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2012年7月 5日 (木)

あるIR担当者の雑感(71)~アナリスト・レポートを書いてもらうために(5)~会社が分かって後で、それとも前に?

この投稿も、続きものの様相を呈してきてしまいましたが、傾向として私は話が長くなるようです。前の投稿から少し時間が空きましたが、前回ではレポートを書くとかどうこう言う前に、その前に会社のことが分からないと、それ以前の問題ではないか、と変な議論を捏ねくり回しました。それで、今回は、それに続いて、会社のことが分かっても、それがレポートに結びつくわけではないのではないか、ということについてまた捏ねくり回した議論を始めます。

当然のことですが、セルサイド・アナリストの書くレポートというのは単なる企業紹介の目的で書かれるものではありません。その内容に企業紹介が含まれているにしても、その目的は株式の銘柄を推奨するためのものです。だから、アナリストがレポートを書くには、その会社が、アナリストにとって責任をもって推奨できると確信できると評価されなければならない、と言えるでしょう。ここで、さらに議論を捏ねくり回しますが、アナリストがこういう評価をするためには、その会社がどういう会社かということをアナリストが理解していなければ、評価できない。そういう段階を踏むのではないかと思います。これは一種のモデルでしょう。しかし、アナリストすべての会社を理解して、その中からレポートを書くべき会社を評価しているわけではないと思います。実際には、すべての会社を理解するなど物理的に不可能です。だから実際には、ある程度目星をつけて、会社のことを調べ、というのが実際の所ではないかと思います。また、会社のことを調べ理解すると言う作業と、評価していく作業は別々ではなく、同時併行で進められるし、相互に影響しながら進められているのではないか、と思います。

以前の投稿で、会社を分るというのは大変な作業で、アナリストにレポートを書いてもらいたいと会社の側で本気で望むなら、その作業に必要な情報を揃えるくらいは実行しなければ、本気になっているとは言えないのではないか、書きました。でも、アナリストにとっては、いくら会社が情報を揃えて、どうぞと本気になって望んでも、その会社が評価できない会社、投資対象としての魅力がなんら感じられない会社であれば、進んで会社のことを理解しようとするでしょうか。そうなると、たとえ会社の側が本気でも、それは徒労に終わってしまうことになります。

IR担当者がいくら本気で頑張っても、そもそも会社そのものに魅力がなければ、担当者の努力は徒労に終わるという結果しかないことになります。これは、メジャーな大企業は別として、とくに新興市場に上場している比較的地味な企業のIR担当者ならば、一度は感じたことがあるジレンマではないかと思います。IRのセミナーなんかに行くと、講師の先生らしき人が、いかにも勿体ぶって、企業価値を向上させるためにIRなどというお題目を述べられますが。それらしき概念図のような説明をされますが、IR担当者の現場にいる者にとっては、IR活動を展開しようとしてそもそもの企業価値に足を引っ張られ、具体的に何をどうすればいいのか、そういう先生は何も教えてはくれません。そもそも、実際に企業価値を向上させていかなくてはならない義務をおっているのは経営者であり、またそれができる権限もあるのが経営者なのですから、一介のIR担当者風情には、そんなお題目は却って空しく聞こえることもあります。このことは、担当者にとって、IRとは何をすべきかという、かなり本質的な議論になるので、別の機会に書いてみたいと思います。

で、今回のテーマに戻ります。仮に、前回の投稿との関連から、ここではアナリストがとりあえず会社を分ってくれた、というところから始めたいと思います。しかし、分かっただけでは、レポートを書いてもらうにも足りず、アナリストが積極的にこの会社のレポートを書こうを思ってもらうことが必要になると思います。それは、アナリストがレポートを書く、そもそもの目的を考えれば、アナリストはレポートを書くことによりその会社の株式を投資家にすすめることになるわけです。そうした場合、責任をもって進められるか、あるいはリスクを覚悟しても進めたい会社であることが前提になるのではないかと思います。しかし、ここでIR担当者としては壁に直面することになるはずです。だって、そもそも、そういう会社自体の企業価値などはいち担当者が一朝一夕に変えられるようなことではないのです。では、途方にくれるのか。(個人的には、正面からでは無理であるにせよ、この壁は乗り越える可能性はあると思います。敢えて言えば、それを乗り越えようとすることがIRという仕事の本質にある、というよりも会社員たるもの、すべての仕事がそのことに通じているのではないかと思います。それを本気で考えないようならば、腰掛と言われても仕方がないと思います。これは本題は無関係でした。)

ちょっと待ってください。そこで立ち止まって考えてみて下さい。本当に魅力がないのか。だとしたら、このことを真剣に悩んでいる当の担当者は、なぜ悩むのでしょうか。魅力のない会社にいる人がそのようなことで悩むことがあるのでしょうか。本気で仕事をしようとするでしょうか。そこで担当者が悩んでいるのは、会社に魅力がないということではないはずです。だって、悩むほど真剣に仕事をしているということは会社を愛しているからこそであり、それは会社にそれだけの魅力があるからに他ならないからです。と、すれば担当しとしてすべきことは決まってきます。

以前、会社を分ってもらうためには、担当者自ら会社を明確に分かる必要があると書きました。そのことと同じように、会社の魅力を分ってもらうためには、担当者自身がその会社に対してどのような魅力を感じているか深く掘り下げてみることが、先ず必要ではないかと思います。ただし、中途半端な掘り下げでは、他人に分かってもらうことはできませんから、通り一遍のことではなくて、本質的なところで自身がこの会社で働いている意味まで問われるほどの覚悟で掘り下げていく必要があります。また、客観的には、まがりなりにも会社が存続し上場するまで成長してきたわけですから、そこに必ず、会社の強みとか、投資家にアピールできるウリがあるはずです。それを、見つけ出し社内外の人々に知ってもらうことができるはずです。アナリストが気づいていないか、経営者が気づかず社外にアピールできないか、現時点でアナリストに興味を持たれていない会社にはそれなりの理由があるはずですが、ひとつには、そういう隠れた何かかせ必ずあるはずで、それを見つけられていないだけなのではないかと思います。例えば、日本電産と言う会社の永守さんという有名な経営者がいます。このひとは傾きかけた会社を買収し、リストラをすることなく好業績に立て直してしまいます。きっと、この人はそういう会社の隠れた強みとか何かを見つけて、それを生かすのが上手いのではないかと思います。

これで自分なりのものを経営者に当たってみるか、あるいはIRの資料に忍び込ませて呼んだ人に浸透させるか、アナリストにぶつけてみるか、色々やり方はあると思います。仮にアナリストにぶつけてみて、「そうだ!」などとは返ってこないでしょうが、人間ですから受け止めてくれる人はいるはずです。そこで、もし、やりとりのきっかけになれば、後のプロセスで隠れた魅力を見つけ出すことはできるはずです。というよりも、そういうやりとりが始められた時点で、アナリストは関心、あるいは興味を持ち始めているはずです。たぶん、そのこと自体が会社の魅力の一端であることになっているからではないかと思います。

また、読みにくく、分かりにくい文章になってしまいました。もしかしたら、IRに関わる人でも、こういうことには興味をもてないか、そもそも何を言おうしているか理解できない人もいるかもしれません。今回は長いだけで、本質的なこと(今回は本質と言う語をやたら使ってしまっています)アナリストが企業に魅力を感じるとはどういうことか、ということには触れられませんでした。

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