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2012年10月

2012年10月30日 (火)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(10)

6.日本に錦を飾る出世魚中小企業─下請構造からの卒業

「新興アジア」を活用した新しい産業構造、産業再編は、大企業だけのものではないはずです。オンリー・ワンの技術をもった中小企業を中心に産業融合し、この「新興アジア」に打って出ることが、下請構造からの脱却に繋がるのです。「新興アジア」に進出する大企業は、グローバルな競争環境の激化を背景に、コスト削減を図る必要性があります。こうしたなか、各メーカーは、現地調達率の向上を進めています。こうした大企業の「現地化」が進む過程で、日本の中小企業らとって、海外展開は今までと異なる環境になりつつあるということです。いまのように系列に頼ることができないという点が重要です。2008年のリーマンショックによる超円高以前の進出は、中小企業にとっては、それほど大きな事業環境の変更ではなかったのかもしれません。というのも大企業の傘下、系列として、大手メーカーにしたがって海外展開を進めるところが多かったからです。しかしながら、2008年以降は、メーカーはみずからの系列を解体する動きが出始めているのです。

下請構造から脱皮し、収益構造を改善させる契機でもあるのです。日本の魂と、「新興アジア」のリソースの融合。日本の先端技術やノウハウと、現地の要諦が加わることで、日本の「すり合わせ」と新興アジアの「モジュール」が、最強のアライアンスを生むのです。その場合、最大の課題は、日本の中小企業がみす゜から顧客を探さなければならない、ということです。「新興アジア」における「現地化」は、このピンチをチャンスに変える可能性を宿しています。こりまで、日本国内の系列構造によって、下請の地位に甘んじてきた中小企業は、じつは自らの真価、真の実力を知らないのではないでしょうか。世界に通用する「オンリー・ワン」の技術やノウハウを持っている中小企業が、新天地である「新興アジア」に出て、系列を脱することは、新しいビジネスを形成するチャンスではないでしょうか。

その延長として、中小企業単体での「現地化」ではなく、日本の産業クラスターごとの集団「現地化」が主流になっていくでしょう。つまり系列構造という垂直的関係による「現地化」は、1社では海外進出できない中小企業にとって有効な武器を提供します。「新興アジア」における複雑で分かりにくい労務、財務、税務等の事務一般を共用することが一つの成果となります。

7.日本のアジア化とアジアの日本化

「新興アジア」での「現地化」の向こうには何があるでしょうか。それは「新興アジア」の日本化です。日本を「現地化」することと、現地が日本化することは、じつは地下水脈では通底しているのです。およそ「現地化」は、3つの構成要素によって実現していきます。市場の創造、組織の再編、生産の革新という一体の取り組み。市場は何を求めているのか、現地市場に聞くとともに、そのための生産やサービス提供に向けた日本企業の経営資源や外部の資源を組み合わせ、その実現を梃子に、企業組織の再編、イノベーションを進めるというセンスが重要です。「新興アジア」における「現地化」は、これら日本企業の内部と外部、市場への働きかけを通じ、最終的に、「新興アジア」における日本企業が活躍する環境を作りこむことにあります。すなわち日本的な様式への標準化です。日本企業のビジネス環境、経済活動が円滑に進む「新興アジア」に作りこみ、これが普遍的な価値として浸透し、定着し、確立するのです。これこそが先に説明た「メタな競争」の極致、ルールのルール化です。

2012年10月29日 (月)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(9)

4.「日本入ってる」で「新興アジア」をめざせ

「新興アジア」のビジネスがコスト競争で理解できるというのは、現実を無視した、まったく単純化した義面です。むしろ相手のニーズに合わせて製品やサービスを提供することに尽きるのです。価格が問題なのではなく、ニーズが問題。相手が欲しいものを提供したら、結果的にネタ線が安かった、に過ぎないのです。結果的には安くなるかもしれの線が、本質的には全く異なります。その意味で、「新興アジア」では、新規のセグメント(縄張り)創造という視点が欠かせません。日本が経験した市場ではなく、新しい市場を創造する力が必要となるのです。つまり、お客様ニーズを製品化して夢をかなえるという発想こそが、夢のある成長する市場の醍醐味であり、またインベーションの源泉なのです。

価格ではなく、市場の声に適合したスペック、品質が勝因であり、単に価格だけの勝負なら、あるいは現地を知らないでもできるかもしれません。しかし消費者が求める商品、特に時代の激変に対応できる商品やサービスを提供するということになれば、東京にいては全く対応できないでしょう。やはり「現地化」が不可欠となるのであり、成長するということは激変するということであり、「現地」でなければできないことです。

日本の技術やノウハウをそのまま売り込むという競争は避けた方がよいでしょう。それは日本企業の技術やノウハウへの過信であり、勢い、低価格競争ができるか否か、という不毛な二元論に陥っているのです。日本企業の「新興アジア」における「現地化」とは、こうした売れないものに固執してしまうことを避け、かつ価格競争を回避する二正面作戦、「新興アジア」と協業し、この地域でのビジネスを拡大することなのです。Made by Japan made with Japanという発想もこの点を共有しているのです。従来は完成品まで完成されて売る、という方法が主流だったでしょうが、「新興アジア」とまの協業により、「現地化」を進め、それぞれの地域では、何が売れるかを見極めて作り、提供するのです。「作れるもの」から「うれるもの」への転換。それは、日本企業の技術やノウハウから、「新興アジア」との協業のうえに収益を得るという仕掛け、そのビジネスモデルが必要だというわけです。

価格きょぅひうの本質は、生産工程におけるモジュール化の進行にあります。たとえ「新興アジア」において、膨大で安価な労働力が供給されようとも、製品やサービス自体がモジュール化されない限りは、日本企業を含めた産業化に先発した国々の企業が、技術開発において、「新興アジア」の後発国に敗北することはないでしょう。しかし製品の生産工程におけるモジュール化が進展すれば、すべての部材は相互に互換性があり、さらにインフラ整備が進み、世界がフラット化するような状態では、「世界最適調達」という言葉に代表されるように、一番安く作れるところに作らせる、というビジネスモデルが機能するようになるのです。このため安く調達することを優先すれば、安く仕入れるルートの開拓を目指すため、品質にこだわり、コストの高い日本企業は排除されることになるのです。しかし、日本企業のオンリー・ワン技術なり、誰も知らないノウハウであれば、これを活用しなければ完成品をつくることができない。ここから、日本企業と「新興アジア」企業の連携の余地が生まれるのです。このことによって、日本企業が直接、完成品まで責任を持って売る必要はなくなります。協業相手である「新興アジア」のパートナーが売ってくれることになるのです。こうした連携関係は、翻って売れ筋が分かり、欲しいものを売るという、マーケット重視のコンセプトにも合致するわけです。そして同時に、日本企業の知的財産という、勝負の種を死滅することなく、日の当たる場所で積極的に活用し、ビジネスを得ることができるのです。日本の技術やノウハウというすり合わせと、「新興アジア」のモジュールが、互いに邂逅し、互恵的関係(Win-Win)のなかで最強の競争力を誇るビジネス・アライアンス・モデルに昇華することになるのです。

5.「新興アジア」が日本を変える

この国を変えるため、便法として「新興アジア」を活用する「方法としての新興アジア」。「現地化」は「新興アジア」市場を獲得するための手段であると同時に、その過程を通じて、日本企業自体を再編成する契機とする。すなわち「現地化」による稼ぎをレバレッジにしながら日本企業の再生、再編成を目指そうという試みです。

一つには、「新興アジア」で儲かる可能性が広がることで、このゲームへの参加の意志は俄然盛り上がります。国内の血で血を洗う戦いでは、負けない努力に集中することになり、勢い後ろ向きになり、創造的な仕事は生まれにくいでしょう。構想改革を続けることで日本の産業構造を変えていくことは困難です。産業再編の必要性を否定する人は誰もいません。そのためのアイディアやプランは机の上では山のように生まれます。しかし、現実にはしがらみや変革コストがあることで、相当の突破力が必要です。痛みを伴う。攻めるか、守るか。土壇場に追い込んで伸るか反るかの大博打を打つよりも、海外に飛翔し、試してみてその成功を共有する方が、殺伐としない。目的は同じですが、その過程を通じた革新はどちらが効果的で、日本人に適合的でしょうか。「新興アジア」を自らの事業分野にするには、自らの組織を再編する必要性、必然性があります。そして企業や産業の垣根を越えて融合することにより、産業の革新を図ることにつながるのです。それを行わなければ企業は淘汰されるでしょう。また、「新興アジア」は、これから何でもできる新しいグリーン・フィールドであり、過去のしがらみのない世界なのです。新興アジアでは、「コスト競争ではなく、市場創造競争」というのはその意味で重要なのです。日本国内の「仕切られた戦争」に比べ、「新興アジア」は、産業創造を進めるための自由度が高いということです。「現地化」は、成長著しい「新興アジア」の深い懐を借りることで、いわば痛みをともなわない構造改革を実現する方法なのです。「新興アジア」は、一つの実験場として、新しい組み合わせを試していくことができるのです。

2012年10月28日 (日)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(8)

第3章 「新興アジア」を活用した日本改造

1.日本というシステムの課題

経済、産業の「空洞化」を主張し、このまま日本にとどまることは、日本が直面するあらゆる課題を先送りにする。そして、最後に残されたこの国の将来の可能性を引き渡し、将来を空洞化させるものに他ならないでしょう。「空洞化」論は、既得権益のわずかな時間稼ぎの延命装置。将来の不安を忘れさせるための鎮痛剤、アヘンともいえるでしょう。これまで完璧な経済システムを構築してきた日本が、老いる人口構造社会の到来とグローバル競争で、戦い方、システムを変えなければいけない。特に若い世代や中小企業、地方という完成された日本の経済システムにおいてもっとも脆弱なところを無気力化しているのが「空洞化」論という心理的防衛機制ではないでしょうか。むしろ、「新興アジア」への「現地化」はその一つの解答となるはずです。にもかかわらず、平然と方策も考えずに「空洞化」が論ぜられるのは、日本という勝ち過ぎたシステムのツケでしょうか。下請構造、大企業病、官僚主義、そのどれもが、このシステムの中で思考しなくても仕事をしたふりができるがゆえに、思考が空洞化し、未来を空洞化させるのです。完全に出来上がったシステムでは、新しい知恵が生まれない。日本のシステムの中で深刻なのは、あくまで中核のない空洞化した型に固執することです。考えないほうが楽だと判断するなら、こうした議論の本旨すら理解できないところまで、後退してしまっているようです。丁度究極の様式美を追求してきた日本型スノビズム(武士道など)、鎖国下の身分社会のようにサプライチェーンに身を委ねる系列、規制に寄生する既得権益、組織のために組織する会社組織は思考しなくても動いていく「型」を追求することになるでしょう。

2.「新興アジア」戦線で露呈する日本の課題

「新興アジア」では、日本(企業)の組織の課題、「部分均衡的完璧主義」というアポリアが見えてきます。逆に言えば、「新興アジア」では、すでにお話しした通り総合的な対応がものを言います。企業経営の全体を見据えたうえで、これに基づく個別分野の方針がないと、特に「新興アジア」では、勝ち目はありません。おそらく、日本のような「仕切られた競争」環境では、部分均衡的な競争で事足りたのでしょぅが、「新興アジア」の戦いは、総力戦が不可欠です。

日本企業の最大の弱点は、新しいビジネスコンセプトが生まれるとまじめな必死に導入しようとするのですが、その結果、その分野の担当部署が「仕切られた競争」で一所懸命に高い成果を上げることで部分均衡は最適になっても、逆に企業全体の一般均衡、すなわちこの企業がいかに収益を出して、永続的に事業を継続するか、という主題がおろそかになってしまう場合が多いようです。企業が直面する個別分野、「戦場」で何度勝利を得ても意味がない。最終的な事業継続という「戦争」で勝利を得る必要があります。

3.「作れるもの」から「欲しいもの」へ

日本企業が「新興アジア」ビジネスで抱く最大の誤解は、日本の製品やサービスは最高の品質だから、「新興アジア」だろうが売れるはずだ、という誤解です。日本国内市場り口うるさい消費者に磨かれてきた日本企業の製品やサービスは、たしかに品質水準を上げてきたという自負があるでしょう。「モノづくり王国」日本を旗印に、ものづくりの重要性を理解し、これを日本の競争力の源泉としていくことは首肯できます。しかし、日本のものづくりによって作りこまれた過剰品質が、そのまま「新興アジア」で受けるかどうか、というのは別問題です。じつは、問題は品質がどうだとか、低コストがどうだ、ということで閉じてしまうと解を失います。そうではなく、相手が欲しがるものを提供できるかどうか、この点に尽きるのです。作れるものを市場に堕していくという供給側からのイニシアチブ、いわゆる「プロダクト・アウト型」の発想は、「新興アジア」市場では通じません。これからは市場の声に耳を傾け、お客さんが欲しいものを提供する。この方式に尽きるでしょう。いわゆる「マーケット・ドリブン型」への発想の転換です。

考えてみれば、これまで、日本のものづくりの競争力は、こうした顧客への対応の結果進化してきたものであるといっても過言ではないでしょう。猛威都度顧客の声を聞き、顧客の要望を実現する、という商売の基本に立ち返って事業を再構築する。いわば「御用聞きビジネス」に徹することです。「現地化」による現地情報の体系的かつ自覚的な吸収、これに基づく御用聞き昨日は、新しいビジネスチャンス獲得に向けた橋頭堡となっていくのです。さらに、「現地化」は現地のニーズを拾うことで、イノベーションをもたらします。日本国内ではできないが、急成長する「新興アジア」とリンケージすることによって、新しい技術革新を齎すことができるのです。

顧客重視の経営は、日本のものづくり、最先端の技術、ノウハウを矯めてしまう、あるいは使わないでおく、ということを意味しません。これは誤解であり、むしろ逆です。日本企業が有する技術やノウハウの要素を活用し、組み換えながら、「新興アジア」で必要とされるニーズに合わせて再構成・再構築してビジネスを展開するということなのです。その基礎になるような、日本企業の強みは何になるのでしょうか。技術やノウハウと言った、強みを因数分解し、その最大公約数を取り出して見ると、一つの共通勝ちに逢着します。「長期コストの縮減」です。一般に日系企業の製品やサービスは、他国の提供するそれに比べてコストが高いとされています。コストが高いから「先進国」では売れても、インドのような新興国では売れない。ではこのコストの高さは何を体化しているのでしょうか。よく言われるのは日本企業の品質至上主義が商品に体化されているという説です。しかし、実はコストの本質はそれではありません。品質とコストはトレードオフの関係に立つものの、見方を変えれば、品質を上げることにより、そこに体化されていた全体コスト、さらに言えば「長期コスト」を引き下げることにより、その努力を続けてきたのが日本製造企業の特徴であると言えるでしょう。このように想定すれば、「長期コスト」によって、日本企業の製品・サービスは実は高くない、ということを市場に訴求できます。たしかに新興国向けに出回る商品は安いが、それは短期的に安いのであり、その分すぐにダメになってしまう。「長期コスト」の縮減という観点から、「新興アジア」に日本企業が提供する製品やサービスを売り込むことが肝要なのです。

ここでいう「長期コスト」縮減のため、日本企業の製品やサービスは何を品質として反映し、何をコストとして体化しているすというと。日本企業のハイ・スペック商品に体化された3つの価値として、「時間」、「環境」、{安心・安全}です。翻ってこの3つが長期コストの縮減に寄与している。「時間」は、時間管理であり、日本型ものづくりの本質であり、たとえば工期通りに仕事が終わるという意味での、日本型ブロジェクト・マネジメントの優位性につながります。すなわち「時間がお金になる」という発想が「新興アジア」に扶植され、共有してもらう必要があります。例えば、インドではインフラ工事のオーバーラン(工期の遅れ)による費用負担が大きな課題になっています。

また「環境」も大きなファクターです。環境価値を無視すれば安くなります。しかし長期的には公害問題や地球温暖化、エネルギー枯渇など計り知れない長期コストを齎す事案は枚挙にいとまがありません。

最後にもう一つ日本が得意とするのは「安心・安全」です。当然ながら「長期コスト」は究極的に人命まで行き着く甚大なコストです。

つまり、日本が誇る3つの価値、遅れも早すぎもしない「ぴったり」(時間)、「もったいない」(グリーン・エコ)、信頼できるという意味の「大丈夫」(安心・安全)の3分野こそが、裏を返せば「長期コスト縮減」に寄与するのです。

あるIR担当者の雑感(94)~質と量

IRの範疇の中でも大きな比重をしめるのが決算発表です。その発表される内容の主なものは損益計算書や貸借対照表などに代表される財務諸表と呼ばれる数字の集まりです。これは定性的情報と呼ばれるものです。数字は数字ですから、時間的にも空間的にも同じ基準で比較できます。これが投資をする上で、時間的比較は過去のデータとの比較、空間的比較は同業他社や他の会社との比較は便利ですね。これは、数字というのは抽象化され、ユニークさを剥奪された交換可能な記号のようなものという捉え方によっていると思います。数字の1はどこにあっても、何の背景があっても1で、1と1は同じで入れ替わっても変わりはないということだろうと思います。これを私は量的な捉え方と私は、個人的に呼んでいます。これに対してこの1とあの1は違うもので、それぞれユニークなものという捉え方を質的な捉え方と、私は呼んでいます。一見、量的な方が常識的に思えます。しかし、この二つの捉え方には、それぞれ拠って立つ背景が異なるので、同じものさしで、どっちが正しいという次元ではないと思います。

例えば、先日、最高裁判所が国会議員選挙の一票の格差について憲法違反という判決をしました。これは、上の議論でいえば投票の一票を量的に捉えて、その量的な点で平等かどうか、その平等が権利の平等につながるという判断をしたものと考えられます。しかし、この量的な捉え方の背景が吟味されているのか、いささか疑問に感じられます。いわゆる一票の格差というのは、国会議員の選挙が選挙区という地域とか一定程度のまとまった人数でまとめて、そこから1人の国会議員を代表として選出するという制度で、その選挙区を構成する人々の人数が違うということだということでしょう。都心の選挙区の人数は多いが、地方の選挙区の人数は少ない。そこで都心の選挙区ならば数万人から1人代表なのに対して、地方なら数千人から1人の代表ということになって、選挙区から選出される国会議員1人に対する選挙区の1人当たりの投票の割合に格差がある。それが不平等という議論です。

しかし、これは代議制民主主義という制度で不平等になるのかという吟味をしてみると、私にはどうも胡散臭く思えるのです。どういうことかというと、上で説明したことを卑近な例で考えてみると、A選挙区とB選挙区との間で地域の利益が相反する対立があったとします。かりにA選挙区は都会で5万人を擁するのに対して、B選挙区は地方で1万人しかいない。そこで提示された政策の是非によってAとBの利益が対立する。例えば、A選挙区に有利な決定がなされた場合には、B選挙区の1万人は損をしてしまう。しかし、この場合、政策の是非を投票する国会議員は両選挙区とも同じ1人です。だから、不平等だということではないでしょうか。極端な言い方ですが。こう考えるとおかしいと思いませんか。この場合、国会議員は選挙区のために投票をするということが前提されています。こういう国会議員の行動は利益誘導政治として散々批判されてきたあり方のはずです。しかし、国会議員のこういう行動様式を前提にしなければ、1票の格差は不平等であるということはいえないのではないでしょうか。

本来代表制の前提でいえば、国会議員は選出されれば地元の選挙区を離れて、選挙区制約を受けずに、国家レベルで政策を立案し、また議会の席で議論をするべきなのです。もし選挙区の利益に縛られていたら、議会で議論を重ねて反対派に説得されて意見を変えるということはありえないはずです。そうであるならば、国会という議会で議論することに何の意味もないはずです。

私には、1票の格差という議論を大真面目でやっている人たちは数というものを無批判に量的にしか見ていなくて、その背景に何があるかを真剣に考えていないのではないかと思えてしょうがないのです。私には、そこで考えるべきは国家レベルの視野で行動できない人しか選出できなかったがために、1票の格差という重箱の隅をつつくようなことしかできない事態にしてしまった自分の投票行動をまずは反省することから始めるべきではないのか、と思うのです。

