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2012年3月29日 (木)

一ノ瀬正樹「確率と曖昧性の哲学」(5)

第2章 因果は確率的か─「ベイジアンネット」と「シンプソンのパラドックス」

1.因果関係の認識

我々は、日常、原因と結果と見なされる事象の間に圧倒的な相関性があることを過去の経験などを通して、その因果関係を確度の高いものと受け取ってしまう。しかし、それは、あくまでも「相関性」であって、必然性ではない。

原因と結果の関係というのは、少なくともそれについての我々の認識を問題にするというエピステミックな視点に立つ限りは、「確率」によって理解されるべきだ、という道筋が有望なものとして浮かび上がってこざるを得ない。ここに「確率的因果」の考え方が自ずと姿を現す。

2.確率的因果の基本着想

「確率的因果」の基本着想は、ある事象Cが別の事象Eの原因となるという認識は、Cが生じたときにEが生じる時の確率と、Cが生じなかったときにEが生じることの確率とを比較して、前者の確率が高いというデータに基づく、という捉え方である。これは「条件つき確率」を用いて、次のように表現できる。

P(E|C)>P(E|~C)

もちろん、しかし、こうした確率的相関があるからといって、それらに因果関係が認められると直ちに断定することはできない。相関する両事象に共通の原因がある場合は、その両事象は共通原因の二つの結果であって、それら相互には因果関係が成り立っていないからである。例えば、「電車の運転手が操縦桿を引く」をC、「操縦桿の周りに風が起こる」をA、「電車が発車する」をBと置くと、

P(B|A)>P(B|~A)

という相関性が成り立つと言えそうである。よって、AはBの原因となるかもしれない。けれども、事象Cを考慮に入れると、次の相関関係も成り立っていることが分かる。

P(B|A&C)>P(B|C)

つまり、事象Cが生じる限り、事象Aは事象Bの生起にとって何の貢献もしていないのである。このとき、事象Cは事象Aを事象Bから「ろ過する」と言われる。こうした場合の事象Aのような要素は「にせの原因」と呼ばれている。

このような「にせの原因」に対する対処を備えているだけでのシステムでは、このような確率的因果の相関性の構造は明らかになるかもしれないが、そうした相関性がデータの集積に応じて徐々にはっきりと確立されて来るプロセスは明確にならない。それを明確にするには、証拠やデータが得られるたびに因果関係の成立する確率がアップデイトされてゆくさまをシステムにおいて反映させる手立てがなければならない。ここで強力な道具立てを提供する考え方として「ベイズ主義」がある。

3.トマス・ベイズとベイズ主義

ベイズ主義というときのベイズとは、イギリスの数学者であり長老派教会牧師でもあるトマス・ベイズのことを指している。彼の死後に親族の手によって発表された「偶然論における一つの問題を解決する試み」のなかで、かわゆる「逆確率」を求める仕方について考察を加えて、「ベイズの定理」と呼ばれる公式の一つの形を示した。「逆確率」とは、たとえば、白玉と赤玉が一定の割合で入っている箱から赤玉を取り出す前向きの確率を求める通常の方向に対して、一定の背景情報が与えられた上で実際に赤玉を取り出したという箱の中から赤玉の入っている割合を求めるというときの確率を意味する。今日「ベイズ主義」と呼ばれる考え方は、我々の主観的な「信念の度合い」に適用することによって、様々な問題に対処していく立場であると大まかに言えるだろう。

ただし、ベイズ自身はあきまで出来事の生起にのっとって確率を規定しており、そのことは、彼の言う確率の対象領域は観察可能な事象でなければならなかった。このようにベイズとベイズ主義は必ずしも一致しない。ベイズ主義には提唱する人々によって基本的な点に揺れがある。

4.ベイズ的確証理論の発想

今日のベイズ主義が、仮説が真であることに対する「信念の度合い」が証拠が得られるたびにアップデイトされていくさま、すなわち、徐々に確証または非確証されていくさまを論じる「ベイズ的確証理論」として大きな影響力を持ち続けていることは事実として間違いない。こうしたベイズ的確証理論は、「ベイズの定理」を証拠が得られたときを基準とする時間差を加味しながら、仮説の確率のアップデイトのメカニズムとして読み替えようという発想に基づく。これが「ベイズ的条件づけ」と呼ばれる。換言すれば、「ベイズの定理」に経験的意味づけを与えて捉え直したものが「ベイズ的条件づけ」なのだ。

「ベイズ的条件づけ」を基礎とする「ベイズ的確証理論」に対しては多数の批判や反論が湧出した。ここでは、因果関係の確証を「ベイズ的確証理論」によって解明することがどのように可能か、という問題を考える。次の出来事タイプを表わす文をそれぞれ次のように置く。すなわち、「インフルエンザ患者がタミフルを服用する」をT、「インフルエンザ患者が意識障害を起こす」をD、さらに「インフルエンザ患者が治癒する」をRと置く。それぞれ出来事タイプを表わす文である。ここで問題となるべきは、「TがDの原因となる」(仮説1と呼ぶ)あるいは「TがRの原因となる」(仮説2と呼ぶ)といった仮説を、データを得ることによって確証していくという事態をどう解明するかという点である。確率的因果の考え方を受け入れるならば、二つの仮説は次のように表わせる。

仮説1 P(D|T)>P(D|~T)

仮説2 P(R|T)>P(R|~T)

これらの仮説を確証するデータは、タミフルを服用していないインフルエンザ患者の反応に対する、実際にタミフルを服用した個別のインフルエンザ患者の反応である。つまり、タミフルを服用したインフルエンザ患者が実際に治癒したり、意識障害を起こしたりした、というデータである。こうした事態を、単に確率の大小関係としてだけでなく、データの集積具合に応じた徐々に進行する確証プロセスとしてリアリスティックに捉えるには、「ベイズ的確証理論」への対応付けが求められる。そうした対応付けのもとで捉え返すならば、それぞれのデータが仮説1や仮説2が真であるという「信念度合い」をどのようにアップデイトしてゆくかを「ベイズ的条件付け」によって解明する、というのが、ここで立ち向かうべき主題となる。

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