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2012年9月

2012年9月30日 (日)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(4)~「執筆する聖ヒエロニムス」

最初の少年から10年、「ナルキッソス」から5年、短期間で、明暗のメリハリは深度を増して、劇的要素が同じ画家とは思えない程深化した印象です。

Caravaggiogirolamo横の画面に、暗闇の中に執筆している聖ヒエロニムスと机、そして机の上に置かれた髑髏だけが浮かび上がるというものです。その暗闇とスポットライトを浴びて浮かび上がる聖ヒエロニムスと髑髏の対照が、この作品の最大の魅力ではないでしょうか。劇的な緊張というのでしょうか。劇場的という言葉が一時期政治の世界である宰相のパフォーマンスを形容するのに使われましたが、外面的に派手なパフォーマンスで民衆の支持を集めて、実質的にこまかな政策論議を成り立たせ無くしてしまうというニュアンスで語られていました。この作品を見ていると、そういう意味での劇場的という形容が当てはまる印象です。外面的効果を徹底的に追求している、それはアコギと思われるくらいに。それだけに、この作品を見る人は教養ある聖職者から庶民まで、その圧倒的な効果に、一様に強い印象を受けたのではないでしょうか。当時はキリスト教会のカトリックとプロテスタントの対立が深刻で、そこでのプロパガンダとして機能を、この作品は期待されていたのではないかという想像をしてしまいます。

真っ暗な中に浮かび上がる聖ヒエロニムスと髑髏は、まるで劇場の舞台でスポットライトを浴びて観客の注目を一身に集めてモノローグを読む主演俳優のようです。そのために、他の画家が聖ヒエロニムスを描いた作品と違って、書斎の描写を一切省略して黒く塗りつぶし、小道具としては机があるだけで、視線の拡散を防いでいます。そして、髑髏の赤みが少し入ったクリーム色、机と書籍の茶系統の色、聖ヒエロニムスの肌色とマントの赤と色調が、赤が入った黄色から茶色の系統で統一されていて、注意の拡散を防ぎ、中でも比較的印象の強い赤に視線の注目が集まるように作られています。

聖ヒエロニムスに光が当てられていますが、上半身の部分と机上の髑髏と執筆されている書籍に当てられ、下半身と机の下の脚の部分は影となっています。とくに聖ヒエロニムスの下半身は赤いマントで覆われて描かれていません。舞台でモノローグする主演俳優のようだと書きましたが、その強調したい部分だけにスポットライトが当たり、あとは影として観客に見えないように周到に排除されています。

しかし、現代の考え方で言えば一番焦点の中心となるべき顔の表情は、陰影を濃くして、執筆のため下を向かせているため、顔の中心である目は注意深く隠されています。これでは、中心である聖ヒエロニムスの内面が隠されているのです。近現代の個人の主体性というものが尊重される今だからの、これは視点で、当時は神を信仰し、すべてを神に委ねる、とくに聖人に列聖されているひとには、人間的な感情といったものは、仏教で言えば煩悩というわけで信仰の邪魔になると考えられていたかもしれません。その時に個々人の感情とか内面といったものよりも、具体的な信仰という行為が重要だった。とすれば、内面は空っぽでいいわけで、外面の行為としての信仰、ということを考え、さらに前に話したように、当時の新旧の宗派対立が激しかった時代状況の要請でプロパガンダとしての機能を期待されていたとしたら、このような作為的というのか、芝居がかったような絵画を制作して、一般の民衆にインパクトを与えるという目的に適うものであったと思います。

カタログ等の解説書には、明暗の対照や聖ヒエロニムスが老境にあり瘠せさらばえていることや、髑髏が象徴的に描かれていることから生死の世界を象徴的に描いていると解説している者もあります。現代の心理学的というのか、行動主義的な会社にどっぷりと浸かった私のような人間は、そう考えたい誘惑にいつも捉われます。とくに、この時代、ドイツでは宗教戦争で国土は荒廃し、イタリアもペストが猖獗を極めた後で死というものが間近であった時代と考えられることから、そう考えたくなります。ただ、それを作家個人の芸術的意図のように考えるのには、違和感を感じます。

2012年9月29日 (土)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(3)~「ナルキッソス」

私は、どちらかというと近現代の絵画の展覧会をよく見に行きます。機会があれば、つとめて行きたいと思っているのが抽象画の展覧会です。それが、今回は近世のバロック絵画、カラヴァッジョというのですから。勝手が違います。私は美術史家でもないし、そういうことを考えているわけではありませんが、絵画の概念が当時と今では違うし。画家のあり方とか、画家が絵画を描く目的とか動機といったものが異なっているはずなので、近現代の作品と同列に扱うのは、そもそもおかしいと思います。例えば、カラヴァッジョは芸術家ではなかったはずで、作品の芸術的価値といったことは議論してもしょうがないでしょう。というような堅苦しいことは、私は単なる素人で作品を眺めて、ああでもない、こうでもないと考えてみることが好きな人間なので、私の個人的で主観的な好み、好き嫌いで作品を見て、その感想をここで語っているわけです。とくに、私は、作品を商品として見てしまうので、そういう見方がカラヴァッジョのような近世の画家の作品に適当かどうかは、なんとも言えません。ただし、そういうことの本質的な違いは、私も認識しながら、ここで感想を書いていきたいと思います。

Caravaggionarcisoこの絵は、ギリシャ神話、あるいはそれをベースにしたオヴィディウスの「変身物語」にあるナルキッソスとエコーの物語を取り上げたもの。美少年ナルキッソスは、その美しさゆえに見る者すべてを魅了したが誰にも心を許さなかった。ニンフのエコーは、ゼウスの浮気を助けた罰として女神ユノーに罰を受け、話しかけられたときに相手の最後の言葉を繰り返すこと以外には口がきけなくなってしまう。そんなエコーが恋したのがナルキッソスだったが、自分から話しかけることが罰によりではず、恋は成就せず、エコーは失意のうちに衰弱し、森の中で声だけの存在になってしまう。それが木霊。それを見ていた復讐の女神ネメシスはナルキッソスに罰を与える。これによって泉で水を飲もうとして、水面に映った自分の姿に甲をしてしまう。答えぬ水鏡に映った自分の姿を抱こうとして泉に落ちて溺れ死んでしまう。

後にフロイト等によって、ナルキッソスの水面に映った自分の姿に恋するところを自己愛とか、自己陶酔といった意味合いのナルシシズムという症例として理論化されていきます。しかし、カラヴァッジョ の時代はそのような精神分析などというものはなく、そういう近代的な神経症というよりも神話の有名なエピソードとして取り上げたのだと思います。疑問なのは、この時代の画家は注文によって絵画を制作するのですが、誰がどのような事情で注文したのか、おそらく有力な聖職者か裕福な市民がギリシャ神話の話を部屋に飾るために工房に注文したのでしょう。

それにしても、この作品は、そういう注文には似つかわしくない、さっき余計なことを書きましたが、後の精神分析のナルシシズムということの説明にピッタリとくるような画面になっています。そこで、どうしても現代の視点での解釈を施したい誘惑に駆られてしまうのです。カラヴァッジョ が死後忘れられていたのが20世紀に再発見され、急速に人気作家となったのは、そういう要素が大きいと思います。たとえば、同じ題材を扱った、古典派のプッサンやラファエル前派のウォーターハウスの作品と比べてみるとカラヴァッジョ の作品が同じ題材を扱っているとは考えられない程大きく違っています。他の二つの作品では、緑豊かな明るい風景の中に、ニンフのエコーや泉の周囲の花など物語に関する事物が描かれています。これに対して、カラヴァッジョ の作品は、ナルキッソスが水面に映る自分の姿に恋した瞬間の集中し、それ以外のものは本質でないとして排除してしまっています。まるで、ナルキッソス自身の心の風景とでもいった現代的な解釈ができてしまうのです。明るいはずの周囲を敢えて暗くして、ナルキッソスの表情にスポットライトをあてて、その瞬間の表情の動きから、彼が恋に落ちたことが一目でわかるような措置が施されています。実際、観る者の視線はナルキッソスの顔に自然と導かれますから。そして、ナルキッソスのプロフィールが何と切ない表情をしていることか…。この全画面が、この表情にむけてみる人の視線が集まるように画面が構成されているように見えます。比較した二つの作品では、そういう視線の集中というよりも、物語の場面を過不足なく要領よくまとめたという感じですが、カラヴァッジョ の作品はナルキッソスの内面のドラマを描こうとしているように見えてくるのです。これって、近代以降の芸術の見方ですよね。そのために、この恋の対象となる水面に映ったナルキッソスの姿を描く必要があった。そして、ナルキッソスが水面に映る自分の姿を見、それが自分とは気が付かないような、水面への接し方を示すひつようがあったため、この作品のような不自然なポーズを作らざるを得なかったのではないか。実際、なんかナルキッソスのポーズは不自然で不格好というか、画面の中で決まっていない。これなど、美よりも真実を優先する近代的志向にぴったりくるものでしょう。その結果、画面の構成が上下で水面を境界線として上下対称の構図、まるで、トランプのキングやクィーンのカードのデザインのような、図式的なものになった。しかも、このような図案は精神分析でいかにも使われそうなデザインです。そして、全体の暗さ。これは光と影というキアスクーロの手法から取らざるを得なかったのかもしれませんが、心理学でいうナルシシズムはコンプレックスを起源とすることが多く、この画面の暗さは自己愛の基盤となっているコンプレックスの闇であるという穿った解釈だってできてしまうのです。

また、気が付かれた方は多いと思いますが、ナルキッソスが来ている衣装がカラヴァッジョ の作品だけ違っています。他の二人の作品では、いかにもギリシャ神話に出てくる狩人の扮装ですが、カラヴァッジョ の場合は当時の青年の来ている服をきているようです。現代ならTシャツとズボンというところでしょうか。つまり、ギリシャ神話の一場面から、現代に置き換えて普遍的な青年の悲劇として描かれている、当時としては。それを見た当時の人は、どう見たのか。単なる神話の一場面ではなく、自分にもあるかもしれないという一種の共感を持てることがあったのではないか、それが感動ということに連なって…、という近代的な解釈にどうしても傾いてしまいます。

この作品で、物足りないと思うのは、その一番大事なナルキッソスの顔の描き方です。私には、描き込みが足りないように見えます。影が薄く、生気があまり感じられない。顔を見る限り、とても美少年には見えない。そこが絵画作品として、どうかということです。

最後に脱線です。日本のアニメーションはリミテッドアニメと言われています。それはディズニーのようなすべてを動画で描きスムーズで滑らかな動きをするアニメーションに対して、低予算で動画のコマを描くことができないため、背景を省略したり、動きがぎこちなかったり、ときには静止画で時間を稼いだりしたものです。それを日本のアニメーターたちは劇的な効果や心理的な効果に逆に利用しました。それが日本アニメに独特の心理的な掘り下げた描写などに結晶していったといいます。たとえば、「あしたのジョー」のラストシーンですが、本来リングの周囲にあるはずの観客やセコンドなどすべてが省略されてジョーたけが描かれています。そして、カラー画面であるはずなのに色彩が排除されて、燃え尽きたというジョーの姿を象徴的にあらわし、この場面では本来画面が動くはずのアニメーションが動きすら止めてしまったのです。なんか、カラヴァッジョの、この作品に通じるところがあるのではないか、と現代の観客は思ってしまうのです。

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(2)~「メランゴロをむく少年」「果物かごを持つ少年」

美術館の玄関に入り受付をぬけて、ロビーに入った正面に「果物かごを持つ少年」は展示されていました。入って正面の一番目立つところです。展覧会のポスターにも載せられていましたので、この展覧会の目玉なのでしょう。光り輝くような印象を与える作品と言えます。しかし、この作品の中で、光り輝くほど描きこまれ燦然としているのはかごに入った果物で、その華やかな色彩と、生々しい描写に加えて、キアスクーロの手法で光が当てられているので尚更です。一方、かごを持つ少年は影が薄いんです。少年の肩脱ぎになって露わにされた肌は赤みがかかった肌色ですごく目立っています。しかし、存在感が薄い。少年の肌の色は目立つのですが瑞々しさとかそういうものではなく、色彩自体の派手さで目立つという感じです。参考として、バロック初期のパミジャニーノの「凸面鏡の自画像」とバロック後期のムリーリョの「乞食の少年」を比べてみてください。ムリーリョの作品は、色彩は派手ではないのですが、少年の肌の柔らかさ、それゆえの傷つきやすさのようなものが、そのポーズや乞食という境遇のリアルな描写とあいまって印象深く迫ってきます。その肌のリアリティはくすんだような色調にも拘らずです。一方、「凸面鏡の自画像」は凸面鏡に映し出されたという技巧的な体裁の作品ですが、そこに映し出された少年の顔の美しさは、ちょうど子供と大人の境界線の微妙な時期の特権的なものです。これは、すぐに崩れてしまうような、はかなさが凸面鏡のよる画面全体の歪みが、その後を予感するような不吉さとなってあらわれ、それと対比に少年の顔の美しさが強く印象に残ります。

Caravaggiosyounen2これらの作品に比べて並べてみると、カラヴァッジョ の少年は、果物と一緒に描かれ、果物に負けてしまっている。そもそも、そういう作品なのか、と思っても光の当て方がそうではありません。もし最初から果物中心の絵画にするのなら、光は果物だけに当てて少年は影の中に入れてしまえばいいのです。しかし、それをやっていない。少年の肌の色は目立つのです。しかし、少年と描写と色彩は噛み合っていないし、少年の顔は美少年という顔ではない。モデルを写生してそのままなのかというと、顔と首、として身体のバランスが合っていないように見える。首の傾げ方不自然で、顔の筆遣いが雑で、筆の後が粗くのこって、まるで皺のように見えて見苦しくなっている。左右の目のバランスもとれていない気もする。要するに、画家が手を抜いたか、他の人に書かせたとしか思えないのです。肩を露わにしたポーズは女性が取ればエロチックなものになるはずが、少年でも同じような効果が期待できてもよさそうなのですが、描写がぞんざいというのか、力がはいっていないようなので、影が薄くなってしまっている。他にも、カラヴァッジョには少年を題材にした作品がありますが、どれもパッとしないのです。(これは、私の主観的な印象です)

カラヴァッジョという画家は少年とか女性の細やかな描写には向いていないかもしれないと思いました。先ほどのパルミジャニーノの作品と比べるとはっきりするのですが、パルミジャニーノの作品は、光と影の使い方が繊細で細かな陰影を細密に描いています。これに対してカラヴァッジョの場合は光と影の対照が強烈で劇的な効果を生み出しますが、光と影か対立するように扱われてパルミジャニーノのようなグラデーションが細かく描き込まれていません。両者の光と影の違いは、例えばテレビと映画の画面の違いと考えてもいいのではないかと思います。テレビの画面は小さくクローズアップを多用するため、人の表情の動きを捉え、出演する俳優も顔の表情を中心に演技を組み立てます。これに対して、映画の場合は大画面で、風景全体を映すロングショットも可能で、俳優は広い空間を動き回ります。映画はその動きを捉えて映画の画面に運動を与えます。クローズアップは行われますがテレビに比べると少ない。そのため、俳優の演技は顔の表情という動きの少ないものではなくて、俳優自身の身体の動き、あるいは複数の俳優の動きのアンサンブルが中心になります。

この喩えでいえば、カラヴァッジョの作品は映画的と言ってもいいと思います。少年の顔とか繊細な描写というのは、このような場合、かえって邪魔です。後の宗教的な大作では、画面の人物たちは表情というよりも身体全体のポーズや位置関係で一瞬のドラマを作っていました。そういう身体の動きを見てもらうには表情は邪魔になります。そういう意味で、この作品はカラヴァッジョ の得手不得手という特徴がよく出ている作品と言えると思います。

だからと言って、カラヴァッジョ は細かな描写が苦手というわけではなく、後の作品でも小道具が効果的に使われていたのは、この作品で言えば果物の細部まで完璧に描き込まれているのが、その証拠です。

2012年9月28日 (金)

あるIR担当者の雑感(93)~世迷い言

ここでIRに関して思ったこと等妄言を連ねてきていますが、基本的な姿勢としては、IRは公告とか開示とかいうようなことではなくて、「IRは、企業の財務機能とコミュニケーション機能とを結合して行われる戦略的かつ全社的なマーケティング活動であり、投資家に対して企業の業績やその将来性に関する正確な姿を提供するものである。そしてその活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ」という全米IR協会の定義にもあるように、コミュニケーションであるということです。だから、市場からの意見が企業の経営に影響を与えることもある。とくに投資家に媚びるということではありませんが、情報の坩堝である市場から投資家というフィルターによって情報を獲得したり、経営の客観性を確保するための手段とできたり、と本来企業に資金を出資し所有者である株主とは、もとは投資家であるわけですから、その面を向いているということは、語の本来の意味において、求められていることです。これによって経営の質の向上を図って行こう、とまあ、かなり教科書みたいなことですが。これを本気で考えてやっていこうというものです。

実際の所、企業にとっては耳に痛いところもあり、そういうことを歓迎していないところもあるだろうと思います。これまでは、それでも何とかなった。しかし、現在の企業を取り巻く環境では、そういう経営では通用しなくなってきている。その時に教科書的なIR本来の機能は資するところがかなり大きいのではないか。私が、ここ数年市場関係者と話していて感じた、現実的な市場の機能の可能性と、市場関係者の意欲とか姿勢などからですが、結果のようなものです。つまり、一担当者が市場という外圧のようなものを介して、経営にある程度のインパクトを与えようということです。端的に言えば、従来のままでいては通用しなくなるから、時代に応じて変わって行かなければならない、そのヒントは市場にもあるからIRを通じて情報を集め供給していくというものです。かなり壮大な風呂敷を広げていますが、白髪三千丈程度に割り引いて読んでください。

さて、ここから世迷い言です。これはつまり経営に変化を求めようという意図があります。経営が変われば会社も変わってくる。従来の経営から変わって行くということは会社も変わって行かなくてはならないわけです。ということであれば、そこで働く従業員も変化せざるを得ない。何か、風が吹けば桶屋が儲かる的な因果ですが。私なぞは50歳を越えて、サラリーマン生活30年近くなるところで染み付いたような会社にぶら下がったサラリーマン生活は、それなりに心地良いものになっています。そういう心地良さは制度としては終身雇用であったり、年功序列であったり、会社かがりの福祉であったり、何よりも会社にリスクを全て預けてしまうような、見方によって危険な生き方をしているわけです。ちょっと建前に走り過ぎているかもしれません。会社が生き残り企業として成長していくためには従来のままではだめで、変わって行かなければ…。ということは巡り巡って、そこで働く一従業員の私にもそれはかかってくるだろう。しかも、最初に言ったように、会社にそれ(変化)をさせようと意識的に何かをしようとしているわけです。それがヌクヌクとしているのはどうか。

多分の私は視野は狭窄なので、実際に見えてきていませんが、サラリーマンの働くということの内容が様変わりしてきているのだろうと思います。有名企業の中には終身雇用制が無くなってしまっているところもあるようですし、若いひとは意識的にそういう環境から抜け出そうとしているようです。だからというわけではありません。しかし、実際に、今携わっている業務、IRという業務は企業の内容を開示するということや経営陣との間で込み入ったやり取りをするということで、専門性も必要ですが、それ以上に会社のこと全般に長じていることや社内に人脈をそれなりにあることが大きな要素となっているので、会社独自の摺り合わせというのかローカル性の強い業務でもあるわけです。しかし、ここ数年、いろいろ動いてみて、例えば今回の個人投資家説明会などでも実際に感じましたが、やっていることは一企業でやっているローカルなことなのですが、計画とか企画を構築している時は、当の会社一社だけの範囲内でいると限界があって、どうしても市場全体とか、地域とか製造業というような広い視野で考えないと煮詰まってしまうことを何度も経験しています。この辺の議論は具体性もなくて、飛躍が多いのでついて行きにくいかもしれませんが、ニュアンスで話しています。そう言うことを考えると、そして、会社に変われと求めていくなら返す刀で自分もと考えると…、という姿勢というのか考えは当然出て来るものです。

ただし、実際の現実を考えれば50歳の半ばを過ぎた年齢のサラリーマンがそう言うことを考えても実際の生活は成り立たせられないだろう。またIRという業務に、そういう広さがあると思っているのは私の個人的な独断で、一般的な認識とかけ離れていることは実際に分っています。現実性という点か乏しい話です。

そしてまた、この書き込みのタイトルで言っているように「世迷い言」で、昨日の書き込みのようにやらないものなら意味のないことだ、というご批判があれば、たしかにそれもそうです。しかし、ここで、このように書き込み明らかにしたということは、これはこれでささやかながら、やっていないといは言えないところに自分を押し出したということもあると思います。実際の所、それに向けて積極的な活動をするわけではありませんが、仕事をやっていて、それを突き詰めて行こうとすれば、自分のあり方にフィードバックしてくるのは論理的必然なわけで、その時どうするかの姿勢を問われ、考え方としては分かるけれど、実際の生活もいうとアンビバレントな状態…なのです。理想と現実…

