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2012年10月17日 (水)

國分功一郎「スピノザの方法」(14)

2.方法書簡─方法論の逆説の解決

スピノザが方法について説明した短い書簡がある。1666年にスピノザがヨハネス・バウメーステルの質問に答えたものだ。スピノザはバウメーステルの質問に対し、諸観念を「導出・連結とうる方法」が必然的に存在すること、またわれわれの知性は身体のように偶然には従属しないことを示せば十分であると説明する。その後に短い回答部分がくるが、その内容は二つに分かれ、前半はこれまで脱表象論的観念思想の前提として説明をそのまま言い換えたもの。後半では「最高完全者の観念から諸観念が発生するその運動と精神との一体化」として説明した状態を、知性の形成する観念の連鎖が知性そのものの法則に依存する状態として説明している。

ここで重要なのは、知性が知性に依存するというこの反省的状態の必然性、すなわちスピノザの方法の実現の必然性という後半部の議論が、脱表象論的観念思想という前半の議論の帰結として導き出されていることである。これは、観念思想の刷新という課題がスピノザの方法の直接の前提であったという我々の仮説を証し立てるとともに、スピノザがそのことに意識的であったことを意味する。

しかし、ここでの方法の説明は方法実現のために目指されるべき目的ではなく、方法が実現された際の状態を記述したものになっている。だから、スピノザの方法を実現しようとして知性の本性と法則を認識しようとしても無駄である。『エチカ』では、十全な観念によって表現される知性の法則は知性の本性と言われることになる。十全な観念はそれを形成する知性の本性ないし法則を表現する。この斬新な観念思想こそが方法論の逆説を解決する。その解決は次のようにまとめられる。精神は、最高完全者の観念に到達し、そこから観念獲得を実現していくならば、最高完全者こそはあらゆる事物の根源と源泉であるのだから、諸事物の連結に正確に対応する観念の連結を得ることができる。そのとき精神は、みずからの形成する観念の連結によって指導・制御される(方法の逆説の解決)。そして自らに固有の知性の諸法則に出会い、それを学んでいく(方法論の逆説の解決)。

スピノザの方法は方法論の逆説を解決するものだが、その解決は方法論の否定ではない。方法という名の道を歩くことで、精神はいかなる方法が用いられるべきか学び、それをみずからに示す。方法の逆説の解決は方法論の逆説の解決である。これらにより、本章の冒頭で提起した二つの問い、理論的な問いと実践的な問い、次のひとつの課題へと収斂することになる。脱表象論的な観念思想、後に平行論と呼ばれることになる観念思想を可能にするような最高完全者の観念へと到達すること。

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