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2012年9月30日 (日)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(4)~「執筆する聖ヒエロニムス」

最初の少年から10年、「ナルキッソス」から5年、短期間で、明暗のメリハリは深度を増して、劇的要素が同じ画家とは思えない程深化した印象です。

Caravaggiogirolamo横の画面に、暗闇の中に執筆している聖ヒエロニムスと机、そして机の上に置かれた髑髏だけが浮かび上がるというものです。その暗闇とスポットライトを浴びて浮かび上がる聖ヒエロニムスと髑髏の対照が、この作品の最大の魅力ではないでしょうか。劇的な緊張というのでしょうか。劇場的という言葉が一時期政治の世界である宰相のパフォーマンスを形容するのに使われましたが、外面的に派手なパフォーマンスで民衆の支持を集めて、実質的にこまかな政策論議を成り立たせ無くしてしまうというニュアンスで語られていました。この作品を見ていると、そういう意味での劇場的という形容が当てはまる印象です。外面的効果を徹底的に追求している、それはアコギと思われるくらいに。それだけに、この作品を見る人は教養ある聖職者から庶民まで、その圧倒的な効果に、一様に強い印象を受けたのではないでしょうか。当時はキリスト教会のカトリックとプロテスタントの対立が深刻で、そこでのプロパガンダとして機能を、この作品は期待されていたのではないかという想像をしてしまいます。

真っ暗な中に浮かび上がる聖ヒエロニムスと髑髏は、まるで劇場の舞台でスポットライトを浴びて観客の注目を一身に集めてモノローグを読む主演俳優のようです。そのために、他の画家が聖ヒエロニムスを描いた作品と違って、書斎の描写を一切省略して黒く塗りつぶし、小道具としては机があるだけで、視線の拡散を防いでいます。そして、髑髏の赤みが少し入ったクリーム色、机と書籍の茶系統の色、聖ヒエロニムスの肌色とマントの赤と色調が、赤が入った黄色から茶色の系統で統一されていて、注意の拡散を防ぎ、中でも比較的印象の強い赤に視線の注目が集まるように作られています。

聖ヒエロニムスに光が当てられていますが、上半身の部分と机上の髑髏と執筆されている書籍に当てられ、下半身と机の下の脚の部分は影となっています。とくに聖ヒエロニムスの下半身は赤いマントで覆われて描かれていません。舞台でモノローグする主演俳優のようだと書きましたが、その強調したい部分だけにスポットライトが当たり、あとは影として観客に見えないように周到に排除されています。

しかし、現代の考え方で言えば一番焦点の中心となるべき顔の表情は、陰影を濃くして、執筆のため下を向かせているため、顔の中心である目は注意深く隠されています。これでは、中心である聖ヒエロニムスの内面が隠されているのです。近現代の個人の主体性というものが尊重される今だからの、これは視点で、当時は神を信仰し、すべてを神に委ねる、とくに聖人に列聖されているひとには、人間的な感情といったものは、仏教で言えば煩悩というわけで信仰の邪魔になると考えられていたかもしれません。その時に個々人の感情とか内面といったものよりも、具体的な信仰という行為が重要だった。とすれば、内面は空っぽでいいわけで、外面の行為としての信仰、ということを考え、さらに前に話したように、当時の新旧の宗派対立が激しかった時代状況の要請でプロパガンダとしての機能を期待されていたとしたら、このような作為的というのか、芝居がかったような絵画を制作して、一般の民衆にインパクトを与えるという目的に適うものであったと思います。

カタログ等の解説書には、明暗の対照や聖ヒエロニムスが老境にあり瘠せさらばえていることや、髑髏が象徴的に描かれていることから生死の世界を象徴的に描いていると解説している者もあります。現代の心理学的というのか、行動主義的な会社にどっぷりと浸かった私のような人間は、そう考えたい誘惑にいつも捉われます。とくに、この時代、ドイツでは宗教戦争で国土は荒廃し、イタリアもペストが猖獗を極めた後で死というものが間近であった時代と考えられることから、そう考えたくなります。ただ、それを作家個人の芸術的意図のように考えるのには、違和感を感じます。

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