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2013年5月 3日 (金)

宮川壽夫「配当政策とコーポレート・ガバナンス~株主所有権の限界」(11)

第7章 特殊性資産評価仮説の実証

本章の目的は次の仮説を検証することにある。すなわち人的資産など特殊性資産が競争力となっている企業はエージェンシー関係から得られる結合効果が大きいため、株主の支配力を強めるより人的資本のインセンティブを重視する結果、利益やキャッシュの拡大に対して配当額の感応度が低下する(配当が粘着的になる)というものである。もし株主が特殊性資産を企業の競争力として評価するならば、それらの資産を活用する経営者の裁量を認めるため必ずしも利益に応じた配当ばかりを要求しないと考えられる。この仮説を特殊性資産評価仮説と呼ぶことにする。本仮説は、株主による特殊性資産への評価がエージェンシー関係の結合効果を生むという観点を見出している。また、コーポレート・ガバナンスと配当政策の関係を観察するにおいて所有権理論に依拠し、取引費用理論のアイディアを取り入れたところに大きな特徴がある。

本章で着目する企業は、大型設備投資と大規模な有形の物理的資産が競争力になる古典的な資本集約型企業に対して、経営者の知識や経験、従業員の技術力や情報ネットワークといった無形の人的資産が競争力となる現代の知識集約型企業である。後者のような企業の競争優位を実現する無形の資産は、インタンジブルズ、人的資本、知識資産などと呼ばれ、最近では幅広い分野で用いられている。具体的な要素として、第一に自社内や他企業との共同によって実現するイノベーション、第二にイノベーションを起こすような独自の組織とデザイン、第三に従業員訓練への投資やインセンティブ報酬、研究機関との協働など、心的資源制度によって生み出される無形価値の源泉と定義している。また、このような資産の意義は無形資産としての単独の価値だけではなく有形資産との間に価値創造の相互作用をもたらすところにある。人的資産は企業内にのみ存在するとは限らない。顧客や取引先など企業外部のグループとの間に構築された関係性が生む資産も含まれるだろう。企業活動を通じて形成された顧客や取引先との信用力なども当該企業固有の関係資産として企業の競争力に貢献している。一方で、人的資産は有形資産よりも管理と運用が困難であり、経営者にとっての不経済性も存在する。また、成長段階における知識集約型企業にとっては情報の非対称性に基づく資本コストの上昇を招くといった制約もあるだろう。以上のような人的資産あるいは特殊性資産には株主の支配権を及ぼすことが現実には難しい。つまり株主に資産のコントロールを任せると企業価値にとって合理的ではない結果を生みやすい。人的資産など特殊性資産には次のような特徴があるからである。第一に当該企業にとって何が特殊性資産であるかは現場の当事者でないと理解できない。第二に特殊性資産に対する外部からの客観的な評価が難しい。第三に特殊性資産同士は有機的に一体化していることが多く、それぞれを切り離すことによって減価する恐れがある。第四に経営者や従業員が企業を去ることで企業外に持ち出すことができる。第五に特殊性資産の蓄積や維持には経営者や従業員の個人的な努力インセンティブが必要である。以上のような特殊性の高い資産は一般の物理的資産と異なり、所有権が株主にあるからといって現場にいない株主がコントロールすることは難しい。そのため経営者の裁量により大きく依存することとなる。したがって特殊性資産が競争力となっている企業において株主の支配権を強めることは株主にとっても合理的ではないはずである。

人的資産など特殊性資産が強みとなっている企業で経営者の裁量を狭めてしまうと、このような資産にとって重要なモチベーションが低下してしまうため、結果としてエージェンシー関係の結合効果が期待できなくなる。これは経営者や従業員だけではなく株主にとっても合理的ではない。そこで、特殊性資産を強みとする企業の属性と配当政策の考え方について説明しておこう。株主の支配力をどこまで強めるべきかは、企業が持つ特殊性資産の重要度に依存する。特殊性資産が企業の高い競争力になっているケースでは、利益やキャッシュが拡大した時に株主はそれに応じた総還元をその都度経営者に要求するのではなく固定的な配当の受け取りで満足することになる。では、経営者や従業員の固有の能力や技術力が特段企業価値に影響を与えやすい企業は、具体的にどのような属性を持つであろうか。仮説の設定に当たっては研究開発費し配当政策の関係に着目し、研究開発費による企業の成長モデルを前提とする。研究開発費は一般的な経営能力増強の中でもとりわけ企業の人的資産と有機的に結合して価値を生む特殊性の高い資産への投資と言える。情報の非対称性を考えれば研究開発投資が相対的に大きい企業は投資家にとってその評価が難しい。しかし、研究開発型企業の中でも研究開発投資が安定的に回収され実際に収益化している企業では、エージェンシー関係によるコストのマイナス効果よりも統合効果の方が大きいと期待できる。結果として、このような特殊性の高い資産を活用している企業は安定的配当政策によって株主と経営者のインセンティブを維持することができると考えられる。株主は企業が持つ特殊性資産を評価し、そこから得られる収益機会に依存することができるのである。これを特殊性資産評価仮説と呼ぶことにする。

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