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2012年8月

2012年8月31日 (金)

あるIR担当者の雑感(85)~プレゼンテイション考

私の勤め先では、個人投資家向け説明会を企画しています。新しい試みをしようと試行錯誤を繰り返していのるは、以前にも、ここに書いた通りです。その準備もかねて、個人投資家に声をかけてもらって集客してもらうために、先日、証券会社の支店の営業員向けにプレゼンをしてきました。支店の店舗内でのプレゼンなのでパワーポイントは使わずに、レジュメを配り、口頭でプレゼンを行いました。その後、アンケートでプレゼンに対する意見や感想を募りました。その中で多かったのが、私のプレゼンがレジュメの通りに話をしなかったので、どこを話しているのか、レジュメの該当箇所を探すのに苦労したという感想が多かったことでした。私には、軽い驚きでした。

レジュメは単なる目安で、そこにとくに内容があるわけではないものです。説明の直前に配られても、さっと目を通せば、大体のことはつかめるので、あとは話をメモする時のメモ用紙代わり程度のものと思っていました。だから、レジュメの通りに話すなどというのは、頭にありませんでした。だいたい、学校の講義にしても、講演にしても教科書の通りの授業が面白かった験がないし、事前資料に書かれていることだけを講演で話している講師は手抜きでしょう。わざわざ、ライブで肉声を聞くということは、その場でしか聞けないことが聞けるからであり、話し手も聞き手を見て、どの程度の人々か見極めた上で生の話をするものだと思っていました。基本的にプレゼンもライブですから、聞く人反応を見ながら、話しのポイントを考え、聞く人の興味を引き出そうとすると、予め用意した順番通り話をすることは、その場のライブを殺すことになってしまうと思っています。

決算説明会でも、説明資料をつくりパワーポイントの画面をプロジェクターで投影していますが、社長には、その通りでなくてもいいから、自分の言葉で話して下さいとお願いしています。単に画面を読み上げるだけなら、来た人にとって時間の無駄です。

そう思っていたところが、レジュメの通り話さないことに対して、否定に近いコメントが多かったことは、上で私が時間の無駄といった形式的なことを志向している人が多いのでしょうか。そういえば、営業員が売込みの際にパワーポイントで作成したものをプリントアウトして持参し、そのページのとおり、それを読むだけで説明をしていると思っている人がいることに思い当たりました。私の場合は、そういう営業員の説明は、自分の言葉で話せていないことが明白なので、話を聞く以前として勉強してから出直してもらっています。

ところが、資料の通りの説明というのは、そういう、つまらない話の方が安心して聞くことができるということなのでしょうか。未知の話だからこそ知りたいと思うのだし、話についていけなかったら、それはそれで失敗というそれだけのことですが、予め、話す内容が分っていて、そのまま話があったというなら何の驚きも発見も失望もないわけで、単なる資料の確認でしかないように思うのですが。

たしかに、パワーポイントを駆使して、プロジェクターで投影した画面を使ったプレゼンには、そういう傾向があります。そのプレゼンで使用される言葉がリスクを回避したお役所言葉になっているケースがおおく、資料を見ていれば分かる内容を大袈裟に読んでいるだけというものが多いです。こういうプレゼンなら5分ほど時間をもらって資料に目を通して、プレゼンは省略して質疑応答に時間をかける方が生産的のように思います。私の偏見かもしれませんが、パワーポイントによる弊害というものではないかと思います。

アナリスト向け説明会や機関投資家とのミーティングでは、そういう形式的なプレゼンは時間の無駄ということになりますが、個人投資家に対する場合は、ある程度しょうがないのか、こういうことこそが、個人投資家を馬鹿にしていることの現れなのか、分かりませんが、プレゼンをどのようにするのか、今、思案のしどころです。

2012年8月30日 (木)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(4)

第1章 『エチカ』が提起する問題

アリストテレスにとっての倫理学

倫理学という学問分科でアリストテレスが探求したことは、プラトン以来の「最高善」であると言われている。しかし、実際には、彼は、エーチカという学問の中で、このような抽象的で、理念的なことを探求するよりは、むしろ、いっそう現実的で具体的な対象を設定していた。彼はこの学問において、人間活動の目標である幸福はいかにすれば実現するかを探求した。いつの時代にも、倫理学というと、道徳義務論と混同されがちである。しかし、アリストテレスは倫理学を人間の幸福追求のための学問と定義したのである。これはたいへん長い射程を持った倫理思想で、時代をはるかに超えて、スピノザにも受け継がれた。人間の幸福という視点から倫理学を見るということは、究極のところ、人間的欲望の実現を倫理学の目標とするということになる。倫理学は、人間的義家を定める学問ではなくなって、いわゆる道徳論からは切り離される。むしろそれは、人間的自由を追求する学問となり、現代で言えば、経済学や政治学の目標と重なってくることになる。人間の幸せを実現するためには、単なる精神論では、まったく済まず。もっと物質的で、きわめて多面的なものを基盤にしなければならないからである。人間の安全と食料確保という「幸福」のことを考えると、これは自然科学の目標の一つにさえなっていると言っても過言ではない。

学問用語としてのラテン語

『エチカ』はラテン語で書かれている。ラテン語は当時の一般大衆が使う言語ではなかった。キリスト教が4世紀初めに支配者の体制的宗教となるとともに、一般大衆から遊離し学問的になって行った。もともとキリスト教では神を信じるということはロゴスを信じることとされた。ロゴスとは言葉とか論理とかいう意味だ。このイエスの時代の公式言語であったラテン語によって宗教教育が行われていた。一方、学問の世界では公式言語として共通言語を必要としており、ラテン語はそれに応える者であった。これらの点から、『エチカ』は純粋に学問と学問に関わる人々に向けて書かれた書物であると言える。スピノザが使用している専門用語はアリストテレスを尊崇した時代にうまれたキリスト教の神学用語であった。

もともと、スピノザの家庭ではポルトガル語とスペイン語が話されていた。だから、スピノザにとってラテン語もオランダ語も母語ではなく習得した言語だった。この時代、印刷術の発展により読者層が広がり、庶民の言葉で書かれる著作が増えていた。その中で、『エチカ』がラテン語で書かれたのは、秘教性のゆえとも宗教弾圧を恐れてのこととも考えられる。

スピノザの倫理学はなぜ神を論じるのか

スピノザが倫理学の究極目標として掲げたのも、人間の幸福の実現だった。しかし、スピノザの場合は、厳密な条件が付いている。彼は人間の「真の、最高の幸福」、言い換えると人間の「絶対的な至福」を探求し、それに到る道筋を明確にしようとしたことということである。人間の幸せに、「絶対的」という形容詞をつれるのは、スピノザが「真理」を意識しているからだ。つまり、彼が構築しようとした倫理学は、人間の最高の幸福にかかわる真理に根拠づけられもので、その意味では、ある種の科学と言える。だからこそ『エチカ』は数学的形式を採用した。

このような目標を掲げた時に、追求すべき課題は二つある。まず、人間を包んでいる環境としての世界の法則を探求しなければならない。スピノザはそれを神と言い換えている。だから、第一部は神の本性を確定することに向けられている。万能にして普遍の、存在する神とは世界であり、「神即自然」である。したがって神の本性は自然法則と同じだ。スビノザの鋭い論理一貫性は、神に対する人間の淡い期待をも否定する。つまりも、神は人間の一般的な幸福や幸福願望と縁もゆかりもない、というのである。自然の一部に過ぎなす人間が自然を左右できないように、神の一部にすぎず、しかも、極めて限定された一時的様態に過ぎない人間存在には、そもそも神に対して、神信仰と引き換えに、自分たちの願望の実現を依頼することなど出来ない。となると、ここで重大な倫理学上の大転換が起きる。すなわち、神は人間の幸福を願ってなどいないということだ。人間が勝手に想像で作り出した神像では、神の正義は、必ず「義」とされた人間、したがって、倫理的で有徳な人間を救うことになっていた。いわゆる奇蹟というものはこのようにして起こる。しかし、スピノザにとっては、無機質の自然が通常の倫理的規範を一切守らないように、神もまた、人間あるいは人間の理性にとっては、ある意味で無慈悲、無機質なものだ。

自然の力を前にして、それに思うがままに翻弄される人間は、経験上、あくまで被害者であり続けることに利益を見出すものだ。もしも、万事が人間の責任において起こっていると考えると、あまりにもしばしば生じる災厄のすべてに、人間は対処していかなければならなくなる。それは、人間の物理的力量を逸脱している。神が怒りの神に見え、神が人間に対して劫罰を加えようとして、悪魔を手先にしているように見えてくる。恐怖とストレスで、人間は気の休まる暇もない。人間の堕落を咎めるプロテスタンティズムが持つ圧倒的な暗さの原因はここにあると同時に、人間が最大の禁欲である労働にいそしまなければならないと衝迫される原因もここにある。しかし、人間の責任を問い続けるプロテスタントの近代的教義においても、従来通り神による奇蹟と罪の許しが現世において用意されているカトリックの教義においても、人間は、つねに被害者であり続けられるのである。

2012年8月29日 (水)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(3)

『神学=政治論』から『エチカ』へ

『短論文』のなかで、示された神観と人間観は、『神学=政治論』のなかに横溢することになる。スピノザによれば、人間の自然権とは、神即自然から直接人間が得た権利であるが、それにもかかわらず、それは善なるものではない。むしろ通常の感覚では、したがって通常の倫理学では、悪に分類されるものである。スピノザの妙である。スピノザは、自然権を次のように定義する。「自然の権利および自然の法則は、それぞれの個性の本性の諸規則そのものであり、それぞれの個物は、これらの諸規則に従って、一定の方式で存在し、活動すべく、自然から決定されているのである。それぞれの個物は、自己の状態にとどまろうとする最高の権利、または自然から決定されている通りに存在し、活動する最高の権利を持っている」それは「あたかも猫が獅子の本性の諸法則に従って生きるべく義務付けられていないのと同様に」、人間はある一定期間を「欲望の衝動にのみ従って生活する」ということが起こる。この欲望の世界では、「争いも、憎しみも、怒りも、欺瞞も、拒否されない。要するに、衝動がそそるいかなることも拒否されていない」のである。ちなみに、欲望は人間精神にのみ適用される衝動のことである。それにしても、欲望の世界は、暴力と争いが満ち満ちている世界だ。

この忌まわしい世界像からスピノザの天才的把握が導き出される。彼は、人間の能力を過大評価しない。また、人間の理性により、考えられる法律や規則、そして法則の力をも人間性に即しているような力の限界を超えたところに持っていかない。徹底したアンチ・ヒューマニストのスピノザは、人間をも神即自然のごく小さな一部としか見ていない。したがって、個々の人間の欲望は勿論のこと、個々の人間の暴力も、それぞれ自然の制約のうちにある。自然界には寿命というものがあるし、人間界には病気がある。飢餓もあるし、食糧不足もある。災害は多発するし、事故は毎日のように起こる。人間の欲望と力は野放図を意味しない。それは自然界の鉄の法則に封じ込められている。

ただし、スピノザは、徹底した物理主義者であったから、何が力を大きくし、何が新たに力を産みだすかを知っていた。多数であり、多数者の再生産である。人間の場合は、要するに人口である。しかし、人間の場合はバクテリアと違って、素早く再生産できないし、増加もそれほどのスピードではない。そのうえ、大事なことは、個々人が精神的な存在でもあるので、それぞれが自分の能力を最大限発揮して、エゴイスティックに欲望充足を追及するという厄介な本性を持っていた。つまり、自然界においては、数が力であるのに、その数の多様性を実現するには、人間の孤立した欲望が邪魔をするのである。

スピノザは、そこで「狼」人間が「仔羊」人間に自然にへんかしたことを発見する。つまり、人間の孤立した欲望はかなえられることはない。人間ひとりで満たすことのできる欲望は皆無に近いと言ってよい。それは、生物的個体としての人間の宿命だ。人間は、分業と交換によってしか、おのれの欲望を満たすことは出来ない存在なのである。つまり、人間とは、本質的に社会的存在なのだ。脳髄の知的作用を最大の武器とする限り、この宿命から人間は、逃れることは出来なかった。人間には理性という能力が備わっている。理性は、人間存在の長期の持続を図るうえで、人間利害の共通性を発見させてくれる有力な武器である。この利害共通性をスピノザは、人間にとっての「真の利益」、「真の効用」と言い換える。

だが、「理性の命令のみに従う」人間は、ごく少数である。人間は、一般に、自分にとって「善と判断したことをあきらめるには、より大きな善への希望とか、より大きな損害への恐怖とかがなければならない」のである。これが「人間本姓の普遍的法則」だ。力学的法則ではある…。つまり、スピノザによれば、人間は、その本性からして、自分にとって利益になる道を必ず選ぶというのである。人間本姓は、そもそもこの功利主義から成り立っている。なにごとにつけ、個人の最大利益を保証することが当人に社会契約を守らせるための最大の動機となる。また、契約者自身の、重大な利益放棄を伴う社会契約がいったん交わされた以上は、強力な打撃力で、契約破りに不利益をもたらさなければ、契約を人間に守らせることなどできない。人間本性を冷静に観察すれば、そもそも、信義にもとづいて約束を永久に守り続けることなど、およそ人間には不可能だし、また、そのことを人間に期待してもいけない、ということである。そこで、人間は、自己の自然権を最大限享受するために、自然に人の集団を形成し、集団のルールを定め、まずは食糧生産と食糧確保にいそしむことになった。肝腎なことは二つあった。ひとつは、生産を強化拡大することだ。もうひとつは分配つまり欲望充足にかかわる規制の強化だ。こうして、生産強化と分配ルールの遵守に成功した人間集団だけが地球上に生き残ることになって、今日に至った。

つまり、「相互の助け合いなしでは、必然的に、惨めきわまりない状態で、理性を涵養することもできないままに生きていかねばならないことを考えた」人間は、「安全安心ととともに、最良の状態で人間たちが暮らすためには、必然的に努力と希求をひとつにしなければならないこと、したがって、各人が自然から与えられていた、すべてのものに対する権利を共同で所有するようにしなければならないこと、こうした権利が各人の力と欲望によってもはや決定されることはなく、むしろ、万人の一致した能力と意志によって決定されるようにしなければならないことを」完全に理解したのである。たしかに、スピノザは、人間の欲望を完全に充足するためには、このように、人間が団結し、あたかもひとつの肉体であるかのごとく、人間全体が一体化する必要性があると考えた。

スピノザは、この問いに対する答えも用意していた。だが、さしあたり、この答えは、集団のリーダー、いわゆるピッグマン向けの答えになっている。人間が個人的利益を捨てて、団結するには、そうした方が人間の利益になることを人間が発見することが重要である。つまり、最大多数を団結させるためには、人間同士のあいだに利害の共通性があることを個々人に発見させ、個々人に人間の共通の利害性あるいは共同性を自覚させる必要があるということである。ところで、人間性の共通性とは、もちろん人間本性のことであり、人間存在の真理性のことだ。こうして、スピノザの倫理学は、人間の真理発見能力およびそれらを秩序正しく整える哲学的能力と完全に結び付けられるのである。したがって、スピノザにあっては、倫理学は認識論となる。スピノザは、リーダー向けではない、大衆向けの答えも用意していた。それが最初の方で検討した市民社会の倫理としての神信仰であり、倫理と呼びたくなければ、市民社会の宗教であった。実に、この神とは、人類の利害共通性、人類の共同存在性の言い換えなのである。国家並びに社会はあらゆる手段を動員して、大衆に公益が最大の個人的利益であることを教え、大衆に公益を守らせるように規制していく必要がある。そうでなければ、欲望と力に支配されている大衆は、みずからの自然権、したがって、また、みずからの人間本性にしたがって、つねに集団を解消させる分散力として働くからである。

2012年8月28日 (火)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(2)

真理と虚偽について

真理と虚偽について、スピノザは『短論文』の最後の方で、この問題を次のように解説する。「真」とは、「事物について、事物そのものと一致することを肯定か、否定か」で答えることを意味する。したがって、「偽」とは、それとは逆に、「事物について、その事物そのものと一致しないことを肯定か、否定か」で答えることを意味する。だから、真偽というのは、その人間の信念や意欲の問題であって、嘘をついているかいないかは、問題ではないのである。真偽問題を、いわばこんな奇妙奇天烈な形で提起した思想家は、空前にして絶後であろう。また、真理を語るために必要な自由というのは、至高のものでも、最高のものでも、最強のものでも、無制限なものでも、無制約なものでもないということである。自然法則や社会法規を自分の意志や信念の赴くままに、勝手に破る自由は人間にはない。「本当の」真理は自己基準だからである。

 

残酷なカント

いまや、人間がつねに真理を語る自由を持った存在であるのかどうかを問わなければならない。言い換えると、人間はつねに真理を語る義務があるのかどうか、嘘をついてはいけないのかどうかを問わなければならない。

人間の自由をどのように見なければならないか。この問題を考えるために、近代性を超克したスピノザの自由観とは正反対の立場に立つカントの意見を聞く。彼は、人間の自由について、それを至高のものと見なし、すべての人間にア・プリオリに与えられているものだと断言した。しかし、カントが言う人間の自由には、制限が付いている。それはね自由の代償として、最高の道徳行為を持たなければならない、というものである。彼は、いついかなる時でも、人間は良心に恥じない道徳的な振る舞いをすべきだと説いた。人間の行為の善と悪、正義と不正、真と偽は、すべて、人間の先験的自由に属するものであるからである。「先験的」という形容詞は、「経験を超えた」、「超越的な」という意味であり、その意味で絶対的なものを指す。カントは人間の自由を周囲の自然環境からも切り離す。カントは、人間には「先験的自由」があるのだから、犯罪者が「正気」で、「自由を行使していることを覚えていたのなら」、犯罪の責任は犯人に帰すると言いたいのである。しかも、不正義の行いをする自由も、不正義の行いをしない自由も人間には与えられているから、当座の欲望にそそのかされて、不正義の行いをしない自由も人間には与えられているから、当座の欲望にそそのかされて、不正義の行いに走るのを拒否しないのは、その人間の責任だとカントは言いたいのである。このような超越的な自由を行使する義務がつねに人間にはある。さらに、人間の性格も、本人が「自分自身で手に入れた」ものである。個人の性格は個人が責任を負わなければならないのである。どこまでいっても犯罪には個人責任がつきまとう。つまり、ここで人間に与えられている、罪を犯したり、犯罪に走ることを拒否したりする自由は、実は無制約で高貴な至高の自由なのだ。ここでは、人間の犯罪行為の責任という分かり易い問題が提起されている。であるのに、自然必然性にあらがう人間の至高の自由が問題になるのはなぜか?それは、人間主体が行為を、みずからの責任と選擇において、主体的に行うものだということが前提とされているからである。しかし、人間主体の行為は、白紙の状態で行われるのではない。必ず、なんらかの外的環境の制約を受ける形で行われる。そうすると、たちまち、人間の自由と外的必然性との関係が問題になるのである。要は、どちらかの力が強いのである。