2012年9月27日 (木)

あるIR担当者の雑感(92)~個人投資家向け説明会の試み、後日談(5)

ここまで、実際どうだったかということで考えてきましたが、今回は、それらを踏まえて、これからどうするかを考えてみたいと思います。

まず、端的に言えるのは、この試みを単発のもので終わらせずに、何とか継続して行っていくことが一番大切で、第一に考えなくてはならないのは、継続するためにどうするかです。それがあって、はじめてそれ以上のこと、成長戦略や拡大策を検討できると思います。

まず、今回の試みをいかにして継続させるかということについて検討したいと思います。この場合、継続していく際に障害になってくると考えられることを取り上げ、それらをひとつひとつ消し込んでいくことが実際的に有効だと思います。あるいは、今回の試みを実施するに当たって事を進ませた要素がなくなってしまうことを考え、そうさせない、あるいはそうなった場合の代替策を考えること。まあ、どちらも同じことでしょうが、そう言うことを考えて行こうと思います。今回の試みを実行に移せたのは、経営者の姿勢と社内の協力が得られたためです。実際のところ、これを得るために時間をかけ、そういう空気を少しずつ形づくり、してきました。これからは、これまでの理解と協力を続けるように、細心の注意を払っていく必要があると思います。これは最低限のことです。

そして、今回の説明会の運営は、外部の協力があって初めてできたことなので、とくに告知や集客といったことは証券会社の営業支店の協力がなければ成り立たなかったと思います。しかし、証券会社自体の姿勢と言うのは、前回も書いたように積極性が目立つというものではありませんでした。私の勤め先は市場では地味な会社で知名度はありませんから、証券会社の営業による告知集客がないと、せっかくの説明会も人が来ないことになってしまうことになってしまいます。説明会が軌道に乗れば、参加した投資家の紹介や知名度の向上が期待出来るのでしょうけれど、しばらくは無理です。このためには、証券会社との関係維持、あるいは他の集客手段を模索することも考えなければならないと思います。

その他には、実際に説明会を実施してみて分かった点の改善や説明会の内容のレベルアップは、言うまでもなく、取り組むべき課題です。

そして将来的に目指す方向性について、どういったようにやっていくかということについて考えてみました。

まずは継続性の面について、説明会を定期的、継続的に実施し続けて行くために、個人投資家向け説明会の開催をスケジュール化させ、会社の行事として定着させることが今後の大きな課題です。そのために、決算説明会とあわせて年間計画に織り込んでしまい、開催することルーチン化させてしまうことです。そして、運営面では、今回は初回だったので、全員初めてでしたが、2回目以降は初めての参加者しリピーターが混在することになります。初めての人には会社の基本的なことを紹介しなくてはならないでしょうが、リピーターにはその必要がなく、むしろより深堀した説明や決算期の状況説明が重視されるようになるでしょう。そのためにかんがえられるのは、説明会をパーツ化して、それぞれで別々に実施することが考えられます。つまり、説明会の会社紹介の部分、決算期の業績説明の部分、それ以外の説明(事業計画や新規事業など)の部分、そして、工場見学の部分、と分けて4部制にして、参加者はそのうち希望する説明だけを聞けばいいと言うやり方です。例えば、午後1時から会社紹介、2時から決算説明、3時から工場見学というようにして、通して聞くのもいいし、2部から参加しても、3部の工場見学だけ参加してもいい、というものです。これは1日のうちでまとめてしまう方法です。また、別の方法として、説明会のシリーズ化ということも考えられます。それは、1度の説明会を1クールとして考えるということです。例えば、期末の時期に説明会を1回だけでなく1週間続けて開催し、その中で月曜日は会社紹介から工場見学まで説明し、火曜日は決算説明だけ、あるいは水曜日は会場を都心にして会社までわざわざ出向かなくてはいい、あるいは土曜日に開催する、というように何種類かの説明会を集中して開催し、好きなものに出席できるようにするというものです。この場合は、説明会への出席者が増えた場合に、スモールミーティングの形式を続ける場合に有効なやり方になると思います。また、個人投資家の側でも出席する間口が広がるので、出席しやすくなるでしょう。しかし、この場合、会社の負担がかなり大きくなることは覚悟しなければなりません。さらに、ヴァリエイションのひとつとしてウェブ説明会という形式の検討が考えられます。

そして、継続が時間的な拡大であるなら、範囲の拡大、参加者の拡大の面も考えていく必要があると思います。この場合、継続の面で述べました説明会のシリーズ化がここでも有効であると考えられます。さらに範囲の拡大という面で、ここに参加者として株主の同時に参加するということが考えられます。というのも、個人投資家が会社に投資すれば株主です。反対に株主が株を売却すれば投資家です。株を持っているか否かで呼び名が変わりますが、通常、投資家は株式を売買するので、どちらの呼び名でも参加できるほうが、フェアであるし参加しやすいと思います。また、参加者同士が私的に交流する中で、株主が未だ株式を取得していない投資家に取得を勧めることも考えられます。株主の方でも、株主総会は質問しにくい雰囲気ですが説明会なら質問もリラックスしてできるかもしれません。

これは、参加者の範囲の拡大ですが、開く側の拡大も考えられます。つまり、複数の会社が合同で説明会を開くというあり方です。同じ地元であったり、業種であったり、または全然関係なくてもいいでしょうし、お互いの会社がそれぞれに投資家を集めて、合同で開催することで投資家の参加範囲が広がることが考えられます。参加する投資家も複数の会社を比較して聞くことができるので、メリットはより大きくなると思います。いわゆるコラボレーションというわけです。コラボレーションの相手は、何も会社だけでなく、個人の一般投資家を相手とする独立系のファンドや証券会社、あるいは市場ともできるのではないか、あるいは個人投資家等で作っている私的なサークルや学校(最近、投資をカリキュラムで教えているケースもあります)だって可能性としては考えられるでしょう。

まだ、現時点では夢の話かもしれませんが、仕事をしていて夢を語ることができるというのは幸せなことではないかと思います。IR担当者だって夢を語ることができるのです。

あるIR担当者の雑感(91)~此岸と彼岸

以前、仕事の引継ぎにかこつけて、分かる側と分らない側、出来る側と出来ない側とは明確に区別できて、分かる側から分らない側を、出来る側からは出来ない側を見ることはできるけれど、その逆はない。というようなギャップのことを書きました。これについて、1名の方から共感のコメントを個人的にいただいたので、ちょっと舞い上がって、その勢いでもう少し書いてしまいます。以前の記事もそうですが、これは私が独断と偏見をもって個人的に感じていることで、客観的に証明できるような事実ということではありません。

さて、此岸と彼岸ですが、前に話した分かる側と分らない側、出来る側と出来ない側というのは習得した能力のことで結果の側面にあるものです。で、これから書きたいというのは、その前、する側としない側というお話で、これは原因の側面といっていいかもしれません。どういうことかというと、例えば、ここで昨日まで、IRに関して個人投資家向け説明会の試みについて、詳細まで突っ込んでここに明らかにしてきました。現時点では、成果が出たわけでもなく、未だ海のものとも山のものとは判然としないことではあるわけですが、例えば、こういうことに関心を持っているIR担当者がこれを読んで、誰か1人でもやってみようという人が出て来るかというと、おそらく出てこないだろうことです。う~ん。わかりにくいでする。たとえが適当ではないかもしれない。あるブログで読んだ話です。その書き手は書店で働いていて将来独立を考えているという人なのですが、そこで最先端の販売戦略を取り入れて業績を伸ばしている出版社の営業担当の役員が書店に来たときに、その戦略の内容を隠すことなく教えてくれたそうです。その会社はそのことを隠すことなく対外的にも明らかにしているそうです。それで、そのブログの書き手が、手の内を明かすとライバルに真似されてしまうのでは、と件の役員を心配したところ、その役員は、「でも、どこも、やっていないでしょう」と言ったといいます。なんとなく、ニュアンスは分って頂けたでしょうか。

自慢するようですが、IR活動を進めていく中で、投資家やアナリストに会社概要を説明する時に、どこの会社でも会社案内を作っていると思いますが、それは投資家や市場関係者の視線で作っていないので、実際のところあまり役に立たなかったので、投資家向きの会社案内を手作りで作りました。たとえば、事業のリスクだとか、市場規模とかシェアとか競合会社といったこと、ミーティングをすれば必ず質問されるようなことをまとめて冊子にしたものです。作るのに何年かかかりましたが、使ってみると、投資家やアナリストにも好評で、ホームページ制作とか意外なところで活用できたり重宝しています。それを見た、あるIRセミナーの講師の人が感心して、その人が講師をしているセミナーでこのこと紹介をして奨めてくれました。たまたま、私もそのセミナーに出席していてそこで作ったのはこの人ですと紹介されました。(自慢じゃないです?)その後で、そのことについて聞いてきた人はいませんでした。その講師の人も、個人的に何人かの人に奨めたそうですが、一様に感心し、興味は示すものの、作ろうとする人はいなかったそうです。(自慢じゃないです??)

長々と書いてきましたが、言いたいことは単純です。出来るのにやらない。思うに、やる人とやらない人の間に一線が画されていて、やらない人はその一線の彼岸に留まっているのに対して、やる人あるいはやっている人はその一線を軽やかに跳び越えてしまっているようなのです。かといって、やらない人がやる気のない人とも言い切れないのです。例えば、会社案内を作ろうとしない人であっても、セミナーに出席するというのは、何とか自社のIRを良くして行きたいとしての行動であるに違いないわけです。また、出版社の営業の場合でも、厳しい競争を繰り広げている中、何とか他者との競争に勝ちたいとどこの会社でも努力しているはずです。そして、会社案内もそうですが、やることを躊躇するほどの大事業でもないのです。今日から、取敢えず始めてみようと思えばできることなのです。だけど、…なのです。

多分、その一線を越えた人、つまりやっている人というのは、その一線というは意識するようにこともなく、軽やかに越えてしまって、簡単に実行できてしまうのです。また、当初は一線を越えられないでいた人が、何かのはずみで越えてしまったら、今度は軽やかに実行できてしまうのです。

一線を越えられない人の中には、慎重であるとか(石橋を叩いても渡らない)とか、リスクを考えてしまうとか、そういう人がいると思いますが。越えてしまうと、きっと目の前の世界が同じなのですが、変わって見えてくると思います。象徴的な言い方をすると、越えられない場合には「…となったらどうしよう」と考えることから「…するためにどうしようか」と考えられる世界に見え方が変わるというのでしょうか。

これも、教えられないことだろうと思います。また、越えた人が、越えられない人を導いても、当人が自分で越えないと越えたことにならないのです。

以前の書き込みと今回の書き込みで、何か仕事ができるようになるには、学校へ行ったり、社内研修を受けたり、マニュアルを読んだりといった教科書にかいてあるような標準的な制度のもとで、仕事ができるようになることに対して否定してる、懐疑的な議論と取られるかもしれません。実際の所、それらの効能を全面的には信用していません。むしろ、できる人が自分のやっていることを整理したり確認をするのに使う方が、より役に立つのではないかと思います。

そして、おそらく、出来ない人としない人は重なります。できないからしないのか、やろうとしないから出来ないのか、鶏と卵の議論のようですが。そして、おそらく絶対数で言えば、出来ない人の方ができる人より圧倒的に多いのです。だから、やる人が会社でやるためには上司の承認が必要で、上司がやらない人であった場合に、それは承認されず、やられなくなってしまうのです。多分、デフォルトでやらないとなってるので、特段の理由がなければ自然な流れでそうなってしまうのでしょう。ではとうするか。やる人は、そう言うことは過去に何度も経験しているでしょうから、それなりにやってしまっていると思います。だから書きませんし、書く必要もないと思います。

なんか書いているうちに、宗教がかってきてしまっているようです。ただ、原則的に制度化された仕事の進め方とか組織といったものは、出来ない側のことを考慮して、というよりもその側のために作られるようになってきていると思います。個人的には、そうであっていいのか、思うことがあります。(出来ない人が気が付かないでトップにいたり、上層部、つまり出世した人の多くが実は出来ない人だったりという会社は結構あると思いますが、そういう会社は伸びていない、とかいうことはやめておきましょう)

2012年9月26日 (水)

あるIR担当者の雑感(90)~個人投資家向け説明会の試み、後日談(4)

今回は、説明会の告知や集客、あるいは運営で、たいへんお世話になった証券会社とその協力関係について考えたいと思います。今回、お世話になったのは、私の勤め先が主幹事をお願いしている中堅の証券会社です。おそらく、私の勤め先からの今回のような提案は、この証券会社だからこそ対応してくれた、あるいは対応することができたのではないか、その点ではとても運が良かったと思います。それ以上に、そこで対応してくれた証券会社にたいしては、たいへん敬意を持っています。おそらく、大手の証券会社や合併で規模の大きくなったような銀行がバックについているような証券会社では部署の壁があったり、新しいことに対応する柔軟性に欠けていたり、私の勤め先のような小さな会社を馬鹿にしてしまったり、そして、一番考えられるのは、私が直接話をする証券会社の窓口となったIR関係部門の担当者は大手の場合は、控えめに言っても本気でやる気があるのかと思えるような意欲とか自分で考えるという人が見られないため、私が提案をしても、受け入れる人はありえなかったと思います。まず、たいていの証券会社でIR支援部署の担当者では個人投資家説明会を証券会社主催で実施したりするので、それ以外の、実は正反対の方向性の説明会というものを理解しようともしない、あるいは想像できないので思考が停止してしまうので話にならないケースがほとんどではないかと思います。実際に、今回お世話になった証券会社に最初に話を持ち出した時は、すぐには理解してもらえなかったと思います。

そして、実際に担当者が理解できたとしても、それだけではIR支援部署だけでは動けないので、営業店の協力が必要となるので営業担当部署の理解を得なくてはならず、IR担当部署以上に理解をえるのは難しいと思います。そこで部署間の関係が縦割りだったりすると壁があって困難度とさらに増すでしょう。とくに大手となれば組織は大規模になって壁はさらに厚くなります。その場合も、今回証券会社は組織内の風通しが比較的いい会社だったようで、営業店の協力を得ることができたわけです。その結果、営業店で事前に説明会を開いて会社の理解をしてもらって投資家に声をかけてくれたということ、ある程度の人数の確保には責任感をもって当たってくれることになりまた。そして、証券会社で声をかけたからには、責任があるということで、当日の運営についてもIR支援部署、営業店、そして主幹事をしているということで法人事業の協力体制で、出席した投資家への来客応対、道案内なども協力してくれました。これは、初めて説明会を開く身としては、運営面で無事に済んだ最大の要因であると思っています。おかげで、こちらの負担を抑えて、説明会や工場見学の説明といった主要部分に労力を集中して当たることができました。

しかし、反面、限界もはっきりしました。それは、今回のことが証券会社にとってメリットとして感じられたのかどうかということです。私の勤め先は、この証券会社には主幹事となってもらっており、資本政策を実施する時には、それなりのメリットがあるはずなので、将来のそれを期待して、今回は負担でも、将来のために恩を売っておく、とまで行かないまでも、信頼関係を強化しようという意味で、協力したと考えられなくもありません。ということであれば、今回は一回は協力が叶ったわけですが、次回以降はどうか、という点で確定的なことが何とも言えないのです。例えば、今回は地元の支店が全面的に協力してくれましたが、たまたま理解のある支店長がいたから、ということかもしれず、もしそうであるなら、支店長が交替してしまえば、支店の協力は難しいということになります。そうでなくて、この説明会を実施すること自体にメリットを見つけることができれば、証券会社の事業として推進できるわけですが、どうやら今回はそこまでは行っていないように見受けられました。

私としては、個人的な考えですが、証券会社にとってメリットはあると考えています。だから、今回協力を証券会社にお願いしましたが、それは証券会社にとってメリットがあることで、ウィンウィンの関係になりうると考えていました。それはこう言うことです。以前の「個人投資家向け説明会の試み」のところでも書きましたが、この説明会で対象としている個人投資家は全般的というものではなくて、限定的なものと考えていました。それは、このような会社の丁寧な説明を欲し、さらに会社との間で継続的なコミュニケーションを辞さないという点でかなり自覚的な投資家の人ということになると思います。そういう人は、勉強もしているだろうし、情報収集も活発に行っていることでしょう。例えば、ベル投資研究所を主催している鈴木さんという著名なアナリストが以前に東証IRフェアのセミナーで講演していたような企業を退職した人が退職金や貯蓄を資金として、老後の生活設計を兼ねて投資をしようとする(団塊の世代の定年再雇用がそろそろ終わりとなるので、そういう人が大幅に増加するだろうというのが、鈴木さんの展望です)場合、そういう人は仕事上の経験から財務とか投資に対する基礎知識はあるし、自分が関係した業界に関する知識や識見は豊富です。しかも、仕事でパソコンやメール、インターネットを使っていたので情報収集能力もある。そして、メールやSMSなどを通じたネットワークも継続させている。そういう人が個人投資家として市場に参入してきている。しかし、それに対して市場は対応しきれていない。というのが鈴木さんの講演でした。たしかに、そういう人にとって従来の個人投資家向けIRは不十分に映るでしょうし、東証などの投資家向けサービスや証券会社などの対応では不満が残るでしょう。そして、従来の顧客として入ってこなかった人たちなのではないかと思います。そして、今回の私の勤め先が試みようとしたことは、そういう従来の個人投資家として業界のリストから漏れていた人を何とか取り込もうとする試行錯誤でもあると言えます。

これでは、空想的で荒唐無稽でしょうか。それならば、こういう試みを行っているということで、ほかの証券会社とイメージの差別化を図ることも考えられないでしょうか。それは投資家に対してもそうでしょうし、発行会社に対するサービスとしても他の証券会社ではやっていないサービスとして、発行会社が何らかの資本政策を考えているときに、ひとつの提案をできるのではないでしょうか。また、投資家に対しても、私の勤め先のような小さな企業に対しての株式投資を売り込んでも、証券会社にとってはメリットはないのは確かですが、個人投資家に投資信託をセールスしたり投資相談に乗る場合に、投資家と様々な会話を続けて信頼関係を築いていくのが、今の支店営業ではおおきな意味を持ってくると思いますが、その時に、こういうことをしているということはツールとして有効に活用できるのではないかと思うのです。そこで、あらたな顧客の掘り起こしの可能性だってあるのではないか。証券会社としては、使い方によっては、かなり可能性が考えられるのではないかと、手前味噌ではなく考えられるのです。例えば、今回は私の勤め先単独での説明会でしたが、地域や業種など複数の会社を合同で行うことによって、投資家の参加はもっと変わってくるだろうし、会社がうけるメリットも変わってくるはずです。それを、証券会社のセールスに、それとなく連動させることも考えられないでしょうか。

今回は、残念ながら、そういう点では証券会社の協力には、そういう姿勢というのか、ガメツさは感じられませんでした。それは、例えば説明会に出席できなかった投資家への配慮などは、私の勤め先が提案する前に、顧客と交流している最前線の証券会社の支店の側から要望として出されてもよかったはずですが、未だ理解は今一歩だったように思いました。

これは、私の独り相撲かもしれませんし、こうなるにはもっと時間が必要かもしれません。

あるIR担当者の雑感(89)~個人投資家向け説明会の試み、後日談(3)

今日は、説明会でひとつの結果が出たことに伴う、波及効果について検討したいと思います。

波及効果については、いくつかの方向から考えられます。一つは社内的な影響です。個人投資家を招いて社内で説明会を開くというのは、家の中を見られるようなもので、経営者にとってはインパクトがあったようです。今回社長は海外での重要な商談の件で出張せざるを得ず、説明会には出られなかったのですが、準備段階で経過状況や、結果について、かなり気にかけていました。これは、機関投資家やアナリストといったプロだけでなく、個人投資家も具体的に目の前に現われてきたことで、市場というものをリアルなものとして感じられたのではないかと思いました。実際、話しかけられるようなところで、個人投資家を相手にするということで、投資家というものを自然と意識せざるを得ないものと感じられたのではないかと思います。経営の中で、株主とか投資家を意識するということは、従業員にとっても悪い傾向ではないと思います。株価というのは、色々な議論はありますが、市場の投資家の会社への評価が反映しているわけです。その点での自覚を経営者に促す機会として、この説明会が多少でも機能してくれれば、それは大きな成果と言えます。

また、工場見学で社内を投資家が集団で見学して回るということで、社内には協力を求めることとなりましたが、これまで、そういう経験がなく、社員が投資家と触れることは初体験だったので、協力依頼を社内各部署にお願いした時点で、各部署に説明している中で、投資家というものの存在を改めて意識したという社員が多かった。この会社が株式を上場していて、投資家が投資して株主がいるということをリアリティをもって知らしめることができたということは、社内の意識の上で変化をもたらしたと言えます。そして、このことは、今後IR業務を進めていく上で、社内の協力を仰ぐ際への好影響が期待できるのではないかと考えています。

