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2013年6月12日 (水)

丸川知雄「チャイニーズ・ドリーム」(2)

第2章 ゲリラたちの作る携帯電話

本章で取り上げる深圳市の「ゲリラ携帯電話産業」も大衆資本主義の典型的な事例だが、そこには温州人だけでなく、中国のいろいろな地域から来た人たちが活躍している。

ゲリラ的と言われるのは、この産業を担っている企業で、携帯電話を生産する際に中国の法令を守っていない。それは携帯電を生産する際に義務付けられている型式認証を取得していないのである。電波を発する機械である携帯電話は、不正な電波を出したりしないかどうか政府が指定する検査センターで機種ごとに検査を受ける必要がある。しかし、この検査には4百万円程度の費用と1ヶ月以上の時間を要するため、この手続きを省略しても携帯電話にはニセの認証シールを貼って済ませる。

また、世界の携帯電話産業を見渡せば、携帯電話メーカーは大企業ばかりである。高い周波数を送受信し、一世代前のパソコンと同じレベルの情報処理能力を持ち、高度なソフトウェアを内蔵する携帯電話という機械は、開発と製造が極めて難しいハイテク機器であり、様々な技術を開発する能力を持った大企業の独壇場である。ところが中国はそうではないのである。中国のゲリラ携帯電話産業には、従業員が10名以下の零細なメーカーが数多く存在する。

こういうとだ。最近、世界のエレクトロニクス産業では、大手企業が最終製品の組立や開発から基幹部品、ソフトウェアの開発まで抱え込む垂直統合の構造が崩れ、特定の部品やソフトだけに特化したインテルやマイクロソフトのような企業が強大になった。アップルのように製品製造は全て外部に委託して、社内では開発と販売だけに専念する企業も現れた。私はこういう趨勢を、垂直統合の逆を行っているという意味で「垂直分裂」と呼んでいる。そして、中国のゲリラ携帯電話産業では垂直分裂がとことんまで進展しており、携帯電話の開発と生産に関わるさまざまな役割がそれぞれ独立した企業によって担われている。そこで、基板・ソフト設計会社から買った回路基板、成形・金型メーカに作らせたケース、さらには液晶ディスプレイ、カメラ、モーター、キーパッドなどの部品を購入して電子製品組立サービスに渡せば、短期間で携帯店和に組み立ててもらえる。

例えばこの産業で使われるスペースバンドICは携帯電話の機能を規定するものと言える。それは、音声やメールを通信用のディジタル信号に変換したり、ディスプレイに表示するデータを作ったり、カメラの映像信号を処理するなど、携帯電話の情報処理全般を担当するICで、携帯電話の最も重要な部品にあたる。これを大手メーカーは社内で開発し他社と差別化させる機能を付加させている。これに対して、台湾のメディアテック(MTK)が新しいスペースバンドICを開発して中国に売り込んだのが始まりとなった。2004年頃の中国には多数の携帯電話メーカーがあったが技術力の弱い彼らにとってMTKのICは中国メーカーでも楽に開発できるように、最初から色々なソフトを組み込み、通話やメールだけでなく中国のユーザーに人気の高い音楽プレーヤーやカメラなどの機能が最初から作りこまれて、値段も安かったので、多くの中国メーカーに採用された。しかし、あまりに簡単に使えるため、中小零細業者までもが携帯電話に参入できることになってしまったのである。

携帯電話メーカーに相当するインテグレーターはピンからキリまであって、キリは従業員10名以下の規模。インテグレーターは深圳市のなかでどこにオフィスを構えるかによってランク分けできる。高い知名度を持っている会社は深圳市の中心部から8キロほど西にある南山区の科技園にオフィスを構えている。深圳大学もあるこの地域には多くのハイテク企業が集まっており、子どもの教育環境もよいので、優秀なエンジニアを雇うには有利である。やや知名度が劣るインテグレーターは、科技園と市中心部の中間にある車公廟と呼ばれる地域に集まっている。かつてクラウンという日系企業が建てた工場が今はゲリラ携帯電話の一大拠点になっている。無名の零細なインテグレーターは、深圳の中心市街地の一角にある華強北と呼ばれる地域に集まっている。華強北はおそらく世界最大のエレクトロニクス市場であり、中国各地や世界から携帯電話や電子機器・部品のバイヤーが集まる。無名なので市場のなかにオフィスを構えることでバイヤーを捕まえようとしているのである。ゲリラ携帯電話産業にとって華強北の市場は中国各地や世界へ販売する場であるとともに、部品を調達する場、製品開発をする場、さらに製造する場でさえある。

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