無料ブログはココログ

« 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(7) | トップページ | 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(9) »

2013年2月27日 (水)

熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(8)

第4章 取り扱い要注意物件としての自己愛

ここまで現代の私達の世代にありがちな現象を書いてきましたが、「自己中心性」は私達のメンタリティを特徴づける通奏低音になっているように思います。しかし実際には、私達の世代だけが自己中心的なのではありません。私達を取り巻く企業も、若さにしがみついて必死な年長世代も、そしておそらく私達より下の世代も、皆、他の世代・他の性別・他の立場に思いを馳せる余裕のないまま、自分のことに必死になっているのが現状のように思えます。

ハインツ・コフートという精神科医は「自己愛は克服するもの」ではなく「自己愛は成熟するもの」と考えました。人間が人間である限り、「対象との一体感」を求める気持ちを捨てることはできないし、捨てるべきでもないと考えました。「対象との一体感」がなければ、ひとは心理的に参ってしまうのではないか、とコフートは考えたのです。この考え方が脚光を浴びるようになったのは、1980年代になってからのことです、大半の人が大家族や地域社会といった共同体の中で濃い付き合いに囲まれて生きていた頃には、一体感不足で参ってしまう人はあまりいなかったでしょう。しかし、大半の家族が核家族になり、地域社会からニュータウンへと暮らしが変わって行くうちに、私達は自由に、そして孤独になりました。ということは、それだけ一体感を感じにくい、それだけ自己愛を充たすチャンスが少ない時代になったという事です。

 

では、そんな自己愛を私達は実際にどんな感じで充たしていのかについて、コフートは三つのパターンに分類しています。

①鏡映自己対象で自己愛を充たす

他人からの称賛や反映を映し鏡として自分自身の価値や存在意義を感じて、それで自己愛が充たされるタイプです。運動会や文化祭で活躍して拍手や声援を集めた時の高揚感とか、子どもの頃母親に抱きしめられて安心している時のことのような、自分がベストを尽くしているという充実感以上に、拍手・声援・抱っこといった他人のリアクションを介することで、自分自身が満更じゃない、無視されていないと確認できるからこそ体験できるもので、そう確認させてくれる他人が存在しなければ体験しようがありません。常に拍手や声援の中に身を置けるような人は滅多にいませんし、他人を映し鏡として露骨に利用していれば皆に嫌われてしまいます。

②理想化自己対象で自己愛を充たす

理想の対象との一体感を感じたり、理想の対象に心を寄せたりすることで自己愛が充たされるパターンです。例えば、自分の恩師や先輩に対して尊敬していられる時や自分の属する会社が誇れるような偉業成し遂げている時、あるいは子どもの頃父親の力強い後姿に憧れを抱いている時というような、自分が理想とする対象を誇りに思っている時・素晴らしいと感じている時には、案外、人の心は充たされ勇気づけられるものです。たとえ自分自身が称賛や評価を集められず、①が困難な人であっても、理想や憧れを引き受けてくれる対象に心を寄せている限りは、自己愛は充たされ得ますし、心理的に安定するという事は十分あり得ます。

③双子自己対象で自己愛を充たす

自分によく似た対象を通して自己愛を充たすパターンです。自分自身にそっくりな人を見つけた時や、自分とたくさんの共通点を持っているような対象とともにいられると感じている時にも、自己愛は充たされる。

 

以上を踏まえて、20世紀~21世紀の日本人が実際にどうやって自己愛を充たしていたのか、その傾向について紹介します。20世紀の自己愛の充たし方の特徴は、21世紀のそれに比べると集団的な点です。地域社会、大家族、日本企業といった集団との一体感を介して自己愛を充たす形式が大きなウェイトを占め、個人主義的に、あるいは自分一人に称賛やアテンションを集めて自己愛を充たす形式は社会的に望ましいものと看做されていませんでした。例えば、地域社会は、子ども達が両親以外にも一体感や親近感を感じやすい近所の人に囲まれて育つことができたという点、現役を退いた年寄りも死ぬまで一体感に包まれていられたという点では地域社会は幅広い世代の自己愛を充たすのに向いていたと言えます。また、大家族、あるいは親族の居住地に近い核家族同士ならば一族としての緩やかなまとまりを維持し、一体感をもてるものでした。

しかし、20世紀も高度経済成長の時期になると地域社会や大家族は希薄化し、次第にニュータウン的な暮らしが増えて行きましたが、集団的に自己愛を充たすこと慣れていた当時の人々にとっては、当時の日本企業が人々の心理的ニーズを巧みに汲み取って組織化するのに成功しました。いわゆる会社人間です。もちろんこれは、高度経済成長と終身雇用制度という、今では期待しようのないバックボーンがあってこそ成立した一体感であることは言うまでもありません。

 

ニュータウン育ちの世代が社会に進出し始めたあたりから、社会の中で自己愛を充たす方法は少しずつ個人主義的な色彩を帯び始め、それに並行して世の中の仕組みも少しずつ変化していきました。1980年代に入ると、従来のような企業と社員とが一体になった働き方に代わって、自分の成果は自分のものと主張し、それに見合った地位や報酬を期待する考え方が徐々に支持され始めます。「成果主義」や「自己責任」といった言葉が浸透していった背景のひとつには、グローバルな競争に勝ち抜くことを迫られた日本企業側の、優れた人材を集めたいという思惑もあるでしょう。しかしそれだけでなく、80年代以降に社会に進出したニュータウン生まれの若い世代が予め個人主義的な価値観を持ち①の他人を映し鏡にして自己愛を充たすことに抵抗感がなかったからこそ個人主義的なワークスタイルを違和感なく引き受けることができたという事情を無視することはできません。こうした個人主義的スタイルが定着していくと、経済面だけでなく、心理面でも著しい個人差が生じてきます。成功者は一部の人で、そうでない平凡な大部分の人には企業共同体や地域共同体より自由を選んだため、集団的な一体感を通して自己愛を充たすこともままなりません。そこで、人々の自己愛不足を埋めるように台頭してきたのは、モノを消費することで自己愛をみたすというスタイルです。80~90年代にかけてのモノの消費は、生活必需品である以前にプライベートに自己愛を充たすためのアイテムでした。そしてバブル経済が始まると、日本人は世界中からモノを買い漁って自己愛を充たし始めるようになり、西欧では上流階級しか身に付けないような高級ブランド品を女子高生が持ち歩くという風景を見かけるようになりました。そして、バブル崩壊後にはカネにモノを言わせることは不可能になり、差異化ゲームの主戦場はサブカルチャー領域へと移りました。安上がりではありましたが、他人よりも長じるにはそれなりの努力とセンスが必要でした。

« 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(7) | トップページ | 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(9) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(7) | トップページ | 熊代亨「ロスジェネ心理学~生きづらいこの時代をひも解く」(9) »