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2013年6月 4日 (火)

エレン・メイクシス・ウッド「資本主義の起源」(8)

新しい所有概念は、より体系的に理論化されつつあった。最も有名なものは、17世紀後半に書かれたジョン・ロックの『市民政府二論』第5章である。彼の書くところによると私的で個人的な所有は、神が与えた自然的権利である。人間は自分自身を所有しており、人間が自らの手と身体で行う労働も自らの所有物である。それゆえ、ロックの議論によると、人間が何かと「自分の労働と混合する」とき、つまり彼の労働によって自然の状態から何かを取り去ったり、その自然状態を変化させたりしたときに、所有権という自然的権利が確立する。所有についてのロックの議論は挙げて「改良」概念に向かう。その章全体に流れている主題は、土地は生産的となるために、そして利潤を生むために存在しているということであり、それゆえ労働にその源を発する私有財産は共有に優越するということである。ロックは、土地に固有な価値のほとんどは自然からではなく労働と改良から生じると、繰り返し述べている。改良されていないアメリカの土地1エーカーは、本来はイングランドの1エーカーと同じくらい肥沃であるかもしれないが、原住民が受ける利潤は、イングランドの場合とは比べ物にならない。「改良」されていない土地は荒蕪地なので、それを改良するために共有から取り上げて領有する人は誰でも、人類に何かを与えたのであって、取り去ったわけではないということである。

勿論ロックの考えには、労働は価値の源泉であり所有の基礎であるという魅力的な要素も含まれている。しかし、これについて奇妙な議論が繰り広げられていることが、すぐに明らかになる。第一に、労働と所有とは直接的に一致するわけではない。なぜなら、ある人間は他人の労働を所有できるからである。彼は、ある物と自分の労働ではなく彼が雇用する誰か他の人の労働とを混合することによって、その物に対する所有権を獲得することができる。彼の論点は、労働活動そのものよりも、利潤を生むその利用に関係していると思われる。言い換えると論点は、人間の労働ではなく、所有の生産性とその商業的利潤への適用なのである。例えば、自分の土地を生産的な利用に供して土地を改良する地主は、たとえ他人の労働を使ったとしても、労働する召使に劣らず勤勉なのである。これは、詳しく論じる価値のある点である。資本主義以前の社会における伝統的な支配階級は、従属する農民から地代を受動的に領有していたのであって、決して自分が「生産者」だとは考えていなかったであろう。「生産的」と呼び得る種類の領有は資本主義にしか見られないものである。その含意は、財産が顕示的消費のためにではなく投資とり利潤の増大のために、能動的に利用されることである。労働と利潤の生産とを合体させることによって、ロックはこの資本主義的原理らしきものに基づく体系的な所有理論を組み立てたおそらく最初の思想家と言えるであろう。彼の生産と所有にかんする議論は、働く人々を守るものと誤解されてはならない。彼が、勤勉な熟練工や手職人について好意的な発言をしていたことは確かだが、彼の理想は改良を行う偉大な地主であったと思われる。このようなロックの所有観は、初期の農業資本主義のイングランドの条件と実に適合的である。それは明らかに、高度に集中した土地所有と大規模な土地保有が比類なく生産的な農業と結びつく条件を反映している。この時代において所有の定義はたんなる哲学的論争ではなく、極めて直接的な実際的論争であったということである。

共有券保有者の慣習的な権利を無効にし、彼らを共有地から排除し、囲い込みによって共有地を排他的な私有財産にかえることを希求する地主にとって、ロックの議論ほど好都合なものが他にあっただろうか。囲い込み、排除、改良は共同体の富を増やすものであり、それが失った以上のものを「共同の資産」に付け加えたのだと主張する議論ほどの都合の良い議論が他にあっただろうか。

 

ここに至れば、イングランド農業の特殊な所有形態の発展が、新しい形態の階級闘争を必然的に伴ったということは明らかなはずである。近代初期のイングランドでは、フランスなどとは異なり、政治的に構成された所有は主要な争点とはならなかった。地主階級は、純粋に経済的な搾取形態への依存を強めていたので、直接の物理的な源泉としては国家にあまり依存していなかった。彼らの直接の物質的利害は、国家の一片を獲得することよりも、自分達の経済的な領有権力を強化することのうちに存在していた。土地とその生産的な利用に対する自らの支配に根差していた。地主の階級的な懸案事項は、なによりも囲い込みの権利であった。

これはイングランドの従属的な階級にとっては、次のことを意味した。所有の権利をめぐる闘争と所有のまさに意味をめぐる闘争であり、これが経済外的搾取に対抗する闘争よりも大きな意味を持っていた。それゆえ、イングランドの共有権保有者にとっては、例えば囲い込みに対する抵抗や、慣習的利用権を守る戦いは、搾取に抵抗する闘争において、租税に対するフランスの農民の抵抗が占めていたような重要な位置を占めていた。これはまた、資本主義の発展における階級闘争の役割について重要な問題を提起する。例えば農民が地主に抵抗する階級闘争は、封建制の足枷を投げ捨てて商品生産を解放し、それによってイングランドの資本主義を促進したという議論に対して、何を言えるだろうか。この場合、次のように言う方が真実に近いだろう。つまり農民の慣習的権利の要求に反対する地主権力の主張によって資本主義は促進されたのだと。例えば、イギリス名誉革命は、ブルジョワジーと貴族との衝突でないことは確かである。しかしイギリス名誉革命が、議会において所有階級の権力を強化し、小規模地主に対立する大規模地主の利害を拡大し、従属的な階級のもつ慣習的権利に対する「改良」の立場を推し進めたことにより、フランス革命よりイギリス名誉革命のほうが、資本主義の促進や所有の資本主義的定義とより大きくかつより直接的に関わっていたのである。

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