あるIR担当者の雑感(108)~IRのホームページを考える(10)
今回は「資本政策と株主還元」という項目について考えます。おそらく、このような項目を単独の項目としてページを作る企業は少ないのではないかと思います。だからこそ、こういう項目を独立させページを作ることだけで、特徴を打ち出すことができます。一部を除いて、ほとんどの企業が「資本政策」ということを表面に出していないのは、実際のところやっていない、あるいは、認識していない、というところではないかと思います。しかし、機関投資家、とくに海外、の人たちは、ここを一番気にしていると言っても過言ではないと思います。それはROEに関してです。
ご存知の通り、投資家の視点からみれば所有している資産をどれだけ生かしてリターンを産出させるかの機関として企業を見ていると思われます。ただし、企業や一国の経済が成長期にあり、高い成長率で規模を拡大している場合には、そのようなことは期待されていません。それが証拠に日本企業に対して、ROEということを強く要求され始めたのはバブル経済が崩壊し、長期停滞期にはいり日本企業が成熟期に入り始めてからではないかと思います。あるいは、インドや中国といった高い成長段階にある経済状態に対しては、あまりそういう要求が起こっているということは、あまり聞きません。
多くの名の通った日本企業は、売上高や利益が前年比で倍増を連続で何年も続けるなどということは、もはやありえず、せいぜいのところ20~30%の成長率がいい方というような業績に関しては低成長、あるいは停滞というようなら、効率よくキャッシュを創出していかなければならないのに、それがいっこうに進んでいないというのが現状です。その一方で、手許にキャッシュを内部留保として、経営の安定のためと称して保持している。これが投資家サイドからみればキャッシュ創出の可能性を企業自らが潰しているということになるわけです。とくに、欧米の価値観でいえばベストを尽くすという倫理があり、手許に活用できる材料であるキャッシュがあるのにチャレンジしないというのはベストを尽くしていないと映る。つまりは、経営者にベストを尽くしていない、サボっている、ということから保身に汲々としている、というように映るのではないか。そこで、コーポレートガバナンスを要求して、保身に汲々としている経営者を追い出しチャレンジングな人に経営をさせなさい、ということでしょうか。多かれ少なかれ、機関投資家の視点は、それに近いのではないでしょうか。それを端的に表わす指標がROEと言ったら語弊があるでしょうか。
しかし、それは一方で企業の経営にとって一概にマイナスとは言えないのも事実です。私に、企業の経営を云々する権限も資格もないので、外野の戯言になってしまうかもしれませんが、IR担当者として、機関投資家に対しての企業の最前線にいる立場の人間としては、少なくとも実際に投資をしてくれるかもしれない人々に対して、それを無視したり、誤魔化そうとしたり、明言を避けるということは、得策ではないと思っています。
資本政策というのは、企業が本腰をいれて取り組むことによって、時間はかかるかもしれませんが確実にROEが改善していくものだと言われています。だから、投資家の視点でいえば、企業が資本政策に取り組むことを期待されていると言ってもいいと思います。一方、企業側の視点から言えば、常識となっている経営の安定化と対立する要素もあってリスクを感じてしまっている。できれば、これについての議論は触れたくないというというのが企業側の代表的な姿勢ではないかと思います。私も企業の内部の人間として、デッドとエクイティの最適資本構成を考えて、敢えて負債を負う必要もないのにレバレッジを掛けるということには、どうしても賛成できません。しかし、それならばそれを、ロジカルな説明を試みることは必要なのではないかと考えます。それにより、企業の姿勢として賛成はしてもらえないかもしれませんが、少なくとも誠意は感じてもらえるのではないか、市場に対しての敬意は保っているという姿勢だけは評価されるのではないかと思うわけです。以前からも、ここで述べさせてもらっている通り、IRの立場から経営に対して提案をするということを考えれば、こういう点で経営に対する提案も伴って、開示を進めるということも考えられます。
一方「株主還元」については、多くの会社のホームページでも説明のページが作られているようです。株主還元の代表的なものは配当金と言えますが、会社によっては「配当金について」というように、これを単独で取り上げているところがむしろ一般的で、多くの場合は配当金額の推移や配当性向の推移を、あるいは配当金受取の手続きに関する説明を載せているところが多いと思います。その中で、配当政策として配当に関する方針を説明している会社も少なくありません。しかし、資本政策と一緒のページで扱っている会社は少ないと思います。そこで敢えて「資本政策と株主還元」として同一の項目の中で取り扱うことにより、株主還元と資本政策を関連付けて考えるという会社の姿勢を打ち出すためです。多くの会社では配当金の方針については安定配当というようなことを謳って、資本政策と関連させてはいません。多くの会社では、歴史的な経緯から安定配当ということが、いってみれば固定観念のようになって、前例踏襲となって、あまり考えることなく続けているのではないかと思います。たしかに、シグナル効果というような、かりに会社の業績が落ち込んだ場合でも、配当金額を減額させないでいると、その会社の業績の落ち込みについて会社は一時的と考えているというシグナルを発するような効果をあげて株価がそれほど下がらないということが実際にあります。日本の株式市場では自己株買いよりも高い配当金の方が株価の押し上げ効果があるという統計もあるそうです。だから、日本の企業の中では、配当金は安定配当と配当可能性が検討材料とされているケースが多いと思います。資本政策との関連、もしくは資本政策の一環として株主還元を考える会社は実際に少ないです。しかし、配当金の検討をする際に、最適資本構成に資することを考慮していくことによって、ROEの改善につながるようなら、それも株主にとって意味のあることです。一方、会社にとっても配当金というのが資本政策の手段の一つとして考えれば、資本政策のバラエティが広がることになって、こちらもメリットがあると思います。
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