波及効果として考えられるもう一つの点は、市場関係者に対するものです。私の勤め先は中小型株に分類される銘柄で市場での出来高があまりなくて、流動性が低いという評価を一般的に受けています。機関投資家とのミーティングの際などにも、そのことを指摘され、資本政策を確認されることがあります。その時に、IR活動によって投資家の底辺を広げて行こうと地道な活動をしているということは、即効性はないものの、会社の姿勢として一定の評価を得られるものと考えられます。そして、今回の試みは新しいことに対するチャレンジとして受け取られることができれば、会社の意欲とか姿勢を肯定的に見てもらえそうな可能性を考えられます。実際のところ、今回の説明会のことを決算説明会に出席してくれたアナリストや機関投資家に簡単にメールで報告をしたところ、興味を持ってくれた方が何人かいて、コメントや問合せをいただきました。そういう意味で会社のイメージに対して好影響となる可能性もあると思います。

ただし、これらのことは、この試みが一度だけでボシャってしまわずに継続し、ある程度の成果を上げたときに初めて現実のものとなるもので、現時点で実際こうだと言うのは時期尚早でしょう。

しかし、そう単純でもなくて、これから、この試みが継続し、徐々に拡大していくことが叶うかどうかについては、上で書いた市場での好印象というのか、一部でも関係者に興味や関心を持ってもらうことが、どうしても必要になってくると思います。このことは、今後の課題として、別の機会に改めて考えて行きたいと思います。

2012年9月24日 (月)

あるIR担当者の雑感(88)~個人投資家向け説明会の試み、後日談(2)

昨日は、出席者数のところで話が止まってしまいました。今日は、その内容、10人という出席者での説明会そのものは、どうだったのかという中身の話に入っていきます。多分10人という人数は会議とかミーティング等で個人が活発に意見を言い合える限度の人数ではないかと思います。

説明会は会社内の、通常は生産技術関係の実習や研修に使用する会議室を使用しました。これは、実習等で使用する部屋なので、工場の一部を会議室としたもので、工場現場の臨場感が味わえるのではないかと考えたためです。室内には実習用の機械等も置いてもありました。また、10名のキャパにちょぅどいいサイズの部屋であることも、その理由です。実際、ものものして応接室や会議室でなくて、こういう部屋を使ったのは、中堅メーカーである私の勤め先にも似合っていて、参加者も親近感のようなものを持ちやすかったのではないかと思います。その代わり、部屋の掃除等は入念に行いました。

そして、説明会本番です。考え方からすれば、投資家と会社との双方向的なミーティングのようなあり方が理想であるとは、このブログで何度も書きましたが、初めての試みで出席する投資家の方は、そのような考え方に初めて触れることになるわけです。出席する側にとっては何も知らないところで、双方向で行きましょうと言われても、戸惑ってしまうだけでしょう。だから、説明会の机の並べ方について、考えた方を徹底すれば環状にしたり、対面型、あるいは四角型のレイアウトにして、相互に一人一人の顔が見えて、質疑応答や意見を言い易くするのがベストということになるでしょう。しかし、先に言ったように出席する投資家が戸惑うことを避けるため、スクール型の配置にすることで落ち着きました。敢えて、ここでショック療法で一気に差別化を図るやり方もあったと思いますが、リスクが大きすぎると考えました。

そして、説明する内容については突飛なことは行っていません。その点では、以前のブログで散々立派なことを書きましたが、今回は初回でスムーズに導入し、徐々に個性を出し強めて行こうと考え、あまり突飛なことはしませんでした。部分的には、ビジネスモデルや事業の強みやリスクといった、プロ向けのミーティングで話すオーソドックスな要素を多く入れたというところと、剥き出しの形では却って分かりにくくなると考え、説明やグラフ等に加工してデータを多めに出すことに注意しました。目指したのは、配布する説明資料は、説明会の後自宅に持ち帰って、会社の業績等を新聞や四季報等で追いかけるときに、サブテキストとして利用できることを目指したということです。そして、説明の内容も、それに合わせたものとしました。

これは、後に継続して定期的に業績や事業の進行状況を説明会で報告していくことを考えると、そのような情報を上手く消化できるような会社についての基礎知識という基礎的なデータを、それとなく提供しようということを考えたためです。

そういう意図から、説明資料は普通はパワーポイントのスライドをそのままプリントしたものを配布するのでしょうが、冊子のようなものを別に作成し、スクリーンに投影するパワーポイントのスライドを基本としながら、スライドだけでは、後で見ると内容が把握できなくなっていることがないように、文字による追加説明を多く加えてあります。ただし、これは実際にやってみて混乱を招きました。基本的にはスクリーンに投影するスライドと共通のものをベースにしていますが、部分的に違うところがあると、ス投影されたライドと同じものを探す人がいました。この辺りのことは、細かな手段の修正に関する課題なのであまり深入りしませんが、そのような参加者一人一人の動きが見えたというのは少人数の説明会を行ったことの大きなメリットだったと思います。10人が相手なので、一人一人の顔を見て、説明を理解できているかを確認しながら説明のスピードを調節したり、説明を追加したり、逆に省略したりと臨機応変にできたと思います。しかし、そのためか説明が丁寧になり過ぎて、受け取る人によっては諄かったと、また説明時間が超過気味になってしまったことも否めません。この点は、説明の下手さも原因していので、何とも言えませんが(説明をしたのは私です)、説明をしている私自身はプロの投資家とミーティングで質疑応答のやりとりをしている時とおなじような感覚で、ただし、会場の個人投資家は沈黙していましたが、その表情や息遣いから気配を感じることは多少できたのではないかと思います。だから、説明の内容はポイントを絞り、要点には突っ込んだ説明したこともあって、レベルは落とさずにできたと思います。

その後の質問は、真摯なものでした。

そして、工場現場をはじめ社内見学を入れたことで、百聞は一見にしかずといいますが、まさにその通りで、社内の空気とか、実際に働いている社員を間近に見ることで、説明に具体性とリアリティーが加わって理解が進んだのではないかと思います。一緒に歩くということは、親近感を抱かせる効果もあるようで、工場見学で歩きながらの会話で質問かあったり、というように工場見学で多少でも対話ができました。参加者の表情も工場見学の時には飛躍的によくなりました。ひととおり、工場内を回って会場に戻ったときに個人的な会話も出来るようになってきたので、工場見学、あるいは共に歩くということは、親密度を一気に高めることができるものです。

出席した投資家の人たちの傾向のせいもあると思いますが、ある程度充実した説明会であったという気はしています。

説明会の後でアンケートを行いましたが、会社の魅力的なところも魅力的でないところも、率直に記入してくれて、そこまで判断してくれたということは、今回、成果として考えられるのではないかと思いました。説明会の後で会社に対して批判的な答えをするのは勇気のいることで、たとえそう思っても、自分の判断に自信がなければ、あえて否定的なことは書かずに空白にすることも出来るところで、敢えて書いてくれたというのは、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、会社のことを理解したと投資家の人が思ったということと、正直に思ったことを書いたということでそれだけ会社に言おうと考えたということで、そこにコミュニケーションが成立するベースが存在したと思うわけです。

しかし、最後に会社から、この後決算情報などの定期的な情報提供を希望するかを聞いたところ、希望した人は3人だったので、あまり楽観的に考えることもできないと思いました。

手前味噌かもしれませんが、ある程度の結果は出たと思います。この後大事になるのは、それを成果として残せるかということと、次回以降でこれを展開させていくことです。具体的に何をどうするかは、これから考えなくてはなりません。

あるIR担当者の雑感(87)~個人投資家向け説明会の試み、後日談(1)

以前、6回にわたって個人投資家向け説明会を計画しているプロセスで考えていたことを書きましたが、先日、実際にその試みを実施しました。そこでは、考えていたことを確信した点や考え違いしていた点など、実際にやってみて考えが及ばなかった点など、様々な課題が浮かび上がってきました。まずは、課題がハッキリしたという点で、初めての試みは成功だったと自己評価しようと思っています。というような多少奥歯に物が挟まったような書き方をしていますが、そうやって自らを鼓舞しているということも否定できません。それは、思った以上に新しい試みに対して理解が得にくいことが実感できたことでもあり、思った以上に私自身がその通りに動けなかったことです。

まずは、簡単に、どのように実施したかを説明しましょう。プランでは、工場を併設した会社に個人投資家に来てもらって、会社説明をひと通り行った後、工場を中心に社内を見学してもらうというものを計画しました。想定した出席者数は10名前後で、説明でも一方通行に終わらず双方向にするためと、工場見学で十分に説明が通じることを考えた人数枠です。説明と質疑応答、そして工場見学で通して2時間という設定にしました。会社は交通の便が良いとは言えないので、午後2時から4時という時間設定にしました。といって、これだけでは知名度のない私の勤め先ではホームページで発表しても人は集まらないし、マスコミに広告を出す予算は望めないため、証券会社の協力を仰ぐことにしました。主幹事になってもらっている証券会社の最寄の支店で営業員の方を対象にして、前もって会社説明会を実施し会社のことを理解してもらい、証券会社で個人投資家に声をかけてもらったり、告知をしてもらって参加する個人投資家を募ることになりました。募集期間は1ヶ月。ちょうど、この時期はJALの再上場も控えていたりと各証券会社では、その募集で営業は忙しかった時期だったようで、また、このような試みは声をかける人も、誰でもというわけにもいかず、個々の営業員のひとには負担だったのではないかと想像しました。

そのような中で13名の申込みがあり、実際に出席したのは9名ということになりました。出席したのは、会社の立地する市内に在住、あるいは周辺の地区に在住の個人投資家でした。年齢的には。リタイア以後の世代が3分の2で、男女比率では男性が3分の2という内訳でした。平日の日中ということで、出席できる人は限定されるのは仕方がないとおもいます。今後のことを考えると土曜日の実施ということも可能性して考慮する人があると思います。このような具体的な実際のことは、実施してみてはじめて分ったことです。このようなことは、実際の運営面で、勿論大切なことですが、これまで抽象的に想定していた個人投資家というものに対して、始めて顔が見えてきたことで、これによって想定される個人投資家像がより具体的になり、それに対する基本的な方針も修正していくことを迫られる可能性も出てきました。そうなると、説明会そのもののプランも微調整かそれ以上の修正の可能性も出て来ることになると思います。

また、申し込んだ投資家は証券会社の紹介ということになるので、参加者は証券会社の顧客の中からそれなりの人となると思っていたところ、紹介で証券会社とは取り引きがない人も申し込んで参加したということがありました。これは、ゆくゆくは投資家のネットワークによって説明会が口コミで広がり、紹介とか噂に聞いて参加する人が出て来ることを期待しましたが、それには説明会が定着して、一定の支持を得られてからと思っていたのが、初回で実現してしまったので、期待をはるかに超える成果があったと思います。

自然申し込みが13名で、実際の出席が9名ということで、当日のキャンセルは4名ということになり、キャンセル率は3割ということになりましたが、これは比較的よい結果だったと思います。それだけ、確度の高い投資家に証券会社では声をかけていたとことで、当日出席できなかった人の内、連絡の手違いで開催日を間違って伝わった人のいたことから、かなり高い率で、出席の意志はあったと想像できます。そう言うこともあったので、後日、出席できなかった4名の投資家に対しては当日の配布資料をお送りすることも有効ではないかと考えられたのでした。(実際、証券会社を通じてお送りしています)そうなると、この人たちは、たまたま今回は出席できなかったが、次回の出席は期待できるということになります。

これから、数回に分けて、実際に説明会を実施して感じた課題や可能性をいくつかの側面で検討し、最後にまとめとして、今までに考えられなかった新たな方法や可能性が課題として浮上してきたので、述べていきたいと思います。

2012年9月23日 (日)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠-バロック絵画の先駆者たち(1)

過去の展覧会のことを書きます。2001年11月1日 東京都庭園美術館

Caravaggioposter会社の創立記念日。普通は休日ではない休日。混雑が噂されているこの展覧会も比較的見易いだろうと、早起きして開館前に並んだ。庭園美術館は公園の中に建てられていて入場券売り場は公園入口にあるので、公園の玄関には開園前に数人の人が並んでいた。

カラヴァッジョについては、波乱万丈の生涯が映画にもなったし、日本にも書籍も多い。所謂、西洋美術史のビッグネームのひとつなので、今さら、どういう人と説明する必要もない。バロック期を代表する画家で、彼の開拓した手法は後の世代へ大きな影響を与え、そういう人々はカラヴァッジェスキと呼ばれる。今回の展覧会では、その人たちの作品も展示されていた。しかし、自分で絵を描くわけでもなく、西洋絵画についての教養も持ち合わせていない私には、中世の宗教画の様式性の強い絵画がルネサンスによって写実的な絵画に変わって、ダ・ヴィンチやラファエルロといった巨匠が輩出した、いわゆる泰西名画というやつです。それから数世紀、バロックだのロココだのクラシックだの美術史では区切りがされていますが、私には、その違いがよく分かりません。みんな同じに見えてしまうのです。美術史の本やガイドブックの類を読んでみても、それらしいことが書かれていますが、そもそも、どこが違うのか、どうして、さほど違いが感じられないものを区別する必要がどこにあるのか、私にはまったく理解できません。何せ、さっきのダ・ヴィンチとラファエルロというピックネームだって、どっちの作品だと教えられなければ、ある作品がどちらかが描いたものだと聞かれても、どっちと答えられないでしょう。印象派を境にして絵画そのものが大きく変化するので、印象派の前と後の作品は区別できますが、その程度の美術を見る目とか持っていません。

では、ちょっとお勉強から「通常カラヴァッジョというと、ルネサンス期の華麗だが伝統的な手法から離れ、自然と生活の単純な模倣を導入しながら、その自然を完璧な方法で浮き上がらせるために、明と暗、光と影を画面に強く印象づける画法を駆使した画家。」という説明があります。ルネサンスが伝統的かいえば、それ以前の中世のイコンのような図案に近いものから、取敢えず現代の私が見ても生身の人間のようだ、あるいは写真のようだ、と思えるような絵画に大きく転換させた、それを完成の域に達し洗練させたのはダ・ヴィンチたちで、カラヴァッジョはその僅か1世紀後に生まれ、当時は美術史いえば、ルネサンスからマニエリスムやバロックに移り始めていたはずで、果たしてルネサンスを伝統的と言えるかどうか、後の世の現代から見えると図式的にそのように見えるけれど。それはいいとして、中世の絵画が図案のようだと書きましたが、書かれたのは教会の壁画などでキリストの事績など書かれることは決まっていて、キリストもどう描くかというパターンができて、たとえモデルを使っても、個人をそのまま書き写すことはなかったでしょう。これに対して、ルネサンスは君主や聖職者の肖像画が書かれるようになり、宗教画もパターン化された画像ではなくて、キリストなども生身の人間に近い書かれ方に変わりました。といっても、中世が払拭されたわけではなく、キリスト一個の人間ではなく、神様のようなものですから、普遍性が求められます。どこかの誰かににているキリストでは格好がつかないわけです。そういう人物の描き方が理想化された人物像というわけです。だから、キリストは庶民の大工の家に生まれたといっても、生活に疲れ薄汚れた貧しい青年とは描かれなかった。キリストの弟子たちや聖者と言われる人たちもそうです。

それをカラヴァッジョは、貧しい青年なら実際にそういう人をモデルにして、当時としては、その人にそっくりに描き、それをキリストや聖者としたといいます。しかし、それだけでは、キリストが近所のガキと同じです。そこで、画面では彼に光り輝くようなスポットライトを浴びせた。劇場のステージで小柄な俳優が、まるで劇場全体を支配するような圧倒的な存在感を示すことがありますが、そこでは照明効果で、その俳優にスポットライトを当てたり、下から光をあてて上に伸びあがるような錯覚を見る者に与えるなどの視覚効果を駆使していました。それを絵画の画面で行ったというわけです。一般にキアスクーロと言われる手法です。そうなると、絵画の画面がまるで劇場のようになるのです。それを見る人は劇的と称しました。それがまあ、上で引用した解説の、私なりの捉え方です。

例えば『エマオの晩餐』という作品では、キリストが磔にされた後、復活を遂げて弟子の前に現われた事績を描いていますが。中央でテーブルに着いている若者がキリストであるということは、言われなければ分らないでしょう。しかし、宿屋の室内ということか、全体に暗い空間の中で向かって左から光が差して、それに浮かび上がる顔とその表情や、周囲の人々のポーズが劇の一場面を切り取ったような迫真さが、いままで書いてきた特徴と言えます。

今回は、彼の作品の中でも中規模の作品が展示されていて、それらを見て行きたいと思います。

2012年9月21日 (金)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(17)

内在主義

人間ならだれでも持っている第一種の認識から第二種の認識に進むことが可能だとスピノザが言わないのは何故か?それは第二種の認識が事物の共通性・共同性を認識することを出発点に据えているということに起因する。人間精神は、いったいこの法則が成立するということを、何から知ったか?ここで立場は二つに分かれる。ひとつは、この認識法則は超越的なもので、先験的に成立しているという立場で、これは、世界の外に世界とは別の超越的な力が存在するとする不条理に通じる。

これに対して、スビノザは、現実性を持たないような超越的諸力を一切認めない徹底した「内在主義」の立場゛だ。そして『エチカ』第一部ですでに、神の属性として、人間存在に関係しては、「延長するものと思考するもの」という、ふたつのものが指定されているので、延長によって成立する眼前の物質世界そのものが神の属性であるように、思考によって成立する観念世界もまた、そのものが神の属性なのだ、無神の属性である限りは、第二種の認識が出現する源は神であり、この認識は、真理か否かの基準をもっている。

そこで、この二つの無限の世界の関係が問題になってくる。実体が複数存在しないのに、その属性によって、二つの世界が成立するのは、決定的な矛盾ではないだろうか。両方の世界の関係はどうなっているのだろうか。

身体と精神

スピノザにおける身体と精神の関係の問題は、物体と思考という、二つの異なる空間が相互になんらかの力関係を持つのかどうかの問題として提起される。経験論的には、物体と思考は結びついているように思えるが、スピノザ的な存在論および決定論のレベルでは、どちらも別の世界を形成していて、お互いに交わるところがない。通常の決定論では、存在が意識を決定する。これは唯物論とも呼ばれ、その逆が観念論とも呼ばれる。どちらも、スピノザが掲げるテーマとは全く異なる前提に立っている。

唯物論では、「身体が精神を思考するように決定するが、精神は身体を運動または静止に決定することは出来ない。」しかし、スピノザは、身体の世界と精神の世界とを区別し、この二つの世界同士の相互関係の存在を否定している。そして、この命題の裏問題は、積極的規定関係を示すもので、「身体は身体を決定し、精神は精神を決定する」ということになる。本質が異なる力─一方は延長を持ち、他方はそれを欠く─は、異なるそれぞれ自身の水準でしか、働きをもたず、意味も持たない。

身体の観念

力関係が成立しないために無関係と見なされた身体と精神は、スピノザにあっては、実体または神を通じて、再びひとつに結び付けられる。『エチカ』第二部において、人間精神が存在するためには、現実の個物に対する観念が必要であることを措定する。精神世界で、思考が実際に出現するには自然世界に存在する何らかの個物物体についての観念が必要ということだ。そのあと、身体と精神を心身平行論的に結合する。したがって、精神を自己の身体の見張人とする。この斬新な生理学的問題把握から次のような結論が出てくる。

つまり、人間の思考が働くには、認識する目的物、すなわちもっとも身近にある物的対象の先在が前提になるというのである。思考のこの最直近の対象は自分の身体だから、身体は感じた通りに存在するという結論となる。

この二つの定理とその系は、デカルトの「ワレ思ウ、故ニ、ワレ有リ」に対する根本的修正になっている。人間精神が現に働くものとして存在するためには、すなわち「ワレ思ウ」ためには、まず思考対象となる現実的個物の存在とその観念の形成が必要であって、デカルトのように、懐疑の果てに疑い得ぬものとして、身体から離れた純粋思考を定立する必要はない。そもそも精神は、個人の身体から離れることはできない。神ならぬ限界つきの人間の思考行為には、行為主体の他に、物的思考材料すなわち質料がぜひとも必要である。質料の原義的意味合いで、スピノザは唯物論者である。そして、最初に人間精神を成り立たせる観念の対象は身体である。だから、思考が開始されるときには、既に存在している思考対象の身体から諸観念が形成されるのである。そうなると、当然、対象である身体の方が思考以前に存在していることになる。しかも身体は「延長」と定義されているのだから、ひとつの物質的存在、つまり「ワレ有リ」である。これで、デカルト的懐疑の主題が証明されたわけである。「ワレ有ル」、ゆえに「ワレ思ウ」である。

