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2013年4月 3日 (水)

あるIR担当者の雑感(117)~資本政策への挑戦

日本人は勤勉だなんてウソだ。自分の頭で考えずに、前例や横でやっている奴の真似をして、仕事をしている振りをしているだけだ。

また、ネガティブな始まりですね。こういう、みんながこう言っているけど、違うんだよ、っていうようなオレはメジャーな流れに埋もれていないんだ的なスタンスって、結局はそういうメジャーにぶら下がっているのを、そう言っている当人が気づいていないという恥曝しのようなものなので、やりたくないのですが、地が出てしまうのは避けられないようです。もうちょっとだけ、我慢していただいてお付き合い願います。

先日、あるセミナーで、決算短信や有価証券報告書の配当政策の記述について、安定配当を謳っている企業が多い。しかも、そのほとんどが配当性向30%と判で押したように書いている。まるで他の会社の文章をコピー・アンド・ペーストしたようだ。なぜ30%なのか、なぜ安定配当なのか、その理由を説明しているものに出会ったことが無い。とその講師は話していました。そう言っている講師の人も、ある企業のIR責任者なんですが、その会社も明確な説明はしていませんでした。

投資家や株主といった人々も、実は、このことを知りたいのではないかと思います。これは、配当のみに限定されるだけでなく、株主還元策の一環として、あるいは資本政策との関連の上で、企業がどういう方針かということ、もっと追求すると、企業が株主価値を高める一環としてどう考えているか、ということではないかと思います。

そこで、IRということで貢献できないか、と思うわけです。従来の一般的なIRの理解では、それは逸脱と考えられてしまう可能性が高いと思います。むしろ、私には米国のIR協議会のIRの定義を読んだりしていると、こういうことが、本来の機能なのではないか、とも思うこともあります。このような事なら、前例や横並びのコピー・アンド・ペーストはできないでしょうから。

では、実際に考え始めましょうということで始めてみると、自分の勤め先がなぜ安定配当なのか、という疑問でまず暗礁に乗り上げました。誰もが知っているようで知らない。現に、今、配当を決めている人たちですら、そういうものだから、として判断停止になっている。おそらく、大半の企業でもそうなのではないかと思います。

これ以上は、あまり大言壮語できませんが、(言うだけならいくらでもできますが、それを企業の中で実際に取り上げ、考える、あるいは考えさせる、というのは安易にできることではありません)試してみるだけのものではあると思います。

それで、色々調べてみると、安定配当は15年戦争(満州事変から日中戦争、太平洋戦争へと連なる一連の戦争をまとめて、このようにいう言い方があります。)の戦時体制として、市場経済から国家管理の計画経済に転換させられたのを契機として、戦後は、その時の革新官僚たちによる傾斜生産といわれる生産体制。そしてまた、いわゆる日本的経営により人工的に資本コストを低く抑え、収益率が低くても、アメリカ等の海外市場での市場拡大によりパイを大きくして、経済を成長させるという、経済政策、それを支えた個々の企業の経営の一翼であったということが分かります。だから、それは、一時的な、ある特殊な状況に対して適合的であったというのは良く分かりますが、それが規制緩和や門戸開放が進んだ、現在の日本企業に対して、果たして適合的かどうかというは、また別だということです。日本的経営といわれた要素、メインバンク制とか従業員の終身雇用とか年功序列の賃金制度とか株式の持ち合いとか、それぞれに再検討され廃れたり、変質したりしましたが、安定配当に関しては相変わらず続いているようです。それらのことから、それぞれの企業の経営現場で、その意味を考えるということを、してもいいのではないか、むしろ、すべきではないか。

その際に、経営者が考えるのは違う視野でのものが考えられるのではないかと思います。そこでは、日本経済の経緯のなかに自社の現状を位置づける、あるいは国内外の市場の広がりのなかで自社の特徴を洗い出す、というような企業内の人間でありながら、企業から一歩離れた立場で見ていく。それは、株式市場の投資家ともつながる立ち位置であろうと思います。そこで、経営に対して強くコミットできる、と同時に企業の外部に対しての説明の手がかりを作ることができる。そういう試みをしようとしています。いま、暗中模索の中であるので、筋道の通った書き込みはできないでいますが、とりあえず、ホームページで配当政策や資本政策に関しての説明のためのページをつくって、一部をアップし始めています。また、セルサイド・アナリストとのミーティングで少し話してみて、反応をうかがったりと手探りを始めています。いまのところ、静かな水面に小さな一石を投じて小さな波紋がひとつ生まれたというところです。

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