ちょっと寄り道が長くなりました。このように量的にしか数を見ないことが、数字で勝負している投資の世界でもあるということに気付いたのは、最近、翻訳がでた『ヘッジファンド』という本を読んでいて思ったことです。この本に出てくる、ヘッジファンドの歴史をつくった伝説的なトレーダーたちは、決して数というのを単なる量的な記号とは捉えていないのです。その数の捉え方の背景を探り、本当にそうなのかという本質に遡って、数を捉えなおしているのです。それが、誰も考えなかったような新しい投資の方法に結実しているように思えるのです。しかし、それを見ていた周囲の人たちがどんどん追随し、彼らは量的にしか数を見ませんから、やがて量的な数に飲み込まれていってしまうと、画期的な成績を上げていたファンドは他と変わらないものになっていく。この繰り返によって市場が発展し成長していく、そんな風に見えました。

と思うと、何も、それなら投資家だけが新しい発見をするのではなくて、発行会社からだってそういうことができてもいいのではないかと妄想してしまうのです。例えば、日本の株式市場の時価総額は30年前のバブル経済の時点を未だに下回っています。それは、日本の市場発のそういう新しい数の捉え方が出てこないということもあるのではないか。例えば、ROEという指標は、1世紀近く以前に事業部制の会社が効率的な経営をしていくために指標としてつくったものが株式投資に使われているわけでしょう。そんな100年前から企業の経営は進歩しているはずですから、現代に適した指標を日本的経営を基準にしてグローバルスタンダードにしたっていいはずです。ROEだってデュポンという一企業が始めたのですから、日本の企業がやってもおかしくないわけです。そういうことを考えられるのは、今の日本の企業の中ではIRという立場が一番適しているのではないか、思うことがあります。

今回は、近づく決算説明会を前にして、一向に考えがまとまらずストレスがたまりそうなので、逃避すべく妄想してしまいました。

2012年10月27日 (土)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(7)

6.ひきこもる日本企業

実際には、日本企業FDIは世界的には低い水準にあります。

日本の中堅・中小企業のうち、ほんとうは競争力があるにもかかわらず、海外展開しようとしないで国内にとどまっている企業は、全企業の内3分の1におよぶとされています。なぜ、日本の企業が海外進出、とくにこの「新興アジア」への「現地化」に躊躇しているのか。その必然性を理解できない、情報がない、というところが問題であるのか。さらに恐ろしいのは、日本が居心地が良い一方で、危機が、危機感として顕在化しない危機、真綿で徐々に首が締まっていくような状態でしょうか。厄介なのは、これまで日本企業が勝ち過ぎたが故に、ある特定の外部環境で最適なパフォーマンスを上げたが故に、その後のグローバル化と人口減少社会という内外の激変した環境に対応できない状況にあるということでしょう。いったん居心地の良さを享受すれば。もはや外側の世界を謝絶するという回路が働く。ならば、その外部に新しい現実を受け止める装置を模索する必要があるようです。それが「新興アジア」への飛翔、「現地化」の意義なのです。

ひところ「日本企業ゆでガエル論」がもてはやされましたが、これもこうした文脈の上に理解できます。日本企業における最大の課題は「決断しない/できない経営」であり、特に情報がなくリスクの高いと思われている新興国ビジネスでは顕著になります。日本企業が中国や韓国に対し、ビジネスで後塵を拝する理由、それは経営のスピード、決断の遅さにあります。

なぜこれほどまでにビジネスにスピードを強調し、急ぐ必要があるのでしょうか。一つの大きな理由は市場の履歴効果です。巨大企業がすでに入り込んでいる先進国市場、 日本国内市場では、競争は熾烈をきわめます。「新興アジア」の場合、グリーン・フィールド(未開拓市場)に先に出たものがシェアを独占し、その後追走して来る競争相手がいても、比較的な額大きなシェアを独占する傾向にあるのです。韓国企業はこの先行投資を得意とします。これは企業経営のスピードとも表裏一体ですが、各国企業は誰も出ていない「新興アジア」各国に先んじて展開してきました。サムソンやLGに代表されるように、品揃えと広告で、現地におけるブランドの定着化を進めているのです。

つまり、想起に進出し、「現地化」するということは、新しい市場を創造することに外なりません。「新興アジア」市場の本質を、単に価格の安さで語るところに大きな問題があります。まだない場所にどのような市場を作り込むか。相手にどのような課題があるかを見つけたうえでそれに対する最適な解決法を提供してビジネスにしていく。これが「新興アジア」市場のアルファであり、オメガです。

「新興アジア」のリスクは、しっかり向き合う必要があるというのは当然です。問題は、日本に残り、海外展開しないリスクと海外展開のリスクの比較ではないかと思います。何もしないことは、それが最大のリスク、「不作為のリスク」が大きくなりつつあるということです。日本企業の場合、「新興アジア」に進出する時期は、その国のビジネス環境が整った段階とすることが多いようです。これでは遅い。かと言って、ビジネス環境が整備されない市場に出ていくことは確かにリスクなのです。しかし、この点を考えると、日本企業はその特化したビジネスで進化を遂げてしまったゆえに、その仕切られたビジネス環境では生存できても、曖昧模糊としたビジネス環境では、自らの強みを発揮できないようです。こうしたことは技術力やノウハウなど、競争力があるのに「新興アジア」では勝てない理由になるでしょう。しかし、実際に、ビジネスはゼロベースで作り込む必要があるように思います。「新興アジア」での「現地化」には、日本の常識を捨てて、もう一度方針を立て直す精神が必要となるのです。

8.日本型「投資立国」─カネの「現地化」

日本はすでに「貿易立国」から「投資立国」に変貌を遂げたことを理解しておく必要があります。一国の国民経済が成長する場合、貿易収支黒字が牽引する時代から、所得収支の黒字が中核となる時代へという歴史的な流れ、「貿易立国」から「投資立国」という趨勢は、不可避的で必然的な過程なのです。つまり一国の経済発展に応じて、国際収支の内容が変化していく、という考え方です。

日本型「投資立国」とはイギリスやアメリカのような金融国家としてではなく、むしろ海外直接投資による「新興アジア」を中心とした海外への生産拠点拡大、そのための海外資産拡大運動として見てはどうでしょうか。その意味で、日本の海外展開を支える海外直接投資(FDI)や海外の企業買収(M&A)を中核とする投資国家日本のイメージを共有すべきです。

まずは、歴史必然的に、戦い方が変わったということを理解する必要があります。端的に言いますと、今までのような輸出競争力の強さを前提とした戦い方ができない。もはや日本にとって、輸出は国際経済の主戦場にはなりません。いかに「投資立国」として、投資効率の良い、すなわちリターンの高い「新興アジア」への投資を進め、その果実を日本企業自ら回収できるか。そういうゲームに対処すべく方法も変えなければなません。

日本企業の海外活動は、これまでのフロー型からストック型に変える必要があります。日本国内にも財政再建の議論や、景気対策の文脈で、フロー重視の経済運営から、ストック重視の経済政策へ基軸を移そうという議論があります。これからは、さらに海外でもフロー(経常収支)ではなく、ストック(海外資産)をものさしに議論を進める必要があります。所得収支の黒字の背後には、それに見合う海外への投資がカウントされていますので、海外、特に「新興アジア」にガンガン投資すべきこの時期には、資本収支は赤字になります。そして海外に資産が積み上がっていくという構図です。「新興アジア」における海外資産の増大を目標にし、資産管理を充実することに企業や国家の軸足を移すという意味です。「新興アジア」諸国と競っていつまでも身長の伸び(成長)を期待するのではなく、壮年に入れば、生活習慣病を予防すべく体重管理(資産管理)に注力すべき時なのです。これを日本は金貸し専業、金融的果実を追求するという意味での金融国家に導くことではありません。日本、すり合わせ型ものづくり、高度な技術、ノウハウを生かしつつ、「新興アジア」への投資を前提に、これらの強みを発揮できるゲームを構想するのです。日本の強みを生かすためにこそ、逆説的に、日本に居残っていてはいけません。「新興アジア」に飛翔すべきなのです。それは足元の大きな変化をしのいで、将来におけるものづくり大国日本の再生のためにこそ重要なのです。

日本企業の場合、よいものを作ろうという努力がかえって仇となり、日本のものづくりは将来的に衰退するかもしれません。ならば、この日本企業の強化を進めるには、まずは激しさを増す国際競争の中、日本企業が「己に克つ」ための体質強化に向かうメカニズムが必要です。ここに、金融仲介機能の転倒構造が成立します。「金融の論理」、儲かるか、儲からないか、という規律に着目して、日本のものづくりを補正するメカニズムを構築するという試みです。ものづくりの矜持を突き進めガラパゴス化をするためではなく、「新興アジア」での「現地化」を進め、儲かる仕組みを作る。日本企業の体質を変えるために金融規律が利用されるというコペルニクス的転回。

2012年10月26日 (金)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(6)

3.「新興アジア」各国の経済成長戦略

「新興アジア」各国は、日本企業FDIを自国に積極的に誘致し、これらを成長の駆動力として活用するという経済成長戦略を描いています。

4.ルール作りゲーム─「賭金」としての日本企業

たとえばアセアン・ウェイと呼ばれる独特の決定様式。全会一致を旨として、否定しない文化。問題があれば、否定するのではなく、放置して解決する。会議であっても相互に脈絡なく意見を出し合うことからはじめるなど、アジアにはアジアの決め方があり、美学があります。多様でバラバラなアジアが、にもかかわらず一緒になることができる方便でしょうか。このあたりを踏み外すと「新興アジア」のビジネスは覚束ないといってもよいでしょう。アジアの、こうしたなんとなく決まっていく秩序。これにもっとも適合的なのが、日本が相手国のニーズに応じてその都度経済協力を進め、最初から大上段に秩序形成の意図を持たない形で採用してきた「機能主義的アプローチ」です。アジア的「もののあわれ」を皮膚感覚で感じ、「そこはなとない」秩序形成を模索する。方針がないように見えてもっとも自覚的な行動準則かもしれません。この地域の秩序形成はアジアン・ウェイを採用した方が、決めるためのコストが安くて済む、面倒な調整がいらなくなるのもまた事実です。表でのWTOや自由貿易協定の交渉を通じた、「ベタな競争」は、国益を賭けて平場で続ける必要があります。しかし、したたかに、かつ、しなやかに「メタな競争」をあわせて進めていく、それが「新興アジア」においてもっとも親和性があり、かつ日本企業が結果として特異とする方法でもあります。

「新興アジア諸国」の経済秩序形成(ルールメーキング)ゲームの死命を制するのが、じつは日本企業FDIなのです。なぜか。これまで見てきたように、「新興アジア」各国はおしなべて、日本企業FDIの誘致合戦を繰り広げています。日本企業が生産拠点を自国に作れば、生産ネットワークとつながることで、生産拡大に合わせて企業の集積が拡大します。これが経済成長を牽引し、雇用の拡大、一定技術やノウハウがその国にスピルオーバーしていくのです。日本企業FDIこそが経済成長の源泉であり、日本企業FDIは金の卵を産む鶏というわけです。いわば、日本企業を体内に招き入れて共生させ、一国の成長を促進させる。一方で日本企業にとっては、「新興アジア」に強制することで、新しい生を得ることにつながる。まさに共に生きる関係が成立するのです。

日本企業FDIの誘致が進めば、各国の成長が帆使用されます。そう考える各国はあの手この手で誘致合戦を行うのです。日本企業FDIという「賭金」をめぐる獲得ゲーム。換言すれば、この「新興アジア」各国が採用するFDI誘致ゲームを利用し、そのゲームの目的である日本企業FDI自身が、このゲームを自らの優位なシステムとしての競争優位を構築するという仕組みなのです。自分がゲーム(獲物)であり、ゲームのプレーヤーでもあるという再帰的なゲーム構造です。「新興アジア」に展開する日本企業は、自らを「賭金」としつつ、この再帰的ゲームを利用できる稀有な立場にあるのです。このようなメカニズムが働くことで、日本企業にとっては居心地の良い、「日本化」されたルールに基づく「新興アジア」の経済統合が深まります。日本企業FDIを中核とした生産ネットワークが強化され、ひいては日本企業自体もその中で成長していくのです。さらに日本企業の成長は立地する国の成長に還元され、日本企業FDIの誘致・維持・拡大をめざした各国の誘致合戦が激化していきます。

じつは、国際競争の世界は、すでにこうしたゲームのルール作りの競争である、という危機意識を持つ方が重要だと考えます。もはや一国の国民経済単位で、国力を図る時代ではありません。海外に出の程度影響力を行使して、その経済的な果実を国内に還流させるか。そのためのアリーナで勝利を決めるのは、武力でも、もはや経済力ですらもない、これらの深層で規定するアーキテクチャ(設計思想)間競争です。ゲームのルール作りが世界を制する時代、各国は、物理的な国境線を越えて、海外にみずからの勢力圏を拡大する。力による実効的支配ではなく、みずからの住みやすい、活動しやすい空間の拡大、生活圏とでもいうべき世界の拡大です。たとえて言えば、日本人にとって住みやすい空間の拡大、日本のものが売れる空間、日本と同じものを作ることができる空間、日本と共感する空間が世界に広がることを意味します。もちろん、現地から承認されなければ、この空間は広がりません。その意味で、この競争は日本そのもの、総体としての日本が競争にさらされていると理解すべきでしょう。

5.日本企業の「新興アジア」における「現地化」の意義─モノ(企業)の「現地化」

日本企業の「新興アジア」における「現地化」について、経営の「現地化」(モノの「現地化」)、人材の「現地化」(ヒトの「現地化」)、資本の「現地化」(カネの「現地化」)について、それぞれ見ていくことにしましょう。企業の全体的な経営統合度と、個別地域での権限委譲の程度、集権か、分権かの2つのメルクマールでとらえた場合、日本の企業は、高度に国際的な経営統合を図りつつ、現地への権限委譲度が低く、日本人駐在員に任せることが多いようです。つまり日本人だけで完結させてしまうというのです。

「空洞化」に対置している「現地化」は、日本からビジネスを考えるのではなく、「新興アジア」の「現地」のニーズ、声を聞き分け、日本の持ちうる技術やノウハウの強みを再編成して提供するという経営のあり方です。これまでの日本企業が選択してきたように、日本と「新興アジア」を切り分けず、海内一如の経営をさらに発展させる構想と言えます。「現地化」とは、この方針を発展させて、「新興アジア」の現地市場の拡大を見据えるとともに、生産側で、「新興アジア」の資源を有効に活用し、事業の再構築を図る体系の総称です。つまり、生産と消費の両面から「新興アジア」市場を捉える方法です。消費の生産へのダイナミズムを考慮し、長期的にこの地域に関与していく方法として、「現地化」を措定するのです。

「新興アジア」の「現地化」経営には、一つの定石があります。日本企業が現地の有力な財閥と連携し、安定的な企業統治を実現する方法です。あまりにもビジネス環境が違う国と事業展開を図る場合、餅屋は餅屋で、現地財閥からいろいろな学びと気づきを得ることは重要です。その国にとって新規の事業になると、その国の中央政府と打合せ、規制の解釈なども議論する必要があります。その場合有力なパートナーが必要なわけです。技術やノウハウを持った日本企業が、現地の財閥と安定的な関係を構築してそれぞれの強みを共有する。それによって、放っておけば新規ビジネスや技術革新を単独で実施する財閥と連携することで、日本企業の競争相手となる脅威を払拭し、あわせて「新興アジア」の民族企業には、過去の蓄積を踏まえた新たなビジネスチャンスを提供しようというわけです。いわば、日本企業が、地場の財閥と連携することで、「新興アジア」というビジネス・アリーナへの出場権を手にするわけです。

2012年10月25日 (木)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(5)

2.「新興アジア」のほんとうの意味

中間層の抬頭に基づく「新興アジア」市場の興隆に加え、アジア域内の貿易依存度の上昇は、日本企業にとって、「新興アジア」が重要な意義付けを持つことを、あらためて認識させてくれます。すでに地理的な近接性等を背景に、日本企業の「新興アジア」進出には古い歴史があります。そして、大きなターニングポイントは、1985年のプラザ合意による円高容認、日本国内の構造改革です。日本国内の生産や事業継続の限界を背景に、日本企業の多くが「新興アジア」における「現地化」を進め、この地域に生産拠点の拡充を図ることになりました。

この日本企業の「現地化」の中核にあるのは、日本企業の海外直接投資(FDI)です。日本企業が、海外に工場を作ったり、現地企業と一緒に合弁企業を始めたり、場合によっては、企業買収を行ったりする投資の愛称です。あくまで、現地に腰を落ち着け、経営に責任を持つ投資といえるでしょう。金融的な果実を求めて間接投資とは異なり、ものづくりやサービス業等の本業を、「現地化」することを目的としているのが特徴です。その意味でものづくり日本にふさわしいかたちの海外展開方法といえるでしょう。「新興アジア」は日本企業の「現地化」作り出した生産ネットワークを前提とした工場であり、このようなサプライチェーンを強化し、これを支えることが「新興アジア」大の産業政策の本質なのです。

2015年にはアセアン経済共同体(AEC)が始動する予定です。しかし、このアセアン経済共同体を中核とした「新興アジア」の経済統合は、決して政府主導のトップダウン経済統合ではありません。実は、日本企業FDIを中心としたこの地域に広がる生産ネットワークを基盤にして、いわばデファクト、ボトムアップ経済統合として形成されてきました。日本企業FDIの事実上先行する貿易と投資による経済活動の実態を追認するかたちで、制度的な措置が後付けで充当され、経済統合が深化するプロセスを歩んでいるのです。

じつは、そこには海外展開する日本企業の大きな役割が確認できるのです。1985年以降本格化する日本企業の「新興アジア」の産業集積は、サプライチェーンに沿いながら、個別の生産工程を分解し、工程間分業を推し進めることで経済的利益を追求してきました。これらが事実上の結びつきの実態であり、東アジア経済統合の屋台骨なのです。そして、この日本企業FDIを中核とする生産ネットワークと、東アジア経済統合という枠組みの動きが相補的に展開され、経済的に一体化した地域が生まれる。そのなかで、それぞれの地域の強みを生かしながら、相互に補完し、依存していくのです。たとえば労働力供給、資源供給、エネルギー供給、研究開発、知識人材供給など、それぞれの地域の強みを生かした生産拠点立地が展開されてきました。そしてこれを相互に支えるのが物流インフラであったり、制度的な調和であったり、ものづくりの共通言語であったりするのです。その結果、「新興アジア」は産業集積(産業クラスター)のリンケージが強いともいわれています。これはどの地域でも見られる普遍的な現象ではありません。

西欧型の産業集積は、むしろバラバラに発展してきた側面が強い。それがため、経済統合も上から制度的に進められる必要があったと言えるでしょう。サプライチェーンで繋がっていないがゆえに、自己完結しているのです。放っておけばバラバラに成長する産業クラスター。そしてさらに一つの産業クラスターが勝利して伸びると、別の産業クラスターが競争に敗北して沈む、というシーソーゲームの可能性が指摘されています。いわば「ゼロ・サム」の戦いが繰り広げられているのです。他方、「新興アジア」の産業クラスターは、たとえばバンコク近郊の産業クラスターが成長すると、ハノイの産業クラスターもまた成長する。これが、工程間分業の本質であり、自動車が売れれば、その部品を供給してサプライチェーンで結ばれているすべての生産拠点、産業クラスターが成長することになるわけです。つまるところ「プラス・サム(共栄)」であり、WIN-WIN(互恵)の関係に立つのです。なぜ、共栄・互恵関係が成り立つかと言えば、サプライチェーンという一つのネットワークでつながり、その差異を相互に裨益すれことができるからです。それぞれの地域の特性を生かして、産業の集積が分散する作用(フラグメンテーション)と、規模の経済や範囲の経済を追求し、一極に集中する作用(アグロマレーション)が、相互に共存するかたちで上手く作用し、この地域の経済産業的ダイナミズムを生み出しているのです。