デカルトが懐疑から出発して、上向しなければならなかったのは、思想史的に見ると、環境と時代による制約であって、デカルトの責任でなく、彼の能力が及ばなかったのでもない。それに対して、オランダという特殊な環境に置かれたスピノザには、人間個人の生存権をそのまま主張するための物質的根拠があった。スピノザの哲学は、すべてを一挙に成立させる直観から出発した。直観的に見て取れる「ワレ有リ」に理由などいらない。ただ人間が思考しさえすればよい。なぜなら思考には、延長ある思考対象の存在、すなわち物質的条件が付随しているからだ。

スビノザのこの立場は、「人間身体は、われわれが感ずる通りに、存在する」との断言と相まって、明らかに経験論を超えた、いわば「超」経験論でもある。人間にとって、生まれて初めての経験は、自分の身体があるという、身体の内におけるいわば内界でのきわめてプリミティブな経験である。そして、すべての延長ある物体が間隙を空けることなく並んでいて、それぞれが近接原因を形成しているわけだから、身体のすぐ外は、厳密に言うと、外ではなく内なのだ。スピノザが汎神論者と呼ばれるゆえんだ。しかし、この汎神論者は、「超」を冠するにふさわしい汎神論者だ。つまり、世界はすべて人間認識にとって内なのだ。

この後、スピノザは「人間認識とか、人間精神とかはどこにあるのか」という難問に対して、どちらの世界も神の属性である以上、一方は、次元を持つ文字通りの存在物によってあまねく汎神論的に満たされており、他方は、次元も時間も問題にできない「観念的存在物」によって、これまた内在主義的な汎存在論は、どちらも実体に依存していながら、相互には、力学すなわち表現的「力」による直接的な規定関係がない。思考、したがって思想は、そもそも自由だ。あらゆる物的制約を超えて。これがスピノザの心身平行論の真髄ではないだろうか。

しかし、この平行論のもっと独特で、常識外れなところは、精神は身体を通してしか働き得ないし、実現し得ないという点にある。精神は自己の身体の観念であって、身体ぬきには精神が成り立ちえないからだ。脳髄なしには思考しえない。このことから、例えば、身体では、いわば無色透明の生存のための努力とされるものが、精神では、ある意味ではおどろおどろしい人間の「欲望」と表現されるわけである。

2012年9月20日 (木)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(16)

第4章 精神と身体の断絶

存在と思考する存在

神観における大転換ののちに重要となる精神と身体との関係の問題にスピノザは移る。個別身体は、延長という神の属性が個別的に変状してものである。実体は、完全性をその本質としているので、実体の中には、無限の属性、したがってまた無限の変状が登録されている。一方で本質は存在しなければならない。したがって、個別身体は、このような変状のバリエーションのひとつとして、完全性を備えた全自然の一部として存在する。つまり、身体を人間がどのように考えようと、それが自然のなかの一物体として、間に空虚を持たない形で、隣り合わせの近接諸物体との相互関係の中で、実在していることに、変わりはない、ということだ。

デカルト流に表現するなら、「ワレ在リ」の方は「ワレ思ウ」とは無関係に、完全に解決したと言えるだろう。というのも、デカルトと異なって、スビノザは二実体説ではないから、「ワレ在リ」の前提として、「ワレ思ウ」が存在する必要はない。身体をも含む「物体が思考によって限定されない」以上、物体の方は、存在性すなわち実在性という点では、思考とは全く関係がない、ということになる。

表象、想像、記憶

スピノザにあっては、存在と思考ある存在の問題は、この心身関係論のほかに、解決すべき問題を含んでいる。精神の永遠性の問題である。「人間精神は、身体とともに、絶対的な形では、破壊され得るものではない。そのうちのなにかは、永遠であるものとして残っていく」。これについて、ライプニッツは、死後、人間がなにも覚えていないのであれば、精神の一部が永遠であっても意味がないと反論を加えた。つまりもスビノザの霊魂不滅説は、身体の観念すなわち身体の本質である精神だけが永遠に残ることを主張しているのであれば、通例、想定されているような霊魂不滅説とはならない、というわけである。精神の働きはすぐれて記憶の働きであると理解するのが普通なので、記憶が残らないとなれば、精神が残ると主張してみても、たしかに何の意味もない。

しかし、この点にこそ、スピノザが主張する身体とは無関係な精神の一部不滅説の核心があるのだ。スピノザの霊魂不滅説によると、身体の破壊と同時に、記憶は消滅するし、表象力も消滅し、それとともに、ありとあらゆる表象や想像の類、さらには、身体の破壊は永遠の眠りだから、ありとあらゆる夢想も消え去るが、知性だけは永遠に残る、というよりも知性は永遠であるということになる。

スピノザは、デカルトの弟子として、精神(思考)と物体(延長)との本質的区別を受け継いで、それを徹底させ、両者が神という実体を通じてつながっているが、しかし、それらはまったく別の本質を持つものと考えた。別の本質を持つからこそ、精神にはつねに誤謬に陥る危険があり、無駄な想像や空想にふける誘惑があり、しはしば期待や先入見に基づく記憶違いもそこから生じるのである。しかしそれに比べて、身体という物質の方はまちがいを起こしようがない。なぜならそれは思考しないし、つねに自然界の永遠の法則に従っているからだ。

表象力は無駄か?

では、完全なる神がこのような表象力という無駄な働きを精神の中に、何故持っているのか?実は、表象力は決して無駄ではなく、むしろそれは、当然の法則的なものであるから表象は生きている間、存続し続ける。例えば、スビノザは太陽との距離と人間の思い違いについて、次のように言う。表象は「人間身体の現在の状態を表示する観念」だから、太陽から身体が刺激を受けたときに、精神が働き、太陽が近くにあるものと捉える。なぜなら、目には明るく輝く太陽がすぐそばにあるかのように、巨大な姿で、強烈に輝いているからだ。しかし、この表象は、「誤っている」。われわれが太陽との真の距離を知った場合に、この誤った表象は否定されるが、人間の眼球と脳髄は「依然として、このように表象し続けるだろう」・なぜなら、「」精神は、身体が太陽から刺激される限りにおいて、対象の大きさを考えるからである。」

このように表象の場合は人間が受動である場合に必ず生じる瞬時の映像に過ぎないので、それ自体は「真なるものに矛盾しない」から、真実が分かったからといって、消失しない。つまりは、記憶に残る。

このような観点に立つと、すべての人間には、表象力と記憶力という二つの能力が身体とともに滅ぶ精神の働ききとして、備わっていることに気づかされる。おそらく、目に相当する器官を持った動物にも映像は映っている。それを頼りに動物たちも行動している。人間の場合は、そこに精神の働きが関係して来るから、表象となって出現し、それを言語で記憶し、それを言語で表現することも出来るのだ。このことからもわかるように、想像力と記憶力は、スピノザが分類した第一種の認識そのものであることを理解しなければならない。

2012年9月19日 (水)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(15)

ヒューマニズムと反ヒューマニズム

人間の共同性に本質的な愛は普遍的な愛であり、それは、人間の倫理的・即物的なら善悪を超えている。善人を愛するということは、自分にとって、利益を与えてくれる存在を愛することである。逆に言えば、悪を憎み、悪を隔離し、悪を差別し、悪人を愛さないということである。それは誰にでもできる、新約聖書は言う。この誰にでもできる愛の実践を教えるのが従来のイデオロギッシュなヒューマニズムであり、それは、特有の善悪観念を前提として持っている。しかし、スピノザは、既成の善悪観念を転倒させることによって、これを葬り去った。善であるから、快なのではなく、快と感ずるから善なのである。したがって、肝腎なのは、いかにして人間に快を感じさせるかである。

ホッブスのように、人間は自然から欲望、恐怖、怒りその他の情念を受取ったために、悪への能力を持つに至ったと見ると、この悪を抑え込むには、悪に走る人間を抑圧によって、封じ込め、彼らに、たとえ奴隷の平和であってもかまわないから、市民の平和を守るようにしなければならない、ということになる。他方、人間本性は、善だと考えても、自由意志の働きの結果と見なされたすさまじいばかりの悪行の数々を抑えこむためには、人間の本性を情欲をまず、抑制する必要がある。そのためには、「目に見える」リヴァイアサン的権力を人々の間に、確立しなければならないということになる。ホッブスは『リヴァアイサン』で明言する。人々が互いのあいだに、諸制限を導入する「意図」は、「人びとの自然な諸情念の必然的帰結たる、戦争状態から逃れ出ることを見越してのことである」。人間というものは、「目に見える権力」が彼らを「畏怖」の状態に保っていなければ、この「自然な諸情念」の命ずるがままになるものだからである。つまり、本来、人間には、自然法を守り、履行することができない、とホッブスは言う。それは、人間が本性上、「蜂や蟻のような社交的動物ではない」からだという。

なぜ人間は、このような動物と同じではないかと自問するホッブスは、次の六つの理由を挙げる。第一は、人間が名誉と地位を求めて競争する本能を持つこと、第二には、私益の追求に走るので、公益と私益の不一致が起こること、第三に、他人よりまさる理性を持っていると考えるために、他者にとってかわって、支配しようと考えるから、第四に、言葉を持っているため、欺瞞と扇動が容易であること、第五に、理性を持つ存在であるため、他者を支配しようとすること、第六に、「これらの動物にあっては、和合が自然なものであるのに対して、人間の場合には、和合は、人工的なもので、契約によってのみ」成立するからというのである。

理性を持つことから、必然的に言葉が生まれ、欺瞞と対立が生じると言うのでは、人間が自然状態で、愛に満ちた和合を達成することは、本来的に不可能となる。人間は、強権によって諸情念を抑えつけなければ、平和は保てない、というのが以上の人間観から出てくる政治的結論である。これは、スピノザとは、同じような社会認識ではあるが、それを修飾する言葉は全く逆になる。

スピノザによると、人間の本性は、人間主体の側から見れば、生きる努力であり、そこから、必然的に人間同士の和合と分業が各人にとって、私益になるので、彼らは、これまた必然的に和合に向かう、というのである。しかも、私益が共益にあることを自覚する能力である理性を人間が持つがゆえにも人間は必然的に和合に向かうというのである。ホッブスとは、逆の理性観である。スピノザは、人間が基本的に外部栄養であり生きていくためには「本性を異にする多様な養分を摂取する必要がある」とし、「これらのものを調達するには、人間が相互に助け合わない限り、個々人の力では、十分でない」ことから、必然的に人間は、和合すると結論付けている。そうである限り、人間は生きていくために、必ず分業体制に入る。これは、同時に経済法則である。どの社会でも、個々の人間が生活に必要な全部のことをやっているようなことはない。超個人主義では、社会が存続しなかったから、そんな社会は、地球上に一つも残っていないのである。人間は、社会を形成し、その社会のなかに、必ず平和と安全を築き上げざるを得ないのである。いかなる形においても。そして、この和合を妨げるものこそが、スピノザに時代には、擬人神論に立つ宗教的偏見だったのだ。

『エチカ』の執筆目的に立ち返る

人間に対して、冷徹、無関心に見える「死せる」神を理論的に導出したにもかかわらず、スビノザは、『エチカ』、すなわち倫理学という人間観を確立し、そこから人間行動の道徳基準を引き出すための書物を書いた。この目的を考えてみると。

スピノザの哲学探究の目的は、全く単純なもので、最高の幸福をどうすれば、人間は手に入れることができるかを明らかにすることであった。『知性改善論』では、はっきりとこの目的が示されている。「日常生活においてしばしば起こることのすべてが空虚で無価値であることを経験によって教えられた私」は、「最高の喜びを永遠に享受できるようなあるものが存在しないかどうか」、すなわち人間が愛することによって、永遠の至福を手に入れられるものがないかどうかを探求してみようと考えたというのである。なぜなら、「滅び得るもの」を愛することからは、一時的な幸福しか得られないからである。一時的な対象への愛好からは、一時的な幸福しか得られず、それは、全体的見通しを欠いた一時の快楽でしかない。逆に、永遠の至福を手に入れることを望むなら、永遠無限なものを愛好するほかない。この「永遠無限なるもの」とは何か。『知性改善論』では次のような結論を言う。すなわち。全自然の「永遠の秩序であり」、「自然法則」である。もし人間がこのものを理解できれば、それと合一すること、すなわち愛による永遠の秩序との一体化によって、最高の幸福を手に入れることができるはずである。永遠の秩序に関する認識と愛によるそれとの一致は、「神への知的愛」として十全に示される。だが、認識と愛とが人間においては一致するのは、嫌悪すべき不完全な対象が認識つまり科学によって、全自然の秩序に置き戻されたとき、完全な対象に一変するからなのである。人間にあっては、愛するためにはつねに認識が必要なのである。しかもこの認識と愛との結合は。「初期」スピノザからの一貫した思考である。しかし、「人間的弱さ」ゆえに、人間は、「その思考によって、この秩序の認識には至り得ない」。とはいえ、人間は、「最高の喜び」、言い換えると、永遠に続く最高の幸福を獲得したいとの欲望を持つが故に、あくまで理想とするこの永遠の秩序を認識しようと努力する。この永遠の秩序と人間とが人間の側からの認識行為を通じて結ばれたときにこそ、人間の完全性が思考に示されるのであり、それこそが常に最高の幸福を求める真の人間本性にほかならないのである。スピノザにあっては、知性は意志なのであるから、つねに「認識(科学)」と「愛」は、一致しており、同一の事柄を意味している。言い換えると、「知ること」は、即「欲すること」であり、だからこそ「愛すること」になる。そして、その逆もまた真なのである。したがって、この「認識」に至った人間は、人間本性を愛する永遠の存在となる。

2012年9月17日 (月)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(14)

神の自己愛

しかし、にもかかわらず、この死せる神は、実は、愛という働きを通じて活動しているのだ、ここがスピノザの神観の重大な結び目でもある。すなわち、神は、人間の側からの「認識」によって、全自然を満たすダイナミックな神として、つねに人間に利益を与えてくれる恩恵=存在に変容するということである。それが「神に対する知的愛」の本質である。他方、この内在する神は自分を愛しているのだ。人間の側から見ての、神に対する愛は、神の側からは、神の知的愛すなわち神の自己愛なのだ。

スピノザは、神の愛をなぜ最終的要請事項とする必要があったのか?スピノザの言説をもう少し厳密に見てみると、まず、神への人間の側からの知的愛がある。これ自体は、人間の主体的、能動的行為である。つまり、精神を持つ人間としての視点から見る時、人間は、対象を研究し、知性によって、それがみずからの生命活動に必要だと判断する。必要は、欲望することであり、対象を愛することを意味する。そこから能動への意欲が生まれ、行動に移り、対象を獲得する。つまり、自然界の一物質にすぎないがゆえに、外部原因に振り回される受動的存在に甘んじてきた人間は、対象を愛する時にだけ、みずからの意志で行動する、神のごとき能動存在になり得る、ということである。なぜ、人間は、対象を研究し、それを手に入れようとするのか?快を感じながら、幸福に生きるためである。言い換えれば、スピノザが人間の現実的本質と呼んだ、生きるための、延命のための努力とは、精神的に理解するなら、まさしく人間が自分自身とその生命を愛している、ということを意味する。すなわち人間の「自己愛」を意味するのである。この自己愛は、人間存在が本質的に備えているもので、人間存在全ての行為の前提に据えてよいものである。そしてこの自己愛の発露は、生への欲望である。ここから欲望一元論的自然主義倫理学がスピノザによって構想されたのである。したがって、愛は人間の本質的行動の最終原因であるかぎり、神にもこの愛が含まれているのである。

ここで、何も欠けるところのない神が「自己を愛する」必要があるのか?と言う問題がある。神は存在するかぎりにおいて、直観知によって把握されるような存在を支える愛を必然的に持たなければならないのである。さらに、神は、完全なる能動存在であるから、人間の場合もそうであったように、能動存在の本質は「愛」以外の何物でもない、と言うことにならざるを得ない。神は、完全な能動存在であるが故に、いわば愛までも自分で、自分に対して分泌するのである。自己原因が自分を自分の原因とするものであったのと同じで、神の自己愛とは、神が自分を自分で愛することを意味する。

人間が能動的存在になるということは、人間が神のごとき「純粋能動性」を得るということである。人間は、憎悪によっても行動に走ることは事実である。しかし、スビノザによると、第一に、自己愛を本質とする人間は、憎しみを自らの行動原理とすることは出来ない。なぜなら、だれひとりとして、本性上、自分を憎むことは出来ないからだ。第二に、そのことの帰結として憎しみは決して善であることは出来ないなぜなら、それは、相手の抹殺という人間的本質に反したもう一つの悪を犯すことだからだ。

神は自己を愛さざるを得ない、完全なる能動的存在であるが故に、さまざまな概念に自らを表現する。そして表現の楽しみを味わいながら、自らを人間に対してアピールする。だから、この神のいわば表現行為の原動力は、機械論的力学でも、言語学的力動性でもなく、愛なのである。だから、神は、民衆には想像力ゆたかな聖書として、強制的遵守を迫る道徳的律法として現われる。科学者に対しては法則として、哲学者に対しては、実体として、さまざまな部類の人間に対して、その理解力のレベルに応じた、実にさまざまな姿をとってあらわれる。そして、そのことがカモの完全性を示す証である。

2012年9月16日 (日)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(13)

第3章 神の認識は人間を幸せにする

神の本質と人間の救済

幾何学的厳密さを持つ推論によって、神即自然が確立され、従来の人間的表象から神観が解放された。しかし、スピノザが論証した神は、それでは、人間にとってどのような利益をも表現しないということなのだろうか。

スピノザによれば、この問いは相変わらず主客転倒の間違った論理を基礎においている。問われるべきは、神が人間になんらかの利益を直接的にもたらすかどうか、という点にはなく、人間側からの、このように科学的な神認識が人間にどのような「間接的」利益をもたらすかなのである。ところで神とは全自然のことである。そして、「神の働き」とは「法則」の言い換えだった。ということは、結局、神は、全自然を統括する自然法則を介して働いているということになる。つまり、ここでは、スピノザはデカルトの見解と同じで、神を言わば、完璧な宇宙=時計を製作した職人と見ているのだ。神が作った、一切の欠如を持たない宇宙=時計は、厳密な自然法則に即して動く。それは、神自身の本性である鉄の必然性に従っている。これが神の「働き」である。

これは、人間から見ると、神が自由原因で、誰からも動かされない以上、人間の救済は、自分の方から一方通行的に神を求めるということにしかならない。人間の側からいくら神に働きかけても、神の他には何も存在しないのだから、神への働きかけそのものがあり得ないことである。だから、神は人間からの働きかけに反応することはない。ましてや神からは、なにも見返りはない。神は他者というものを持たないから、受動を持たず、従って他者に反応して行動することもない。だとすると、人間は、ただ神の働きを見ることによってその働きと反しない生活とはどういうものかを把握し、文字通り、法則的な生活を送ることによってしか、幸福になることは出来ないということになる。このことは、神の働きが自然の法則である以上、結局、人間がこれまでのように、信仰の目ではなく、科学の目を持ってしか、神の働きを正確には知覚できないことを意味する。そして、スピノザは、内在的有神論者だから、この事態を神の側から見ると、神についての科学的な認識を人間が獲得することを通じて以外に、沈黙の神は、人間になんらの利益も、救いをも、もたらし得ないということになる。科学の目で神を見ることによって、もたらされる利益とは、事物の正しい認識すなわちゆるぎなき真理である。この真理は、正確な原因指定に支えられているからこそ、われわれの行動規範すなわち倫理の真理性を保証し、そのことによって、われわれの行動にゆるぎなき土台を与えるのである。こうして、結局は、神即自然の科学的、学問的把握と人間の倫理は切り離せない関係にあることが分かった。

倫理学批判

永遠なる自然としての神は、既成の信仰や通常の信仰や通常の倫理学で言うところの、人間の期待に応えて、救済を齎す善なる恩恵=存在ではない。神は、ただひたすら、存在すること、というみずからの本質に即したあり方をしているだけの無関心=存在である。というよりはむしろ、世界の存在を支えるためだけに存在している。いわば善悪の利害関係から離れた純粋存在、存在のためのアトラス、存在のための存在なのだ。

通常の倫理学は、つねに、人間行動は善悪判断を基準とすべし、というア・プリオリな至上命題から出発してきた。スピノザは、こりア・プリオリな善悪の判断基準を、神の完全性と普遍性を確立することによって、倫理学から排除した。それとともに、人間から見れば、神は人間界のあらゆる事象およびその生起からは離れ去った。主体そのものであり、受動をもたず、完全な能動的存在である神即自然は、対象となる他者をまったく必要とせず、ただひたすら存在しているだけのものである。したがって、神即自然は、欠如をいっさい持たないがゆえに、なにごとをも望まず、欲望しないし、働きかける特別な対象も持たないし、そもそもそのようなものを必要としない。その結果、人間の宿望である、神による人間の救済は、全面的に否定される。つまり,人間のなんらかの行為や働きかけによって、神が救済に動くということは、いっさい否定される。しかし、人間にとって、この神による救済否定ほど、すばらしい神からの贈り物はなかった。

神は、なにものからも働きを受けない、純粋完全能動性であるがゆえに、永遠不滅である。なぜなら、神は、いかなる外部原因によっても動かされることはないから。したがって、神は「必然的に存在し」、死を知らない「生」である。この神の本質は、すべての人間に、人間の救済どころではない利益を与えてくれた。神の様態に過ぎない、どのようにか弱い人間にも、その本質を生存への努力とせよ、と神は言ってくれたに等しいのである。爾来、生きるために生きる人間こそが最高の人間らしい人間となったのだ。欲望=人間が肯定され、旧来の倫理学の規範は粉砕された。

そこで救霊予定説はどうなる?

