楽器を取り出して考えてみると、楽器は人が手に取って音楽を奏でるために楽器として使うことによって楽器です。それ自体は、存在はしているでしょうが、人が何らかの意味づけをしてあげて、はじめて人との関係が生まれます。しかし、その逆はありません。その理由は何かといえば、人には意識があるとされているからです。これを有元利夫の画面に当てはめて考えてみると、さきほど申しましたように、空間構成上の関係として人と物を同列に扱うことは、関係とはみなしていないようです。だから、有元にとって人と物の一方的な関係は嫌がるようなものではない、と言えそうです。これに対して、人と人との関係はお互いに意識があるということから双方向的なものとなります。つまり、人は物との関係では、物を一方的に意味づけするだけのものでしたが、人との関係では相手から意味づけられる方向も加わります。人と人との関係は互いに意味づけ、意味づけられる関係です。だから、そこには対立もあれば共感もあれば、様々な様態が生まれるわけです。アイデンテティを自我同一性というように、他者との関係の中で人は自己を認識し確立させていくのは、まさにそういう関係です。有元利夫が嫌ったのは、おそらくこの人と人との関係ではないでしょうか。

Arimotopiero2  実際に、複数の人物が描かれているこの作品では、描かれている人物が独立した人格を有した存在とは見えません。というのも、手をつないでいる4人も、浮遊している1人も同じに描かれていて、かりにそれぞれが入れ替わっても気が付かないようなのです。例えば、ルネサンス以降の絵画で、人々を描いたような絵では、それぞれの人が別個の動きをし、画面の中で違った役割を与えられ、中にはその人々が織りなす関係が見るものにドラマを感じさせることもあります。有元が影響を受けたというピエロ・デ・ラ・フランチェスカの作品でも、たとえば『セニガリアの聖母』でもキリストを抱いたマリアと背後の2人女性が目は小さいのだけれど、それぞれの瞼の開き具合の差が明瞭に分るように描き分けられていて、さらに視線がどこを向いているかもはっきりとわかるので、それぞれの人が画面上で他の人にはない、その人の役割を振り当てられ、個としての存在感があるわけです。この個性的な存在を際立たせ、それらが織りなす関係がドラマとなって見る者に迫ってきます。このような要素は、この『ロンド』という作品からは排除されているようです。それぞれの人物の表情は見えず、視線を交わす様子もありません。手をつなぐ人物では手のつなぎ方も一様です。しかも、表情を表現できる顔や手を、敢えて見にくくするために小さく描いているようです。まるで、一人一人が独立した人といて描かれていないで、手をつないだ4人がまとまったひとつの物として描かれているみたいです。

それは、ピエロ・デ・ラ・フランチェスカが、むしろ、そこから抜け出そうとした中世の絵画の特徴ではないかと私は思います。中世においては、絶対的存在である神によってコスモス(秩序、世界)がかたちづくられていたとして、人は神に対する関係を考えるようであった、とかなり単純化させた議論ですが、そこで描かれる絵画(もちろん中世の盛期には厳しい戒律によって偶像崇拝は禁止されていたわけですが)の人物は、個性とか固有の存在感といったものはないように見えます。それはなぜか。いくつかの要因が考えられるのでしょうけれど、そのひとつとして関係を人と人、あるいは人と物意外に神と人との関係で、いやそれだけで見たということがあるのではないか。このコスモスは神によるものとするならば、人も神によってつくられ、このコスモスに意味づけられている。いわば人と物との関係が神と人に置き換えられたようなものと言えます。複数の人がいても、その相互の関係よりもそれぞれの神との関係の方が優先される。神の前で人は、人の前での物とおなじようになる。人と人との関係のような葛藤も対立も生じない、ドラマがない代わりに静謐な世界があらわれる、というようなものです。だから、中世の絵画の人物は一様に画面のこちら側を向いていて、その後の絵画のように画面の中で互いを見合うようなことをしていない。それは、ひとつには画面からみれば向こう側にあたる神に、人々が向かっていることの表れで、画面の人物同士の関係は二の次にされているからでしょう。『ロンド』の5人の人物のうち3人は正面を向き、残りの2人は真横を向いているのは、互いを見合うことにより人と人との関係がつくられるのを避けているように見えるのは、結果として、今説明したような中世の絵画のもつ宗教的静謐さに似た、人間のドラマの生々しさから逃れることになっているように思います。

しかし、20世紀の日本で、有元には中世の絵画に求められたような信仰があったのか、あるいはそれが求められる状況にあったのか、それがないとしても、このような世界が選択されたのはどうしてなのか。そして、このような絵画の世界を魅力あるものとして捉えている私たちも、同じように絶対者である神と孤独に対峙しているか、というと、そんなことはありません。その理由を具体的に、こうだといえるものを私は持っていませんが。ひとつのヒントとして次のようなことが言えると思います。

それは、音楽のことです。同時代的というわけでもないですが、大雑把な流れとして、中世の教会で演奏された音楽は、旋律が歌うようなものは少なく、しかもそういう旋律の歌うような快さのようなことには重きがおかれず、従って作品を作る音楽家たちも独自の旋律を作ることは重視しになかったようです。だから、旋律は既にあるものを使いまわすことも日常茶飯だったようです。一方で、音楽的に力のある音楽家たちは、その旋律を題材にその一つを題材にポリフォニーの複雑で壮大な作品を構築しました。ジョスカン・デブレやラッススのような作曲家のポリフォニー音楽は複雑な構成でつくられていますが、使われているのは単純な一つの旋律です。これは、後のベートーヴェンやモーツァルトといったウィーン古典派の今でいうクラシック音楽の交響曲が力強い第1主題と対比的に優美な第2主題という二つの旋律を題材としたのに対して、単一の旋律を題材としたのは、先ほどの中世の絵画と同じように、絶対的で唯一の存在である神の秩序に類比的に単一の題材で対立も葛藤もない静謐な秩序を構築しているわけです。これに対して、今、少し言いましたが、クラシック音楽の交響曲は二つの旋律を対比的に取扱うことで、二つの旋律の間に関係が生じます。ことは、人と人との関係に類比的と見ることもできるのです。その二つの旋律が時に対立的に、時にその対立が解決されるような構造で音楽が作られます。そこで生まれるのが、人と人との関係から生まれるような緊張と融合の言わばドラマです。だから、ベートーヴェンの音楽からはジョスカン・デプレの静謐さ感じられないけれど、第9交響曲を聞き終わった後に言葉にできないような高揚した感動を覚えることがあるのです。しかし、現代では、このようなクラシック音楽は一部の好事家のものに限られ、体よく神棚に祭りあげられ、別のタイプの音楽が人々に聴かれているようです。例えば、ロックという種類の音楽はリフという単純な旋律、旋律とも言えないほどの短い単位の繰り返しが基本的な構造です。このリフがいかに聴く人々の印象に残るかということと、このリフを繰り返すことで、演奏のリズムを作り出すことで、聴く人々が感覚的に演奏に同化する、いわゆる乗りとかクルーヴといわれる現象です。これは、クラシック音楽の二つの旋律の関係のよるドラマから単一の旋律の繰り返しである中世の音楽に、一見戻ったような外観を呈しています。ただし、ここには絶対的な神の秩序は前提とされていません。だから、静謐さよりも、乗りによる力動的な感じがつよいのです。つまり、ロックではクラシック音楽の関係によるドラマが避けられ、単一の題材による中世音楽の構造に一見似ているようになりましたが、そこに違ったものが前提されている、というわけです。

それは、この有元利夫の『ロンド』にも同じことが言えるのではないかと思います。

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