「新興アジア」に展開する日本企業FDIにとって最大のメリットは、この地域の生産ネットワークが円滑に機能し、自由な経済活動を実現しつつあることです。特に自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)が網の目のように張り巡らされていくことで、「新興アジア」における貿易の円滑化や投資の促進が飛躍的に拡大します。FTAは、この貿易を促進するため関税の引き下げを中心に取りまとめていく協定、EPAはさらに投資を含む経済取引全般の決めごとの協定になります。その意味で、EPAのほうがハードルは高く、合意のためのコストが膨大になることが多いのです。ここで重要なのは、日本企業が日本国内で、日本と他国との間で結ばれたFTAやEPAを利用するのではなく、「新興アジア」における第三国間のFTAやEPAのネットワークを縦横無尽に、いわばインサイダーとして活用しているという点です。

例えば、インドとタイの協定を利用して、在タイ日本企業が、タイからインドへの輸出を積極的に進めています。このスキームでは日本企業が得意とする品目が無税でタイからインドへ輸出することができ、タイに進出している多くの日本企業がこれを活用しています。タイはFTA/EPA先進国であり、タイに直接投資(FTA)して立地し、生産している企業は、日本で操業する以上に、タイをハブとしたFTA/EPAネットワークの恩恵を十二分に享受することができるのです。

日本企業FDIの生産ネットワークを拡大するには、FTA/EPA網の整備だけでは不十分です。この生産ネットワークを支えるという視点に立てば「新興アジア」が連結するためのインフラ整備が不可欠になります。インドシナ半島、ベンガル湾を串刺しにして東西に貫く地域、ちょぅどメコン川流域にあたる地域の開発です。

このような日本企業FDIが展開する工程間分業と産業集積が「新興アジア」に特異に展開するは、日本型ものづくりの秘密と関係があります。それは、この地域が日本の製造業に親和性の高い、すり合わせ型のものづくりを実現することができるという点です。このことは、逆に言えば、「新興アジア」各国が、雇用吸収力が高く、技術やノウハウの移転・スピルオーバーが進む日本企業FDIを、他国の直接投資よりも好んで誘致したい理由でもあるのです。日本は、「新興アジア」のなかでも、特にアセアンを東西に貫くインドシナ半島からインドにかけての地域において、「すり合わせの帝国」を形成しています。中国との対比で言えば、このメコンあるいはGMS地域は東西に横断する日本のすり合わせ型と南北に縦断する中国のモジュラー型とが交錯する「ものづくり十字路」とみることも可能です。

そもそもものづくりの性格(設計思想)には大別すると二つの方法があります。この二つのものづくりの設計思想には、各国・地域で、得手不得手があります。そこでこの設計思想をもとに産業世界地図を描いてみると、地理的な遠近と異なる、新しい産業地図を仮説的に得ることができるのです。それぞれの国や地域のキャラクターや特技を生かすバラバラで一緒の「新興アジア」の特性を尊重しいかんなく発揮できるアジア的共生のあり方といえます。

「産業アーキテクチャ」の議論では、たしかに製品の特質によって「相性」があり、設計思想がおのずから制約される面もあります。さらに議論を進めると「ものづくりは情報のメディアへの転写である」という発想に基づいており、言い換えれば、消費者が欲しい、という「(潜在的な)要求」=「情報」を形にするという発想なのです。見方を変えれば、モジュラーで済まされる製品は、低価格という要求を、すり合わせを要求する場合には「難しい」要求を反映しているといえるでしょう。

今後、日本のすり合わせ型ものづくりがさらなる発展を遂げていくためには、同じすり合わせ文化を共有する「新興アジア」と共進していく必要があるでしょう。日本のすり合わせのよき理解者である兄弟と協力する、という考え方をしてはどうでしょぅか。日本にとって、「新興アジア」とは単なる成長を期待し、日本から輸出する外部市場ではありません。むしろ日本企業FDIが生産ネットワークを形成し、複雑で濃密な関係を構築する世界なのです。その意味で、「新興アジア」は日本と共に互恵Win-Winの関係にあると言えるのです。つまり、日本からインドにかけて東西に貫かれた地域は、「すり合わせの帝国」が築かれていくと考えられるでしょう。こうした「すり合わせの帝国」は日本のお家芸と言えます。例えば中国の商業資本主義的な企業は、残念ながら本質的に、このゲームには参加できません。もちろん、中国は官民挙げて他の「新興アジア」への進出を狙っています。しかし彼らのアプローチは、マラッカ海峡を介してシーレーンにアクセスする方策を狙い、北から南へと伸びる「点と線」的なものです。これは日本の東西に広がる生産ネットワーク形成という「面」的な進出と対照的です。「すり合わせの帝国」は、じっくり腰を据えて構築されてきた、ある意味根の深い秩序なのです。「現地化」した日本企業が、雇用、技術、所得を生むことで歓迎されながらみずからの地歩を築いていく、ソフトな経済安全保障のアプローチなのです。

2012年10月24日 (水)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(4)

第2章 「新興アジア」における「現地化」ノススメ

1.「新興アジア」で進行していること─日本経済との対比で

日本の国内市場は、今、急激な縮小傾向にあります。これが日本産業の全般的な不振の根本です。一方、日本市場の縮小とは対照的に、インドを筆頭とした南アジア、東南アジア、中国の一部を含む地域から成る「新興アジア」の急激な興隆は、じつに目を見張るものがあります。「新興アジア」における消費市場を牽引する中間層と呼ばれる、一定の購買力を持っている人口は中国とインドだけでも16億人、今後約10年で倍増することが約束されているといいます。それぞれの国の生活水準、物価水準を考えますと、社会風景を一新するような急速な変化といえるでしょう。こうした中間層の抬頭に裏打ちされて、2020年のアジアの消費市場規模は我が国の4.5倍に拡大するのです。「新興アジア」は、日本もうらやむばかりの巨大消費市場として、世界の成長センターの地位を不動のものとしつつあります。

日本経済は、内需が主導しているのだから、内需喚起をつづけていくべきで、輸出もふくめた海外市場へのアクセスは不要であるという主張があります。しかし本当に日本国内の内需だけで、未来永劫、日本経済を引っ張っていくことは、持続可能なのでしょうか?日本国内の内需自体が、日を追うごとに縮小してしまう中、今までの国内目線の戦い方では限界に来ているのです。日本国内に閉じこもっていれば、生産性の低い分野は、早晩国際競争力が削がれてしまうでしょう。

日本企業の中には、まだまだ国内市場のシェア拡大競争で他社に伍していけると考える企業が多いようです。しかし、一般に企業の成長にとって、市場全体の伸び代があるというのがいかに重要か、という点に注目すべきではないでしょうか。日本国内では、他社のシェアを取り合う、激しい戦いを制していかなければ勝ち目はない。日本国内のシェアをコンマ数パーセント増やすことに注力する企業も見受けられますが、それがどの程度、今後の企業の成長に寄与するでしょうか。日本国内市場でのシェア取り合戦へのこだわりが、「新興アジア」に広がる無限とも言えるビジネスの可能性を活用できず、その企業の競争力を削いでしまってはいないか、と傍で見ていてたいへん残念に感じる時があります。

外国から好奇のまなざしを向けられ、もはや学術的な考察の対象となってしまった「ジャパン・シンドローム」。日本経済が潜在的には競争力があるにもかかわらず、負の連鎖が続いて経済社会が沈下していく「日本という発病」の謂いです。この現象の背後には、日本企業の国内市場至上信仰とでも形容すべき病巣が横たわっているとみることも可能ではないでしょうか。競争力を紡ぎ出す種(シーズ)はあるにもかかわらず、これをうまく活用できない。むしろこの競争力の源泉である経営資源を、収益率が低く、将来的に縮小し、かつ今後過当競争が激化する国内市場争奪戦に投入するという行動に駆り立ててしまっています。この国内での血で血を洗う戦いを制したところで、国内市場自体が小さくなっているため、外から見てもあまり違いの分からないようなちょっとした差異化を永久に続けなければいけない。このような「負のスパイラル」に陥るという懸念があります。

さらにサプライチェーンでつながった下請け企業群にあっては、メーカーからの指示待ちに甘んじ、その顧客を維持することに汲々としているのではないでしょうか。進取の気性に富んで新しい製品開発を検討することや、事業モデルを思考することを停止し、思考の空洞化が蔓延しています。上流に位置するメーカーや施主からの過度な要求が、そのまま下請け構造に甘んじる企業群、とくに雇用を吸収する豊饒な泉である中小企業にしわ寄せが行っているのです。つまり、縮みゆく日本国内市場だけに注目した結果、挙句の果てには、利益率の低い国内の過当競争のただなかに、日本企業群全体がサプライチェーンごと参戦しているということが繰り広げられているのです。日本国内で、あの手この手を駆使し、当事者すらわからないほどのトリビアな差異を追求すればするほど、海外市場で売れるものから遠のいてしまうという残念な結果を生んでいるのです。この悲劇は、怠惰からではなく、経営資源を全力投球して努力しているがゆえに、努力すればするほど、逆説的に敗北してしまうところにあります。

国民経済全般の状況を俯瞰してみても、日本経済の「新興アジア」の成長に対する相対的凋落傾向は顕著です。2000年以降、日本の名目国内総生産は、ほぼ横ばいで推移しているにもかかわらず、「新興アジア」諸国の成長は著しい。つまり、日本経済だけが一人負けの状況を喫しているのです。この一人負けの原因が、日本企業の能力不足でも、日本人個人の資質の低下でもない、ということを強調する必要があるでしょう。日本経済凋落の背景にあるのは、大きな構造的難問です。そこに横たわっているのは、人口構成の問題、特に生産年齢人口の相対的低下です。一言で言えば、日本社会は他国に比してすでに老いを迎え、生産と消費を担う人口が減少に転じていることが、市場の縮小につながっているということです。

2012年10月22日 (月)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(3)

5.「空洞化」論が招く未来の空洞化

もし「空洞化」論に実害がなければ、放置しておくことも手でしょう。しかし、問題は「空洞化」論が日本企業、日本人を委縮させてしまっているということです。政策形成や企業のビジネスモデルを見ても、一部にはいまだに国内対策だけを前提に、海外の事業は外付けの余技として考えているふしがあります。他方で、グローバル化した外部の競争環境にあっては、もはや純粋な国内問題さえも国内対策だけでは解決できない。いわば「政策の不完全性定理」とでも形容すべき事態が、「新興アジア」への「現地化」を誘うもう一つの論拠です。

じつは、「現地化」、「新興アジア」への進出こそが、日本が直面する、多くのアポリア(難問)、特に国内問題を解消するための有力な手段である、と聞くと納得できるでしょうか。つまり、「空洞化」論者からみれば極北に位置する「新興アジア」への「現地化」こそが、日本の未来が空洞化するのを防ぎ、日本を救う。例えば、「現地化」して「新興アジア」に生産ネットワークを展開すれば、必ずしも資源、エネルギー、地球環境問題を日本一国の問題として捉える必要はありません。日本を含んだ「新興アジア」全体での資源、エネルギー、温室効果ガス排出のバランスシートの帳尻を合わせればよいでしょう。「新興アジア」に「現地化」した日本企業が、レアアースなどの資源確保の問題について、現地政府の助力を得ながら現地で解決を図るとともに、天然ガスや石炭などの旧来の化石燃料について、日本企業の最先端技術やノウハウを活用し、効率的な活用を進める。その土地に適合的な再生可能エネルギーを模索し、エネルギーの「地産地消」を実現する。このような取り組みを通じて、日本という国土単位の解決から、「新興アジア」大での解決を図るのです。

「新興アジア」における「現地化」の真の目的は、日本企業の再生であり、日本産業の再編であり、経済構造改革という国家改造に逢着します。日本企業のアジア進出という「現地化」。国内の改革と比較して、変革のためのコストが低く、その意味で痛みを伴わないでしょう。つまり、「新興アジア」における「現地化」はプラス・サムの構造改革なのです。日本での複雑怪奇な既得権益システムは、最初から手をつける必要がありません。将来のこの国のかたちを変えていくための方法を調達する、そのような射程を持っています。

2012年10月21日 (日)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(2)

3.日本企業の海外進出が技術水準を低下させる?

日本企業の技術水準は、海外進出により「空洞化」してしまうのでしょうか?日本企業が海外に出ていくと、これからの技術革新をもたらす「金の卵」を海外に流出してしまう、これによって招来にわたり日本産業の競争力が奪われ、「空洞化」してしまうのではないか、という懸念をよく耳にします。

しかし、海外展開し「現地化」している日本企業の方が、国内に留まる日本企業より生産力(競争力)が高いのです。売上が増加したというだけでなく、技術や品質が向上したという企業もあり、海外展開により企業はより強くなるのです。なぜ海外展開によって生産性(競争力)が上がるのでしょうか?一つの理由は、規模の経済効果が働くという点です。単純に、海外需要を取り込めばそれだけ、自社の製品が売れる需要が拡大し、それにより大量生産することで、単位当たりのコストを削減することができます。こうした規模の経済性を享受することができるというわけです。

また日本企業の海外展開により、国内では生産性の高い分野に経営資源を集中することができるという「選択と集中」の効果が、生産性の向上をもたらすという恩恵も期待できます。国内だけで生産を行っている場合、たとえ競争力のない分野でも、自前で対応しなければなりませんが、もし海外の生産拠点を利用することができれば、たとえば労働集約的な生産工程を海外の賃金安い地域で行うことで、全体の生産性は上がるのです。こうした分業のメリットと、国内での経営資源の「選択と集中」は、国内の閉じた企業環境では決して実現されません。「新興アジア」とタッグを組むことで、日本企業の得意とする技術力に集中しながら、製品とサービスを「新興アジア」市場に提供することが展望できます。海外で量産品、国内で特殊品を生産。つまり、「現地化」による生産性上昇は、「新興アジア」での「現地化」により価格競争を持続的に展開しながら、「選択と集中」により技術力で勝負することで成功する、という勝ちパターンを証明しているのです。日本の中小企業の多くが、海外と国内の分業を、海外展開の最大の成果の一つとして認識しています。

さらに海外の情報や知識を獲得することにより、新しいイノベーション(技術革新)のチャンスを得ることができるのです。成長する「新興アジア」市場では特に、新しい情報や知識の獲得を通じて生産性向上に寄与し、新しい企業環境、生産環境がこれまでにない「気づき」や「学び」を得る契機となるのです。中小企業の、海外展開の最大の効果として「海外進出による相乗効果により、国内の技術水準向上」とアンケートに答える企業が多い。

空洞化の懸念には、企業が海外進出することにより、国内の産業基盤に虫食い現象が発生するのではないかということが挙げられます。集積した企業群の間に生まれるイノベーションの効果が、櫛の歯が欠けた状態になることによって、その効果を削がれるおそれがあるのです。しかし、海外に進出したとしても、引き続き集団で集積し、その海外の集積と日本に残る企業群の集積の間に一定の結びつきがあれば、イノベーションを継続する環境を維持することが可能です。

さらに、日本企業の場合、みずからのオリジンとして、「マザー工場」を意図的に日本に残していく点に注目する必要があります。「マザー工場」は、生産に関する技術やノウハウの図書館と言えるものです。日本の摺り合わせ型ものづくりの場合。現場創発のイノベーションによるところが大きく、「マザー工場」が生産過程の総体として参照の場となることが競争力の源泉となるのです。しかしそのイノベーションを続けて行くためには、つねにマーケット、売れるものにアクセスする必要があります。その相互作用を実現すするには、海外とのアクセスを通じて情報の流れを密にしなければなりません。アジアの工場が、日本のマザー工場と濃密な連携を取る仕組み、そのものづくりの生態系が必要不可欠になります。

4.日本企業の海外進出で国内雇用は減る?

「空洞化」に不安を持つ人々の多くがまず抱く危惧は、日本企業が海外に出て「現地化」することにより、日本国内の雇用が減ってしまうのではないか、というものではないでしょうか。しかし、日本企業が海外に進出し、「現地化」することによって、国内のこようが失われてしまう、という直接的な因果関係を、学理的に証明したものはありません。これまでの多くの実証研究では、むしろ海外進出することで、雇用が拡大するという、事実を明らかにしています。ではなぜ、海外に飛翔した企業の国内雇用が拡大するのでしょうか?一見すると常識では理解できないような、「新興アジア」への海外展開と「現地化」による国内雇用の増加の背景は、よく考えると当たり前であることが理解できるのです。

まず国内における海外ビジネスを検討する企画立案・新規開発部門の拡大です。未知の世界である海外に「現地化」することは、当然ながら、これに対応する人材が必要になります。海外における「現地化」がもたらす国内雇用の拡大は、何もこのようなハイレベルの「スーパービジネスパーソン」の居場所を拡大するだけではありません。海外での事業展開が進めば、これを担当する調整部門、つまり国内バックオフィス機能が拡大するのです。インドの税制、タイの労務など、当然アウトソーシングすべき業務も拡大しますが、企業としてもこれらを理解しておく必要が出てきます。現地駐在員の給与、総務、人事、物流と言った様々な後方支援機能が拡大していくというわけです。

さらに付け加えるならば、最終製品の海外生産による「現地化」は、一部には、日本国内でしか調達できない部品など中間財の日本からの輸出が促進されるのです。そして、これらの中間財を作るための雇用が拡大するという間接的な雇用拡大効果も期待できます。海外直接投資(FDI)が、「新興アジア」の海外市場に陣地を取り、これに触発されて中間財が売れ始める、海外直接投資の前線基地としての橋頭堡効果といってよいかもしれません。また、日本からの中間財が海外の生産拠点に輸出され、現地で生産するという動きは、日本国内と「新興アジア」はで、作っているものの「キャラがかぶらない」ことを意味します。これは補完関係であって、競合関係にはありません。

日本国内に中核的な、しかも付加価値の高い部品が残るということは、それに付随する雇用、特に中小企業を中心とした二次、三次のサプライヤー企業の雇用維持、拡大されることにつながるのです。特に部品供給の上流に遡れば遡るほど、日本でしか生産できないものが増えてくるとともに、これらがそれぞれの製品のなかで重要な位置づけになっているのです。

一般に財政出動による旧来型の雇用対策は、雇用の量は期待できるかもしれませんが、どのような種類の雇用機会が生まれるかには責任が持てないでしょう。現下の日本国内にのみ着目すれば、人口構成に規定された縮小傾向の市場で生まれる雇用機会というのは、せいぜい色のつかない雇用なのです。成熟化して、多くの国民が一定の教育水準に達したこの国に必要とされる雇用機会というのは、状況分析や企画立案、マーケティングやブランディングを担うホワイトカラーや、新規事業を創出し、イノベーションや新製品を生み出すエンジニアや研究者など、総じて、産出する付加価値がとてつもなく生産的な知識集約型産業人材なのです。新卒就職戦線で、結果として就職できなかい大学生が多いのは、絶対的な雇用機会の喪失ではなく、希望する雇用機会の喪失、すなわち選り好みの結果という面もあることを再認識すべきです。

2012年10月20日 (土)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(1)

1章 「空洞化」を怯えてはいけない

1.未来が空洞化する時─「空洞化」は本当に起こっているのか?

日本企業、日本人、特に働き盛りの若壮年層の方、中小企業、地方在住の方のなかには、海外に出ていくのをためらっている人がいます。なぜでしょうか?これは、むしろ日本のシステムができあがりすぎたことが背景にあるように思います。

日本という完成されたシステムのなかで、全体がうまく、いっている時はよいのですが人口動態の変化という構造的な問題を抱えて全体が停滞し、衰退していくという、日本が直面する現状下では、むしろ日本のシステム全体を変えることが難しくなります。個々人では何も変えられないという諦観が支配し、現状を変えようと努力すればするほど、逆説的にシステム全体が強化されてしまうという合成の誤謬。さらには、このシステムの外に一人だけ出てしまうと、自分だけ損をしてしまうのではないかという恐れが、内部からの変化を不可能にしてしまいます。国内の改革のポーズすら、これを提案することが一つのシステムを維持するためのガス抜き装置として作用されているのが現状でしょうか。その意味で、「空洞化」論とは、こうしたシステムを維持するための鎮痛剤として働いているのです。

これを変える方法の一つは、特に日本がこれまで経験してきたような外圧、外からの入力なのでしょう。この時代には、外に出ることを通じて新しい改革圧力を調達する。「空洞化」論に対する、「新興アジア」での、「現地化」はこうした方法論なのです。

「空洞化」とは「一国の生産拠点が海外へ移転すること(海外直接投資)によって、国内の雇用が減少したり、国内産業の技術水準が停滞し、更には低下する現象」であると言われています。その意味で「空洞化」とは、まず国内雇用の減少、すなわち雇用の空洞化を意味します。さらに国内技術水準の停滞、もしくは競争力の低下、すなわち技術の空洞化ということになります。そして、これに付け加えるのであれば、本来日本に還流すべき還流すべき資金が海外に向かってしまうという資金の空洞化となります。これら3つが「空洞化」への懸念の総体であるとみることができます。

実は「空洞化」という実態が確認できないのです。しかし、「空洞化」論がもたらす日本企業、日本人への悪影響については深刻に取らざるを得ないのは、この国の未来を本当に空洞化させてしまうからです。「空洞化」を懸念して、あるいは「空洞化」論による海外展開への心理的な抑制が働き、日本国内にひきこもることがこの国の将来、将来世代に取り返しのつかない禍根を残しかねないのです。

2.海外で稼いだお金は日本国内に還流しない?