この神対人間の関係は、同じく従来の神信仰に対する批判から成立したプロテスタンティズム、とりわけそのカルヴァン派的救霊予定説とは、同じ宗教批判から出発しているので、人間の救済において、その外見的には似ているが、本質においては、両者は全く異なっている。

カルヴィニズムも、スピノザのように、全知全能の神を前提としている。したがって、救いに働く全権限は神のみに属し、人間側のなにものをもってしても、神のこの救いへの決意と救霊予定を変更させることは出来ない。そして、神の慈愛とは、罪深く、無力で哀れな虫けらのような存在である人間にさえ、救済の手を無償で差し伸べて下さる、ということを意味していた。ところが、すでに見たように。スピノザの神は、そもそも救済意志などの人間的概念とは全く無縁な存在なのである。救済という言葉からして、スピノザの体系とは矛盾するし、完全な世界という前提を破壊する。一言で言えば、スピノザの神は、「隠れたる」神などではなく、いわば「死せる」神であり、比喩的に言えば、世界創造とともに永遠の眠りに入った神である。そして、創造と眠りは同時に起こった。

2012年9月15日 (土)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(12)

形相と存在

スピノザには、どうしても形而上学的、「非存在的」存在が必要だった。というのも、これまた永遠で、無限の完全な唯一実体の「表現」だからである。もし、こういう形而上学的存在が想定されなければ、存在性を自らのうちに必然的に包含しない諸事物から成り立つ世界は、完全に偶然に支配されたカオスとなってしまう。もしも世界が所産的自然のみによって満たされているのなら、それらは相互になんの因果のつながりも、結びつきも持たないことになり、勝手に生成、発展、消滅を繰り返し、世界は混乱の極みとなる。混乱の極みとは、存在しないという事態の別表現だ。

我々が自然界の諸事物を認識することができるのは、諸事物が完全な姿態(形相)をもっているからである。完全な姿態とは、線分がどこかで、閉じて、完結していなければならない、という意味で、自己完結系でなければならない、ということの言い換えである。もちろん姿態そのものは、絵画にでもしなければ、存在しないが、しかし、事物の完全な輪郭は、もの言わぬままに、存在しているのは事実である。われわれは、それを認識することによって、それに名前を付け、科学的な原因探求を始めるのである。その際、あらかじめ観念として存在する一般概念のいずれかと照合する作業を行う。つまり、自然界の諸事物の存在と精神界での諸観念の存在が完全に合致するからこそ、我々の認識が開始されるのである。では、自然界の諸事物が持っている完全な姿態とはなんであろうか。それは、完結した自己充足の完全な秩序にほかならない。科学とはこうした秩序を認識していく作業のことである。一方、無限が想念的にしか認識できないのは、それが諸事物のように完結系でなく、輪郭がないからなのである。認識されるものは、必ず存在する。無秩序は認識できないがゆえに、存在しないのである。秩序を因果関係に置き換えてもよい。そうすれば、事件というものも完全な形で、見えてくるようになる。たとえば、フランス革命という例で言えば、表象としての浮かぶ姿は、民衆が手に武器を持って、バスティーユ牢獄の番兵を襲撃している姿であろう。歴史学では、フランス革命という観念は、この姿態に因果関係を加味して引き出されてくる観念である。牢獄の番兵襲撃は、形はあるが、名前のない具体的、限定的事実であり、フランス革命は、それに照応する抽象的だが、限界を持つ概念である。つまりそれは、定義づけられていて、必要とあれば、時間によって制限することもできる、ということである。したがって、それは、精神界では論理的に成立する限定を受けた観念である。もっとも、時間軸を乗り越える超越的思考ができるのも、この観念世界の特徴である。第三種の直観的認識なども、さしずめこの部類に入る。理論と現実とは異なる。このことを前提とすれば、概念間の連結を気にする哲学=論理学の観念世界では、人権宣言を発表している議場は、バスティーユ牢獄の番兵襲撃の後に来るのか、先に来るのかは、いまのところはわからない。理論的には、どちらも、他方の原因と認定できるからである。スピノザによれば、これこそが理論的思考の強みである。それは、時空を超えられるのである。実在する存在物にはこの飛躍ができない。時空が存在の条件になっているからだ。だが、この問題は「では理性が把握できるとしている真理なるものの基準は、どこにあるか」という重大な問題提起へと我々を誘う。いや、むしろ、真理の基準という問題にこの問いかけは直結していると言われなければならない。

存在物の必然性

イメージできるものは、姿態があるから完結しており、必ず何らかの形で、自然界にも精神界にも一意的に存在するのである。姿態は秩序であり、必然的因果関係の産物である。そのようなもののみが実在する。どうしてこうなるのか、と言えば、それは、神の被造物だからである。神がその存在と本質の期成因となっているからである。神が期成因となるこの世界は、神のり理性によって存在も本質も必然的に規定されている。そして、スピノザによると、必然的で合理的なものは必ず現実的に存在するのだ。現実世界は、秩序と法則があまねく支配する完全な世界であるがゆえに、われわれの目に映じ得る。映じ得るがゆえに、その忠実な映像が精神の世界にも存在するのである。

したがって、眼前の自然的世界が生々流転を繰り返すのは、法則的に生々流転を繰り返しているのであって、恣意的に消えたり、生まれたりしているのではない。そして、世界が必然性によって隈なく支配されている、という表現は、所産的自然のこの世界が必然的法則によって、統括されていることの決定的な最終表現なのだ。結局のところ、所産的自然も必然的に存在しなければならないのであり、その意味では、農産的自然が存在性を必然的に含んでいるのと全く同じ事態を、所産的自然の存在は意味しているのである。

スピノザの弁新論

スピノザの言う通り、世界は、完全に充足され、世界に外部というものが存在しないにしても、地上に、これほど悪が満ち溢れ、肉体的にも、精神的にも、欠陥を持った人間がほとんどどこにも見られるのはなぜか。なぜ神は、完全な人間ばかりからなる世界を作らなかったのか。これが多くの信心家を悩ませた弁新論の重大テーマである。スピノザがこの弁新論の重大テーマに対して与えた解答は、単純だ。すなわち、世界は完全であり、不完全に見えるのはみな人間が作り出した不合理な表象である、というものである。

なにもスピノザは、人間世界の改善を無駄な努力としているわけではない。人間関係や人間社会や人間能力を改善し、変革しようとしても、おのずと限度があることは、誰しも納得がいくことだろう。この限界こそ、事物の「本質」であり、事物の「能力」なのだ。だとすると、いかに有能な社会活動家にも、当然のことながら、対象の本質とみずからの能力に基づく限界を突破することはできない。ということになる。

したがって、スピノザによると、世界は事物の本性どおりに、それゆえ完全に進行されていて、そこには補足完成するためのなにものも必要ないということになる。この結論は、目的論を否定した進化論によって補強することができる。

目的論の完全否定

神を人間的表象で想像する民衆は、しばしば神の世界創造に目的を設定する。この偏見に対するスピノザの決定的回答は、神の完全性に関係している。もし神が目的をもって行動していることになると、神の作った世界に何らかの欠陥があり、それを是正しようと神が行動していることになる、というのである。けだし、神は眼前の世界に「満足していない」からだ。人間が神の意志に反して行動しているからか、それとも自然の大装置に摩滅等の欠陥が生じたからか、いずれにせよ神の完全性と全能性の仮定は、世界創造の目的を設定したとたんに崩れてしまう。

従って、自然言う世界には、全体として何の目的もないことを認めなければならない。この「定理」の「系」として導き出される結論は、自然はなんの役にも立たず、誰のためにも働いていない、ということである。それは、ただ法則通りに無限回転している機械のようなものである。

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(11)

存在と本質─唯名論の罠

デカルトの「ワレ思ウ」という命題の謎は、実体である延長なき思考が、これまた実体である、思考なき延長と現実的に共存する、という難問であった。まず、スピノザは延長ある実体的世界について、それらの存在性を、自己満足として、産出性と主体性抜きに「証明」してみせた。それは、完全自己関係系であり、他の系からの助力を必要としない、完全に独立した必然性の体系である。それゆえにそれは、存在しているのである。

デカルト的難問を解決するために、この完全自己関係系に関する人間の認識の方を考えることにしよう。当然のことながら、眼前の現実世界は、その都度「存在している」。これは、だれしも認める真理である。そして、世界は自己原因であるほかない。というのも、人間の原因学的探究は無限に続くから、神をも呑み込んでしまうという難点が生じるからである。この眼前の現実世界が存在することを素朴に認めることは、誰にでもできる。しかし、そこから先は、思考の世界に入るので、意見は分かれる。ということは、表象として映る現実世界の存在と本質は分離している、ということである。そのことをスピノザは「神から産出された事物の本質は、存在を包含しない」と明言する。

スピノザの定義は次のように読み替えられる。「本質が存在を包含する」ものとは自己原因のことである。ところで、自己原因であるのは実体のみだから、「本質が存在を包含する」という定理が成り立つのは実体に関してのみだ、ということである。実は、これが神なのだ。実体は唯一なのであるから、それ以外の被造物については、存在と本質との関係は、等号で結ぶことは出来なくなる。つまり、両者を同一レベルで考えると、等号関係が成立しないのである。存在が無条件にあり、この存在する事物についてのみ、それの本質が思考の上で、考えられる、という関係になっている。被造物の世界では、存在と本質が分離されていて、全く別の事柄であるからこそ、例えば、太陽の存在は認められても、太陽の本質をめぐっては、多種多様な観念が考えうるのである。そうだとすれば、実在の自然世界は、その存在についての原因と実在物の本質についての原因は、別々に設定しなければならない。

この唯名論的な存在と本質の根本的区別=峻別を、存在論のレベルで設定した後で、スピノザは、存在論のレベルから認識論のレベルに移る。それとともに彼は、唯名論から実念論に移る。彼はこの移行を次のような形で実現する。彼はこの移行を次のような形で実現する。すなわち、眼前の現実世界(存在論)を統括する法則と秩序の存在(唯名論)は神の思考あるいは理性(理法)と見なすだけでなく、それをいわば実在する自然の現実世界を映す忠実な鏡を通して(認識論)、人間的思考の存在論(実念論)に「格上げ」するのだ。

彼もまた、デカルトの延長なき思考の「存在」を認めるが、それは、実世界に「存在する」とか、実体として存在するかという意味ではなく、あくまで、思考を属性とする世界と延長を属性とする世界とで、「本質」を共有し、表現する形で、前者の世界でのみ、平行=反映的に「存在する」という存在性なのである。だからこそ、「事物の存在」とその「本質」には、別々の期成因(起動因)が必要だったのである。

しかしもこれに対しては、実世界のような実存性を持たない、延長なき存在物を仮定して、どのようなメリットがあるのか。すべての観念は、現実の反映であり、記号=名辞として捉えて、これらの形而上学的お化けの存在を捨て去り、あくまで純粋経験論を貫徹すれば、無駄な存在物を増やす恐れはないのではないだろうか。

オッカムの言語学的な定式によれば、主語Sと賓辞Pは、もし絶対かつ完全にS=Pであれば、SとPとに分解して、個々別々に論証することができないというのである。例えば、S=山で、P=緑色ならば、S=Pが成り立つ。これは、常識的な関係であって、山という一般概念を現実に存在する個々の山から抽象してきて、それを正確に規定し、緑色という一般概念についても、その存在を確かめながら同じ操作をすれば、両者を等号で結んで出来上がる「山は緑だ」という命題には、いささかも虚偽はなく、真の命題となる。ところがSに「神」をとり、しばしば人がやるように、Pを「善」だとすると、神の定義にすでに善が含まれ、善の定義にすでに神が含まれる以上、S=Pという命題は証明不能にとなるのである。このような証明不能の神は、疑いうる存在となる。オッカムは言う。「抽象的認識は、事物の存在と非存在について語り得ない」と。だから、「神は存在する」という命題も、神がすでに存在を含む以上、証明不能にしなければならず、神の存在と非存在について、何人も証拠と証明を持って確信することは、永久にできないのである。したがって、神は、ただ信じるほかない。それが存在性を含むからだ。そればかりでなく、神の意志も測りがたいものとなる。神の善とは何か、神の正義とは何か、定義不能である以上、神の意志も測りがたい。

言葉の世界を独立させたまま、現実と結びつけることをしないと、思考の世界での神のパワーは絶大なものになり、神は理性によって、証明不能で、ただ信ずべきものとなる。

ここに至って、徹底した合理主義者のスピノザがなにゆえ、実念論を残していたかがはっきりした。彼は思考の世界の独立を宣言するが、それはあくまで認識論上のことで、現実世界の忠実な反映としての精神世界には、現実世界の必然的な法則と秩序がそっくりそのまま映される(表現される)のであり、神即自然である以上、現実界に神は内在するゆえに、精神世界にもあまねく神の理性が行き渡り、偶然にも規則外れも奇蹟も、両世界で、一切生じることはないのである。したがって、神の超自然的権力も存在せず、すべては、人間理性にも理解可能な神知の合理的な支配権に属する。その意味で、神は無限の愛を持つ、万物に優しい平和の自然神となる。スピノザによれば、神は証明不能であるゆえに信ずべきものなのでなく、証明されたからこそ信ずべきものなのである。

2012年9月14日 (金)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(10)

第一原因という罠

人間の原因学は無限に続くものであるために、恐ろしい不安を掻き立てる。人間は自分たちと同じレベルで、神を想定することにより、この原因学を打ち止めにしようと図る。なんでも不幸と悪事は、他人のせいにしたいのだ。だが、人間の認識には限界があるので、外的な究極原因を突き止めようとしても、今度は、究極原因が無限の彼方に消えてしまうことを発見する。つまりは、原因不明であり、残るのは不安感だけだ。そこでの不安感だけでも解消しておきたいと願う人間は、ひとつの凶悪きわまりない悪の権化、第一原因たる悪魔を想定する。宗教が困窮した人間の慰藉となっている。

スピノザも「神は、絶対に第一の原因である」と断言する。ここでスピノザ理解は二つに分かれる。一方は有神論的理解であり、他方は表現論的理解であり、後者の道は、主体なき過程を想定することに帰着する。スピノザが「第一の原因」という用語の前に、「絶対に」という副詞を付けていることからわかるよう、ここでスピノザが言う「第一の原因」とは、前記の原因の原因という具合に人間的常識のレベルで、無限のおおもとに遡っていって、結局はその果てに「うちどめ」としての神を想定する、というような相対的認識のうえに導入され、仮定される「第一」原因ではない。それは、ア・プリオリに「絶対」的な認識で、把握されるような原因なのである。このような原因は、当然のごとく「存在を含む」ゆえに、結局は、当然のごとく「存在を含む」ゆえに結局は自己原因なのである。したがって、前者の有神論的理解は明らかに間違っている。

つまり、通常人間が追い求める原因は外部原因であり、その行きつく先は、人間の姿をした神だというのである。外部原因の究極に神を設定するならば、設定された神は、必然的に神の外部原因という恐るべき想像を突きつけられ、神が全知全能の究極存在ではなくなる事態に直面せざるを得ない。スピノザは、結局これは神の定義に反するので、虚偽の推論として、あらかじめ斥けているのである。こうして、われわれは、こでは「事物をその第一原因から認識する」立場、つまりは、後者の有神論でないスピノザ理解に立たざるを得ない。

存在性と自己原因

哲学者スピノザが想定する絶対的な第一原因とは、言い換えると、内部原因または「自己原因」のことであり、「第一の」という形容詞から想像されるような「自然の事物に始めがあるのを見て、実体にも始めがあると思うようになる」という意味での、最初の起動因ではない。

まず、自己原因はそれ自体の原因を持たないというものでなければならない。「ひとつの実体は、もう一つの実体によって産出されることができない」そこから、「実体は、他のものによって産出されることができない」という結論が出てくる。存在論のレベルで見ると、この実体はなにものかによって生み出されていないのに、存在しているものと定義することができる。しかも、第一原因は、「第一」という表象で浮かぶ、通常の意味での最初の起動因ではない。つまり、それ自体も原因となりうるような「結果として利原因」ではない。なにものかを産み出したとたん、当該のものは、原因を持つことになるからである。しかし、それでは、第一原因は「存在」できないのではないか、という疑問に突き当たる。だからこそ、スピノザは、自己原因は必然的に存在を含む、と主張したのだ。自己原因または第一原因とは何か。時空を超越して、「存在」を本性=本質として持つもの、通常の意味での原因なくして存在するものとは何か。スピノザに忠実にこのような原因を指名するとすれば、それは、このあるがままの世界だということになる。すなわち現実の全自然である。自然に含まれている個々の物体はそれぞれに循環する因果を持つが、全体としての自然はただ「存在」しているだけである。

そうだとすれば、スビノザの自己原因なるものは、もはや通常の表象に浮かぶような原因とは言えない。産出活動をいっさい伴わない原因は、もはや原因とは言い難い。それゆえスピノザは、「実体は、本性上存在する」と言い、「必然的に無限である」と言うのである。これがスビノザの神=実体論のアルファでありオメガである。主体がなければ、目的も意志もない。しかもなお自然なるものに存在理由はあるかといえば、それは存在を本性とする、としか答えようがない。自然または神は存在している、それで終わりだ。そこからは何も作り出されない。

2012年9月12日 (水)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(9)

無限の謎

実体すなわち神は無限である。常識のレベルでは無限は複数存在してはならない。

ここで、デカルトの思考と延長との二元論を考えて見よう。さしあたり、無限は、少なくとも二つ現存在することになる。デカルトの主張が正しいとしたら、思惟も延長も無限である。そこで、無限が複数あるのは、背理であるとしたら、双方は、全く重ならない、異次元の無限である、ということでなければならない。思考は延長を持たず、したがって空間性を持たない。いくら広大な事柄を思考しても無限なる神を思考しても、思考の方は、いっさい面積や体積を必要としないからも思考はこのような形で、無限だと結論づけざるを得ない。一方、延長は、空間の無限性を前提とすれば、これまた無限である。デカルト的充実の空間は、何処までも続く。というのも、無限の空間、したがって無限の延長以外に、なにかが存在することをみとめるなら、その中には、空間または延長以外のもので、それを仮定することは、不合理なことだ。人間の論理学では、なにもないということは、存在しないという命題と同一である。したがって延長も無限だ。そうなると、思考と延長という二つの無限が存在することになるが、無限はひとつの立場に立つなら、この二つの無限は、別々に、異次元的に存在することにならざるをえない。ところがこれだけでは済まない。デカルトにおいて、無限の思考と延長が、これまた、無限の唯一実体のもとで、統一されていなければならないというのである。これはロスケリヌスが夢想したと非難された三神論であるかもしれない。

ロスケリヌスは、デカルトが陥りかねなかった三「実体」論を展開した。徹底した唯名論者であった彼は、神がもし三位一体として、すなわち父と子と聖霊として「実在」するのなら、神は、三つの実体から成立しているはずだと推論したのである。実在論(実念論)の立場に立つ中世の正当神学は、神=父の実在論と聖霊と子の実在論という具合に、実際には三神論をとっていたにもかかわらず、自己意識としては、神の「位格」として、いわば神の「純粋形相」のようなものとしてしか聖霊と子を認識していなかった、実在論者の聖アンセルムスはロスケリヌスを三神論として断罪した。実在論者の致命的誤謬は、存在論と認識論を峻別せず、神外在説をとっていたことによる。スピノザはこれを「毀損した観念」と呼ぶしかし、デカルトの場合、今度は、この神という名前の実体という無限の存在で、論理は終わらなければならない。実体はそれ自体の他に原因を持たない、自己充足的本体であるがゆえに、実体を作り出したものは存在しないのだから。神が無限で、自己原因であることが前提とすると、実体が神であることは明らかである。しかし、思考も延長も無限という資格では、神と同等である。これら三つの無限の関係はどうなるのか。デカルト哲学においては、この疑問に解決が与えられることはない。

