松島大輔「空洞化のウソ~日本企業の「現地化」戦略」(6)
3.「新興アジア」各国の経済成長戦略
「新興アジア」各国は、日本企業FDIを自国に積極的に誘致し、これらを成長の駆動力として活用するという経済成長戦略を描いています。
4.ルール作りゲーム─「賭金」としての日本企業
たとえばアセアン・ウェイと呼ばれる独特の決定様式。全会一致を旨として、否定しない文化。問題があれば、否定するのではなく、放置して解決する。会議であっても相互に脈絡なく意見を出し合うことからはじめるなど、アジアにはアジアの決め方があり、美学があります。多様でバラバラなアジアが、にもかかわらず一緒になることができる方便でしょうか。このあたりを踏み外すと「新興アジア」のビジネスは覚束ないといってもよいでしょう。アジアの、こうしたなんとなく決まっていく秩序。これにもっとも適合的なのが、日本が相手国のニーズに応じてその都度経済協力を進め、最初から大上段に秩序形成の意図を持たない形で採用してきた「機能主義的アプローチ」です。アジア的「もののあわれ」を皮膚感覚で感じ、「そこはなとない」秩序形成を模索する。方針がないように見えてもっとも自覚的な行動準則かもしれません。この地域の秩序形成はアジアン・ウェイを採用した方が、決めるためのコストが安くて済む、面倒な調整がいらなくなるのもまた事実です。表でのWTOや自由貿易協定の交渉を通じた、「ベタな競争」は、国益を賭けて平場で続ける必要があります。しかし、したたかに、かつ、しなやかに「メタな競争」をあわせて進めていく、それが「新興アジア」においてもっとも親和性があり、かつ日本企業が結果として特異とする方法でもあります。
「新興アジア諸国」の経済秩序形成(ルールメーキング)ゲームの死命を制するのが、じつは日本企業FDIなのです。なぜか。これまで見てきたように、「新興アジア」各国はおしなべて、日本企業FDIの誘致合戦を繰り広げています。日本企業が生産拠点を自国に作れば、生産ネットワークとつながることで、生産拡大に合わせて企業の集積が拡大します。これが経済成長を牽引し、雇用の拡大、一定技術やノウハウがその国にスピルオーバーしていくのです。日本企業FDIこそが経済成長の源泉であり、日本企業FDIは金の卵を産む鶏というわけです。いわば、日本企業を体内に招き入れて共生させ、一国の成長を促進させる。一方で日本企業にとっては、「新興アジア」に強制することで、新しい生を得ることにつながる。まさに共に生きる関係が成立するのです。
日本企業FDIの誘致が進めば、各国の成長が帆使用されます。そう考える各国はあの手この手で誘致合戦を行うのです。日本企業FDIという「賭金」をめぐる獲得ゲーム。換言すれば、この「新興アジア」各国が採用するFDI誘致ゲームを利用し、そのゲームの目的である日本企業FDI自身が、このゲームを自らの優位なシステムとしての競争優位を構築するという仕組みなのです。自分がゲーム(獲物)であり、ゲームのプレーヤーでもあるという再帰的なゲーム構造です。「新興アジア」に展開する日本企業は、自らを「賭金」としつつ、この再帰的ゲームを利用できる稀有な立場にあるのです。このようなメカニズムが働くことで、日本企業にとっては居心地の良い、「日本化」されたルールに基づく「新興アジア」の経済統合が深まります。日本企業FDIを中核とした生産ネットワークが強化され、ひいては日本企業自体もその中で成長していくのです。さらに日本企業の成長は立地する国の成長に還元され、日本企業FDIの誘致・維持・拡大をめざした各国の誘致合戦が激化していきます。
じつは、国際競争の世界は、すでにこうしたゲームのルール作りの競争である、という危機意識を持つ方が重要だと考えます。もはや一国の国民経済単位で、国力を図る時代ではありません。海外に出の程度影響力を行使して、その経済的な果実を国内に還流させるか。そのためのアリーナで勝利を決めるのは、武力でも、もはや経済力ですらもない、これらの深層で規定するアーキテクチャ(設計思想)間競争です。ゲームのルール作りが世界を制する時代、各国は、物理的な国境線を越えて、海外にみずからの勢力圏を拡大する。力による実効的支配ではなく、みずからの住みやすい、活動しやすい空間の拡大、生活圏とでもいうべき世界の拡大です。たとえて言えば、日本人にとって住みやすい空間の拡大、日本のものが売れる空間、日本と同じものを作ることができる空間、日本と共感する空間が世界に広がることを意味します。もちろん、現地から承認されなければ、この空間は広がりません。その意味で、この競争は日本そのもの、総体としての日本が競争にさらされていると理解すべきでしょう。
5.日本企業の「新興アジア」における「現地化」の意義─モノ(企業)の「現地化」
日本企業の「新興アジア」における「現地化」について、経営の「現地化」(モノの「現地化」)、人材の「現地化」(ヒトの「現地化」)、資本の「現地化」(カネの「現地化」)について、それぞれ見ていくことにしましょう。企業の全体的な経営統合度と、個別地域での権限委譲の程度、集権か、分権かの2つのメルクマールでとらえた場合、日本の企業は、高度に国際的な経営統合を図りつつ、現地への権限委譲度が低く、日本人駐在員に任せることが多いようです。つまり日本人だけで完結させてしまうというのです。
「空洞化」に対置している「現地化」は、日本からビジネスを考えるのではなく、「新興アジア」の「現地」のニーズ、声を聞き分け、日本の持ちうる技術やノウハウの強みを再編成して提供するという経営のあり方です。これまでの日本企業が選択してきたように、日本と「新興アジア」を切り分けず、海内一如の経営をさらに発展させる構想と言えます。「現地化」とは、この方針を発展させて、「新興アジア」の現地市場の拡大を見据えるとともに、生産側で、「新興アジア」の資源を有効に活用し、事業の再構築を図る体系の総称です。つまり、生産と消費の両面から「新興アジア」市場を捉える方法です。消費の生産へのダイナミズムを考慮し、長期的にこの地域に関与していく方法として、「現地化」を措定するのです。
「新興アジア」の「現地化」経営には、一つの定石があります。日本企業が現地の有力な財閥と連携し、安定的な企業統治を実現する方法です。あまりにもビジネス環境が違う国と事業展開を図る場合、餅屋は餅屋で、現地財閥からいろいろな学びと気づきを得ることは重要です。その国にとって新規の事業になると、その国の中央政府と打合せ、規制の解釈なども議論する必要があります。その場合有力なパートナーが必要なわけです。技術やノウハウを持った日本企業が、現地の財閥と安定的な関係を構築してそれぞれの強みを共有する。それによって、放っておけば新規ビジネスや技術革新を単独で実施する財閥と連携することで、日本企業の競争相手となる脅威を払拭し、あわせて「新興アジア」の民族企業には、過去の蓄積を踏まえた新たなビジネスチャンスを提供しようというわけです。いわば、日本企業が、地場の財閥と連携することで、「新興アジア」というビジネス・アリーナへの出場権を手にするわけです。
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