無料ブログはココログ

« 柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(12) | トップページ | 柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(14) »

2012年8月 6日 (月)

柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(13)

2.福音書と普遍的宗教

スピノザによれば、使徒たちが「キリストの物語をきわめて素朴に語る」という点では、その宗教は理性の領域外にある。しかし、彼らが、「キリストの与えたごく簡単な教説」である「道徳説」を、伝道地域や方法を「みずから考慮して」選択し教授したかぎりでは、彼らは「教師」にすぎず、その内容は超自然的啓示や神の命令によるのではなく「自然的判断のみに基づいて書かれた」と解される。

スピノザがヘブライ語聖書の預言と福音書における使徒の教説とを分析することによって提示したのは、両者は宗教としては同じでありながら、その表象が機能する際の様式が全く異なるという点である。ヘブライの預言者は超自然的な啓示と神の徴証によって、神政国家における神への絶対的服従を梃子にヘブライ民族のみを宗教へと導き、他方使徒たちは、自然的認識と推論に近いかのごとき形式をとりつつ、多数の民族を対象に友愛的助言として宗教をしめした。そして、この両宗教の表象様式のうちどちらがどのように優れているかといった問題設定は、スピノザの意図するところでは全くない。スピノザの目的は、先にヘブライの宗教が普遍的宗教として機能するからくりと可能性を分析して見せたように、福音書の内容は普遍的で平等主義的であるという、近代キリスト教自身による自己解釈と言説に依拠しつつ、キリスト教と言う表象が普遍的宗教として機能しうるロジックと可能性を示すことにあった、

スピノザにとってキリスト教の本質的内容とは、人々の和合と社会的秩序の樹立のために最低必要な心構えである「愛、喜悦、平和、自制、万人に対する信義」であり、「人間が、自分に欲する善を他の人々のためにも欲するようになるための唯一の基礎」である「神の観念」である。

ヘブライ語聖書や福音書がともに、外在的な契機によってではなくそれ自身の教えと歴史に従って、みずから普遍的宗教であると示しているように、スピノザにとってキリスト教信仰以外のすべての宗教も宗教であるかぎり、その宗教自身の教えと歴史にもとづいて自己自身を普遍的宗教として機能する可能性を持つと考えられた。

3.大衆と哲学者

スピノザによれば、ユダヤ教やキリスト教やその他もろもろの宗教の物語や歴史といった表象体系は相互的に異なり、またそれについて各人がもつ表象も様々に異なるがゆえに、そうした諸表象がエクリチュールとして一致することはない。しかしにもかかわらず、異なる表象から同一の行動が帰結したり同一の効果がもたらされたりと、社会的政治的現実として不思議な同一性が出現する場合がある。スピノザにとって政治とは、そうした多様な表象の存在様式をそのまま認めたうえで、そこから社会的行動や結果の同一性が引き出される地平を見通すことを意味する。しかもそうした地平が開かれる可能性と方法は、おのおのエクリチュールの構造と機能から必然的に推量可能なのである。それゆえスピノザは、例えばある者が正義や愛を実践しうる有徳な人であるという目的が達せられるならば、「各人は聖書を自分自身の意見にしたがって勝手に解釈すればよい」と言明し、「行いが善であれば、他の人々と教義が異なっていようとも、その人は信仰者であり、逆に行いが悪ければ、言葉で一致していようともその人は不信仰者である」と言うことができた。

スピノザにとって、少なくとも社会的政治的場面における限り、普遍的宗教と哲学的ないし自然的認識のどちらが優れているのかといった議論は成立しえない。

こうしてスピノザの宗教批判はホッブスの「哲学と神学との分離」とは観点を異にせざるをえない。ホッブスは、宗教的対立による内乱の解決と平和のため神学と哲学、宗教と政治を切り離し、世俗における社会契約は人間の合理的理性的計算能力により基礎づけられるべきであり、公的な宗教の教義や実践も社会契約によって立てられた主権者の合理的理性的判断に従うべきことを主張した。これに対してスピノザは、ホッブスと同様、宗教的教会権力を世俗的権力の下位に置く立場を採りながら、この問題を『神学政治論』における焦眉の理論的課題とはみなしていない、むしろ、スピノザの課題は、聖書や宗教を媒介させずともそれ自体で獲得される哲学的認識と、聖書から見出される「真の信仰」を並置することによって、信仰と哲学を分離するとともに、共存させる自然必然性を見出し、この自然的ロジックに最も抵触しない政治的社会的諸条件とその構成原理を現実的に工夫することにあった。

この普遍的宗教というスピノザのプロジェクトに類似した試みは、16~17世紀を通じて、ヨーロッパ全体に広まっていたが、キリスト教各宗派のあいだで最低限共通する教義を見出そうという、ホッブスのようなプロジェクトとスピノザのそれとは根本的に異なっていた。スピノザは既成の宗教の存在と意義をあまねく認め、すでに大衆の間で機能する可能性のある「普遍的宗教」という表象が重要だと考える。そのために必要な客観的条件は、当時のネーデルランドに混在するさまざまな宗派が、独自の教義や聖書解釈や教会組織に固執したり人々に強制したりすることをやめ、各人の「聖書を解釈する最高の権威」や「宗教について自由に判断し、…説明し、解釈する最高の権能」を完全に保証する寛容を実現することにある。スピノザにとって寛容とは、真実を見出し表象を消去しエクリチュールを統一するプロセスのために必要な手段なのではなく、異なる各々の表象形式の存在をそのまま認め、にもかかわらずそこから社会的政治的統合が帰結されるような地平が大衆的規模で見出されるプロセスに必要な手段だった。たとえば宗教と理性の、あるいは庶民(愚者)と哲学者(賢者)の認識様式が全く異なることは明確だとしても、むしろそうした明確に区別された領域を保持する寛容こそ、両者の和合的な社会的政治的行動をうみだすうえで必要な条件になる。

« 柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(12) | トップページ | 柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(14) »

スピノザ関係」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(12) | トップページ | 柴田寿子「スピノザの政治思想 ~デモクラシーのもう一つの可能性」(14) »