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2012年12月10日 (月)

手島直樹「まだ「ファイナンス理論」を使いますか」(1)

著作の主張は首肯しかねるところもあるけれど、部分的に参考になるところもあるので、気が付いたところを抜き書きして、メモしていくので、著者の意図するところから、離れているので、予め断っておきます。

 

「もちろん企業が目標を持つことはよいことですが、株主還元に目標を設定することには違和感があります。株主還元は余剰現金の還元であり、目的ではなく結果に過ぎないからです。年間の投資額も状況により毎年変動するはずですし、結果として余剰現金も変動します。当期純利益や株主資本の一定額が毎年余剰になるとは考えにくいと思います。一定額の余剰をつくるために投資を削減するなどということになれば、本末転倒です。」

「企業と投資家とのコミュニケーションを見ていると、株主還元政策をマーケティングに使っているところが多い印象を受けます。つまり、株主還元を重視するので当社の株を買ってください、ということです。実際、予想配当利回りの高い銘柄が選別される傾向もあるようです。もちろん投資家には非常に分かり易いマーケティングなのですが、企業にとっては副作用が大きいものとなります。なぜならば、自社の事業を理解しない株主が増えてしまうからです。企業の収益は右肩上がりで成長することなく、業績や株価が低迷する時期もあります。場合によっては減配が必要になることもあるのです。事業の本質を理解しない株主は、そういう場面にくると一目散に売却するはずです。株式を持ち続けて業績の改善を待つようなことは期待しにくいでしょう。企業としては、経営哲学や事業の可能性に共感する株主を増やしたいはずです。しかし、このようなマーケティングをやっている限り、それは無理な話です。短期的視点の投資家が多すぎるという不満を漏らす経営者も散見されますが、実は身から出た錆なのです。おまけであるはずの株主還元が投資家とのコミュニケーションの主役になっていればおまけ目当ての短期的な投資家しか寄ってきません。バフェットが言うように、「自分にふさわしい投資家」しか株主にならないのです。配当は目的ではなく結果です。経営哲学や事業の可能性を投資家に売り込み、共感する株主を増やすことを第一とする。そうすれば、投資家とも意味のある対話ができるでしょう。」

「村上ファンドやスティール・パートナーズといったモノ言う株主の出現により、増配や自社株買いによる株主還元への圧力をかけられた日本企業も少なくありません。この影響により、日本企業の中には、ファンドのターゲットとならないように株主還元を積極的に行って現金を減らした方がよいと考える経営者がいてもおかしくはありません。ただ注意すべきなのは、利益内部留保し、現金を保有すること自体が悪いわけではないことです。本当の投資家は、企業の成長性を判断できます。実際、前述のファンドがターゲットにしたのは、現金を多く保有するだけでなく、企業価値が低い、つまり成長の機会が乏しい企業でした。株主還元により企業が保有する現金を減らし、経営者が無駄遣いによって企業価値を破壊するよりリスクを軽減したことになるのです。またリスクを軽減の分だけ企業価値は高まることにもなります。」

「ファイナンス理論では、株主が会社の所有者であり、経営者は株主の代理人として経営を任されていると考えられています。つまり、経営者は株主の価値を最大化するために存在する雇われ人に過ぎないということです。この雇われ人が会社の所有者である株主の利害を軽視し、自分の利害を追求することがないようにチェックすることが、コーポレートガバナンスです。しかし、この理論を真に受ける経営者はいないでしょう。株主の言い分も少しは聞いてみようか、という経営者は増えてきましたが、株主が会社の所有者だと言われてもしっくりこないはずです。これは、どのような人が会社の所有者になっているのかを見れば明らかです。株主の上位リストを見れば、ほとんどがファンドです。ファンドは年金や個人の資産の運用を行っている組織であり、彼らも他人の金を運用する雇われ人、いわば資産運用代行者なのです。これこそ、株主が会社の所有者だと言われたところでしっくりこない原因です。株主が会社の所有者だというファイナンス理論が生まれた時には自腹でリスクを取って投資する個人投資家が多かったのですが、今は違います。理論の根底が崩れているのですから、ガバナンスがうまく機能するはずもないのです。資産運用代行業者という雇われ人が会社経営代行者という別の雇われ人を真面目にチェックするとは思えません。なぜそうなるのでしょうか。資産運用代行業者は短期の運用結果でチェックされています。短期的な運用結果が悪いと、簡単に他の資産運用代行業者に交代させられてしまうのです。ですから彼らにとって合理的に行動は、業績が悪い会社の株は売り、よくなりそうな会社の株を買うことになります。投資先企業を長期的な視点でサポートするということは期待できません。株の売却がファンド流のガバナンスなのです。また、分散投資もこの状況に拍車をかけています。もちろん、分散投資はポートフォリオのリスク管理には有効です。しかし、スローゼットインデックスのように、アクティブ運用と言いながらポートフォリオがインデックスとほとんど変わらないよう手背あれば、過度な分散だと言えます。たしかにインデックスを大幅に下回ることはないため、資産運用代行業者のクビはつながりますが。一方、分散投資の副作用は、ポートフォリオの保有銘柄数が多いため、投資先の十分なモニタリングができなくなることです。今後も、インデックス投資が増える見込みであり、モノ言わぬ株主が増加すると考えられます。会社ではなく株券の所有者としての株主が増加するのです。」

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