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2013年5月 1日 (水)

宮川壽夫「配当政策とコーポレート・ガバナンス~株主所有権の限界」(9)

第5章 経営者自己抑制仮説の実証

本仮説は2000年以降の会計ビックバンを皮切りに行われた規制緩和政策の流れが従来の日本的経営の中で培われてきた株主と経営者の関係に大きな変革をもたらしたのではないかということに注目した。とりわけ企業の成長資金がメインバンクによって安定的に確保されるという構図から、投資資産からの効用のみに関心を持つ多様な投資家が企業価値に応じて資金を提供するという構図に変化したとすれば、企業に対する支配権の配分メカニズムにも大きな影響を与えているはずである。また、この時期に行われた多くの制度改革は経営者側に一方で経営の選択肢を豊富に提供したと考えられる。このような環境変化の中で配当政策という経営成果の配分ルールはどのように築き上げ、どのように行動したのだろうか。配当政策を介して当該期間の経営者行動を分析することにより、日本企業のコーポレート・ガバナンスに対してもより現実的なアプローチができると考えられる。そこで、エージェンシーコストの構成要素に着目し、株主と経営者の情報がたとえ対称的であったとしても経営者は株主からの信任を獲得し、株主からの監視を緩和するために自己抑制的な行動を採るという経営者自己抑制仮説を設定した。

この仮説はエージェンシー理論の考え方に依拠したものである。エージェンシー理論は株主と経営者の異なる利害関係をエージェンシー関係として把握することによって、エージェンシーが選択する行動の結果が常にプリンシパルにとって望ましいとは限らないことを主張している。エージェントには常に自由裁量の余地が残されており、その範囲内で自己の利益を選択するであろうと想定するのだが、具体的には経営者には便益をもたらすが株主には何ら便益をもたらさない非金銭的利益、これに加えてキャッシュフローの私的流用なども含めて経営者は私的便益を追求するとされている。このようなエージェンシー関係の存在によって企業価値の低下をもたらす損失をエージェンシーコストと呼ぶが、このエージェンシーコストは次の三つの要素によって構成され、その合計であると定義されている。

①プリンシパルによるモニタリングコスト

②エージェントによるボンディングコスト

③残余損失

上記のうち①は、利害が一致しない経営者の行動を株主が監視するために株主によって惹き起こされるコストであり、②は経営者が株主の利益を毀損しないことを株主に示すための支払いコストである。そして③はそれら両方の結果によって発生する機会損失であると整理される。これまで情報の非対称性は株主と経営者の関係を見る上で重要な問題であった。では、仮に株主が持つ情報と経営者が持つ情報が対称的であったとしたら問題は解決するだろうか。否である。なぜなら株主が経営者の行動を全て観察できたとしても(つまり経営者と間に契約が結べたとしても)株主が経営者の不適切な行動を阻止するためには第三者に立証する必要があるからである。

これに対して筆者はこの考え方を現実の世界に持ち込むことに限界を感じているという。一般的に経営者という地位はそれほど単純に自分勝手な行動をとれる立場ではない。経営者は株主からの過剰な監視を緩和しながら自分の地位を安定させようと努力する筈である。そのためには株主の監視が過剰にならないよう株主からの信頼を獲得することを目的に、経営者自身の私的便益への誘引をある程度抑制しながら慎重な行動をとる方が合理的であると考えられる。経営者はそのような自己抑制的な振る舞いを、配当政策を利用して株主に表現し、自分の満足度と地位を安定化しようとするのである。この経営者自己抑制仮説では、エージェンシー理論の3要素のとりわけ①と③を低下させると考えられる。株主からの監視(①)とそれによって経営者の意思決定が一部拘束されることが生じる損失(③)は、企業の継続を目指す経営者にとって重大な損失と感じられるであろう。経営者の報酬も企業業績にリンクしていることが多いと考えれば、経営者がある程度の裁量をもとに企業価値拡大にとって適切なタイミングで意思決定を行うためには結局のところ上記①に関連した株主による過剰な監視を緩和することが一つの手段となるのである。

これを検証した結果は以下のようにまとめられる。第一に、日本企業の配当政策は一定期間(5年)のタイムホライズンを経て財務特性に影響を受ける。当期の配当が直ちに同年の財務指標に影響を受けているという証拠はない。しかし、時間的経過を考慮して分析を行うと日本企業の配当政策は経営者の自己抑制的な行動を反映して意思決定されていることが説明できる。第二に、2001年から2005年の期間では投資機会の少ない企業においては負債比率と配当変化率が有為に負の関係にあるが、投資機会の多い企業においては有為な関係が確認できなかった。投資機会の豊富な企業は負債による調達を行っても常に投資する先があるために負債によるエージェンシーコストの削減効果は低い。一方、投資機会の少ない企業は常に資金需要があるわけではないために多くのフリーキャッシュフローを保有するとエージェンシー問題はより深刻になると考えられる。そのため投資機会の豊富な企業に比べて負債によるエージェンシーコスト削減の余地は大きい。第三に、投資機会の少ない企業は投資機会の豊富な企業に比較すると配当変化率の売上高利益率に対する感応度が相対的に高く、投資機会の少ない企業は収益力の上昇に対してより敏感に配当を高めていることが確認された。投資機会の少ない企業におけるエージェンシー問題がより深刻であることが示された。

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