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2012年6月

2012年6月28日 (木)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(15)

7.方法のスケッチ

方法についてスピノザが説くところを、その比喩的な表現に従い、筋を追って行くと次のようになる。丁度、人間が、複雑な道具を使って難しい仕事を遂行する以前にも「本有の道具」を有しているように、複雑な知的活動が始まる以前にも、人間の精神のうちには「生得の力」が具わっている。人間の精神は、この「生得の力」に頼って「知的道具」を作り、それを用いて次第に新しい道具、新しい力を増して行き、遂に「叡知の極点」に到達するというのである。スピノザの言う「知的道具」とは、具体的には「真の観念」を意味するから、それゆえ、方法は差し当たり「何らかの与えられた真の観念の指令に従って」新しい観念を獲得していくという方向を取ることになる。けれども、こういう進み方が、認識のための「最初の道」と名付けられることからも判るように、方法は、決してこれに尽きるものではない。

このように、『知性改善論』の説く方法は、究極的には最高完全な存在の観念、すなわち神の観念を起点として、そこから他のすべての観念を展開していくものでなければならないのであるが、しかし、神の観念というのは、必ずしも現に「与えられ」ているわけではない。「与えられた」神の観念は、「何らかの与えられた」観念、つまり「与えられた」個物の観念ではない。

どのような含みにおいてではあれ、神の観念が未だ「与えられた」ものになってはいないという点に関しては、『知性改善論』のスピノザはかなり明確な意識を持っていた。『知性改善論』のスピノザが提示する方法の全体は、神の観念が「与えられた」ものであることを要請として含むのであって、この要請との関連において立てられたのが、「与えられた」個物の観念から出発する「最初の道」だったのである。

この時期のスピノザが自分の仕事と関係して考えていた、およそ二通り、二段構えの計画具体的姿は、先ず第一に、真の哲学は、神の観念乃至定義から出発して、そこから他の諸存在の観念乃至定義を統一的に導くものでなければならないということ。何故なら、『知性改善論』の各処から窺われるように、この時期のスピノザにとって、哲学とは、観念による「自然の再現」゛あり、自然全体が神という一つの源から派生したものである以上、哲学の仕事も「全自然の根源と源泉を再現する観念から他のすべての観念を導く」ことでなければならないからである。それゆえ、神の観念が言葉を介して表出され、人間の精神がその「指令に従う」ならば、他の諸観念、諸定義はすべて、自然が派生したのと同じ順序、同じ秩序で派生してくるはずである。しかし、その場合、何よりも大切なことは、諸観念の派生の源となる神の観念が十分に明瞭なもの、万人にとって「理解可能なもの」、万人が納得して共有できるものであることで、もし、この条件が満たされなければ、神の観念から生ずる諸観念の連鎖の全体、つまり哲学の全体もまた、万人にとって「理解可能」なもの、共有可能なものとはならなであろう。哲学という知的なレヴェルにおいて他の人々と浸透し合うというこの時期のスピノザの希望も、決して実現されはしないであろう。

そこで第二に、哲学を真に確実なものにするために、哲学の開始に先立って予め、異論の余地のない神の観念を確保しておかなくてはならないことになる。けれども、神の観念は未だ「与えられた」ものではなく、これと一足飛びに一挙に出会うことは何と言っても困難が大きすぎるので、逆に先ず、もっと身近な個物の観念乃至定義から出発して、「叡知の極点」としての神の観念に向かう予備的な手続きが必要になってくる。身近な個物の観念乃至定義ということになれば、議論の余地は少なく、自明性の程度は高く、「与えられた」ものである可能性も大であろうから、そうした個物の系列を遡行し、個物の観念に具わる自明性を拡大延長していけば、やがて、神の観念に基づく予備的作業は任務を全うし、その時にこそ、本来的な意味での第一の仕事、すなわち、神の観念を起点とする哲学が、十分な根拠を以って始まり得るであろう…。『知性改善論』の範囲内では、専ら第二の仕事の方を片付けてしまうことを考えていた。

2012年6月27日 (水)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(14)

6.理性的認識と最高認識

『知性改善論』における第三の認識は、理性的推論である。この種の推論的認識について、スピノザは、結果から原因を推論する場合と、普遍概念から結論を導く場合との二つの型を区別している。このうち第一の型は、明らかに良い認識の資格を備えてはいない。何故ならば、結果に基づいて原因を捉えようとする時には、「我々は、原因に関して、結果のうちに観察する以外のものは何も理解しない」からである。これに対して第二の型については、それが齎す認識の真理という点では、必ずしも不確実なものとしては扱われていない。けれども、仮に誤謬の危険がないとしても、普遍概念操作に基づくこの種の認識は、『短論文』の場合と同様、神の直接的認識を求める『知性改善論』のスピノザにとって、あまり大きな意味を持つはずがない。

そして、第四の認識、最高認識、については次の三つの点が明らかである。その第一は、ここにおいても直観が最高認識の重要な機能として前面に現われているということである。すなわち、認識の分類でスピノザが語るところによると、この第四の認識には、事物を「その本質のみによって」知る場足と、「その最近原因の認識から」知る場合とが含まれているが、このうちの初めのものが知的操作を媒介とせずに事物に直接家向き合う認識であり、直観であることは明らかである。直観は、他の如何なる認識にもまして重要な認識様式なのである。

けれども、『知性改善論』の最高認識に関して明らかな第二の点は、こうした直観的な性格は、確かにここでの最高認識の主要な性格として前面に現われてはいるけれど、それは『短論文』の場合とは異なって、『知性改善論』の最高認識の全体を覆うものではないということである。スピノザが直観的な機能と共に第四の認識に帰属させている「最近原因から」の認識というのは、直観そのものではない。勿論、そうした認識というものが、直観によって知られた事柄に直接根ざしていること、したがって直観的な認識に固有の明証性、およびある種の力を豊かに分かち持ちことが当然考えられている。しかし、こうした認識は、事物そのもの向い合うものではなく、他の認識を媒介としており、直観とは言い難い。それは、ごく単純であっても観念の或る操作を含み、一種の展開に属する。つまり、『知性改善論』においては、原理的なものは直観によって、原理から派生するものは原理との直接的な関係の中で認識されることになったのである。『知性改善論』の最高認識がこのように無垢の直観であることを止め、観念の或る展開を含むものに変わったことは、この時期のスピノザに固有な、知的レヴェルで他の存在と浸透し合う要求、及び、そのためには必ず、認識というのを他のひとびとにとっても「理解可能な」もの、実行可能なものとして説く必要に促されてのことである。何故ならば、手続きを一切含まない純粋な直観というのは、何と言っても、その行われ方の説明の困難なものであり、他の人間がそれに「与り得る可能性が著しく限られてしまうから、そこで、したがって、直観に頼る場面を縮小し、観念の展開という要素を最高認識のうちに加える必要が生じたのであった。

最高認識についての顕著な第三の点は、この認識が、『短論文』における「知性」とは異なって、それ自身で対象を「享受」したり、対象と「合一」したりする性格、すなわち普通の意味での認識の枠をはみ出す性格を持ってはいないということである。ここでの認識は、人間精神内部の出来事として捉えられており、少なくとも表現の上では人間の「知的作業」として語られているのであるが、このこともやはり、この認識が無垢の直観ではなくなったことと同様に、自らの信念を他の人々にとって「理解可能な」ものにするというスピノザの目的と関係がある。

2012年6月26日 (火)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(13)

5.「漠然とした経験」とノヴェルティ

『知性改善論』におけるスピノザの経験に対する態度は、ここで用いられている「漠然とした経験」という表現と関連して考えることが出来る。このような表現は『知性改善論』に特徴的なものだ。

1656年の破門は、スピノザにとって実に大きな事件、ノヴェルティであった。その時には、破門というノヴェルティを自らの「経験」にすることを避けたのであった。破門からあまり遠くない時期に書かれた『短論文』では、自分以外の存在との合一、浸透、すなわちコムニカチオに対する切実な願いに終始したという事実は、破門というノヴェルティであったことを示し、その段階では、ノヴェルティのままに留まり、未だスピノザの中で「経験」となってはいなかったことを示すものであった。すなわち、破門というノヴェルティは、コムニカチオの可能性の無邪気な承認を含むスピノザの信念の枠組み内部に割り込んで、枠組みを変更し、そこに場所を得て一つの「経験」となることを許されず、かつてのコムニカチオの相手の移ろいやすさゆえに降り懸かってきた一つの不運として、何処までもアペンディクスとして、信念の枠組みの外に留め置かれていたのであった。このように、信念の枠組みとの戦いを求めながら、その要求を無視された不幸なノヴェルティは、スピノザの身に現実に起こったものでありながら、知的には未処理なもの、スピノザにとっては飽くまでも外的な何かであり、彼がそれと正面から向かい合うことを拒否しているだけに却って、彼の眼には無気味なものとして映ったことであろう。

『知性改善論』のスピノザは、「漠然とした経験」を「知性による限定を受けぬ経験」と言い換えているが、予め有していた知的枠組みの手に負えぬが故にスピノザがそれと十分な意味での、知的決着をつけることを避け、そり切り崩しを望んできたノヴェルティというのは、正に『知性改善論』においてスピノザが、「漠然とした経験」という言葉で表現しているものに他ならなかった。

しかしながら、ノヴェルティというのが、本来、こちらの意志とは無関係に向こう側から突き当たって来るものである以上、それは、そう簡単に排除されてしまうわけがなく、何らかの形で自己を主張し続けて行くに違いない。『知性改善論』のスピノザが、『短論文』の場合とは異なって、経験的なものを排除する努力を貫くことを止めて、その存在と意味とを若干考慮する方向に転じたのは、一つには、ノヴェルティの切り離しというのが必ずしも容易な仕事ではないと悟ったことにもよるのであろう。たしかに、信念の枠外に留め置かれたノヴェルティにしても、何の役に見立たないというわけではない。スピノザにとって、このノヴェルティの出現により、コムニカチオ一般の可能性を直ちに問い直し、断念するには至らなかったけれども、移ろいやすい存在のコムニカチオの空しさを教えられ、コムニカチオの相手を新たに、確固不動永遠の存在に定め直したのであった。それゆえ、『知性改善論』においてスピノザが、「漠然とした経験」の有用性に触れる時、恐らく彼は、破門というエクスコムニカチオのノヴェルティからかつて受け取ったある教訓、ある示唆というものの存在を念頭に置いていたのであろう。

しかし、問題は、ここで有用性の見地からその存在と意味とを若干認められている経験というのが、飽くまでも、「漠然とした」という限定を付された限りでの経験に過ぎないということである。すなわち、『知性改善論』のスピノザは、ノヴェルティはノヴェルティのままで、つまり「漠然とした経験」のままで十分役に立つと主張しているのであって、これは、ノヴェルティがアペンディクスの域を脱し、既存の信念の枠組みを死に至らしめ、ひとつの「経験」になって行くことに対する彼の暗黙の拒否を現わしている。コムニカチオ一般の意味と可能性とを問い直し決定し直す要求を含むエクスコムニカチオのノヴェルティが「経験」になることは、依然としてスピノザの望むところではなく、彼は、「漠然とした経験」に留まる限りでのノヴェルティ、アペンディクスとして留め置かれている限りでのノヴェルティについてのみ、その存在を認め、その有用性を云々するのである。それゆえ『知性改善論』のスピノザが、「漠然とした」という限定を敢えて付した上で、経験的なもののある意味と在る価値とを認めているという事実は、「漠然とした経験」を超える謂わば真の「経験」の存在の可能性が、インプリシットにではあれ、何らかの形が感知されていたことを何よりもよく物語るものである。

しかし、破門というエクスコムニカチオのノヴェルティが『知性改善論』そのものの前提を成す神との合一、他の人々との合一の可能性の承認と抵触することになるであろうから。そして、実際、スピノザは、総じて経験というものに対してある思いを板きながらも、『知性改善論』の範囲内では、ノヴェルティを飽くまでも「漠然とした経験」としてのみ扱い、微妙な、正に「漠然とした」配慮を示すに留まったのであった。

2012年6月25日 (月)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(12)