カントの自由の定義からは、いついかなるときにでも、人間は自分の行為について責任を取らなければならないという、凡百にありがちな結論が出てくる。人間に与えられた自由は、「自然法則」にも、時間的継起の秩序にも囚われないという。この自由観はスピノザのそれてはまったく相容れない。また、この自由のカント的定義からは人間はいつも真理を守り、嘘をついてはいけない、という義務を生じる。したがって、理性は、行為に対する経験的与件がいくらあっても、それ自身完全に自由であって、彼の行為、理性がこの際、何もしなかったということ、すなわち、理性の不作為にすべてを帰されねばならない。このような人間の能力を過大視する人間中心主義は、諸刃の剣となって、人間に負えもしない責任を転嫁する残酷な反人道主義に転化する。

これに対して、人間の能力を決定的に奴隷的で受動的なものと見るスピノザは、アンチ・ヒューマニストであるがゆえに、人道主義者である。彼は、真と偽を人間の有限な能力の問題に還元し、それを神即自然の真理から決定的に切り離す。神即自然の真理は、有限で一時的な人間の行為からも無縁であり、ましてや人間の意志とか欲望とかと、まったく関係がないのだ。もっと言えば、神即自然の真理は、真理でもなく、現実そのものでしかない。神即自然では、すべてが真理で、偽というものがないから、結局、真理もないということになる。だから、一般的に言われている人間の真と偽は、人間の認識だけにか

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(1)

序章 スピノザの奇妙さ

スピノザの生涯とその倫理学・哲学における業績は、非常に奇妙なものであり、例外的で、風変わりなものと言える。例えば、彼の倫理学には、排除すべき悪人も、悪行もなく、推奨すべき人も、義人も、守るべき道徳律もないのである。それでは、現実の善悪は何であるかというと、それは、一定の期間持続する、ある方の人間社会の法律に照らして決定されているもので、要するに、人間が決めた限界つきの価値判断に過ぎない、というのである。時代が変われば、新たな犯罪が生まれたり、犯罪であったものが犯罪でなくなったりする。だから、根っからの犯罪者、本性からの善人、永遠不滅の罪など存在しない。存在するのは、生きるために最大限努力している存在物の必然的行為だけだ。その努力の一環が人間によって、善行と呼ばれたり、悪行と称せられたりしているにすぎない。

犯罪や刑罰などは、人間が作り出した概念であるから、天然=自然には、犯罪も刑罰も存在しない。天然=自然では、力の法則が貫徹されるから、強いものが弱いものに勝つ。「犯罪」を「作り上げる」仕事を担っているのが警察であり、そして、刑罰も人間が考え出したものである。裁判官が罪を認定した場合には、被告は報復を受ける。刑罰は神が下すのではない。だから間違いもあるし、不釣り合いな量刑もある。そうすると、「本当のこと」は、人間にはわからないのではないか?というよりはけしろ、「本当のこと」も、真理とか言われていることも、人間がつくったものではないか?それは作り話とどう違うのか?

犯罪も、刑罰も、有徳も、不正義も、嘘も、まことも、みな人間の頭で考えられたもので、現実の存在物ではない。現実はこんなレッテルを貼って往来を闊歩しているわけではない。人間が現実に向かって、レッテルを用意し、それをぺたぺたと現実に貼り付けているだけなのだ。

しかし、「本当の」真理は存在する、とスピノザは言う。

 

はじめから奇妙さ

彼が初めて神と人間について考察した『神、人間、人間の幸福に関する短論文』のなかに、すでに、凝縮して現われている。スピノザは、こう書いている。「すべてのことが必然である。自然の中には、善も悪もない」。そのことから、人間が考えている「全と悪は頭が考え出した」相対的観念であり、「実在するものではない」という結論が出てくる。例えば「ある人間が」悪いというのは、より善い人間と比較してのみ、言えることである。したがってあるものが善いと言うとするとなら、そのことは、この種の物事についての、われわれが有する一般的概念とその物事が合致していることを意味しているにすぎない」。絶対的な価値としての善なるものも存在しないし、絶対的な価値としての悪なるものも存在しない。現実にあるのは、我々が考えている基準に即して、より善いか、より悪いかである。ここのところの区別を峻厳にしないために、人間社会にはとんでもない偏見がはびこり、それが現実にとんでもない結果を齎していると、若きスピノザは考えていた。

偏見の第一は、既成の宗教が推奨し、既成の信仰が持っている神観である。一般の人々だけでなく、神学者や聖職者は、神を人間的イメージで捉えている。だから、この世のなかに悪がはびこる原因を神の責任に帰している。しかし、スピノザの内在主義的神観では、神は、万物をその「無限に完全な属性」のもとで包摂している「存在」に他ならない。言い換えると、「自然のすべてのことが神に帰せられる」から、万物は、そのままで、本質的に完全であるということである。そもそもの善悪がないというのは、この意味においてである。思考と現実の区別は、現実の変革に役立つ。なぜなら、善、悪、罪などは、存在物に密着し、存在物と本質を同じくするものではないことになると、そうした事態は、いわば事物の見え姿ととなり、修正可能となるからだ。偏見の第二は、この世の中に無駄なものが存在し、本質的に価値のないものが存在すると考えてしまうことである。その裏返しに、この世の中には有益なものが存在し、本質的に価値ある物が存在すると考えてしまうことである。現代でも「価値観」と言われる思考は、この罠に陥り易い。第三に、神は、人間の賞罰とは無縁であり、無関係であるということである。したがって、預言も、神による裁きも必要ない。だから、人間の法律は破ることができても、神の法律は侵すべからざるもので、そもそも人間には、それを侵犯する能力も力もないから、神がいちいちその権限を行使することなど、はじめから考えられないのである。神は、人間のやっていることに一切関与しない。従って神を信仰することは、別の意味を持ってくることになる。スピノザは、神信仰に七つの効用を挙げている。それらはすべて、市民社会の倫理にかかわる事項である。

(1)神の法則に従わなければ、「われわれが独自になしうることなど皆無に近い」。神即自然の法則にしたがったときにのみ、人間は偉業を成し遂げることができる。

(2)偉業を成し遂げても、「われわれが成すすべてのことが神に帰される」から、神信仰は、人間を「傲慢にならせない」ように仕向けている。

(3)すべての人間存在が完全であることから、われわれのあいだには「隣人愛」が植えつけられる。他人を助けて、他人が「よりよい状態で暮らせるように」することを望む気持ちに人間をならせる。

(4)裁判官のえこひいきがなくなり、人間を「援助し、改善させるために」賞罰や有罪判決がくだることになる。

(5)「悲しみ、絶望、嫉妬、驚愕、その他の悪感情からわれわれを開放する」。

(6)神に対する「恐れをなくさせる」。神は最高善であり、われわれの存在を支える実体であるからだ。

(7)一切は「神に帰す」わけだから、「われわれの永遠の安寧と福祉は神への真の奉仕にある」。それゆえ、われわれは、神を真に崇敬するようになる。

2012年8月26日 (日)

あるIR担当者の雑感(84)~信託銀行って本気で仕事しているの?(2)

私の勤め先では、この6月に某信託銀行のすすめにより従業員持株会ESOPを始めました。このあと、毎月、信託において自己株の買付を進めています。このようなインセンティブと言われるスキームは、ストックオプションもそうですが、会社の株価が上がることで、これを利用した人が収益を得るという仕組みです。従業員に対して行うということは、株価が上がれば、巡り巡って自分の個人的な利益になるわけですから、仕事に頑張ろうという動機付けとなるというのが建前です。

で、株価はどうかというと、例えば日経平均株価は、今年に入っていくら上昇したでしょうか。これを見ていると、株価ははたして上昇するのかと疑ってみたくなるのが普通ではないかと思います。とすると、インセンティブということで導入した、ESOPやストックオプションに関して、本来の目的である受けた従業員なり役員が株価上昇に向けて努力するという環境になっていないのではないか。つまり、インセンティブ導入の効果は上がっていないし、期待できないということになるわけです。未だ、短期的なところではありますが、導入は成功していないということです。この責任はだれが負うのか、と犯人捜しをするつもりは全くありませんが、直接には、これは資本政策の一部でもあり経営判断に属することなので経営陣ということになるわけですが、スキームを進めた信託銀行は責任を免れるのでしょうか。多分、契約書には免責条項が明記されているので、直接には責任はないということになるはずです。しかし、資本政策を進めているプロなら、時期とか売り込み先の状況を分析、判断して、顧客にとって有利なものになるという判断をしたからこそ進めているはずです。その判断が誤っていることは当然ありでしょう。人間の行うことですから。しかし、それなら、判断を誤った理由を説明する義務が、道義的にあるのではないかと、私は思います。顧客の資本政策にタッチして長年にわたり信頼関係を構築していかなければならないということなら、当然あってしかるべきだと思います。また、そういう判断をすることなく、進めたということなら、それは実質的な詐欺と言ってもいいのではないか、と思います。

私の勤め先で導入したESOPは5年という期間を設定しているので、今後、好転する可能性はあると思いますので、今すぐ、どうだと騒ぐのは野暮の極みでしょう。

しかし…、と思うのです。まともな経営者であるなら、上で述べたようなことは当然気になっているはずです。自らの経営責任に繋がるものです。効果が上がらない資本政策を強行したことで株主から責任を追及される可能性もあるわけです。このような場合、スキームを進めた信託銀行にとっては、ESOPを有効にするために資本政策を提案して、売込みができる絶好のチャンスであるはずなのに、なぜ、そういうことを行おうとしないのか。株価が上がらないのなら、株式分割で株主を増やしましょうとか、IRの支援を売り込むとかチャンスはいくらでも広がると思われます。

こういうことを考えていると、そもそも信託銀行とか銀行とか証券会社は、こういうスキームを商品として、上場会社に売り込んでいますが、スキームを届け出たり、書類を作ったりするという手続きだけはできる(以前にも、このブログで書きましたが、私の勤め先で契約した信託銀行はその手続きも十分にできませんでした)けれど、本来、どういうスキームなのかということが理解できていないのではないかと思えて、しょうがないのです。だから、事務手続きのミーティングの場で、「なぜ?」という質問に答えられない体たらくになってしまうのです。

だから、最近の株主総会でストックオプション議案が機関投資家に反対されてしまうようなケースが出てきていると思うのです。こんかいは、文句になってしまいました。

2012年8月25日 (土)

生誕100年 船田玉樹展─異端にして正統、孤高の画人生(5)

第4章 孤高の画境へ

大病に倒れ、身体が不自由な状態となって、リハビリしながら画業を再開したというのは、たしかに、伝記的事実として鬼気迫るものがあります。だからと言って、そういう不自由な状態で描いた作品が素晴らしいかというと、それはまた別のことです。(何か、こういう書き方は船田に対して悪意があるように誤解されると困るのですが)展覧会の展示では、その辺りの区別がはっきり意識されていないため、孤高の巨匠が不自由な身体のなかで描いた執念の作品というゆうような観方をどうしてもしてしまう。この船田という人の作品には、どうしてかそういう“ものがたり”を付随させてしまう何かがあると思います。それを、そういうものとして作品を楽しむための、言うなれば、アクセサリーのようにして楽しめばいいのでしょうが、制作している画家もそのことは意識的にされていなかったと思います。例えば、現代の松井冬子のように、絵画そのものというよりも、そこにいかに付加価値を加えていくかということが意識的に行われ、見る私たちは、そういうオマケが追加されていくのを楽しむことが、その作品を追いかける大きな魅力になっているのですが、船田には、そういう戦略性がないだけに、却ってたちが悪いという考え方もあると思います。だから、一連の洒脱風な河童の作品は、私には面白くない。何か惨めったらしい、というのか。画家本人には、そういう意図はまったくないのでしょうが、観ている私の側からは、同情を買おうとしているさもしさといった感想を抑えることができないのです。それは、河童の周囲に弁解のような下手くそな字で書き連ねなれた文が助長されます。

この一連の文章を読んで不快感を持った方もいらっしゃると思います。勝手なことを言って、と。船田の作品は、すべてが傑作とは思わないけれど、ほとんどすべての作品が、観る私に向かって正面から対峙するように迫るという面があると思います。そして、こう問いかれられるようなのです。「おまえは、どうなのか」と。黙ってやり過ごすことを許さないような雰囲気があって、この展覧会を通して見るのは正直疲れました。

そもそも、絵画作品が何かを伝えるとは、どういうことなのでしょうか。ここでも、私は安易に“伝わってくる”というような書き方をしています。例えば、言葉ならば、話される内容というのが比較的はっきりしているものです。また、音楽のようなパフォーミングアートはプレイする側と受け取る側があって、そこでコミュニケイションが成立するように見えます。しかし、絵画の場合はどうなのでしょうか。画家が作品に何かの思いとか感情とか理念を託して制作し、それを見る者が受け取る。といった、記号のようなものとして絵画を捉えているでしょうか。たぶん、そう考えている人は少ないと思います。作品は、ある程度、独立したものとして見ているという人が、ほとんどでしょう。(ただし、画家の伝記の方が主でその情報の確認とか、作品の解説を理解するために絵画を見ている人等は、ここでの考えの対象から外します)だから、作品の迫力などといった場合は、そこに込められた作者の感情の迫力ではなくて、作品から感じられるものです。それは、具体的には、構図や色遣いやいろいろいな画面上の工夫が観る人にそういう感じを抱かせる、という、いわば効果です。クラシック音楽の世界で、モーツァルトという著名な作曲家は短い生涯で膨大な手紙を残しています。その中で、彼は、自分の作品について、それが聴衆に与える効果について事細かく説明しています。そこには、感情をゆすぶられるとか、感動するといったような、今でもお決まりのことは、全く触れられていないのです。例えば、ある個所で三度転調した場合と七度転調した場合のインパクトの違いとか、ある場面ではクラリネットとオーボエの音色のどちらが効果的か、とかそういうことばかりです。彼の時代の音楽が聴衆を喜ばすエンターティメントだったと思われるかもしれませんが、モーツァルトはクラシック音楽を代表するような大作曲家です。今回の記事では、なかなかそうは行っていませんが、これまでも見てきた展覧会のことを書いている時、上述のモーツァルトの手紙ではないですが、できるだけ個々の作品の画面を追いかけて、そこで実際に受けた効果を語ろうとしてきました。とくに、今回の船田玉樹の場合は、日本画ということもあって題材が限定されてしまうため、何を描いたのか、ということよりも、どのように描いたのかというによって特徴が分かるタイプの画家だと思います。つまり、より効果いうことにウェイトを置いた画家ではないかと思います。そして、効果という点について、さらに考えてみると、人々というのは一様にできないので、効果といっても、どのような人を対象としているかという、対象の限定が必要になってくると思います。とくに、船田という画家は、画業の初期より前衛的というのか、突飛な変わったことを試みていた画家だったので、当時の一般的な美術鑑賞者、実際に作品を買ってくれたり、展覧会に金を払って見に来てくれる人だけを対象に限定していなかったと思います。そこから外れる人としては、既存の作品に物足りなさを感じる人や美術の世界に入ってこない人たちです。多分、師匠である古径という人たちとは、対象がずれていたのではないか思います。ちょっと話は、脇道にそれますが、サッカーというスポーツで名プレイヤーといわれるAさんの言葉で、「パスは人に向かって出すのではない」というのがあます。サッカーの試合で選手と選手との間でパスのやりとりがありますが、そのパスを送るため、ボールは相手に向かって蹴っていないといいます。では、何処に向けて蹴っているのか。誰もいないところです。そこに味方が走り込んで、そのボールを受取るようにトラッピングしたときにパスは成立するのです。ある人が、サッカーが誰もいないところにパスを送るのは、可能性に向けてなのだそうです。ここで話をもどしますが、船田玉樹の対象とは、このサッカーのパスのような、未だ誰も来ていないところ、しかし、誰かが走ってきて受け取ってくれるような可能性のあるというものだったと思います。だから、初期の「花の夕」という作品は突飛だけれど、これだ!というのが分かり易い。今回、このような文章を書きながら、船田でグーグル検索すると、画像検索では、この作品ばかりが出てくるのです。つまりは、パスは受けられている証拠です。しかし、それ以外の作品は、ほとんど検索でも引っ掛かりません。「花の夕」が強烈すぎると考えましたが、他作品には「花の夕」に負けない強烈なものは沢山あります。しかし、なぜか「花の夕」だけがネットで検索にひっかかるのです。また、作品一覧に作品の所蔵先が空白がほとんどとなっています。これは、パスが可能性のままで現実に受け取られていないのでは、と思うのです。そのことをパスの送り手である画家が認識していたとは、どうも思えない節がある。今回の展示も、第1章に「花の夕」展示されていて、それをポスターにあった絵だと見て、底で終わってしまって、後は付録のように回ったという人も多かったではないか。それは主催者の意図でもあったのか、「花の夕」だけがやたらと強調されていたのも確かです。その意味では、この展覧会のポスターや惹句には、違和感を持ちましたし、船田が故郷に戻って以降の作品にはズレと、展示方法への違和感を感じたという展覧会でありました。

2012年8月24日 (金)

生誕100年 船田玉樹展─異端にして正統、孤高の画人生(4)