ここでスピノザが登場する。『エチカ』第1部で論じられている、実体、属性、思考、延長、自然、神、などの無限を表見する諸名辞間の関係はどうなのであろうか。まず、民衆にみなじみやすい、誰にでも理解できる無限が存在する。それは「神」だ。スピノザにとって、「神」とは、科学者でも哲学者でも民衆でも、はっきりとわかる無限の代名詞だ。次に科学者なら理解しやすい自然という無限がある。自然とは、簡単に言えば、眼前の、接触し得る、物体で充満した空間のことだ。だとすれば、これまた無限であることは、はっきりとわかる。なぜなら、眼前に見えている空の向こう側に、延長を持たないなにかがあることを否定することは簡単だからである。無限の縦、無限の横、無限の高さを持つ三次元空間の代名詞が自然である。これを形而上学的に表現すると、自然は延長の世界だということになる。この延長の無限世界と、思考との関係は、同じレベルでの無限の複数存在が認められない以上、延長を持ち空間性を持つ無限空間と、延長を持たず空間性を持たない無限との関係となり、前者を後者が何らかの形で、しかもぴったり重なる形で表現ないし代表しているということにならざるを得ない。言い換えると、思考は延長の代名詞だということになる。また、その逆も真である。そして、これら両者は実体の属性と呼ばれる。属性とは実体の本質を知性が知覚したものであるから、実体が無限である限り、実体と同じく、これまた無限である。そして、人間に理解できる属性は、実体の属性としての延長と思考の二つだけである。

異常、これら無限を意味する諸名辞の関係は、無限の唯一存在を前提とすれば、いわば相互に、かつ十全に表現試案関係だということがわかる。ここにおいて、諸名辞は、すべて、無限の唯一実体である神を異なる形で表現したものにすぎないと結論付けることができる。

自己原因

『エチカ』第一部定理五の実体の唯一性および定理八の「すべての実体は必然的に無限である」ことを認めさえすれば、これまでの諸名辞の関係が相互表現関係であることは比較的簡単に理解できる。むしろ『エチカ』、そしてスピノザ最大の難問は、自己原因あるいは「神は、絶対に第一原因である」の断言であるかもしれない。スピノザ自身もこれが一般に理解されにくい難問であることに気づいていた。この理解することが困難な証明とは、「実体は、自己原因である。すなわちその本質は必然的に存在を内包する」というものだ。

同一性質を持つ複数実体が存在するとすれば、当の実体の「外部」に別の原因が存在することになる。ところが実体は無限であるから、「外部」というのは背理である。となると、そもそも実体が複数存在するという仮説自体が間違っていたことになる。故に実体は唯一であり、それは同時に自己原因でもある。この証明には系がある。すなわち、自己原因とは内部原因のことであるとすると、実体には、すべての原因が含まれていなければならないことになる。したがって、自己原因とは、存在性をも自らのうちに原因として含んでいなければならいということである。しかし、そもそも人間には、「自己原因」なる哲学の形而上学的「お化け」が理解できるようで、理解できない。なぜなら、およそ人間の悟性に理解し得る「原因」とは「外部」原因でしかないからである。「内部」原因とみられるものも、最初から事象の定義の中に含まれていない以上、すべてが外部の原因である。

「神によって産出された事物の本質は、存在性を包含しない」

自然界の万物は生生流転のなかにあり、有限であり、本質に存在性が書き込まれた事物など、目に見える世界には存在しない。もし自然界に「存在するように定められた事物」が存在するとすれば、それは巷間で言われるところの神だ。さらに、「産出された事物」は、外部原因を持つということも、この定理の前提となっている。言い換えると、内部原因または自己原因と存在性は、神においては、不可分なのである。造られたものについては、だれでも「いつそれは現われたのか」と問いかけることができるし、また「いつまでそれは存続するのか」と問える。それに反して、産出されなくて存在しているものがもしあるとすれば、それは永遠の生命を享受していることになる。つまり時空を超えて存在するように運命づけられているということだ。これもまた神だ。

スピノザの例に即して、木という定義に含まれている原因を考えて見よう。なにが木の定義か、と言えば、「緑の葉をつけ、成長してゆくもの」という定義が考えられる。木の本質は「生きる」ということになる。有名な存在への努力である。すべての生物には、この「生きる」という定義が用意されている。木はひとりで生長していくからこの定義は、自己原因であると誤解する向きもあるかもしれない。しかし、自己原因には永遠性または無限性が含まれるのである。もし木が永遠に成長し続けるものなら、世界は木だらけになってしまう。ところが、木はある時期になると、枯れて、土に還ってしまう。木の本性にはたしかに「生きる」ことが含まれているのだが、それは、所詮、外部要因を持つものであるから、外界の原因によって、必ず生物は、その形相としては、死に絶えてしまう。このように地上にある物は全て時間性を帯びた原因を持つことになり、それゆえに原因は外部にしか求められないのである。存在物に主体を想定しようと、主体の存在を否定しようと、原因というものは当の現象や物体にとっては、結局、外部のもの、客体なのである。

2012年9月11日 (火)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(8)

第2章 神とは無限の自然である

神即自然

スピノザはデカルト哲学を継承しながら、その論理を徹底させた。彼は、デカルト二元論の非論理性を神及び心身関係の面で批判し、論理的で整合性のとれた一元論を構築しようと考えた。つまり、彼はデカルトの二元論という強力に梃子を使って、みずからの一元的構造物を作り上げようとしたのである。

スピノザは、まず実体の唯一性を確立する。次に、実体は全世界、宇宙全体、森羅万象、全自然と同一であることが必然的に導出される。唯一実体は神そのものだから、自然即神という内在主義的神観が打ち立てられる。この神観は、旧来の擬人神観を斥け、神を人間の評価や意志や願望や信心からは無縁なものとして独立させる。また、実体の唯一性と絶対性から、世界には神以外存在しない。だから、世界が即神なのである。スピノザの神は、自己完結性と完全性と永遠性をみずからのうちに持つ。自己完結性は、自己原因として説明される。世の常識とは違っても自己責任という名の自己原因を持つ存在は神だけなのだ。ここは『エチカ』の中でも一番分かりにくい個所となる。神はみずからがみずからの原因であるから、始まりも終わりもない。したがって、神は、その意味で永遠である。神は原因であり、同時に結果である。それは完全能動者であり、かつ完全受動者である。神は、こうして、なにものの影響も受けず、同時にすべてのものを包み込んでいる。神は全体性である。したがって、神はこの世界のすべてであり、世界の全体である。それゆえ神だけで完全なのである。そうすると、世界は完全に出来上がっており、そこには、不完全なものが一つもない代わりに、万物は神即自然の「一部」であることになる。もちろん、この神即自然の「一部」は「一部」として時計の部品のように完全である。

目に見える限りでの存在物のこの部分性が人間には不完全性と映る。それも表象の世界にさまよっている人間の感性的認識の世界にだけ、不完全性が存在しているのであり、世界の本質を見抜く理性的認識の世界には本性的に善悪の区別がない。世界は神と同じで、完全だからだ。善悪の人間の皮相な判断に過ぎない。善悪の区別を世界から廃棄してしまうと、旧来からの、いっさいの論理学も廃棄されてしまう。旧来の宗教も同じく廃棄される。神は世界の必然性であるから、神即自然にはなにもかもが必要で、なにもかもが必然なのだ。

このような神観が人間倫理にとってなにを意味するかは、『エチカ』第一部の付録で素描される。ここでのスピノザは、人類の積年の病弊となっている先入見に満ちた宗教的偏見を打破する戦いを展開する。人類は類独自の精神構造を持つ。だから彼等は神に対して、しばしば偏愛を求め、現世に対する希望あるいは絶望から、神を人間的にものに歪曲する。この人間の期待感あるいは絶望感から来る誤謬に囚われた民衆は、神が現世を不完全なままで放擲しておいたので、「奇蹟」という手段を用いて現世を完成するために、働きにやってくると考える。しかし、この考えは、とりもなおさず神即自然を未完結で不完全な存在に仕立て上げることを意味する。この奇蹟期待の誤謬は、人間の行動規範である倫理学に最悪の害悪をもたらす。

神をどう定義するか

『エチカ』では最初に、実体に関する基本的定義が提示される。まず、自己原因は、自分の本性ゆえに存在しなければならないものと定義されている。ここで、原因とは、通常の場合、結果から見る時には、つねに自らの外部に存在するものだからである。人間の思考に入っている「原因」概念は、いつも決まって外部要因だ。事物Aから事物Bが生まれた時、あるいは、事物Aから事物Bが生まれた時、あるいは事物Aが事物Bに何らかの影響を及ぼした時、事物Aは事物Bの「原因」とされる。もちろん、事物Aと事物Bとは互いに別物だ。

これに反して、自己の存在性をも含む自己原因は、文字通り自分のうちに自分原因を内包している。それは自己完結性を有する。事物Aの原因が事物Aそのものだとすると、事物Aは全体性ということにならざるをえない。事物Aの外にはなにも存在しないからだし、何も存在する必要がないからだ。こうしたものこそ神ではなかろうか。神のこの自己完結性は、神的完全性であり神的内在性でもある。そして、神とは世界全体であり、全体性以外のなにものでもない。こうした自己原因性が無限性を含んでいることは言うまでもなく明らかである。存在するものすべてを神が包括しているのだからである。世界に果てがあるとすると先ほどの事物Aには含まれない事物Bが存在することになる。世界の果ての向こう側にそれがある。そうなると神の完全性も破れてしまう。だから、世界には果てがない。万物が事物Aなのだ。したがって、自己原因である事物Aは存在していて、なおかつ全体であるのだから、神である。原因と結果を同時に自己のうちに含んでいるということは、時間が経過しないということである。つまり、この神は創造の時間を持たないのである。神は永遠であるという、永遠とは、原因と結果が同時であることから理解される概念である。

続いて、スピノザの体系を体現する諸概念の定義が置かれている。同じ本性を持つものは、その類において有限であるとの定義がある。その例として物体と思考の関係が提示される。それは、哲学史上、スピノザの「心身平行論」として有名になっている。物体と思考は本性を異にするから、それぞれ独立していて、その類内部では、相対的な力関係が存在する。類内部のそれぞれの存在が他者存在から限定を受けるという意味だ。しかし、物体がいかに強力であっても、また、その反対に思考がいかに強力であっても、物体と思考のあいだには、相互限定関係は一切ない。つまり、類としては実体の属性で、完全に別個のものなのである。

ついで、実体の定義がある。実体はそれ自身の内にあり、かつそれ自身によって考えられるものと定義される。つまり実体は定義一の自己原因である。以下、実体に関係する諸概念が定義される。属性は、実体に関してその本質を構成するものとして知性が知覚するものである。ここまでは、自己原因の範疇にはいり、存在性と概念は一致している。「様態または実体の変状」になってはじめて外部原因が現れる。すなわち、様態とは、その存在理由が自分以外のものの内にあるものとなっていても通常の意味での原因または外部原因がここで示されるのである。

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(7)

人間的本質としての欲望

人間の幸福のための基礎条件を、神即自然の全体性とそのなかに包摂されている人間存在に分けて検討した後で、スピノザは、人間の至福というものの本性とそれを実現するための方法を明らかにする。そこには、もう一度、人間的自由と欲望存在としての人間的実存の問題が現れる。「人間の至福とは何か?」誰にこの質問をしてみても答えは同じである。自分の欲望が十全に満たされることである。欲望充足は人間の自由と結びついている。人間が奴隷の状態に置かれたとき、十分に欲望が満たされることはない。主人のみだからだ。他に依存し、従属しているからだ。

ここで、探求すべき課題は、一般に欲望と言われているものが何か元言うことである。これが『エチカ』の第三部を占める探究となる。欲望とは精神の決意のことであり、「意識化された衝動」のことだ。この衝動を生み出すものは何か。それは身体の永続を望む存在物の「努力」である。この身体上の「努力」は、精神上にその映像を同時にもたらす。それが欲望だ。だから、欲望及び衝動は、「身体上の決定と本性上同時にあり」、それらはいずれも存在物の「努力」から生じるものだから、「人間の本質」を成している。スピノザの心(欲望)身(存在への努力)平行論がこれである。

これは倫理学史上稀有な定式である。スピノザ以外の倫理学が体制護持のための学問だったことの証だ。スピノザのあのマリアである。倫理学の基本概念はつねに禁欲ではなかったか?それに対してスピノザは、一般に、衝動や衝動を意識化した欲望を倫理学の基本概念に据えた。既成の倫理学とは真っ向から対立する倫理学をスピノザは打ち立てたことになる。スピ除の倫理学は、このように人間の本質から構成された理論であるので、きわめて実践的なものとなる。なぜなら、これまでの倫理学は禁欲を最高の徳と考えて来たので、人間に努力を迫る強制の倫理学だったからであり、およそ人間に在っては、努力の強制ほど無理難題はないからだ。つまり、禁欲は人間存在の本質ではまったくないので、それに根拠を置く倫理学は夢想以外のなにものでもなく、破綻することを運命づけられているということだ。これに対して、欲望の倫理学は、人間の本質に根ざしているので、きわめて実践的な倫理学となる。そして、欲望の充足は人間にとって自由の達成である。だから、スピノザの倫理学は同時に人間的自由の倫理学となる。

『エチカ』の最終部分は、スピノザが果たしたかった最終的な課題である人間の幸福を作り出すための装置をデッサンしている。それは、人間理性の普遍性・共同性に根ざし、分業を行う、公正な共同社会である。そこでの人間存在は、個々ばらばらではなく、多数の人間がたった一個の身体と精神を形成しているように見える共同社会である。こうした社会においては、人間は孤独ではなく、共同存在となり、思う存分自己利益という名の共同利益を楽しむ存在となる。

国家の科学的探究へ

スピノザが構想している国家像はねマキアヴェッリが宗教的な倫理的徳目から君主の行動を切り離したように、人間個人の資質や有徳や勇気には関係しない国家運営を可能にする。それというのも、「人間は必然的に諸感情に従属する」から、国家の永続的平和と安定のためには、統治者の資質をあてにはできないし、また、あてにしてはならないからである。「むしろ国家が永続し得るためには、国事に携わる人間が理性によって導かれようと、感情によって導かれようと、信義にもとる振る舞いをしたり、邪悪な行動に走ったりすることができないように」国家装置が仕組まれなければならない。ここにおいてもスビノザは、はっきりと非「人間主義」である。スビノザは国家の統治者を一種の魂なき人間の身体として、はじめてそれを科学の解剖台に乗せた独創的な医学者、つまり国家思想家であった。

人間から切り離された国家は、「人間の共通的本性または共通の状態から」産出される一種の社会的生産物となる。こうして、スピノザは、国家を一種の「自然物」として扱い、それを客観的に分類し、それぞれのメカニズムとそれを突き動かす「神の永遠なる力」とを明らかにしようとする。この最強の「力」に押されて、人間は自然状態から社会状態へ本性上、移行する。

こうした国家の本性と目的から「国民ができるだけ平等である」必要性が出てくる。

2012年9月 9日 (日)

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(6)

欲望と目的原因

スピノザにとっては、人間存在は、原因探求で失敗しがちな存在である。なぜかというと、人間存在は、必然的に動かされているのだが、自分の「意欲や衝動を意識している」がゆえに、自分が自由意志で、目的に向かって行動している思いがちであるからなのだ。つまり、人間は自分の中に欲望を充足するために、行動していると思い込みがちなのである。そこで発見される行動の原因は、目的原因と呼ばれるが、これは、意欲や衝動、言い換えると、人間の欲望と同一のもので、客観的な真の原因ではないとスピノザは断言している。

奇蹟や神の「倫理的」行動を否定するということは、神すなわちこの自然世界が必然性によって規定されていることを認めることと同義である。つまり、悲しいことだが、人間は、世界に偶然はあり得ないということをみとめなければならない。たとえ、世界に人間という意志を持った活動的主体が存在するとしても。彼は自由ではないからだ。彼は、自然世界の必然性のなかで、拘束されて「生かされている」受動的存在である。

人間の認識能力には限界がある

次に問題となるのは、神、あるいは世界、あるいは「自然の一部としての人間」の本性を神即自然とのかかわりのなかで、探求することである。それは『エチカ』第二部以下で論じられている。第二部でなによりも問題になるのは、人間に独特のものである精神の認識機能の特性である。「人間精神の現実的存在物を構成するものは、現実に存在する個物の観念に他ならない」とするなら、認識は外界との接触で生じることになる。しかし、この接触から生まれる認識は外界によってもろに制約されており、外界によって振り回されるために、いつも「妥当な認識」とはならない。しかも、精神が接触できる外界は限定され、有限であるために、こうした外界の人間的接触は、誤謬とつねに密接不可分のものとなる。いずれにせよ、こういう結果が生まれるのは、生き物としての人間が神なる自然の一部に過ぎないように、人間精神も、これまた「神の無限の知性の一部」にすぎないからだ。ただ、人間精神の内部から論理だてて生まれてくる観念だけが常に正しい。

スピノザは、人間認識がなぜ誤りやすいのかを明らかにしている。人間の認識は、まずもって身体を通じての認識であることが誤りやすさをもたらすのである。「全自然の一部」でしかない身体は、外界の一部しか相手に出来ない。それゆえ、そこから生まれる認識は「毀損した認識」である。これをスピノザは第一種の認識と呼んだ。経験のことだ。しかし、ここで注意しなければならないのは、この誤りと言われている認識が虚偽の認識ではないということである。自然世界には「嘘偽り」は一切ないからだ。たとえば、太陽がどう人間に見えるかをとりあげてスピノザは、太陽がごく近くに見えるのは、なにも虚偽の認識ではなく、目を持った動物がすべて同じ見方をしている点で、そのものの本質にかなった真なる認識であると主張する。その意味では人間が嘘をつくときも同じだ。嘘をついている人間にとっては、嘘は嘘として真実なのだ。ただ、問題になるのはこうした表象に関わる認識は、断片的な認識であり、事実の本質とは縁もゆかりもないということである。認識が断片化された場合には、われわれは真理からは程遠いところにいる。こうした認識のことをスピノザは、第一種の認識として、考慮の外に置く。しかし、多くの人間の認識は、このレベルにとどまっている。断片化した認識を持つ人間は、より強く限定され、外界の事物がそうであるように、お互いにばらばらになる。事物の本質という共通性・普遍性・共同性が見抜けないために、人々は一致した共通認識を持つには至らない。共通認識が持てない場合、人間は共通観念にもとづいて話さないために、相互に連絡が取れなくなる。その結果、こうした認識に屈従する人間は、孤立していて、個々人の弱い力のままであり、したがって彼等には、持続した生存が望めない。

2012年9月 8日 (土)

辰野登恵子/柴田敏雄展─与えられた形象(6)

Ⅴ.2000年代

このあと、版画作品の展示がありましたが、それは省略します。

1990年代のいたって空疎な作品群から、2000年代の作品に移ってくると何か鈍重になってしまったのと、へたうまの効果がより洗練されたのとで、折角の1990年代の統一感が減退したような印象を受けました。前回の私の受けた印象とは逆のことを画家は志向していただろうということが何となく分かります。それは、おそらく1960年当時の画家というイメージが原初的にあって、この人はその中で制作し、考えているということでしょうか。その割には、作品にたいして拙劣という印象をずっと拭えないでいて、素朴ではなく、その点が、すごく違和感が離れないでいます。

Tatsunoemeraldカタログでは、こう説明しています。辰野登恵子は、2000年代に入る頃からは、以前よりも具体性の強いモティーフをしばしば用いるようになった。たとえば箱のようなかたちがそのひとつである。「Red Line・Blue Line」を見てみよう。大きな画面は、ほとんどが黄色で埋め尽くされている。モティーフとなっているのは、前後が開口となっているように見える箱のような形象で、その堆積がふたつ見える。堆積は前後、左右にずれていて、右前方と左後方に分かれて立っている。右前方の堆積には箱が4個、左後方の堆積には5個が、それぞれ部分的にせよ見えている。このようなモティーフの設定条件は他の作品にも繰り返されている。ずれは初期から親しいものであった。したがって、ずれは偶発的なものではなく、作品にとって本質的な偶発性と言ってもいい。「Red Line・Blue Line」でも、箱のようなものの堆積が左に5段、右に4段見えているのは、ある情景を切り取ったアングルの中に、たまたまそのように見えたのではなく、最初から数がそのように設定されているのである。とはいえ、それは作品のテーマ、描かれる絵の内容というわけではない。それらはスポーツにおけるルールのような、あらかじめ定めた制約の中で、最高の表現をしようとするもののようだ。「Red Line・Blue Line」では、箱のような形象が重なった状況のイリュージョンを作り出すことが、ひとつの大きな課題である。水平のエレメントと垂直のエレメントがあり、それぞれの位置関係がある。さらにこの作品では、ほとんどすべてが黄色い水平のエレメントも垂直のエレメントも背景も、画面上ではほとんどが黄色い四角形に変換される。画面全体では、それが40以上も存在しているのである。どのパートの色彩がどのような彩度であり明度であるべきか、どのような筆触で、絵の具の固さで塗られるべきか。画家は、画面の中で、それぞれのパートをどのように作り上げ、どのように相互に関係づけるかを、すべて決定し実践していかなければならない。それは何もないところから絵筆と絵の具だけで、一つの伽藍にも匹敵するような構築物を作り上げる行為に他ならない。セザンヌの場合、モティーフを前にしながら、眼前モティーフは単なる口実であり、絵を描くことは抽象的に絵を組み立てることに他ならなかった。絵画とは、再現ではなく構築されるべきものであり、そのために画面上に正しい筆触をおいていくことが求められるし、必要なことはただそれだけなのだ。