Ⅳ「与えられたもの」と哲学

1.「第六書簡」

『知性改善論』はスピノザが方法の問題について語る殆ど唯一のものである。この根拠は、オルテンブルクに宛てられた第六書簡に示されている。

この時期、リーンスブルクに移り住んでから約二年、心身の或る余裕を得、最早、破門直後の『短論文』におけるように、自らの意志に反して投げ込まれたエクスコムニカチオの淵から脱出するために、世界の中での自分の位置や役割を早急に獲得し直し、定め直すことではなく、かつて切羽詰まった仕方で取り扱った問題、他の人々の眼をあまり考えずに取り扱った問題を、他の人たちも理解できるような形に再構成することであり、方法論というのは、再構成された形而上学がより多くの人々によって受け入れられるための梯子の様なものであったから、したがって、新たに書かれる方法論の線に沿い、表現その他の点で当然少なからぬ変更が予想される形而上学として、スピノザが以前の『短論文』をそのまま使おうとしていたと考えることは困難であると言わなければならない。

2.『知性改善論』の背景

『知性改善論』執筆当時のスピノザは、リーンスブルフに移り、多くの友人たちの行為や愛情に囲まれるようになった。そのような環境で、次第に、スピノザは自分以外の存在との日常的なレヴェルでの浸透では飽き足りずに、他の人々との知的な傾向や立場を同じくすること、要するに、他の人々と知的な傾向や立場を同じくすること、要するに、他の人々が彼の立場や信念を受け入れ、吸収し、彼等自身のものとすることを強く望むようになり、彼のこの新たな要求が、方法論として『知性改善論』に着手する動機を為したのであった。

自分自身が神を知り、自分自身が神と合一するだけでは事足りずに、神の認識、神との合一という事態を他の人々と共有し、そうした共有を介して他の人々と合一することを真実の最高の条件に加えていた。このようにスピノザが、神の認識、神との合一というレヴェルで他の人間との一致、浸透、コムニカチオを求めるのであれば、その神というのが、他の人間にとっても納得できるもの、理解可能なものとして説かれねばならないし、更にそのためには、他の人々を神の認識にまで導いて行く道、神の観念を確保するための道、すなわち方法が講じられていなければならない。方法としての『知性改善論』は、正にこうした必要に促されて書き始められたのであった。

3.序論と原則

スピノザは、人間にとっての「善」とは人間の完全性を増す手段となり得るものも一切であると語り、人間の完全性の最高のものを、「精神と自然全体との結合の認識」と規定している。ところで、人間がその完全性を増していくためには、各学問や技術などの各分野における進歩や発展が必要である。人間に役立つ、こうした学問や技術というのは、いずれも認識を基礎として成り立つものであり、また、人間にとっての最高の完全性というのも、認識に関わるものであるから、そこで、したがって、知性を正しく行使する方法を工夫する必要があるのである。

このように『知性改善論』は、人間の幸福というのが認識を通路として到達されると看做す点で『短論文』の原則を受け継ぎ、また、幸福の大小を対象の側に具わる完全性の程度に委ねるという点においても、更にまた、最高の幸福を神の認識、神との合一と結びつけて考える点でも、『短論文』の基本的な主張をそのまま引き継いでいる。しかし、同時に『知性改善論』の序論的部分は、人間の精神について、それが矯正され、純化されねばならないと語る。まず第一に、認識というのを、人間精神が形成するもの、その成立、その進行の成否の全責任は人間精神が負うべきものと看做す後の『エチカ』とは異なって、認識とは、精神がそれに「与り得る」もの、精神の内部で首尾よく進行していくものと考えながら、しかし、第二に、認識は、人間精神の努力や能力、状態とは無関係に成立すると説くかつての『短論文』ともまた違って、精神が認識に与り得るための、そして認識が首尾よく進行するための条件として、人間精神が自らを矯正し純化する努力の必要を云々するのである。『知性改善論』のこうした特徴というのはも神の認識、神との合一というレヴェルで他の存在との間にコムニカチオを得るという、この時期のスピノザに顕著な要求、そして、そのためにはまず、異質な傾向を持つ種々の人間精神が、夫々の歪みを直して同じ出発点に立たなくてはならないという認識に基づく>

4.伝聞と経験

『知性改善論』の認識は、次の四つに分類されている。

(一)「伝聞から、あるいは記号から」の認識

(二)「漠然とした経験から」の認識

(三)「事物の本質が他の事物から結論される場合」の認識

(四)「事物がその本質のみによって、あるいは、その最近原因から知られる場合」

第一と第二の認識は、感性的な認識であり、不確実たせとして低い評価しか与えられていない。しかし、現実の問題として、不確実だからと言って、今すぐに一切の経験と手を切ってしまうことは出来ない。神の認識、神との合一というのが、スピノザにとって揺るぎ無い目標であるとしても、それが目下の段階では飽くまでも目標であるに止まり、未だ実現されてはいない以上、神の認識に至る本堂が完成するまでは、日常生活という間道をそれなりに大切にして行かなければならず、そうなれば当然、現に有用な経験的な認識は、無下には退けられぬということである。例えば伝聞も推論も間接的で、人間と事物をそのものとを繋ぐ糸ではなく、それゆえ、そうした間接的な認識に頼る限りの人間は、世界を手応えのある何かとして見出すことはなく、世界との関係において自分の位置や役割を確かめること出来ない。これに対して経験は事物そのものと直接接触するものであり、人間と世界とを何らかの仕方で結びつける力を持つ。このように、経験を一方で批判し、排除しようとしながら、他方でそれを有用性の見地から救おうとする『知性改善論』のスピノザの不明瞭な態度は、したがって、このような事情、つまり、日常生活を続けて行かなくてはならないという彼の自覚、及びそのためには今すぐに経験を放棄することは不可能であり、また不必要であるという彼の気持ちに由来するものである。

2012年6月24日 (日)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(11)

11.神の認識と自己愛

「神の認識」が直ちに「神への愛」となり、そのまま「神との合一」に連なって行った『短論文』の場合とは異なって、『エチカ』における「神の認識」乃至「神を認識すること」というのは、他の諸事物の認識と同じように、決して人間を一挙に幸福に拉致するものとしては考えられていない。『エチカ』のスピノザにとって「神の認識」は、「神との合一」ではなく、また、神の偉大や完全性を示すことによって人間を陶酔に誘い、人間に「永遠の憩い」を齎してくれるものでもない。かぜなら『エチカ』におれる「神の認識」から『短論文』には見られぬある曲折を経て生ずるものは、基本的には、神を認識し得る「自己自身に対する満足」であり、スピノザ自身が行っている等置によればこの「自己自身に対する満足」というのは、「自己愛」に他ならないからである。つまり、自らの能動、自らの自発的な作用を意識する時、人間は自分自身に満足し、喜びを覚え、その喜びの原因を成す自分自身を愛するのであるが、最高の存在であるがゆえに成就することの最も困難な神の認識、精神の最大の能動を要する神の認識からは、当然、自分自身に対する最大の満足、最大の自己愛が生まれることになるからである。

神が人間にとって最大の幸福の条件であるのは、そのように永遠であり、無限であり、完全であり、またそのように複雑で多様な内実を有するが故に、その認識において人間の精神に最大の働きの契機となるからに他ならないのである。

スピノザによると、一切のものは神のうちにあり、存在に関しても、認識に関しても、究極的には神を原因としているので、人間の精神の能動的な働きから生ずる喜びは、その直接の原因として人間精神の観念の外に、この個的な人間精神の原因である根拠である神の観念を伴い、人間精神の能動的な作用の自覚からは、人間精神の「自己愛」とともに「神に対する精神の愛」が生じると言われる。人間精神の最大の働きである神の認識は、人間精神の自己自身に対する満足、自己自身への愛を介して、人間精神をその一部として含む神に対する愛へと発展していく。そして、「神の知的愛」は結局、再び人間精神の個的な能動、人間精神の個的な自己愛に帰着する。

幸福論という場面において、かつては、神そのものを直に享受し、神との合一を果たすものとして自己目的的に求められていた神の認識が、人間の知的作用の極点であるが故に人間自身の最大の自己愛を生む、一種の契機とし求められるようになったという事実が象徴的に示すように,『エチカ』を支配しているものは、『短論文』とは全く異なって。外に背を向けて閉ざされた態度である。神をはじめとする自己以外の存在との融和、合一、すなわちコムニカチオは、『エチカ』のスピノザにとっては、最早、人間の幸福の理想ではない。向こう側から顕現して来る対象を受動的に待ち、対象の側の圧倒的な力によって合一の中に連れ去られることも、最早スピノザの望むところではなく、幸福への道となる認識の成立ということも、外的な存在からの贈り物とは考えられていない。むしろ、人間は、そうした外的な存在からの侵入を意識的に拒否し、自分自身に固執し、自分自身のみを頼りにすることによって、心の平和を得ることが出来るのである。認識というのは、自分自身のとっての明証性の意識を手引きとし、自分自身の知的秩序に従って行われるべきもの、自分自身がその成り行きを見守り,その成否を見定め、見届け、そして、その責任のすべてを負う、自分自身の働きでなければならず、そうであってこそ初めて、認識という働きの反省的自覚から生ずる満足や愛も、真に自分自身のもの、外的な世界の影響によって乱されることのない安定したものであり得るのである。

2012年6月23日 (土)

あるIR担当者の雑感(70)~アナリスト・レポートを書いてもらうために(4)~原理に戻って考えてみる

前回の投稿について、大半の人は理解できないのではないか、と指摘を受けました。慥かに分かりにくいし、読みにくい文章です。書いた本人が言うのだから、間違いありません。しかし、それよりも実務者は前回の投稿のようなことは考えていないのではないか、だから投稿を読んでも、そもそも分かるという回路を欠いているという指摘がありました。

IRという業務自体は、それほど歴史のあるものではないものです。当初、IRをやらなければならない、ということになって先進的な企業がまず手探りで始めた。その時に担当者は、そもそもIRって何だ、というところから仕事を始めて行ったはずです。その中で、目の前のことをひとつひとつ検証しながら、ノウハウを蓄積して行ったものと思います。最近では少なくなりましたが、未だに中小企業では、何でこんなことをやらなければならないのか、という質問を受けることがあります。先進的な大企業では、最早、そういうことはなくなったと思いますが。だから、IRとは何かとか、何のためにやるのかとか、これをやることで何のメリットがあるのか、というようなことは理論武装せざるを得ない状況が続いているといえます。問題は、それがルーチン化しているということなのでしょうか。これらのことが、考えるべきことなのに、いつの間にか暗記項目のようになっている。

それと同じように、IRの各個別の業務がルーチン化して、この行為の意味とか目的が後景に退いて、そのことを行うこと自体が目的になってしまっている。自分のことは棚上げした無責任な一般論かもしれません。

ただ、私の場合は、以前にも「IRのニッチ戦略」などということを高らかに放言したように、他の会社と同じことをしていたら、誰も振り向いてくれない。だから、違ったことをやろう、と考えているわけです。その時に、他の会社がやらないというだけで、単に突飛なことをやっても失笑を買うだけです。だから、原理的な所に還って、何のために、何をするのかを考えで、そのレベルで他社のやっていない、こういうやり方もあるのでは、と考えているわけです。その時に、前回の投稿のテーマである、アナリストが会社を分るとはどういうことなのか、というのが切実なものとして、現にあるのです。だから、例えば説明会資料の数字のフォントの種類や大きさのポイント数といった些末なことも、すべて何故そうしているか、その意味と目的は全て説明できるつもりです。アナリストに、ここの数字だけは見逃してほしくないとか、です。多分、どこの会社のIR担当者も大なり小なり、同じようなものではないかと思っていました。

