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2013年4月29日 (月)

宮川壽夫「配当政策とコーポレート・ガバナンス~株主所有権の限界」(7)

規制が存在せず完全競争が行われることはMM理論成立に不可欠な条件であるが、(3)の仮定に基づいて、規制が存在しない市場という視点で説明する。具体的な事例として、規制により無配企業や低配当企業に投資できない機関投資家の存在が想定される。委託者からの要請やファンドの運用方針によって企業の配当政策が銘柄選択に強い影響を及ぼすことは一般的に考えられるが、完全な市場にはこのような規制を負う投資家がいることを予定していない。仮に経営者が機関投資家に株を保有してもらいたいと考え、機関投資家の銘柄選択のために配当支払が必要となれば、経営者は個人投資家にとって税制上不利な配当支払を選択する可能性がある。その結果、配当を支払うことにより、機関投資家という一つのグループにおいて企業価値が向上することになる。

仮定(4)は情報の非対称性は存在しないというものであるが、前章の組織の経済学を発展させていく重要な議論である。企業と株主・投資家が同水準の情報を常に保有している保証はないために配当の変化は何らかの情報創出機能を伴って企業価値に影響を与える。実際には、株主と経営者との間に常に情報分布が非対称に存在しており、経営者の情報優位は疑いがない。このことを情報の非対称性と呼んでいる。企業価値に関する情報を経営者が外部投資家より多く持っているとき、配当はコストがかかっても市場に有効な情報を伝達する手段となりうる。したがって企業が行う配当の変更は、経営者が株主や投資家に送るシグナルとして受け取られ株価に影響を与える。例えば、増配は企業の情報をより多く保有する経営者が将来の収益見通しに対して楽観的であることを市場に伝達する情報効果があり、反対に減配はその逆のシグナルとなる。この場合、増配それ自体が企業価値を向上する要因となる。これが配当のシグナリングモデルである。ただし、配当がシグナルとして有効に機能するためには企業はシグナルするためのコストを支払わなければならない。コストがかからないシグナルに対して市場は信頼しない。しかも、そのコストは他の企業が模倣できないようなコストであることが必要である。一方、ペッキングオーダー理論は、情報の非対称性を拠り所として企業がプロジェクトの投資資金を調達する際に内部資金を好み株式発行を回避するという本来は企業の資金調達に関する事実を説明する理論である。このペッキングオーダー理論を応用して企業の配当政策を説明することも可能である。ペッキングオーダー理論によれば経営者は情報の非対称性がもたらすコストを最小化しながら資金調達を行うとする。企業の資金調達手段を大きく分けると、借入れ、社債発行、新株発行等の外部金融と内部留保による内部金融がある。これらの資金の利用にあたって企業経営者は情報の非対称性が低い順に予め優先順位を決定しており、その順位に従って調達を行うとされる。すなわち企業経営者は、株主にせよ債権者にせよ外部から資金を調達すると情報の非対称性が生じるため、まず内部留保を優先的に利用し、内部留保利用の限度が一杯になったところで借入れを行う。このような結論も情報の非対称性を考慮した配当政策と相容れないものではない。つまり、経営者は内部留保に強い選好を持つが、収益性が高い企業は高水準の内部留保を蓄積することになるため配当による社外流出に対する抵抗は少なくなる。この理論に従えば、配当は収益性とキャッシュの拡大とともに増加し、負債の拡大とともに減少するということができる。このペッキングオーダー理論では経営者が株価の過大評価や過小評価を気にしながら行動していることを仮定している。また、情報の非対称性が存在するということは、経営者は配当政策を市場へのシグナリングに利用することによって企業価値をコントロールする余地があるということになる。そうであるならば、経営者は市場がより配当に関心を持っている時期にシグナリングを実施した方がアナウンスメント効果はより高くなるだろう。配当ケータリング仮説はこのような経営者と市場の心理に根差した考え方である。この仮説によれば、市場が配当に対して高い関心を示し、高配当の企業の株価を高く評価している時期にはより多くの企業が配当を高め、逆に配当と株価が連動していない、あるいは配当を支払う企業が評価されない時期になると企業は配当をやめる。投資家の配当に対する選好が企業の配当政策に影響を与えるというところに特徴がある。株主と経営者との間に存在する情報の非対称性は配当政策を介在してお互いにの駆け引きを誘発させながら企業価値に影響を与えているのである。

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