第3章 水墨の探求

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前回の最後のところで見た「滝」をめぐる様々な作品が、私には船田の創作のピークではないか思えてしかたがないのです。もともと、線を引いたり、色を塗り重ねたりすることが楽しくてたまらない人が、日本画とか西洋画とか、きまりとか、゜なんかという描くということに派生して重要なことと思われてしまっていることを、それに反抗するでもなく、意識するというのでもなく、何にも考えず、手の赴くままに筆が走ってしまった結果、沢山の線や色を重ねたのに出来上がったのは単純化された画面でした。しかし、よくよく凝視してみると、そこには驚くほど沢山で様々な線や色の重なりが小さな綾を無数に、しかも何層にもわたってつくっており、その深みにはまると、抜け出せないような複雑さが隠されています。大袈裟な比喩かもしれませんが、地表の谷となって水が流れているところは、その地下に何層もの太古からの地層が積み重なって、しかも谷をつくるような地殻の動きがあったということは、底の奥深くにはマグマが蠢いているわけで、そういう地下深くまで掘り下げ、地球の根源的なマグマの一端まで迫っているのではないか、と思わせるような、見る者を掴んで離さないものがあります。

しかし、その反面、このような世界は広く間口が開かれたといは思えません。前回も書きましたように、この画家には他人に描いた作品を見てもらうということが頭の片隅にあったのか、あったとしたら、それはかなり限定された人のことしか頭になかったのではないかと、思わせるところがあります。端的に言えば、取っ付きにくい。ましてや、日本画という世界は、言うなれば限られた人々の中で、定型的なやり取りが形式化されているような世界に見えます。大きく言えば、この国の絵画鑑賞も同じようなものですが。そのなかで、こういう作品を誰が見るのかということです。そういう配慮がない、よく言えばナイーブな行為も、現代では独りよがりと突き放されてしまう可能性が極めて高い。もっとも、個人に独立した内面とか才能とかがあって、その赴くままに行動する奔放な天才芸術家というような芸術家の捉え方は、近代市民社会の極めて限定された時期に、限定された地域でのみ仮初に生きていたことでしかなく、船田はそのようなあり方をあえて突き進んだ誤解野郎と言えるかもしれません。

しかし、このピークを過ぎ、くも膜下出血で倒れてもなお、筆をとろうという執念には、伝記的事実としては関心しますが、それを物語として、消費者に押し付けるようなところは、作品の価値とは別物ではないかという反発も起きるのです。ただ、執拗な描き込みに、「これでもか、これでもか」と迫ってくるような迫力は、たしかに一部の作品では感じられ、そういうすばらしい作品を貶めるつもりはありません。水墨画に関しては、今言ったような竹1本1本を際限なく描き込んで、画面を埋め尽くすような、まるで1本1本の竹が画面を浸食するような迫力を感じさせれるものはべつとして、もともと、沢山の色を重ねて、重ねて絵の具の層が分厚くなってしまって、様々な色が混ざった結果、黒っぽくなってしまったというのが、これまでの船田の作品だったと思います。だから、その黒は豊かなヴァリエイションと多様さを秘めたものだったと思います。これに対する水墨画の黒はそういう色の要素を削ぎ落とした無彩色の黒で、それまでの船田の行き方と正反対の方向性です。そういうことで、画面の構成とか題材とかが大きく変わったかというと変わっているようには見えない。なかには、竹林や松、枝垂桜のような、黒の線とか、濃淡を分けた線を重ねることで迫力を産み出していますが、それ以外は、お稽古のような感想しか出てきませんでした。

この回顧展を見て感激したという方が、このような文章を読まれると不愉快に感じられるかもしれませんが、素晴らしい作品は素晴らしいです。しかし、全部がすばらしいとは言えない。この回顧展の展示を見ていると、とくに2階の展示からは、船田の伝記的事実からものがたりを紡ぎ出して、それをバイアスに展示品を見るように仕向けられている、何となく押し付けがましさを感じ、そういうものを削ぎ落として作品に接したいため、こういう書き方になってしまっていると弁解させてほしいと思います。そういうように、作品と向き合うことを見る者に強いるようなものが船田の作品には、あると思うゆえです。

2012年8月23日 (木)

あるIR担当者の雑感(83)~アナリスト・レポートを書いてもらった後で

先日、あるアナリストの方と食事の席に同席する機会があり、いろいろと興味深い話を聞いてきました。そのアナリストの方は、私の勤め先の会社の企業レポートを書いて下っている方で、説明会にも出席いただいたり、会社にも取材で来ていただいたり、話をする機会が何度あった方です。何度も、そういう場で話をしているうちに、お互いに考え方とか、姿勢は理解してきたと思っています。

そのような関係のアナリストの方と、先日、お会いして、ある程度飲み、かつ、食事をしながら話していて、実は、ついこの前、その方に最近のレポートを書いていただいたところだったこともあり、その書いていただいたレポートについても、話をすることができました。そこで、レポートの内容に関して、執筆したアナリストの思いや、対象となった会社に対しての思い、あるいは、あえてレポートに書かなかったこと、他にレポートを書いた会社と比べて私の勤め先はこうだ、というようなこと様々なことを聞くことができて、大変勉強になった、というか有意義な時間を過ごすことができました。

私は、これまで、このブログの中で、アナリストにいかにレポートを書いてもらうか、ということを考え記事をアップしてきましたが、それだけでなく、レポートを書いていただいた後も実は、考えるべきことがあるのではないかと、思いました。いままでは、レポートを書いていただければ、大成功!目標達成!のような感じで、それがゴールと思っていました。しかし、そうではないと気が付いたというわけです。

アナリストは、人間ですから、機械的にレポートを書いているわけでなく、レポートを書いている企業に対しての何らかの思いとか意見を持っているものだと思います。そうでなければ、企業の業績を分析するだけでなく、今後の経営を予想し評価などできないと思います。(これは、アナリストが主観的な基準、例えば好き嫌いで企業を評価しているというのではありません)例えば、ある企業の将来を予想し、それに対してポジティブな評価をするということは、その企業に対して期待をかけるということに外なりません。そのときに、経営者の資質とか企業が本気で取り組んでいるかとか分析データでは測れないような要素も入って来るでしょう。その時には、実際に企業を訪問したり、経営者と話してみると言った、データとは直観的なものも入ってくると思います。また、経営というのは常に動いているので、たとえ直近といえどもデータが役に立たない場合もあります。そのため、アナリストもレポートを書いている企業に関してデータだけにとどまらず、直観的に捉えたものとか何らかの思いといったものを持っているのではないか。レポートは、データが重要な要素ですが、文章で企業の内容や状況を説明するものですから、書く人にとっては一種の表現でもあります。また、レポートを書く場合には紙面スペースの制約や、レポートということで書けないことなどもあると思います。そのような諸々を考えてみると、レポートとして出来上がったものは、いうなれば氷山の一角に過ぎず、実は水面の下には見えない巨大な氷の塊が沈んでいるのではないかと思います。それを、執筆した当のアナリストから話を聞くことができないかと、思うのです。もしかしたら、執筆したアナリスト自身の方にも、実は話したい人もいるのではないかと思います。

それらのようなことから、レポートを書いてもらったら、そのレポートについての思いとか、レポートで書きたかったことや、書けなかったことなどを、執筆者であるアナリストと話をすることができないかと、感じました。そのようなことは、IR担当者から経営者にレポートが報告され、その内容を説明する時に、よりよくアナリストの意図を伝えられるのではないか、と思うからです。

というのも、私がIRという業務の上で取材を受けたり、説明会に来ていただいているアナリストの方々は、真摯で、とくに企業に対して成長して銘柄としてとしても伸ばしていきたい、というような姿勢を保っている方々なのです。そういう方々が企業レポートを書く際には、そのような姿勢が反映していると思われるからです。つまり、そういう方々の書くレポートには、企業が成長していくためには、これが課題だという指摘やこういう施策もあり得るという提言が隠されている場合もあるのです。そういう企業に対する叱咤激励がありながら、それを放っておくということは、書いた方にも失礼だし、何よりも企業にとってもったいない。本来、レポートを読み込むことで、それが十分に出来ていなければならないし、取材などでやり取りしていれば、アナリストの姿勢や考え方は何となく分って来るものです。といっても、実際に当人の口から聞くと、それは全然違ったものとなります。

レポートをアナリストに書いてもらうということは、IR担当者にとっては、大変重要なことですが、レポートを書いていただいて、そのあと、そのレポートをどう活かすか、というところで企業の力量の差が出てくることになるのではないでしょうか。

2012年8月22日 (水)

生誕100年 船田玉樹展─異端にして正統、孤高の画人生(3)

第2章 新たな出発

戦後船田は故郷である広島に帰り、そこに居を構え、中央画壇とは距離を置きながら自由に制作をしていきます。

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基本的に、この人はデッサンというのか器用なことは苦手なのかというほど、上手くないので、風景のなかで建築物のようなきちんと描かないとサマにならないものは下手です。「雪の九品仏」という作品は院展で入選したそうですが、ちっとも面白くないお絵かきにしか見えません。しかし、画面を白絵具で塗り潰そうという面はいいのですが、お堂がサマになっていないので魅力半減です。似たような題材なら「雪の灯ともし頃」と言う作品では、建物をうまく省略して、雪の積もった屋根を中心にすることで、白のグラデーション効果を生かした作品になっています。

その後、院展などからも遠ざかって広島に引きこもってしまったようです。さて、前回、この画家について過度のものがたり化を避ける旨を書きました。そのことについて、この展覧会の出品リストを見てみると、この時期以降の作品は大部分の所蔵先が空白になっています。つまりは、作品としては売れていないということです。広島県立美術館などいくつかの美術館で所蔵されていますが、それでこの人は画家として生計が立ったのでしょうか。そうだとすると、この人はプロなのか。誰のために画を描いているのか、ということが切実さをもって画を描いていたのか。疑問に思われるところがあるからです。そうでなければ、こうしてわざわざ作品を見に来ている私は何なのかということになるわけです。他人に見せることを、最初から考えないで自分のためだけに画を描くというのを、否定するものではありません。しかし、そういう人はアマチュア、いうなれば素人です。中には、その中でも天才が現れることもあるでしょうが。プロの画家として画を描くということは、その作品を見てもらえること、見てもらえる人のために描くというのが前提ではないかと思います。それがあって初めて、その作品に金を払ってもらって、その対価で生活していくのが本筋のはずですから。そういう姿勢が、ないものは単なる独りよがり、あるいは才能の排泄物となんら変わりはないはずです。“孤高の”というような大仰な形容詞のついた展覧会ポスターに対して、警戒感を抱いてしまったのは、そういう理由です。

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船田の戦後の作品として展示されたものを見ていると、例えばサイズの巨大なものが多く、しかもたいへんな迫力のもので、これをいったい何処に飾るのか、ということを画家本人は考えたことがあるのか、と疑問に思いました。まして、解説のところで院展から大きい作品ばかりということに反発して院展から離れてしまった、というエピソードを読んで、誤解を誘うものではないかと、思いました。多分、画家本人は、あんまりそういう細かなことは考えない大らかな人ではないかと思います。周囲が孤高とか、そういうことを煽っていたのではないかとも思います。もちろん、私がここで書いていることが絶対的に正しいということではありません。船田の作品から感じられる大胆さとか、力強さという面には、大変魅力を感じることには吝かではないのですが、彼にとって、他者というものが見えていたのか。価値というのは相対的で、人と人との関係から徐々に固まってくるものと、私は思っています。例えば商品の価格は市場で交換されるときに、どのようなものとどのくらい交換されるかということで、売る人と買う人が合意して初めて決まるものです。誰かが一方的に決めて、それで通るというものではないと思っています。船田の作品を見ていると、作品の価値は船田が絶対的に決めているという印象を拭いきれません。(もっとも、いわゆる芸術作品はそういうところが、たいていは少なからずあるものです)作品を売らなくても裕福な家で食べて行けたのか、教師とか別の職業で生活していたのか。それは分かりませんが、日本の近代以降のメジャーな画家たちには、一部を除いてそういう切迫感が感じられず、船田も例外ではないということでしょうか。仮に、現代の作家ならば、村上隆が芸術起業論で明らかにしているような、新しいユニークなことをしている場合ならば、このコンセプトを人々に理解してもらうために最善を尽くし、その結果として作品を人々に見てもらえることになるということを自覚して、そのための努力を惜しまないということになるでしょう。解説などを一通り読んでみても、船田にそういう努力をした形跡は見えません。ただし、これは商業主義とは、また別のことです。

しかし、そのようなことがあっても、自らの才能の赴くままに線が縦横に伸び、絵の具が塗り重ねられていった様を見るのは、楽しいことに違いありません。閉塞状態というと語弊があるかもしれませんが、こんなにもエネルギッシュで、伸び伸びとした、描く喜びが伝わってくるようなものを見ると、それはそれでポジティブな姿勢になれるのは確かです。

例えば「梅」という作品の大胆としか言いようのない梅の幹や枝の描き方。安土桃山時代の狩野永徳の襖絵を彷彿とさせるような豪壮で力強い描線は、まるで墨が暴れ回っているかのようで、江戸期や明治の日本画が洗練を極めて行った一方で無くしていった奔放さで、見る者を圧倒してきます。

また、竹林を描いた作品は1本の竹の図案を画面いっぱいに描いて、まるで画面の竹が増殖しているような印象さえ受けるしまう位、その量に圧倒されます。一般的な日本画の竹林の風情とは全く別の、そこまで無数の竹がこちらに迫ってくるような数で圧倒され、だんだん竹林ではなく抽象的な図に見えてきてしまうのです。

滝をさまざまな季節にさまざまに描いた作品群(展覧会では画像のように滝の画をまとめてひとつの壁面に飾っていました)あるものは、キュビスムのような描き方だったり、以前によく試みていた一色のグラデーションで描き切ってしまったり、厚く絵の具を塗り重ねた立体感溢れるものだったりと、まあ、よくもこれほどと感心するほど豊かな作品のバリエーションなのです。悪意で言えば節操がないほどです。特定のスタイルとか理念とかに凝り固まっていると、こういうことは出来ないだろうと思います。これはひとえに、ひとつの滝を様々に見えてしまう、画家の豊かさがそのまま作品として結実しているものではないかと思わせるものです。

2012年8月19日 (日)

生誕100年 船田玉樹展─異端にして正統、孤高の画人生(2)

第1章 画業の始まり




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船田が画業に入ってから戦後までの作品が展示されていましたが、はっきりいって習作というのか、いわゆる日本画らしい日本画は、私にはちっとも面白くないです。日本画をよく知らないので、船田の師匠として紹介された御舟も古径のよく見たことがないので、2人の作品の違いもよく分かりません。だから、利休だか誰だかの人物画は下手なデッサンの塗り絵みたいだ、何か借りてきた猫のようでした。それは、その後の「花の夕」を見てしまってからいえることなのでしょうが。そこで感じるのは、“らしく”描けないというのでしょうか。どんどん筆が動いて行ってしまうのを、かろうじて抑えているという感じがします。

古径は繊細な線が特徴だそうですが、この「花の夕」を見ていて、繊細な線があるでしょうか。樹木の幹にしろ、枝にしろ、むしろ骨太で、陰影とか立体感とか、遠近とか、あまり気にせず一気に引いてしまったというような力強さです。幹の下の方は、陰になっているということからか真っ黒な太い線です。でも、花が咲いているだけなら、そんなに陰になるはずはないので、画家がそのように線を引きたかったとしか思えません。そして、花です。何の花か分らない。というよりも、本当に花なのだろうか。一応の日本画の屏風で、木の幹が線で引かれていて、そこに紅色の丸がボタっとあれば、花と思うでしょう。それで花だということで見ています。でも幹に比べると不自然に大きい、では果実かというと、そんなに沢山ついているのはおかしい。そもそも、花とはいっても、花弁が描かれといるわけでもなく、ただボタっと紅色の絵の具が丸く塗られているだけ。それが、画面を覆い尽くすようにボタっ、ボタっと無数にある。紅が朱にと多少の色分けされているけれど、この原色のような鮮やかさ、一緒に展示されていた御舟や古径の作品と比べるとショッキングなほど刺激的に目に跳び込んできます。見る人によっては紅梅だ(ところどころに白の塊もある)とか桃の花だと言う人もいるようですが、抽象化された花という見方もあるようですが、あまり面倒なことを考えずに、紅い塊の塗りの迫力に素直に圧倒されていたいと思います。私には、画家が嬉々として紅い絵の具で画面を埋めていく様子がなんとなく想像できてしまうのです。実際、後年には、こんなものではない程、もっと徹底して画面を埋め尽くすような作品がどんどん出てきます。このころは、未だ全部出し切っていなかったのではないかと思います。

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「花の夕」ですが、画像では目立たないのですが、真ん中右手に白い大きな丸が描かれています。多分、月なのでしょうが、樹の幹の前に出てきているという不思議な構図になってます。こんどは、その上に花の紅いボッチが置かれていて、その対照が、幹の黒、月の白に対して花の紅が一際目に強調されていて、そういう目で見ると、下半分の余白と、上半分の紅いボッチで埋め尽くされた部分の対照が絶妙で、おそらく、そのために後年の作品のように、見る者を疲れさせてしまうことから免れているのだと思います。

同時に、歴程美術協会で一緒だった丸木位里らの作品も比較のために展示されていますが、似たような大作で画面を塗り固めるような作風ですが、どこか重苦しい、硬い感じが強いします。これは船田の作品からは、ほとんど感じられないものです。

1941年の「紅葉」も下半分の、紅葉というよりは紅い靄、というよりは紅の絵の具をとにかく塗りたかったかのような、風景が赤のグラデーションだけで描かれているのは、圧巻です。上半分の山の風景(もしかしたら家の屋根?)が、かろうじて日本画らしさを取り繕っている感じですが、焦点は全体の3分2を占める下の紅い世界です。赤一色の世界で赤のグラデーションで木々や紅葉の葉っぱの様子が描き分けられています。画像はありませんが、並んで展示されていた「夜雨」は夜のお堂に降る雨を黒一面の画面で黒のグラデーションで描き切っています。