例えば、今回の説明会では中期経営計画として3ヵ年の計画の説明をしました。私の勤め先のような中小企業の場合、こういう計画というのは社内の各員が目標を達成させるためにドラフト等が作成されるものになっています。だから、それをアナリストにそのまま見せても、なかなか理解できないと思います。だいたい社内でずっと長く仕事をして気心が通じている中で、これまでの経緯や各人の特徴や志向など互いに知り尽くしたうえで、3年後にはここまで行こうというような計画は、それほど細かなことを多く語る必要はないのです。しかし、会社の外部のアナリストはそうはいかない。社内の人間に比べて圧倒的に情報量が足りない。とくに定性的情報と言われるものがないため、そもそもなぜ中期的な経営計画がこの会社にとって必要なのか、ということから説明して行かなくてはならない。となると、アナリストに十分な説明ができるようにするためには、経営計画をはじめから創ると同じような作業をすることになります。その結果出来上がったものは、もともとの計画と体裁上は別物のようになってしまう。これは仕方のないことなのです。例えば、社内の計画では重点事業をやる、と一言で済むことが、アナリストに対しては、既存の事業はどうするのか、ウェイトのかけ方をどの程度にするのか、重点事業にリスクが表面化した時には他の事業でどうカバーするのかといった社内では説明する必要のないことを、説明して行かなければなりません。しかし、あまり細かく説明すると、今度は何をやりたいのかという焦点がボケてくる。そこで、この時に、アナリストはどのように会社を理解しようとするのか、ということを考えると、そこでの情報のウェイトの置き方の大きな参考となるのです。そして、この作業を社内で経営者の確認を取りながら進めていると、経営者も暗黙で考えていたことが文章とか図とか数値などで顕在化してくると、あらためて計画の個々の部分の意味を再認識するという副産物があったりするのです。甚だしい場合には計画、部分的再検討になることもあります。

そのため、前回の投稿したことは、いつもというわけではありませんが、節目では、その都度考えざるを得ない、それを通過しないと仕事が進まないものであるのです。

だから、決算説明会の説明資料などは、ルーチン化ということはあり得ないことなのです。なぜなら、アナリストが会社を分るということは会社への切り口を見つけることだと前回書きましたが、そういうものは固定的なものではなくて流動的なものなのです。だって、人間のものの見方というのは、時につれて変わるのですから。ということになれば、同じことを同じパターンで繰り返すということは、ありえない。そんなことをしていたら、取り残されてしまうのです。

また、蛇足かもしれませんが、おそらくアナリストにとって、この会社は全部わかった、この会社はこの程度だ、というような見切ってしまったら、その会社に対する興味は急速に薄れて行くのではないかと思います。ある程度分っていて未だ知れない部分があるからこそ、そこを知ろうと興味を持ってくれるのではないかと思います。そのためにも、実際に説明会資料においても、ささやかではあっても毎回ちょっとしたサプライズが欲しいと思って作っています。だから、私の勤め先の説明会資料は毎回必ず、どこかしら前回と違うところがあります。

2012年6月21日 (木)

あるIR担当者の雑感(69)~アナリスト・レポートを書いてもらうために(3)~会社が分かるとは、どういうこと?

性懲りもなく、また続けてしまいました。一つのことを書くと、泥縄式に何か出て来るようです。

さて、推測ですが、おそらく、アナリストが今までレポートを書いていなかった会社のレポートを書くためには、その会社に対して投資の魅力があると判断できたことが直接の原因として考えられるのではないか、と思います。

そして、アナリストがそのような判断をするためには、その会社はこういう会社であるであると、そのアナリストが会社のことを分っていることが必要条件として考えられます。中には、恋愛で言う出会いがしらの一目惚れのようなケースもあるかもしれませんが、これは投資対象としての魅力を云々するので、「一目会ったその日から…」ということはあり得ないと思います。実際のところ、分っていなければ、それを他人に紹介するためのレポートなど書くことができないわけです。そこで、会社のことを分ってもらうということが必要であることがハッキリしました。

もっとも、このようなことはIRの入門書などにも書かれていることで、私などが敢えてここに書くほどのことでもありません。そこで、この会社のことが分かるということについて考えてみたいと思います。なんか哲学的みたいな感じですね…。

そこで、このことについて結論から先に言うと、このことは徹頭徹尾アナリストの主体的行為だということです。少し難しそうな言葉で言ってみました。哲学的…みたいですから。どういうことかというと、会社のことを分るのはアナリスト各人である、というのは当然でしょう。さらに、そのアナリストが会社のことが分かったのだ、という評価をするのは、そのアナリスト自身なのです。間違っても、当のその会社ではありません。会社のことを分っているか否かの検定試験などないわけですから。ということは、会社のことを分ってもらおうと会社が努力することと、アナリストが会社を分るということは、原則的に関係がないということです。もっと突っ込むと、会社が分かってもらおうと努力することは、アナリストが会社を分ることについての必要条件ではあるけれど、十分条件ではないということです。だから、アナリストによって会社が分かったという内容も違うし、分かり方も違います。

会社を分るというのが、アナリストの主体的行為であるということは、会社を分るということの客観的な基準などないということなのです。その理由を考えてみましょう。それは、アナリストが会社を分るというのは、どういう時に言われるのか、つまり、分かるとはどういうことか具体的内容を考えてみます。会社についての情報は膨大なものがあります。それをすべて手中に収めるというのは不可能です。もしそれができたとしても、それが分かったということになるわけではありません。議論を最初のところに戻しますが、会社のことを分っているから、投資の魅力を判断できるのであり、レポートで説明できるのです。だから、限定して言えば、分かるということは、会社のことをレポートで説明できる、あるいは魅力があるかないかを判断できるということです。なんか逆立ちの議論をしているように見えますが。レポートというのは紙面が限定されています、そこでは会社の紹介だけでなく評価を加え、その理由も説明しなければなりません。だから会社を紹介するというのは、ほとんど一言かそれに近い簡潔な言葉で、この会社はこういう会社です、と説明しレポートを読む人に分ってもらう必要があります。そして、投資としての魅力を判断するというのは、こういう会社だからこういう点を見るというところで判断に持っていくのではないか、思います。そういうことを見て行くと、これらのことができるためには、その会社を見るための切り口とか視点ということになると思います。つまり、私ならこの会社をこのように見るということです。つまり、会社が分かるということは、このような視点を自分なりに持てたときに言えるのではないか、と思います。だからこそ、各アナリストにとって徹頭徹尾主体的な行為なのです。これは会社の売上高という情報を得たから分かったというわけではなく、アナリスト自身が会社の切り口に気づくという形に近いのではないかと思います。だからこそ、会社がアナリストに分ってもらおうといくら努力して情報を提供しても、気づくのはアナリスト自身の問題です。だから、関係がないと身も蓋もないことを言わざるを得ないのです。

会社は努力しても無駄なのかということになると思います。それは否定できません。しかし、アナリストが気づきやすくするということは出来ると思います。とくに、気づくということは、その人の主観も多分に混じるものであると思います。例えば、気づく前提には興味を持つということがあると思います。あるいは好感を持った会社に対しては積極的に気付く努力をしてくれるでしょう。会社の努力というのは、このような点に対して行われるのではないか。だから、分かってもらいたいアナリストに対して会社がどのような努力をするのかということは各々に異なってくるはずです。

例えば、いくら気づくというものだと言っても、アナリストは職業として継続的に、反復して、こういうことを日常的に行っているわけですから、ある程度気づくというのをパターン化、ルーチン化していると思います。アナリストそれぞれに気づくため揃えるべき材料リストの様なものを持っていると考えられます。アナリストによって、そのリストはまちまちかもしれませんが、会社からそのリストにある情報を積極的に提供することは出来るので、それが会社ができる努力ではないかと思います。そのためには、情報を出すことが必要ですが、同時にアナリストがどういう情報を求めているかを的確に掴むことも大切になります。

今回は、分かったような、分かんないような議論になってしまいました。

最後に、念のために申し上げておくと、ここでの議論は唯一絶対的な正解などではないということです。アナリストの方から見当違いも甚だしいと言われる可能性は大きいと思います。また、そうではないと、別の考えでいる会社のあると思います。大事なのは、一度そういうことを考えて、いま自分の行っているIR活動をロジカルに位置付けてみることではないかと思います。IR支援会社がよく宣伝文句でうたっている、マーケティング手法を取り入れた戦略的なIR、というのは、こういうものではないかと思います。(以前、売り込みに来たIR支援会社の営業マンに、このような議論をしてみたら二度と連絡がありませんでした)

あるIR担当者の雑感(68)~アナリスト・レポートを書いてもらうために(2)~IR用会社案内の提案

前回、かなり自慢げな投稿をしましたが、それを面白いと言ってくれた人がいたので、もう少し続けます。(6月初めに決算説明会を行った疲れが未だに残っていて、こんなことをして発散することで、自分を癒しているようです。)前回、自分の会社のレポートを書くということを述べました。おそらく、普通のIR担当者であれば、表現の巧拙は別にして、自社のことですから、内容の面ではアナリストに負けないレポートを作ることは出来るのではないかと思います。アナリスト独自の切り口とか視点、という面もありますが、持っている情報の量も質も、アナリストに比べ桁違いに豊富なはずですから。

それで、実際に作ってみて、会社のことをよく知らない人に見てもらうのです。例えば、身近なところで家族とか。その結果は、十中八九、理解してもらえないと思います。そこで、理解してもらうために、そのレポートの説明をしてみます。私は、その時に満足な説明ができませんでした。レポートの前提になる、どういう会社?どういう事業をしている?という説明が、うまくできないのです。一般的な会社紹介はできるのですが、それがレポートの説明に上手く連動しないのです。例えば、どういう事業をしている?の説明のために、製品カタログを持ち出して、こういう製品を作っているという説明はできます。しかし、カタログに書かれているのは、その製品の特長とかアピールポイントなどは書かれていますが、その製品はどういう製品で会社の製品ラインアップの中でどのように位置づけられていて、売り込む対象とか、その市場規模とか、どれだけの儲けにつながるのか、ということは書かれていません。そういうことを、説明しようとして、意外とそういう情報が曖昧であることに気が付きました。そこで、そういう情報に関して、カッコよく言えばデータベース、昔の卑近な言葉で言えばアンチョコを作り始めました。別に、IR担当者ならば、こういうのは改まって一から作るという作業は必要ないと思います。おそらく、説明会資料を作成する段階で、その都度情報を社内の各部署に聞いたり、情報をもらったりしているはずなので、それを整理したり、足りないものを補う程度でいいと思います。なので、一度、これを試しに作ってみると面白いかもしれません。

意外と大変でした。それまで持っていた情報は断片的だったので、それを整理して、ひとつの会社としての統一像に収斂させていく、言ってみれば情報の体系化が一番苦労しました。これは、おそらく、アナリストが数値データや定性的情報から、その会社はこういう会社なのだという視点を創り上げて行くのと似た作業ではないかと思います。さらに言えば、経営者が同じような作業をもっと深刻に行っているはずです。経営者はそれをもとに、この会社をこのように経営して行こう、というようなものを持つのではないかと思います。だから、簡単なはずはないのです。

そこに書かれるべきことは、アナリストがレポートを書くときに必要となってくると思われるものなので、結果としてレポートの注釈書とか解説書のようなものになるので、作っているうちに、何が必要か分ってくると思います。

しかし、一度作ってしまうと便利に使えます。今までの情報が整理されるので、決算説明会の資料作成が効率化しますし、ミーティングの時に説明のアンチョコとして使えます。また、後輩へ仕事を引き継いだり、手伝ってもらう時に、マニュアルとしても使えます。私の場合は、それを体裁を整え簡易製本して、アナリスト向け会社案内として、説明会やミーティングで配っています。ホームページにも決算説明会の補助資料としてアップしてしまいました。実は、会社の取引銀行の担当者が、使わせてほしいと頼まれたこともあります。融資の稟議書のネタとして便利なのだそうです。それだけでなく、例えば、若い担当者が新任の担当が来た場合など、まずはこれを自身で作らせると、担当の養成としても使えるのではないかと思います。

よく、IR支援会社が説明資料の作成についてアドバイスをする場合、これからどうするかが大切ということを往々にして強調するようです。たしかに、投資というのは将来に対してするものなので、将来はこうしたいという説明は大切です。しかし、その会社がどういう会社で、何をベースに将来のことを説明しているかが理解されなくては、将来のことをいくら熱く語っても、空回りするのがオチではないかと思います。ただし、ソニーとかトヨタというような誰でも知っている会社なら別ですが。そのときに、そのベースを手早く、簡潔に理解してもらうことが一番大切なのではないか、と思います。

また、ベタなことを書きました。いい加減、顰蹙かも。

2012年6月19日 (火)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(10)

