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2012年8月19日 (日)

生誕100年 船田玉樹展─異端にして正統、孤高の画人生(1)

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2012年 8月17日(金) 練馬美術館

夏休み中ではあるけれど、都心のセミナーに出かけなければならない。幸い、セミナーは午後3時からなので、少し早めに家を出て、練馬美術館に寄ってみることにした。西武池袋線の中村橋という、都心から少し離れ、自宅からは距離があるため、なかなか出かけにくい場所で、敢えてそのために無理して出かけるのもどうか、しかも、この猛暑の中で、ということで、ちょうどよいついでとなったので出かけることにした。美術館は駅前の商店街の裏を抜けてすぐのところで、公園の中の静かな環境の中にあった。しかし、夏休みで子供向けのワークショップが開かれていて子供が走り回っているのと、節電の関係で近所の老人たちがロビーに涼みに来ているのとで、美術館にしては雑然としていて、なかなか落ち着いて作品に対峙することができなかった。また、なかなかペースが掴めない中、展示作品数が多いのと、各作品の密度が濃いので、全部観て回るのに時間が足りなくなって、最初にざっとみただけで時間が足りなくなってしまったのは、とても残念。とはいっても、濃厚でこってりした作品の数々に徐々に満腹感がつのっていったのも事実で、しかし、意外に食傷することはなかったけれど。

船田玉樹という画家については、私はよく知らないのでパンフレットの文章を引用します。

「船田玉樹と聞いて分かる人は、よほどの日本画通。と言うのも、後半生のほとんどを郷里広島に隠棲して中央画壇から遠ざかっていたからです。1912年、広島県呉市に生まれた玉樹は、最初は油画を学ぶために上京しますが、琳派の華麗な作品を見て感銘、すぐに日本画に転向します。最初の師は、かの天才日本画家、速水御舟でした。しかし、まもなく御舟が没したため小林古径に師事。そこで、まずは謹厳な線描と端麗な色彩を駆使した日本画表現を学んだ玉樹でしたが、その後、1938年からは岩橋英遠や丸木位里らと「歴程美術協会」を結成して、シュルレアリスムや抽象主義などを積極的に取り入れ、日本画を基礎にした前衛表現を戦中まで追求しました。いわゆる、日本画のアヴァン・ギャルドとして名を馳せたわけです。しかし、戦後は、郷里の広島にひきこもって創作を続け、岩絵具や墨のみならず油彩やガラス絵など様々な画材とひたすら向き合った作品を残しました。その作品は、御舟や古径の芸術の精髄を正統に受け継ぎ、精緻にして絢爛、端麗にして華美、そして豪胆そのものです。さらに驚くのは、60過ぎの時、クモ膜下出血に倒れ右半身が不自由となりながらも、右手で筆を持つことにこだわり、油彩による自画像を描く習練からやり直し、やがて大画面に樹木の枝を繊細な筆致で捉えた作品を描くまでになったのです。そして、1991年に78歳で亡くなるまで、その晩年にいたってますます豊かに華やかになっている、こんな画家は過去に若冲や鉄斎くらいではないでしょうか。」

ちょっと引用が長くなりました。美術館のパンフにしてはかなり持ち上げていますが、それだけキュレーターの思い入れがあるということでしょう。ここで紹介された経歴や展示されている作品をざっと見通すと、この紹介の文章の通りなのですが、意地悪く言えば、節操がないとも言えます。油絵を志し、琳派の作品を見てひょっと日本画に転向、正統的な日本画を学びながら流行の最先端に飛びつくという具合です。軽薄な奴といってもいでしょう。というよりも、船田本人はあっけらかんとしているのかもしれません。あまりスタイルにこだわると言う人ではないようです。それは後で紹介しますが、滝を連作で描いた作品群で、よくまあ、これだけと言えるほど様々な作風で描いています。しかし、それらに共通しているのは、画面全体にわたって、それこそ隅々まで描き切ってしまっているということです。ふつう、日本画というのは、画面の一部に描き込み大部分を余白にして、そこを見る人に想像させることをします。そこから、風情とかわびさびとか、いろいろな要素が生まれてくることになるわけです。しかし、船田の作品はそんな余白が全くありません。描線や彩色で画面全体が埋め尽くされている、そんな印象なのです。そこから感じられるのは、描いているのが楽しくてしょうがないというような意欲で、余白なんかもったいない、そんな余裕があれば描いてしまおう、とでも言うような描くことに対しての欲求の漲りがかんじられるのです。これは、理論とか理念というような頭で考えことではなくて、画家の本能的なものなのでしょう。だから、大画面に描線や色彩で埋め尽くされたものが見る者に迫ってきても、強迫されるようなものは皆無で、重苦しさとか感情的なもの、心理的なものは全くないのです。神経症的なものが多い近代以降の芸術というもの(があったとして)、これほど爽やかといっていいのは珍しいのかもしれないと思いました。つい、数日前に現代作家の安藤正子の展覧会を見てきましたが、彼女の理論云々ではなくて、自己の感じたままに従って描くタイプの作家に見えましたが、船田ほど楽天的に徹底できなくて、どこかで考えている目線を感じさせられ、これでいいのかと自問するような留保がどこかにあるような感じがしました。それが、彼女独特の抑制された画面を形づくっているかもしれませんが。船田とは時代が違うといわれればそれまでですが、人物の破天荒さのスケールが違うかもしれません。きっとこの人は、周囲の人を振り回し、かなり迷惑をかけたのではないかと思います。しかし、当人はそれに気づいていないというような人だったように想像してしまいます。

そういう意味では、展覧会ではいくつかの時期を画して、スタイルの変遷などを追っていますが、表面的なスタイルは変わっても、首尾一貫してぶれることはなかった画家だと思います。展覧会では

第1章 画業のはじまり

第2章 新たな出発

第3章 水墨の探求

第4章 孤高の画境へ

と分けて展示されていました。

この後は、その章に分けて、個々の作品を見ていきたいと思います。

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