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2012年4月13日 (金)

「難波田史男の15年」展(3)~無意識の深みから

Nambatafusyou しかし、展示ストーリー通りにはいかず、これに前後してドローイングとして続けて描かれたものは、作品として発表されることを前提としていないためか、もっと不安定で、暗く重苦しい、解放とは正反対のものが続けて作られています。画面はグレーの鈍いグラデーションにより暗い画面となり、ペンにより引かれる線が乱雑で、ある種の内面をぶつけるかのようで、線が滲み、時にインクが流れ出してしまいグレーの染みのように拡がってしまうのは、陰惨さすら感じさせます。20世紀ヨーロッパのアンフォルメルが実存がむき出しになるような不安定さを、歪んだ形態や画面に絵の具の塊を塗ったりしたのに近い印象を受けます。例えば、ヴォルスのような。しかし、若い難波田は徹底的の平面の広がりでやろうとしたと思います。そこで実現したのは、アンフォルメルのいかにも、深刻そうで、重苦しく、あまり見ていたくないような作品とは違って、ある種の軽さをもちながらも、その中に深刻なところがあり、二極化した画面に作者のドラマを想像させるものとなっていました。それは、平面の画面に屈折と内容的な深みを与えているように思われます。

Nambatavols ※アンフォルメルというのは、左のヴォルスの作品がそうです。1950年頃のヨーロッパで展開された芸術運動で、英語にすれば、アンチ・フォームと言うのでしょうか、定型的なものを否定するということになるのでしようか。第二次世界大戦で戦場となったヨーロッパで、戦争により破壊され廃墟のようになったところで、旧来の秩序も文化も破壊され、個人が裸の状態でいる、というのを「実存は本質に先立つ」というテーゼを打ち出した実存主義が一世を風靡した時代です。「実存は本質に先立つ」というのは、すべて破壊されてしまった状態で、何も持たない個人は、とこかく、「今」「ここに」「いる」というだけの状態、つまり、現実に存在している(実存)わけです。それから、じゃあ、どう人生を生きるべき(本質)とか、ということは、先ず食べることが、つまり生きることがあって、その後で、考えるということです。これに対して、今の社会ならば、社会とか、家族とか国家、とか色々な秩序があって、その中でどう人生を生きるべきかを考えて、それに従って就職をしたり、結婚を考えたりして人生をそれなりに過ごしていくわけです。この場合は本質が実存に先立つ。しかし、考えてみれば、これは制約の多い、人によっては息の詰まるような環境かもしれません。

さて、そういう実存主義と同じような土壌でアンフォルメルは、絵画はどうあるべきかとかいう「本質」よりも、既にそこで描いてしまう「実存」が先のあるというようなあり方をやったわけです。だから、こう描くべきというような約束事は無視した。結果として、画面に絵の具を厚く塗り固めたような物体が「存在」するような作品ができた。実存主義、本質に先立ち、まず存在しているというのは、制約はないかもしれませんが、個人を守ってくれるものは何もなく、不安を起こさせるところもあります。つまり、そういう人間の状態をそのまま画面にぶつけるような歪んだ、何だかわからないような形を画面に描くような作品が多く作られたというわけです。代表的な画家として、ヴォルス、デビュッフェ、フォートリエといった人々がいます。

Nambatasaiseki ちょうど、難波田史男がこのようなドローイングを描いていたころ、実存主義の旗手であるサルトルの著作が日本で翻訳されて紹介され、実存主義の小説家カミュがノーベル賞をもらったりして、日本でも実存主義が流行していたときです。難波田史男自身もカミュを読んでいたようで、あながち、関係ないとも言えないのかもしれません。

そして、この若書きの作品は、描かれた形態や画面の構成といった、題材の面では、後年の充実した作品と、巧拙の違いはあるものの、あまり変わっていないのです。難波田の15年は一貫しています。本人は、どう思っているか分かりませんが、私が見る分には、難波田史男という画家は、同じ題材をさまざまなアプローチや手法で、繰り返しチャレンジすることで、作品世界を広げていったと思えます。その根底には、画家と絵というものの幸福なつながりがあったのではないか、と思えるのです。その関係は終生変わることはなかった。ただし、画家本人にとっては、幸福と感じられたか、足枷のように逃げられない束縛と映ったかは分かりません。間をおかず見た、ジャクソン・ポロックや野田裕示といった人々の作品を見ていると、絵というものに対して懐疑的になって、距離の置き方で迷っているのが実感されたからです。それに比べて、難波田史男には、そういう迷いがない。だから、難波田の20歳前後のドローイングには懊悩や不安が投影されているような感がありますが、ストレートに絵画というものにでてくる。そこで、絵画との関係が疑われるなら、別のルートが試されるだろうし、全く違った作品が試みられるだろうと思いますが、展示されている作品を見る分には、そういう軸のブレは一切感じられませんでした。

この時期の「彩色画7」という作品では、繊細な線が画面に現われ始め、明るい色彩の選択や全体としてポップに描かれているように見えて、全体の印象は重苦しいものになっています。

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