大作「大王松」は、果たして松の画なのかどうかわからないくらいに、松葉の緑の線が縦横無尽に引かれ、その快感に翻弄されるような作品。

戦後に描かれた「暁のレモン園」は夜明け前の暗がりの中で、レモンの黄色がまるで灯かりのように光っているように見える。全体の闇が立ち込めるように群青のような濃い青のグラデーションでレモンの葉や茎が描き分けられています。この作品はレモンの黄色というアクセントがありますが、「紅葉」は紅で、「夜雨」は黒で、それぞれ画面全部を塗りきってしまう、そしてその塗りきった色のグラデーションを用いて、内容を表現しているとても印象深い作品です。これらの作品を見ていると微妙な色彩の塗り分けに、単に大胆とか力強いだけではない、繊細なセンスも持ち合わせているのが、わかります。しかし、それが繊細だけで終わらず、大胆な画面の中で隠し味のように活かされているのを見ると、この画家の力量の奥深さが分かるような気がします。

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船田の作品を見た私の印象は、全く作風も違うのですが、ヴァン=ゴッホを想ってしまうのです。とくに、この「暁のレモン園」は色調が似ているので、有名なゴッホの「ローヌ川の星月夜」という作品を想ってします。たんなる一個人の独断的な主観によるのですが、思わず画面を厚く塗ってしまいながら、重苦しいとかそういうことは感じずに、純粋に絵とか色彩の力強さが伝わってくる、デッサンは下手な所も似ているし、それよりも画家の本能的とでもいうような頭で構成するとか、コンセプトを考えるというのがなくて、筆が自然と進んで行ってしまったら、こんなものが出来てしまったというような感じが、何かとてもよく似ているような気がしました。ゴッホのそうですが、船田玉樹という人も生涯やエピソードからものがたりがふくらんで誤解を受けやすい気がします。今回の展覧会のコピー文言も、下手をすると誤解を招くかもしれないことに、多少の危惧を感じないでもないではありません。私は、この画家の実際の人を知らないので。無責任なことは言えないのですが、あまりものがたりをつくる必要はないのではないか、例えば孤高の画家、とかいうような、そんな気がします。実際には、そうやって売れないと困るのでしょうが。

生誕100年 船田玉樹展─異端にして正統、孤高の画人生(1)

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2012年 8月17日(金) 練馬美術館

夏休み中ではあるけれど、都心のセミナーに出かけなければならない。幸い、セミナーは午後3時からなので、少し早めに家を出て、練馬美術館に寄ってみることにした。西武池袋線の中村橋という、都心から少し離れ、自宅からは距離があるため、なかなか出かけにくい場所で、敢えてそのために無理して出かけるのもどうか、しかも、この猛暑の中で、ということで、ちょうどよいついでとなったので出かけることにした。美術館は駅前の商店街の裏を抜けてすぐのところで、公園の中の静かな環境の中にあった。しかし、夏休みで子供向けのワークショップが開かれていて子供が走り回っているのと、節電の関係で近所の老人たちがロビーに涼みに来ているのとで、美術館にしては雑然としていて、なかなか落ち着いて作品に対峙することができなかった。また、なかなかペースが掴めない中、展示作品数が多いのと、各作品の密度が濃いので、全部観て回るのに時間が足りなくなって、最初にざっとみただけで時間が足りなくなってしまったのは、とても残念。とはいっても、濃厚でこってりした作品の数々に徐々に満腹感がつのっていったのも事実で、しかし、意外に食傷することはなかったけれど。

船田玉樹という画家については、私はよく知らないのでパンフレットの文章を引用します。

「船田玉樹と聞いて分かる人は、よほどの日本画通。と言うのも、後半生のほとんどを郷里広島に隠棲して中央画壇から遠ざかっていたからです。1912年、広島県呉市に生まれた玉樹は、最初は油画を学ぶために上京しますが、琳派の華麗な作品を見て感銘、すぐに日本画に転向します。最初の師は、かの天才日本画家、速水御舟でした。しかし、まもなく御舟が没したため小林古径に師事。そこで、まずは謹厳な線描と端麗な色彩を駆使した日本画表現を学んだ玉樹でしたが、その後、1938年からは岩橋英遠や丸木位里らと「歴程美術協会」を結成して、シュルレアリスムや抽象主義などを積極的に取り入れ、日本画を基礎にした前衛表現を戦中まで追求しました。いわゆる、日本画のアヴァン・ギャルドとして名を馳せたわけです。しかし、戦後は、郷里の広島にひきこもって創作を続け、岩絵具や墨のみならず油彩やガラス絵など様々な画材とひたすら向き合った作品を残しました。その作品は、御舟や古径の芸術の精髄を正統に受け継ぎ、精緻にして絢爛、端麗にして華美、そして豪胆そのものです。さらに驚くのは、60過ぎの時、クモ膜下出血に倒れ右半身が不自由となりながらも、右手で筆を持つことにこだわり、油彩による自画像を描く習練からやり直し、やがて大画面に樹木の枝を繊細な筆致で捉えた作品を描くまでになったのです。そして、1991年に78歳で亡くなるまで、その晩年にいたってますます豊かに華やかになっている、こんな画家は過去に若冲や鉄斎くらいではないでしょうか。」

ちょっと引用が長くなりました。美術館のパンフにしてはかなり持ち上げていますが、それだけキュレーターの思い入れがあるということでしょう。ここで紹介された経歴や展示されている作品をざっと見通すと、この紹介の文章の通りなのですが、意地悪く言えば、節操がないとも言えます。油絵を志し、琳派の作品を見てひょっと日本画に転向、正統的な日本画を学びながら流行の最先端に飛びつくという具合です。軽薄な奴といってもいでしょう。というよりも、船田本人はあっけらかんとしているのかもしれません。あまりスタイルにこだわると言う人ではないようです。それは後で紹介しますが、滝を連作で描いた作品群で、よくまあ、これだけと言えるほど様々な作風で描いています。しかし、それらに共通しているのは、画面全体にわたって、それこそ隅々まで描き切ってしまっているということです。ふつう、日本画というのは、画面の一部に描き込み大部分を余白にして、そこを見る人に想像させることをします。そこから、風情とかわびさびとか、いろいろな要素が生まれてくることになるわけです。しかし、船田の作品はそんな余白が全くありません。描線や彩色で画面全体が埋め尽くされている、そんな印象なのです。そこから感じられるのは、描いているのが楽しくてしょうがないというような意欲で、余白なんかもったいない、そんな余裕があれば描いてしまおう、とでも言うような描くことに対しての欲求の漲りがかんじられるのです。これは、理論とか理念というような頭で考えことではなくて、画家の本能的なものなのでしょう。だから、大画面に描線や色彩で埋め尽くされたものが見る者に迫ってきても、強迫されるようなものは皆無で、重苦しさとか感情的なもの、心理的なものは全くないのです。神経症的なものが多い近代以降の芸術というもの(があったとして)、これほど爽やかといっていいのは珍しいのかもしれないと思いました。つい、数日前に現代作家の安藤正子の展覧会を見てきましたが、彼女の理論云々ではなくて、自己の感じたままに従って描くタイプの作家に見えましたが、船田ほど楽天的に徹底できなくて、どこかで考えている目線を感じさせられ、これでいいのかと自問するような留保がどこかにあるような感じがしました。それが、彼女独特の抑制された画面を形づくっているかもしれませんが。船田とは時代が違うといわれればそれまでですが、人物の破天荒さのスケールが違うかもしれません。きっとこの人は、周囲の人を振り回し、かなり迷惑をかけたのではないかと思います。しかし、当人はそれに気づいていないというような人だったように想像してしまいます。

そういう意味では、展覧会ではいくつかの時期を画して、スタイルの変遷などを追っていますが、表面的なスタイルは変わっても、首尾一貫してぶれることはなかった画家だと思います。展覧会では

第1章 画業のはじまり

第2章 新たな出発

第3章 水墨の探求

第4章 孤高の画境へ

と分けて展示されていました。

この後は、その章に分けて、個々の作品を見ていきたいと思います。

2012年8月18日 (土)

安藤正子─おへその庭

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夏休み。床屋さんで髪を切ってさっぱりしたところで、品川まで出向いた。暑い中、品川駅から御殿山まで歩き、住宅地の中で美術館を探す。住宅を改造したようなつくりで、地味な外観の美術館だった。

 

                           

 

受付で入場券を買って、エントランスに飾られている『貝の火』。鉛筆画です。タイトルから宮澤賢治の童話のメルヘンチックな絵を想像すると、題材はそうと言えるかもしれませんが、その描線にとにかく引き込まれて、描かれている題材よりもその線の動きに魅入られてしまいます。この作品では動物の毛の描き方、そのふんわりとした質感がすごい。

 

さらにギャラリーに入ってギャラリー1は鉛筆画が7点飾られています。

 

例えば、展覧会タイトルともなった『おへその庭』の鉛筆画(べつに同タイトルの油彩画がギャラリー2に飾られています)。とにかく、その線、極細の薄く引かれた線の1本1本が繊細で、それらが細密にひかれ絡んだり、揃えて引かれたりと、その線の様相とか、時に躍動的だったり、時にほのかに輪郭が仄かにボカされる。それが集約的に見て取れるのが、子供の髪の毛のところ。くせ毛というのか、乱れた髪の毛の11本が、幼児に特有の柔らかく細い髪の毛が丁寧に描かれていて、微細で、これだけのものを描くのに、どれほどの労力と時間がかかったのかと思うと、凄絶としか言いようがない。ホームページに掲載されたインタビューでは線のひとつひとつを描いては、サンドペーパーで削ったり様々な処理をして、それこそ1本の線に精魂を傾けて描いているようなのです。それが距離をおいてみると、自然でそういう痕跡が全く見えません。彼女の作品で多く描かれている題材は子供や植物、あとは鳥や猫のような小動物で、それらに共通しているのは、柔らかな生地の物体で、このような線を最大限に生かせる題材ではないかと思われるほどです。それほど、この線の繊細さ、精緻さは、特徴的です、私には。このギャラリー1に展示されている鉛筆画を見ていると、描かれている題材とか、内容とか、そういうものは、どうでもよくなって、画面に引かれた無数の線が作品をかたちづくっている様を見ることだけに浸っていたい、それこそが快感と感じさせられます。

Andouoheso


しかし、それだけではない。それは『おへその庭』もそうですが、繊細な線が微細に引かれ構成され、柔らかく描かれた子供の姿、というだけでは終わらないのです。それだけに終わらない、なんとなく不気味な感じもするのです。それは決して露らさまというわけではないのです。例えば、子供の目がなんと空虚に見えることか。光彩まで細かく執拗なほど描きこまれているのですが、白眼いえるほど、白地が目立ち、眼の解剖図を見ているようですが、生き生きとした生命感のようなものが感じられません。また、子供のとっているポーズはそれはそれとして愛らしいのですが、まったく動きが感じられない。写真で瞬間を切り取った静止とも違う、まるで昆虫標本でポーズをとらされているような感じなのです。題材としては、愛らしい、ほのぼのとしたものになってもいいものなのに、全体から受ける印象は、寒々とした不気味さでした。

 

そういう視点で作品を見直してみると、作品の特徴として真っ先にあげた線というものの存在感の過剰さが気になってきました。素材が全体を侵食しているというのでしようか、どこかバランスを欠いた不安定さが不気味さとなって、見る者に迫ってくるような感じがしました。

この部屋で、もう一つ、特に印象に残ったのが『雑種』という作品です。これも凄まじい。セーターを着た少女を描いたものですが、洗いざらし風の髪の毛の艶やかなる質感だけでも魅了されるのですが、蝶やタンポポの紋様が織り込まれたセーターの毛糸の編み目が毛糸一本まで、その色合いと綾がこれでもかというほど細かく描きこまれて、またその11本の毛糸の表現の繊細さが、まるで顕微鏡で見ているようなのです。それが全体として見ると毛織物のセーターとして違和感なく見える。この一見さりげなくなっている表現の洗練さには目を見張るものがあります。しかし、少女の表情は不気味に見えませんか。

 

その点に、この作家の一筋縄ではいかないところです。例えば、『おへその庭』で幼児の足元に様々な花が細密に描かれていますが、あるものは虫に食われていたり、アブラムシがたかっていたり、枯れていたりと決して理想化されて描かれているわけではなく、作者なりのリアルなのでしょうか。そこには作為的な意図は感じられません。この作家の作品を見ていて真っ先に関連して連想したのは松井冬子の作品でした。専門家ではない私には、理論とか技法のことは分からないので、突飛な連想に思われるでしょう。たまたま、今年の冬に松井の展覧会を見た記憶が残っているからかもしれませんが、厚塗りとは正反対に薄い色を重ね、繊細な線を細心の注意で引いていく点に共通点を感じます。少女を題材として取り上げ、不気味さを漂わせている点にも共通性を感じますが、安藤には松井のような作為性は感じられません。それは、松井のようなシンボル的な題材の使い方はしていないし、構成に凝ったところもなく、どちらかというと、本人が意図的にそうしているというよりは、結果的に不気味な感じがしているように思えます。それは、人物でも目を瞑っているポーズの作品や人物以外を描いた作品では、不気味さを感じないからです。

 

次のギャラリー2では、油絵が9点、展示されていました。

 

まず、目につく特徴的なことは、近代絵画のゴツゴツとして厚塗りされた表面とは、正反対のすべすべして滑らかで、白い光沢のある表面は、まるで陶器のような印象です。

 

どうしたらそんなことができるのか、作者がウェブでインタビューに答えて、その作業の一端を話していました。パネルにキャンバス地を張って、次にファンデーションホワイトをベースにしたグレーで下地を塗る。一層ごとに乾燥させ、キャンパスの布目が見えなくなるくらいまで目が埋まったら、充分に乾燥させた後サンドペーパーで磨く、これで下地となるが、これだけでも、かなりの労力ではないか。その後、鉛筆画の絵をトレースする。それが普通の鉛筆画でない。その上に絵の具で徐々に色を置いて、透明感を出していくためにグレーズという透明色をリンシードオイルに溶いたのを画面に薄く筆や手の平で叩き込む、つまり、絵に薄いセロファンを被せるようなものという。透明色が表面に出過ぎないように、乾ききらないうちに不透明のグレーを叩いて乗せて押さえたり、サンドペーパーで磨いたりして、層を重ねていくという作業をくりかえす。

 

そういう作業を経て出来上がった作品の幼児の肌の光沢や柔らか味のあるすべすべした肌触りが、その画面から感じられるのです。例えば『おへその庭』の油彩画は、鉛筆画とは別の作品のような豊かなものとなっています。幼児の肌の触感を眼で感じ取れる、あるいは鉛筆画以上に筆で引かれた髪の毛の線は繊細です。ボカシの入り方も鉛筆とは比べ物にならないほど効果的です。さらに、足元のデイジーの花の色とりどりの様子や、ホースから漏れた水流が虹を作っているところなどが…。

 

『ピックバン』という作品では、大画面の一面に色とりどりの朝顔の花が描かれています。その花びらの薄くて柔らかな触感、透明感が本当に素晴らしい。葉っぱの葉脈や細かくて柔らかな表面の微細な毛の感じまでリアルに実感できます。同じようなことは『雲間にひそむ鬼のように』では孔雀の羽毛の感じがまさにそうです。見ているというよりも、眼で触覚的な感覚を味わえる、というのが彼女の作品の最大の魅力ではないかと思います。

 

そういう柔らかな触感を感じさせるもの、花びらや鳥の羽毛、子供の肌という題材にぴったりでしょう。こういう手触りの作品だからこそ、こういう題材を取り上げている、とも考えてもいいかもしれません。

 

だからというわけではありませんが、硬いものの表現はイマイチです。例えば『ピックバン』で朝顔の蔓が巻きつけている竹の描き方は類型的で、描き方も手を抜いているように見えてしまいます。多分、そのあたりが彼女の作品を限定しているのかもしれません。

 

また、細部の肥大化というのか、デッサンが何となく歪んでいるように見えます。たとえば、『スフィンクス』という少女のおかっぱの髪の毛の凄絶な表現の作品ですが、手の指が異常に大きく、さらに指の産毛が濃く描かれていて、まるで中年の男性の指のようです。肩が張っているかんじとか、よく見ると感じられるのです。

 

さきほど、鉛筆画のところで不気味さといいましたが、作家本人は無特別な意図はなく、見たとおりに描いているという意識でいるのかもしれません。しかし、意識の片隅のどこかで柔らかな肌の子供をフワフワと柔らかく描くというだけでは、充足しきないものを感じているのではないか。これは、私の独断と偏見です。

 

それが、ギャラリー3に飾られている最新作3点で感じられます。ギャラリー1で飾られていると同じような鉛筆画に水彩画がまるで画面を汚すように流されている(彩色されている)。それはただ絵の具が流れているとしか見えない無造作な感じです。もしかしたら、そこに安藤正子の新たな展開の可能性が芽生えているのかもしれません。



2012年8月16日 (木)

あるIR担当者の雑感(82)~個人投資家向け説明会の試み(6)

この記事を読んでいる人は、よくもまあ1度の説明会に、これだけ書けると呆れている人もいることと思います。(そういう人は、そもそも読まないですね)一応、今回で打ち止めということにしたいと思います。これまで、説明会のことだけを書いてきましたが、IRには様々なツールがあり、それらと説明会との関係について考えて行きたいと思います。

IRの手段は様々なものがあります。今回、長々と書いてきた説明会は、その中でも主要なもののひとつです。これ以外にも紙媒体の会社案内、決算短信や説明会の資料、有価証券報告書、アニュアルレポート、株主宛の事業報告書、カタログといった紙に印刷、あるいはプリントしたもの。これらはファイル化してホームページに掲載している場合も多いです。そして、ホームページ、メールにより情報配信、最近ではソーシャル・メディア等のネットワークを通じたもの。あとは人脈といったネットワーク等が代表的なものでしょうか。そして、私の勤め先もそうなのですが、それらが個々に作られ、それぞれ独立して使われているという会社が多いのではないかと思います。中には、説明会動画をホームページにアップしたり、紙媒体のツールをファイル化してホームページにアップしたりしているところもありますか、その程度でしょう。

それぞれのツールの利点を生かして、機能の分担とツール相互の補完により、相乗効果をあげて有機的に活用しているところはないと思います。

じっくりと深く考えているわけではないので、単純なものですが、例えば、紙媒体のツールというのはじっくりと読むことができる(世代によって差があるでしょうが、私はパソコンのディスプレイやスマフォの画面よりも紙にプリントした方がじっくりと落ち着いて読めます)。書き込みやメモをしやすい。保管がきく。というようなストックとしての利点があります。これに対して、インターネットの場合は、速度、つまりは最新の情報をすぐに入手できる、あるいは検索により関連情報を入手しやすい、メール等をつかって瞬時に情報交換ができる。つまりは、フローの利点を最大限にしていることです。そして、説明会の場合は、LIVEな点です。おそらく紙やネットワークでは伝えられない情報をそこで得ることができることです。これらのことは単純化しているので、もっと多くの細かな利点があるはずですが、ここでは議論を進めるために単純化しています。