10.幸福の地平を拓くもの

『エチカ』における幸福の問題と関連して明らかになって第一の点は、認識による幸福の獲得という『短論文』以来の発想乃至原則が生き続けていることであった。さらに第二の点は、『エチカ』においても、人間に幸福を齎す役目が認識に課せられているとしても、『短論文』の場合と同じ意味においてではない、と言うことである。すなわち、幸福に至る手掛りを特定の種類の認識に求める言う点で、『エチカ』と『短論文』とは確かに共通しているのであるが、『エチカ』における認識と幸福の関係は、『短論文』の場合とは非常に違っている。『エチカ』で価値を認められている認識は、『短論文』の最高認識である知性とは違って、外的事物を享受したり、またとくに外的事物と合一したりする性格を完全に失っており、あくまでも、人間精神自身が行う普通の意味での知的な認識という枠をはみ出すものではなく、専ら幸福を得るために必要な地平を築くという仕方でもそしてまた、そうした地平を築く作業によってのみ、人間の幸福と結びついている。『エチカ』においても知的な認識が幸福を得るための要件と看做されるのは、正にそれが、この私自身の主体的な作用という地平を拓くからに外ならない。十全的な観念というのは、外的事物の側から人間精神の中へ送り込まれて来たものではなく、人間精神が自分の本性と力に依拠して形成した作品であり、そうした作品を生み出す自らの力の確かな手応え、満足感としての喜びこそ求められる当のものであり、『エチカ』のスピノザにとっての幸福なのである。

それゆえ、『エチカ』における人間の幸福にとっての要件は、人間精神の作用そのもの、人間精神が能動的に作用しているという事実そのものである。『エチカ』の知的認識は、それが人間自身の自発的な自律的な作用であるということ、ただそのことのみによって、人間の幸福への道となり得るのである。それゆえ、『エチカ』における幸福への道は、外的世界に対して閉ざされた人間精神の内部の出来事としての知的認識に始まり、その自覚から生まれる、やはり人間精神内部の出来事としての喜びを以って完結する。外的事物との「合一」という形の幸福は、最早『エチカ』のスピノザの念頭にはない。なぜなら、外的事物とは、総じて人間精神にとって無縁なものであり、そうした外的事物から働きかけを俟って合一に誘われるのは、根本的に不可能な、あるいは精々偶然的に真美可能な出来事に過ぎず、人間の受動、したがって、安定した幸福の保証の欠如を意味するものに他ならないからである。

『エチカ』における幸福の問題と関連してもう一つ明らかになることは、人間精神が自己の能動を自覚して喜びを感じる際のその自覚すなわち自己認識というのは直観でしかありえず、したがって第三種認識に属するということである。観念の展開という特徴の顕著な『エチカ』の他姓三種認識が、そうした性格であるにもかかわらず「直観知」と名付けられていたのは、一つには観念展開という作業の基礎をなす神の観念、したがって、また、幾何学的形式により観念を展開する『エチカ』そのものの基礎をなす神の観念を獲得する使命と関連してのことであった。

このように『エチカ』第二部に関する限り、第三種認識の直観的な働きは、専ら神の認識、すなわち全認識の第一の基礎をなすものの把握に携わるものとして、人間の幸福の問題とは截然と分離されて扱われたのであるが、これに対して、『エチカ』第五部の幸福論に登場する自己認識としての直観の方は、十全的な認識活動によって築かれた人間の能動という地平を「自己自身に対する満足」という喜びの感情に転化し、十全的な認識と人間の幸福とを接続させる役目を託されており、謂わば実践的な機能を果たすものとして扱われている。それは、勿論、それ自身で対象を享受し、対象との合一を果たしてしまう、かつての『短論文』における直観のように、端的に人間のある変化を伴うという意味で実践的なのでは無く、十全的な認識が進行する場面から身を離し、その場面全体を一つの事態として直接的に捉える、つまり「看取する」、精神のこの作業がない限り、「自己自身に対する満足」も生じない、という意味で実践的なのである。それゆえ、『短論文』の場合とは異なって、差し当たり分離されて扱われてきた、『エチカ』における認識及び人間の幸福という二つの項は、この自己認識としての直接を介してはじめて連結し、一つのまとまりを得ることになる。人間精神の自発的な自律的な動きの自覚であるこの直感は、外的事物の刺激によって惹き起こされた身体的な変化に由来するものでないから、当然、感性的な第一種認識ではない。また、それによって齎されるのが抽象的一般的な概念ではない以上、推論的な第二種認識でもありない。人間精神の働きの自覚の結果得られるものが、個的な「この私自身」の作用の認識であることを考え合わせるならば、自己認識というのは、神の認識とともに、第三種認識にのみ可能な、そして、第三種にのみ固有な機能であるであると言わなければならない。

2012年6月17日 (日)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(9)

8.感情の問題

スピノザは『エチカ』第三部の初めの部分で、「感情」を定義して次のように語っている。「感情とは、身体の活動能力そのものを増大あるいは減少し、促進あるいは阻害する身体の変化、及びそうした変化の観念であると思う」。ところで、『エチカ』では感情は、身体の活動能力の増減と関連して扱われている。身体の活動能力は「身体の存在力」と言い換えられ、生命力の様なものを意味していると考えられる。スピノザがこうした生命力の増減を感情の基礎と看做すのは、彼の所謂自己保存乃至コナトゥスを前提にした上のことと思われる。ちょうど運動をしている物体が、他の物体によって妨害されぬ限りは自己の運動を持続して行くように、すべての事物は、そして人間も、外的原因に阻止されることのない限り、あくまでも自分の存在を維持しようと努める傾向を有し、この傾向こそ、総じて事物というものの最も基本的な性質であり、それゆえ、人間における身体の活動能力の増大、減少ということが、この基本的な傾向の実現として、あるいはこれに抵触するものとして、特別の意味を持ってくるのである。もっとも、活動能力の増減というのが、単に身体的な現象にとどまるのではなく、感情という精神的な現象と結びつくためには、身体的な変化が精神の場合に移し替えられることが必要であった。何らかの外的な変化に刺激されて身体の状態が変化すれば、それとともに、精神の状態にもある変化が生じるということである。

この感情については、そこから他の一切の感情が派生する「基本的感情」または「原始的感情」というのを考え、「喜び」、「悲しみ」、及び「欲望」の三つを上げている。「喜び」と「悲しみ」というのは身体的な編名に由来する感情として捉えられ、外的な原因によって身体の活動能力が増せば、精神の思惟能力も上昇して「喜び」が生じ、反対に、何らかの外的な原因によって身体の活動能力が減じれば、精神の思惟能力も凋落して「悲しみ」が生まれる。人間の幸福は、先ず差し当たり、「喜び」という系列の感情のうちに求められることになる。

しかし、人間の幸福が「喜び」という感情のうちに求められるとしても、外的要因による身体的な変化に由来する「喜び」に関して、『エチカ』のスピノザはあまり価値を認めていない。人間は自然の中にある自然の一部分であり、外的事物の力は人間の身体的な能力をはるかに上回り、超えているからである。そうなると、人間は、自ら秩序とは異なる外的世界の秩序に服従しも否応なく生じてくる身体的な変化によって、時には「喜び」の感情に執拗に捉えられ隷属の状態繋ぎ留められることになる。このような継続状態にある人間は、自己自身の内的決定とは無縁であり、自らの秩序に従い自らの力を用いて「喜び」を得ることは出来ず、自己保存とは反対の方向に赴いてしまうのである。スピノザは、外的事物に刺激されて生ずる身体的な変化と結びついた感情は、たとえ「喜び」の系列に属するものであっても、精神内部の或る混乱と看做し、決して重要性を認めない。

そして、スピノザは身体的変化に基づく「精神の受動」しての感情とは別に、「能動」としての感情というのを考え、こちらの方に真の価値を認めようとしている。人間精神が、外的な原因に依存することなく、自己の本性と秩序のみに従って能動的に働けば、その働きの自覚からは、「自己自身に対する満足」という「喜び」の一種が生じると説かれる。精神の働きというのは専ら、精神が自らの本性と秩序に従い、自らの力を用いて認識を行うことを意味する。人間精神自身の働きに由来するこの「満足」という「喜び」の一種は何らかの外的な原因をも持たず、外的な原因によって乱されたり左右されることもないから、最も純粋な、最も安定した感情であり、スピノザは、正にこうした類の喜びの中に、人間の究極的な幸福を見出そうとしている。そして、『エチカ』は、この能動感情の問題を軸にして一転し、認識及び感情の分析を離れ、幸福論の領域に入っていくことになる。

9.『エチカ』における幸福

『エチカ』における幸福の問題と関連して先ず第一に気づくのは、ここでの幸福が、十全な認識活動から派生する能動感情としての喜びに求められたことのうちには、『短論文』以来の発想、つまり、人間の幸福は認識を通路としてのみ獲得されることが出来るという発明乃至原則が、依然として生き続けているということである。ところで、認識による幸福の獲得と言う発想は、1656年の破門によって家、財産、人間関係もすべて失った状態からスピノザ哲学が始められたこと、普通、人間の幸福の条件と看做されるものの一切を欠いた状態に投げ込まれたスピノザが、そうした状態から早急に脱出することを求めて哲学を始めたという事情に根ざすものであった。そして、『エチカ』の場合には、さらにもう一つの事情が加わり、一層強化された。神への愛には、富、名誉、快楽などの現に享受している「本性上不確実な善」を放棄せねばならないと知りながら、所有欲、名誉欲、官能の欲望から俄かに抜け出すことが出来ず苦しみながらも、そうした問題を考えている時は、それらの欲望から遠ざかることが出来た自らの体験を語っている。何かを懸命に考える時に精神が体験する緊張感というのを、ある確かな手応えのあるものと感じ、そうした手応えを一つの積極的な価値として認め、人間の幸福をそのような価値の延長で捉えるようになった。従って、『エチカ』が人間精神を主体として進行する知的認識を幸福に通じる道と看做しているのは、総じて認識と言うのを、特別な財産や地位、才能、友人に恵まれぬ普通人にとって唯一可能な幸福への道と考えざるを得なかったかつての事情の外に、認識の働きに伴う緊張感乃至ある手ごたえを、彼が一つの大きな価値として認めるようになったという事情も新たに加わったうえでのことと言わなければならない。

『エチカ』第三部定理七において、感情の分析の出発点となった「自己保存の努力」を「ものの現実的な本質」と等置している。「各々のものが自己の存在を維持しようと努める努力は、そのものの現実的な本質に他ならない」。このような人間の「現実的な本質」が解放されるなら、当然人間の心身の能力は増大し、「徳」も高められていく。ここでの「徳」は、幸福を得るための個々の倫理的資質のことではなく、「精神の逞しさ」そのものであり、「幸福は徳の報酬ではなく、徳それ自体である」とといた。その結果、「人間の自己保存の努力」、人間の「現実的な本質」、「能力」、「徳」乃至「精神の逞しさ」の悉くは「幸福」に収束し、これらは人間が能動的に作用することを前提としてのみ成立し、人間の能動的な作用とは、十全的な認識に外ならず、十全的な認識は、第二種及び第三種の認識を意味するから、人間の「幸福」はただ専らこれら特定の認識を介して獲得されることになる。

2012年6月15日 (金)

あるIR担当者の雑感(67)~アナリスト・レポートを書いてもらうために

先日、レポートを書いてもらえたことを自慢するようなことを書きました。そのことは、自覚して書いたものなので、誰も相手にしてくれないだろうと思っていたら、意外とアクセスがあるようです。考えてみれば新興市場を含めて4000社近い上場会社がある中で、アナリストが定期的にレポートを書いてくれるような会社は百社に満たないのではないでしょうか。それ以外の会社はあぶれてしまっているわけで、私の勤め先は、今、その境界線に、かろうじて近づいているというところかもしません。でも、やっぱり書いてほしいと真剣に思っているIR担当者や経営者は、多いのではないかと思いました。

