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2013年6月 6日 (木)

エレン・メイクシス・ウッド「資本主義の起源」(9)

第5章 農本資本主義から産業資本主義へ─その概略

イングランドでは、富は依然として主に農業生産に由来していたが、農業部門における主要な経済的行為者はすべて─直接生産者もその剰余を領有する者も─16世紀以降、次第に資本主義的と呼ぶにふさわしい実践に身を任せるようになっていった。それはすなわち、専門化や蓄積や革新を通じたコスト削減と生産性向上による交換価値の最大化である。イングランド社会の基本的な物質的要求を充足するこの様式は、イングランド社会に自立的な成長という全く新たなダイナミズム、つまりそれ以外の社会の物質的生活を支配してきた古来の周期的パターンとはきわめて異なる蓄積過程と拡張過程とをもたらした。またこの様式は、典型的な資本主義的搾取の過程と無所有大衆の創出を伴った。私達が近代初期のイングランドにおける「農業資本主義」について語ることができるのは、この意味においてである。

個々で重大な二つの点を強調しておこう。第一に、資本主義の初期の発展を促す過程の推進役は、商人や製造業者ではなかった。社会的所有関係の転換は明らかに田園地帯から始まっており、イングランドの交易と産業の転換は明らかに田園地帯から始まっており、イングランドの交易と産業の転換は、イングランドが資本主義へと移行するうえでの原因というより結果であった。第二の、より根本的な点としては、これまで「農業資本主義」という言葉は賃労働を基軸に据えることなしに使われてきた。だが如何なる定義にとっても賃労働は資本主義の中心的概念である。つまり、多くの借地農が賃労働を雇用していたため、マルクスやその他の人々によって確認された三肢構造─資本主義的地代で暮らす地主、利潤で暮らす資本家的借地農、賃金で暮らす労働者─が、多くの人によってイングランドの農業関係の決定的な特徴と見なされてきた。しかし、ここで留意すべきは、競争的な圧力と、それに伴う新しい「運動法則」とがまずもっと依存していたのは、プロレタリアート大衆の存在ではなく、市場に依存する借地農生産者の存在であった。それに加えて、こうした競争的圧力は、賃労働を雇用する借地農だけでなく、雇用労働を用いずに自分自身が直接に生産する農業家にも襲いかかった。人々は、全面的に所有剥奪されなくても、市場に依存する可能性があった。市場に依存するようになるにはね市場以外の方法で自己再生産の手段を直接利用できる可能性がなくなれば十分であった。実際、市場命法がいったん確立されてしまえば、完全な所有権でさえその命法に対する防波堤とはならなかった。そして市場への依存は大衆のプロレタリア化の結果ではなくその原因であった。言い換えれば、資本主義独特のダイナミズムは、労働人口がプロレタリア化する以前に、すでにイングランドの農業の中で準備されていた、それどころか、このダイナミズムはイングランドで労働のプロレタリア化を引き起こす主な要因であっさた。決定的な要因は、領有者だけでなく生産者も市場に依存したことであり、この市場依存によって新しい社会的命法が生み出されたことであった。

1500年から1700年までの間、つまりイングランドがほかのヨーロッパ諸国と大体同じような人口増加を経験していた頃、イングランドの人口増加は一つの重要な点で特殊であった。それは、都市人口の割合がこの同じ時期に二倍以上に膨れ上がったということである。つまり、近代以前にはすでにイギリス農業は、もはや農業生産に従事しないきわめて多くの人々を扶養するに足るほど生産的であった。もちろんこの事実は、個々の農業技術が効率的であることの証拠となるだけではない。それはまた社会的所有関係に革命がおこったことをも示している。イングランドの特徴的な人口学的パターンについては、もう一つの点を付け加えることも重要である。都市人口の並外れた増加は、イングランドの諸都市の間で均等に起こったわけではない。このパターンには、一見して明白であること以上に重要な意味が含まれている。なかでもそれは、農業資本主義の中核地帯における社会的所有関係の転換及び小生産者の所有剥奪を証言するものである。追い立てられた小生産者が流民として向かう先が、典型的にはロンドンだったわけである。ロンドンの成長はまた、イングランド国家の統一だけでなく、国民的市場の統一をも表現している。言い換えれば、ロンドンの成長は、あらゆる点でイングランドの資本主義の出現を表現している。つまり市場が次第に単一化され、統一され、統合されて、競争的になるという点でも、農業が生産的になるという点でも、住民が所有を剥奪され追い立てられるという点でも、そうなのである。

 