例えば、説明会は、そこで伝わる情報量は抜群に豊富ですが、情報の広がる範囲は狭く限定されています。説明会で使われる資料をホームページにアップしたり、動画をとって閲覧できるようにしてあっても、その情報の一部に過ぎません。会社によっては、説明会資料に加えて、解説資料をさらに掲載しているところもあるようです。例えば、アナリストや機関投資家を対象にした決算説明会で実際のところアナリストやファンドマネージャーがどの程度出席しているのか、ということは出席して見なければ分かりませんが、それは端的に市場の企業への注目度を測る上で、意外と有効なのだと言います。これは、機関投資家との1 on 1ミーティングで質問されることがあります。しかし、そんな情報はインターネットでは分かりません

何を言いたいかというと、説明会やミーティングはLIVEな場で、情報が生まれ、やり取りされる場であります。そこで生まれた情報をインターネットを通じて素早く流し、広める。しかし、インターネット上の情報はすぐに流れてしまうので、紙媒体が適当にストックする。さらに、そのストックを読んだ人が、それを基に説明会で質問して、新たな情報を引き出す。ということになれば、この流れは循環します。このような流れを意識的に生み出すことは出来ないか、と考えています。

今回やろうとしている説明会に即して言えば、説明会に出席した人々同士や会社との関係をウェブ上のやりとりに移して、例えば、facebookのようなソーシャル・メディアの上で、やり取りをすることによって、他の投資家も見ることができると、メディア上でやり取りに参加する人が出てくるかもしれません。そうなるとネットワークは増殖するように広がる可能性が出てきます。そして、そのようなネット上の参加者がLIVEの説明会に出席する可能性も出てくるわけです。そして、出席した人は、そのことによってネット上の議論がさらに充実することもあるでしょう。そういうサイクルがまわれば、このシステムが自律的に大きくなっていくことができます。

このようなことを大規模にやろうとすると失敗する可能性が高いでしょうが、今回の説明会は10名程度の出席から始める予定なので、小さな規模で始めることになります。そのときに、上でのべたような実験的なことの試行錯誤をしやすいと思います。たとえ基本的なところに間違いがあって、大きく方向転換しなければならなくても、小さな規模でやっていれば、最初は比較的容易にできるでしょう。仮に、この試みそのものが失敗だということになっても、出席者が10名程度なら影響はほとんどなくもやめることができるでしょう。(そういうことは考えたくありませんが)

小さな規模でスタートすることで、手直しもむ容易なわけです。あとは、双方向のコミュニケーションが上手くいけば、そのやりとりを通じて説明会を洗練させていくことができるでしょう。それに伴って、徐々に出席者を増やしていくことが成功パターンです。そのプロセスは新規事業を起こし成長させていくプロセスにも似ているかもしれません。今まで何回か書いてきたことは、新規事情の企画書のためのストーリーのようなものと思って下さい。

どうでしょうか。ストーリーの筋としては、いけそうでしょうか。

2012年8月14日 (火)

あるIR担当者の雑感(81)~個人投資家向け説明会の試み(5)

これまで書いてきましたように、今回の試みは継続して2回、3回…と続けて行くことに意義があります。そして、同じことを繰り返していくだけでは尻すぼみになるのは火を見るより明らかです。そこで、とにかく説明会を行い、その後のこと、アフターフォローが極めて大切になると考えています。今回は、そのことを中心に考え行きたいと思います。

おそらく、一般的な個人投資家向け説明会の場合、開催してそれで終わりで、あとは何もしないということが多いのではないでしょうか。ところが、機関投資家と1 on 1ミーティングをした場合には、交換した名刺を保管しリストをつくり、当日か翌日にお礼のメールを送り、決算発表などの折々の情報をフォローの形で送ったりしているのではないかと思います。まずは、その程度のことを、説明会に出席した個人投資家に対して始めていこうと考えています。なんだ、その程度か、と思われるかもしれませんが、それすらやっていないところが多いようなので、先ずは最低限のこととして行っていきたい。

ということは、説明会に出席した個人投資家に、趣旨を説明して個人情報を提供していただくということになるわけです。機関投資家の場合は、名刺交換という手段で組織の関する情報のやり取りで、十分ですが。個人の場合は、住所や連絡先その他の個人の属性情報をアンケートの形でストックできることになるわけです。もちろん、こちらの趣旨に合意して個人情報を出してくれなければ、進みませんが。それができれば、会社独自で個人投資家のデータベースを作ることができることになるわけです。営業の場合の見込先リストです。例えば、自動車のディーラーの場合、某自動車メーカーの営業マンは折に触れて顧客を訪問し、車の売込みを無理にしなくても、顧客と信頼関係をつくり、情報を提供し、ニーズを把握したところで、顧客に他社の車を買う気を起こさせない関係を作っていくといいます。IRは、それとは違いますが、定期的なやり取りを続けることで、投資家からの信頼は積み重ねられていくものと考えています。

また、前回まで、説明会を双方向性のものにしたいと申してきましたが、1度説明会に出席した投資家に、その後でメールその他で会社とやり取りしていくことで、次回の説明会に出席しやすくなるでしょうし、説明会で質問や意見を話しやすくなると思います。だから、説明会に限らず、このやり取りの中で、質問や意見のやり取りができれば、さらに効果があがることでしょう。そのきっかけとして、説明会の後で、説明会に対しての要望や意見を募り、それを意見や意志表示の機会として行けるのではないかと考えています。開帳された意見の中でいいものがあれば、次回の説明会で採用すると、その意見を言った人は、自分の意見が反映したことを知り、さらに意見を言うようになるでしょう。そこで、会社と投資家との交流が始まるのではないかと思います。

実際に、私の勤め先ではアナリストや機関投資家を対象にした決算説明会では、すでに行っています。説明会の後、出席者にパーセプションを社外の人にお願いすると、多くの意見が寄せられています。厳しいお叱りを受けることもありますが、それは、会社が聞く耳を持っていると信頼して、意見してくれていることで、私の場合は、たいへん感謝しています。

これを個人投資家との間でもやって行こうということです。だから、IRということの本来の趣旨を考えれば、突飛でも何でもない、きわめてオーソドックスなことです。

そして、ここから先は突飛なことの部類に入るかもしれません。ここまでは、会社と投資家との間の関係です。個々の投資家が個々に会社との関係を結んでいるという構図です。それぞれの関係は別々です。イメージで言うと、会社から数本の糸が下がり、その11本に投資家の11人がそれぞれに繋がっているというイメージです。ここには、横のつながり、つまり、投資家同士のつながりがありません。できれば、同じ説明会に出席したということで出席者どうしの繋がりを作ることはできないかと考えています。そうなった場合、投資家にとっては友人が増える、投資情報をやり取りする相手が増えるというメリットがあります。説明会で知り合いがいることによりリラックスすることができます。会社にとっては、次回以降説明会に出席してもらい易くなる、出席者同士で横のつながりができれば、出席した投資家を有機的に組織化することができる、というメリットがあります。そうなった場合、前回にお話ししたような、複数の会社で協力して説明会を行うとか、証券会社や市場関係者とコラボレーションをするときに、強みを発揮することができると思います。もし、そこでソーシャル・メディアなどのネットワークを媒介として活用できれば、予想外の広がりを持つ可能性も考えられます。

あるIR担当者の雑感(80)~個人投資家向け説明会の試み(4)

前回は、説明会の存在を個人投資家に伝えるための手段として、時間をかけて口コミでのひろがりに期待するということでした。たしかに不確かで、雲を掴むような話かもしれません。しかし、口コミと言えば現実味はないかもしれませんが、これがメールやインターネットを通じてということになれば、現実味が出て来るのではないかと思います。とくに、FacebookなどのSNSはスマートフォンの普及も追い風となって、若い人たちに限らず中高年でもアカウントを登録して、ネットワークを作っています。その中で、投資を目的としたネットワークがあるというには可能性が十分考えられるでしょう。このことについては、以前にも、このブログでも書いたと思います。

前回、突然言い始めたように見える口コミですが、実は、こういうネットワークを考えています。私の勤め先は、個人投資向け説明会のターゲットを、このネットワークに向けて考えています。だから、このネットワークを利用するのではなくて、このネットワークに繋がりたいと考えています。それが説明会の大きな目的でもあります。ネットワークを利用することとネットワークに繋がることとは、大きな違いはないだろうという意見もあるかもしれませんが。違います。説明会の集客ということだけを考えれば、大きな違いはありませんが、説明会を通じて会社を理解してもらう、あるいは会社と投資家とのコミュニケーションを広げようと考える場合には、全く違ってきます。利用するということは一時的なものですが、繋がるというのは恒常的なものです。一方的に利用するのではなくて、ネットワークを通じて会社と投資家との間にwin winな関係を続けることです。

それはどういうことか。もし仮に、今回の説明会がうまくいって軌道に乗ったとしても、それは1つの会社が特別例外的なことだけなので、大きな成功とは言えないのです。それだけでは局所にとどまる一時的なもので終わってしまう可能性が高いと考えられます。そうならないためには、1社だけでなく、このようなことをする会社が増えていって、ひとつのムーブメントのようになることが有効なのです。その中で、私の勤め先と他の会社を比べて、会社の個性が分ってくるというように。そうなると投資家の参加の範囲も規模が大きくなってくるはずなのです。そして、そういう投資家自体が増えていく可能性が生じてきます。そういうサイクルが起こらないと、この試みは一時的には成功しても尻すぼみに終わってしまう危険が高いと思います。

デイトレーダーのような個人投資家も市場には必要ですが、発行会社にとっては会社をよく見極めて、会社の成長を見守り、そのことによって価値を享受していくという投資をしてくれる投資家が沢山いてほしいわけです。いままで、政府も証券取引所も証券会社も、そういう投資家を増やすことに対して、何もしてこなかったといってもいいと思います。だから、今さら期待してもしようがないでしょう。そうしたら、上場会社が自分手で何かをするしかないのです。そうしないと、自社の株価を適正することが心許ない状況に追い込まれているのです。しかし、直接、投資家を養成しようなどということをしたら、利益相反とか株価誘導といった事態を招きかねません。そこでできることは、間接的なことに限られます。例えば、自社に投資しない投資家ともコミュニケイションをとる。これは単に会話をするということではなくて、会社とか投資に関して情報を交換することです。もっと大胆なことをいえば、会社と機関投資との間で行っているミーティング、このレベルの情報交換を個人投資家が会社とできるということは、そんじょそこらの投資セミナー等の勉強では絶対に追い付けないものです。例えば、それを個人投資家に対して会社のIR担当者が真剣に行ったらどうでしょうか。それは1社だけでは間に合わないので、数社の共同が必要ですが。そういう中で、仮に私の勤め先というのは一つの選択肢として考えてもらえるわけです。そういう選択肢が増えて、全体としての層が厚くなってはじめて、説明会への参加者は恒常的に確保できることになると、参加者の増加を見込めると思うのです。

さらに、ここからは妄想に近いですから、話半分で聞いてもらいたいのですが。一般の個人からの小口の申し込みを受け付けている投資ファンドにとっても、そういうネットワークは魅力的なのではないでしょうか。実際に、投資してくれる個人客を集めて投資先の会社を見学しているファンドもあるわけですから。そういうことを企業の側かにら仕掛けているということは、その企業にもよると思いますが、共催することも考えられないことはないのでは。あるいは、個人投資家を顧客の中心の一つと考え、地道に信頼関係を作っている証券会社にとっても、メリットを作れるのではないかと思うのです。

今回は、説明会の前提となる仮説について、最後には妄想を話しましたが、次回では、その説明会を、一回で終わらせないで、さらにそれを広げていくために、どうしていくべきかを考えてみます。

2012年8月13日 (月)

あるIR担当者の雑感(79)~個人投資家向け説明会の試み(3)

今回の個人向け説明会の試みにおいて、双方向のコミュニケーションというのを一番重要なことなので、それについて考えてみたいと思います。投資家(ここでは個人投資家)に対して、企業から一方的に情報提供するというのではなく、投資家からも積極的に参加してもらい、互いのコミュニケーションを図る。それを個人投資家説明会という場で進めていって、いままでとは一味違う個人投資家向け説明会を試みるというのが、今回の趣旨と言えます。しかし、それは説明会を主宰する企業の側の一方的な論理であって、投資家の側はどう受け取るかは分かりません。

しかし、IRのもともとのあり方からいえば、当たり前のことで、何も企業の側の一方的論理とは言い切れないのではないかと思います。実際に、株主総会の場合には、IR的要素を入れて開かれた総会といって、個人株主からの質問に丁寧に答えようという動きがあります。今回の説明会では、質問に丁寧に答えるだけでなく、質問を引き出すまで、もう一歩進めるということです。

これには、調査のような具体的な根拠がないのですが、個人投資家に、そのような志向性をもった人びとがいるのではないかと思っています。これはあくまでも仮説です。私の実務上の経験では機関投資家とのミーティングを行った場合、初めてという場合、最初の10分程度で簡単な会社紹介はしますが、後は相手の質問に答えることに時間となります。最初から質問が来る場合もあります。そういうことを考えれば、個人投資家も自分なりに会社に聞きたいことは多いはずです。それに、最近の個人投資家向けの説明会では、個人投資家から真摯な質問が出てくる傾向にあると聞いています。このようなことから、個人投資家全部に当てはまるとは言えませんが、その一部に確実に機関投資家と同じように投資や企業との関係を作っていきたいと思っている人たちが確実に存在していると考えられます。例えば、こういうバターンは考えられると思います。40代後半から50代の会社員で、老後の年金に不安を感じて株式投資を始めている。投資先の会社のことは、これまでの会社員の仕事の経験から実務上のノウハウや経験、経済や経営への知識も蓄積もあり、インターネットや情報収集にも仕事を通じてそれなりのことは出来るし、人脈もある。こういう人々にとっては、機関投資家のファンドマネージャー程の深い知識や経験はないでしょうが、広い意味での知識や見識の点では優っているし、企業みる目もある程度備わっているでしょう。そういう人にとっては、今、広く行われているような個人投資家説明会程度のものでは、むしろ物足りないのではないかと思います。

もう一つ、データがあります。私の勤め先では、以前にこのプログでも書きましたが、アニュアルレポートの小型版のような株主通信を作っています。事業の成果や経営施策とその結果等について限られた紙面の中で可能な限り突っ込んだ説明を試みているものです。そのため、他社の株主通信に比べて説明部分が多く、写真やイラストをデザインしてレイアウトされているような株主通信に比べて親しみ易さの点では一歩も二歩も劣るものです。しかし、入り口を我慢すれば、中身は濃いことには自負があります。このような株主通信について、株主さんのアンケートを募ったところ、比較的高い年代で、投資経験が浅い人の支持が多かく、逆に否定的な回答をしたのは一様に投資経験の長い人でした。このことは、上に述べたひとつのモデルを間接的に証明していると思います。経済や企業の知識があって、それなりの見識を備えた人が、そういうものをベースに株式投資を始めた、ということに当てはまるのではないかと思えるのです。

今回の試みについて、上のような仮説をたてて始めるつもりです。そのときに検証すべきことは、今回の説明会でターゲットとしているような個人投資家は存在するのかということと、もし存在するとしたら説明会に来てくれるのか、ということです。実は、この中の後者に関しては、私自身危惧を持っています。おそらく、ターゲットになるような個人投資家は存在していて、一定の層を形成しているのではないかと思っています。しかし、その人たちに私の勤め先で、今回の試みをすることが伝わらないのではないかという心配です。もしもソニーやトヨタ自動車が行うということなら話題になり、マスコミが取り上げたりするので、すぐに伝わることと思います。そこで、考えられるのは、多少の時間がかかることを覚悟して、このような投資家の1人でも2人でも邂逅を期待し、後は口コミによる拡がりを待つということです。何かのんびりした話のように聞こえるかもしれませんが、既存の広告媒体や証券会社、あるいは投資情報会社等では、そういう人たちとの制度的な接点を構築できていない以上、莫大な費用を賭けられないとすれば、そういう一見遠回りのような方法しかないのではないかと、考えています。

実は、この方法がターゲットとして考えている個人投資家に繋がるための手段であるとともに、説明会から様々な可能性の広がりのための手段でもあるのです。これについては、次回で考えたいと思います。

2012年8月11日 (土)

あるIR担当者の雑感(78)~個人投資家向け説明会の試み(2)

前回は、私の勤め先で個人投資家向け説明会を計画していて、そのプランの骨子について考えていることを少し書きました。まず、説明会そのものは機関投資家やアナリストに対して実施している決算説明会と変わらないものにすることにして、個人投資家を多数集めて会社の紹介を行うようなものとは一線を画す、ということを述べました。それは、機関投資家やアナリスト等のプロと個人投資家をアマチュアとして区別しないということを、まず前提にする。その具体的な現れとして、プロを相手にするのと同じように定期的に説明会を継続して開く。説明する内容のレベルはプロ向けと同じレベルを保つというものでした。ただし、ここで誤解しないでほしいのは、説明レベルを同じ水準にすることと同じ説明であることは等号ではありません。プロ向け投資家と同じことを個人投資家向けに行うということではなく、説明のやり方は異なってくることになるでしょう。個人投資家に対しては説明の内容は落とさないが、説明は分かり易いことを旨とすることになるでしょう。

今回は、説明会は関係づくりのスタート地点という前提について考えてみたいと思います。一般的な個人投資家向け説明会でも同じようなことが言われていると思います。しかし、実際には説明会に来てもらって、それで終わりというケースがほとんどと聞いています。せいぜいが後で礼状が来たとか、1度株主通信が送られてきたというのがせいぜいでしょうか。それは、すごく勿体ないと思います。説明会を定期的に継続して開くのは、そこにも理由があります。年に1回でも2回でも定期的に説明会を開いていれば、最低限、1度説明会に出席した人が。次にもまた出席する口実ができます。単発の説明会ではないので、毎回同じ話であることはあり得ない。その事業年度の説明がまず考えられるのですから、毎回違う話が聞けることになります。そうやって、繰り返し説明会に出席できる機会を作り、毎回違った話を聞いていれば、自然と会社に対する理解は進み、また何度も目にすれば会社の経営者や担当者の顔も覚えてしまうので、会社が具体的に人の顔を持ったものとして見えてくるでしょう。これは、単発の説明会を何度も行っても難しいのではないかと思います。

