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2012年7月22日 (日)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(2)

第2節 スピノザはホッブスをどう読んだか

1.ネーデルランドにおけるホッブス受容とスピノザ

スピノザがホッブスから深い影響を受けるようになったのは成人した後のことと思われる。自由思想家ファン・デン・エンデンのラテン語学校で、ホッブスの『市民論』や『法の原理』を読んだと思われる。後にスピノザとホッブスは知己の間柄になった推測される。17世紀後半には、二人はヨーロッパにおける無神論の二大巨匠となった。ホッブスの『リヴァイアサン』とスピノザの『神学政治論』が相次いで出版されると、両書はともに、神学=信仰と哲学=理性との分離や宗教からの政治の解放基本理念に据え、教会権力に対する国家権力の優位と個人の信仰の自由を聖書に即して緻密かつ大胆に展開していたから、直ちに各種の教派と敬虔な知識人たちから激しく糾弾された。しかし、時の指導者ヤン・デ・ウィットは良書を擁護した。共和派の主流をなす都市貴族は、商業ブルジョワジーの活動を有利に展開するために、政治権力の教会からの独立を強く望んでいた。そうした視点からすれば、両書は、共和派のイデオロギーとして利用し得るものであり、イングランドにおいては絶対主義体制の擁護者として誤解を受けることになるホッブスの国家思想が、ネーデルランドでは比較的自由主義的で共和主義的な党派と結びついた書物として影響を与えたことになる。しかし。ウィットが無くなると両書は発禁処分を受ける。

17世紀に入っても、オランダ・アカデミズムの世界で支配的だったのは、独立戦争を理論的に支えたカルヴァン主義的抵抗論の思想や、立憲主義に基づく制限君主制、混合政体論であった。こうした状況下に導入されたホッブスの国家論は、オランダにおける政治思想の創出を促すひとつの要因となり転機となった。とりわけ分権主義的であったオランダに衝撃を与えた点は、ホッブス国家論の中の絶対性の理論であったと言われる。

2.スピノザの最高権力と社会契約論

最高権力を社会契約論によって構成するスピノザの議論には、ホッブス国家論の影響が強く見られる。スピノザは、以下のように議論を進める。人間や生物に限らず「各々の物は自己の存在に固執しようと努める自己保存力(contus)」を持ち、人間の場合のconatusは心身の「活動能力」とそこから生ずる様々な感情や欲望である。そこにスピノザは国家論の出発点を定め、各人が自己の意のままに自己の利益を図る自己保存努力を「自然権」と言い換え、各人は「自然権」に基づいてなしうることすべてをなしうる権利をもつとされる。

しかし共同体が形成される以前の自然状態では、各人が感情や欲望のまま行動することによって相手を敵と見なす闘争状態が生じ、結局各人は自然権によって何も得ず何もなしえない。それゆえ、「各人の自然権を、自己及び他者を害することなしに、もっともよく保持するようにすること」を究極目的として「国家」が樹立される必要がある。国家形成は各人の理性による自発的で主体的な契約に基づいて為されるが、その際に各人に自然権の放棄と共同体の形成を指示する自然法は、各人の自己保存追求の計算の結果でもある。従って、の生とは、自己保存力やそこから生じる各種の欲望、感情に対立するものではなく、自己保存達成の最善の道を示すものに他ならない。

しかしすべての人々が利益計算を正しく行い、理性を見出し得るわけではない。無知で公共心にかける「大衆」などは憂慮すべき問題である。それゆえ国家の成立とその後の安定のためには、「すべての人を力づくで強制し、またすべての人があまねく恐れる重罰への恐怖によってすべての人々を制御し得る最高の権力を有する」統治権が必要となる。スピノザは、国家とは、統治権に対するいかなる反対勢力も考えられず、治者と被治者が完全に一致する「絶対統治」の形態を取るべきであると主張し、そうした最高権力を創設するためには、ある特定の一部の人が一定の権利を留保する方式ではなく、ホッブス流に構成員すべてが自己の自然権を絶対的に委譲しなければならないと主張する。

このようにスピノザの最高権力論はホッブス主権論の論理構成と一見極めて類似している。しかし、他方では概念規定の相違をはじめとしたさまざまな異同がある。ここで注目すべきは、スピノザが意識的にその点に踏み込まずに、ホッブスのディスクールに従う形で社会契約論を論じようとしている点だ。ここに社会契約論を哲学上の問題としては扱わないスピノザ独自のパースペクティブが現れている。

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