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2013年4月27日 (土)

宮川壽夫「配当政策とコーポレート・ガバナンス~株主所有権の限界」(5)

第3章 外部株主モデルと固定的配当政策の合理性

本章では外部株主モデルをもとに株主と経営者の関係を改めて見直し、配当政策がもたらすモニタリングとインセンティブの機能について考える。

外部株主モデルによれば、株主と経営者双方がそれぞれの資産を株式会社に投下し、お互いがそこから創出されるリターンの獲得を期待しているとする。即ち、経営者から経営能力といった無形の人的資本が投入され、一方の株主からは株主資本が投下され、株式会社はこれら双方の投資によって形成されている。双方が投資を行った結果、やがて株式会社はキャッシュフローを生むことになるが、株主と経営者のインプットは元々それぞれ当事者の所有物であり、自分達が会社に投入した資産に対するリターンを期待している。つまるところ企業の純キャッシュフローは、(1)配当と自己株取得による株主への払い戻し、(2)事業への再投資、(3)経営者の私的便益の3方向に分配され、この分配方法は株主と経営者の交渉力によって決定される。株主は株式の保有比率を背景に経営者へのモニタリングを効かせることによって、その交渉力を高めることができるが、あまり過剰なモニタリングを行うと経営者のモチベーションを低下させてしまうため必ずしも企業価値の向上は望めなくなる。そこで、このような株主と経営者のトレードオフを調整する有効な手段が固定的配当政策であるという主張が出てくる。すなわち経営者が株主資本コストに見合った配当総額を支払い続ける限り、株主の将来配当に対する期待は安定化し、株主は現経営者による企業活動の継続を認め経営者の罷免を含む経営への介入を行わないよう意思決定する。

これは、経営者が単純に自己利益のためだけに走るという前提ではなく、経営者の事業に対するモチベーションということに踏み込んだもの。株主と経営者の利害の不一致によって企業経営の効率性が損なわれる原因として、次のような基本的要因が考えられる。すなわち経営者の企業努力や企業特殊的な人的資本への投資から生まれる収益の一部が株主にも分配されてしまう問題、あるいは経営者による私的便益の費消が株主への分配可能な利益を犠牲にしているという問題である。これらの問題は、経営者に自由裁量を与えることが直ちに企業価値の毀損に結びつくのではなく、経営者が自らの利益にかなう限りにおいて自己を規律付けするような方策が検討され、結果として効率的な経営が実現するというような理論モデルである。

配当政策においても長期間にわたって安定的な配当を払い続けることが有利な手段となる。過去何年にもわたって安定的な配当を支払った実績が株式による資金調達コストを大幅に軽減することになり、他方、企業が利益を獲得すればするだけ全てを配当として株主に配分してしまうと、経営者の企業努力や企業特殊的な人的資本への投資が行われなくなり、やがて企業価値が毀損されてしまうだろう。以前に比べて経営者ないしはエージェントに対するモニタリングとインセンティブ付与のバランスが極めて重要である。特に現代は限界ある成長率の中で競争するための高度な情報化と技術化が進み、企業の競争優位の要因は経営者や従業員が持つ目に見えない人的資産に依存するケースがおおい。これまでのように余剰資金を配当によって常に株主に還元することばかりが、企業の利害関係者の利害調整にとって常に株主に還元することばかりが、企業の利害関係者の利害調整にとって必ずしも的確であると言えないケースが存在する。

エージェンシー理論に基づくフリーキャッシュフロー仮説の限界は、大規模な投資による生産設備を擁して大量販売を旨とするような産業資本主義的企業を想定している点にあったのではないかと考えられる。このような企業でも人間が経営し、人間が働いている以上何らかの人的資産への価値を形成されるだろう。しかし、企業の競争力を高めるためには人的資産への価値を見出すよりも物理的設備の規模拡大や効率化を図ったり、固定資産や金融資産に介在する利害関係者のコンフリクトを解消したりすることの方が重要であったと思われる。また、このように資本集約によって成り立っている企業は一旦大きなシェアを獲得してしまえば経営者の能力が企業価値に及ぼす影響も徐々に低下して来ることが自然である。結果として、経営者が莫大でかつ汎用性の高い物理的資源を管理下に持つ一方で自らの努力水準はさほど必要はないという状況にある時、経営者の私的便宜に対する株主のモニタリングは企業価値にとって少なくとも相対的に重要な役割を果たすだろう。

これに対して近年は労働集約型さらには知識集約型の企業が数多く存在している。人的資産が競争優位となっている企業においてエージェンシー理論の考え方やフリーキャッシュフロー仮説に基づく資本政策が妥当しないケースは今後も増えてくると思われる。株主には企業の所有権があることに変わりはない。ただし、企業の資産には株主李所有権を積極的に行使することが望ましい資産とそうでない資産が存在するという点が重要なのである。これまで人的資産として述べてきたものは、株主にとってコントロールすることが難しい資産もしくは株主にコントロールを任せてしまうと企業価値にとって望ましくない結果をもたらすと考えられる資産の総称である。一方で、無形資産がここでいう人的資産に全て含まれるとは限らない。

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