日本企業が海外に出て行ってしまうと、日本国内に稼ぎ手がいなくなってしまうとともに、彼らが海外で稼いだお金は、その場(海外)で使ってしまい、日本国内には戻ってこないのではないか、そんな危惧を抱かれる方がいるかもしれません。しかし、現実は、そうなってはいません。事実、海外で稼いだお金は、日本に戻ってきています。それどころか、日本企業や日本人が海外で稼いだお金が、日本が貿易で稼いだお金より大きくなり、日本の対外取引の生命線になりつつあるのです。2005年以降、日本は、もはや実態として「貿易立国」ではなくなり、「投資立国」へと変貌を遂げています。日本企業が国内に留まって貿易で稼ぐお金よりも、海外に進出して出稼ぎで稼いだ仕送り、海外での投資の果実の還流、こうした収入のほうが、多くなってきたという根本的な構造変化を理解する必要があります。

最近まであった税制の障碍が解決され還流の仕組みが強化されました。特に中小企業の場合海外子会社からの送金なくしては日本での本社の事業継続が出来ないという状態に立ち至っています。「空洞化」、国内に残るか否か、というどころの話では、もはやない。「海外なくして国内なし」、という状況にあるのです。さらに海外売上高比率が高い企業が、国内の設備投資の拡大を牽引しています。

タイのある工業団地に進出している日本企業の売上高経常利益率の平均は、11%近くに達し、日本国内での日本企業の売上高経常利益率の平均が3.8%程度であることを考えれば、その差は歴然です。タイのみならず、インドネシア、ベトナム、中国と「新興アジア」は押しなべて高い利益率を示すのに対し、欧米や日本の水準は極めて低い。このことからも、「新興アジア」のポテンシャルを確認できます。これらの企業は海外で稼いだ資金で研究開発を行っていくというのです。これは政府が税金を徴収する形で介入するのではなく、民間が自ら海外で稼いだ資金を還流させ、民間主導の研究開発を可能にしているということなのです。新しいイノベーションの元手がが、海外での儲けからもたらされる。日本企業にとって、海外の儲けを元手に新しいイノベーションが起こる、そのような好循環が起こり始めているということなのです。

また、この海外で稼いだ資金を国内に還流した場合の使途として、1割近くの企業が「雇用関係支出」に回している。つまり海外で稼いだ資金で国内の雇用維持、拡大に寄与していくという日本企業の方向性が浮き彫りになってきている。

2012年10月19日 (金)

國分功一郎「スピノザの方法」(16)

4.定義、十全な観念、虚構

スピノザ哲学は定義をきわめて高く位置付ける哲学である。これはスピノザ哲学の一貫した特徴である。『エチカ』おいて真の認識は十全な観念の獲得として定式化されるが、十全な観念とはその対象についての完全な定義でもあるということができるだろう。そして定義が発生的なものでなければならないとすると、十全な観念は対象の発生原因をそのうちに含むものであるだろう。だが、ここで重要なのは発生的意義が十全な観念であるわけではないということだ。十全な観念はスピノザの方法が実現されることによってはじめて獲得できるものである。つまり、しかるべき順序で観念を獲得していくという行為と十全な観念とは切り離せないのであって、たとえばなんらかの発生的定義一つを取り上げて、それが十全な観念であるかなどと問うことはできない。

このことは『知性改善論』の構成からも読み取ることができる。十全な観念は対象の本質を説明するだけでなく、我々の知性の法則をも表現する。だが神の観念へと到達するまでは、そうした観念を当てにすることはできない。従って知性の法則を手にすることはできず、定義の規則があるだけである。『知性改善論』は定義規則を提示した直後、知性の定義を形成する必要を説き、知性の諸特性の説明を試みている。このことの意味は明らかである。定義規則によって形成された(発生的)定義は知性の諸特性を教えてくれない。したがってそれを補わねばならない。だから定義規則の直後に、その欠落を補うべく、知性の諸特性の説明が行われているのである。神の観念に到達するまでの間は観念の獲得によって知性の法則を認識することができないから、知性の法則だけを取り出してあらかじめ説明しておかねばならないとスピノザは考えたのだ。しかし、観念の獲得から離れて知性を定義するという試みが全く成功する見込みのないことは明らかである。観念を獲得していくことによってのみ理解されることを、観念の獲得に先立って理解させようというのだから。

然るべき順序で認識を獲得していく者のみが反省的認識によって知性の法則を理解する。しかるべき順序で認識を獲得していない者に、知性の法則だけをあらかじめ取り出して説明することなどできない。しかるべき順序で認識を獲得する者は、おのずと自らの知性の法則を理解するのである。完全な定義と十全な観念の違いは、後者につてのさらなる明確な規定を与えてくれるだろう。たしかに定義はみずからの原因を含んでいる。しかし、原因を「含む」だけでは十分ではない。十分な観念はそれを「説明する」ものであるからだ。これはつまり、観念が原因の観念を含んでいることは、その観念が十全であることを少しも保証しないことを意味する。

我々は今、『知性改善論』が神の観念へと到達するための「最初の道」をどう組織化しているかを知るために、その定義論を読んでいる。我々はそれについての大まかなイメージを獲得しつつある。発生的定義を形成することで、精神は観念の連結へと身を置き、そこから神の観念の形成へと導かれる。『知性改善論』の定義論はそのための定義規則、「創造されない事物」の定義規則も別個に用意していた。二段構えの方法として定式化された同書の方法は、二段構えの定義論による完全な裏付けを与えられていることになる。

だが、それでもスピノザはある問題に気を揉んでいた。スピノザには以上の説明だけでは方法は不完全であるように思われた。ここまでの我々の説明では、『知性改善論』の方法はイントロダクションにある方法の定義と、第二部にある定義規則の説明だけで十分理解されるもののように思われる。だがスビノザはその間に第一部の議論を挟んだ。これは、幾何学図形のような「純粋精神から生ずる観念」は、「身体のうける偶然の刺激」から形成された観念とは異なり、どこが真でどこが真でないかがはっきりしている。だからスビノザはこれを出発点として選んだ。だが、これは真でない者を含んだ観念を出発点にするということでもある。つまり、幾何学図形のようなものを頼りにすると、今度は虚構を頼りにしなければならなくなるのである。第一部が虚構についての議論を展開したのはそのためだ。虚構とは、そもそも、原因の観念を欠いた思惟の形相である。例えば球の定義において、半円の運動はその原因の観念を欠いている。精神は、そこで「任意の原因を虚構する」。では虚構は虚偽からどう区別されるか。ポイント、虚構する精神は自分が虚構していることを意識しているということである。虚構と虚偽の違いはここにある。幾何学図形ではどこが真でどこが真でないかがハッキリしている理由もここにある。だが、虚偽の観念と虚構された観念は原因の観念の欠如という内的特徴を共有しており、両者の違いはただその欠如に対する意識の欠如という外的特徴のみに存するとなると、虚偽と虚構の差異は限りなく相対的なものとなる。そんな危うい観念が全ての探求の出発点たることを求められているのである。だから、スピノザは虚構の問題を看過できなかった。そしてその上で、重要なのは神の観念へ到達することなのだから、最初に虚構されたものがあろうとも、厭わず「最初の道」を邁進すべきだという。

すると、定義規則を論じているだけに見える第二部が、じつは定義論と並んでもう一つの課題を課していることが分かるのである。つまり、定義論を踏まえたうえで、いかにして出発点において必要とされた仮定を取り除くことができるか。そしていかにして虚構によって支えられた観念の連結を脱出することができるか。『知性改善論』の答えはむ明確である。とにかくできる限り速やかに神の観念に到達すること。そうすれば出発点において必要とされた仮定はもはや必要ではなくなる。神の観念からは虚構を必要としない観念の連結が始まるから。

だが、ここにこそ『知性改善論』の二段構えの方法、そしてそれを支える定義論の最大の曖昧さが見出されるように思われる。いかにして「最初の道」から神の観念へと到達することができるのか、『知性改善論』はいっさいこれを説明していないからである。定義論が「創造される事物」と「創造されない事物」の定義を区別しているため、結局のところ「最初の道」と神の観念は切り離されていることになってしまう。しかも、二つの定義規則は根本的に性格を異にしている。ここでの問題は、個物定義として提示されるものと、神の定義として提示されるものとが同じ規則にしたがっているとしても、それを構築するための手続きは同じであるのかということである。『知性改善論』における方向転換問題の分析が我々に強いるのはそのような問題である。

 

この後は『エチカ』の分析を経て、結論ということになりますが、一応、メモはここで終わりにします。この先を知りたい方は原本を読んでみるといいとおもいます。

2012年10月18日 (木)

國分功一郎「スピノザの方法」(15)

3.「与えられた真の観念」

スピノザは『知性改善論』の中で「与えられた真の観念」を規範として精神を導くことの重要性を繰り返し強調している。さらにそれに加えて、「何ごとかを発見するための正しい道は、ある与えられた定義から諸々の思想を形成していくことにある」と述べている。つまり、『知性改善論』の引いた筋道はつぎのようなものである。神の観念に最初から陣取ることはできないから、それとは別の任意の観念から出発して、できる限り速やかにそこに到達することをめざさねばならない。ただし、任意の観念は何であってもむよいわけではなく、望ましい定義規則に則って形成されたものでなければならない。任意の定義を出発点にして神の観念をめざし、そこに辿り着いたならば、今度はその神の観念を起点にして観念獲得の道を歩んでいく。『知性改善論』の引いた筋道は、このような上昇と下降とでも形容したくなるような、方向転換を孕んでもいる。

清水禮子は「与えられた」という形容に注目した。スピノザは「人間精神の側で加工や形成ないし構成といった努力を払わなくても、精神の内に「おのずから」身を現わし、「独りでに」流れ込んで来るという性質」を「与えられたもの」として『知性改善論』の最も必要としていたものに他ならなかった。だがもー、そのこだわりゆえに同書の方法はいくつもの問題点を抱え込んでしまった。清水の議論はそのようにまとめることができる。その問題点とは次の二点に要約できる。

ひとつめ。スピノザの考える真理は観念の連結において可能であり、そしてその連結は最高完全者の観念より出発して初めて確実なものとなるのだった。したがって「「最初の道」においてもたらされる観念は、神の観念からの下降の道の中で然るべき位置、しかるべき脈絡を保証され他者ではない以上、その性格は、当然、暫定的に真という制約を免れえない。」しかし、それにもかかわらず「「最初」の道」の出発点となる観念について、非常に多くの箇所で、何の限定もなしに無造作に「真」という言葉が添えられている。つまり、スピノザは「与えられたもの」を出発点としたがために、自らの観念思想を裏切る方法を形成するに至った

ふたつめ。スピノザは「与えられたもの」を出発点とすべきと考えているにもかかわらず、出発点となるべき定義を形成するための定義論を展開している。いったい両者の展開はどうなっているのか。スピノザは出発点を「与えられたもの」においているのか、定義に置いているのか、定義論を読む限りそれがハッキリしない。つまり、定義論においては「与えられたもの」から出発する「最初の道」が「まったく無視され」ていると言わざるを得ない。清水は次のように述べる。「定義論はやがて、「最初の道」に相当するものに対するしかるべき扱いを欠いたことのために、ひどい混乱に陥っていく」

この清水の指摘は鋭い。しかし、清水は「与えられたもの」の形容に過大な意味をみている。そのためか「与えられたもの」と定義とを対立的に捉えている。スピノザはたんに「与えられた観念」とは言わず、「与えられた真の観念」と述べていた。この表現は、スピノザが「与えられた」観念であろうとも、すなわち、しかるべき順序で導き出された観念でなかろうとも、その中には何らの真理性が見出せると考えていたことを意味する。清水の言う、「最初の道」においてもたらされる観念は神の観念から導き出されたものでない以上、「暫定的に真という制約を免れえない」にもかかわらず、スピノザは「最初の道」の出発点となる観念に対して、何の限定もなく無造作に「真」という形容を与えている。ここでの「真」という言葉は、非十全な観念のなかにも何らかの真理性が含まれているという意味での「真」として理解されねばならない。「与えられた真の観念」から出発するとは、我々の所与の諸条件のなかにある真理性を手掛かりにある真理性を手掛かりにするということである。たしかにわれわれの所与の諸条件の中にある真理性を手掛かりにするということである。たしかに我々は最初の時点では真の認識(十全な観念)を手にしていない。しかし、所与の状態で我々に与えられている観念の中にも何らかの真理性が見出せる。それが神の観念へと上昇していくための手がかりとなる。しかし、これでは不十分とあるとスピノザは考えたのだ。たしかに非十全な観念にもいくばくかの真理性はあろう。だが、どうやってその中から真なる部分を取り出せばよいのだろうか。十全な観念を有さない段階で、どうやって非十全な観念の中に真理性を見つけ出せばよいのか。つまり、所与のもののどこに真理性があるのかをどうやって知ることができるのか。

出発点である「与えられた観念」として非十全な観念が採用される可能性はゼロではなく、スピノザにもその意向はあったものと思われる。しかし、『知性改善論』を書くに当たって、それをあきらめ、この問題に答えて次のように述べている。我々は「与えられた真の観念」から出発すべきであるが、そこには次のような明確な限定を付さねばならない。「身体が受ける偶然の刺激ではなくて、純粋精神から生ずる観念をもつこと」。身体から受ける刺激によって形成された観念では頼りない。従って「純粋精神から生ずる観念」を頼りにすべきである。例えば円や球などの幾何学図形である。幾何学図形は「その対象が我々の思惟力に依存していて自然の中には存在していないことを我々が十分確実に知っているところの或る真の観念」である。これならば、どこが真理でどこが真理でないかが明白であり、出発点には最適であるとスピノザは考えた。そして、幾何学図形を出発点とするためには、それを明確に定式化する定義論が必要になる。「与えられた真の観念」と定義論は矛盾するどころか連動している。では、幾何学図形の定義においてはどこが真でどこが真でないかが明白であるとはどういうことか。実際の定義論に基づいてみていこう。定義の規則は「創造された事物」の定義と「創造されない事物」の定義のふたつに分けられている。前者が個物の定義に、後者が神の定義に関わっている。ここで我々に関係しているのは前者の定義である。その内容は極めて簡潔だ。

第一に、定義はその対象を発生させる最も近い原因を含んでいること。

第二に、定義は対象の一特質をもってするのではなく、対象のあらゆる特質がそこから結論されうるものであること。

スピノザの考える定義は、無発生を根幹に据えるがゆえに精神が観念の連結に身を置くための足場になる。しばしばこの定義はスピノザの発生的定義と呼ばれている。ここから先の問いに答えることができるだろう。スピノザによれば幾何学図形のような「純粋精神から生ずる観念」が「最初の道」の出発点として相応しいのは、その定義においてはどこが真理でどこが真理でないかが明白であるからだった。そのことを我々は明白に理解できる。幾何学的図形は身体の刺激に基づいていないがゆえに、どこに真でない要素があるのかがすぐに分かる。これこそ、「最初の道」の出発点となる「与えられた真の観念」として『知性改善論』が幾何学的図形の発生的定義を採用する理由である。

2012年10月17日 (水)

國分功一郎「スピノザの方法」(14)

2.方法書簡─方法論の逆説の解決

スピノザが方法について説明した短い書簡がある。1666年にスピノザがヨハネス・バウメーステルの質問に答えたものだ。スピノザはバウメーステルの質問に対し、諸観念を「導出・連結とうる方法」が必然的に存在すること、またわれわれの知性は身体のように偶然には従属しないことを示せば十分であると説明する。その後に短い回答部分がくるが、その内容は二つに分かれ、前半はこれまで脱表象論的観念思想の前提として説明をそのまま言い換えたもの。後半では「最高完全者の観念から諸観念が発生するその運動と精神との一体化」として説明した状態を、知性の形成する観念の連鎖が知性そのものの法則に依存する状態として説明している。

ここで重要なのは、知性が知性に依存するというこの反省的状態の必然性、すなわちスピノザの方法の実現の必然性という後半部の議論が、脱表象論的観念思想という前半の議論の帰結として導き出されていることである。これは、観念思想の刷新という課題がスピノザの方法の直接の前提であったという我々の仮説を証し立てるとともに、スピノザがそのことに意識的であったことを意味する。

しかし、ここでの方法の説明は方法実現のために目指されるべき目的ではなく、方法が実現された際の状態を記述したものになっている。だから、スピノザの方法を実現しようとして知性の本性と法則を認識しようとしても無駄である。『エチカ』では、十全な観念によって表現される知性の法則は知性の本性と言われることになる。十全な観念はそれを形成する知性の本性ないし法則を表現する。この斬新な観念思想こそが方法論の逆説を解決する。その解決は次のようにまとめられる。精神は、最高完全者の観念に到達し、そこから観念獲得を実現していくならば、最高完全者こそはあらゆる事物の根源と源泉であるのだから、諸事物の連結に正確に対応する観念の連結を得ることができる。そのとき精神は、みずからの形成する観念の連結によって指導・制御される(方法の逆説の解決)。そして自らに固有の知性の諸法則に出会い、それを学んでいく(方法論の逆説の解決)。

スピノザの方法は方法論の逆説を解決するものだが、その解決は方法論の否定ではない。方法という名の道を歩くことで、精神はいかなる方法が用いられるべきか学び、それをみずからに示す。方法の逆説の解決は方法論の逆説の解決である。これらにより、本章の冒頭で提起した二つの問い、理論的な問いと実践的な問い、次のひとつの課題へと収斂することになる。脱表象論的な観念思想、後に平行論と呼ばれることになる観念思想を可能にするような最高完全者の観念へと到達すること。

2012年10月16日 (火)

國分功一郎「スピノザの方法」(13)

第三部 逆説の解決

第六章 スピノザの観念思想

1.道について、ふたたび─方法の逆説の解決

方法をめぐって現われる三つの形象にもう一度目を向ける。

最初に、道具の形象。精神は道を進みながら観念を次々に獲得していくが、それらひとつひとつが道具となって次の観念の獲得を手助けする。つまり精神は、道を歩みながら、前に進めば進むだけ、前に進むのに役立つ道具を増やしていく。スピノザの観念思想の目論見の方向性が見えて来たいま、その意味するところを厳密に捉える必要がある。それは知れば知るほど、知るという行為自体が容易になっていくことを意味している。だが、それがスピノザの観念思想とどのような関係があるのか。いかなる意味において精神は、道を進みながら道を進むのに役立つ道具を獲得していくのか、これらを道具の問いと名付ける。

次に、標識の形態。観念の獲得は、獲得される観念の真理性が疑われる余地のない仕方で実現される。ひとたびこの観念獲得の道を歩み始めたならば、獲得された観念が真であることは、真の観念を獲得する者にとって疑いがなく、したがって、外部に真理の標識を求める必要がない。そしてそれゆえ、真の観念を獲得していない者には新観念を伝達することができず、浸麻観念を獲得していない者はその観念の真理性を理解することができない。ここまで、このテーゼを、説得を求めないというスピノザの思考のイメージによって説明してきた。これからは、このテーゼかスピノザの観念思想といかなる関係を持つのかという標識の問いを問う、

