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2012年7月 4日 (水)

清水禮子「破門の哲学 ~スピノザの生涯と思想」(19)

12.新しいノヴェルティと「経験」の誕生

働きを停止して、謙虚に従順に待っていても、望む観念、望む定義の一つさえ顕現しては来ない、何一つとして「与えられた」ものとなっては来ないという事態は、総じて観念や認識というのを向こうから「独りでに」流れ込んで来るもの、外的な存在からの贈物と看做すスピノザの立場とまともに抵触するノヴェルティであった。それは、また、そうした「与えられた」観念の存在を一つの証とするような、そして、そのア・プリオリな成立が長い間固く信じられて来た、外的存在とのコムニカチオ一般の事実上の不在を開き示したという意味において、一つの新しいエクスコムニカチオであった。そして、それはまた、コムニカチオの可能性の無邪気な承認を含む古い信念の枠組みとの戦いを求めながら、その要求を無視され、したがって、「経験」としての資格も生命も力も認められぬまま、アペンディクスとして枠組みの外に放置され、「漠然とした経験」という形に凍結されて来たあの不幸なノヴェルティ、1656年の破門というエクスコムニカチオのノヴェルティの復讐であったのである。

この新しいノヴェルティも、かつてのノヴェルティと同じ挑戦をする。ノヴェルティ自身を内部に組み込んだ新しい信念の枠組みを作るために、総じてコムニカチオというものの意味と可能性とを問い直し、決定し直す戦いを要求する。そして、スピノザは、今度は、ノヴェルティの挑戦に応じたのであった。ノヴェルティがノヴェルティであることを止め、信念の枠組みの外側に留め置かれたアペンディクスであることを止め、信念の枠組みの内部に場所を得て働きを担うためには、長い期間に亙って保持されてきた信念の枠組みは、変更されなければならない。コムニカチオというものに対する無邪気な信頼は、当然放棄されねばならぬ。

ユダヤ教会からの破門というエクスコムニカチオのノヴェルティは、『知性改善論』における内的なレヴェルでの挫折を俟って初めて、スピノザという一個の纏まりの内部に位置を獲得し、一つの「経験」となる。観念というのは、定義というのは、働きを停止して待つ人間精神のうちに、向こうから「独りでに」流れ込んでるものではなく、したがって、精神と観念の間には、求めるコムニカチオは成立しないという新たなエクスコムニカチオのノヴェルティを信念の枠組みの内部に収め、失われていた纏まりを回復するために、かつて信念の枠組みの死という「危険」の中に足を踏み出したスピノザのうちで、それは一つの「経験」となって行く。以前の枠組みの死によって贖われたこの新しい「経験」の誕生により、総じて世界というもの、自分以外の存在というものに対する態度もまた変わって行かなければならない。外に向かって素直に開かれていた円環は、隙間なく閉ざされて行かなければならない。

世界とか他者というものは、好意に満ちた手を差し伸べて私を包み、私を守ってくれるものではない。私が働きを停止して従順に待っていても、求める観念の一つさえも送り込んではくれないであろう。いや、それどころか、作為も、選択も、評価も、決定も放棄して、端的に開かれたあり方をする限り、私にとっての私自身さえ明らかでなく、私にとっての世界も定まっては来ない。私自身を選択や決定、評価の主体として先ず確立し、確認することなしに、神であれ、人であれ、事物であれ、そして観念であれ、何か私以外の存在との融和を求め、総じて他者からの呼びかけを待つ態度を続ける限り、何一つ決まらず、何一つ得られず、受け身の苦しみや惧れは、何処までも私を追いかけ来るであろう。私は私自身の中に留まり、私自身に固執することから出発し直さなければならない。一つ一つの観念を自分で形成し、自分で表出し、一つ一つの事柄の意味や価値を自分で決めて行かなければならない。私以外の存在と浸透し合うことを自ら断念し、閉ざされた円環となることを、コムニカチオの宣告者となることを自らに課し、一切の責任を負い、自分の行動とその成果とを見定める醒めた意識の重荷に耐えることから始めなければならない。そこからのみ、喜びを汲み上げなければならない。たとえ、そこに生ずるのが悲しみだけであるとしても、私は、そこに悲しみとして把握できる私自身に小さな喜びを見出し、それで満足しなければならない。なぜなら、如何に小さくても、いかに貧しくても、それは私自身のもの、私自身の平和なのであめから…

『知性改善論』の挫折という新たなエクスコムニカチオのノヴェルティが、以前の枠組みの死に贖われて「経験」となり、スピノザが自らを積極的にexcommunicatusとして選び取る必要を自覚して間もなく『エチカ』は書きはじめられた。

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