ただ、そういう人たちは、どれだけ本気でそう思っているのか。こういう言い方は傲慢に聞こえるかもしれません。「書いてもらえれば、いいナ♡」程度の中途半端な人も、中にはけっこういるのではないでしょう。多分、そういう人は、そのことが分かっていないと思います。自分では本気で思っていると思っているでしょう。ためしに、それでスッパリ分かるというわけではありませんが。そういう人は、自分の会社のアナリスト・レポートを自分で書いてみるといいと思います。大手の証券会社の店頭にいって頼めばもらえると思いますから、それを手本にして自社の企業レポートを自分で作ってみるのです。そうすると、レポートを書くということが、どれほど大変なことか分かるのではないかと思います。大変かどうかは主観的なことなので、それ程のことでもない、と仰る御仁もいることでしょう。そこで、客観的なことをいうと、そこでレポートを書くために様々な情報、数値データ等の定量的情報や市場環境、会社の強みやリスク等の定性的情報が、必要だったと思います。その必要だった情報を全部公表しているでしょうか。多分、社内の人間は暗黙のうちに会社の情報が蓄積していますが、社外のアナリストには、そういう蓄積がないので、きっとそれ以上の情報が必要なはずです。最低限のところで、アナリストは、それだけの情報がなければ、レポートを書きたいと思っても書くことは事実上不可能なのです。

ということは、アナリストにレポートを書いてもらうために必要な情報を公開することは、最低限必要な条件であるはずです。まず、その条件を揃えることなしに、「レポートを書いてもらえれば、いいナ♡」といくら望んでも、誰もそれを本気とは取ってくれないのではないか、と思います。

実は、このことはレポートを書いてもらえないような会社のIR担当者にとっては、共通の悩みではあるのですが。担当者がいくら熱心でも、上司、あるいは経営陣、もしくは営業とか社内の他の部署から反対されて、情報を出すことができないと悩んでいる担当者は少なくないと思います。それは十分分っていてますし、私も現実に、今も、その壁の前で右往左往しています。だから、敢えて言います。情報を出すことをしないで、レポートを書いてもらおうと願っても、それは本気と言えないのです。では、どうすればいいのか。自分で考えるしかありません。突き放した言い方ですが、ビジネスには困難がつきものです。「プロジェクトX」でも「ソロモン流」でもみんな不可能と思えるほどの困難を、工夫と努力で克服してきているので、同じように自分で考えて立ち向かうしかないのではないか。仕事で本気というのは、そういうことではないかと思います。そして、実は、アナリストも、そういう担当者を見ているのではないか、と思います。アナリストにとってIR担当者は会社への窓口です。担当者が本気であれば、会社への印象に大きく作用するでしょう。まさか、だからこの会社は本気だとはすぐには思わないでしょうが、担当者がこれだけ本気なのだから、この会社には何かあるかもしれない、と興味を抱く可能性は高いのではないか。

なんか、精神論のお説教のようになってしまいした。傲慢も甚だしいですね。実は、アナリスト・レポートを書いてもらえない会社でも、上場している会社であれば、多数の投資家が目を通すようなレポートを年4回も書かれているのです。それに本気で対応していますか。まずは、そこから始めてみるというのは、やってみてもいいのではないかと思います。私は、今も、たいへんお世話になっています。それは『会社四季報』です。

これは、反面教師としてですが、『会社四季報』2012年1集の342ページに掲載されている、ある食品会社へのレポートの文章です。

【開示消極的】報道媒体への平等対応理由に個別取材拒絶のうえ、決算説明会なし。ファンドによるTOBに対抗して発表した中計では、今期に売上高177億円、営業益23億円と潜在能力訴求。画に描いた餅。

これは事実です。ここまで書くのです。まずは、足元から身を引き締めなくてはなりません。

なんか、喧嘩腰に見えますか。営業マンがガードの固い顧客を説得して商品を売り込み、後に馴染客になってもらう、というのに似ているかもしれません。

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(8)

7.「直観的」ということ─続き

『エチカ』及び『神学・政治論』の時期のスピノザは、『短論文』に於けるのとは異なって、神をそれ自体で直接に認識する可能性を信じる立場は捨てているのであるが、しかし、神が個物と隔絶したものとは知られ得ないということは、神の認識が個物の認識を前提として、そこから導き出されるのを意味するのではない。

スピノザは認識の基礎をなすものの把握がいかに行われるかについて、『デカルトの哲学原理』の中で述べている。まず第一に、観念の展開の基礎をなす神の認識が、個物の認識を前提として成立することは不条理であること。第二に、神の認識は、「個物の認識とともに」あるいは「個物を認識しつつ」成立すること。それゆえ、第三に、神の認識というのは、分節的な前提─帰結の関係を含まぬ認識でなければならないということ。すなわち、権利の問題としてあくまで直観でなければならず、それも一切の分節を含まぬ単一の直観でなければならない。『神学・政治論』では、個物の確実な認識が、神の認識の成立を俟って初めて可能になるということ、神の認識が成立する以前に行われる個物の把握は、了解のレベルに留まるものであり、神の認識を帰結する前提となり得ぬことを意味し、それゆえ、神の認識というのが直観によってのみ成立することを間接的ではあるが、しかし明瞭に語っている。そして、『エチカ』における第三種認識が「直観知」と名付けられたのは、正にこのような全認識の第一の基礎として神の認識の成立という問題と関連してのことであろうし、神を認識し、それとの関連のうちで個物を捉え直すという困難な、しかし重要な、かつ卑しからざる使命を担うものであるがゆえに、これに対して以降認識の地位が与えられたのである。

けれども『エチカ』の最高認識の重要な機能が、『短論文』の場合と同じように直観であり、神の認識という使命を担うものであるとしても、人間精神が自らに固有な秩序と力とに依拠して形成する知的認識に価値を見出すこの時代のスピノザの世界の基調に変更がもたらされたわけではない。『エチカ』における認識の捉え方というのは、かつての『短論文』におけるそれとは大きく隔たりのあるものとなっている。『短論文』のスピノザにとっては、認識とは一般に人間精神の作用の所産ではなく、顕現する事物によって向こう側から注ぎ込まれるもの、人間精神に即して言えば「或る純粋の受動」であった。けれども、『エチカ』の場合、少なくともスピノザが価値を認めるタイプの認識は第二部に登場する「精神の能動」という言葉で表現されるようなものでなければならないのである。認識の場面において人間の精神に課せられるのは、最早、顕現して来る事物を受容するために外に向かって開かれていることではない。そのように受け身である限りの精神は、精神自身の内的な秩序とは異質の、それゆえ自らにとってアモルファスな外的存在の断片と偶然的に接触するだけであり、不十分な混乱した観念しか得ることは出来ないだろう。何故ならば、外的存在の側の都合によって人間精神の中に送り込まれてくる観念は、人間精神自身の内的必然性とは無縁な異物のようなものであり、精神による十分な掌握、自由な操作を超えているからである。人間精神にとって真に有効で確実な観念、道具として意のままに使いこなせる観念というのは、したがって、人間精神が「形成する」ものでなければならない。人間精神がもっぱら自己自身の内的な秩序に依拠し、自らが十全的な原因となって作り出したもの、つまり、能動的に作用する限りの人間精神を作者とするものでなければならないのである。

スピノザは、また、観念の真偽の決定から、「観念とその対象との一致」という要素を「除外する」という意図を明らかにし、かの念というのが、外的事物の投影ではないこと、その真偽の決定は、外的事物との一致不一致によってではなく、明証性の意識の有無によって為されるべきことを、更に繰り返し強調するが、こうしたことはいずれも、『エチカ』における認識というのが、外的事物との関係を断ち、内に向かって閉ざされた人間精神が行う自律的な作用となり、従って、かつての『短論文』の認識を覆っていた、合一すなわちコムニカチオの中に拉し去られて安らぎを得る願いの翳が、最早、見出し難いことを示すものである。

2012年6月14日 (木)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(7)

4.第二種認識

『エチカ』における第二種認識は「理性」である。『短論文』では、一般的な法則から個別的な真理を導出する機能の他にも多少曖昧であるが、個別的な真理に至る機能も含んでいたように思われる、何故ならば、『短論文』の理性の代表的かつ基本的な規定は、個別的な真理を介して一般的な真理を帰納的に推論することを必ずしも排除していないからである。けれども、『短論文』では、この二つの機能はあまり明確に描き分けられてはいず、「理性」あるいは「理性推理」という名称で一括され、間接的な認識であるがゆえに合一を齎さぬという理由から、いずれにしても簡単に低く評価されていたのであった。これに対して、『エチカ』の場合、理性の規定として目立った仕方で前面に登場するのは共通概念からの認識ということであって、それ以外の機能、帰納的な機能については全く言及されてない。つまり、普遍的一般的公理的なものの展開という性格が明らかに強調されているのである。このように理性の機能が変化したことは、恐らく、一つには、『短論文』以後、例えば『知性改善論』等を通じて行われた、人間詳しい検討と整理とにより、個別的なものの認識から普遍的なものの認識に進むことは現実的な展開に即して言うと、結果から原因へと遡ることに等しく、因果の系列の逆転であって、それゆえ、そうしたタイプの、むしろ第一種認識のうちで「超越論的』名辞」の形成に携わるものとして位置付けられた方が良いと考えたためである。

理性は、人間精神のうちにある若干の共通概念を「推論の基礎」として、そこから多く観念を導出して行かなければならない。そのような観念導出のプロセスは、外的事物から送り込まれてくる刺激の後を追うものではない。それは、外的事物の動きとは無関係に、人間精神の内部において、専ら「知性の秩序に従って」進行し、人間精神の自身によって「内的に決定された」認識である。感性的な第一種が「外的に決定された」ものであり、精神を受動に状態に置くという理由から低く評価されたのと丁度パラレルに、推論的な第二種認識の方は、「内的に決定された」ものであり、従って、人間精神自身の自律的な観念形成の作用であるがゆえに優れたものとして高い評価が与えられることになる。

5.第三種認識

『エチカ』において第三種認識は、「神の若干の属性の形相的本質の十全的な観念から、事物の本質の十全的な観念に進む」と規定されている。つまりは、人間精神が自らの力のみに依拠し、神の認識に基づいて事物を認識すること、あるいは神乃至自然全体の脈絡のうちで個物を把握する働きということになる。

『エチカ』第二部における第三種認識の叙述が乏しいか、それは形の上では第二種認識に非常に接近しているという事実に結び付けて解釈できる。それえ、『エチカ』の第三種認識というのはある十全的な観念にもとづいて他の多くの十全的な観念を形成する、「内的に決定された」人間精神の自律的な働きであり、外的事情に対して受動の立場に身を置き、事物自身の顕現を待ってそれ合一するという、かつて『短論文』において顕著であった性格を失っている。『エチカ』第五部においも、この種の認識が事物を「享受する」とか、事物と「合一する」とか、「純粋の受動である」といった類の表現は全く見当たらず、これは、何処までも、人間行う普通の知的認識として、人間の「精神の能動」として、また、人間の「精神の能動」として、また、人間の「精神の能動」であるからこそ人間の幸福にとって不可欠の条件として扱われるのである。『短論文』の最高認識の特徴であった受動性、愛や合一と分かち難く浸透し合った特殊な性格というのが、何ものかによってコムニカチオの中に拉致されて、独り切り離された不幸な状態、エクスコムニカチオという名の淵から早急に脱出する願いを映し出していたとすれば、『エチカ』における最高認識が、外的事物自体あるいはその動きとは独立に、外に対して開かれた精神が自らの秩序と力のみに依拠して行う観念の展開として捉えられているということは、何ものかの顕現を待ち受けて、コムニカチオの楽園に誘われる可能性の限界の意識を映し出している。さらにこのことは、『エチカ』における最高認識すなわち第三種認識が、『短論文』の場合と異なって、無垢の直観ではなく、観念の操作、展開という機能を含むもの、理性すなわち第二種認識と癒着したものになっている。これは『エチカ』の求める人間の幸福というのが、最早、他の存在との融合、合一、コムニカチオにはなく、自らのうちで観念を一つ一つ展開していく孤独な作業を、その成立の条件とするものに変化したことを物語っている。

