畑村洋太郎×吉川良三「勝つための経営~グローバル時代の日本企業生き残り戦略」(4)
第2章 技術への幻想
世界の市場で苦境に立たされている日本のものづくりですが、日本国内では、日本企業が備えている「高い技術力」への強い信頼があります。「日本は技術がすごいんだから、今は大変でもそのうちになんとかなる」と思っているわけです。しかし、いまは市場における戦いが、技術力とは別のところで行われていることが多く、高い技術力を有していることが競争を優位に進める武器にはなりません。その良い例が、徹底した現地調査をもとにそれぞれの地域に合った商品ラインアップを揃えたサムソンのものづくりであり、人々の生活がどのように変わるかというビジョンをもとにしたアップルのものづくりです。つまりはじめに「何を誰に向けてつくるか」ありきであり、そのための「戦略」ありきなのです。技術に自信を持つ日本企業はその根本的な部分を履き違えているように見えます。技術への幻想は、企業だけでなく日本中が陥っている問題だといえます。この考えがすでに通用しない古いものになっていることは、商品開発だけではなく、日本が得意なはずの部品製造の世界でも考えを改めなくてはいけない出来事が起こっていることからも分かります。
日本の電子部品製造は、これまで世界で圧倒的な強さを誇っていました。いまでは韓国・中国・台湾などの海外企業の最終製品が日本企業を脅かしていますが、それでもライバルの製品の中に使われている部品の多くは日本製で、こと部品の分野では日本の企業はまだまだ競争力があると思われていました。特に最先端のハイテク製品は、日本製の電子部品なしには製造出来ないと言われていたほどです。ところがiPadに関しては、そのような「負けるはずのなかった分野」で、海外企業にシェアを大きく奪われるようなことがおこっているのです。この理由の一つには韓国や台湾などの後発メーカーの技術向上がありますが、iPadの場合はこれよりもっと大きな理由があります。iPadには高付加価値かつ高価な最先端の部品はあまり使われていません。求められているのはむしろ汎用品のほうで、メイン基盤にしても一般的な携帯電話で使われているような実装技術や部品があれば簡単に作ることができるし、メーカーとしてはこれらの部品を低価格で入手することを望んでいるので、汎用部品の価格競争に強い海外の企業が重用されることのようです。iPadの例は、最も重要視されてきた、高速化、精密化、軽量化などといったわかりやすい性能向上が必ずしも競争力にならないことをはっきりと物語っています。製品に付加価値をつけたのは、部品の性能ではなく、斬新な製品コンセプトやソフトウェアの魅力、デザインのほうです。
ものづくりの世界の勢力図を大きく変えた原因の一つがデジタル化による「デジタルものづくり」の普及です。これは日本製品を足下から大きく揺るがすものになりました。デジタルものづくりによって、これまで積み上げてきた日本のものづくりの高い技術が、一転して競争を優位に進めるための武器にならなくなってしまったからです。
以前のアナログものづくりの時代は、経験豊富な優れた技術者を多数擁している日本の独壇場でした。ところがデジタルものづくりの時代になると、各企業が長年の活動の中で培ってきたこれまでのノウハウが、ノウハウになり得なくなったのです。極端なことを言えば、製品の現物を見てマネをしようと思えば「いつでもどこでも誰でも」それが可能であるのがデジタルものづくりの特徴です。コンピュータにインプットされている情報を使えば、ものづくりの知識がそれほどない人であろうと、設計から部品調達までが簡単にできてしまうのです。
これを後押ししているのは、部品メーカーのデジタル化への対応です。今は部品メーカーが汎用タイプのものを提供しているので、ある製品を開発する時に新しい部品を自前で開発する必要はありません。以前は部品同士の相性が問題になることがよくありましたが、インターフェイス(規格)を揃えることでこうした問題は殆どクリアされています。そんな状況なので、それこそ複数の部品メーカーが提供する部品を上手に組み合わせることで、コンセプト次第でこれまでにない新しい製品をつくることだって可能なのです。デジタル化は生産現場も大きく変えました。こちらを後押ししているのは製造装置のメーカーのデジタル化への対応です。製造装置の能力の進化によって、ものづくりの知識がまったくない人でも、機械の操作を習えばすぐに立派な戦力になる時代がやってきました。実際にものをつくるのは工作機械の仕事ですが、機械の能力をアップしていろいろなものが加工できるようにしたり、加工の精度を上げることで、極端なことを言うとものづくりの知識がない素人をオペレーターとして雇っても、まったく問題がないようになっているのです。ちなみにこうした製造装置をつくる分野では日本は今でもトップクラスですが、最近は価格が半分で日本製の9割近い性能をカバーできる中国製の工作機械してきています。ものづくりの世界におけるデジタル化の進行によって、このように設計であれ製品の組み立てであれ、特別な知識や技術を持たない人でも簡単にものがつくれるようになりました。最新の設計情報をインプットしたコンピュータと、最新の加工情報をインプットした工作機械を買いさえすれば、それこそ優れた設計者や技術者がいなくても、世界のどこであっても日本でやっているのしほぼ同じものをつくることができるのです。まずそのことを理解しないと、デジタルものづくりの時代の競争を、優位に進めるために何が必要かは見えてこない。
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