引用が長くなりましたが、そう言うことだそうです。つまりは、反復と切断を画面上で追求していくためには、反復させるものがないとできないわけで、それを持ち込むために形式、あるいは制約が必要で、そのために箱というような形象を持ち込んだということでしょうか。しかし、そのために、この形象は何かとか箱かということに注意が行ってしまうリストを画家はどう見ていたのでしょうか。空間とか環境全般を描きたいとか、自分の作品は抽象でも具象でもないというようにことを述べているようです。多分、全体の関係が重要視しているのでしょう。しかし、私にはこの作品の魅力は、むしろ細部にあって、黄色の筆致というのか不定型な筆の動きが、コピーされると画面に波が生じるように不定形に動きを与えているところです。画面に動きが感じられるというのでしょうか。それがコピーされた黄色が鮮やかな所だけが残って印象を強くします。そういう効果の点です。そういう効果の点がより前面に出ているのが、「Emerrald1/2」という作品で、背景を点描のように描いているところが、これまた下手くそで点描というほど揃っていない筆使いが、かえって不規則で、一定しない色がそれを助長し、落ち着いた感じがしないのが、印刷物や画像データでみるとうまく洗練されて、動きを与えられていて飽きさせないのです。これを計算してやっているようだったら超絶テクニシャンです。また、構成とか、そういうことならばカタログの解説が取り上げた作品よりも「室内」という作品の方がスリリングで面白いです。もっとも、「Red Line・Blue Line」は展覧会のチラシやポスターで使われているものなので、今回の目玉なのでしょうから。

展示空間は広く、ゆったりしていて、鑑賞する人影もまばらで、現代ものの展覧会はこんなものなのでしょうけれど、静かな時間を過ごせました。展覧会カタログは豪華な感じですが。大きすぎます。帰りの荷物になることを考えてほしいと思いました。

このあと、最近の作品の展示がありました。まっいっか、という感じです。

辰野登恵子/柴田敏雄展─与えられた形象(5)

 Ⅳ.1990年代

柴田の写真展示を挟んで辰野の1990年代の作品に入ります。ここまで、ゆっくり見て30分くらいかかり、ちょうど柴田の写真展示の区画に椅子があって腰を下ろしました。すると、入り口越しに辰野の例によって大きな作品が垣間見えます。そこからの眺めがよく、実際、ここの区画に展示されていた大作数点から、私としては面白くなってきました。

Tatsunountitled975_2展覧会場の区画の広さは十分あるので区画いっぱいに離れると作品と距離を取ることができます。そうやって離れて眺める作品は、それなりに楽しめるものでした。その最大の理由は、色塗りや色遣い、あるいは線の引き方といった技能的なことが、下手は下手なりにこなれてきた、つまりはヘタウマのような感じで見れるようになってきたことではないかと思います。つまりは、決してきれいと見えない色遣いは描かれた形象に陰影のような彩を与えることにより、その形象に立体感とか重量感(鈍重さ)のようなものを感じさせる効果がでてくるようになった。そこでは抽象的に形態が重量感なく画面に浮いているような感じから重さとか画面の奥行といった要素が加わるようになったことです。形とか色といった平面的な要素を抽出して構成する抽象画に、あえて奥行や重量を感じさせられ、しかも形、というよりも物体が浮かんでいるようなものとなりも何か抽象画とてしてのチグハグ感というのか。さらにムラのあめ色の塗り方が遠く距離を置くと陰影とあいまって細かな動きを画面生んでいるような、つまりは全体の重いシンプルな画面の細部がそれとは異なる動きを処々で生み出しているような印象を受けるようになっています。粗い筆のタッチが、それを助長して、今までになかった画面の生き生きとした感じがでてくるようなのです。しかも、これは近くで作品に相対するよりも、コピーした画像で見るほうが、尚更いいです。

一応それらしいことを言うと、高度資本主義の経済社会で大衆消費社会が一部で実現し、大量生産によるコピー製品が大量に出回ると、一部の限定されたエリートを対象として、ライブで作品を通して鑑賞するということは、効率が悪いものとなってきます。作家だって儲けが薄いし、知名度は上がらない。だから印刷のような大量の頒布システムができ、それによってポスターや画集、複製が大きな意味を持ってきてもおかしくない。ポップアートやミニマリズムの反復というキーワードも、このような事態と切り離せないだろうし、シルクスクリーンに複写する技法等はコピーそのものを技法として取り入れているわけでしょう。とくに、コンピューターとそのネットワークの発展により絵画も画像情報として現物不在の情報が肥大化ということが、そういう事態を増幅させているわけです。そういう事態で作品の作り手の側として、そういう事態に副った制作をしてもいいのでは、と思います。例えば、現物に対してコピー等の二次的なものは、一時的な現物に合ったライブな生々しさが消失する、ベンヤミンはオーラがなくなると先駆的に言いましたが、とよく言われます。しかし、それはこういう事態に批判的な立場のコメントです。逆にコピーした方が価値が高まるようなことがあってもいいのではないか。低俗な議論かもしれませんが、いわゆる泰西名画の場合、得てして本物よりも複製の方が見た目が見栄えがするものです。もう、どちらがいいかは、観る人の価値観の問題にすぎません。その中で、辰野の作品は現物よりも複製の方が価値が高い、と私は思います。画家はそんなことは考えてないだろうし、そういう制作はしていないと思います。しかし、私には、そういうところが、辰野という画家の作品の一番「売り」ではないかと思います。

具体的には、こういうことです。「UNTITLED97-5」について、解説はこう説明しています。この作品に描かれているのは分断された環のモチーフのヴァリエーションである。同じものが連なるところにずれが生じる状況は、1970年代の罫紙を写真製版した版画においても辰野が関心を持っていたものであり、作家の基本的レパートリーのひとつであるということができる。対になった黄色い形は、全体としては大きな木の幹にうろが空いているようにも見えるし、切り欠きのある細長い柱のようなものが2本、寄り添っているようにも見える。ふたつに分かれた黄色い塊は、輪郭線の内側に、おおむね陰影が施されているが、それは決して均質ではない。開口部の内側のように、比較的暗く急激な陰影のところもあれば、なだらかで面積の大きな陰影の所もあり、また、ほとんど陰影のないところもある。背景は、印象派ふうの柔らかな筆致で埋められているが、この部分は必ずしも後退していくようには描かれていない。黄色い領域の輪郭を侵して、筆触は相互に浸透し合っている。この印象は、黄色い領域の輪郭線が曖昧なことにもよっている。輪郭線が、黄色い形象と背景との境界としてはっきり黒い線で引かれているところもあれば、陰影と一体化しているところもあり、ほとんど認められないところもある。絵の上部では、背景はやや緑味を帯び、黄色い形態にかぶさるように前面に出てきているし、左側では、黄色い形態が比較的突出ししているように見える。

これは、私の考えを際立たせるために、まず美術展のカタログに書かれていた、いうならば芸術的な観方です。でも、コピーで見る場合は、何が描かれているかのような意味とか内容というのは、観るのに時間がかかるため、はっきりいってそんなのんびりとは見る時間がありません。パッと見てどうだという世界です。そういう視点で見ると抽象と具象という美術界の区分はどうでもいいことなのです。だって、何が描かれているかは、大して重要なことではないからです。では何が重要なのかと言えば、効果です。観る者に、どういう効果を、いかに生じさせるかということです。この作品で言えば、形象の黄色と背景の青または白とのコントラストです。そして、色の塗りが一様でなく波打つように筆致が浮いていて、色がそれぞれムラができていることが細かな変化とダイナミクスを与えています。これを現物で見ると筆致の不揃いさや塗りの下手さが目立って見苦しいのですがコピーはそういう生々しさが消えてしまって、却って洗練されたように映ります。言うならば、画家の肉体性が邪魔だったのが、コピーされることによって捨て去られ、つまりは抽象化されたというわけです。ちょうど、画面の構成も単純化されて、そういう効果を味わうには程良いテイストになっているのです。

少し脱線しますが、辰野という画家の経歴を考えれば、これらの作品をデータ化し、それを例えば、フォトショップやイラストレーターのようなソフトを使って手を加え、作品に微妙な差異を作り出して、作品番号に枝番をつけてシリアルで頒布したっていいのではないかと思います。ポップアートがシルクスクリーンで似たような画像を貼り付けて反復を作品化したように、データをそれを行って、画像データの広がり自体を作品とすることはできるのではないか。これまでの画家の経歴の流れからみれば、それ程突飛なことなとは思えません。ただし、これが商売として成立するかは問題かもしれませんが。でも、そういう可能性を考えさせるほど、ここに展示されている作品は面白かったと思います。それが画家の意図している方向とは違うでしょうけれど。

2012年9月 6日 (木)

辰野登恵子/柴田敏雄展─与えられた形象(4)

Ⅲ.1970年代

展示は、この後、柴田の写真がしばらく続き、二人の初期作品として学生時代とその後の作品が展示されていました。それらを見て感じるのは、若さゆえか、もともとそういう性格なのか、ある種の軽薄さというのか、当時の流行に敏感で、それなりに距離を置こうというセンスらしさは感じられるのですが、誰かが言っていましたが、日本の西洋絵画というのは当時のヨーロッパの流行を最初に持ってきた人が、その芸術運動の紹介者ということで一つの権威となるという構図、そのシステムを作っているのが東京藝術大学と画壇と政府ということで、言ってみれば、カタログに二人の対談にもありましたが、学生時代、ひたすら新しいことを追いかけていたようで、穿った見方かもしれませんが、そういうシステムが体現化されていたと言えなくもない、されは、初期作品も地に足がついていない、だからといって実験する、試している楽しさが伝わってこない。習作に目くじらを立てるのはどうかと思いますが。そのあと、1970年代の辰野の作品の展示になりました。

Tatsunowork78177ある程度の大きさのドローイング(この人は大きいということ好きなのですね)クリーム色のファブリアーノ紙の上に事務用の赤鉛筆で引いたグリッドの上を、さらにグワッシュや水彩の面相筆による描線によって丁寧になぞっている。色鉛筆によるグリッドは、紙面全体を均質に、規則的におおって丹念に引かれている。フリーハンドで引かれた、白や水水色のグワッシュや水彩の線は、赤鉛筆の線を消し去っているように見えるし、赤やオレンジのグワッシュや水彩の線は、逆に赤鉛筆の線を強調しているように見える。絵の具の線は、溜まりをつくって盛り上がったり、逆にかすれたりしており、画家の呼吸や腕の動きを伝えながら、画面上に起伏を、表情を作り出している。とカタログで解説されている「WORK78-17-7」(上図)という作品。

辰野はこう言っています。「普通の罫線やマス目のノートを開いたとき、右側と左側のページは、連続していながら、同時に断絶があります。ページが重なると、重なったがゆえに線がずれたり、とじ目があるので線が消えたりすることもあります。もともとそういうノートとか原稿用紙は子供の時から好きで、ただただ見入ってしまったり、それに色を塗ったりとか、逆にはみ出すように塗ってみたりとか、していました。1970年代は、概念的でコンセプチュアルなものしか認められていない時代で、何をするにも理由が必要でした。それで、自分がもともと気になっていたものにとことんこだわってみようと思ったのです」

ミニマリズムの影響だそうですが、赤い方眼紙に細工を加えたようなと言ってもいいもの。辰野本人やよく分かっている人の解説を読むと、そういうものか、ということは分かります。画家本人も言っているようにコンセプチュアルということで、概念として言葉で説明できるものになっています。しかし、そこで執拗に引かれたであろう画面の赤い線に魅力が感じられないのです。あるいは線の赤に魅力を感じられない。線が生きていないとしか言えない。鉛筆できちっと引かれているはずの線ですが、そういう精密さというものが見る者に迫ってこない。だから、グワッシュや筆で引かれた線の揺らぎとの対照が際立ってこない。解説にあるような画家の呼吸や腕の動きを伝えるに中途半端になっていて、観ている私には伝わってこない。むしろ、下手な線に見えてしまう。総じて、初期と言えるでしょう、1970年代の作品は、私には面白くなかった。抽象画に技術とか技能というのはおかしいのかもしれませんが、そういうものが付いて行っていないような印象が強かったです。社会的には、批評家や画廊に高い評価を受けたのでしょうから、私の見方はたぶん偏っているのでしょう。

辰野登恵子/柴田敏雄展─与えられた形象(3)

Ⅱ円と丸から

最初のⅠ.1980年代の展示が、受付を入ってすぐに目の前に広がり、大きい、キレイでない、という印象のまま、あまり好感を持てずにいるうちに、次の区画に入り柴田の写真の展示を見て、少し落ち着くことができました。柴田の写真の展示に関しては、最初のところでまとめて書いたので、ここでは書きませんが、作品として出来上がったものをこうした展示で見るよりも、作者がこんなことをしているというような、この一連の作品について意図を語ったり、文章で書いたのを読んだりする方が、ずっとエキサイティングのような気がしました。アィディアは面白いと思いますが、それに作品が追い付いていないと思いました。これなら、風景写真を画像ソフトを使って手を加えて、あたかも現実にあるかのような人工的で、抽象的な風景を写真の形で提示してくれた方が徹底しているように思えます。もとより素人の浅はかな思いつきですが、写真を見ていて、中途半端に印象が先に立ちました。

Tastunountitled948lそれに比べると、まだマシ(というとお二人には失礼ですが)ということで、辰野登恵子の作品を柴田の展示区画から入り口を通して遠く視界に入ってくると、はじめて、その作品が汚くないことに気づきました。

これらの作品は時期的には、Ⅰの1980年代の作品の後に当たります。まず、ゴチャゴチャしたものがなくなりましたが、かといって、だからすっきりしたというのでないです。

画家自身は、円とか丸をテーマとして意識していたわけではないようで、曲線で囲まれたものとかかたちを、抽象性の高い円とか球というものではなくて、もっと丸いものという感じで描きたかったようです。カタログには、円とか丸というモティーフは、まったくフラットなものから、陰影とヴォリュームを施されたものまで、同じ外形を保ちながら様々な度合いのイリュージョンを付与することが可能だったと書かれています。

例えば「UNTITLED94-8」という作品では紫とピンクの細長い球のようなものが交互に並べられ、それぞれの紫やピンクが球体ごとに濃淡の変化や陰影の加え方の変化により立体感や重量感が加わるがそれぞれに変化が付けられ、それらが積み重ねられ、壁とも山とも見えてくる。そして、それらの球体の隙間の色が変化し、右下の部分のオレンジ色の部分は見方によれば光が差し込んでくるようにも見える。と説明していけば、そうなのです。しかし、だからどうなの?という問いが浮かんでくるのです。丸いというモティーフを使っていることは、本人やカタログの説明から理解できるのですが、そこから分かるのは、たんに便利に使っているということでしかありません。この作品の場合でも、さまざまな技法を用いて絵の具を画面に置いているのでしょうし、見た目でいろいろな塗られ方、絵の具の定着のされ方をしているということは分かるのですが、それが画面上のヴァリエイションとなって目を楽しませるとか、そういうことはなくて、画面の汚さを助長しているようにしか見えないのです。

しかし、先ほど言ったように他の区画から遠く眺めるとか、とにかく距離をできるだけとって、作品に対して正対しないで漫然と眺めると、汚い色の塗り方は一種の揺らぎのように映り、輪郭の曖昧さ不揃いさは不定形な動きを内包しているように映るのです。多分、この文章をネットで読み、作品をコピーされた画像で見ている人は私が上に書いたような汚さはあまり感じないと思います。それが、とうしてなのか、どういうことなのか、会場で辰野の作品に対して、出来る限りの距離を開いて眺めて眺めることで、これから追求していきたいと思います。

2012年9月 4日 (火)

あるIR担当者の雑感(86)~仕事を引き継ぐということへの懐疑

今、私が就いている業務について次の世代である若い人に引き継ぐことを考えて、部署内の担当を任されることになる人に少しずつ業務や、その前提となる知識を引き継ぐため、知識を教えたり、マニュアルを作ったりしています。そういう、今、制度として一律に、知識とか、仕事ができるということを、完全に継承するのは不可能だということです。

仕事とか技能、あるいは業務知識の継承という時に、形式知と暗黙知という区分がよくなされます。形式知はマニュアルに書かれているようなはっきりと形式化した手順や知識で、コンピュータの操作方法といったようなものです。これはマニュアルが作られ、手順なので、これをやって次はこれ、というように教えることは可能と考えられています。これに対して暗黙知というのは、マニュアルにしにくい部分、暗黙の了解ではないですが、その時々に応じて柔軟に対応するという類のもので、習得には経験が必要とされていますが、見える化の作業により形式化を進めるというのが、昨今の傾向のようです。ご多聞にもれず、私も同じように継承の努力をしていますが、どうもうまくいきません。それは、やり方がまずい、その他いろいろと原因を考えてみました。しかし、よく考えてみると、私の周囲にも他の会社のIR担当者でやり取りをしていると、中に「こいつ、何も分っていない」という人がけっこういますし、仕事上でやり取りする業界(?)の人たちにもそういう人を見かけます。中には、有名なメジャー企業で業務の継承のシステムがしっかり構築されているようなところの人にも見られます。だからといって、継承がうまくいかないのは、私のせいではなくて、相手がダメなのだと愚痴をこぼしているのではありません。

そこで、少し考えますが、さきほど「こいつ、何も分っていない」と私が感じることがあると書きましたが、その感じることに何か根拠があるかというと説明はできないのです。話をしていて何となく分かるというのでしょうか。反対に、そう感じられた相手の方は、そう言うことを感じるということはないと思います。つまり一方通行なのです。こういうことを言うと誤解する人が多いと思いますが、この時の私とあいての間には、出来ると出来ない、あるいは分かると分らないということで境界が引かれていて、その此岸と彼岸、つまり、こっち側とあっち側に分かれている状態にあると思われます。そして、一方通行と行ったのは、出来る、分かる人は、そのできる側のことも分かるし、出来ない側も分かるのですが、出来ない、分らない人は出来ない側しか分らないということです。だから、一般的には、出来る、分かる人が出来ない、分らない人に教えてあげて、出来る側につれて来ないといけないと考えられてきました。しかし、それは出来る、分っているからこそ言えることではないかと思うのです。例えば、形式知はマニュアルで継承できるといいますが、最近の流行語である「想定外」と事態では、分らない人でマニュアルで仕事をしている人は対応できません。そう言うことがないように、と「想定外」でも対応できるマニュアルを作ろうとしているようですが、これって論理的に矛盾しているし、最初から破綻した行為です。つまり、何が言いたいかというと、マニュアルというのは、出来ない人がその通りに手順を踏んで仕事をするためのものではなくて、出来る人が記憶を呼び戻したり、覚えきれないことのメモランダムとして使うことではじめて真価を発揮するもので、できるということが前提なのではないか、ということなのです。

ハッキリ言います。出来る、分かる人と出来ない、分らない人の世界は違うのです。両者にとって世界は違って見えるのです。そこで、出来る人が出来る側の世界のことをいくら教えても、違う世界の人には理解することはできないのです。先ほどのマニュアルのように、個別の段取りについて機械の操作で個々の指の動かし方といった表面的なことはつたえられるのですが、なぜとかその意味といったことが実感として、その時に何に注意すればいいかを自然と想像できるというのは、いくら個別の注意事項を一つ一つ暗記させても追いつかないのです。それは、出来ない側にいる人にいくら教えてもだめなのです。それが理解できるというのは出来る側の人になって、そういう世界が見えることといっしょなのです。こういう言い方は傲慢に聞こえるかもしれません。

そこで、大きな問題として、そんなに大きな断絶があるのなら、そもそも継承ということは不可能なことではないか。ということがあると思います。多分、一律にマニュアルとか講習とかいうような方法では出来ないと思います。そこで継承ができたというのは、たまたま、上手く言った人の個人的な要因によるものと、断言してしまいましょう。では、どうすればいいのか。一つのヒントは、以前の職人の世界などでの修行と個人対個人の師弟関係による技能の継承です。このとき、たいていの場合、師匠は弟子に教えるのではなく、弟子が師匠の技を盗むことで継承が成就されます。他の場合は、肝心な点を弟子が自らの工夫で自ら会得するというようにことです。その裏では師匠が見守っていたりしているのですが。そして、秘伝の伝授という場合には、弟子が出来る、分かる側にいることが確認された後に行われるのです。出来る、分かる側につれてくることを師匠が積極的に行うのではなく、弟子が自ら出来る、分かる側にいこうとして、境界を越えるのを辛抱強く待つのです。

