無料ブログはココログ

« 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(5) | トップページ | 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(6) »

2013年2月24日 (日)

「エル・グレコ展」(1)

2013011923240070d東京都美術館 2013年2月22日(金)

都心で夕方にミーティングがあって、その帰りに寄ることができた。新聞社の主催で、泰西名画で、しかも上野の美術館で大々的に開かれているというので、混雑が十分予想できたし、グレコっていう画家も取り立てて絶対見たいほど好きというのでもなく、単に、記憶の片隅に残っていたというだけだった。そのまま、展覧会の会期がいつの間にか過ぎてしまって、「ああ、そうだったか」と思い出す、そんな程度の認識だった。だから、万全を期して行ったというわけではない。たまたま、ミーティングが予定していた時間を超過してしまったため、終わった時に会社に戻るのには遅すぎる時間で、金曜日は美術館が夜間まで時間延長して8時まで開館していた、という偶然がかさなったからだ。

多分、この文章をネットで検索して辿り着いて目にするような人は、グレコがどういう画家かという予備知識を十分に持ち合わせていると思うので、余計な紹介のようなことはせずに、私のグレコ展の個人的な感想を綴っていきたいと思います。

私は、元々写実的な絵画よりも、画家が何らかの作為を加えた絵画作品が好きで、その画家の加えた作為を自分なりに想像して追体験するというような観方をしています。とはいっても、その追体験とやらが画家が事実そうしたかということには、あまり頓着せず、自分がそう思って作品から見てとれる世界の創り方とか、そんなことをあれこれ解釈していくのが好みです。だから、そこにあるそのままを描いた(実際に、そんなことは不可能なのですが)ような作品には、概して面白みを感じられません。例えば、そういう要素を敢えて意図的に排除するようなポーズをとっている印象派の画家たちの作品などが、その典型です。そのような作品に比べるとグレコの描いた作品というのは、人が一般的に感じる写実とは明らかに違う独特な作品を描いていると思います。しかし、どこか不可解さと不自然さ(意図を加えているので、不自然なのは当然なのですが)というのか、わざとらしさ(これも貶す言葉ではないのですが)に、何となく違和感というようにものを生理的に感じていて、積極的に見たいと思えない画家でした。だったら、なんでわざわざグレコ展に出掛けていったのか、と問われればそれだけの話です。また、弁解がましくなりますが、マニエリスムやバロックの画家を嫌いではないのです。最初に言いましたが、人為的な作為を加えて、その作為や意図を愛でるというところが、カラバッジォやポントルモなどといった画家を比較的好んでもいるわけです。でも、何というか私の個人的な印象ですが、決定的にこれらの画家とグレコが違うような気がするのです。それが、グレコと言う画家に対して、私が感じている違和感なのではないかと思います。それは、美術史家が指摘していることですが、グレコの宗教画の特徴は聖堂でこれを見る人が祈りを捧げることを意図しているため。つまり、祈りの気持ちを喚起するために描かれているということです。ということは、言ってみればプロパガンダです。今回のグレコ展の目玉として展覧会チラシでも大々的にフィーチャーされている「無原罪のお宿り」にしても機能面でいえば、例えば北朝鮮の報道でテレビ画面に映る体制のプロパガンダ用の、こっちから見ればアナクロにしか映らない指導者をヒーローに仕立てたような画像と同質的なものだということです。比較は適切ではないかもとれませんが、その辺りに違和感を感じているかもしれません。ポントルモの作品を観ていると、注文に従って描いているのでしょうけれど、そこにポントルモ自身がそのように描かざるを得ないような物語を想像させるところがあるのですが、「無原罪のお宿り」にはそういうグレコが私には発見できないのです。プロパガンダには作者の主体性は邪魔になりますから。

もう一点は、スペインとイタリアの風土の違いということです。これは、私の中途半端な歴史と地理の知識から想像していることで、事実がどうか証拠を見せろと言われれば答えられないことです。私の中では、取敢えず納得できることではあるので、話半分で聞いてほしいと思います。当時のイタリアとスペインの豊かさの違いと中世が残っている度合いの違いということです。当時のイタリアは地中海交易の中継点として商業が発展し、金融の中心地としてもフィレンツェやヴェネチア、ジェノヴァあるいはミラノ等の都市が栄えていました。その中で豊かになった都市で市民階級の萌芽がみられ農業に依存した封建貴族に代わって台頭しつつあったという情況です。そのなかで、従来の経済的には停滞を前提した自給自足を原則にしたような中世の文化に対してルネサンスの文化が花開いたというのが教科書的な理解です。あまりスペースがないので、このような書き方が本当に適当かどうかということは、とりあえず脇に置いて比較のために議論を単純化します。そこには中世の文化の祈りの感情、どちらかという現世というよりは来世を見通すような視線が強いものから、現世をポジティブに見ようという視線が生まれた。そこにルネサンスの中世とは違った明るさのようなものが、例えば中世のイコンとダヴィンチの聖母マリアを描いた絵画を見比べると明らかに違います。