最後に、これら二つの形象を経由し、スピノザが辿り着いた道の形象。スピノザは方法を道と考えた。方法とは諸々の観念が適当な順序で求められる道である。では、道としての方法は精神の指導と抑制という方法に期待される役割をどう果たしうるのか。そして蜜としての方法は、無限遡行の回避と方法論の企てという矛盾した要求にどう答えうるのか。そして、道という形象について二つの問いを提起する。まず、この道は具体的にはどんな道なのかという理論的な問いである。次にこの道を歩み始めるにはどうしたらよいのかという実践的な問いである。手がかりとして『知性改善論』の一節から二つの論点を抽出している。

(1)二つの観念の間にある関係と、それらの観念対象の間にある関係との関係について、言い換えれば観念の連なりと事物の連なりとの関係について。これは、道として定義された方法が具体的には何の連なりであるかを説明するものである。

(2)最高完全者の観念について、この観念は我々の考える道の出発点に関わる。観念間の関係と、観念対象間の関係とが同一であるなら、もっと優れた観念対象の観念こそが、最も優れた観念であることとなり、それゆえこの観念が規範となって、精神を導いていけばよいことになる。そのためには最初にこの観念が獲得されねばならない。

まず、(1)の点から見ていくと、二つの観念の間にある関係、それら二つの観念の対象にある関係、これら同一と言われる二つの関係は交互関係という語で名指されている。スビノザ自身による注により、ここでいう関係が、産出・発生の観点から捉えられていることが分かる。二つの観念の間にある関係、そしてふたつの観念対象の間にある関係は、一方が他方を発生させる関係である。スビノザによれば観念の連結は、ある観念が他の観念を発生させる、発生の連鎖のことである。これはスピノザが観念を事物の世界からでなく、観念の世界だけで考えていることを意味ずる。精神は、写生でもするように事物の世界を見ながらそれを観念の世界に描き出すのではなく、観念の中に観念だけを使って観念の連鎖を創り出す。スピノザは観念と事物の間に因果関係を認めない。観念の原因は観念のみである。このようにスビノザは観念の世界を事物の世界から切り離した。その上で、観念の連結と事物の連結の同一が主張されている。では、その同一性とはいかなるものであるのか。

スピノザは観念と事物の位置関係を前後関係ではなく平行関係と見た。Concatenareされたラインが二つ走り、その間でreferreが起こる。これがスビノザの構想する脱表象論的観念思想の概要である。では、観念の連結と事物の連結の同一性はいかなるものであるか。それは、次の三つの同一性を意味する。第一は、序列の同一性である。事物も観念も同じ順序で並び、連なりを形成している。事物の連なりにおいてA→B→Cという序列が確認されるのであれば、観念の連なりにおいてもA→B→Cという序列が確認される。ふたつのconcatenatioの間でreferreが可能であるためにはこの原則が貫かれていなければならない。

第二に、二つの連結の序列が同一であるためには、当然二つの連結を支配する法則が同一でなければならない。法則の同一性、これが第二の原則である。法則と言っても、具体的には因果法則のことを指している。Aという事物がBという事物を発生させる、その際とまったく同じ因果関係の法則によって、A問う観念がBという観念を発生させる。

最終的にこの同一性を支える三つ目の原則は、法則の同一性が可能であるためには、法則の適用される対象群の間にズレがあってはならない。その法則の適用されるふたつの対象群が一対一対応をなしていなければならない。これは要するに、事物と観念が存在として同一であることを意味する。存在の同一性、これが脱表象論的観念思想の要求する三つ目の原則である。事物と観念は同じ存在であり、同じ一つの存在が別の仕方で考えられた、あるいは別の仕方で現われたものであると考えるところまで進まねばならない。

この三つの原則によって実現される観念思想とは、『エチカ』がその特異な神の観念によって可能にした観念の考え方、後にライプニッツによって平行論と命名されることになる思想に他ならない。神は無限に多くの属性を有する実体であり、存在するのはこの実体とその変状だけであり、この変状が延長の属性において考えられれば事物、思惟の属性においては考えられれば観念と言われる。

脱表象論的観念思想がいかなる方向に向かって構想されているのか、そしてそれが実現された際にいったいどういうことが起こるのかを、次いで、(2)の論点で見ていく。あらゆる観念は最高完全者の観念から導き出されねばならず、あらゆる観念の源泉はそこに求められねばならない。そして最高完全者の観念を始点としてあらゆる観念が導き出されるなら、観念対象の連結に完全に対応するような、諸観念の連結が得られる。事物の世界から完全に切り離され、そこからいかなる因果関係上の影響も受けないにもかかわらず、それに完全に対応する観念の世界。あらゆる事物の起源の観念からあらゆる観念を導き出すことができれば、そのような観念の世界を構築できる。

すると、ここから方法の逆説の解決が見えてくる。精神の指導と制御のためには規範が必要である。スピノザの考える規範は、精神が活動するたびに参照しなければならない規則ではありえず、精神の活動と区別できないような規範でなければならない。この規範は、具体的には諸観念の起源としての最高完全者の観念に到達し、そこから諸観念を導き出すこととして構想されている。つまりこの規範は行為そのものである。それが実現されるとき、精神によって獲得される諸観念は、事物の連結と全く同一の連結を成す。観念を獲得していくのは精神自身だが、獲得される観念は秩序づけられた連結を有している。したがって、たしかに精神が観念の連結を形成するのだが、その観念の連結が精神を指導・制御することになる。これが道としての方法が行う、精神の指導と制御である。それが実現する時、最高完全者の観念から諸観念が発生するその運動と精神が一体化した状態が起こる。

方法という道を歩んでいく限り、獲得された真の観念に対して懐疑が発生しえないこと、真理の標識を必要としない。それは、真の観念を獲得していくにあたって、知性はその観念だけでなく、その観念を貫き、またそれを他の観念と結びつけている法則、すなわち知性の法則についての観念を同時に獲得するからである。言い換えれば、知性は真の観念を獲得しつつ、その観念の内容を受け取るだけでなく、その観念が一つの対象としていかなるものであるのかを説明する観念、すなわち観念の観念をも獲得するのである。方法が観念の観念であると言われるのはそのためである。我々はひとつの観念を目にするなら、それがどれだけ明晰判明であろうと、懐疑の可能性を捨てきれない。道としての方法はそれ故、観念と同時に、その観念を貫く法則についての認識を与えるのである。言うまでもなく反省的認識の場合と同様、スビノザの方法を実現するべく観念の観念を形成しようとしても無駄である。スピノザの方法が実現されたときに獲得される観念が、真の観念であると同時に観念の観念であるということなのだ。

精神の規範が精神の活動そのものと区別できないということは、規範だけを活動に先立って示すことはできないことになる。そこでは、いま言ってきたような「諸観念の起源としての最高完全者の観念に到達し、そこから諸観念を導き出すべきだ」という言表すら排されねばならないことになる。だとすると、われわれは方法論の逆説をどう考えたらよいのでろうか。

2012年10月14日 (日)

國分功一郎「スピノザの方法」(12)

第五章 スピノザのデカルト読解Ⅲ

前章で『デカルトの哲学原理』の公理11までを読みながら、その中に読み取れるスピノザのデカルト哲学に対する疑問をひとつひとつ明らかにしていった。それらの疑問は、つまるころデカルトの観念の考え方に対する疑問に集約される。スピノザはデカルトに表象としての観念を見ている。表象にとらわれているかぎり、我々は様々な難問に直面せざるを得ない。スピノザは恐らくそう考えていた。

神の証明に関する部分の議論は省略するけれど、全体のまとめとして、『デカルトの哲学原理』はその内容においてスピノザの思想を語っているわけではないが、その内容の扱いにおいてスピノザの思想を語っている。そのようにして同書の緒論及び第一部を読むことで、デカルトの観念の捉え方に対するスピノザの疑問を浮かび上がさせた。一言で言えば、スピノザの疑問はデカルトの考える観念が表象であることに向かっている。では、観念が表彰であるとはどういうことか。それは観念の原因が実在に求められているということ、観念に実在と因果関係を取り結ばせているということに他ならない。

表象論的観念思想はデカルト哲学を貫く要請のひとつ、説得の要請から切り離せない。そのことは神の存在証明において鮮明に現われている。デカルトにはア・プリオリな証明の妥当性はよく分かっている。だが、その証明はけっして人を説得しない。それはすでに神の存在を受け入れている人に、あらためてその存在の確証を与えるものだからだ。それゆえ、デカルトはア・ポステリオリな存在証明を前面に押し出す。そして、ア・ポステリオリな存在証明のためには表象論的観念思想が絶対に必要である。かくしてデカルト哲学の一貫性、そしてそれに対するスピノザの疑問の一貫性が明らかになる。スピノザが自らの方法の実現ために必要とした観念思想の方向性がここから理解できる。それは観念の実在に求めないという意味での脱表象論的観念思想であり、また説得力に対する無関心に貫かれているはずである。

2012年10月13日 (土)

國分功一郎「スピノザの方法」(11)

4.観念と実在

「われわれの観念の想念的実在性は、この同じ実在性をたんに想念的にだけでなく形相的にかあるいは優越的に含む原因を要求する。」

スピノザは、この公理をそのまま引用するが詳細な注意書きを加えている。この解説は、もともとあったデカルト自身の解説を完全に消去した上で新しく加えたものだ。デカルトは、「たとえば我々は、空が存在しているということをどのように知るのだろうか。それを見るからであろうか。」という問いによって説明しようとする。観念がそれに対応する実在を原因として有していると想定しなければ、我々は事物を認識できないことになってしまうではないか、というのがデカルトの説明だ。ここで、たしかにデカルトは空は見えているのだから存在していると言っているのではない(デカルトの懐疑は、まさしくそれを疑うことであった)。そのために心像と観念を区別した。しかし、観念と実在は、間に何かを挟んだうえで結局は結び付けられる。デカルトはここで、(公理6)で確認しておいた観念の中の実在性の含有量という考えを持ち出してくる。そうなると、(公理6)にかけられたものの大きさが推し量られる。スピノザはそれは、このような重要な公理を「先行するものが後続するものの助けなしに知られねばならない」という原則から言うと、置き方の順番上、説明が成り立たなくなるという。

ではスピノザはどのような説明をしているか。その前にデカルトの機械の例の説明が必要だろう。ある人が極めて精巧な機械の観念を持っているとしよう。この場合、その観念の原因が何であるにせよ、つまり、彼がそのような機械をどこかで見たにせよ、あるいはそれについての知識をどこかで学んだにせよ、あるいは自分でそれを案出できるほどの才能を彼が持っているにせよ、その観念の中に含まれている全技術はすべてその原因の中に含まれていなければならない。このようにデカルトは機械の例を使って、我々の形成する観念が、実在する観念が、実在する原因を有していることを説明しようとしていた。それに対して、スピノザが述べていることは、人間は新しい観念に対して何らかの原因を指定することができると、指定された原因の妥当性には注意も払わず、原因を指摘できたという事実だけで満足してしまうということである。つまり、観念の原因の探求が中途半端なところで止められてしまう。

ここであげた公理に対しては、デカルト哲学体系の維持という観点からは絶対に認めなければならないが、スピノザの考えでは認められないことになる。しかし、この公理がなければデカルト哲学はデカルト哲学でありえない。そこで、スピノザは、その行為の妥当性はともかくとして、そのようにして探し出された原因の以外の原因を未だ何人も発見できていないのだから、そのように考えることには一定の正しさがみとめられるだろう、と説明する。そこでまた、デカルトの置いた公理の順番をさきほどと同様の論理で批判してみせる。それによってデカルトの観念思想をより整序された形で提出すると同時に、どこにその要石があるのかを明らかにするのだ。

スピノザの再構成は、この公理をデカルトの観念思想の前提あるいは基礎として浮かび上がらせた。スピノザは、観念という語に被せられる制限として「表象」「心像」「思惟の様態」という三つの表現を登場させている。まず、「思惟の様態」について、観念を思惟の様態として考察するとは、思惟の領域に存在する何かとしての観念を思惟の領域に存在する何かとしての観念を思惟の領域の中だけで、思惟の領域の外のことを度外視して考察することを意味する。この限りでは、公理は必要ない。ここで、思惟の領域の外のことを度外視するとは具体的に何を度外視することなのか。これが「表象」に関わる。表象するものとしての観念とは心像としての観念である。では心像とは何か。デカルトは、知覚された映像が脳内の想像器官に描かれているその状態を指して心像と呼んでいる。その上で心像と観念を区別している。デカルトは、映像・心像・観念が明確に区別されていると同時に、一定の条件を満たすことで変態可能と考えていた。デカルトは観念から遡るやり方で、観念の原因としての実在を措定している。だが、このような考えは、頭の中に何かがありさえすれば、その対象もまた存在しているはずだという粗雑な論理との差異化を常に必要とする。

これに対してスピノザは、「一事物の心像として考察される限りにおいて」の観念について考えていた。心像とは表象されるものである。そして表象するとは、心像や映像が実在に原因を持つように、実在する何かに原因を持つことを意味している。

観念は、単なる思惟の様態として考察される限りでは、実在性の諸段階を有さない。つまり、ここでの公理の考えは必要ない。観念が実在性の諸段階を有するのは、それが心像である限りにおいて、表象するものである限りにおいて、すなわち実在の中に原因を持つ限りにおいてである。スピノザはこうして、デカルトの観念思想の基礎の基礎を明らかにしたことになる。その基礎には、観念が実在性の諸段階を有するという考えがある。そしてこの基礎を基礎づけているのは、表象としての観念という考え方である。ここで表象とは、実在の中に原因を持つことを意味している。

このようにスピノザは観念についてのデカルトの考え方を包括的に解説した。しかしその解説にはデカルトの観念に対するスピノザの根本的な疑問が読み取れる。スピノザは、この公理が表象するものとしての観念という考え方を前提としていると考えている。観念を表象機能の担い手として考えるかぎり、観念における実在性の諸段階について考えざるを得ない。そしてスピノザが「表象する」ということを「心像」という一言で言い換えていることから分かるように、表象するものとしての観念は実在に原因を持つ。

一方、スピノザは同じ人間の手で書き写された、内容をまったく異にする二冊の写本に対して、二つの視点がありうるという。一方の視点に立つなら二つの写本の原因には何らの相違も見いだせない。これは筆跡と文字の列にのみ注目する視点だ。もう一方の視点に立つなら、ふたつの写本はその原因を異にすることが分かる。こちらの視点は言葉の意味に注目する視点と言える。言葉の意味に注目するのなら、これらの書物の第一原因を見出すことができる。ポイントは、この第一原因が著名な哲学者とつまらぬ人間の実在とまでは言われていないことにある。デカルトは、空の観念は、実在する空を自ら原因として有るとして仮定しなければ、我々はこの観念が実在すると判断できないとして、観念の世界と事物の世界の閾の飛び越えを認めざるを得ないとしている。これに対してスピノザは、ここにあるように、そのような閾が全く問題にならない。著名な哲学者の作品の中に読み得る観念と、つまらぬ人間の作品に読み得る観念が証明するのは、著名な哲学者にふさわしい優秀な考え方の観念と、つまらぬ人間にふさわしい低劣な考え方の観念が実在したということである。観念の原因は観念の領域の中にあり、その中にしかない。観念の原因たり得るのは観念だけである。観念は観念以外の何科の表象ではない。この例によって公理は換骨奪胎されてしまう。

「或る事物を維持するには、それを最初つくりだすために要したよりも、小ならざる原因を要する。」

もともと、デカルトは前段に「現在の時間は、その直前の時間に依存しない。それゆえに…」スピノザはこの部分を削除した。この削除の理由は説明不足という点だ。スピノザ別の仕方で説明する。思惟は存在することも存在しないこともありうる。にもかかわらず思惟が存在しているとすれば、それは何ものかが思惟を存在させたからである。そして「たとえ我々の思惟が存在し始めたとしても、だからといってその本性や本質が必然的存在を含むわけではないことは、それがまだ存在しなかった時に必然的存在を含んでいなかったのと同様であり、したがってそれが存在するためには、それが存在し始めるに要したのと同じ力を要する。そして我々がここで思惟について言っていることは、その本質が必然的存在をふくまないすべての事物について言われる。」スピノザは『エチカ』のなかで、本質が存在を含む事物が必然的存在であり、本質が存在を含まない事物が可能的存在であると言言い換えた。この解説では、デカルトの定義に沿うものとも、スピノザ自身の定義に沿うものとも読める書き方をしている。

個々で見て来たように、スビノザの読解の方針は一貫している。そしてその一貫した読解の中に現われるデカルト哲学への疑問も一貫している。スピノザは観念についてのデカルトの考えを受け入れられない。デカルトの観念思想は、スピノザには表象的観念思想であると思われた。そしてスピノザはそれに大いなる疑問を抱いた。

國分功一郎「スピノザの方法」(10)

3.並び替えの意味

公理の並び替えについては、デカルトの用意した要素を使ってスビノザがデカルト哲学を再構成することを意味しており、デカルト哲学にもとることなく、デカルト哲学に潜在する構造を引き出すという序文より継続されているスピノザの読解がもっともあざやかに現われている部分である。

実際には、まず(D公理8)と(D公理9)は採用されなかった。この二つの公理は、ア・ポステリオリな神の存在証明に対するスビノザの批判に関わるものである。

「実在性の、あるいは実有性の種々の段階がある。というのも実体は偶有性ないし様態よりもいっそう多くの実在性をもつからである。したがって、実体の観念のうちには、偶有性の観念の内にあるよりもいっそう多くの観念的実在性があり、また無限な実体の観念のうちには有限な実体の観念のうちにあるよりもいっそう多くの想念的実在性がある。」

また、「諸根拠」では6番目に置かれていた公理が、ここでは1番に置かれている。これについてスピノかザ自らコメントを残している。実体の観念が有する実在性とも偶有性の観念が有する実在性とを比べるなら、前者の方が多いと言うのは自明なことだ。このコメント二様に解釈でき、第一に本当にそれ自体で明らかだという意味だ。第二に、それ自体で明らかだという他に証明の仕方がないという意味で。どちらの解釈でもスピノザのデカルトに対する批判になる。実際のところ、この功利の内容である実在性の度合いという考えには、疑問が呈されていた。スピノザの態度は、実在性の度合いというデカルトの考えはスピノザには説明のつかないものだったが、それにもかかわらず、この考えはデカルトの体系を維持するうえで絶対に欠くことのできないものだった。この公理は神の第一のア・ポステリオリな存在証明の根幹をなす命題である。それなしでは神の存在証明のひとつが不可能になってしまう。第二に、後続する公理の多くが、この公理を前提としている。一方、この公理は他の公理から導き出せない。スビノザはコギトと同様に明晰判明なものはいくらでもあると仄めかしたうえで、この定義の内容を、そのようなものとして認められる一例としてあげている。つまり、この公理はデカルトの体系の根幹をなす命題のひとつだが、それは他の如何なる命題からも導き出せないのみならず、その正しさは「コギトの命題と同程度に明晰判明であれば真であると考えてよい」という基準によってしか与えられないという。

「思惟する事物は、もし自分に欠けている何らかの完全性を知るなら、自分にできるかぎりは、それをただちに自分に与えるであろう。」

「諸根拠」と順番をスピノザは変えたのは、前のと同じ。スピノザはこの公理は証明不可能であって、デカルトはそれを前提しているにすぎないと考える。つまり、自明というほかに説明の仕方がない。だが、これを省くわけにはいかない。前の公理と同様、この公理も神の存在証明にとって不可欠な命題であるからだ。スピノザが証明不可能であるにもかかわらずこの公理を採用せざるを得なかった理由は、これなしではデカルトの第二のア・ポステリオリな神の存在証明がなきものとなってしまうこと以外のものではありえない。

さらに、スピノザ、この定義について書き換えと削除が行われている。元々の定義は次のようなものであった。

「思惟する事物の意志は、自発的に、自由に、自由に動くものであるが、しかしそれが善である明晰に認識されるものに向かうのは間違いない。そしてそれゆえ、思惟する事物の意志は、もし自分に欠けているなんらかの完全性を知るなら、自分にできるかぎりは、それをただちに自分に与えるだろう。」

