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2012年10月25日 (木)

松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(5)

2.「新興アジア」のほんとうの意味

中間層の抬頭に基づく「新興アジア」市場の興隆に加え、アジア域内の貿易依存度の上昇は、日本企業にとって、「新興アジア」が重要な意義付けを持つことを、あらためて認識させてくれます。すでに地理的な近接性等を背景に、日本企業の「新興アジア」進出には古い歴史があります。そして、大きなターニングポイントは、1985年のプラザ合意による円高容認、日本国内の構造改革です。日本国内の生産や事業継続の限界を背景に、日本企業の多くが「新興アジア」における「現地化」を進め、この地域に生産拠点の拡充を図ることになりました。

この日本企業の「現地化」の中核にあるのは、日本企業の海外直接投資(FDI)です。日本企業が、海外に工場を作ったり、現地企業と一緒に合弁企業を始めたり、場合によっては、企業買収を行ったりする投資の愛称です。あくまで、現地に腰を落ち着け、経営に責任を持つ投資といえるでしょう。金融的な果実を求めて間接投資とは異なり、ものづくりやサービス業等の本業を、「現地化」することを目的としているのが特徴です。その意味でものづくり日本にふさわしいかたちの海外展開方法といえるでしょう。「新興アジア」は日本企業の「現地化」作り出した生産ネットワークを前提とした工場であり、このようなサプライチェーンを強化し、これを支えることが「新興アジア」大の産業政策の本質なのです。

2015年にはアセアン経済共同体(AEC)が始動する予定です。しかし、このアセアン経済共同体を中核とした「新興アジア」の経済統合は、決して政府主導のトップダウン経済統合ではありません。実は、日本企業FDIを中心としたこの地域に広がる生産ネットワークを基盤にして、いわばデファクト、ボトムアップ経済統合として形成されてきました。日本企業FDIの事実上先行する貿易と投資による経済活動の実態を追認するかたちで、制度的な措置が後付けで充当され、経済統合が深化するプロセスを歩んでいるのです。

じつは、そこには海外展開する日本企業の大きな役割が確認できるのです。1985年以降本格化する日本企業の「新興アジア」の産業集積は、サプライチェーンに沿いながら、個別の生産工程を分解し、工程間分業を推し進めることで経済的利益を追求してきました。これらが事実上の結びつきの実態であり、東アジア経済統合の屋台骨なのです。そして、この日本企業FDIを中核とする生産ネットワークと、東アジア経済統合という枠組みの動きが相補的に展開され、経済的に一体化した地域が生まれる。そのなかで、それぞれの地域の強みを生かしながら、相互に補完し、依存していくのです。たとえば労働力供給、資源供給、エネルギー供給、研究開発、知識人材供給など、それぞれの地域の強みを生かした生産拠点立地が展開されてきました。そしてこれを相互に支えるのが物流インフラであったり、制度的な調和であったり、ものづくりの共通言語であったりするのです。その結果、「新興アジア」は産業集積(産業クラスター)のリンケージが強いともいわれています。これはどの地域でも見られる普遍的な現象ではありません。

西欧型の産業集積は、むしろバラバラに発展してきた側面が強い。それがため、経済統合も上から制度的に進められる必要があったと言えるでしょう。サプライチェーンで繋がっていないがゆえに、自己完結しているのです。放っておけばバラバラに成長する産業クラスター。そしてさらに一つの産業クラスターが勝利して伸びると、別の産業クラスターが競争に敗北して沈む、というシーソーゲームの可能性が指摘されています。いわば「ゼロ・サム」の戦いが繰り広げられているのです。他方、「新興アジア」の産業クラスターは、たとえばバンコク近郊の産業クラスターが成長すると、ハノイの産業クラスターもまた成長する。これが、工程間分業の本質であり、自動車が売れれば、その部品を供給してサプライチェーンで結ばれているすべての生産拠点、産業クラスターが成長することになるわけです。つまるところ「プラス・サム(共栄)」であり、WIN-WIN(互恵)の関係に立つのです。なぜ、共栄・互恵関係が成り立つかと言えば、サプライチェーンという一つのネットワークでつながり、その差異を相互に裨益すれことができるからです。それぞれの地域の特性を生かして、産業の集積が分散する作用(フラグメンテーション)と、規模の経済や範囲の経済を追求し、一極に集中する作用(アグロマレーション)が、相互に共存するかたちで上手く作用し、この地域の経済産業的ダイナミズムを生み出しているのです。