しかし、そう上手くいくとは限らない、そういう反論が聞こえてきそうです。たしかにそうなのです。1度説明会に来た個人投資家が、次回また来るとは限らいないのです。だから、説明会のリピーターをいかに作るかが重要なポイントになると思います。その会社が投資先として有望であっても、説明会には何度も来るとは限らないでしょうが、この会社がこれからどうなっていくか見守ってみたいというような気持ちになってもらう、あるいは会社に対して親近感を持ってもらうことが大事なのではないかと思います。また、このようなことは人それぞれで違うので、10人の人が来て、次の時にまた10人が来るということは絶対にありえないということなるでしょう。要は、10人の人が来た場合、そのうちの何人が次に来てくれるかというところだと思います。そのために必要なこととして、一番重要なことは、実際に会社がそういう会社であること、そして説明会での説明がそういうものであることです。言うならば、本質的なことです。これは細工が利かず地道な努力しかないので、別の機会に。説明会の方法論として、以下のようなことを考えています。出席する個人投資家には一方的な受け手に納まらずに説明会に参加してもらうようにする。投資家自らが積極的に参加することで会社に対して前向きな姿勢になってもらえる。具体的には説明を一方的に聞くのではなく、質問や意見を発してもらう。つまりは、一方通行になることを極力避け双方向でやり取りができるような説明会にするのです。そのためには、出席人数は少ない人数で始める。一人一人の顔が分かる程度の人数で始める、実際には10人くらいでしょうか。なんだ効率悪いと思われる方もいると思います。一般的な個人投資家説明会なら数百人規模の出席者があるでしょうから。これだと、効率は悪いし、遠回りしているような印象を受けると思います。どちらがいいかというのは単純には決められないと、私は思います。考え方の違いによるのでは。ただ、いままで述べてきた趣旨や、この後の戦略のことを考えると、この人数というのが大きな意味を持ってきます。とにかく、最初は多数の集客を避けるということです。このくらいの人数でなら、説明会というよりはミーティングの規模です。それが狙いなんです。例えば質疑応答は、出席者が100人を超えたような場合には、最初ら説明を一通りおこなってから、後で質疑応答の時間を別に設けて集中的に受け答えをしないと全体の収拾がつかなくなる恐れがあります。これに対して、10人くらいなら、説明の途中で質問があっても十分に受け答えの余裕を持てる。出席した人も、後でまとめて質問するよりも疑問に思った時のすぐ訊く方がききやすいし、疑問もすぐ解けると会社への理解も進むでしょう。そこでやり取りが限られた時間だけでなくて、説明会の時間を通して行われると聞く方も集中度も高くなるし、いつでも聞けるということで、会社に対する距離も気持ちの上で縮まる。質疑が活発になれば、ミーティングのように出席者の参加意識をさらに高めることも可能と思うのです。これには1対1でやるのが一番いいのですが、個人投資家のひとにはその場合の緊張が続かないだろうし、中には質問したくない人もいる、だから10人くらいの人数がちょうどいいと思われるのです。このような双方向性のミーティングにするためには、説明の仕方も考えなければなりません。つまりは、説明が一方的であれば、質問もしにくくなります。そこで、質問を誘発するような説明の仕方も必要と考えます。例えば必要以上の緊張を強いない。参加者に問いかけたり、途中で質問がないか聞いたり、という具合です。

たしかにそうかもしれないが、それはあくまでも企業の側の都合で言っていることであって、当の投資家は来てくれるのか、たとえ来てくれたとしても、双方性とやらに上手く乗って来るのか、という反論があると思います。これについては、次回考えて見たいと思います。

 

あるIR担当者の雑感(77)~個人投資家向け説明会の試み(1)

個人投資家向けのIRということがよく言われます。このブログでも、何度か私見を述べたと思います。基本的には、投資家を機関投資家とか個人投資家とかと、最初から色分けすることには賛成しかねるし、企業のホームページで個人投資家向けのページには相手を見下したような上から目線を感じてしまって好きではありません。ただし、ターゲットを限定して戦略的にIRをするということを以前に述べた身としては、すべての投資家を遍く平等に対象にするということもしません。

ではどうするかといったときに、機関投資家とか個人投資家という区分ではなくて、それらを含む投資家という範囲の中で、企業独自の切り口でターゲッティングをしていけばいいと思います。その時に、大切なことと、キーワードとなるのが「対話」ということばですが、それも以前にここでも考えを述べました。

前置きはこのくらいにして、このたび、私の勤め先では個人投資家を対象にした説明会&工場見学会を行うことにしました。これまで述べてきたことと矛盾するようです。しかし、これまでも、アナリストや機関投資家に対しては説明会やミーティングを定期的に実施しているのに、そうでない投資家に対しては何もしていないのは片手落ちではないか、と思っていました。そこで、その片手落ちを解消するために説明会を行うというのが趣旨です。だから、単発で1回限りということではなくて、定期的な開催を前提にしています。会社によっては個人投資家向け説明会を年間○会開催というような実績を公表しているところもありますが、それは往々にして1回限りの単発の説明会を何回も行っている、ということだと思います。今回、私の勤め先でやろうとしているのは、決算説明会のように毎年1~2回定期的に説明会を継続して行うということです。だから、毎回出席する投資家も出てくる、そういう前提で行います。

ここで定期的に開催する説明会を行うのであって単発の説明会でないと強調しているのは、両者は似ているようで実は全く違うものだと考えているからです。例えば、決算説明会に機関投資家に1度出席してもらったらそれで投資してもらえると考えているIR担当者はいないと思います。同じように、アナリストが初めて出席して、それでレポートを書いてくれると思っている担当者はいないでしょう。しかし、個人投資家向け説明会をひらいて多数の個人投資家に向けて社長が熱弁をふるうと、それだけで会社の株を買ってくれるというケースがあるといいます。そうなると、個人投資家向け説明会では、そういうことを考慮して説明を考えるでしょう。そこでアッピール的な要素が多くなるのはやむを得ないことでしょう。実際のところ、単発の1回限りの説明であれば、多少は言いっ放しにできるという意識は、説明する側に多少はあると思います。例えば、有望と思われる新規事業に着手している場合、説明会でその事業の将来性について経営者が熱く語ることは出来ます。これに対して決算説明会では、一度そういう話をした場合、その後継続的に、その後どうなっているかの進捗状況や結果を説明していかなくてはなりません。(それを、やっていない会社もあるようですが)そうすることによって、投資家と企業との間で信頼関係を作っていく、そういう場として説明会を位置づけられると思います。また、単にデータだけでは分らない会社の空気とか企業文化や体質のようなことも、伝わっていくだろうと、身近なことで言えば、業績予想を堅く出している会社か、挑戦的な会社かといったことは単に決算書を見ただけでは分かりませんが、数回決算説明会に出れば分かります。その行き着く先が投資だったりレポートだったりするわけです。

また、説明会で話される内容の面でも、単発の場合は会社をざっと紹介することが主となるのに対して、定期的な説明会の場合には決算状況等を継続的に説明していくことになります。当然内容のレベルは定期的な説明会の方が高くなるでしょう。継続的に決算や事業状況を説明していけば、去年と今年はどこが違うか、どこが同じかという変化を見るということになれば、他社との比較や一般的な景気状況なども把握している必要があります。そのため、説明会に出席する側にもある程度の準備が必要になります。アナリストや機関投資家はプロですから、最低限の業務知識として準備は整っていますが、アマチュアである個人投資家の人々は、そのレベルが人によって違うでしょう。今回の試みでは、機関投資家向け説明会の説明と同じレベルで行うつもりでいます。その理由は、継続的に説明を続けるためには、ある程度のレベルが必要であるということと。個人投資家に対しての会社の敬意という点からです。これについては、以前にもブログで書きましたが、企業のホームページで「個人投資家の皆様へ」というようなページになるとページのトーンが急に変わって、揶揄的に言えばお子様向けのような相手をバカにしているとしか思えないところがあります。当の企業は、そんなことを意識しているわけではないのでしょうが、ページを作成する姿勢のどこかに「個人投資家は素人で何も知らないから」という見下すような意識があったと思います。それならば、私の勤め先では、逆に投資家として尊重して、同じ目線で接しようとするわけです。但し、この場合投資家の方にも、それなりのレベルでいるための努力を求めることになります。

このことについては、まだまだ、語りたいことがあるので、何回かに分けて書き込んでいきたいと思います。

2012年8月10日 (金)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(17)

第3節 社会契約論から日常的権力の解析学へ

1.社会契約論と社会制度(システム)論

スピノザは、モーセは主催者であるというホッブスと同様の解釈に行きついた。しかし、最初の民主政型の社会契約がなぜ「まったくの理論」にすぎず、現実に機能しなかったのかという点を掘り下げたスピノザは、社会契約論の問題設定を転換する視点を、主に二つの方向から進化させていく。そのひとつが社会制度(システム)論の視点である。

スピノザによれば、モーセの体制は、その組織形態からして「神聖国家」と呼ぶものと解され、その最大の特徴は最高権力が分権主義的かつ連邦主義的に構成されている点にある。ヘブライ人国家においては、法律の解釈権とその執行権が各々の部門によって担われ、両者が相互に諮問・承認しあうという相互補完的な権力関係が保たれていた。さらに、行政権は、各支族の代表からなる最高会議体とその長(司令官)とによって集団的に担われていた。人民全体が、国務に関して同等の権利を持つ12の支族から構成され、各支族は長老の中から選ばれた首長をいただき、その首長らが最高会議を構成していた。

このようなスピノザの聖書解釈は、ホッブスの解釈とは全く対照的である。ホッブスによれば、宗教・行政・司法等のすべての権利は本来的には主催者に集中されていた。そして本来集中されるべき権力が分散され、主権者が権威を失墜させ主権の安定性と統一性が損なわれたことこそ、忌まわしい内乱が発生した原因だったからである。ところがスピノザによれば、ヘブライ人国家における最高権力の安定性と統一性は、統治権を分権主義的連邦主義的に構成することによって図られていたのだから、内乱が発生した主要な原因は、そうした政治体制が維持されず中央集権的王政へと移行したことにあった。

このようにスピノザが、ヘブライ人国家における分権主義的で連邦主義的な国家制度を擁護し、王政時代の権力構成に否定的評価を下したのは、彼が当時ネーデルランドにおいて、各連邦の自治を基礎とした民主主義的な連邦国家を構想していたことと密接な関係を持っている。また、同時に、主権者と臣民との一元的な権力関係を基礎づけるホッブスの社会契約論と主権者樹立の理論を、多元主義的で分権主義的な柔軟な政治構造をもつ権力論へと転換させる理論的作業を遂行することにもなった。

2.社会契約論と民族的伝統的慣習の問題

スピノザはヘブライ人国家の興亡の歴史から、社会制度論とともにさらに重要な問題を引き出している。それは民族的慣習の問題である。

スピノザは、世俗国家において宗教が果たす公的役割について再考しつつ、宗教を含む民族的習俗や伝統的慣習の問題を合理的理性的判断に従属しえない問題領域として設定していく。スピノザの定義しなおした概念に従えば、自然権や理性といった原理は特定の人間共同体や文化を前提とした概念ではなく、自然的普遍的な運動とその必然的法則を示しているにすぎないか、実際の歴史的社会的場面においてそれは、諸様態の直接的運動とその諸表象である民族的な言語、伝統、風習などとして浮上する。つまり、自然が創るのは、民族ではなく個々の人間のみだが、個々の人間が言語、法律、習慣によってはじめい民族として区別される。

スピノザは、聖書のエクリチュールを社会契約論のエクリチュールへ、さらにその制度化や「心の習慣」として読み替えることによって、特定の民族における伝統的で日常的な習慣や宗教と、社会契約論という抽象的普遍的原理とが実は同一の平面上に成立しており、宗教と政治とは対立する領域を成すというよりも、むしろ同一平面上に同一の観念秩序をもって成立していることを証明する。それによってスピノザは、排他的なナショナリズムと不可分であるような宗教と社会契約でなく、異民族間、異質グループ間のコミュニケーションが可能となるような心の習慣と社会契約が、全く異なる言語、象徴、記号といったさまざまな表象のなかに隠された最大公約数として社会的感情の地平を見通しているように思われる。

3.服従解除の権力観

以上のスピノザの議論の背後には、スピノザによるホッブスの権力観の転換を見ることができる。本来ホッブス社会契約論の前提によれば、主権者とは、反対した少数の人々を含めた多数の人々の同意によって、その人ないし合議体の行為と判断すべてが、「あたかも各人自身のものであるかのように権威づけられたとき」初めて成立し、「全臣民が、設立された主権者のあらゆる行為と判断の本人」となる。それゆえ主権者と全臣民との公における行為と判断は同一のものであり、主権者が、その行為と判断との源である臣民を侵害するということは、論理矛盾でしかない。こうしたホッブスの叙述を注意深くみると、主権者と多数の臣民のあいだの合意の現実的な同一性と、多数の人々の同意や委任によって主権者が「あたかも権威づけられる」という虚構の同一性とが、たくみにいいかえられていることがわかる。この現実と虚構の二重性は権力と権威の二重性と言ってもよい。

しかし、スピノザによれば、自然法とは自然の必然的法則に過ぎず、ホッブスがいうように人々が従うべき規範倫理的意味を持たず、政治的社会的生活は主権者と臣民の権利義務に関する正しい知識によって律されるわけではない。スピノザは寧ろ、社会契約論によって抽象的理念的に考えられた最高権力と、個人の日常的生活において具体的多面的に生み出される権力作用とが接点を結ぶ場として、制度や伝統や慣習、さらに宗教や心性など、私的領域における権力作用の分析に焦点を定める。スピノザは、国家権力の形成の問題を主権者対臣民、個人対国家という大きな図式なよってではなく、市民生活の場における個人対個人の力の競合、合成、離反という視点から分析し直す方法を提示した。そはちょうど当時数字に解析の方法が導入されたように、国家権力というひとつの大きな曲線を、個々の様々な社会的局面で解析して、そこにおける個々人の精神的身体的力の合成から大きな曲線の運動方向を決定しようとする、解析学的な手法だとも言える。ここに、権力の成立に関するホッブスの理論を全く逆転して考えるスピノザがいる。ホッブスは、公的領域における主権者の命令が正当で、その正しい理由に臣民が徹底して服従し、主権者の権利と権威が貫徹されれば、主権者と臣民との正常で一元的な権力の分配関係が成立し維持されると考えた。しかしスピノザは逆に、人々は「服従する理由」があるから統治権に服従するのではなく人々が服従するから統治権が生じると考え、権力とは、各々の市民が日常生活の場面でとる様々な服従の行為によって生み出され維持されていくと考えた。それゆえ権力成立の問題は、「人々が統治権の諸命令に服従してしまうように作用しているありとあらゆる事柄」を日常生活の場面で分析する、という問題から解かれて行かなければならない。ここには、自由で主体的な近代的自我が服従する理由にもとづいて主権の発動を要請し既存の権力を分配し権威づけていく権力論でなく、各人が日常的に権力を生産し権威づけていく権力論が、そして既にある権力に服従している各人がその理由と権威づけの無根拠性を、あらゆる具体的場面で解除し続けていく権力論がある。

2012年8月 9日 (木)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(16)

第2節 近代的自我による主権者の要請─ホッブスとスピノザにおける契約解釈とピューリタニズム

1.ホッブスによるアブラハムの解釈

ホッブスによれば、モーセの「神聖国家」における神と人民との「信約」は、基本的には「信約による神の王国の最初のもの」であるアブラハムの信約を更新したものである。そしてホッブスがこの信約の内容で最も肝要な点として強調するのは、第一に神とアブラハムとが「契約」を結ぶ以前に、すでにアブラハムの主権的権利が確立していたという点にある。さらに第二には、神と主権者アブラハムとの信約が有効となるためには、それ以前にアブラハムの家族や子孫たちの「意志」が結集され、それがアブラハムの意志と同一なものとなっていなければならないという点である。ホッブスがここで述べている「意志の結集」とは、本来、生命体の心身の諸能力が、ある対象に向かって努力し運動する際に生じるものが「欲求」であり、そうしたさまざまな欲求の中から「熟慮」を介して、最後に現われた欲求が「意志」である。とすれば人々が意志結集し法律的な契約を結ぶに至るまでには、各人がみずからの多様な欲求を熟慮を介して相互に調整し整合させる過程が存在し、それが各人がみずからの「自然」としての心身の諸能力を欲するままに自由に行使し得る「自然権」を、相互に調整・結集・総合する社会的な運動過程として考えられる。ホッブスが、主権者が主権を有するとは、「主権者の行動が主権者のうちに結び合わされたすべての人々によって是認され、かつすべての人々の能力によって遂行される」ことであると述べているように、主権の成立とは、各人の「意志」ばかりか「欲求」「努力」などの側面をも含めた身体的精神的能力すべての結集・合成を意味している。

2.ホッブスの聖書解釈における主権者

スピノザはホッブスと哲学観・宗教観を大きく異にしているものの、こうしたホッブス契約論における力の根本原理を継承していると見ることができる。さらに、両思想家によるヘブライ人国家の契約の解釈には、共通点より相違点の方が多い。なかでも顕著な相違点は主権者をめぐる問題である。スピノザの聖書解釈によれば、最高権力は神と人々とが直接的に契約を結ぶことによって樹立され、そこには一人ないし少数の主権者は存在しなかった。ところがホッブスにおいては、神と人との契約、人々がし市民的な主権者を確立したのちにはじめてとり結ばれると解釈され、各人が勝手気儘に神と契約を結ぶべきではないと主張される。ホッブスによれば、神が契約を結ぶ相手は主権者のみである。国家においては、神の言葉を判定し解釈する権利は主権者のみに属し、臣民は主権者によって設立された法に服従すべきである。

