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2013年5月27日 (月)

西垣通「集合知とは何か~ネット時代の「知」のゆくえ」(11)

生命体である人間、そして人間の作る社会は本来、いずれも情報的に閉じており、通信機械のように透明なコミュニケーションを実行することはできない。だから閉鎖システムであるAPSやHACSによってモデル化されたのである。とすれば、情報社会はいかなる方向を目指すべきなのだろうか。ITは情報を効率的に広めるツールだと信じられている。従ってSEHSは、閉鎖性を弱めたフラットでオープンな社会を目指すことになる。他律システムである機械は開放システムでもある。だからIT機器が多用される社会はオープンになるとともに、本来は自律システムである人間が、ますます機械のような開かれた存在、決まった入出力を行う他律的な存在に近づいていく可能性が高い。しかし、人間が自律性を失って開放システムに近づくと、社会が透明になり過ぎ、外部環境の変動に影響される不安定な状態になってしまう。これに対して、人間本来の閉鎖性が保たれていれば、それぞれが自律的で唯一の価値尺度は存在しないにもかかわらず、社会の中に一種の慣性力が働き安定したリーダーが生まれる。つまり、閉じた存在同士の対話協調が、人間社会の安定性と動的適応性の両方をともに支えるのだ。

このような議論から、少なくとも効率化だけのために、次々と人間をITエージェントで置き換えることは慎むべきだろう。おそらく、求められるのは、多くの人々のコミュニケーションを活性化させ、集合的な知を構築していくための補助ツールではないだろうか。21世紀のコンピュータとはそういうもののはずだ。この目的のためにはまず、コミュニケーションの深層のありさまを検知する機能が必要となるだろう。とりわけ重要度が高いと考えられるのは、暗黙知のダイナミクスを必要に応じて明示化するようなITモニターである。

 

第6章 人間=機械複合系のつくる知 がこのあと結論として、これまでの議論を要約してまとめられています。この部分は要約でもあり、最後の結論は、実際に本を手にして原文に触れることをお奨めします。それだけ読み応えのある本だと思います。

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