6.「直観的」ということ

パーキンソンは、『スピノザの認識論』の中で、『エチカ』の第三種認識は確かに「直観的」であり、その点において第二種認識と区別されるべきである。ただし、『エチカ』の場合、「直観的」であることと「推論的」であることとは排除し合わない。パーキンソンによると、「直観的」という言葉は、演繹的推論のある為され方を現わすものであり、『エチカ』の「直観知」は、あくまでも観念展開の作用に尽きるというのである。それならば一体、観念の展開がどのように行われる場合に、「直観的」という修飾語が加えられるのかと言えば、それは、その観念の展開が、展開の規則を意識せずに、与えられた前提のみを用いて行われる場合であるとパーキンソンは主張する。「直観的」という修飾語を観念展開のある為され方と結びつけるパーキンソンの解釈は、ある意味で『エチカ』の第三種認識の特徴をとらえている。しかし、「直観知」を一般的規則の無意識的使用のみに限定してしまうことには難点がある。

『短論文』のスピノザは、神の認識という場面における「理性」を無力と看做し、神を認識する使命を純粋の直観である「知性」に専ら委ね、知性を「神の認識」と名付けていた。また、『知性改善論』では、最高認識を二つのタイプに働きを区別し、一方については、「その最近原因の認識からの」認識という、『エチカ』とよく似た規定を下しながら、もう一方を、「事物をその本質のみによって」認識することと規定し、この第二のタイプの働きによって「最初の真理」が得られると語る。つまり、『知性改善論』においても、『短論文』の直観とは性質を異にするけれども、しかし、演繹的な観念の展開ともまた別のある知的な働きが、ある基礎的なものを把握する上で必要とされ、まさにそうした役目担ったものとして確率されていたこともある。これに対して『エチカ』のスピノザは、第三種認識の規定として、権利の問題として、事物の本質の認識に「進む」ための出発点、神の属性の十全的な観念を得る知的な働きというのか問題となってくる。

2012年6月13日 (水)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(6)

Ⅲ閉ざされた円環

1.リーンスブルフ時代

1660年、スピノザはリーンスブルクという村に移る。そこでの生活は、新しい友人たちに囲まれ孤独の影のない生活、具体的な密接な人間的結びつきに満たされた生活であったと言える。また、カセアリウスという年若い大学生と共同生活を行った。しかし、それはスピノザにとって徐々に負担として感じられていくようになる。それは、自分と自分以外の存在とが浸透し合うことの限界が自覚されたためであり、その自覚というのは、実生活における何らかの躓きによって生じたというよりは、1662年゜の前半に起こった自身の仕事の上でのある出来事を契機と考えられる。そして、1663年、スピノザはデン・ハーグ郊外のフォールプルグに移る。

2.1663年以降

彼の生活は全体として次第に他の人々との接触を少なくし、独り閉じ籠もる方向に向かっていったらしい。といっても人間嫌いになったというわけではなく、スピノザ自身の問題として、人間が相互に何らかの意味で異質であり、浸透しあう可能性に限度がある以上、他人に全面的に屈服するとか、他人の中に完全に吸収されてしまうという危険も本来あり得ぬわけで、とすれば人間は、自分を確実に保ちながら生きる以外に道はなく、しかしまた、自分を確実に保ち得ればこそ逆に、その自分を超える他人を、自分とは異質の存在として、恐怖の対象としてではなく、そのまま認めることが出来も人間は互いに真の優しさを以って接し合えるということなのであろう。

リーンスブルクを去った後でスピノザが選んだ「孤独」というのが、結局、他者と浸透し合う可能性の限界を自覚した彼が、だからこそ逆に、自分とは異質の他者に対して拒否的でない態度を取り得るよう自己を強化確立し、「精神の逞しさ」を獲得していく上でどうしても必要な生活形態だった。他人との浸透を求める『短論文』の延長だったリーンスブルクの生活を捨て、自ら選んだ孤独の中で『エチカ』は完成されたといえる。

3.第一種認識

『エチカ』において人間の認識に三つの種類を区別している。その第一のものは、内容的には『短論文』の場合に似て、感覚的知覚、伝聞、想起、不完全な帰納等を含む感性的な認識で、「臆見」「表象」の二通りの名が与えられている。

『エチカ』においてスピノザは、第一種認識の問題にかなり神経を使い、その由来や現象を詳しく辿って行くのであるが、それにも関わらず、身体的な変化を基礎とするこの認識は、結局のところ、やはり高くは評価されず、誤謬の第一の原因として退けられている。みーこのような完成的認識に対する低い評価という点では『短論文』とは異ならないけれど、大きな変化を認めることが出来る。『エチカ』では『短論文』におけるように冒頭からこの種の認識を排除するのではなく、その由来や構造を丹念に検討し説明する態度を取っている。このことは、『エチカ』のスピノザが、総じて認識というものを、『短論文』に置けるように人間の幸不幸と直接に結びつくものとしては考えず、従って、感性的な認識につても、それを性急に退ける必要はなく、認識としての由来を辿り、構造や現象を云々する余裕を得たことを物語っている。さらにまた、この種の認識に対してスピノザが低い評価を下す際の理由にも変化が認められる。『エチカ』において感性的な認識が退けられるのは、『短論文』の場合と異なり、身体的な変化に従って認識する限り、人間の精神は「外的に決定される」からに他ならず、表象のレベルに留まる人間精神が意識するものは、常に自分の身体の変化であり、そうした身体的な変化というのは、外的世界の秩序に従って引き起こされたものに過ぎないからである。外的存在の動きは人間の精神にとってはなお一層異質であり、そのような自己の本性とは異質の、従って理解を超えるアモルフな外的存在の断片との偶然的接触゜の中で生じる感性的な認識は、精神がその十全的な原因となって形成した認識ではなく、精神内部の他の認識との連関乃至脈絡を欠き、世親の用いる道具としては不十分なのである。

2012年6月12日 (火)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(5)

7.認識は純粋の受動である

『短論文』の中でスピノザは、認識というのは、人間を主体として成り立つものではなく、いかなる対象をいかに認識するかは、人間自身の能力や努力に懸っているのではない。それは、人間の働きを必要としない出来事なのである。いや、抑々、認識が成立したりしなかったりすること自体、人間の能力や努力を超えた事柄なのである。すなわち、「対象を我々にちかくさせるのは対象自身」であり、認識は、対象自身が知性に直接顕現することによって生じる」からである。認識は、対象の方で進んで身を現わしてくれる限りにおいてのみ生じ、対象の「顕現」がなければ、人間はいかなる認識も持つことは出来ないだろう。それゆえ、『短論文』における人間精神とは、外なる存在一般に向かって素直に開かれた円環の様なものであり、認識というのは、外的存在の側からこの円環の中に流れ込んで来るものなのである。そして、外的存在から送り込まれて来るものをひたすら待ち、それを受け入れるという正に受動の状態で世界に接することによってのみ、人間の弱い小さい貧しい自己は、何ものかと結合し、その結合の中で或る安らぎが得られることになる。

これに比べて、他の哲学者、例えばベーコン等の場合、外界から提供される雑多なものをそのまま対象として相手にするのではなく、人間精神の積極的な働きによって然るべく加工された限りでの外的事物のみが、知性の対象としての資格を得るのであって、受動的に待っている精神に外から流し込まれ、賦与されただけのものは、何処までも生の素材の域を出るものではなく、したがって、認識及び考察の対象ではあり得ないのである。

このように、『短論文』のスピノザにおける、認識の成立という問題を巡る人間精神と外的事物との関係は、同時代の哲学者たちのそれとは随分隔たりの大きなものであると言わなければならない。『短論文』の認識は、人間自身の主体的な働きをまたずに、むしろ、そうした働きが停止されている限りにおいて成立するのであるが、しかし、欠けているのは、認識という場面での人間の働きのみではない。対象の顕現によって生じた認識が愛や合一に転化するのも、人間の力を超え、人間の知的操作の介入する余地のない出来事なのである。外から流れ込む認識をただ受け入れるように、愛についても、人間は、自分の意志や努力とは無関係に生じたものを享受するだけである。そして、更にまた、人間には「依存しない」こうした認識、こうした愛とともに生ずる合一がもたらす幸福の程度も対象の側に備わる完全性の大小によって決まることになる。合一によって得られる幸福の大小は、人間か払った努力の結果、努力の仕方で決まるのではなく、開かれた円環の中に流れ込んできたものが偉大であるか否かによって決まる。それゆえ、仮にその幸福が極めて大であっても、人間は自分の努力を誇ることは出来ず、しかし、その代わりに当の幸福が著しく慎ましいものであっても、人間は自らを責める必要もないであろう。そして、このように認識の成立についても、愛の発生についても、合一の結果得られた幸福の程度についても、すべて、自分ではなく相手の方に主導権を委ね、自分は専らそれに従い、それを受容する側に回ろうとするこの対照依存的な態度は、『短論文』に固有のものであり、この著作の各処に見られた合一を目指すあの性急さがそこから派生する。

8.合一とコムニカチオ

合一とは、自分以外の存在と一つの全体として融け合うことであった。一つの全体として融け合う以上、そこにおいては、最早、自他の区別の意識はなく、かつて他者であったものは、自己の延長となり、欲求するものと欲求されるものとは、二つの歯車のように噛み合い、配慮や計算のために立ち止まることなく行為しても、齟齬は生じないであろう。それは、原始的な有機体と環境との関係に似た浸透の関係であり、意識という亀裂の入らぬ、全存在的波長を共有して成り立つコムニカチオである。合一は、コムニカチオは、人間にとって、考え得る限りもっとも幸せな状態であり、最大の到達目標であり、同時に、一切の人間的活動の価値を測る基準となっている。合一という言葉自体は、後のスピノザの著作手背は全く姿を消してしまうのであるが、そうした点を考え合わせてみると、『短論文』時代のスピノザを彩り、うごかしていたものは、正にこのコムニカチオの要求があったと言わなければならない。

しかし、コムニカチオがいかに強く求められていたとしても、『短論文』のスピノザにとって、それは自分で意図し、自分の働きで作り上げたものであってはならなかったはずである。彼が欲したのは、自らの選択や決定に基づき、自分が主力となって築いた浸透関係ではなかったはずである。そのように自ら選び、作り出したコムニカチオということになると、自分自身が、その成立根拠として、その結果、その持続の責任を引き受けねばならず、そうなれば、当然、コムニカチオの全面的な享受は妨げられるからであ。スピノザの求めるコムニカチオというのが、当のコムニカチオの全体を言わば一つの他者のように眺めなければならない。『私』という一点の醒めた意識の存在を、汚点として排除するものであったことを示している。強引に一方的にコムニカチオの中に拉し去られることが、彼にとっては、自分の選択や決定、評価といった動きを停止して、盲目の無邪気な安らぎの中に浸ることのできる証であったし、同時にそれが、自己の内部の崩壊に起因するコムニカチオそのものの死を避ける最上の道と思われたのであろう。

『短論文』が書かれたのは、1658年つまり1656年の破門からあまり遠くない時期であった。当時のスピノザにとって、コムニカチオを失うこと、すなわち、何ものかとの浸透という楽園を追われた破門者となること、決して彼の望むところではなく、早急に脱出すべき不幸な状態であった。スピノザは『短論文』の中で、人間というのを、何かに身を託し、何ものかによって包み込まれぬ限り、自己保存のための身を処していくことも不可能な、弱く貧しく無力な存在として描き出したが、そうした叙述もまた、生活の全域にわたってア・プリオリにあたえられていたコムニカチオを奪われたスピノザの、素手で裸で独り立つ、頼りなく不安な気分を伝えるものである。一方、もっと安定した無相手との、より豊かなコムニカチオを得ることを夢見たとしても、それは不思議ではなかった。『短論文』のスピノザは、事物を感じ享受する知性が、すべてのものに向かって開かれていると説きながらも、安定を欠き、流動変化するという存在と合一した人間の悲惨を強調し、神との合一を理想として掲げ続ける。

