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2012年11月 8日 (木)

畑村洋太郎×吉川良三「勝つための経営~グローバル時代の日本企業生き残り戦略」(5)

ものづくりは技術がなければできませんが、だからといって高い技術を有していれば必ず競争に勝てるというわけではありません。その理由の一つはデジタル化ですが、日本企業の低迷の原因はそれだけではありません。そもそも技術というものへの根本的な考え違いをしていることも大きな原因の一つではないでしょうか。

技術には、ラディカル(全く新しい製品を生み出す)なイノベーションを起こす「R&D、技術開発(基礎研究)」と、インクレメンタル(利益を増大させる)なイノベーションを生み出す「製品開発(応用技術)」があると、分けて考えられます。「R&D、技術開発」の中には、「基礎研究」「要素技術開発」「先行開発」、それから「プロトタイブ」作りが含まれます。一方の「製品開発」の中には売れるものをつくるための「市場分析」「商品企画」から「設計糧発」そして実際に製品を量産するための「生産」を含みます。日本のものづくりが他国のものづくりに比べて優れているのは、「R&D」、その中でも「基礎研究」の分野です。基礎研究は長いものですと10年くらいの時間がかかります。日本企業は生産活動と並行して、基礎研究にも長きにわたって投資をしてきたので、様々な企業がいろいろな基礎技術を持っています。にもかかわらず近年海外の企業に押され気味になっているのは、「製品開発」、とりわけ「市場分析」から「商品企画」「設計開発」で負けているからにほかなりません。実はかつては、「製品開発」の分野も日本の企業の独壇場でした。自社ですべてをやるという垂直統合の形で高い品質を謳い文句にして、とりわけ生産技術の高さで1990年代ごろは市場を席巻していたのです。

この状況を変えたのがデジタルものづくりです。ある程度の品質の製品の開発や生産がいつでもどこでも誰でもできるようになったのがデジタル化の最大の特徴です。生産技術の優劣が以前ほど武器になりません。そのためこれまでは生産拠点にすぎなかった新興国が生産国に変わったり、後塵を拝していた海外のメーカーの猛追を受けて苦境に立たされているというのが、ものづくりに携わっている多くの日本企業の状態なのです。日本を猛追している韓国や中国などの企業には、じつは世界に誇れるような基礎技術がほとんどありません。彼らは日本や他の先進国が開発した基礎技術をうまく利用することで成功を収めています。つまり、彼等は「製品開発」、そのなかでもとくに売れるためのものをつくる「市場分析」、「商品企画」とそのための「設計思想」に優れているのです。つまり「戦略の勝利」なのです。ですから「技術では負けていないけれどなぜ勝てないのか」という理由は明白です。今の世界のものづくりの勝負は、「先行開発」の力でまったく新しい革新的な製品を生み出すか、市場のニーズを的確に捉え、「製品開発」で顧客が欲しがる製品を生み出すかで決まって来るからです。言うまでもなく、優れた「基礎研究」が生きるのは、それをうまく活用しながら利益を生み出す製品に変えた時ですし、優れた「生産技術」が生きるのは、売れている製品をつくりだしてこそなのです。

日本のものづくりがよりどころにしてきた技術は、いまや絶対的なものではありません。一方では、デジタルものづくりの時代になっても、優れた技術が強力な武器になることに変わりはありません。その一方で、競争力にならない技術というものもたくさんあるので、しっかりと見極めることが重要です。強力な武器になる技術の条件は、よそが簡単にはマネができないもので、なおかつ大きな需要があることです。もちろんよそがマネできないもので、なおかつ大きな需要があることです。もちろんよそがマネできない技術であっても、需要がなければほとんど価値はありません。事実、かつて強力な武器だった技術がその後の環境の変化で需要がなくなり、競争力を失うといったこともよく起こっています。また簡単にマネできないと安心していると、あっという間に陳腐化するのも技術の宿命です。これが技術力に依存していたり、力を過信することの怖さです。こうした問題は、とくに大企業で起こりがちです。背景には、組織が大きいために硬直化が起こり易いという事情があります。環境の変化が起こった時には組織が大きいことが足枷となり、それまでの戦略を根本から変えるのが困難になるという問題が生じがちです。そのため大企業では、状況の変化に柔軟に対応できないだけでなく、硬直化した組織の中で、競争力がなくなった技術をいつまでも大きな価値があるものとして扱う錯覚も横行するのです。このように、自分たちが「技術を持っている」と自信をもっているために傲慢になっていたということが、日本のものづくりを窮地に追い込んでいる原因の一つにあげられるのではないでしょうか。仮に進んだ技術を持っていてもそこにあぐらをかかず、相手も満足できるような価格やサービスで取引を行っていたら、安泰の商売を続けられていたという例もあります。

