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2012年7月21日 (土)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(1)

第1章 スピノザと社会契約論─大衆の構成としての社会契約論

第1節 境界人として生きる─漂流する哲学者

スピノザは終生どのような社会集団にも帰属せず、度重なる迫害を迫害とも思わず、一人もの静かに、淡々としかも喜びに満ちた開放的な生活を送り、生涯を閉じた。人間社会には、民族・言語・信仰・・信条・生活・慣習・利益などそれぞれ独自の特質と目的の下に求心力をもって人々を集合させ、それによって一定領域を形成する大小さまざまな共同体、共同性が何時の時代にも存在している。しかしそのような共同体に自己を同一化することなく、共同性の領野の狭間にとどまりながら排他的でも孤独でもなく、国・宗派・階層・職業を問わずさまざまな人々とコミュニケートしえたスピノザのような生き方を貫く人物は「境界人」と呼ばれる。

当時のネーデルランドにおける政治情勢のうちで、近代国家の形成という点で最も重要な争点となっていたのは、連邦制と統一主権を巡る問題だった。同時代で、経済覇権をめぐってネーデルランドと頻繁に戦火を交えていた英仏両国は、その国家形態のあり方は大きく異なるものの、ともに強力な統一主権と国民経済の基盤を持つナショナルな近代国家の原型を整えつつあった。これに対してネーデルランドでは諸州の独立性は強く、世界随一の商業的発展をもたらした自由都市群が強大な自治権を有していた。このような分権的主義的傾向は、単一の主権形成を遅らせ統一的な国民経済の形成を阻んでいたが、反面ヨーロッパの中でも例外的に市民による共和主義的自治を残存させる要因ともなった。アルトゥジウスが、共和国の権力主体は契約によって生ずる「人民」であると中世末期に述べたことに象徴されるように、古典古代とマキャベリの伝統を継承する共和制やその自治主体である人民の概念が強く保存されてきた。その後グロティウスなどを輩出することになる人民主権的自然法思想の潮流は、発展途上の巨大商業資本を背景に持つ都市貴族の自由主義的気質などと結合して、共和主義的なシヴィック・ヒューマニズムの優勢を決定づけた。

とはいえ、ネーデルランド連邦共和国の政治は、必ずしも安定していたわけではなかった。従来から共和国の政治は、各都市・各州の利害対立が交錯し複雑に揺れ動いていたが、独立後も統一的政策の実施は困難な状況にあり、統一連邦議会は政治的決定権を持たない単なる利害調整の場でしかなかった。なかでも土間率戦争に功績のあった軍事顧問的存在であるオラニエ公及びカルヴィニズム正統派と商業資本を蓄え都市や州の高級官職を独占する都市貴族派との二大対立が、激しさを増して行った。丁度、スピノザの思想的営為の大半の期間は、この後者のヤン・デ・ウィットの知性の時代であった。

このように当時のネーデルランドは、旧態依然とした代表制度とごく一部の特権階級による寡頭政治的な支配体制を改革し、共和国に共通する利益を代表する近代的な統一主権を如何に形成するかという西欧諸国に共通する課題を、イギリス、フランス、ドイツなどとは異なる政治的局面において模索しつつあった。この時代的要請に答えるに際して、王権と議会の関係ある世俗権力と教会権力や法王権などの関係の設定に苦慮する同時代の他の政治思想とは異なり、スピノザは独自の問題の立て方をしている。スピノザによる政治論の目的は、国家の最高権力とその制度とが「大衆」の感情と力にどのように依拠し構成されているのか、あるいは一見非合理的な発現形態をとるように見える大衆の政治的力が、現実にはどのような法則に則っているのか、その力学と合理的再編の方向と方法を知ることに定められた。こうしてスピノザの国家論は、「最高権力」と大衆という二つの問題を軸に繰り広げられることになるが、スピノザの炯眼は、問題解決のための最も重要な理論的素材を当時の主流であった共和主義や混合政体論にではなく、ホッブス国家論に求めたところにある。

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