1656年の破門はスピノザにとって、大きな事件、望ましからざるノヴェルティであった。何ものかと合一しなくては生きられない人間の弱さと悲しさ、移ろいやすい存在との合一の空しさと恐ろしさ、そして不変不動の神的実在との早急な結合という目標は、一つのコムニカチオの喪失が彼に与えた打撃の大きさと、かつてのコムニカチオの相手の可変性に対する恨みの深さを示すものである。けれども、この破門がノヴェルティとして受け止められ、検討の対象となったとしても、差し当たりそれは、彼が以前から有していた信念の体系、知的枠組みそのものを変えるには至らなかったのである。確かに、スピノザが、コムニカチオを失うことの恐ろしさを知り、可変的な存在とのコムニカチオの空しさを感じ取り、新たなコムニカチオの相手を最終的には神と定め直したことは、ある意味で一つの変化と呼び得るであろうが、しかし、それは決して彼の信念の基本的枠組みの変化ではなかったのである。すなわち、それは、あるコムニカチオから別のコムニカチオへの移行、あるいは、コムニカチオという項の内容の入れ換えの様なものであり、コムニカチオをよいもの、人間にとって抑々可能な事態と看做す信念の枠組みは、何の変化も蒙ることなく保存されていた。つまり、破門は、相手の移ろい易さのゆえに生じたひとつの不運として、アベンディクスの地位しか与えられず、従ってまた、コムニカチオという項の内容の簡単な入れ換えで十分足りたのであった。つまり、それは未だ、スピノザの中で、「経験」とはなっていなかったのである。

2012年6月10日 (日)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(4)

5.認識の直接性ということ

『短論文』における知性の特徴は、まず、それが直接的な認識であり、直観であるという点に求められる。すなわち、この種の認識は、何か他の認識を媒介とすることなく、対象そのものに直接向かい、対象が現実に何であるかを一挙に見てとる認識、剰余の価値に満ちた認識である。従って、神は、あらゆる事物の存在及び認識の第一原因であるという理由からも、また、隠されたものではなく、現実に現実世界として発現しているという理由からも、直接的なこの種の認識によってのみ知られることになる。スピノザの『短論文』の知性は、直観と等置されることを特色としている。スピノザにとって、対象が神であろうと、個物であろうと、あるいは学問上の事柄であろうと、それらの各々と直接向かい合う直観というのが、最上の最良の認識であると言える。スピノザがこのように直観に固執するのは、推論を介して間接的に知られたものが一般に、人間の現実に生活にとって貧弱な力しか持たぬのに対して、リアルに存在する事物の直接的具体的な認識は、剰余の価値に満ち、人間と世界とをつなぎ合わせる力を持つということが生じている。これに対して、理性の様な確信をもって予想されたものでも、予想はどこまでも予想であり、間接的な掌握であって、それは、現にその人間を満たすもの、世界におけるその人間の位置と役割を定めるものではないのである。そこには近世哲学的な態度、総じて対象というものを操作可能な状態で確保し、対象に対する理性の自律と支配を確立しようとする態度は見出すことは出来ない。

このように、対象の完結した把握という時代全体の鉾の高い目標を振り切ってまでもスピノザが、現実的なもの、具体的なものに固執したことの背後には、恐らく、自他ともに全く確実と考えていた「シナゴーグの将来」という予想が、結局、予想のレヴェルに留まるものであり、現実の人間関係の中で呆気なく崩れ、失われてしまった事情が隠れているのであろう。そして、いずれにしても直接性というものに対するスピノザの執着は、コムニカチオの外へ独り放逐されていたこの時期のスピノザが、新たに何ものかと結びつき、それによって世界と自分との関係を作り直さなければならなかった必要、彼自身の切実な必要を暗示していると思う。

直接的なもの、そして直観への執着というのは、『短論文』に見られる独特の性急さともみなせる。人間を幸福に導く使命が知性に課せられたとき、この認識が推論という屈折した操作を含まぬ純粋な直観そのものとして、一挙に対象を把握する認識として規定されたことは、幸福という目的に向かって、一直線に進んで行こうとする傾向の延長であったと考えることが出来る。一挙に何かを知り、合一に達するということはね一遍に、一足飛びに、一瞬にして幸福の中に身を置くことである。スピノザが切に求めていたのは、正に、一挙に幸福のうちに埋没するということに他ならなかったのであって、神が現実に発現しているものとして、人間が直ぐにでも触れることのできる存在として強調されたのも、また、知性が、手間のかかる推論を一切含まぬ直観そのものとして規定されたのも、ともに、最終的な目的に向かってひたすら道を急ごうとする一種の焦りの延長であったと思われる。

6.認識、愛、合一

『短論文』においは愛と合一という二つの要素は、区別し難く重なり合ったものとて語られている。例えばデカルトの考える「結合」が、一体であるかのように看做すこと、その同意や想像を指し、人間精神内部の出来事という枠をはみ出すものではないのに対して、『短論文』のスピノザが合一という状態の原型あるいはモデルと考えていたものは、人間における精神と身体の結合であった。人間の「第一の誕生」と名付けられるこの心身の結合は、決して想像上のものではなく、確かなリアルな一体化である。スピノザはさらに、神との合一は人間にとって「第二の誕生」であり、「再生」であって、合一により神の完全性、永遠性に与った精神は不滅性を獲得すると語っているが、こうしたことは正に、ここでの合一や愛というのが、精神内部の或る変化、例えば一体感といった類の心境乃至境地のレヴェルに留まるものではなく、精神と精神以外のものとの確かな融合として捉えられていたことを示している。『短論文』の愛は、人間の心身の係合をモデルとする合一との区別が判然としないものである。『短論文』において、スピノザが知性に対して愛や合一と謂わば地続きの性格を与えたという事実は、彼が或る一つの目的に向かって道を急いでいたことと結びつけて考えられる。言い換えると、愛、合一と浸透し合った知性のこの特殊な性格のうちにも、分類された三種の認識の間を走り抜けたあの性急さ、最高認識から推論的な要素を排除し、一挙に対象と接触することを求めたあの同じ傾向の続きを見出すことが出来る。

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(3)

3.神及び人間について

第一部第二章でスピノザは神の性格について四つの命題を提示する。

(一)限定された実体は存在せず、すべての実体は自己の類において無限でなければならない。すなわち、神の無限な知性のうちにおいてはいかなる実体も、それが既に自然の中に存在するよりも一層完全であることはできない。(二)二つの等しい実体は存在し得ない。(三)一つの実体は他の実体を産出することは出来ない。(四)神の無限な知性のうちには、自然の中に形相的に存在する以外の如何なる実体も存在しない。

この中で(一)の後半と(四)は『短論文』に特徴的と言える。これらは、神の知性と自然の事物との関係について語っているところで、神の知性のうちにあるものと自然とは、存在の類に関してもその完全性に関しても全く等しいということが、特別に強調されていたと考えられる。

このような神と自然とは等しく、神の外側には何も存在しないという主張から引き出せる第一点は、神の現実性ということであり、第二点は、「神なしにはいかなるものも存在し得ず、また認識され得ない」ということである。第一点に関して言えば、神と自然とが別の存在ではなく、神の知性のうちには、未だ創造されぬもの、一層完全なものは何も残っていないとすれば、神は「既に」「現実に」自然として発現していることになるからである。神は決して隠れた存在ではなく、現に直接人間の前に存在している。このように、現に「現実全体」として発現している神は、言葉の本来的な意味で極めてリアルなものだ。また、第二の点は、人間を取り巻く多様な事物、人間の精神を満たす多様な認識の悉くは、神という一つのものを原因として根拠として成立するということだった。すなわち、神が現実全体であり、ただ一つリアルで真実なものである以上、一切は物的であろうと心的であろうと悉く、この神に帰属することになる、とスピノザは書いている。神が他のものから生じることはあり得ないのと同様に、神の認識が他のもの、つまり神から派生した何らかの結果の認識から導き出されること不条理であり、神は端的にそれ自身において認識されなければならない。あらゆる個物の総体であり、同時に、個物を貫き動かしている最もリアルなものが、何よりも先に認識されなければならない。それゆえ、一切の個物は神の中にあり、神はそれらの個物の「内在的原因」である。しかも、神はそうした一切のものを自己の本性の必然性から生ぜしめた。それゆえ、現実の中には、偶然的なもの恣意的なものは何もなく、すべては必然的に現われ現にある通りに存在する。

また、第二部では、神に対して人間は様態であること、有限であることを強調している。スピノザは、人間が自然の微細な一部であること、「本性弱小」な存在であることを繰り返し語る。この時代のスピノザは、後年と比較して一層強く人間を無力なものと感じていたと言える。そのことは破門によってコムニカチオを断たれ、何の拠り所もなしに独り生き続けなければならなかったこの時期の彼の生活と無関係ではない。

4.認識の価値

スピノザは、このように無力で脆弱な人間の幸福を「合一」に求める。自己以外の何ものかと融合することが、自己を保ち、高め、安らぎを齎す道とされる。勿論、合一の対象としては種々の存在があり得るが、結局のところそれは神でなければならない。スピノザにとっての合一の目的というのが、対象の完全性を分かち持つことによる自己の強化である以上、神以外の存在、つまりそれ自身可滅的な事物との合一は、無益な愚かなことだからである。人間にとっての最大の幸福は、最高に完全な存在と合一し、その完全性に与ることであり、幸福追求の最終目標は「神との合一」である。この合一は「愛」によって起こるもの、あるいは「愛」と同じ事態である。けれども人間は自分では知らないものを愛するわけにはいかないから、愛を引き起こすものは認識である、ということになる。人間にとって最大の幸福である神との合一の可能性は、神の認識の可能性に還元される。このように認識の問題と向かい合う時、正しさの点では区別されなかった理性と知性とが価値の上では区別された理由が、ここで明らかになってくる。

神の認識という場面では理性は無力である。それは、神は、存在に関してと同様、認識においても他の一切のものの第一原因であり、したがって、すべてに先立ち、しかもそれ自身において認識されることを要求するものであった。しかし、理性の本質は、何らかの前提に基づく推論にあるのだから、いかなる前提をも持たぬ神を認識することは、この種の認識にとってもともと不可能なのである。また、神は何ら隠された存在ではなく、現実全体として発現しており、直接に認識され得るものであるから、かにも敢えて面倒な推論の手続きを踏んで捉える必要もない。さらに、認識の対象を神に特定しないで、字仏一般に拡大して考えてみても、理性の認識が直接的でないことが合一という目的には役立たないことが分かる。スピノザは第二部第四章で、理性は理由に基づく推論であることを強調し、「この信念は、或る事物が何であるべきかを我々に示すけれども、そのものが現実に何であるかを示しはしない。そして、これは、この信念が我々を信念の対象と決して合一させることのできない所以であると述べている。」この理性が幸福の追求において無力であることが明らかになり、代わりに知性が幸福追求の大きな使命を担うものとして現れて来る。

2012年6月 9日 (土)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(2)

.開かれた円環

.『短論文』成立の背景

破門後のスピノザの生活は、物質的にも精神的にも決して恵まれたものではなかった。アムステルダム市からの退去命令さえ出て、スピノザは南方10キロのアウデルケルクという村へ行く。ここは、スピノザの出自であるポルトガル系ユダヤ人の墓地がある村で、彼らにとって、原点のような村であった。ここでスピノザは数か月を過ごす。ここに過去との訣別の意向を読み取ろうとする論者もいるが、筆者は、生きたユダヤ人たちすべてとのコムにカチオを奪われた彼が、せめて使者たちとの間に何らかのコムニカチオを見出そうとしたと考える。アムステルダム市からの退去命令が解かれると直ぐに戻り、一隅で細々と暮らしていくことになる。

この時期に最初の著作『神、人間、及び人間の幸福に関する短論文』(以下『短論文』と呼ぶ)が成立したのは、この時期だった。自分自身、破門により、精神的にも物質的にも、拠り所を悉く失った不安定な状態の中で哲学を始めたためであろう、スピノザという人は、生涯を通じて、真理そのものの問題よりも人間の幸福、人間にとっての善という問題の方に大きな関心を寄せ続けて行く。最初の著作であるこの『短論文』においても、神、人間の身体、精神、感情など、さまざまな問題が扱われながら、そうした種々の考察の一切は、幸福論のための予備的作業として、人間の幸福に関する考察の中に吸収されていくことになる。スピノザの関心が常に人間の幸福に向けられていたことと並んで、もう一つ顕著なのは、彼の考える幸福というのが認識を通路としてのみ獲得されるものであるという点で終始態度を変えていない点である。