技術への幻想の問題として、技術が消費に与える影響についてもあらためて考える必要があります。日本の製品の特徴である技術の高さや機能の豊富さが、本当に消費を左右する決め手になっているかということです。様々な機能を備えているのが日本の製品の特徴ですが、その大半は消費者が使うことのないムダ(と敢えて言います)な機能です。これもまちがいなく日本の製品の特徴の一つです。それこそ中には、テレビショッピングで他の製品との差異をアピールするとか、セールストークの材料にするために消費者が使いもしない機能をつけているとしか思えないものもあります。その機能が本当に消費者に求められているものであるかどうかは、実は消費の実態を見ればすぐに分かります。食品の場合でいうと、消費者が製品を購入しただけでは消費されたとは言えません。重要なのは、実際に食べてみて(=消費してみて)どう感じたかです。「おいしい」と感じたらまた買うでしょうし、「まずい」と感じたら二度と買わないでしょう。いずれにしても、消費者がそのものを実際に消費しないことには、製品の評価さえできないわけです。この見方をすると、本当に消費されて、なおかつ高い評価を得ている機能というのは、意外に少ないように思います。消費していないユーザーが大半だとすると、これは製品自体が売れていたとしても、その理由として、機能が支持されているとも、高く評価されているともいえないでしょう。機能が全く消費者に使われていないとすると、それを実現するための技術は本来、「必要のないムダなもの」ということになります。そのような機能をいくらつけられたところで消費者は喜びません。ムダな機能があることで価格は高くなるのですから、むしろ迷惑な話ではないでしょうか。こういうやり方がこれまでさほど問題にならなかったのは、国内ではそれぞれの業界でどこのメーカーもほぼ同じようなことをしているからです。当然、日本とは常識がことなる海外では通用しません。国内でも状況が変われば、ある日突然、消費者の態度が一変することは十分にあり得ます。消費者は企業が考えているほど技術に重きを置いていないのです。使わない機能がたくさんあることで高価格になっている状況に納得できるはずはありません。本当に消費者の求めている機能のみを搭載した製品がより安価で提供される様になったら、こういうものはまったく売れなくなってしまう危険があるのです。

韓国の企業は「リバース型」の開発プロセスを行っています。それは先行する日本や欧米の製品を徹底的に研究すると、そのままモノマネするのではなく、製品の持つ機能まで遡って(リバースして)、消費者が本当に必要としている機能は何か、機能の引き算と足し算を行って別の解を導き出しているのです。機能にまで遡るということは、製品の作り方、スペックを見るだけでなく、設計者がどのような意図で設計したのか、いわば設計思想にまで遡るということです。例えば日本製のクーラーは静粛性や省エネルギーに優れていますが、むしろある程度音がするほうが、涼しい気分がしていいという地域もあります。日本企業の場合、新製品を開発するときに、一つひとつの製品に対し、その製品が要求する機能をまず最初に考え、次に様々な制約条件を考えながら設計を行う「フォワード型」の開発を行います。しかし韓国企業の場合、リバース型の開発を行うことで、ベースとなる基本設計は同じでも、地域によって、また消費層によって、様々な別のバージョンの製品をつくり出すことに成功しているのです。

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