スビノザの操作の意味するところは明らかである。それは意志の自由というテーマを消し去ることである。これはこれまでに我々が繰り返し見てきた二つの課題、すなわちデカルトの体系を出来る限り首尾一貫したものとすること、そして先行するものが後続するものの助けなしに知らねばならないという、このふたつを折衷するべく行われたものである。スピノザがこのデカルトの公理の第一文を削除したのは、第一には証明不可能なものとして提示されているからで、第二にこの一文は意志は自由であるが善に拘束されているという矛盾を犯しているためである。

「すべての事物の観念あるいは概念の内には、可能的な存在かそれとも必然的な存在かがふくまれている。」

この公理でも、順序は変えられ、書き換えと削除が行われた。書き換え前の公理は下のようになる。

「すべての事物の観念あるいは概念のうちには存在が含まれている。なぜならわれわれは何ごとも存在という様式においてしか概念することはできないからである。ただしそこには次のような違いがある。有限な事物の概念の中にふくまれる存在が可能的ないしは偶然的であるのに対し、最高に完全な存在者の概念のなかに含まれている存在は必然的で完全だということである。」

この第二文がスピノザによって削除された。その理由は、論理的に脆弱であり、必要不可欠なものではないこと。また「観念が可能的ないし必然的な存在を含む」という挿入した言い回しそのものの妥当性という論理的弱点から読者の目を逸らすことである。

2012年10月11日 (木)

國分功一郎「スピノザの方法」(9)

第四章 スピノザのデカルト読解Ⅱ

前章で『デカルトの哲学原理』の緒論を読解したが、この章では本論の読解に入る。

1.四つの操作

スピノザが「諸根拠」を扱うに当たって行った操作を概観する。スピノザが行っているのは、(1)独自の定式化、(2)省略あるいは削除、(3)並び替え、(4)書き換えという四つの操作である。

2.規則と順序

「諸根拠」の最初には十の定義が掲げられているが、スピノザはそれをそのままに引用している。定義は幾何学的様式による論述の出発点をなす、いわばゲームの規則である。この規則を認めなければ解説にはならない。しかし、「諸根拠」において定義に続く七つの要請は全面削除している。要請はデカルトの読者に対するお願いなのである。スピノザはデカルトの体系から説得というモーメントを削り取り純粋な体系を構築することを目指している。ここでのスピノザの要請の削除はこのことを裏付けるものである。スピノザは要請を削除することで、デカルト哲学から精錬を取り外す。そのうえで証明を説得ではなく純粋な体系構築の方向へと向け直す。そのために、照明が遂行されるまでの過程をより周到なものとすべく、三つの公理と四つの定義を付加するとともに、十ある公理に徹底的に手を加える。

スピノザが独自に定式化した公理は次の三つである。

(公理1)未知の事物の認識と確実性に到達するには、認識と確実性においてその未知の事物に先立つ他の事物の認識と確実性によるほかない。

(公理2)われわれの身体の存在を我々に疑わせる諸々の理由が存在する。

(公理3)もし我々が精神及び身体以外の何ものかを有するかしたら、そうしたものは精神や身体ほどには我々に知られない。

ここで、スピノザがわざわざ公理として立てたということは、デカルトにとって明示する必要すらないほど自明でぁったのにもスピノザは少しも自明でなかったということだ。(公理3)では我々が精神と身体以外のものから構成される可能性について言及している。スピノザには、デカルトの前提である精神と身体の二分法が自明ではない。つまり、最終的に精神と身体の二分法が正しかろうとも、我々が精神と身体以外のものから構成されている可能性を、証明なしには排除できないのである。それゆえに公理としてあげておく必要がある。

三つの公理を経て、我々は定理群に辿り着く。ここに四つの定理が掲げられている。

(定理1)我々は自分が存在することを知らない間はどんなものについても絶対に確実ではありえない。

(定理2)「私は存在する」ということは、それ自体自分で知らなければならない。

(定理3)「私は存在する」ということは、私が身体からなるものであるかぎりにおいては第一に認識されることでもないし、またそれ自体で認識されることでもない。

(定理4)「私は存在する」ということは、われわれが思惟するものであるかぎりにおいてのみ第一に認識されることである。

「諸根拠」は定理の中で神の存在の証明から始まる。これに対して、スピノザは「私は存在する」という命題から始めている。マルシアル・ゲルーの解釈では、デカルト自身によれば、『省察』は「私は存在する」から始まる「分析」による論述、「諸根拠」は神の存在証明から始まるが、それは「総合」による論述だという。「分析」が従う順序とは、発見の順序、認識理由の順序と言える。この順序は我々の認識の確実性を可能にする諸条件の連なりに他ならない。これに対して「総合」が従う順序とは、事物の順序、存在理由の順序で、現実の諸事物がそれに沿って配置されるところの順序にほかならない。事物の順序という観点に立つのであれば、自我(コギト)にとっての最初の現実は、それ自体において第一である現実(神)に従属することになる。こうなると、「諸根拠」は総合によるデカルト哲学の開陳の典型例ということになる。これに対してスビノザは「私は存在する(これはそれだけで確実である)、故に私は思惟する」と命題を並び替える。これはデカルトとスピノザの論述プロセスの違いを表わし、デカルトは知から存在へ、主体から客体へ、我思うから我有りへと向かう。これに対し、スピノザは存在から知へ、客体から主体へ、我有りから我思うへと向かう。かくて、デカルトとスピノザはシンメトリックな関係で捉えられる。

しかし、著者はこれを批判し『デカルトの哲学原理』は『省察』ではなくて「諸根拠」を解釈している書なのである。だからこそ、普段はコギトから始めるデカルトが「諸根拠」では神より始めているというのに、「諸根拠」を解説するスピノザはコギトから始めているという奇妙な事実なのだ。スピノザの態度は次のような問いかけとして解釈できる。「現在は総合で論述が進められている」という宣言をもってこの厳命を斥けることが可能なのか。総合で書かれているからといって、論述の出発点をコギトから神へと変更することなど可能なのか。勿論スピノザは不可能だと考えていたからコギトでもって論述を開始した。これは、スピノザが次のように考えていたことを意味する。「諸根拠」は『省察』本編をすでに読了した読者だけを対象としているのであって、『省察』本編に添付される補遺としてのみ成立するテキストである。「諸根拠」は『省察』本編の議論を密輸入している。デカルトは「諸根拠」において総合で論述を展開したと述べているけれども、そこで導入されているのはたんに幾何学的者の用いる論述形態にすぎず、彼の言う総合は分析を下敷きにして初めて成り立つ。

スピノザは『省察』本編の密輸入を許さない。「諸根拠」をコギトから開始する論述の順序に書く直すことができたという事実は、デカルトが言う総合と神の存在証明から開始するという論述の順序の間になんらの必然的関係も存在しないということを意味する。スピノザの読解作業を敷衍すれば、「諸根拠」分析を前提にしているにもかかわらず、幾何学的様式をとることにより、みす゜から総合的であるかのように提示していると言うことができる。つまり、幾何学的様式で書かれていようとも、その体系が総合的であるわけではない。「諸根拠」は幾何学的様式で書かれた分析的体系なりだ。

そして、スピノザはコギトの存在が唯一かつもっとも確実な基礎としてあげ、それだけによって明晰判明と言う基準の正しさを証明する。この後、公理が「諸根拠」に比して大幅な並べ替え、省略・削除、書き換えと言った作業を加えている。これらの操作は公理を適切な順序に置くためのものであり、適切な順序とは、すべてがコギトに始まり、コギトだけに依拠する、そのような順序であるということだ。

國分功一郎「スピノザの方法」(8)

3.循環

緒論で取り上げられているもう一つの重大な論点である「明晰判断」という真理の基準について検討する。スピノザは、ここでデカルトに対する疑問を白状してしまって、明晰判断は程度を持つ量的基準であのだから、それを真理の基準とするのであれば、どの程度であれば真と言えるのかをはっきりさせる必要がある、つまり基準の基準が必要だと言っているのである。

デカルトも明晰判断における程度の問題の重要性を認識していた。しかし、デカルトはそのことを、はっきりとはさせない。それは、明晰判明な観念の正しさを神によって保証させようとするためだ。

スピノザの解説を追ってきた我々には、この考えは奇妙である。スピノザが言うように、(1)明晰判断は相対的な量乃至程度であるのだから、明晰判明を真理の基準として採用するのであれば、「これは真である」との判断を許す明晰判明の量乃至程度を判定する別の基準、砂綿基準の基準が必要であり、そして、(2)あらゆる学問の基礎はコギトの存在であるはずなのだから、この基準の基準はコギト以外のものに依拠してはならないはずだ。しかし、デカルトは明晰判明を神によって保証しようとし、いわゆる「デカルト的循環」の問題が発生することとなった。一般に「デカルト的循環」は次のよう形で知られている。

(1)デカルトは、きわめて明白と思われる事柄についてすら現われてしまう疑いを取り除くために、彼を絶対に欺くことのない神というものの存在を証明しようとした。

(2)ところで、神の存在を証明するためには、ある種の事柄が真であると前提しなければならない。つまり、神の存在の基礎について明晰判明な観念を真なるものと認めなければならない。

(3)だず、それは神が彼を欺くような悪しき霊でないことが証明されるまで禁じられているはずである。このようにして、循環が現れる。

これに対して、スピノザは神の存在によって明晰判明な観念の正しさが保証されるという論理を前景化はしないが、その論理が導き出せないわけではないような書き方をすることで、「デカルト的循環」をギリギリのところで回避している。誤謬の原因は混乱した知覚に同意してしまうことにあり、それは我々が数多く有する先入見ゆえのことである。したがってただ混乱した知覚を避けようとするだけでは不十分で、そこでデカルトは観念を単純な観念に分割していく方法を取った。そうすることによって、どれが明晰判明で、どれがそうでないか分かる。しかし、単純であることと明晰判明であるであることとは別である。できるかぎり単純なものへと分割していきながら「私は思惟する、故に私は存在する」という命題と同じ程度に明晰判明なものが得られたなら、それが真であると認定されるのである。このようにスピノザはデカルトが「懐疑の泥沼」から解放される過程を説明して見せた。

スピノザは、最後に神の存在という我々が知り得ないことこそが不確実な前提であり、そこから確実を結論として導くことはできないという批判にこたえる。神の存在を知り得ないということは、神の存在が証明を必要とすることだ。コギトの存在はそれ自体で自明であり、またそれ自体で自明でなければならなかったが、それとは異なり神の存在は証明されねばならない。そして神の存在の証明は明晰判明という基準の正当性を前提とするわけだが、この明晰判明という基準は、デカルトによれば神の存在によってしか正当化されず、したがって循環が現れる。しかし、スピノザは、明晰判明が神の存在によって保証されるという点に言及しない。これについては、コギトの存在によって保証させていた。

したがって神による保証という問題がなくなる。それだけでなく、我々の知覚がいかに明晰判明であろうとも、この知覚する欺瞞者たる神による捏造であるかもしれないという懐疑の余地がある。これを以下に取り去るかということだ。そのためには、神は欺瞞者ではあり得ないと認識すること、すなわち、神の何たるかを教える観念を形成することにほかならない。つまり、ここで、スピノザは神の存在と神の観念を区別して後者こそがあらゆる物事についての確実性に到達するために必要だと言っているのだ。神が存在するのかどうかを問うのとは別に、そして神が存在するのかどうかを問うよりも前に、神が何であるかについての観念を計施することが必要であると言っている。

整理するとこうなる。神の存在は明晰判明という基準によって証明されるのに、当の明晰判明の正当性が神の存在によって保証されているという循環は、スピノザによって次の三段論法へとずらされる。我々は神について明晰判明な観念を持たないうちは、いかなるものについても確実ではあり得ない(大前提)。ところで神が我々を欺くかどうかを知らない限り、我々は神について明晰判明な観念を持ちえない(小前提)。ゆえに我々は、神が欺くかどうかを知らない限り、いかなるものについても確実ではありかえない(結論)。このずらし操作は、神の観念と神の存在という水準の区別によって正当化される。そのうえでコギトの確実性により証明されていた明晰判明な観念の正しさをもって、かみについての明晰判明な観念の形成可能性を肯定するとともに、懐疑を取り除き、循環を切断する。

このように神の観念と神の存在という二つの水準の区別は、スピノザのデカルト読解を読解するうえで重要な意味を持っている。

私たちは誰しも神の観念を持っている、あるいは少なくとも「神の観念を自らの内に持つ能力」を持っている。この神の観念は公的であり、それゆえそれは神の実在を「何ら議論せずとも」私たちに認識させることを可能にする。神の観念は誰にも共通であり、何らかの必然性を持ち、私たちに真理を示すデカルトは神の観念のこの公的な性格を発見した。デカルトは神の観念について、それをいかに形成するかを問題にせず、われわれが神の観念を有しているという事実から出発する。神の観念は既成事実に、神の存在は推論対象にそれぞれ配分される。それに対し、スピノザは、神の観念そのものが推論の対象だと考えている。デカルトは神の観念の形成、あるいは構築を問題にしない。なぜなら我々はすでに神の観念を有しているのだから。デカルトが目論んでいるのは、我々がすでに有している神の観念の精錬、明晰性を欠く神の観念を磨き上げることである。デカルトは、我々の精神に刻みつけられた神の観念を出発点として、それを精錬し、明晰判明な観念へと高めていく。これに対してスピノザは、デカルトを取り巻く様々な難題を解決しようと解説を続ける中で、既にある観念を磨き上げるのではなく観念そのものを組み立てること、形成することの可能性を前面に出す。

そもそもスピノザは、われわれの精神の中に神の観念がすでに存在しているという点に全く触れない。スピノザは、いわばデカルトが哲学を構成する諸要素に陰影をつけることで、デカルトを読んでいるだけではすぐに見えてこない潜在的な回路を示し、デカルトが曖昧にしていた、あるいは曖昧にせざるをえなかった領域をきれいに整序しようとしている。

デカルトが目指したのは言うなれば説得であり、デカルトが発見したコギトはそれ自体で懐疑主義者を蹴散らすことのできる一撃必殺の真理なのだった。神の存在証明も同様の課題を背負っている。精錬は読者の精神へと働きかけ、知識の漸進を読者自らが受け入れられるようなコンディションづくりを目指した操作である。そうしたコンディション作りが成功してこそ、神の存在証明が意味を持つ。明晰判明という真理基準がなぜ神によって保証されねばならなかったのかも、ここから説明がつく。明晰判明に理解されたものはそれ自体として真であると認めてよいのであって、神の保証は必要ないのではないかと尋ねたレギウスに対し、デカルトは、どうやっても何度やっても再び会議に陥ってしまう自分を説得するために、神による保証を必要としたのだ。

スピノザは説得というものの必要性は完全に無視し、というよりも、それを取り去ることでコギトを解釈上の困難から救い出したと言える。その結果、論理的整合性がとわれた純粋な体系が目指されたといえる。デカルトのテキストの中で、例外的に精錬が明確な形で証明から区別され、精錬の歩みが証明に先行指定明記されているのが「諸根拠」である。『デカルトの哲学原理』においてスピノザが熱かったのがこの「諸根拠」であったのは、スピノザのデカルト解釈は解釈の方向性のみならず、扱うテキストの選択においても完全に首尾一貫していたことになる。スピノザは神の観念に関して精錬の必要性を認めない。

スピノザのよるデカルト哲学の再構成はデカルト哲学の中にある一定の要請に従って行われている。

2012年10月 9日 (火)

國分功一郎「スピノザの方法」(7)

2.コギト

『デカルトの哲学原理』の緒論においてスピノザが最初に説明するのがデカルトの懐疑である。彼はなぜすべてを疑ったのか。そしてどうやってそこから抜け出したのか。スピノザによれば、デカルトは思惟を進めるに当たって次の四つの課題を自らに課した。「一、すべての先入見を除き去ること。二、いっさいのものがその上に建設さるべき基礎を発見すること。三、誤謬の原因を明らかにすること。四、すべての事柄を明晰判明に認識すること。」疑わしいものはすべて疑うべきである。感覚的なものをはじめとして、知性によって把握された普遍的真理でさえ、「なんでもできる神」が存在していて、「彼にもっとも明晰と思える事柄に関してさえも彼が思い誤るように仕組んでいるかもしれない」スピノザは以上を指して「懐疑の泥沼」と呼ぶ。この泥沼の中でデカルトは、他のなんらの理由からも疑い得ないものが何か発見されたら、それこそすべての認識をその上に築くべき基礎であるはずだと判断した。その結果有名なコギト命題「私は思惟する、ゆえにわたしは存在する」へと到る。だが、スピノザはこの命題へといたる道筋を再確認して満足するのではない。すぐさま重大な問題提起が行われるのである。

それは、コギト命題は大前提の隠された三段論法と考えてはならないということである。隠された大前提とは、「思惟するためには存在しなければならない」というということだ。もし三段論法であるなら、この大前提が「私は存在する」に先行し、かつこれを基礎づけることになってしまう。これはスピノザの主張ではなく論理的な要請であり、デカルト自身の見解でもあった。だが実際には、デカルトはコギト命題を三段論法のとして扱っているような記述を残している。以上の事実はスピノザの読解作業を容易ならざるものにしている。

そこで、スピノザはデカルト哲学の根幹というべきコギトの命題を定式化し直す。「私は思惟する、終えに私は存在する」という命題は、「私は思惟しつつ存在する」という命題に再定式化する。cogito, ergo sumという命題は、二つの節から成立しているかぎり、大前提となる命題を必要としてしまう。この命題を三段論法から区別するためには、単一命題にしなければならない。つまりergoを取り除かなければならない。スピノザはコギト命題の問題をこの接続詞の一点に集約させたのである。

スピノザがやっているのは、コギトの置かれている状態を描写するということである。「…だから存在する」と証明する代わりに「…の状態で存在している」と描写する。従ってこの再定式化は、たんにふたつの節からなる命題を単一命題に置き換えただけではない。命題の目指す方向が完全に変更されてしまっている。デカルトの提示したコギト命題の持っていた機能はスピノザによって再定式化された命題においてはその優先順位を限りなく低くしている。デカルトは懐疑している自分に、そして疑うこと以外に目的を持たない懐疑論者たちに「私は存在している」ということを証明し、自分そして彼らを説得しようとする。これに対し、スピノザの視界にはそのような証明も説得も入ってきていない。このことを疑うような人たちは射程に入っていないのだ。

このような再定式化された命題でデカルト哲学を支えることは可能なのか。デカルトは「私は思惟する、ゆえに私は存在する」という形の命題を強いる必然性のなかで思考しており、またこの命題の形を変えてしまえば体系全体が形を変えてしまうことを理解していた。デカルトは疑うためだけの懐疑論者、そして何もかもをどうしようもなく疑ってしまう自分にコギトの存在を証明し、そのことを説得しようとしていた。だから状態の描写ではだめなのだ。いかなる問題を引き起こそうとも

Ergoという語の入った存在証明の命題が必要だった。つまり、デカルトの体系は「私は思惟する、ゆえに私は存在する」をこの形で必要とした。それが潜在的に「私は思惟しつつ存在する」という命題を宿しているとしても、それは潜在的なものでしかありえない。したがって、スピノザが提出する命題は「そのように書くこともできた」という代物ではない。可能的な命題ではない。

『デカルトの哲学原理』をどう位置づけ、どう読むべきかについてのヒントを得ることができる。同書で取り上げられているのはデカルト哲学構成する諸要素である。スピノザはその中で自らの思想を語っているのではない。スピノザは、そうした諸要素間に潜在する論理を取り出し、それによってデカルト哲学の整合性を高めようとしている。だが、その潜在的論理は、スピノザがデカルト哲学にどの弱点があると考えていたのか、そしてその点はどうあるべきだと考えていたのか、それを明瞭に語っている。たとえばコギト命題は、デカルト自身がどう考えようとも、現状のままであるかぎり第一真理たることという自らの使命を全うできない、スピノザはそう考えている。したがって取り出されてくる潜在的な論理の性質に目を向ければ、スピノザが望ましいと考えるデカルト哲学の方向性も見えてくる。われわれが『デカルトの哲学原理』において読むべきは、スピノザがデカルト哲学のどこをどうやって乗り越えようとしたかを知ることができるはずである。

2012年10月 8日 (月)

國分功一郎「スピノザの方法」(6)