スピノザという近代の哲学者がこう言っています。真理に達した人は、それが真理であると分かる。それは真理なのだ。しかし、それが分らない人は、分らないので真理である根拠を言えとか、証明を求める。しかし、例えば一つの理由をいえば、その説明した理由に対しての理由が必要になり、無限に理由を説明しなければならない。証明もそうだ。しかし、真理を得た人にとって真理であることは明白なのだ。逆に真理に達していない人は、その真理が見えていないのでそれを否定することはいくらでもできるのだ。だから、真理に達していない人の側に立って、真理を説明しようとしても否定的な結果を招くだけなのだ。といいました。スピノザの師匠にあたるデカルトは方法的懐疑という方法によって、すべてのものを疑って、最後にこれだけは疑えないものとして、それを疑っている自分というものが存在しているということは確実だ。といいましたが、これだって、疑おうと思えばいくらでも疑うことができます。そういう師匠の中途半端さをも批判して、スピノザはいったわけです。

哲学の大問題を身近な仕事の引き継ぎに当て嵌めるのはどうか、現実にはそれで仕事の引継ぎが実際に行われているではないか、といわれれば、たしかに形式的にはそうです。でも、例えばIR担当者の場合をとっても、説明資料をつくるとか作業をして、どこまで、その本来の目的を把握して、企業に意味のあることをしている担当者が4000社弱の上場企業の何人ができているか、恐らく大半はチャップリンが『モダンタイムス』という映画で揶揄的に見せた同じ動作を単に繰り返しているだけとほとんど変らないことを仕事と思っているひとが大半なのではないかと思います。多分、こんなことを書いている私自身も、その大半の方に含まれるのでしょうけれど。

わぉ、デジタルの時代に、なんてアナログで、アナクロなことを書いているのでしょうね。でも、実際、できない奴、分かっていない奴と仕事をすることほど苦痛なことはないのです。そして、そういう奴に限って、自分ができない、分かってないことが分かってない。

辰野登恵子/柴田敏雄展─与えられた形象(2)

Ⅰ.1980年代

会場で真っ先に目に入った作品群です。予備知識も何もなく見たので、大きい、汚いというのが、第一印象です。小文字のfかSのような形と花のようなのがゴチャゴチャ五月蠅いほどに書かれていて、下に塗られている色が汚いとしてか感じられず、塗り方が乱雑に感じられて、尚更投げやりなる。こう書いていくと、作品を罵倒しているとか思えませんね。正直、この先どうなるのかと、多少うんざりしたのも事実です。

Tatsuno80s多分、辰野の作品もジャンル分けをすると、そこに入るのでしょうし、パンフレットにも現代日本を代表する抽象画家と紹介されているので、抽象画ということになるのでしょう。私は学者や評論家ではないので難しい理論的なことは分かりませんが、抽象画と一括されますが、様々な潮流があり、あまり単純化した議論は誤解を招くことになるかもしれませんが、独断と偏見で語らせてもらうと、カンディンスキーにしろモンドリアンにしろ、丁度同時代に、文学でいうとマラルメたちの言葉だけの閉じた世界で詩を組み立てる試みや小説からストーリーを削除してしまうようなジッドの純粋小説とか、音楽の世界でも絶対音楽というように、本質的なものを残して余計なものを削ぎ落とした純粋芸術とでいうような風潮があって、絵画でも長い歴史の中で伝統に縛られ、作家たちが縛られて動きをとれないなかで、本質的と思われるものを残して、それ以外の要素を次々と捨て去って残ったものが、彼らの抽象的な作品だったというような捉えかたをしています。丁度、近代的な思想の開始を告げるデカルトが方法的懐疑という手法で、疑わしいことを全て否定して、最後に、こう考えている自分の存在だけは否定できないという究極に辿り着いたように。それだけに、彼らの作品に共通しているのはシンプルで、その残された要素に着目すると、これこそが絵画だということが実感させられる、というものだったと思います。言葉の意味で抽象化という作業は、個々の事象から本質的なところを取り出して、普遍的に通用する概念を作り出すことです。そこに共通しているのは、余計なものを削ぎ落として本質的なところだけを残すということです。そこで残された作品は本質の塊というもので、概念を抽象化した数式のようなもので、意味とか感情とかそういう付随的なものは削ぎ落として、真とか美としか言いようのないものです。

そういう見方で、辰野の抽象をみると余計なものを削ぎ落として、本質だけが残されているという感じはしません。むしろ、最初にいったように、ゴチャゴチャして五月蠅い。方向性としては、削ってきたというのは逆に、追加追加で画面を作ってきた、そう見えました。見方を変えれば、それまでにはなかった遊びの要素が加わったとも言えるかもしれません。しかし、私には、それ以前に残すべき本質というものがないではないか。だから、モンドリアンたちのような作家の画面作りは、言うならば引き算で余計な要素を取り除いていくものであったのに対して、辰野の場合は、足し算で、何もないところに要素を加えていくというもののように見えます。例えば、WORK84-P-1(上図)という作品では、花模様のような形象とSの字のような形象が、画面上に何か所も配置されていますが、これがなくてはならないという感じはしません。仮にこれらの形象が無くなっても画面はそれなりに、なれなりのようにも見えるし、別の形象に代わってもそうですか、という感じです。こうでなくてはならない必然性のようなものは、画面を見る限りは感じられません。そうではなくて、たまたま、こうなったというような即興的な結果として提示されているような感じです。色々な可能性が考えられる中で、たまたま、こうしてみましたという感じです。となると、即興的にできるだけ早く画面を作ってしまおうということで、まるで殴り書きのように形象が急いで書かれているように見えるのも納得できます。辰野は、画面を完結したものと見ずに、仮初の一時的な状態とみれば、仕上げるのは、その先になります。

画家自身は花模様のモチーフと言っていますが、これは鋳鉄製の階段の羽目板のくりぬき模様から来ているとのことで、このころの画家の関心は連続性、その連続性の遮断や断絶だったそうです。このころの画家は、抽象表現主義を継承する新たな絵画を描きたいと考え、その後の展開、その後の絵画空間を模索していたそうです。絵画空間を仕切ることで、内側と外側の関係性が生まれ、差異が生じる。境界線ばかりでなく、色、マ、ティエール、何によっても、そこにはイリュージョンが生まれる。内側と外側の空間の温度差、密度の違い、(具体的には暖色と寒色といった色使いや濃淡か)のようなものは画家にとって重要な課題だったといいます。パターンを取り入れることでこのような空間の変質を願っていたともいう。つまり、画家にとってのパターンは、複雑な絵画空間やイリュージョンを生み出し、操作するためのきっかけのようなものだったそうです。

そのように作者が言っている割には、ここで描かれている形象に魅力がないのはどうしてでしょう。例えば、音楽ではあるフレーズ反復されて曲が構成されていますが、いい曲というのは、反復されるフレーズが再現されるたびにわくわくするものです。そして、反復の仕方も手慣れた音楽家はそこに様々な仕掛けをしていて聴き手を飽きさせないものです。しかし、この画面を見ていると、作者が言っているほど工夫も見えない。せめて反復するほどその形象に愛着があるようならば、もう少し丁寧に描いてもよさそうなものなのに、と素人は思ってしまうのです。反復を画面の中心として位置付けるならば、反復する形象を、これを反復すると強調してもいいのではと思います。

2012年9月 2日 (日)

辰野登恵子/柴田敏雄展─与えられた形象(1)

夏休みが終わって、会社で仕事をするようになると、冷房の効いた室内に長時間いる生活に戻り、休み中快適だった体の調子が再び変調の兆しを見せ始めたとき。外出の用事ができたの機に、早めに会社を出た。幸い用事は順調に終わり、都心に出たついでに、と国立新美術館に寄ることにした。教科書に載っているような作品が展示される名画展とか、著名な芸術家の回顧展といった展覧会は、沢山の人出があるが、こういう、現役の、しかも、現代芸術とかいわれるものは、閑散とている。平日の5時過ぎという時刻ゆえかもしれないが、天井の高い、倉庫みたいな展示室で展示室内に1人とか2人というような贅沢な空間にいることができた。

Tatsunoposta_2この二人の作家については、私はほとんど知らないので、いつのようにパンフレットから引用します。「情感に満ちた色彩豊かな画面により、現代日本を代表する抽象画家として、30年以上にわたり第一線で活躍してきた、辰野登恵子(1950年生)。山野に見出される土木事業を重厚なモノクローム写真に定着した「日本典型」連作などにより、国際的な高い評価を受けている写真家、柴田敏雄(1949年生)。一見すると、表現メディアも作風も異なっている二人ですが、東京藝術大学油画科の同級生として、在学中はグループ展などの活動をともにしていたという、意外な接点を持っています。─(中略)─二人の芸術には見過ごしにすることのできない共通点があるように思われます。それは、外部世界の中に見出された偶然的な形象から出発しながら、高度な抽象性をもった、造形的に自立した作品を生み出していることです。展覧会では、1970年代の学生時代から現在に至る、二人の作品の中から作品やシリーズを精選し、基本的にはそれぞれの作家の特質を明らかにしながら、時折は両者の作品を併置し、ポップ・アートとミニマル・アートの影響を受けて自己を形成した最初の世代が、質の高い独自の芸術を作り上げていった様を紹介いたします」辰野が第一線で活躍しているとか、柴田が国際的な高い評価を受けているとか、そう言うことは全く知らず、たまたま、この日、この時間で仕事の場所から、比較的行きやすいところという検索で引っ掛かったというのが、この展覧会にきた理由です。

二人展ですが、柴田敏雄の写真については、あまり興味が湧かず素通りに近い、眺めて終わってしまったので、感想はありません。ネットで、この展覧会を検索してみると、柴田の写真作品に対する好意的な感想が多いようで、私の行った日も展示を見る人は柴田の作品の方が何となく多かったような気がしますが。私の個人的印象ですが、柴田は絵画の感覚で写真を撮っているのではないか、本質的に写真して見るべきものではない、と思えたのです。絵画ですべきことを写真で行うだけなら単に奇を衒っているだけで、数点観て、その時だけ驚けば、それでいいだけで、そういうものとしてみました。ちなみに、本質的に写真として撮っていないというのは、光と影で時間を感じることができなかったからです。つまり、同じ対象を見るといっても、写真の場合は一瞬をカメラで写し取るので、とくに屋外の風景を取るときは外光の対象に当たる角度や方向、光の強さ、どの部分に光がよくあるかは時々刻々変化するので、シャッターを押した時刻によって、全く違う写真になる可能性があります。風景写真を生業とするプロの写真家は、画家と違って写した写真に自分で手を加えることができないので、その瞬間を辛抱強く待ち、それを捉える最適の絞りや焦点に集中する、そこにその写真家でないと撮れない作品が生まれてくると私は思っています。柴田の作品の趣旨からすると、風景にある形象を浮かび上がらせたいということなら、これに最適な光やその影の最適の瞬間を写し取ったかというと、何時撮ったか分らないような写真ばかりでした。画家は、自分で描くので風景のような対象を見る時に、瞬間に固執する必要はありません。むしろ、個別的な要素に捉われることなく、抽象化してその風景のそうならしめている本質のようなものを剔抉しようとするのではないか、と思います。柴田は、その本質を形象によって見極めようとして、個別の写真的な瞬間を切り捨てたように思えました。ただし、後で触れることになると思いますが、この展覧会で二人の作家を並べて展示することで、もう一人の辰野との共通性というのが、展覧会パンフレットにある形象ということではなくて、作品とか制作の反復ということが、互いに写真として、あるいは絵画として中途半端さに共通点を見出す契機にはなったと思いました。

パンフレットに写った辰野の作品は、その文言にあるように「情感に満ちた色彩豊かな画面」に見えました。しかし、実際に見た作品の第一印象は、汚いというものでした。汚いと感じたのは色彩です。また、仕上げが粗雑ということも思いました。私は玄人ではないので、現代アートとかいうものの理論とか方法論は知らないので、技法とか、そういう画家なりの基準があって、それをクリアしているものでしょう。パンフレットにあった「情感に満ちた色彩豊かな画面」という文言には、どこが?という反語的な疑問符を感じました。実際に見る画面上に塗られた絵の具の色は重く、鈍く、塗り残しが各処にみられ、それが問う効果を生み出しているのか、その価値が全く分かりませんでした。しかし、同じ作品を、例えば、パンフレットに印刷されたコピーで見ると、たしかに「色彩豊かな画面」に写っているのです。印刷で誤魔化しているのか、と少し疑いましたが、少しでも印刷に近い見方ができるようにと、会場で可能な限り作品から離れて、眼鏡を外して眺めてみると、印刷されたものと近い印象になりました。これは、ほとんどの辰野の作品に当てはまりました。しかも、同じ展示室で眺めるよりも隣の展示室でその部屋で展示されている作品を見ながら、横目で遠く斜めに眺めるとさらにいいのです。それで、辰野の作品のサイズが大きい理由が分かった気がします。つまりは近くで見ると全体が見渡せなくなるから、自然と距離を置いて作品を見ることになる。そして、作品は離れれば離れるほどよくなる。つまり、観る者に作品から離れさせるために大きな作品にした。大きなサイズで遠くから眺めると細かな写生のような作品は何が書かれているか見る者は分らない。それならば、大雑把な形象を象徴的な大きく、画面の中心にデンと置いてやれば、遠くからもそれと分かる。そういう構成になっている。私のかなり偏った、主観的な解釈です。しかし、コピーした方がよく見えるというのは、かつて芸術様品のオーラといった、現物にその場で対峙することを主張した思想家もいましたが、コピーの方がいいということは、そこで言われていたオーラというものがどこへ行ってしまったのか、ということになります。そういう、芸術作品の一回性ということは辰野の作品からは感じられませんでした。いままで、名画と言われる作品では、画集等で見るよりは現物の方が良いというのが、辰野の作品では逆なので、そういう有名作品とは、違う。同じような外形をしているが、本質的な所で絵画というものとはズレているのではないか。と思いました。その印象を補完したのが同時に展示されていた柴田の写真です。

展示は会場レイアウトの都合か、それに意味があるのかは分かりませんが、年代順に並べてありませんでした。カタログもそうなっているので、何かの意図があるのでしょう。ちなみに、順番はつぎのようでした。

Ⅰ.辰野/1980年代

一.柴田/日本典型

Ⅱ.辰野/円と丸から

二.柴田/シカゴ現代美術館の25店

三.柴田/堰堤

四.柴田/アーカイブス

両者の初期作品

Ⅲ.辰野/1970年代

五.柴田/ナイト・フォト

六、柴田/三角形

Ⅵ.辰野/版画

Ⅳ.辰野/1990年代

Ⅴ.辰野/2000年代

七.柴田/カラー

両者の新作

こんな、順番です。できれば、展示の順番に従って観て行きたいと思います。ただし、先に書いた通り、柴田の作品は除外し、辰野の作品を見ていくようにします。

大津真作「倫理の大転換 ~スピノザ思想を梃子として」(5)

人間は自然の一部に過ぎない

スピノザは、こういう人間の得手勝手な倒錯した神像を粉々にしてしまい、倫理と神とを切り離してしまう。つまり、人間の幸福追求と神即自然の本質的振る舞いとは、矛盾し、敵対することもある、ということだ。このように、スピノザによれば、神即自然の法則は、人間の幸福追求及びその切なる願望に基づいて、人間たちが作り上げる諸法律すなわち人間的法則なるものを超越している。これは、「自然の一部に過ぎない」人間と全自然との力関係の問題だ。もとより人間の諸法律が人間社会の構成員たちではなく、自分より強大な自然力を相手にしては、有効であるはずがない。人間並みの力を持つ自然法則なら、これを人間は利用して、人間の幸せを作り出すことができる。しかしながら、人間並みの諸法則を超えた自然法則については、われわれには、それを回避できれば、もうけものといったところなのである。

主体なき倫理

全自然の永遠の秩序と人間理性の働きとをひとたび分断してしまうと、今度は、人間の主体的活動の方がどこかへ雲散霧消してしまう。主体は、理性にもとづいたときには、自然は人間のために改造することも出来るからである。スピノザの哲学体系に、主体としての人間が不在であると指摘した哲学者にヘーゲルがいる。ヘーゲルのスピノザ批判の要点は、彼の哲学が偶然性を取り入れておらず、したがって人間主体という偶然性を含まない一面的な見方だということにある。主体は意志や欲望を持つから、偶然性を体現しており、矛盾の一方の旗頭だ。必然性に対する決定的対立物としての人間主体を、世界あるいは神が対立物の統一として含まない限りは、人間の生きているこの現世は書割であり、壁紙に過ぎない暗黒世界、すなわち「奈落」となる。ところが、スピノザに在っては、神即自然に比べれば、人間は一時的なもので、圧倒的に非力であり、ほとんどなにものでもない。それでは人間の無力を主張しているに過ぎない。しかし、近代の自然科学は自然哲学と一緒になって、世界を変革してきたではないか?人間主体は、理性の力で世界を作り出している。ヘーゲルの出発点、それは圧倒的に強い西洋的人間個人であり、世界を作り出していく力を持ってさえいる神の如き論理力を備えた人間だ。ヘーゲルの汎論理主義は、形を変えた人間主義あるいは主体主義だ。人間主体を話に組み入れると、必ずこうなる。

これに対して、スピノザの人間観の基本には、人間を突き動かす衝動としての欲望が据えられており、それを無機質な世界に積極的に人間をかかわらせ、世界の意味を作り出すことに貢献する。そして、スピノザ哲学では、この欲望とは何かが究明される。そこで、ヘーゲルが言う偶然性がなにに起因しているかが問題になる。偶然性は、欲望をよく観察してみると分かる。偶然性は、単に人間認識の限界性を言い換えたものに過ぎない。

つまり、この「書割」と称されている世界で、スピノザ的な人間は欲望を意識しながら、自己の利益のために行動する。しかし、欲望のために行動していると考えている人間は、認識の世界で、そのように考えているだけの話であって、現実の世界では、人間は全く自由でも、偶然でもなく、鉄の自然必然性によって突き動かされているのだ。彼が抱く欲望も、この必然性に起因し、それによって制約されている。つまり、存在と認識は人間においては、しばしば不一致に陥り、分裂しているということだ。存在と認識とではどちらが現実的な影響を持つかというと、それは、現実の存在の方であり、その歪曲された映像である認識の方ではない。人間の意識にのぼる、この欲望を写像とする現実世界における対応物こそは、有名な存在持続の努力すなわちコナツスである。物体の場合は慣性を意味し、現在の状況にとどまろうとする力のことを指す。人間の場合は、身体持続のための努力となる。つまり、人間はいついかなる時でも生きようとするということだ。この世界のありとあらゆる事物は、意識があるなしに関わらず、物体としての個物の自己保存の法則に従って日々営々と努力を続けている。だから、スピノザの世界は書割のような無差別の世界ではなく、すべての有限な事物が一時的な存在であるからこそ、存在に向けて最大限の努力を払う闘争の世界なのである。そこでは、大は小に必ず勝つが、しかし、小が多数集まれば大をも打ち倒す。人間は、ひとりひとりの人間が結集して、一個の共同存在となれば、きわめて強力な存在物となる。

これがスピノザの構想した倫理的社会だ。それは人間本質、つまり生存のための努力存在としての本質に合致する。「すべての人間の精神と身体が一緒になる」ことが人類の存続にとって必要条件だが、それを実現するためには、まず人間の共通の本性を誤りなく把握しなければならない。たしかに、スピノザ的世界の人間は、主体として、生の欲望によって突き動かされているが、人間精神の、もうひとつの働きである理性は、人間に真の利益を教えてくれる。このように強大になった共同存在こそ、個々の人間に最大限の存続を許す。個々の人間にとって、自己の利益の存続が最大の欲望となっていることが前提であれば、こういう社会を理性に基づいて形成することは十分可能だ。では、共同存在を作り上げるにはどうすればよいか?それは人間理性が回答を用意してくれている。理性によって、人間の共通性・共同利害性を発見するのだ。つまり、我々が共同利害を有していることに気づくことが重要なのだ。あらゆる現象に共通性を探すこと、普遍性を発見すること。こうした人間理性は、一見したところ、個々の人間の独自性や個別的欲望を顧慮しないかに見える。それは科学的理性だ。しかし、人類の共通性・普遍性・共同性こそは、究極的には人間を救い、人びとに幸せをもたらす。スピノザの倫理学が人間の至福を実現するための科学である所以である。

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