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2012年9月28日 (金)

あるIR担当者の雑感(93)~世迷い言

ここでIRに関して思ったこと等妄言を連ねてきていますが、基本的な姿勢としては、IRは公告とか開示とかいうようなことではなくて、「IRは、企業の財務機能とコミュニケーション機能とを結合して行われる戦略的かつ全社的なマーケティング活動であり、投資家に対して企業の業績やその将来性に関する正確な姿を提供するものである。そしてその活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ」という全米IR協会の定義にもあるように、コミュニケーションであるということです。だから、市場からの意見が企業の経営に影響を与えることもある。とくに投資家に媚びるということではありませんが、情報の坩堝である市場から投資家というフィルターによって情報を獲得したり、経営の客観性を確保するための手段とできたり、と本来企業に資金を出資し所有者である株主とは、もとは投資家であるわけですから、その面を向いているということは、語の本来の意味において、求められていることです。これによって経営の質の向上を図って行こう、とまあ、かなり教科書みたいなことですが。これを本気で考えてやっていこうというものです。

実際の所、企業にとっては耳に痛いところもあり、そういうことを歓迎していないところもあるだろうと思います。これまでは、それでも何とかなった。しかし、現在の企業を取り巻く環境では、そういう経営では通用しなくなってきている。その時に教科書的なIR本来の機能は資するところがかなり大きいのではないか。私が、ここ数年市場関係者と話していて感じた、現実的な市場の機能の可能性と、市場関係者の意欲とか姿勢などからですが、結果のようなものです。つまり、一担当者が市場という外圧のようなものを介して、経営にある程度のインパクトを与えようということです。端的に言えば、従来のままでいては通用しなくなるから、時代に応じて変わって行かなければならない、そのヒントは市場にもあるからIRを通じて情報を集め供給していくというものです。かなり壮大な風呂敷を広げていますが、白髪三千丈程度に割り引いて読んでください。

さて、ここから世迷い言です。これはつまり経営に変化を求めようという意図があります。経営が変われば会社も変わってくる。従来の経営から変わって行くということは会社も変わって行かなくてはならないわけです。ということであれば、そこで働く従業員も変化せざるを得ない。何か、風が吹けば桶屋が儲かる的な因果ですが。私なぞは50歳を越えて、サラリーマン生活30年近くなるところで染み付いたような会社にぶら下がったサラリーマン生活は、それなりに心地良いものになっています。そういう心地良さは制度としては終身雇用であったり、年功序列であったり、会社かがりの福祉であったり、何よりも会社にリスクを全て預けてしまうような、見方によって危険な生き方をしているわけです。ちょっと建前に走り過ぎているかもしれません。会社が生き残り企業として成長していくためには従来のままではだめで、変わって行かなければ…。ということは巡り巡って、そこで働く一従業員の私にもそれはかかってくるだろう。しかも、最初に言ったように、会社にそれ(変化)をさせようと意識的に何かをしようとしているわけです。それがヌクヌクとしているのはどうか。

多分の私は視野は狭窄なので、実際に見えてきていませんが、サラリーマンの働くということの内容が様変わりしてきているのだろうと思います。有名企業の中には終身雇用制が無くなってしまっているところもあるようですし、若いひとは意識的にそういう環境から抜け出そうとしているようです。だからというわけではありません。しかし、実際に、今携わっている業務、IRという業務は企業の内容を開示するということや経営陣との間で込み入ったやり取りをするということで、専門性も必要ですが、それ以上に会社のこと全般に長じていることや社内に人脈をそれなりにあることが大きな要素となっているので、会社独自の摺り合わせというのかローカル性の強い業務でもあるわけです。しかし、ここ数年、いろいろ動いてみて、例えば今回の個人投資家説明会などでも実際に感じましたが、やっていることは一企業でやっているローカルなことなのですが、計画とか企画を構築している時は、当の会社一社だけの範囲内でいると限界があって、どうしても市場全体とか、地域とか製造業というような広い視野で考えないと煮詰まってしまうことを何度も経験しています。この辺の議論は具体性もなくて、飛躍が多いのでついて行きにくいかもしれませんが、ニュアンスで話しています。そう言うことを考えると、そして、会社に変われと求めていくなら返す刀で自分もと考えると…、という姿勢というのか考えは当然出て来るものです。

ただし、実際の現実を考えれば50歳の半ばを過ぎた年齢のサラリーマンがそう言うことを考えても実際の生活は成り立たせられないだろう。またIRという業務に、そういう広さがあると思っているのは私の個人的な独断で、一般的な認識とかけ離れていることは実際に分っています。現実性という点か乏しい話です。

そしてまた、この書き込みのタイトルで言っているように「世迷い言」で、昨日の書き込みのようにやらないものなら意味のないことだ、というご批判があれば、たしかにそれもそうです。しかし、ここで、このように書き込み明らかにしたということは、これはこれでささやかながら、やっていないといは言えないところに自分を押し出したということもあると思います。実際の所、それに向けて積極的な活動をするわけではありませんが、仕事をやっていて、それを突き詰めて行こうとすれば、自分のあり方にフィードバックしてくるのは論理的必然なわけで、その時どうするかの姿勢を問われ、考え方としては分かるけれど、実際の生活もいうとアンビバレントな状態…なのです。理想と現実…

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