しかし、本来モーセを主権者にいただくヘブライ人国家の契約は、アブラハムを主権者とした時の契約を更新したものであり、基本的に同一のものだった。しかし、モーセはアブラハムの権利の後継者であることを相続によって主張しなかったので、人民を支配する「権威」を欠き、人民は神がモーセに話しかけたことを信じる限りでのみ、モーセを神の代行者とみなし服従するよう義務付けられた。つまり、人民各人が、モーセの伝える神の言葉の真否を判断する権利を得たため、「人民の同意」と「服従の約束」なしには、主権者の権威も人々の主権者への服従も成立しないことになったのである。

3.ホッブス契約論とビューリタニズム

ホッブスが捉えたピューリタン革命とは、宗教的真理をめぐる争いが世俗国家に持ち込まれ、諸宗派が神の名を口実に主権者に対する服従を拒み、みずからの政治的主権の正当性を主張することによって、主権の混乱と分裂が引き起こされた内乱だった。それゆえホッブスにとって焦眉の課題とは主権の不在によって招来される内乱状態を解決し、各人の生命と生活を社会的に保証するという国家における最低限の目標を実現するため、まず第一に公の場における個人と神との直接的な契約関係を完全に断ち切り、個人の理性の発動による市民的な契約によってのみ国家を根拠づけることだった。そしてさらにホッブスは、すべての人々が合理的理性的な認識をもちうるわけではないのだから、人々がピューリタン革命に見られたアナーキーに逆戻りし無秩序な大衆に分解することを防ぐために、共通権力の統一性・普遍性・絶対性を体現する主権者を樹立することが必要不可欠だと判断した。

そこでホッブスは神と主権者とのアナロジーを強調し、キリストを介した三位一体説によって主権者の一人格性は強化されることになる。それゆえホッブスにとって、「多数決によって、彼等すべての意志を一つの意志とできるような一人の人ないしひとつの合議体に、彼等のあらゆる力と能力とを与えること」は、主権を樹立する唯一の方法となっていく。

4.スピノザの聖書解釈における主権者

スピノザも、契約に基づく民主政型のモーセ国家は現実には機能せず、人々は神と結んだ最初の契約と民主政を廃棄し、モーセを最高主権者として立てたとして、民主政型の国家構想をいったん退ける。

ホッブスの国家論において、「死の恐怖」が平和を求める理性の戒律とともに、人々を国家形成に向かわせる主要な感情的動機となっていたのと同様、スピノザも人々は「死の恐怖」を感じることによって主権者の樹立に向かったと聖書を解釈している。現在の聖書解釈学によれば、神に対して恐怖を感じる「聖なる体験」は、ヤハウェ宗教における契約の究極的な特色のひとつであり、その体験によって契約は一方的に神から恵みを受ける恩恵の契約であると同時に、人間がその契約に責任をもって応答する主体的倫理の自覚を含むものになると解釈されている。とすれば人間が神に相対したときの死の恐怖とは、人間が神と一体になっていた幸福な無意識状態を脱し、無限な神と区別される有限可死な自己の存在と自己の判断の倫理的責任を自覚した段階にいたったことを意味するだろう。そしてこのように近代的自我を確立した人々がともに神の声を聞くならば、人々は各人各様に神の言葉を解釈し、その身勝手な解釈を盾に相互に闘争を展開する結果を招く。これこそがまさにホッブスが近代人の原型としてとらえた人間の姿であり、各人が各人の神を口実に闘争する状態は、ホッブスがピューリタニズムによって招来されたとして批判する、イングランドの内乱状態と同じ自然状態である。

2012年8月 8日 (水)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(15)

2.カルヴィニズムにおける抵抗権論と統治契約説

カルヴァンによれば、国家とは人間の霊魂を救済するための外的手段の一つとして、神が教会と並列して建てた制度であり、教会が「キリスト教の霊的王国」の芽生えであるのに対して、国家はマリストが再来するまでのあいだ一時的に、神の命を受けた為政者を介して「市民的秩序」が維持される制度である。それゆえ、国家権力は人民によって下から形成されたものではなく、神から下降してくるものであり、支配者も神によって立てられたものであるから「すべてのたましいは、上にある権力に従うべき」なのである。そして、旧約聖書に記されたヘブライ国家こそ、このようにして樹立された国家の典型であり証明であるとされる。

アルトゥジウスは、こうしたカルヴァンの教説と聖書解釈では不明瞭だった点を独自の見解で補強展開した。アルトゥジウスによれば、まずヘブライ人たちはモーセの十戒に示された神の言葉を遵守することを神に遵守することを神に約束し、その代わり神はヘブライ人を「選ばれた民」とし、恩恵を施すことを約束した。神の言葉は「神聖な自然法」とも言い換えられ、神とヘブライ人との間で結ばれた相互的な約束が「契約」である。しかし原罪を背負っている弱い人間たちが契約を守るためには、国家という権力を有する市民的秩序が必要であり、それゆえ神は人々の「共同体」全体に国家権力を与えた。そしてその国家権力は、共同体の成員である為政者と臣民とが神を証人として結んだ、統治に関する契約にもとづいて運用された。この統治契約の根底には、神が人々に与えた自然法という規範があり、為政者は権力を自然法と統治契約とのに従って正しく運用し、臣民の真の信仰と福祉を保証するような統治を行い、他方臣民も統治契約を守って支配者に服従し、自然法という社会規範と真の信仰を遵守しなければならなかった。以上のようなアルトゥジウスの契約解釈の、第一の重要なポイントは、神が国家権力を与えたのはモーセをはじめとする為政者に対してではなく、共同体としての人民全体に対してであるという点である。さらにカルヴァンにおいては、国家成立が契約に基づくか否かは必ずしも明確ではなかったが、アルトゥジウスは、モーセの国家が成立する際に神と人民との間に契約が結ばれた点を明確化した。それによってカルヴァンが神→支配者→臣民と一方的に下降する国家権力論を展開していたのに対し、アルトゥジウスの主権論においては権力の一方的化工は不可能となり、契約によって下から権力を構成する論理が切り開かれた。その上で、アルトゥジウスは、神と人民との間の契約の重要な一部として、人民内部においても神を前にしてモーセをはじめとした為政者と臣民の間に契約が結ばれたことを主張し、支配者は神の自然法に沿って統治を行い、人民はそうした支配者に服従するという支配服従契約が成立することになる。このような二重の契約構造にもとづいてアルトゥジウスは、為政者が統治契約を遵守しているか否か、自然法を遵守しているか否か、良き統治を行っているか否かについて、臣民が神に問いかけることを正当化した。つまり、共同体全体や臣民の利益を著しく侵害して神との契約を踏みにじった暴君を、より下位の為政者が実力で放伐することは、神に対する義務として正当である、という抵抗論が基礎づけられた。このような抵抗権論が、王権神授説を掲げカトリック政策を強硬するスペイン王フェリペ二世に反旗を翻すうえで、格好の理論的武器となった。

3.スピノザにおけるモーセ国家の契約解釈

アルトゥジウスの理論は、支配者と人民との間に契約理論を挿入することによって、一方では支配者のもつ国家主権の正当性を臣民が問うことを可能にしたが、同時に他方では、支配者が臣民の服従のあり方を神の名のもとに問うことも可能にする。しかしアルトゥジウスによれば、国家における最高権力者は、ヘブライ人の国家におけるモーセのように、世俗の支配を司る最高権力とともに宗教的事柄の監視・擁護・保護・指導をおこなう教会行政を司る最高権力をも掌握している。それゆえアルトゥジウスの政教一致の見取り図を、オラニエ公の政治権力とカルヴィニストの宗教権力との癒着を正当化し、さらに神の法の遵守を政治的にばかりか宗教的にも臣民に強要するために利用することも可能となった。

これに対して、スピノザは出エジプトを果たしたヘブライ人は既存の国家体制や法律による制限をすべて免れ、自らの自然権をどのように処すべきかを全く自由に考え行動し得る状態にあったから、かれらは「自然状態」にあったと解釈している。スピノザの聖書解釈のポイントは、上述のように神との契約以前にすでに各人の自然権が存在する自然状態があり、国家権力の源泉は神ではなく各人の自然権という力であるとされる点である。しかも、神との契約は、神から一方的に与えられた恩寵ではなく、各人が自らの経験と利害判断と決意に基づいて主体的に選択した行為であると解されている。さらに特筆すべきことは、神が何か恩恵を与える代わりに、各人が倫理的規範としての自然法を守り一定の義務を果たすといった倫理的関係は、契約において約束されていないということだ。スピノザによれば、神と人と契約によって新しく生じるのは、各人がもつ個体的力、つまり各人の「自然権」が社会的に結合されて形成された最強の統一的力(=国家権力)のみである。ここでの神は人民に国家権力を与える者ではなく、人々が自ら持っている自然権を共同的に運用する社会的方式を樹立する際の普遍的な媒介となり、理念的な導きの役割を果たすものに過ぎない。さらにスピノザは、神と人民とが仲介者としての支配者なしに直接契約を結ぶ点が強調される。こうしてスピノザは、権力が神から下降してくることを否定し、さらに支配者と人民の契約によって国家権力が成立するという説をも排斥する。しかも国家権力が成立する際の人々の社会的結合の方式は、水平的な契約によるデモクラティックな様式をとっており、統治する側としての主権者とされる側の臣民という、支配服従関係が全く設定されていない。契約によって各人は、自分の恣意によってのみ自然権を行使する自然状態から、自分もその一部である社会全体の意志によって自然権をコントロールする国家状態に移行し、各人は盲目的自由(=事実上の不自由)を捨て一定の社会的秩序の下で自律的自由を獲得し、各人が単独であった時よりも自然権の裁量範囲は広がり行動能力は増大される。

2012年8月 7日 (火)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(14)

第4章 政治神学の眼─権力生成の現場へ

従来の思想史において、スピノザの聖書解釈は、聖書批判を哲学的に根拠づけ正当化した最初の試みとして高く評価され、近代啓蒙主義における宗教批判の先駆として画期的意義が強調されてきた。

本来、社会契約論が聖書的伝統に発する「契約」の概念を原理的基礎においていることから分かるように、西欧近代における「政治的なもの」の設定は、宗教的政治状況に対する実践的な介入と宗教論争のなかで、聖書を逐一解釈し批判するディスクールとして生まれた。その結果、聖書のエクリチュールと社会契約論のエクリチュールはその表面的な相異にもかかわらず、実は同一の平面に属することになった。多くの人々の日常的意識を意味づけ、人々の社会的政治的行動を左右した直接的な動機が、聖書によって伝えられる物語や象徴であり、思想家たちも聖書におれる歴史や象徴の機能を学問的な分析対象としているように、聖書解釈とは、日常的な権力が人々の意識の中で作動する現場を反省的に認識したテキストに他ならない、実際スピノザは『神学政治論』のほとんどの部分を聖書解釈にあてている。

第1節 カルヴィニズムにおける権力と国家

1.社会契約論と聖書的伝統

スピノザの『神学政治論』が、カルテジアンやリベルタンといわれていた開明的急進的な人々までをも含め、様々な陣営の人々の激しい非難の的となった。

ここで、スピノザとカルヴィニストが激しく対立することになった主要な論争点はというと、多岐にわたるが、ここでは聖書解釈のなかでも、統治権の様式を探求するうえで必要であるとスピノザは述べている。『旧約』『新約』という名称が示す通り、「契約」の問題は聖書全体のテーマであるが、とくに契約による国家形成という問題設定の源泉は、族長契約とシナイ契約という、一種の「建国」契約に遡る。スピノザだけでなく、ホッブスやアルトゥジウスも、一神教を創唱し、ヘブライ人の祖となった族長アブラハムの時代、および子孫のモーセの時代において、ヘブライ民族と神とが契約を交わす場面を契約論の主たる題材として取り上げている。彼らは、聖書におけるヘブライ人の契約という歴史と宗教的形象を、施座区的な自然権論や近代的な社会契約論とパラレルに語りながら、眼前の政治権力を問い直し、新しい権力論や国家論をたてた。

ポリス的ないしコミューン的な性格の都市はもち地中海円がと西洋の諸都市を除いてはごくわずかに萌芽的に認められたにすぎず、その例外的な一例がイスラエルの誓約者たちである。しかもイスラエル的特質は宗教的契約が様々な法的人倫的な諸関係の現実的で構成的な基礎となり、政治的な共同体そのものを作っている点にある。このように古代イスラエルにおける契約が政治的な構成力の基盤そのものを成すという点では、社会契約論における契約の概念は、近代における民法的な契約よりも古代イスラエル的な契約に近いとさえ言える。近代において契約当事者がアトム的に独立した契約対立者であるように、古代においても契約が成立するためには、個人が法的主体となりうるほどの独立性を保有している必要があり、その対立的な関係を理知によって表面上の合致に転化させる理知的法技術が契約である。しかもその契約が日常的に存在する共同体の政治的生存様式である以上、以下のような特質を持っている。「この団体の結成時には参加者に決断が要求されるが一度結成された後は、成員に特別の決断が必要とされない。成員の団体所属資格は生得的だからである。しかし、それでも成員がこの団体所属を止めない限り、政治的諸権利・義務関係に置かれており、それを日常的に承認している。しかしこの契約関係は反省的にしか成員には認識されないのである。なぜなら成員に必要なことは自己の保有する諸権利と、政治団体を維持する諸義務の確認だからである。そのことにより、成員は対立的契機を克服し、共同の法を維持する。」このように独立した諸個人の対立に理知的な法技術を介在させることによって、日常的で共同的な政治様式を形成するという古代イスラエルの契約のモチーフを、近代の社会契約論はさまざまなヴァリエーションの下に再読して行くことになる。

2012年8月 6日 (月)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(13)

2.福音書と普遍的宗教

スピノザによれば、使徒たちが「キリストの物語をきわめて素朴に語る」という点では、その宗教は理性の領域外にある。しかし、彼らが、「キリストの与えたごく簡単な教説」である「道徳説」を、伝道地域や方法を「みずから考慮して」選択し教授したかぎりでは、彼らは「教師」にすぎず、その内容は超自然的啓示や神の命令によるのではなく「自然的判断のみに基づいて書かれた」と解される。

スピノザがヘブライ語聖書の預言と福音書における使徒の教説とを分析することによって提示したのは、両者は宗教としては同じでありながら、その表象が機能する際の様式が全く異なるという点である。ヘブライの預言者は超自然的な啓示と神の徴証によって、神政国家における神への絶対的服従を梃子にヘブライ民族のみを宗教へと導き、他方使徒たちは、自然的認識と推論に近いかのごとき形式をとりつつ、多数の民族を対象に友愛的助言として宗教をしめした。そして、この両宗教の表象様式のうちどちらがどのように優れているかといった問題設定は、スピノザの意図するところでは全くない。スピノザの目的は、先にヘブライの宗教が普遍的宗教として機能するからくりと可能性を分析して見せたように、福音書の内容は普遍的で平等主義的であるという、近代キリスト教自身による自己解釈と言説に依拠しつつ、キリスト教と言う表象が普遍的宗教として機能しうるロジックと可能性を示すことにあった、

スピノザにとってキリスト教の本質的内容とは、人々の和合と社会的秩序の樹立のために最低必要な心構えである「愛、喜悦、平和、自制、万人に対する信義」であり、「人間が、自分に欲する善を他の人々のためにも欲するようになるための唯一の基礎」である「神の観念」である。

ヘブライ語聖書や福音書がともに、外在的な契機によってではなくそれ自身の教えと歴史に従って、みずから普遍的宗教であると示しているように、スピノザにとってキリスト教信仰以外のすべての宗教も宗教であるかぎり、その宗教自身の教えと歴史にもとづいて自己自身を普遍的宗教として機能する可能性を持つと考えられた。

3.大衆と哲学者

スピノザによれば、ユダヤ教やキリスト教やその他もろもろの宗教の物語や歴史といった表象体系は相互的に異なり、またそれについて各人がもつ表象も様々に異なるがゆえに、そうした諸表象がエクリチュールとして一致することはない。しかしにもかかわらず、異なる表象から同一の行動が帰結したり同一の効果がもたらされたりと、社会的政治的現実として不思議な同一性が出現する場合がある。スピノザにとって政治とは、そうした多様な表象の存在様式をそのまま認めたうえで、そこから社会的行動や結果の同一性が引き出される地平を見通すことを意味する。しかもそうした地平が開かれる可能性と方法は、おのおのエクリチュールの構造と機能から必然的に推量可能なのである。それゆえスピノザは、例えばある者が正義や愛を実践しうる有徳な人であるという目的が達せられるならば、「各人は聖書を自分自身の意見にしたがって勝手に解釈すればよい」と言明し、「行いが善であれば、他の人々と教義が異なっていようとも、その人は信仰者であり、逆に行いが悪ければ、言葉で一致していようともその人は不信仰者である」と言うことができた。

スピノザにとって、少なくとも社会的政治的場面における限り、普遍的宗教と哲学的ないし自然的認識のどちらが優れているのかといった議論は成立しえない。

こうしてスピノザの宗教批判はホッブスの「哲学と神学との分離」とは観点を異にせざるをえない。ホッブスは、宗教的対立による内乱の解決と平和のため神学と哲学、宗教と政治を切り離し、世俗における社会契約は人間の合理的理性的計算能力により基礎づけられるべきであり、公的な宗教の教義や実践も社会契約によって立てられた主権者の合理的理性的判断に従うべきことを主張した。これに対してスピノザは、ホッブスと同様、宗教的教会権力を世俗的権力の下位に置く立場を採りながら、この問題を『神学政治論』における焦眉の理論的課題とはみなしていない、むしろ、スピノザの課題は、聖書や宗教を媒介させずともそれ自体で獲得される哲学的認識と、聖書から見出される「真の信仰」を並置することによって、信仰と哲学を分離するとともに、共存させる自然必然性を見出し、この自然的ロジックに最も抵触しない政治的社会的諸条件とその構成原理を現実的に工夫することにあった。