第二部 逆説の起源

第三章 スピノザのデカルト読解Ⅰ

第一部ではスピノザの方法をめぐって現われる三つの形象を検証し、二つの逆説に至った。これ等の逆説を解決しなければ、スピノザの方法の何たるかを知ることはできない。まず、この二つの逆説はジョアキムとヴィオレットによって指摘されている。しかし、彼らはその矛盾を解決することはできなかった。彼らが方法を論じるに当たって方法だけを論じていた。方法について論じるのだから、論述対象を方法に限定するというのは当然のように思える。彼ら二人が強調したのが、スビノザの方法はその適用に先立って存在しないということだった。方法はその適用と区別できない。区別できないから逆説が生じている。ならばどうして適用という点を無視して方法だけを論じるのだろうか。

スピノザの方法が適用される対象と何か。先の三つの形象に注目すればすぐに分る。それは観念である。方法をめぐって現われる三つの形象は、すべて観念のありようを規定している。獲得された観念は次の観念のための道具となり、獲得された観念は真理の標識を必要とせず、獲得された観念は次の観念獲得のための道具となり、獲得された観念は真理の標識を必要とせず、観念を獲得する道筋そのものが方法と言われる。スピノザの方法はスピノザの考える観念、観念についてのスピノザの思想と切り離せない。奇妙と言わざるを得ない彼の方法概念を、スピノザが平然と提示することができたのは、彼が独自の思想を前提していたからかもしれない。ということは、観念についてのスピノザの思想を解明することができれば、二つの逆説にうまくアプローチできる可能性がでてくる。

ここからさらに、もうひとつの目算が立てられる。それは、スピノザの方法が求める観念思想の革新がデカルト哲学の乗り越えとして構想されているのではないかというものだ。

スピノザの方法の解明を目指す我々は、ここまでスピノザの方法論である『知性改善論』を読み進めてきた。しかし、スピノザがデカルト哲学をどう理解し、そこから観念についてのいかなる思想を紡ぎ出すに至ったのか。スピノザの方法の解明は、そのような問いを我々に突き付けている。スピノザの方法の解明はスピノザの観念思想の解明を要請し、スピノザの観念思想の解明は、それがいかなる意味でデカルト哲学の乗り越えを目指していたのかという問題の解明を要請している。また、このようなアプローチができるのは、直接に依拠できるスピノザの著作として『デカルトの哲学原理』が存在しているからだ。

1.「スピノザの思想」、「デカルトの思想」

『出るとの哲学原理』には、ある特殊事情が存在している。『知性改善論』や『エチカ』はスピノザが自らの思想を書き記した書物だと言っていい。『デカルトの哲学権利』はスピノザがデカルトの思想を紹介した書物とされているからだ。しかし、著者はいう。『デカルトの哲学原理』はデカルトの思想についてのモノグラフィである。スピノザはデカルトの思想を完全に再構成している。だからといってスピノザは「デカルトの思想」の名のもとに自らの思想を語っているわけではない。あくまでここで解釈されているデカルトのテキストである。スピノザの解釈が明るみに出す「テキストが引き受けえたものの向こう側」は、「デカルトの思想」の外側にあるわけでもなければ、「スピノザの思想」の内側にあるわけでもない、ここで問われているのは、思想の所有権を決定するという所作の妥当性差のものだと言っていい。この点を看過して『デカルトの哲学原理』を読むことはできない。

『哲学原理』はそれまでのデカルトの思惟のまとめとして読むことができる。自伝という形態をとった『方法序説』・自らの思考遍歴を「省察」という名のもとにまとめたもので、さまざまな神学者・哲学者の反論と、それらに対する自身の再反論を収録するというハイブリッドな形態をとった『省察』。そうした雑多な形態で述べられてきたことを『哲学原理』はきれいに体系化する。このようにデカルトの思想を語るに当たり、その素材として『哲学原理』を選択するのは不当ではない。しかし、スピノザはその中で第一部を『省察』の「第二反論への答弁」に付された「幾何学様式で配列された、神の存在および精神と身体との区別を証明する諸根拠」(以下「諸根拠」と略す)を土台にして書かれている。この「諸根拠」を取り上げた判断の妥当性はけっして自明なものではない。「諸根拠」はデカルトが著したもののなかで特殊な位置にあるテキストだ。「諸根拠」において出発点をなすのは、コギトではなくて神なのである。そしてさらに事を複雑にするのは、他の著作ではコギトから始めるデカルトが「諸根拠」では神から始めているのに、それを解説するスピノザは幾何学的様式を用いながら、コギトから始めているということである。

國分功一郎「スピノザの方法」(5)

2.道─方法論の逆説

R・ヴィオレットは『知性改善論』未完の理由を考察している。彼は問題に答えを出すべくふたつの概念を提示する。「創出的方法と創出された方法」である。

方法の観点から見ると、知識には二つの種類がある。ひとつは、あらかじめ準備することで手に入れられる知識。この場合には、それを手に入れるまでの道筋を自分以外の人に示してもらうことができる。我々はそれを辿りさえすればよい。もうひとつは、ただ漸進的にのみ手に入れることができる真理。それを知るためには実際に真理の復元作業を行わねばならない。その復元作業は我々自身以外の誰も代わりに行うことができず、我々自身がその真理を手に入れるための転回を遂げねばならない。これらの二つの場合において方法が果たす役割は、次のとおりとなる。第一の場合は、方法とはすでに辿られている道筋のことであり、その道筋のおかげで、我々はあらかじめ知識を得るために何か必要かを知ることができる。この場合の方法を「創出された方法」と呼ぶ。第二の場合には、真理を知りたいと望むそのたびごとに新しい努力が必要となる。この場合、方法は真理についての知識を予め先取りしておくことはできない。方法と、真理についての知識とは同時である。我々は、自らが探し求めている知識を手に入れようという努力そのもののなかで従うべき方法を創出する。この場合の方法を「創出的方法」と呼ぶ。この方法は我々の精神が真理を胚胎するその瞬間に見出されるからである。

ヴィオレットは、スピノザが創出的方法と創出された方法を混同し、スピノザ哲学は創出的方法に属するものであり、この種の方法を用いることによってのみ開花しうる哲学であるにもかかわらず、創出された方法のスタイルで書かれた「方法序説」をこの哲学の前に置くことができると考えたのが誤りであったと指摘する。この結論は、ジョアキムの議論に対する批判にもなっている。この後、ヴィオレットは『知性改善論』でのスピノザのふたつの方法についての議論の混同をいちいち追いかけている。

そのヴィオレットの議論は正しい。スピノザの考える哲学が創出された方法では提示されないものであることは分かった。ならば、そのことに気づいていたであろうスピノザが、それにもかかわらず創出された方法にこだわり続けたのはなぜか。この事実について考える必要はないのか。創出的方法の理想において見出されるのであろう真理の自己展開は、めったに起こらない。ならば創出された方法が必要とされるのは理の当然である。ヴィオレットはこのことを考えていない。ヴィオレットは『エチカ』にスピノザの方法の完成を見ることができるとしている。では、創出された方法が理の当然であるというこの問題は『エチカ』の中でどうやって克服されたのか。スピノザ哲学が創出的方法に属するというのが正しいとしても、真理の自己展開が何時でも起こるものでない以上、創出された方法は必要とされざるを得ないという当然の疑問を『エチカ』はどう解決したのか。ヴィオレットの議論は、そこまで行かない。

ヴィオレットは『エチカ』を創出的方法の実現として見ていたことから、その哲学とは、神の観念に向かって進んでいくところから始めるのではなく、神の観念に直ちに陣取るところから始める哲学である。したがって「できるだけ速やかに神の観念へ到達せねばならない」という命法は、一跳びに神の本質に潜り込むことがまだできずにいた段階のスピノザの思想を特徴づけるものでしかない。神の観念から諸々の観念を導き出していくこと、それが『エチカ』の創出的方法である。対し先の方法は、神の観念より開始するための準備を求めるものであり、そのような準備こそ、『知性改善論』が誤って訴えかけてしまった創出された方法にほかならない。ヴィオレットが暗黙裡に前提している『エチカ』像とはこのようなものである。

この方法の二つの区別は『知性改善論』の読解を容易にし、同書が孕む問題を明示する概念装置であることは議論の余地はない。これによりスピノザの方法に取り付く逆説が理解されることとなった。しかし、それ以上のことはヴィオレットを踏み込もうとしない。つまり、ヴィオレットの区別によるならこの逆説は、創出的方法と創出された方法とが混同されたテキストにあっては、出てきて当然の矛盾として片づけられることになってしまう。道としての方法は創出的方法に割り振られ、精神の指導制御は創出された方法に振り分けられ、それで終わりだ。つまり、創出的方法という言葉によってスピノザの方法を総括する方法を等閑に付すことと何ら変わりはないのである。

スピノザは、あらかじめ思考に先立って存在していて、それに従えば何の気遣いも努力も必要なくことを成し遂げられる規範という意味での方法を真っ向から否定した。だが彼は精神の指導と制御、そのための準備というものにこだわった。スピノザ哲学は創出的方法を重視している。だが重要なのは同時に、創出された方法によって果たされるであろう機能を求めていることだ。スピノザは『知性改善論』において、二つの方法に属する役割のそれぞれ同時に果たすことのできる哲学を構想していたのである。そこで、著者は指摘する。『知性改善論』の創出された方法と創出的方法を混同しているところにあるのではく、二つの方法を区別しているところにある。二つの方法を混同していると言いうるためには、それらがまず区別されていなければならない。

2012年10月 6日 (土)

國分功一郎「スピノザの方法」(4)

第二章 方法の三つの形象Ⅱ

1.道─方法の逆説

「真の方法は、観念の獲得後に真理の標識を求めることではない」このテーゼは、スピノザが標識の論理に見ていた問題をさらにもうひとつ明らかにしている。標識を探し求める限りわれわれは「観念の獲得後」に身を置かざるをえない。いかにして観念を獲得するかを問題とすべきなのに。このように、獲得された観念について問うのではなく、いかにして観念を獲得するかを問わねばならないとすると、スピノザが方法の第三の形象について次のように言う。「真の方法は真理そのもの、あるいは諸々の事物の想念的本質、あるいは諸々の観念が適当な順序で求められる道である」

ここで一番重要なことは、この道は真理に至る道ではないということである。つまり、道程を経た後に諸観念が獲得されるのではない。そうなったら無限遡行に陥ることになる。だから、諸観念がひとつひとつ獲得されていくことの連なりとして描かれる線そのもの、それが道と呼ばれているのだと考えねばならない。この道は、その道程において諸観念が獲得される、そのような道である。道という形象で名指されたこの線は、「適切な順序」とも呼ばれている。その中を通れば真理そのものが適当な順序で得られていく、そのような道、それが真の方法である。

前節でスピノザは方法が何であるのかを議論した。ここでは、方法が何を為さねばならないかを述べることから始まる。方法が何であるかは、上述の通り「方法は道である」という定式に辿り着く。しかし、方法は、方法である限りにおいてその御力一歩退き、その道について語るのでなければならない。方法の定義が方法と道との同一視を求めるのに対し、方法の役割は両者を区別することを求める。すると、我々は方法が相矛盾する二つの地位を求めていることになる。つまり、方法は道と同一であると同時に同一であってはならないことになる。ジョアキムは、道としての方法という定義と、その方法に期待される精神の指導と制御という役割が両立するということは、方法が道と同一であると同時に同一でないという矛盾が肯定されることを意味するという。ジョアキムは、これを『知性改善論』挫折の理由の一つと考える。彼は次の3点を指摘する。

(1)スビノザの方法は、諸々の観念が獲得されていく道のことだった。それは、それが指導し制御する対象であるところの認識の前には存在しない。だから当然のことながら、この方法は、その認識を指導すること、制御することも出来ない。

(2)第38節は方法が「反省的意識」であるとのべているが、ここから類推して、獲得済みの観念に後から手を加えるのだと考えることもできない。そのようなことは述べられていないし、そもそも、それでは真の観念を誤謬へとねじ曲げることになる。

(3)したがって、スピノザの方法の存在すら疑わしい。反省を加えることがその対象になんらの変更も加えないのであれば、反省的認識は最初の認識からいったいどうやって区別されるのか。つまり、観念の観念は観念からどうやって区別されるか。

ジョアキムは『知性改善論』が未完の遺稿であることを考えると、不完全さは当然という。スピノザが方法を巡る諸問題を突き詰めたあげく到達した方法は、ある種の分裂、ある種のジレンマを抱え込んでいる。それゆえに根本的な改変が必要だと説く。

では、ジョアキムの言う根本的改変によってどうなるのか。人は方法という時、これに従えば何も気遣う必要はないと信じることのできる「認識の理論」を思い描く。予め存在していて、それに従えばいいガイドラインのようなものを求める。ジョアキムはこれを「明らかな初歩的謬見」と呼んだ。スピノザには、そのような幻想はない。この幻想は、まさしく無限遡行を無視することにより維持されうるものだからである。だが、ここで疑問が残る。スピノザの方法は、「明らかな初歩的誤謬」を取り除くものに過ぎないのだろうか。スピノザは自らの考える方法に精神の指導と制御という役割を期待したが、その期待は間違いだったということなのか。

スピノザは、その後、無限遡行をされる立場から、たしかに真理は自ら自己を明らかにするけれど、そうしたことはまれにしか起こらないから、真理を明らかにするためには、たとえ不本意であろうとも無限に続く探究を招きよせざるを得ない推論に訴えかけることが重要である。したがって、一次的な例外措置によってある種の推論を「無限に続く探究」禁止の規則から除外する。ということを述べる。

そして、このようなことから、方法論に向けられる疑問に対して、次のように答える。スピノザは、そこに逆説があることを自覚しているようだ。方法論を企てるのならば我々は無限遡行の問題に取り組まざるを得ない。しかし無限遡行の問題は方法論の企てそのものを疑問に付す。方法論を紡ぎ出す推論を基礎づける方法論が必要とされ、この論理は無限に遡ることができるからである。つまり、方法論は方法論である限りにおいて無限遡行の問題を解決できない。方帆論の逆説である。

我々は、ここで二種類の逆説に直面している。ひとつはジョアキムが指摘した逆説、すなわち方法の定義と方法の役割の不整合という逆説(方法の逆説)。もう一つは方法論の逆説である。両者は同型の逆説である。どちらの場合も、無限遡行を回避しようとするがゆえに自己否定に陥っている点では変わりがないからである。ジョアキムは方法の逆説は指摘したが、方法論の逆説を指摘するには至らなかった。だから、彼は『知性改善論』の根本的な改変と完成によって容易に解決できると考えた。

2012年10月 5日 (金)

國分功一郎「スピノザの方法」(3)

2.標識─哲学における説得の問題。

『知性改善論』に現われる方法の三つの形象のうちも道具の形象を検討した。彼は言う。真の観念はその対象と異なるものであり、それゆえに、ある観念はそれ自体が他の観念の対象になり得る。観念がその対象と異なるというのは、観念はそれ自体が他の観念の対象となり得るというもう一つのテーゼの理由として現われるや、その「異なる」は、たんに観念とその対象の別だけでなく、両者の対等まで意味している。これは観念のレベル分け、すなわちメタ・レベル(観念)とオブジェクト・レベル(対象)のレベル分けが可動的であることを意味する。観念は、事物から作る事物の影のようなものではない。観念は対象の奴隷ではない。観念の対象たる実物が実在性を持つように、観念も実在性を持つ。そのような実在性を持った観念は「形相的」という言葉で形容され、形相的に捉えられた観念なり事物なりを対象とする観念の方は「想念的」という言葉で形容されている。

ある観念、すなわち想念的本質は、形相的に捉えられたとき、すなわち実在的なある物として捉えられたとき、別の観念の対象となり得るし、この別の観念もまた同じように別の観念の対象となり得る。そして、この過程は無限に続けることができる。ペテロの観念は他の観念の対象となり得るものであり、そうしてできたペテロの観念の観念は、また他の観念の対象となり…という観念の連鎖が、ペテロが何であるかを知っていること、またさらにそれを知っていることを知っていること…という連鎖に言い換えられる。これによって観念と対象のレベルの可動性は次のように言い換えられる。何かを知っている者は、自分が何かを知っていることを知っている。じつのところ、ここにはスピノザの真理観を支える根源的な要素が現れている。何かを知っている者は自分が何かを知っていることを知っているとは、つまり、私は何かを知っているとは、つまり、私は何かを知っている時、誰か他の人に自分が何かを知っているのかどうかを尋ねる必要はないということを意味する。言い換えれば、自分が何かを知っているかどうかについて、自分の外に、それについての基準を求める必要はない。人はあることを知っている時、自分がたしかにそれを知っているという事実を知っているのであって、自分が本当に何事かをしっているのかどうかを誰かに尋ねる必要もないし、自分が知っているのかどうかを判断する基準も必要もない。これはつまり、自分が何かを知っているということをどうやって相手に証明したらよいかが全く問題とされないことを意味する。自分が何かを知っているという事実を確証するための基準を、その事実以外のところに求めないということは、他者とその事実の共有を求めないということである。

これに対してデカルトは「お前はなぜ何事を知っていると言えるのか。強大な力を持った何かにそう思いこまされているだけかもしれないではないか」と問い詰めて来るもの、あるいはそのように問い詰めてくる自分を論駁するという課題をみずからに課した。つまり揉むデカルトは自分が何かを知っているという事実をどうすれば確証し、伝達し、共有できるか、それを徹底的に考えた。デカルトにとって真理は論駁する力、説得する力をもつ強い真理でなければならない。これはデカルトが徹頭徹尾他者に向かっていたことを意味する。デカルトが考える真理には、他者がつねに蔭を落としている。

それに対し、スピノザは知ることはそれだけで疑いをきれいに雪ぐ。そこには、少なくともデカルトに取り憑いているような他社は完全に欠如している。自分にであれ他者にであれ、本当に何事かをしっているのかどうかと疑いを挟むのは、その人がその何事かを知らないからである。

何事かを知っているのかどうかを判断するための基準は必要ない。だから知っていることそのもの、観念を有していることそのものが知っていることの正しさ、観念の確実性となる。「確実性とは想念的本質そのもの以外の何物でもない」というテーゼが意味するのはそれである。「形相的本質を感受する様式こそが確実性そのものである」スピノザは、ここで想念的本質こそが確実性であるというテーゼを変形して、確実性の根拠を「形相的本質を感受する様式」に求める。つまり、いかにして知るにいたるか、いかにして観念を形成するかを確実性の根拠とした。方法の探求は、この「いかにして」の探求としておこなわれることとなる。

そしてこの「いかにして」のなかから最初に排除されるのが、真理の基準を求めることであり、それが第三のテーゼによって定式化される。「真理であることが確かになるためには、真の観念を持つこと以外なんら他の標識を必要としない」ここで使われている「標識」が第二の形象である。真の観念を持つこと以外にはなんらの標識も必要ない、

なぜ標識は必要ないのか。これはこれまでの議論から既に明らかである。標識はその標識の正しさを証し立てる別の標識を必要とする。この論理は無限に繰り返すことができるから、われわれは標識を求める限り無限遡行に陥るほかなす。観念や知ることをめぐるスピノザの議論は、この標識の論理を斥けるために練り上げられてきたと言ってもよい。デカルトの議論は標識の論理に陥っている、とスピノザは考えた。スピノザに取り憑いている無限遡行の問題は『方法序説』の明晰判断によっても断ち切れないものだった。

真理を人に説明、共有しようとすれば、真理の標識が必要になるだろう。スピノザは真理がそのようなことを許すものではないと考えている。適切な様式によってそこに到達したときにはじめて人は真理を知るのであって、いくらその真理を説明したところで、その「様式」を通り抜けていない人にはそれを伝達できない。真理に到達している人は、自分が真理に到達していることを知っている。真理に到達していない人には、そのことは分らない。したがって真理に到達している人以外、真理の何たるかを知ることはできない。だから、スピノザは自らの哲学の中に論駁、あるいは説得というモーメントを設けていないのだ。

2012年10月 4日 (木)

國分功一郎「スピノザの方法」(2)