農業資本主義の前例のない独自の論理は、経済生活のあらゆる領域にその影響力を及ぼした。イングランドの田園地帯で生まれた経済的な「運動法則」は、古来の取引慣行を転換させ、全く新しい種類の商業制度を生みだした。この制度は高度に発展した国内市場に依存していた。というのも、もはや自分や家族が消費するための日用品の制盛んな従事しない人々が増加したからである。ロンドンそれ自体が巨大市場であった。そしてそれは、他の都市とは規模も内容も「運動法則」も異なる市場、つまり成長する国内市場の中心となった。この市場は限定された市場のための奢侈品ではなく、成長する大衆市場のために生存と自己再生産の手段を取引対象とする商業制度としては最初のものであり、そして長い間唯一のものであった。この市場が次第に国民的、統合的な性質をもつようになっていったことは、次のことを意味している。この市場が次第に、「譲歩利潤」という原理だけでなく、競争的な生産という基礎の上に機能し始めたことである。

イングランドの農業資本主義がそれ以降の経済発展に及ぼした長期にわたる諸結果については、かなり明確になったはずである。ここは農業資本主義とイングランドが最初の「産業化された」経済へと発展したこととの間の結びつきを詳細に検討する場所ではないが、いくつかの点は自明である。大量の非農業労働力を維持できるだけの生産的な農業部門がなかったならば、世界で最初の産業資本主義は出現しなかったと思われる。イングランドの農業資本主義がなかったならば、賃金のために自分の労働力を売らざるを得ない所有発奪された大衆は存在しなかったであろう。この所有剥奪された非農業労働力がなかったならば、イングランドで産業化の過程を推進した安価な日用品のための大衆的消費市場は存在しなかったであろう。この一大市場の特徴は、その並外れた規模だけでなく、その限界、つまり、毎日使う安価な物品を求める消費者の相対的な貧困にも由来している。それは、「古典的」商業の奢侈品交易よりも、後の大衆消費市場との方に共通点が多い。

農業資本主義によって生み出された富、及び植民地拡大を求める全く新しい動機─領土拡大というかつての形態とは異なる動機─がなかったならば、イギリス帝国主義は、後に産業資本主義の原動力となったものとはきわめて異なったものになったであろう。最後に、イングランド資本主義がなかったならば、いかなる種類の資本主義システムもおそらく存在しなかったであろう。他の諸国に資本主義的な方向での経済発展を迫ったのは、第一にイングランドから、とりわけ産業化されたインクランドから広まった競争的な圧力であった。依然として資本主義以前の交易原理で動いていた国家や、あるいは領土や略奪をめぐる古い封建的な争いと原理上ほとんど変るところのない地政学的かつ軍事的な競争を行っていた国家は、新たにイングランドが競争上の優位を占めたために、経済発展を類似の仕方で推進するように駆り立てられるようになるだろう。

少なくとも農業資本主義は産業化を可能にした。このように言うことでさえ、すでに多くのことを意味している。農業資本主義によって生み出された発展可能性の条件─所有関係、国内市場の規模と性質、人口構成、イギリスの交易及びイギリス帝国主義の本質と規模における転換─は、産業化に必要とされた純技術的な進歩よりもはるかに重要であり、はるかに影響力を持っていた。これは二つの意味で正しい。第一に純粋に技術的な進歩は、繰り返しになるが、産業化の基礎を築いたいわゆる農業革命の原因ではない。第二に、第一次「産業革命」の内容を構成する技術上の変化は、いずれにせよあまり大きなものではなかった。農業資本主義が産業資本主義を可能にしただけでなく必然的ないし不可避的にもしたのかどうかは、別の問題であるが、その方向に促す強力な刺激が存在した。増大する消費者大衆のために安価な生活必需品を供給し、すでに確立されている競争圧力に即応する統合された市場は、新しい独特の「歴史過程の論理」を構成した。その結果が産業資本主義である。

農業資本主義の歴史から私たちが引きだすことのできる結論は、次のとおりである。すなわち新たな社会的所有関係に基づく資本主義的ダイナミズムは、時間的にも因果的にも、産業化に先行していた。実際、ある種の市場社会─生産者が、生活手段、労働手段、自己再生産の手段を手に入れるための市場に依存し、市場命法に従属するような社会─は、産業化の結果ではなくて、その根本原因であった。社会的所有関係における転換、人々に(安く買って高く売るだけでなく)競争的に生産することを強制する転換、自己再生産の手段へのアクセスを市場に依存させる転換だけが、近代資本主義の独自の特徴である生産力の劇的な革命的変化を説明できるのである。

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