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2013年1月28日 (月)

あるIR担当者の雑感(111)~IRのホームページを考える(13)

前回で、私の勤め先でホームページを作りながら考えながら、出てきたことを各ページの内容に即して述べてきました。現在も、これらのページは日々改善を続けています。最低1日に1回は、どこかしらのページを更新している段階で、毎日少しずつ動いています。おそらく、このブログで、これまでのことについて考えをある程度整理したことを契機にして、ページのつくりを見直すことになりそうです。そうなると、各ページの構成が変わってくる可能性があり、そうなるとホームページ全体の構成を再構築する可能性もあります。このような、作り方をしているため、ホームページ専門業者のようなプロの効率的なページ作りをしている人から見れば、非効率に見えるのかもしれません。お手本のようなものを求めず、IRのホームページというのは、こういうものではないかと本質を考え、それを実際に形にすべく試行錯誤を繰り返し、それが当初の考えた本質に修正を迫るという方法で、いうなれば、ビジネスの常識的なパターンであるPDCを回していると、こうなるというものではないか。私見では、もともと形のないものに形を与え、その過程で形を与えようとしたものを再検証することによって、そのものの本質を見つけようとするというのは、哲学の基本的な方法です。フッサールという19世紀ドイツの哲学者は現象学という新たな学派を創始したひとですが、そういう作業を何とも繰り返した人です。壮大な哲学体系を構築していく作業の中で、1点の疑問から、せっかく作り上げた体系を自分で壊して、最初からあらたな体系を再構築すると当初とは違った姿になってしまう。フッサールの哲学は3期に分けられるといいますが、それぞれが全く違う哲学に見えてしまうほどです。しかも体系を再構築などしてしまうと、弟子たちは今まで自分たちが教えられてきたのは何なのかと自己否定を迫られるようで、師のもとを去ってしまうので、フッサールは体系を作り直すたびに孤独になるのです。こうして、彼のもとを去った人の中には、ハイデッガーやマックスシェーラーといった現代哲学に多大な影響を与えた哲学史の巨人もいたのです。ここでやっていることが、それほど大そうなことではありませんが、やっている本人としては、ある程度の自負をもってやっているわけです。

また、この作業を続けている中で、新しいアイディアも出てきます。それは、これから試みても成功するか分らないので、ここでは明らかにしませんが、最後に、ホームページをそれ単独で考えるのではなくて、他の媒体との連携も考えているということを少しだけ触れたいと思います。これには、当然、他の媒体もホームページとの連携をしていくことにより、自身のあり方を見直すことになってくるということも含みます。

例えば、説明会については、説明会の動画と配布資料をアーカイブとしてホームページに掲載しています。これなど、やっている会社は多いのではないかと思います。それに加えて、当日の質疑応答を記録してアーカイブに加えています。また、毎回の説明会の出席者とその内訳、アナリスト、機関投資家、ジャーナリズム関係、その他と分けた内訳を載せ、別にFAQの中でも、毎回の説明会の概要を説明しています。これは、説明会に出席できなかった人への補完の意図と、説明会を開いているというのは企業情報として投資の対象として企業をみるときどの程度のことをしているのかというが重要な情報であるということ考えているためです。今、課題として考えているのは説明会の動画です。今年の英国IR協会のガイドライン等をみると動画の活用ということを強く推奨していて、動画を多く使ったサイトを表彰しているようですが、むしろ、ネットユーザーにとって動画というコンテンツで企業の情報を伝えることが適切か疑問なのです。動画というコンテンツ自体を否定するのではありません。ニコニコ動画の興隆や、そこに投稿して多くの人の支持を受けてメジャーとしてデビューした人もいるという事実もあるわけですから。しかし、例えば、ソニーのホームページで経営者が企業の方針や戦略を動画で語るなどというのは、果たして投資情報を得るために訪問した人に有効なのか、また、アップしているソニーはそれを検討して動画を作っているのか、私には、どうも、そうは見えないのです。しかも、スマートフォンでも見ることができるようにしている、と聞くとなおさら疑問を感じます。というのも、少なくとも企業の方針をCEOが語るということになれば、内容が伴っていなければ意味がありません。しかし、そういう内容がこもった動画を視聴するということは目と耳の注意を集中することが必要です。これに対して、パソコンで視聴するという場合、たとえ短時間であるにせよ、そこまで集中するのに適した環境なのか、説明は時間とともに流れていくので、大事なところを聞き逃してしまうと、視聴した意味が無くなってしまうのです。そして、スマートフォンともなれば、尚更です。スマートフォンを静かな室内の集中できる環境で注意深く視聴するということ、普通では考えられないことです。移動中とか、ちょっとした時間についでに視聴するというときに、緊張と集中を迫られる動画を見せるメリットがどこにあるのか。それを克服する手法のようがあるのか。私は、この疑問が解けないでいます。そして、このような動画を推奨する英国IR協会はそういう実務的な理由を何一つ説明していません。それはまた、バッと見て、分かりやすいという、それまでの主張と論理的な矛盾があると私には思うのですが、その場合のロジックが一言も説明されていないので、疑問を募らせています。これを紹介している日本の学者も知らん顔のようです。

ただ、私の勤め先の場合に、たしかに説明会の動画を集中して見て下さる方がいらっしゃるのです。それは、実際に数人のアナリストの人から聞きました。だから、この説明会動画に関しては必要とされているものではあるとして、当面このまま続けるというので十分ではないか、と思っています。

そして、印刷媒体とホームページの連携の一つの試みとして、株主通信のウェブ版をつくり、印刷したものと連動させて、相互に補完させることはできないか、ということを試みようとしています。これについては成果が出ていないので、上手くいった場合には、このブログで経過か結果を報告したいと思っています。

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