無料ブログはココログ

« 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(2) | トップページ | 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(4) »

2012年12月12日 (水)

手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(3)

「投資家はコーポレートガバナンスの充実に向けてディスクロージャーを非常に重要な要素と判断しており、企業もディスクロージャーの改善に向けて努力をし始めています。実際、生命保険協会の調査によれば、企業は株主・投資家との対話の充実に向けて、「決算説明会の開催」「個別取材の受け入れ」「機関投資家への訪問」等に重点的に取り組んできています。一方、機関投資家は、「中期経営計画での説明の充実」「経営方針・経営戦略説明会の開催」「決算短信(補足資料)の充実」などに企業が一層注力すべきだと考えています。企業は機関投資家の要望に応えながらさせにディスクロージャーの質を高めていくものと期待されます。もちろん、私も企業のディスクロージャー改善に向けた取り組みを否定しません。しかし、ディスクロージャーよりも持続的な業績の改善によって築き上げた信頼こそが投資家のリスクを下げると思っています。中期計画や経営説明会で将来の見通しを語ることよりも、これまでの実績の方が将来のパフォーマンスに対する不確実性を取り除いてくれるのです。ディスクロージャーは所詮二次的なものであり、企業としての信頼があってはじめて価値のあるものです。悪い業績に関して詳しくディスクロージャーしたところで、説明責任を果たしたことにはなりません。言い訳にしか聞こえないのです。企業は口ではなく行動、つまり結果で投資家の信頼を勝ち取るべきなのです。そうして初めて、投資家は企業のディスクロージャーに対し本気で耳を傾けてくれるでしょう。

では、情報開示が二次的なものであるならば、投資家へのディスクロージャーに責任を持つIR部門は何をすれば付加価値を提供できるでしょうか。答えは、これまでと逆のことをするということです。つまり、投資家の意見や株式市場による評価を経営にフィードバックすることです。上場企業であることのメリットは、投資家が経営に関して意見をしてくれたり、株式市場が株価の変動を通して企業に対してメッセージを送ってくれたりすることにあります。いわば、株価があることこそが上場企業の資産なのです。こうした外部の視点を経営に活かせないようであれば、上場のメリットを十分に享受できません。この役割を担う最適部署がIR部門です。IR部門は、経営者のための戦略機能でなければならないと考えています。

実は、私は非常に不安に感じてもいます。IR責任者が投資家や株式市場のシグナル(重要な情報)しノイズ(騒音)を区別せずに、経営者に報告している可能性があると思うからです。投資家が投資で成功する秘訣は、いかにシグナルを判断材料にして、ノイズを無視するかにあります。しかし、これは簡単ではなく、プロの投資家でも判断を誤ることがあります。IR責任者はおそらく社内での経験も多く会社のことを知り尽くしているはいるのでしょうが、ほとんどローテーションでIR部門に異動になった方で、特に株式市場や投資に詳しいわけではないと思います。となると、アナリストレポートの内容や大株主もしくは声の大きな投資家の意見がノイズなのか否かの判断ができず、そのまま経営者に報告されてしまうことがあると思うのです。横並び型の株主還元はこれが原因ではないかと思います。」

「株価が自社を正当に評価していないと考える経営者は多いようです。バブルやその崩壊、金融危機などによる株価の乱高下を見る限り、株式市場はまともに機能していないと考える経営者がいても不思議はありませんが、一方で、自社の正しい株価を証明できる経営者もいません。「もっと高いはずだ」と駄々をこねているに過ぎないのです。株価とは最も客観的な経営指標であり、経営者にとっては、株価こそが絶対的な評価基準と言えます。都合のよい言い訳を探す前に、株価を事実として受け入れるべきです。この覚悟がなければ上場企業の経営者になる資格はありません。非上場のままにして、売上と利益だけで自己評価をして満足していればよいのです。非上場のままであれば、株式市場の動向に翻弄されることもありません。」

「株主の多くがファンドとなり、お互いに短期的なパフォーマンスを競い合っていることを考えれば、彼らの保有銘柄が短い期間で回転するのも無理はありません。投資先の短期的な業績な業績基づき、株価が上昇する可能性が高いと判断すれば買い、下落する可能性が高いと判断すれば売却します。こうした株主が増えれば増えるほど、長期保有の株主が減ってしまうため、長期的に経営をすることは意味がないのではないか、多数を占める短期的な株主のために短期的な業績を改善するのがよいのではないか、と考える経営者がいてもおかしくはありません。しかし、結論としては、株式市場の時間軸は投資家の投資期間とは無関係であり、経営を短期的な視点で行ってはならないのです。もちろん経営戦略の観点から見ても、短期的な経営の積み重ねが必ずしも長期的な価値の創造をもたらすとは言えないという面があるのです。株式市場が短期的であるという考え方は、誤解に過ぎません。」

「ニュースに対する株式市場の反応は迅速です。株式市場は、新たなニュースに基づいてキャッシュフロー予測を素早く更新しているので。良いニュースがどの程度キャッシュフローを上昇させるのか、悪いニュースがどの程度キャッシュフローを減少させるのかを予測し、株価の再計算をします。それが瞬時に行われるため、短期的だとかんがえてしまいかねないだけです。全能な株式市場は、個々の投資家と違い、このような神業ができてしまうわけです。」

「逆説的に思われるかもしれませんが、実は株式市場が長期的な視点を持つからこそ、四半期決算次第で株価が大きく変動するのです。たとえば、ある企業の成長性が鈍化する四半期決算の発表があったとします。成長性の鈍化が一時的なものか継続的なものかで、株価への影響は大きく異なります。一時的なものであれば、キャッシュフローの現在価値の下落は極めて低くなります。今四半期や今期のキャッシュフローが企業価値に占める比率は低いからです。一方、成長の鈍化が継続的なものである場合には、株価に与える影響は大きくなります。なぜならば、今四半期や今期のキャッシュフローが減少するだけでなく、それ以降のキャッシュフローも減少することになるからです。つまり、地盤沈下のように将来のキャッシュフロー全体が下落するため、キャッフローの現在価値も大幅に下落することになるのです。」

« 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(2) | トップページ | 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(4) »

ビジネス関係読書メモ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(3):

« 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(2) | トップページ | 手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(4) »