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2013年2月19日 (火)

熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(1)

1970~80年代前半にかけて生まれた世代は、有史以来、どの時代の子ども達よりも物的に恵まれた“飽食の時代”に生まれ、育てられてきました。“末は博士か大臣か”と親から期待され、厳しい受験競争を戦った世代でもあります。勉強さえ出来れば立身出世につながるという受験システムが、知識階級の子弟ばかりでなく庶民にまで認知され、出自や親の職業とは無関係に誰でも自分の夢に向かって突き進めるようになりました。しかし、現在、大人になったそり世代の多くは、幸せにも満足にもほど遠い日々を過ごしています。本書の中で、私たちの世代が生まれ育った背景について、一つの視点を提供してみようと思います。「いまどきの30代・ロスジェネ世代のことがよくわからない」という人の参考にはなると思います。

第1章 俺的に正しく、俺的に間違っている社会

この章では、そんなに“豊かなのに貧しい”私たちの21世紀について、その生きざまをラフスケッチしてみたいと思います。

現代社会の生き辛さを象徴しているものは色々ありますが、そのひとつに、精神疾患を患う人の数が増えている、というものがあります。増えている病気の内訳を見ると、倍以上の伸び幅を見せているのが「気分障害」と「その他」です。「気分障害」にはうつ病のほか、気分変調症や双極性障害(躁鬱病)などが含まれます。「気分障害」という名前の通り、このカテゴリーの病気に共通しているのは、「気分やテンションのコントロールが失調している」と言う点です。また、「その他」にふくまれるのは、「発達障害」や「パーソナリティ障害」などです。「発達障害」にはアスペルガー障害やAD/HD等が含まれます。発達障害の人は、先天的な問題と後天的な環境との掛け合わせによって病状が形作られ、空気が読めなかったり、落ち着いて授業が受けられなかったりといった、コミュニケーションや社会適応上の困難さを抱えています。「パーソナリティ障害」も、20世紀後半から増えてきた精神疾患です。安定した人間関係や社会適応に難をきたすような人柄になってしまうもので、いわば人格レベルの発達が障害された状態、と表現できるかもしれません。

「気分障害」「発達障害」「パーソナリティ障害」がこんなに増えたのは何故でしょうか?理由のひとつには、精神科や心療内科を受診する敷居が下がったからもあるでしょう。しかし、どれだけ心療内科の敷居が下がろうが、社会生活にそれなりに対応し満更でもないような人が、わざわざ手間暇をかけてクリニックを受診するわけがありません。精神科を受診するひとは、それなりに社会適応やコミュニケーションに困っているからこそ受診に至るのでしょう。ここにきて「発達障害」などの診断が増えている理由は、環境やライフスタイルの変化によるところが大きいと推定されます。社会という名の環境が変化したことによって、昔だったら出来なくても構わなかったコミュニケーションや自己コントロールが全員に課せられるようになったり、ついていけなくなって困り果てた人が診断に至っているのでしょう。この新しい社会からの要請に応えられない人間は、社会適応が難しい時代になりました。

しかし、生き難さの全てが社会環境のせいだと看做すわけにもいきません。パーソナリティや処世術に何のある人もいます。一例として、全能感を維持するために「何もしない」人達を挙げてみます。この人たちとて、全く何もしないわけではありません。得意分野や挫折を体験する可能性の少ない分野では、むしろ積極的に活動します。問題は、このタイプの人が「失敗や挫折のリスクのある挑戦」をしない、ということです。人間は、様々なことに挑戦し、成功だけでなく失敗からも多くを学ぶものです。失敗から教訓を得るという意味だけでなく、子供めいた全能感が修正されて等身大の自分がどれぐらいのものかに気づくのも、児童期~思春期における学びの大切な一部です。この人達は挫折や失敗を経験するかもしれない挑戦をやたら避けるので、いつまでたっても全能感が失われません。こういったトライアルを未然にすべて回避していれば、自分の可能性は無限だ、本気でやれば何でもできる子だ、という自己イメージをいつまでも維持できるわけです。もし、自分の全能感が失われそうな試験・競争に直面した時にも、全能感を維持するのは実は難しくありません。「俺は本気じゃない」と言い訳しながらの挑戦なら、失敗した時も、全力を出していないから失敗したと自己弁解できますから、全能感は保たれます。このような「全能感を維持するために何もしない人達」は、“本当は自分は何でもできる”という子供じみた全能感を抱えながら、スキルアップや成長の機会を逃し続けることになります。このような処世術は、当座のストレスを回避するには優れていますが、万が一、挫折を避けられなくなった時にはポッキリと心が折れてしまいます。そうでなくても、「実は何もしないまま歳を取った自分」にいつの日か直面する日がやってきます。その時には「何もせずに歳を取った等身大の自分」と「全能な自分自身のイメージ」のギャップに愕然とするしかありません。今日の精神科臨床では、このタイプの人が、全能感を失ったショックや挫折をきっかけにメンタルヘルスをこじらせて受診…というパターンが珍しくありません。

そんな困難な社会と、困難な個人の両方が合わさると一体何が起こるでしょうか?それが典型的に現われているのが、大学新卒者の就職戦線だと思われます。現在の企業はせっかちになっていて、新入社員を“長い目”で育てようという意識が希薄になっているようです。こうした即戦力志向・即業績志向は、企業側だけのメンタリティではありません。学生の側も、すぐに戦力になれる自分・すぐに業績を認められる自分でなければ、活躍できなくなっているのではないでしょうか。本当はいっぱしの社員としてすぐに認められたり活躍できたりするほうがおかしい筈なのに、それが出来ないからといって、「この会社は合っていないような気がする」「この会社では自分の才能が開花できない」と思い込んで辞めていく、そんなイマドキの新入社員たちも、企業に負けず劣らず我慢の利かない人達だと言えます。

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