「新興アジア」に展開する日本企業FDIにとって最大のメリットは、この地域の生産ネットワークが円滑に機能し、自由な経済活動を実現しつつあることです。特に自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)が網の目のように張り巡らされていくことで、「新興アジア」における貿易の円滑化や投資の促進が飛躍的に拡大します。FTAは、この貿易を促進するため関税の引き下げを中心に取りまとめていく協定、EPAはさらに投資を含む経済取引全般の決めごとの協定になります。その意味で、EPAのほうがハードルは高く、合意のためのコストが膨大になることが多いのです。ここで重要なのは、日本企業が日本国内で、日本と他国との間で結ばれたFTAやEPAを利用するのではなく、「新興アジア」における第三国間のFTAやEPAのネットワークを縦横無尽に、いわばインサイダーとして活用しているという点です。

例えば、インドとタイの協定を利用して、在タイ日本企業が、タイからインドへの輸出を積極的に進めています。このスキームでは日本企業が得意とする品目が無税でタイからインドへ輸出することができ、タイに進出している多くの日本企業がこれを活用しています。タイはFTA/EPA先進国であり、タイに直接投資(FTA)して立地し、生産している企業は、日本で操業する以上に、タイをハブとしたFTA/EPAネットワークの恩恵を十二分に享受することができるのです。

日本企業FDIの生産ネットワークを拡大するには、FTA/EPA網の整備だけでは不十分です。この生産ネットワークを支えるという視点に立てば「新興アジア」が連結するためのインフラ整備が不可欠になります。インドシナ半島、ベンガル湾を串刺しにして東西に貫く地域、ちょぅどメコン川流域にあたる地域の開発です。

このような日本企業FDIが展開する工程間分業と産業集積が「新興アジア」に特異に展開するは、日本型ものづくりの秘密と関係があります。それは、この地域が日本の製造業に親和性の高い、すり合わせ型のものづくりを実現することができるという点です。このことは、逆に言えば、「新興アジア」各国が、雇用吸収力が高く、技術やノウハウの移転・スピルオーバーが進む日本企業FDIを、他国の直接投資よりも好んで誘致したい理由でもあるのです。日本は、「新興アジア」のなかでも、特にアセアンを東西に貫くインドシナ半島からインドにかけての地域において、「すり合わせの帝国」を形成しています。中国との対比で言えば、このメコンあるいはGMS地域は東西に横断する日本のすり合わせ型と南北に縦断する中国のモジュラー型とが交錯する「ものづくり十字路」とみることも可能です。

そもそもものづくりの性格(設計思想)には大別すると二つの方法があります。この二つのものづくりの設計思想には、各国・地域で、得手不得手があります。そこでこの設計思想をもとに産業世界地図を描いてみると、地理的な遠近と異なる、新しい産業地図を仮説的に得ることができるのです。それぞれの国や地域のキャラクターや特技を生かすバラバラで一緒の「新興アジア」の特性を尊重しいかんなく発揮できるアジア的共生のあり方といえます。

「産業アーキテクチャ」の議論では、たしかに製品の特質によって「相性」があり、設計思想がおのずから制約される面もあります。さらに議論を進めると「ものづくりは情報のメディアへの転写である」という発想に基づいており、言い換えれば、消費者が欲しい、という「(潜在的な)要求」=「情報」を形にするという発想なのです。見方を変えれば、モジュラーで済まされる製品は、低価格という要求を、すり合わせを要求する場合には「難しい」要求を反映しているといえるでしょう。

今後、日本のすり合わせ型ものづくりがさらなる発展を遂げていくためには、同じすり合わせ文化を共有する「新興アジア」と共進していく必要があるでしょう。日本のすり合わせのよき理解者である兄弟と協力する、という考え方をしてはどうでしょぅか。日本にとって、「新興アジア」とは単なる成長を期待し、日本から輸出する外部市場ではありません。むしろ日本企業FDIが生産ネットワークを形成し、複雑で濃密な関係を構築する世界なのです。その意味で、「新興アジア」は日本と共に互恵Win-Winの関係にあると言えるのです。つまり、日本からインドにかけて東西に貫かれた地域は、「すり合わせの帝国」が築かれていくと考えられるでしょう。こうした「すり合わせの帝国」は日本のお家芸と言えます。例えば中国の商業資本主義的な企業は、残念ながら本質的に、このゲームには参加できません。もちろん、中国は官民挙げて他の「新興アジア」への進出を狙っています。しかし彼らのアプローチは、マラッカ海峡を介してシーレーンにアクセスする方策を狙い、北から南へと伸びる「点と線」的なものです。これは日本の東西に広がる生産ネットワーク形成という「面」的な進出と対照的です。「すり合わせの帝国」は、じっくり腰を据えて構築されてきた、ある意味根の深い秩序なのです。「現地化」した日本企業が、雇用、技術、所得を生むことで歓迎されながらみずからの地歩を築いていく、ソフトな経済安全保障のアプローチなのです。

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