松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(2)
3.日本企業の海外進出が技術水準を低下させる?
日本企業の技術水準は、海外進出により「空洞化」してしまうのでしょうか?日本企業が海外に出ていくと、これからの技術革新をもたらす「金の卵」を海外に流出してしまう、これによって招来にわたり日本産業の競争力が奪われ、「空洞化」してしまうのではないか、という懸念をよく耳にします。
しかし、海外展開し「現地化」している日本企業の方が、国内に留まる日本企業より生産力(競争力)が高いのです。売上が増加したというだけでなく、技術や品質が向上したという企業もあり、海外展開により企業はより強くなるのです。なぜ海外展開によって生産性(競争力)が上がるのでしょうか?一つの理由は、規模の経済効果が働くという点です。単純に、海外需要を取り込めばそれだけ、自社の製品が売れる需要が拡大し、それにより大量生産することで、単位当たりのコストを削減することができます。こうした規模の経済性を享受することができるというわけです。
また日本企業の海外展開により、国内では生産性の高い分野に経営資源を集中することができるという「選択と集中」の効果が、生産性の向上をもたらすという恩恵も期待できます。国内だけで生産を行っている場合、たとえ競争力のない分野でも、自前で対応しなければなりませんが、もし海外の生産拠点を利用することができれば、たとえば労働集約的な生産工程を海外の賃金安い地域で行うことで、全体の生産性は上がるのです。こうした分業のメリットと、国内での経営資源の「選択と集中」は、国内の閉じた企業環境では決して実現されません。「新興アジア」とタッグを組むことで、日本企業の得意とする技術力に集中しながら、製品とサービスを「新興アジア」市場に提供することが展望できます。海外で量産品、国内で特殊品を生産。つまり、「現地化」による生産性上昇は、「新興アジア」での「現地化」により価格競争を持続的に展開しながら、「選択と集中」により技術力で勝負することで成功する、という勝ちパターンを証明しているのです。日本の中小企業の多くが、海外と国内の分業を、海外展開の最大の成果の一つとして認識しています。
さらに海外の情報や知識を獲得することにより、新しいイノベーション(技術革新)のチャンスを得ることができるのです。成長する「新興アジア」市場では特に、新しい情報や知識の獲得を通じて生産性向上に寄与し、新しい企業環境、生産環境がこれまでにない「気づき」や「学び」を得る契機となるのです。中小企業の、海外展開の最大の効果として「海外進出による相乗効果により、国内の技術水準向上」とアンケートに答える企業が多い。
空洞化の懸念には、企業が海外進出することにより、国内の産業基盤に虫食い現象が発生するのではないかということが挙げられます。集積した企業群の間に生まれるイノベーションの効果が、櫛の歯が欠けた状態になることによって、その効果を削がれるおそれがあるのです。しかし、海外に進出したとしても、引き続き集団で集積し、その海外の集積と日本に残る企業群の集積の間に一定の結びつきがあれば、イノベーションを継続する環境を維持することが可能です。
さらに、日本企業の場合、みずからのオリジンとして、「マザー工場」を意図的に日本に残していく点に注目する必要があります。「マザー工場」は、生産に関する技術やノウハウの図書館と言えるものです。日本の摺り合わせ型ものづくりの場合。現場創発のイノベーションによるところが大きく、「マザー工場」が生産過程の総体として参照の場となることが競争力の源泉となるのです。しかしそのイノベーションを続けて行くためには、つねにマーケット、売れるものにアクセスする必要があります。その相互作用を実現すするには、海外とのアクセスを通じて情報の流れを密にしなければなりません。アジアの工場が、日本のマザー工場と濃密な連携を取る仕組み、そのものづくりの生態系が必要不可欠になります。
4.日本企業の海外進出で国内雇用は減る?
「空洞化」に不安を持つ人々の多くがまず抱く危惧は、日本企業が海外に出て「現地化」することにより、日本国内の雇用が減ってしまうのではないか、というものではないでしょうか。しかし、日本企業が海外に進出し、「現地化」することによって、国内のこようが失われてしまう、という直接的な因果関係を、学理的に証明したものはありません。これまでの多くの実証研究では、むしろ海外進出することで、雇用が拡大するという、事実を明らかにしています。ではなぜ、海外に飛翔した企業の国内雇用が拡大するのでしょうか?一見すると常識では理解できないような、「新興アジア」への海外展開と「現地化」による国内雇用の増加の背景は、よく考えると当たり前であることが理解できるのです。
まず国内における海外ビジネスを検討する企画立案・新規開発部門の拡大です。未知の世界である海外に「現地化」することは、当然ながら、これに対応する人材が必要になります。海外における「現地化」がもたらす国内雇用の拡大は、何もこのようなハイレベルの「スーパービジネスパーソン」の居場所を拡大するだけではありません。海外での事業展開が進めば、これを担当する調整部門、つまり国内バックオフィス機能が拡大するのです。インドの税制、タイの労務など、当然アウトソーシングすべき業務も拡大しますが、企業としてもこれらを理解しておく必要が出てきます。現地駐在員の給与、総務、人事、物流と言った様々な後方支援機能が拡大していくというわけです。
さらに付け加えるならば、最終製品の海外生産による「現地化」は、一部には、日本国内でしか調達できない部品など中間財の日本からの輸出が促進されるのです。そして、これらの中間財を作るための雇用が拡大するという間接的な雇用拡大効果も期待できます。海外直接投資(FDI)が、「新興アジア」の海外市場に陣地を取り、これに触発されて中間財が売れ始める、海外直接投資の前線基地としての橋頭堡効果といってよいかもしれません。また、日本からの中間財が海外の生産拠点に輸出され、現地で生産するという動きは、日本国内と「新興アジア」はで、作っているものの「キャラがかぶらない」ことを意味します。これは補完関係であって、競合関係にはありません。
日本国内に中核的な、しかも付加価値の高い部品が残るということは、それに付随する雇用、特に中小企業を中心とした二次、三次のサプライヤー企業の雇用維持、拡大されることにつながるのです。特に部品供給の上流に遡れば遡るほど、日本でしか生産できないものが増えてくるとともに、これらがそれぞれの製品のなかで重要な位置づけになっているのです。
一般に財政出動による旧来型の雇用対策は、雇用の量は期待できるかもしれませんが、どのような種類の雇用機会が生まれるかには責任が持てないでしょう。現下の日本国内にのみ着目すれば、人口構成に規定された縮小傾向の市場で生まれる雇用機会というのは、せいぜい色のつかない雇用なのです。成熟化して、多くの国民が一定の教育水準に達したこの国に必要とされる雇用機会というのは、状況分析や企画立案、マーケティングやブランディングを担うホワイトカラーや、新規事業を創出し、イノベーションや新製品を生み出すエンジニアや研究者など、総じて、産出する付加価値がとてつもなく生産的な知識集約型産業人材なのです。新卒就職戦線で、結果として就職できなかい大学生が多いのは、絶対的な雇用機会の喪失ではなく、希望する雇用機会の喪失、すなわち選り好みの結果という面もあることを再認識すべきです。
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