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2013年2月 5日 (火)

ルートヴィヒ・クラーゲス「リズムの本質について」(1)

第1章 現象研究の意味について

本質研究は原因研究よりももっと決定的に、取り扱う分野をできるだけ厳密に限定することが必要である。しかし概念を定義するためには、まさに定義されるべきものはこれからはじめて突き止められなければならないことであるのに、それを十分によく知っているということが多少とも前提になる。それゆえわれわれの論述は、リズムの定義へ向かう一歩ごとにちょうどその分だけリズムの本質の洞察になじんでゆくような仕方を選ぶことにしよう。

誰でもがよく知っていることと関連させて、次のように言ってみよう。リズムとは時間的現象を規則的に分節化したものである、あるいは分節のほうに注目して、リズムとは現象の時間的構成要素が規則的に反復することである、最後に出来るだけ簡潔に言うとして、リズムとはある規則が時間的に現象したものである、と。これらの概念規定は、これから少し考察しておかなければならない現象という語を除けばすべて不適切である。

リズムが現象界に属するとすれば、それは物の世界には属さない。現象に取り組むのが現象学であり、物に取り組むのが事実学あるいは原因についての科学である。物として把握されるなら、わたしの机は常に同一の何かであり、さらに私にとってはどんなときであっても同一であり、同様に任意のどんな数の他者にとっても同一である。それに対して机の現象は絶え間なく変化している。机の現象はそれを見る方向を変えるにつれて変化し、距離によっても、光のあたり具合によっても変化する。わたし自身の状態によっても変化する。

記憶の蓄積ということを少し考えて見ても同じ結果が得られる。ある物を初めて知覚した時それは新しさの性格を持つ。しかし二回目に知覚するときには、それは既知の性格をもちわたしがそれを再認したと思うことを可能にする。わたしがそれを短期間に百回知覚したとすると慣れの性格をもって、そのためにもはやそれに注意を払うことがなくなるであろう。つまりそのときには世界の現象についてのわたしの体験から何かが滑り落ちている。そのようにして現象界は永遠に続く変化と逃走の中にあるのに対し、物の世界はいわば時間を奪われて硬直しているのである。

しかしすぐにまたこのことの裏面を先回りして考えて見よう。世界の現象がわれわれにさまざまな感性を通して伝えられてくるかぎり、それは見ることができ、聞くことができ、味わうことができ、触れることができる等々の現象である。しかし、時とともに推移ししたがって絶え間なく変移しているということは、過程そのものの特徴でありそれゆえ例えば感性過程の特徴である。世界の現象の一側面を取り出して見るなら、すぐに次のことが分かる。長く成り続けるフルートの音も、もし五秒目に聞く音の内容が四秒目の内容と似ていて、四秒目の音の内容がやはりまた三秒目の内容とも似ていて、そのようにしてそれは一秒目の始まりの音の立ち上がりまで同じように似ているのでなかったなら、われわれにはまったく「現象」しないことであろう。感性を感知能力という名で呼び、その相手を感知形象という名で呼ぶことにすると、感知形象が居合わせるためには、われわれの生命過程を分解して得られるもろもろの時間的部分が、それらが連続して起こることによってではなくその他の点では変化し続ける形象的要素の類似が体験されることによって、互いに絡み合わされていなければならない。世界の変移は体験が時間的であることによって現象するとすれば、変移の感知性は類似性が体験されることによって現象するのである。

ふたたび先の定義に戻ろう。先の概念の定義に対抗して、単調なフルートの音はその基盤に大気の振動の規則的な継起があるにもかかわらずリズム的なものではまったくないではないかと主張としても反論にはならないであろう。というのはその場合、現象しているのはフルートの音であって、空気の振動ではないことが見逃されているからである。振動が音が現象するための対象的条件の一つであることはわれわれも疑いなく正当であると考える。リズム的なものの現象を直接には現象しない推移に翻訳していいのかまたどの範囲でできるのかという問題は後ほど考察されるべきであろう。先の定義の誤りは別のところにある。

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