この普遍的宗教というスピノザのプロジェクトに類似した試みは、16~17世紀を通じて、ヨーロッパ全体に広まっていたが、キリスト教各宗派のあいだで最低限共通する教義を見出そうという、ホッブスのようなプロジェクトとスピノザのそれとは根本的に異なっていた。スピノザは既成の宗教の存在と意義をあまねく認め、すでに大衆の間で機能する可能性のある「普遍的宗教」という表象が重要だと考える。そのために必要な客観的条件は、当時のネーデルランドに混在するさまざまな宗派が、独自の教義や聖書解釈や教会組織に固執したり人々に強制したりすることをやめ、各人の「聖書を解釈する最高の権威」や「宗教について自由に判断し、…説明し、解釈する最高の権能」を完全に保証する寛容を実現することにある。スピノザにとって寛容とは、真実を見出し表象を消去しエクリチュールを統一するプロセスのために必要な手段なのではなく、異なる各々の表象形式の存在をそのまま認め、にもかかわらずそこから社会的政治的統合が帰結されるような地平が大衆的規模で見出されるプロセスに必要な手段だった。たとえば宗教と理性の、あるいは庶民(愚者)と哲学者(賢者)の認識様式が全く異なることは明確だとしても、むしろそうした明確に区別された領域を保持する寛容こそ、両者の和合的な社会的政治的行動をうみだすうえで必要な条件になる。

2012年8月 4日 (土)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(12)

第3節 歴史物語としての普遍的宗教─表象の多様性と政治的統合

こうしてスピノザにおける「政治的なもの」は、宗教を主戦場として展開されることになる。宗教心がどのように人々のあいだに政治的社会的統合をもたらすか、という社会意識としての機能を分析するに当たって、スピノザは「物語」の読解という方法と戦略を採った。ここで読み取られるべき物語の筆頭は聖書である。スピノザによれば、聖書において語られている「超自然的啓示」ないし「預言的認識」とは、徴証によって伝えられ表象力によって捉えられた物語であり、感覚や経験や記号を介して把握される第一種の感情的認識である。そして第一種の認識が、物を一定の時間(持続)や場所と関連して考える能力である以上、この物語は歴史である。

1.ヘブライ語聖書における預言的認識と普遍的宗教

スピノザによれば、モーセをはじめとしてヘブライ語聖書に登場する数々の預言者たちによる認識の特徴は、主として次の二点に集約される。その第一は、啓示の内容が幾重もの特殊的限定性に捕らわれている点である。神は預言者に対して、言葉や形象を通して語っているから、その内容は「預言者の表象能力や身体的気質、思想」に応じたものであり、その程度に応じて神の精神は制限、変形されている。さらには啓示を受けた民族も、優れていたから神に選ばれたのではなく、その預言者の程度に相当する民が歴史上選ばれたに過ぎず、預言者もまた選ばれた民の精神と把握力に応じて語った。にもかかわらず人々は、預言者の啓示や民族に関する物語や奇蹟のなかでも特殊的出来事のみを珍重し、逆に聖書の真の教えである道徳の方を無視した、とスピノザは語る。

預言的認識の第二の特徴は、それが伝達されるさいの預言者と人々との関係にある。預言者的認識は歴史上に特殊な状況で起こった物語の形をとって語られているから、それ自体には確実性はない。それは、どの預言者も神に対して神としての「徴証」を明示してくれるよう懇願した、という聖書の著述からも明らかである。それゆえ預言者から啓示を伝えられた人々は、「預言者の権威と預言者に対する信仰とにのみ頼って」啓示を信ずるしかないこうして人々は、自らの明確な認識によって神を認識するという理性と哲学の認識方法を身につけるのではなく、権威を信じる認識方法と態度を身につける。

以上のような預言的認識の形態は、エジプトを脱出したヘブライ民族の認識能力と社会意識の特質を如実に示しており、それよって彼らの国家形態も規定されることになる。エジプトを脱出したヘブライ民族が、当初民主政を成立させながら維持できず、王的な支配者を求めた原因の一つは「彼らの大多数が、賢明に法を制定し、統治権を自らの手中に共同的に保持するということに適さず、粗野な精神の持ち主で、惨めな隷属状態に消耗しきっていた」からであると看做される。

そして、スピノザは次のように議論を進める。モーセのヘブライ国家は「恐怖」による国家ではない。なぜならモーセは国家的統一を保つため、「民に恐怖よりも敬神の念からその義務を果たさせようとして」、「服従」と「敬虔」を人々に教える宗教を国家の中に導入したからである。ヘブライ人が神と契約を結んださいに生じた宗教は、統治の権利によってのみ法的力を得た。ここでの宗教権力は国家権力の下位にいるが、さらに、「ヘブライ人の統治が滅亡すると同時に啓示宗教は法的効力を失った」そして、聖書に記されている預言者を介して伝えられた神の啓示は、統治権の命令が消滅すると同時に、啓示宗教としての役割を終え、そこに残るのは「理性の普遍的教説」であり「普遍的宗教」と同じものである。

スピノザによれば、普遍的信仰とは、「正義と慈悲を愛する最高存在が実在し、すべての人は救われるためには、それに従うように義務付けられ、正義の行いと隣人愛を通じてそれを崇拝する」という簡単で基本的な教義につきる。

2012年8月 3日 (金)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(11)

3.「悲しみと憎しみ」の共同性から「喜びと愛」の共同性へ

スピノザは、大衆の中にどのような共同意識のメカニズムを見たのだろうか。

スピノザは、心身平行論を基礎に、「我々の身体の活動能力を増大させたり減少させるものの観念は…我々の精神の思惟能力を増大させたり減少させたりする」のであり、我々は精神の能力の増大を「喜び」、その逆を「悲しみ」として感じ、また我々の「精神は身体の活動能力を増大しあるいは促進するものをできるだけ表象しようとつとめ」、逆に「精神は身体の活動能力を減少させあるいは阻止するもの」の存在を排除する事物をできるだけ想起しようと努めるという、感情の法則を確認する。さらにある事象が外部の原因となって喜びがもたらされるという表象にもとづいて、その事象を所有したり維持しようと努めるのが「愛」であり、その逆の場合は「憎しみ」となり、こうした喜悲・愛想を指標として欲望が必然的に増幅・複合・転写され、多種多様な感情が発生する。とすると少なくとも「悲しみ」や「憎しみ」は人間の無能力の指標であり、他方「喜び」や「愛」やそれに連なる欲望を感じている点は、なんらかの点で「精神が自己自身及び自己の活動能力を観想している時」であり、その場合には「真のあるいは妥当な観念」を、つまり理性を有している可能性がある。

ただし、「喜び」や「愛」はあくまで表象であり、そのまま理性連なっていくものではない。ある表象が我々の心身と外部との相互関係性から必然的に生起する秩序連関を普遍的法則によって把握する認識能力が理性であり、またそれを個別的な場における必然性によって把握する認識能力が直観知だからである。「喜び」や「愛」は表象の集積を必然的に理性へと方向づけ連結させるのに役立つ。

4.スピノザにおける能動感情論─共和主義的徳から宗教的感情へ

スピノザは「各人が自己の功利を追求するよう、あるいは自己の存在を維持しようとより多く努め、かつより多くそれをなしうるに従って、それだけ徳があると言われる」とみなし、徳である能動的感情を列記する。しかし、共和主義のパラダイムが、よき政治体を維持し公的生活を営むために市民が必要とする自己統治能力及び普遍的善や正義の追求に参加し得る道徳的政治的資質、さらには偉大な立法者や独裁者が公的個人として持つべき徳について義面を展開してきたことに対して、スピノザは消極的である。つねに絶対的権力を持つ独裁官に対する恐怖によって、統制、抑圧されている国家は安定的であると言うよりも必然的に危険に陥ると警告する。愛国心や金銭的ないしは公的名誉心を高く評価しない。アリストテレスに由来する徳の名称を受け継ぎつつも、その内容を非自律的で政治的資質に欠ける大衆でも持ちえる、功利的感情や寛容の気質へと転換している。そしてスピノザの議論に特徴的なことは、この能動感情の典型的形態が「敬虔」と「宗教心」に求められることである。

スピノザにとっては、敬虔や宗教心とは、神を愛する自分と神との関係性の意識であるとともに、それを介して自己と他者(物)との関係を適切に設定し、みずからの欲望を制御していく社会意識のことであり、共同体形成のための意識原理の基礎と考えられていた。そして、スピノザにとって敬虔こそが、国家形成における能動感情として重要な役割を果たしている。そもそも理性や善の認識は感情に対して無力だが、能動感情は感情であるが故に、感情・欲望に対して有効な療法として機能しえる。それゆえ、能動感情としての宗教心は、大衆に開かれた倫理であり、あるいは無意識的にすでに経験している卑近な倫理でもある。

2012年8月 1日 (水)

あるIR担当者の雑感(76)~コーポレートガバナンスって本気でやっているの?

これ実感です。私は、勤め先では担当者でもあり、各社の担当者と情報交換したり、各種の説明会に出たりしますが、そこで肌で感じています。各社の担当者は正直言って面倒臭がってます。社内でも胡散臭がられています。もともと、海外はじめとして機関投資家からの投資の妨げになっているからと政府や市場関係者が積極的に進めたものですが、機関投資家とのミーティングでコーポレートガバナンスのことを訊かれたことは一度もありません。また、先日株式懇話会という株式事務の担当者の集まりと東京証券取引所と合同で勉強会がありましたが、独立役員等の独自のコーポレートガバナンスに関する規制を行っている東証の担当者は企業の担当者から、それぞれの企業にとって具体的にどのようなメリットがあるのかという質問に答えられませんでした。

会社法の改正の議論や証券取引所の上場規則であらたな制度を構築するとか、マスコミや学者の人たちが建前だけの議論を行っていて、ときどき話題になりますが、自分はやっているんだというアピールをしているだけにしか見えません。今までも、実際に法律が改正されたり、政府の諮問委員会での議論が公表されてきましたが、どれもこれも、もっともらしい外形だけ整えるのに汲々としているといか見えません。魂が籠っていないのが明白というのか、これじゃあ、だれも本気でやろうとしないだろうな、嫌々半分で取り繕ってお茶を濁して終わりになるだろうというのが、やる前からはっきりしている、多分作る方も分って作っているのだろうと思います。そんなもの要らないと言ったところで、仕事がなくなってしまうでしょうから。そうせざるを得ないのだろうと思います。

最近、大きな不祥事が続けて表面化しています。たしかに。でも、今、検討されている制度を導入したからと言って、それで防げると信じている人は、正直なところ、いないでしょう。

そもそも論でいいますが、投資の妨げにならないように、という目的についていえば、投資にはリスクが付き物です。高いリターンを求めるにはリスクを取らないといけません。だから、投資する方は不祥事とか、ガバナンスに関することをリスクとしてリターンと衡量するか、投資しながら監視するのは当然のはずです。私には、今のコーポレートガバナンスの論議や施策はそのリスクを見えなくするだけのごまかしのように見えます。

例えば、オリンパスの株式について、不祥事によって株価は大きく下がったわけですが、その株式を推奨したアナリストや証券会社、あるいはファンドマネージャーは、そのリスクを見落としたということで何の制裁を受けたでしょうか。寡聞にしてそういった話は聞いたことがありません。大震災ではありませんが。想定外として自然災害と同じように扱っているのでしょうか。このことからも、コーポレートガバナンスを投資する際のリスクとして本気で考えていないということが明白です。

また、議決権行使助言会社というのがあります。機関投資家が多くの企業に投資しているので、株主総会で投資先の会社の議決権の行使をするときに助言会社の意見を聞いて議案の賛否の投票をするというものです。ここで、よく考えてみてください。機関投資家は企業に投資した時に、企業のことを散々調べて経営者にインタビューして人物を確かめたり、企業に出向いて実際に見てみたりと、助言会社よりも数倍その企業のことを把握しているはずです。実際に投資を判断したファンドマネージャーは助言会社などよりその企業の現状を把握し、見識を持っているはずです。多分、投資先の企業が変な方向に向かおうとしたら早い段階でキャッチして投資を引き上げるかなどの動きをするはずです。そういう人がいるはずなのに、なぜ外部の助言会社にわざわざ頼む必要があるのか。例えば、不適切な人物が取締役に加わることは投資リスクが高まることに直結するはずです。それを防止することができるはずなのに、あえて外部の助言を聞くというのは本気でない証拠としか、投資される側の人間には考えられません。

また、議論にもっともらしいコメントを言っているマスコミの場合も、企業としては権益に守られて独立した企業として存続できない他人任せの状態でガバナンス等と言えるのか、自分の足元を見ろというものです。

なんか、やるべきことを本気でやっていないことを糊塗するために、制度のせいにして、自分はのうのうとしている、としかコーポレートガバナンスを巡る一連の議論や動きは見えません。

もちろん、事業会社が一番の当事者としてもっとも責任があるのは、もちろんで、それを棚上げしているつもりはありません。私もその中で当事者としています。だから、ここで言ったことは、すべて私にも還ってくることは自覚しています。

 

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(10)

第2節 「人民」における自然法と「大衆」における徳

1.アルトゥジウスとグロティウスにおける「人民」とスピノザの「大衆」

独立戦争の勝利が確実になると、「人民」は抵抗権を正当化するという目的だけでは語りきれなくなり、人民主権の正当性を集合的に法や議会の機能に求めることだけでは不十分となり、政治的なものを人民の構成員として個々人に担わせ、個々人の要求や利害を来示的権利として設定し、そこから人民の主権を演繹拗ね必要が生ずる。こうした共通の課題はアルトゥジウスやグロティウスの政治理論の中にも見出される。

アルトゥジウスによれば、人民とは仮想の烏合の衆を意味するのではなく、「ひとつの統合された王国のメンバーとして社会化された集合体」、つまり市民生活における共生様式に組織化された人々のことである。共生様式とは、人々が社会的必要に迫られて財・労働・サーヴィスを交換し合い、法すなわち権利を共有しあうことから生まれるものであり、具体的には家族、組合、村、町、州等のことである。このような共生様式は、人民の主権を体現した国家そのものであり、その成立根拠は、個人の利益追求と自発的意志と契約に求められている。しかし個人の利益追求によるだけでは生活共同体は形成されえず、それは人間が本来持つ社会本性や自然的な相互結合を各人に促す「自然法」といった共同体意識によって補強されなければならない。しかも各人は、各種団体に統合され団体内で妥当する権利を享受し義務を遂行する限りにおいてのみ、国家の主権者たりうる。アルトゥジウスは、個々人が主権者であるとは決して規定していない。

アルトゥジウスが社会的本性を述べているのに対して、グロティウスでは人間の社会性や自然法は個人の自己保存欲の一種ないしはその延長上において規定され、近代的な自然法論の理論構成に接近してくる。人間は自己保存欲と同時に「社会的欲望」と言語を介した総合的判断力を持つが故に、「理性的かつ社会的な人間の本性」に基づいて自然的な「社会の保護体」を形成できる。こうした人間の本性は、「他人のものを侵さないこと、…約束を履行する義務…人々のあいだにおいてその罪に従って当然の罰を課すること」を命じる「自然法」にも合致している。それ各人の功利追求の心と相反するものではなく、人々は「現在及び未来のことに関して、いかなるものが有利か、有害であるかを決定する判断力」を持っているが故に、自然法を遵守することができ、集合体の中で明示的ないし黙示的に契約を行うことができ、国家形成と市民法の制定が可能なのである。しかし、グロティウスにおいては、個人の自然権および自然状態の概念は確立されていない。グロティウスのいう個人=自然人は、妻、家人、奴隷、家来を含まない「家長」を指している。それゆう、個々人はすべて平等な権利と義務を持つわけではない。

2.公共的「市民」における道徳的自然法

こうした無既定な個々人の集合体たる大衆は、いかなる原理にもとづいて新しい政治社会を形成しえるのか。個々人がたんに自己保存を追求しただけでは、相互敵対的な自然状態が現出するのみである。ホッブスにおいては、大衆が相互的な契約へと導かれる契機は、死への「恐怖」と未来に快適な生を求めようとする「希望」の情念、及び人々が同意し得る平和の諸条項を示唆する理性とに求められた。理性とは各人が自己保存のために自らの力を用いる上で、最も適切な手段を自由に判断することである。そうであるからこそ理性は、戦争状態において自らの自然権を無とする可能性よりも、「平和に対する希望」と「平和に向かって努力すべきだ」という第一の基本的な自然法を選択する。ホッブスにおいては、国家成立とその後の国家運営に際し市民相互間および市民と代表主権とのあいだの政治的同意の基礎に、なんらかのかたちで自然法を基礎にした道徳が存在していた。しかし、ホッブスにおいても、自然法を順守しえない人々がいることは考慮されており、それゆえ市民的権力の樹立とそれによる強制と制裁が必要とされた。ホッブスにおいては、大衆は国家契約の場にのみ現われ、その後一切登場しないが、それは国家を形成している人々は、自然法を遵守している点でもはや大衆ではなくも主権者擁立の責任主体としての市民である。

これに対して、スピノザはホッブスとは全く異なる前提を立てる。スピノザは、大多数の人々が理性の立場に立ちえないという現状認識からさらに一歩進んで、人間が理性的ではないこと、感情や欲望を制御し得ないことは、その人間の資質、環境、教育によるものではなく、人間の置かれている自然的位置からして必然であり、むしろそれが自然法則としての自然法であると看做す。さらに、ホッブスにおいて理性に到る道程で有効に機能すると考えられた言語、熟慮、意志などが理性を形成し得る直接の手立てとはなりえない。スピノザは、個々の感情がどのような自然的社会的原因によって発生し、その後どのようなメカニズムで拡散、変形、増殖していくかを詳細に検討している。その結果自己と他者ないし他物との関係性を自己保存と言う目的に照らし合わせて的確に判断すると言う、人間本来の認識機能は正常に作用することはない。ホッブスの言う自然法を認識し得る理性が近代的な市民意識と道徳を、そしてさらには近代的な政治能力を示しているとすれば、スピノザの言う個々人の集合体は、市民的資質と政治的能力を欠如させている点で、まさに「大衆」と呼ぶに相応しい人々である。

このようにスピノザが論じている感情・欲望の増殖と奇形化のメカニズム、およびそれに従属する人間の姿とが、近代市民社会一般に共通する自然法則としての社会現象であるとすれば、近代国家が前提としている市民的道徳を有した個人は、まさに近代社会の政治経済体制そのものの法則性のゆえに成立不可能であるというジレンマに置かれていることになる。

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