2.臆見、理性、知性、

『短論文』第二部第一章において、人間の認識に三つの種類を区別している。第一は「臆見」と呼ばれる。これは、「経験」及び「伝聞」から生じ、内容的には単なる思い込み、不完全な事例からの帰納、感覚的知覚等を含み、それゆえ確実性に欠ける認識として、ネガティブに規定されている。この不確実の理由として、例えば「経験」については、そこかに生ずる知識が変わりやすく不安定であり、知識が変化すればその度毎に、人間は「簡単に動揺すると語られていることから、その不確実性というのが、事物を全体として捉えぬこと、断片的にしか受け取らぬことに由来する。また、第二の認識は「理性」の認識で、「信念」と呼ばれる。それは「様々な理由に基づく強力な確信」であり、推論的な認識を意味する。主観的な思い込みという意味で、臆見が「単に信念からの認識」と呼ばれる場合には、「真の信念」という名称によってそれと区別されているように、何らかの客観的根拠を有する認識、したがって確実であり、真理を伝える認識として扱われている。これに対して第三の認識は「知性」の認識で、「明晰な認識」とも「真の認識」とも呼ばれている。「事物それ自身を感じ、享受することによって」生ずる。それは、根拠を用いず、推論に頼らず、「直観によって一挙に」対象を把握する具体的な直接的認識であり、かつ確実な認識である。これに三つの認識のうち第二と第三は理性と知性であり、ともに正しい認識である。けれども、スピノザは別の個所で、真理と虚偽の区別は観念的なものではなく、人間に生活に大きな影響を及ぼすものであることを強調し、真理によって人間はいかなる「利益」を得るのか、虚偽によっていかなる「不利益」を蒙るのかという問いを出し、真偽の問題自体をすでに実生活上のある利害と結びつけて捉えているように、認識の正しさということも決して自己目的的なものとしては考えていない。正しい認識は、単にそれが正しいということのために価値と意味を持つのではない。そは、価値と意味。それは、ある利益、つまり幸福追求というコンテクストの中で証された価値と意味とによって初めて、それが真であるという特質が声明を持つようになる。こういう観点から眺める時、理性と知性とが、価値の上では大いに違うものであることが明らかになってくる。

2012年6月 8日 (金)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(1)

51aojt4kbzl__ss500_.破門とスピノザ

筆者は最初にスピノザの16年前、スペインからオランダに脱出したキリスト教徒がユダヤ教の入信し、上手く溶け込めず、教会から破門され、絶望と社会から疎外されたことを苦に自殺に追いやられてしまった事例を紹介する。

スピノザは、オランダのユダヤ人社会に生まれ、生家はそこでの有力者であったことから、上記のケースと趣はことなる。

ユダヤ教会の破門には2種類ある。その第一はニッドゥイと呼ばれ、罪を犯した人間をユダヤ人社会から追放する制裁で、一般に制裁を加えるという行為には、治療的効果を目的とするものと、ある個人の存在自体を否定、抹殺する目的を持つものと、二つのタイプがあるが、これは、前者に属する。すなわち、この破門は、問題の個人を最終的には受け入れることを前提とした上での、いやむしろ最終的に受け入れるための一種の手段と考えられる。

第二はシャマッタと呼ばれる、追放の場面や機関に関する限定を一切含まぬ、全面的な絶対的な追放である。この場合には、最早、治療や矯正の可能性は見捨てられており、従って、あらゆる場面における、そして悉くの未来に及ぶ、その人間の存在の断固とした拒否のみが前面に出てくる。スピノザが受けたのは後者であった。

また、破門の措置が取られる理由は借金返済の義務を果たさなかった場合と「エピクロス主義」とよばれる、エピクロスとは無縁だが、神を悪しざまに罵るといった柄の良くない拗ねた生活態度及び儀式や戒律を疑問視したり嘲笑した場合に取られる。スピノザの場合、後世の伝記では、彼がデカルト等の近世哲学に親しんだことやキリスト教の新しい宗派に接近したことを理由としてあげているが、当時のオランダのユダヤ教会は文化的な意味でのゲットーからは程遠く、文化的に開かれており、総じてラビたちも新しい思想の動きに積極的な関心を寄せていた。だから、近来哲学に対する興味や関心だけで、スピノザが制裁の対象になったとは考えにくい。実際に、破門の事情は不明な点が多く、もっと卑近な事情であったようだ。

このような破門という措置は、ラテン語では、コムニカチオから除斥される意味をあてがわれる。この前提となる、コムニカチオとは、何かを共有している状態を指す。何かを共有していれば、その何かにおいて、自分以外のある存在とのある結びつき、ある浸透が可能となり、少なくともその場面に関する限り、自他の区別や対立を意識せずに生きていくことができる。破門、エクスコムニカチオとは、そうした幸せな状態の外に身を置くことを意味する。それは、自分以外の存在と浸透し合っている状態を失うことであり、その時、相手は、私の延長であることを止め、こちらの要求に応えてはくれぬものとなり、その意味や価値を私自身が改めて一つ一つ決定して行かねばならぬ対象として姿を現してくる。

この破門は、スピノザにとって大変な事件であったと思われる。とくに、ユダヤ人取って破門とは「一種の火刑」に等しいもので、いずれの国においてもいずれの町においても正規の国籍、正規の市民権を持たぬユダヤ人が、ユダヤ人社会という一種の自律的法領から閉め出されるということは、社会的身分、経済の道、そして人間関係の一切を失うことであり、憩いの水際のない砂漠に放逐されることであった。スピノザにしても事情は同じで、彼もまた、自分がそこで生まれ育った生活そのもの、身体的にも精神的にも糧の大部分を得てきた拠り所、最終的には最も安心して甘えて寄りかかっていられた唯一のものから、突然、一方的に切り離されてしまい、手を差し伸べても、何を呼びかけても、何を語りかけても、求める返事が戻ってこないという頼りない感じを味わったことだろう。

事件というのは、いかに大きなものであっても、即ち、如何に大きな動揺を引き起こすものであっても、それは、経験ではない。ある出来事が事件として感じられるのは、それが、その人間の信念の体系から何らかの仕方ではみ出すからである。彼が現に用いているある枠組みでは捌き切れぬものとして、ノヴェルティとして、すなわち新しいものとして、向こうから突き当たって来るからである。それゆえ、ある出来事を事件と感じ、ノヴェルティとして受け取ることは、彼が纏まりある全体として生きていることの証であるが、また同時に、人間の進歩や向上、いや、総じて変化というものに積極的な意味と価値を認める立場からすれば、そうした事件の発生、ノヴェルティの出現は、不可欠の重要性を持つことになる。何故なら、一度出来上がってしまった信念の枠組みは、処理不可能な何かに突き当たって驚かされることがない限り、不活発な自己同一の眠りを果てしなく続けて行くからである。

しかし「哲学は驚きから始まる」という言葉が真理であっても、驚きのみで一切が遂行されるわけではない。ノヴェルティをノヴェルティとして感じることに基礎的重要性があるとしても、そのノヴェルティが枠組みの外側に放置されている限り、それは、アペンディクスの様なものに過ぎず、かつての纏まりは失われたままであろう。ノヴェルティの出現は、人間にとって、一つの宣戦布告である。それはノヴェルティが枠組みの内部に割り込むことを要求するものである。それを無視し、それを避けることは、古い信念の枠組み及びノヴェルティという分裂した要素をふたつながら抱えて生きる道である。それを受けて立つことによって始まるものは、纏まりの回復を目指し、ノヴェルティを枠組みの内部に納める戦いである。けれども、ノヴェルティというのが、元来、当の枠組みの手には負えないものである以上、その戦いは、枠自体の変化、場合によっては全面的な死という代価を支払わなければ決着のつかぬものである。従って、ノヴェルティの挑戦に応じることは、常に必ず、当の枠組みの死という危険の中へ足を踏み出すことである。「経験する」という言葉は、正にこうした事態を指すためのものでなければならない。そして、ひとが、ノヴェルティの挑戦に応じる道を選ぶ時、ノヴェルティは、事件は、枠組みの外側に放置されたアペンディクスであることを止め、新しい纏まりの内部で場所を獲得し、意味を与えられ、ひとつの「経験」となる。このようにノヴェルティを経験にするために、枠組み自体の死の危険を冒した人間にして初めて、あらたな、そして別種のノヴェルティと出会う可能性を再び手に入れることが出来るのである。

2012年6月 6日 (水)

あるIR担当者の雑感(66)~今日は説明会でした!

今日、決算説明会がありました。ここ数日更新ができなかったのは、その準備で心の余裕がなくてのことです。しかし、とにかく終わりました。反省点が多々あったと思いますが。今の時点では、とにかく終わったという、ただそれだけです。表面上の目立つトラブルはなかった。日ごろ、アグレッシブな意見を開帳していますが、実際には、とにかく無事におわると、それだけで、ほっとしてしまう自分がいました。

今回は、中期3ヵ年の経営計画の節目の年となるので、当然、説明会ではその説明も行いました。通常の説明会では決算と今後の展望だけでも手一杯に近いところで、中期計画の説明ともなると、例年の倍の負担、いやそれ以上でした。中期計画など3年に1度です。しかも前は3年前です。だから新たなことを始めるようなものです。しかも、以前にも書きましたが、私の勤め先のような中小企業では、社内ではだいたい意識が共有されているので、敢えて言葉にしなくてもいいことがたくさんあり、極端なことを言うと中期計画など目標数字だけを掲げれば、それで通ってしまうのでした。それを社外のアナリストや市場関係者に理解してもらうため、ロジカルに翻訳するのは、計画を作るようなものでした。しかも、いまのような環境の変化が著しいとき、実は安定した環境で通用してきた常識が通用しなくなってきています。だから、これまでのような3か年計画のままでいいのか、という問題意識もありました。外部の人間にも理解できるように、と言いながら、実はその中で、そういうものも織り込んで、小さくてもいいから徐々に経営に変化への道をつけたかった、ということもありました。公報などと言われ、会社を外部に開示するという日本的なIRとは逆方向の、経営にインパクトあるいはプレッシャーを与えられないかというIRへの試行錯誤です。結果は、どうか分かりません。しかし、このような考えで準備を進めたため、遅々として進まず、負担は倍以上となりました。

今日の会場では、このところ出席してくれているアナリストの人たちが来てくださって、数回続けて出席してくれてました。本当に感謝です。そして、以前、ワンオンワンミーティングお尋ねした機関投資家の方も、数年間興味をもってくれていたようで、今日はわざわざ来てくれて、会場で声をかけるくれると、本当に担当者冥利というのか、うれしいものです。そういう方々がいらっしゃると、会場の緊張感が違ってくるのが、本当に実感できました。

質問が少なかったのは残念でしたが、作成し配布した資料のページ数を指定して、それを基に質問してもらえたのは、今回初めてで、そこまで資料を読み込んで、ツッコミ(失礼!)を入れてもらえたことに、資料を作った者として、すごく緊張しました。きっと、次回から資料を作るときの緊張感が違ってくると思います。そこまで、読まれたら、絶対に手を抜けなくなります。それと、経営目標の数字について根拠を聞かれた質問が鋭いもので、これだけ深読みされると、これからは生半可な精度の数字は出せなくなるというものでした。たぶん、有名企業では、毎回そういう厳しい質問が繰り返されるのでしょうから、それを経験するだけでも、IR担当者だけにとどまらず、経営者にとっても大いなる機会だと思います。今回の説明会で、その一端に触れられたような気がしました。現時点では感触のようなもので漠然としていますが、そういう初めての厳しさを体験できたように思います。

この後、出席された方々から説明会や内容(会社の経営)についての感想や意見を聞くのが楽しみです。直接会社の人間が聞くと、出席された方も話しにくいので、支援会社の人に聞いてもらっていますが。その直截的な意見や、鋭い指摘が寄せられて毎回堪えます。というと失礼ですが、中にはかなり厳しい指摘もしてくれるので、正直落ち込むこともありますが、冷静に考えると至極尤もな指摘なので、参考にせざるをえなくなるのです。これは、直接経営者にも伝えますが、戦戦兢兢としながらも楽しみにしているようです。

現時点では、良かったとも、悪かったとも、評価はできませんが。とりあえず、終わった今日ぐらいは、終わったと言うことだけで、自分を褒めて慰めて、盛り上げてもよいのではないか、とかなり手前味噌なことを書き連ねました。

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