第一部 ふたつの逆説

第一章 方法の三つの形象Ⅰ

スピノザが方法について論じているのは『知性改善論』である。したがってスビノザの方法の解明を求めるわれわれの論究は、その読解より開始されねばならない。われわれはまだ、スピノザの方法がなぜ探究されねばならないのかを理解していない。方法が用いられるべき何かであり、スピノザがそれを提示しているのであれば、わざわざそれを探求する必要などない。事態がそのようでないということは、我々自身が何らかの問題を解決し、スピノザの方法へと到達しなければならないということを意味している。では、その問題とは一体何なのか。スピノザの方法はいったいどんな問題に取り囲まれているのか。スピノザの方法を巡る諸問題を定式化し、この方法が探究されねばならない理由を明らかにすることが第一部の目的である。

1.道具─哲学におけるソフィズムの問題

『知性改善論』においてスピノザは、方法の概念を説明する三つの形象を登場させている。三つの形象は、それぞれの仕方でスピノザの方法の核心に関わっている。そのひとつめが、「道具」の形象である。

スピノザが探究している真理探究のための方法、認識すべきものを認識するための方法である。ところが真理探究の前にその方法探求のための方法が必要になる、ちょうど道具を使うためには道具を製作せねばならず、道具の製作のためには別の道具が必要であるように。この論理は無限に繰り返すことができるから、そのなかにいるかぎりわれわれは真理の探究に赴くどころか、そこからかぎりなく遠ざかってしまう。スピノザがここで言っているのは、そうあってはならないということである。これは至極当然のことのように思える。だが、この至極当然のことがスビノザの方法探求の根幹にある問題なのである。無限遡行に陥ってはならないのは当然である。しかし真理探究のための方法を探求するかぎり、われわれが無限遡行に陥らざるをえないのも当然である。実際もスビノザはこの問題に前にして拒絶の姿勢を示すことしかできていない。無限に続く招来を招き寄せざるをえない探究を開始しながら、そこに陥ってはならないと口にするスピは、無限に続く探求をただ斥けているだけである。ここで拒絶と論駁をしっかりと区別しなければならない。「そけはいけない」と言って何かを斥けることと、何かの誤りを証明することとは違う。無限に遡ることはできるが、そんなことは無駄だ、しかし、無駄とはいえたしかに無限に遡ることはできるのである。

では、無限遡行に陥らないで真理探究すすめるには、どうしたらいいか、スピノザはこれに答えない。かつて人は仕事をしながら少しずつ仕事の複雑さの度合いを高めていったと、スピノザは、どうすればよいかではなく、どうであったかを語る。このような一見無駄な議論を行い、すぐに解決策の探求に議論を進めなかったのか。スピノザにとっては必要な議論だった。つまり、それはソフィスト的議論を投げかけてくる輩の口をあらかじめ封じているのだ。その上で、スピノザは無限に続く探求の問題に取り組を始める。

さらにソフィスト的議論だけにとどまらず、二人の哲学者に対するスピノザの批判的態度を読み取ることができる。そのひとりが、フランシス・ベーコンである。ベーコンによれば、知性はそのままでは素手のようなものであって効果に乏しい、道具があってこそ知性は大事を成し遂げる。スピノザの記述、知性は「生得の道具」をもって「知的道具」をつくりあげ、やがて「英知の最高峰」に達する。この記述にはベーコンの影響が見られる。だがそれだけではない。実のところベーコンとスピノザの間には、方法をめぐって重大な差異がある。それどころか、道具の意味が両者ではまったく違っている。ベーコンの『ノヴム・オルガヌム』では、人間知性が生得的に有する力の貧弱さを強調するためにこの道具の形象が用いられていた。その貧弱さゆえに人間知性は補助を必要とする。対し、『知性改善論』は、人間知性には生得的に力が備わっていること、そしてその生得の力は知性をその最高峰へと高めるのに十分なものであることを強調するためにこの形象を用いる。ゆえに「生得の道具」という表現が可能となる。ベーコンにとってこの表現は背理である。ベーコンによれば、知性は外から有用な道具を与えられるべきなのだから、自ら道具を用意するだけの能力を持たない者たちには、ベーコンのような優れた哲学者が指導者として道具を用意すべきだということになる。 それに対してスピノザは、知性にはそもそも有用な力が備わっているのであって、道具を外から与える必要はないと言っているのだ。

もう一人の哲学者はデカルトである。デカルトは言う。われわれは一生に一度は人間理性がいかなる事物の認識に達し得るのか、人間の認識はどこまで及び得るのか、つまり何ができて何ができないのかを尋ねてみるべきである。それが理解できれば、そもそも人間にはできもしない課題に心血を注ぐという無駄を避けることができるし、やり方が悪かったがためにできなかった課題について「自分にはそもそも無理なのだ」と挫けることも避けられる。逆にそうしなければ、われわれは精神が何をなしうるかについて常に迷いながら、誤った軽率な労力を無駄に払うことになるだろう。その後、デカルトは、必要な道具の作り方を考案できるタイプの技術を実行する場合、我々はこの「方法」を適用しているのだという。例えば鍛冶屋の技術を実行しようとし、何ひとつ道具を持っていない場合、我々は鉄床や金槌の代わりに石を採ったり、火箸の代わりに木片を採ったりするだろうが、しかし、そうしたものを準備しても、そのまますく゜に刀剣や甲冑の製作に取りかかりはしないだろう。何よりもまず、鉄床や金槌火箸など自分の使う道具を製作するだろう。知性においても同様である。手始めの段階でも我々は精神に本来備わった指針を持っている。しかしそれを用いて即座に哲学上の難問などに挑んではならないそうした指針を用いて真理の探究に何が必要であるかを探し求めていくべきである。このことは、デカルトがスビノザと同様に、知性にはその進歩に必要な道具が生得的に具わっており、この生得の道具を有効活用することが知性の進歩の鍵になると考えている。我々は先にベーコンとスピノザの間にあるある転回に言及した。デカルトはスピノザに先立ってこの転回を遂げていたことになる。そしてデカルトには無駄なソフィスト的な議論にかかずらっている余裕などなかった。しかし、後続のスピノザには、それにかかずらうことこそが重要であった。

以上、大まかながらスピノザが自らに課した課題とその前史が見えて来た。まず精神には方法という道具が必要であるとするベーコン的段階がある。この段階では方法は精神にとって外的なものとみなされている。それに対して差し込まれる横やりが懐疑論=ソフィスト的な議論である。これは道具をつくるためには道具が必要であるという無限遡行の問題を持ち出し、方法の探求そのものに水を差す。デカルトがここに新しい転回を持ち込む。彼は精神には既に道具が備わっていると説き、また懐疑論者=ソフィスト的議論にはコギトの真理を持ってこれに対抗した。するとスピノザは、以上の三段階を踏まえたうえで新しい方法を打ち立てようとしていたことになる。

2012年10月 3日 (水)

國分功一郎「スピノザの方法」(1)

序章 方法という問題

本書の試みはスピノザに近代哲学の核心のひとつ、あるいは近代哲学の核心のひとつ、あるいは近代哲学が抱いたある夢、おそらくは果たされなかった、いや、いまだ果たされていない夢を見ようとする。スピノザがその夢の実現のために乗り越えねばならなかった諸々の問題はそもそも知られておらず、スピノザが夢の実現のために敷いた道は理解されていない。それはどんな夢だろう。本書のタイトルに見出される「方法」こそが、の夢の名前にほかならない。我々は以下で、スピノザの方法を解明することを目指す。

スピノザの書簡を見ると、友人から、物を考えるに当たり我々はひとり手探りで進まなければならないのか。それともその暗闇の中には道案内がいるのか。または道案内が可能か。スピノザはこの問いについて考えを巡らせ、最終的には『エチカ』という書物を完成させる。我々は、スピノザが残した著作にその問いへの答えを探す。それならば、著作を読むだけで事足りるのか。しかし、答えを求めてスピノザの著作を読み始めようとも、容易には見出せない。著作が韜晦しているわけではない。スピノザの哲学も我々読者自身を取り囲んでいる言説、そしてその哲学を取り囲んでいる言説から切り離せない。読解の対象はつねにそうした言説の格子を通じて見出されるのであって、その格子がスピノザの方法を見えなくしているなら、実践しようにも実査船の対象が自明ではないだ。つまり、我々を取り囲む言説が我々に方法についてのある一定のイメージを与え続けている。そのイメージに浸ったままであるかぎり、われわれはスビノザの方法を掴み損ねるほかない。スピノザの方法は、ほかならぬそのイメージに疑問を付するものだからである。

スピノザの方法をいわゆる「方法」のイメージから区別する様々な特徴は、すべてじつに単純なあるひとつの発想に由来する。方法の探求においては、方法の探求のために別の方法が必要になり、さらにその別の方法が必要になり、さらにその別の方法を探求するためには別の方法が必要になり…という無限に繰り返すことのできる論理が避けられないが、しかし、それではいつまでたっても方法が手に入らないのだから、この無限遡行の論理は避けなければならない。このような二律背反がそれである。方法の探求は必ず無限遡行を引き寄せる。しかし無限遡行を引き寄せてはならない。方法について考える人なら誰もが思いいたるこの発想こそ、スピノザの方法の秘密であり核心である。

一般に方法が議論の対象となるとき、「どんな方法が用いられているか」が問われることはあっても、「方法とは何か」が問われることはほとんどない。なぜか。答えは簡単である。我々が方法という語に慣親しんでしまっているからだ。われわれは方法という語を用いる時、なんらかの共通了解の上に立ってしまっているのに、この語があまりに身近であるため、それを意識することがない。そして「どんな方法が用いられているのか」というこのありふれた問いこそは、方法をめぐるこの共通了解を分かり易く表現ものであるだろう。それによれば方法とは用いるものである。だから、内容の研究と史的研究が終わった後で行われるべきは方法の研究であると断言できるのである。あたかも、あらゆる哲学者は歴史的影響を背景としながらおのれの思想内容を、あらかじめ用意された一定の方法を用いて取り扱っていると考えるのが当然であるかのごとくに。「どんな方法が用いられているか」という問いを発した時点で、われわれはすでに方法に関するひとつのイメージを受け入れてしまっている。このような「通俗的理性の秘かな判断」こそが問い直さなければならない。

もちろん、一定の方法概念を前提した上で、ある哲学者の著作群においてどんな方法が用いられているのかを問うことはできる。それはそれで重要な作業かもしれない。だが少なくともスピノザに関しては、そのような作業は二次的なものにならざるを得ない。なぜならスピノザは方法とは何かを論じた哲学者だからである。スピノザには『知性改善論』という著作、方法とは何かを論じた方法論の著作がある。したがってスピノザを論じるに当たっては、「方法とは何か」という問いは、「どんな方法が用いられているのか」という問いに優先する。スピノザの方法の解明は「方法とは何か」という問いに対するスピノザの答えの解明でなければならない。そしてその解明は『知性改善論』より開始されねばならない。

2012年10月 2日 (火)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(6)~「マグダラのマリアの法悦」

マグダラのマリアは、イエスの死と復活を見届ける証人であったとともに、ローマ・カトリック教会では「悔悛した罪の女」として位置付けられました。福音書の記述では、七つの悪霊をイエスに追い出していただき、磔にされたイエスを遠くから見守り、その埋葬を見届けたこと、復活したイエスに最初に立ち会い、復活の訪れを使徒たちに告げ知らされるために遣わされた。そのため、イエスの受難や復活を扱った絵画ではイエスのもとに描かれている。

Caravaggiomariaまた、ローマ・カトリック教会では、彼女は金持ちの出身で、その美貌と富ゆえに快楽に溺れ、後にイエスに会い、悔悛したという。「悔悛した罪の女」ということから娼婦であったと解釈されているケースもあるという。そういう題材としてルネサンス以降の絵画で好んで取り上げられたといいます。聖女を描いたものとしては例外的に肌を露出し、時には全裸で描かれ、それが取り上げられた大きな原因でしょうか。晩年の隠遁生活の中でしばしば天国に昇り、天使の歌声を聴いたということからその昇天が画題として取り上げられたそうです。

カラヴァッジョのこの作品は、そういうマグダラのマリアが悔悛したことによる法悦、あるいは晩年の昇天によるものか、宗教的なトランス状態を活写してものなのでしょう。しかし、この表情や上体姿勢などから宗教的な法悦というよりも、同じエクスタシーという言葉から性的な恍惚、特に性交の後での快感を反芻し脱力したような印象を強く受けます。それは、マグダラのマリアがかつて快楽に溺れた女性だったというストーリーが妄想を掻き立て、他の画家も聖女と言いながらエロチックな裸体を描く口実として彼女を取り上げてきたということなどから、観る人の中には、そういう視線を送る人もいたのではないか。私には、下賤な言い方かもしれませんが「マグダラのマリアの法悦」でも「マグダラのマリアの恍惚」でもどっちでもいいと思えます。その表情もそうですし、肌こそ露出させていませんが、手前の左肩をはだけさせたポージングで、鎖骨から胸のふくらみを垣間見せるなどというのは、チラリズムの高等テクニックそのものです。しかも、暗い中で下から光をあてて身体の凸凹の陰影を濃くして強調し、無理なポーズから生じる身体のねじれによる筋肉の撚れが陰影で浮かび上がり、性的な高まりを想像させます。

カラヴァッジョお得意の光と影の対照を強調した手法を駆使して、とくに一番焦点が当たるはずの顔に対しては、下の顎の方から見上げるように光をあてて、顔の表面の陰影が深く、濃くなる効果を上げています。その結果、顔の表情の半分が濃い影になって、観る人の想像を駆り立てるばかりか、半開きの口が表情豊かに見え、一番表情を付けやすい目が影に入ってしまうことで、かえって明確な表情の読み取りがしにくくなり、曖昧な意識があるのかないのか区別がつかないような、逝ってしまっているような恍惚の表情であることが際立たせられているようです。

とくにマグダラのマリアであると辛うじてわかるのは赤い布を下半身に掛けていることくらいで、あとはカラヴァッジョの時代の女性の恰好をしているので、普通に女性を描いたシンプルな画面で、宗教的な題材を取り上げても、アトリビュートなどの装飾的な決まり事を最小限におさえ、重点を置きたいことだけを抽出して、あとは明暗の対比的な画面構成によって闇に隠してしまい、残された部分に光を当てて、観る者の視線を誘導していくというカラヴァッジョの特徴がよく出ていると言えると思います。そして、焦点の当たった顔については、単に光り輝くというのではなくて、光の当て方を工夫し、さらにその中で深い陰影を与えることで、効果をさらにアップさせています。そして、マグダラのマリアの顔色が光の当て方のせいなのか土気色のようにも見えます。「エロチシズムは死に至るような生の称揚」とバタイユが言ったように、エロチシズムには生と死のせめぎ合いで、その小規模な繰り返しという要素があることは確かです。フロイトがエロス(生の欲望)とタナトス(死の欲望)との葛藤を性的なものとして説明してみせたように。例えば、性的な達成を、特に男性の場合ですが、昇天と形容されるのは偶然ではない。その行為の最終的な結果は新たな生面の誕生ですから、死と再生という理屈を当てはめられるのです。そういう意味で、この作品でマグダラのマリアの表情が生死の境目にまさにいるような顔色をしていているのは、この時代では、このカラヴァッジョの作品のみと言っても過言ではないでしょう。結局、この作品でも、現代的な解釈を押し付けて楽しんでいる自分を見つけてしまいました。

2012年10月 1日 (月)

カラヴァッジョ 光と影の巨匠(5)~アッシジの聖フランチェスコを描いた2つの肖像

Caravaggiofran「フランチェスコは1182年にウンブリアのアッシジに裕福な織物商の息子として生まれ、享楽と放蕩に溺れる恵まれた青年時代を送った。長い精神的な逡巡を経験した後、らい病患者の介護を始め、人生の規範としてのキリストの教えを福音書を通じて発見し、気楽な人生に背を向け、すべての財産を放擲し、絶対的な貧困の中で普遍的な友愛を祈るようになった。この友愛は、貧者や浮浪者とともに生活することで実体化したが、神の創造した森羅万象に例外なく向けられた。」と解説で説明されていますが。かれを慕って人々が集まり、後にフランチェスコ会という托鉢修道会に発展します。私にはそれよりも、「聖フランチェスコの小さな花」という彼の死後に書かれ、16世紀以降のヨーロッパでベストセラーとなった伝記に描かれた純粋無垢な、まるで天使のような姿です。小鳥に説教するというような象徴的なエピソードがありますが、誰でも微笑まずにはいられないような、キリスト教信者以外の人たちにも広く親しまれたシンボルです。現代でも繰り返し映画の題材として取り上げられているキャラクターです。現代でもイタリアの守護聖人になっていて、広く親しまれているなど、絵画の題材として過去にも多く取り上げられているキャラクターです。

ここで展示されているカラヴァッジョの作品を見ると、そういう純粋な天使のようなイメージとは違って、聖人の晩年の姿を描いていることもあって、厳しい姿として描かれています。たしかに、財産を全て放擲し、貧困の中で托鉢だけで生き、ひたすら全身全霊を投げ出して神に祈るということは、言葉にすれば純粋で清々しく聞こえますが、実際にそれを生涯を捧げるということは生半可なことではないし、自己を律する厳しさが求められるでしょう。外から見れば、場合によっては狂信的と映るかもしれないものです。実際に、フランチェスコと同じようなことを実践して、ローマ教会から異端として迫害された人も数多く存在します。カラヴァッジョの描くフランチェスコにはそういう厳しさが色濃く表れています。

しかし、そういう絵画は、近代以降の画家の個性を尊重し、他の人と違った視点で描くことで自分の個性を主張することが芸術という時代なら歓迎されるにしても、当時は近代的な芸術とは違う考え方の時代であったわけで、そういう時代に、このような個性的ともいえる作品を受け容れられたというのは、どういうことなのか。カラヴァッジョは近代の芸術家と違うので、これらの作品は注文があって初めて描かれたはずなので、こういう作品に対するニーズがあったのか。それとも、フランチェスコを描くような注文を受けたカラヴァッジョがこのような作品を仕上げてしまったのか、素人の私には分かりません。

Caravaggiofran2ここでも、2つの作品に見られるのは、カラヴァッジョの作品の特徴である、劇的な作為というのか、わざとらしく、あざとい演出です。そして、それを全面に出すために、それ以外の要素を全て余計なものとして排除してしまうことです。ここで描かれているのはフランチェスコ本人と、それがフランチェスコであることが分かるために必要な小道具(アトリビュート)の髑髏と十字架です。それ以外は暗闇に隠されてしまっています。カラヴァッジョが専売特許のように画面構成で多用する光と影の対比は、劇的な効果を出すだけでなく、暗い影を作り出すことで、その影に余計なものを全て隠させてしまうという効果もあるのですね、こういう画面は、現代の私の目でみれば映画の映像効果を駆使したワンシーンによく似た感じとして見ることができます。これに対して、描かれた当時の人々にとっては、他の画家が描くものと、あまりに違うので、はたしてどのような捉われ方をしたのでしょうか。たしかに、フランチェスコを描いたこれらの作品は信仰の峻厳さを見る者に強く訴えかけるところはあります。しかし、そう感じるのは現代の私であって、信仰というものに距離をおいて冷静に見ているから言えることであって、実際に信仰の真っただ中にいて、このような厳しい姿を突きつけられたら、果たしてどう感じるのか。また、当時の他の作品とあまりに違うので、フランチェスコの作品とはこのようなものだという先入見を、誰しも持っているとはずなので、そこにこれらのような全く異質な作品が提示されたときに、はたして受け容れられたのか。これを描いたカラヴァッジョにしても、ある程度そのようなことは予想できるはずで、何も考えずに、このような作品を製作しているはずはないので、芸術家としても職人としての側面が強かった当時の画家の常識として、これらの作品を描いた時に、それなりの計算はあったと思います。

全体の色調は暗く、装飾的な要素は皆無で、教会の壁面に飾るには適当かといわれると、首を傾げざるをえない。ただし、信仰を個人の問題として、神と対峙するような姿勢ならば、このような作品は受け入れられる、むしろプロテスタントの精神に近いような気もするのです。影に対する光の使い方も、強烈な光を直接当てるというのではなく、斜光気味にして、まるで黄昏時の黄金色の光線のような影の多い光の当たり方に描かれています。描かれているのか晩年のフランチェスコで人生の黄昏を迎える姿などと、とうしても現代の象徴的な解釈をしたくなるのです。これらの作品を見ていると。

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