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2012年9月29日 (土)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(2)~「メランゴロをむく少年」「果物かごを持つ少年」

美術館の玄関に入り受付をぬけて、ロビーに入った正面に「果物かごを持つ少年」は展示されていました。入って正面の一番目立つところです。展覧会のポスターにも載せられていましたので、この展覧会の目玉なのでしょう。光り輝くような印象を与える作品と言えます。しかし、この作品の中で、光り輝くほど描きこまれ燦然としているのはかごに入った果物で、その華やかな色彩と、生々しい描写に加えて、キアスクーロの手法で光が当てられているので尚更です。一方、かごを持つ少年は影が薄いんです。少年の肩脱ぎになって露わにされた肌は赤みがかかった肌色ですごく目立っています。しかし、存在感が薄い。少年の肌の色は目立つのですが瑞々しさとかそういうものではなく、色彩自体の派手さで目立つという感じです。参考として、バロック初期のパミジャニーノの「凸面鏡の自画像」とバロック後期のムリーリョの「乞食の少年」を比べてみてください。ムリーリョの作品は、色彩は派手ではないのですが、少年の肌の柔らかさ、それゆえの傷つきやすさのようなものが、そのポーズや乞食という境遇のリアルな描写とあいまって印象深く迫ってきます。その肌のリアリティはくすんだような色調にも拘らずです。一方、「凸面鏡の自画像」は凸面鏡に映し出されたという技巧的な体裁の作品ですが、そこに映し出された少年の顔の美しさは、ちょうど子供と大人の境界線の微妙な時期の特権的なものです。これは、すぐに崩れてしまうような、はかなさが凸面鏡のよる画面全体の歪みが、その後を予感するような不吉さとなってあらわれ、それと対比に少年の顔の美しさが強く印象に残ります。

Caravaggiosyounen2これらの作品に比べて並べてみると、カラヴァッジョ の少年は、果物と一緒に描かれ、果物に負けてしまっている。そもそも、そういう作品なのか、と思っても光の当て方がそうではありません。もし最初から果物中心の絵画にするのなら、光は果物だけに当てて少年は影の中に入れてしまえばいいのです。しかし、それをやっていない。少年の肌の色は目立つのです。しかし、少年と描写と色彩は噛み合っていないし、少年の顔は美少年という顔ではない。モデルを写生してそのままなのかというと、顔と首、として身体のバランスが合っていないように見える。首の傾げ方不自然で、顔の筆遣いが雑で、筆の後が粗くのこって、まるで皺のように見えて見苦しくなっている。左右の目のバランスもとれていない気もする。要するに、画家が手を抜いたか、他の人に書かせたとしか思えないのです。肩を露わにしたポーズは女性が取ればエロチックなものになるはずが、少年でも同じような効果が期待できてもよさそうなのですが、描写がぞんざいというのか、力がはいっていないようなので、影が薄くなってしまっている。他にも、カラヴァッジョには少年を題材にした作品がありますが、どれもパッとしないのです。(これは、私の主観的な印象です)

カラヴァッジョという画家は少年とか女性の細やかな描写には向いていないかもしれないと思いました。先ほどのパルミジャニーノの作品と比べるとはっきりするのですが、パルミジャニーノの作品は、光と影の使い方が繊細で細かな陰影を細密に描いています。これに対してカラヴァッジョの場合は光と影の対照が強烈で劇的な効果を生み出しますが、光と影か対立するように扱われてパルミジャニーノのようなグラデーションが細かく描き込まれていません。両者の光と影の違いは、例えばテレビと映画の画面の違いと考えてもいいのではないかと思います。テレビの画面は小さくクローズアップを多用するため、人の表情の動きを捉え、出演する俳優も顔の表情を中心に演技を組み立てます。これに対して、映画の場合は大画面で、風景全体を映すロングショットも可能で、俳優は広い空間を動き回ります。映画はその動きを捉えて映画の画面に運動を与えます。クローズアップは行われますがテレビに比べると少ない。そのため、俳優の演技は顔の表情という動きの少ないものではなくて、俳優自身の身体の動き、あるいは複数の俳優の動きのアンサンブルが中心になります。

この喩えでいえば、カラヴァッジョの作品は映画的と言ってもいいと思います。少年の顔とか繊細な描写というのは、このような場合、かえって邪魔です。後の宗教的な大作では、画面の人物たちは表情というよりも身体全体のポーズや位置関係で一瞬のドラマを作っていました。そういう身体の動きを見てもらうには表情は邪魔になります。そういう意味で、この作品はカラヴァッジョ の得手不得手という特徴がよく出ている作品と言えると思います。

だからと言って、カラヴァッジョ は細かな描写が苦手というわけではなく、後の作品でも小道具が効果的に使われていたのは、この作品で言えば果物の細部まで完璧に描き込まれているのが、その証拠です。

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