これに対して、スペインはイタリアに比べれば広大な国家ですが、国土の大半は岩山で農業に適したのはごく一部で、イタリアのような交易で栄えるということもなく、もともと豊かな国とは言えなかった。まして、直前までイベリア半島の半分以上をイスラムに支配され(イスラムの支配は繁栄をもたらしましたといいますが、後のスペインがそれを継承できたかは疑問です)ていたのをレコンキスタの長期にわたる戦いで取り返した、とはいっても、その戦いで国土は荒れ果て、イタリアと違って庶民が豊かさを背景に自立台頭してくるというのとは逆に惨状にあったのではないか、という状況だったと思います。だからこそ、スペイン国王はイタリアの征服を考えたり、大西洋の向こう側の新大陸という大きなリスクに賭けざるを得なかったのではないかと思います。実際に、スペインが新大陸を植民地として繁栄していたと言われでいますが、実際は王家は借金まみれで折角新大陸から強奪した富を借金のかたにイタリアやドイツに取られてしまって、富の蓄積ができず首都であるマドリードは貧困から脱出できなかったといいます。だから、庶民にはイタリアのルネサンスのようなことは殆どなく、中世が続いていたと考えてもいいのではないかと思います。カトリック教会に目を転じてみても、イタリアのカトリック教会は世俗化が進んで教養豊かな俗物のような人物が教皇になったりしますし、教会が芸術の庇護者となったりしますが、スペインのカトリックと言うとドミニコ会とかイエズス会というような反宗教改革、あるいは異端審問というような苛烈なイメージが強いのは、私の印象だけでしょうか。それだけ中世のカトリック信仰の残滓が濃厚だったのでは。そこで、民衆に祈りを喚起させる絵画がどういうものかと言えば、はたしてイタリアのルネサンスの明るい現世肯定的なものが、市民が独自に注文するような絵画が好ましいのか、と考えた時に、グレコは最初はギリシャでイコンの修行をしているという事実です。今回の展示の中にも、彼が描いたイコンがありました。かといって、中世そのままではない。おそらく、注文主は貴族だったり教会の上位聖職者なわけですから、ルネサンスには取り敢えず触れているので、中世そのままというのでは、もはや受け入れられない。ということで、グレコの絵画というのは、イコンを当世風にアレンジしたものとして、貴族や僧侶のような当地の上流階級にも、教会で作品に祈りを捧げる庶民の両方にも受け入れることができた折衷的なものとして受け取られたのではないか。そう考えれば、「無原罪のお宿り」の現実の空間の感覚とはかけ離れた画面構成や人間としての個性とか実在感の希薄なキャラクターピースのような人物の描き方とか、パターン化されたようなまるでコスプレのような衣装への色遣いなども、イコンの様式性を当て嵌めたと考えれば、それなりに納得できます。イコンはもともと写実性など求めてもいないわけですから、想像の世界を描き、それを人々にそういうものだと受け入れさせるには格好の方法だったのかもしれません。それをうまく使いこなし、聖堂という建築物に飾るということに適した描き方をしたところにグレコという画家が当時受けた原因があるのではないかと思います。それと同じ理由で、ギリシャからイタリアに行って、そこに落ち着かずにスペインに流れてきたのも、そういう画風はイタリアでは受け入れにくかったのではないかと想像します。

展示は次のようなコーナーを設けて為されていました。

Ⅰ-1 肖像画家エル・グレコ

Ⅰ-2 肖像画としての聖人像

Ⅰ-3 見えるものと見えないもの

 クレタからイタリア、そしてスペインへ

 トレドでの宗教画:説話と祈り

 近代芸術家エル・グレコの祭壇画:画家、建築家として

これから、このコーナーに分けて、今考えてきたことを実際の作品で検証しながら、感想をお話ししていきたいと思います。

なお、この関係の書き込みは都度、不定期に行うつもりなので、次の書き込みは不定時になります。

« 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(5) | トップページ | 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(6) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「エル・グレコ展」(1):

« 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(5) | トップページ | 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(6) »