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2013年6月 1日 (土)

エレン・メイクシス・ウッド「資本主義の起源」(5)

ブレナーの議論は、資本主義の発展の中で都市と市場が果たした役割を詳しく解明しているわけではないにしても、直接生産者がどのようにして市場命法に従属するようになったのかを示すことによって、交易と市場の本性そのものが転換し、全く新しい経済的役割とシステムの論理を獲得していった経緯を説明している。これは産業化のずっと以前に起こり、その前提条件となったものである。言い換えれば、労働人口の大規模なプロレタリア化より以前に、市場命法が直接生産者に押し付けられたのである。市場の圧力が、政治的、法律的な介入という形での直接的な介入に支えられつつ、圧倒的多数の無所有者を生み出している時、市場命法は大量のプロレタリアートを生み出す一つの決定的な要因であった。

産業化を準備する時期にどのようにして市場の命法が確立されたかについて最も生き生きと描写してきたのは、EPトムソンである。彼の著作である『イギリス労働者階級の形成』においてはとくに、資本主義の発展はプロレタリア化の過程としてだけではなく、市場原理とそれに代わる実践や価値との間の激しい対決としても活写されている。「市場社会」の導入は、諸階級間の対決として登場する。それはつまり、市場の新しい経済学にその利害の表明を求める人々と、利潤の命法よりも生存権を優先させることによってそれに抗議する人々との間の対決である。この中の「搾取」と題された中心的な章でトムソンは、彼にとって産業資本主義の出現の枢軸的な契機となるものを概説している。相互に関連する二つの点が彼の分析の中では際立っている。第一の点は、転換期のタイミング、つまり新しい労働者階級の「形成」のタイミングである。彼の分析は、凄惨が転換して完全に産業化した時点より、この転換がかなり進行していた時点よりもずいぶん前で終わっている。それと関連する第二の点は、彼が根本的な連続性と思われるもののなかに転換を見ていることである。転換に直面した労働者は、それ以前の職人とほとんど変わりがないように思われるし、彼らの対抗的な文化も産業化以前の民衆的で古い伝統の中に深く根を下ろしている。トムソンにとっては、そうした労働者でさえ「新しい種類の人間」であり、新しい種類のプロレタリアートなのである。

トムソンの目的は、特殊資本主義的な搾取様式の結果を明らかにすることである。産業資本主義への移行期におけるそうした結果の中には、労働強化と労働規律の強化とが含まれていた。搾取を強化する推進力を生み出したのは、蒸気機関や工場制度の出現ではなくて、生産性と利潤とを増大させようとする資本主義的所有関係に固有の要請であった。そうした資本主義的命法は、労働の新しい形態にだけではなく、その伝統的な形態にも押し付けられた。そうした資本主義的命法は、労働の新しい形態にだけではなく、その伝統的な形態にも押し付けられた。つまり工場の職工だけではなく、産業化以前の生産にまだ従事していた職人にも押し付けられたのである。トムソンの議論によれば、「大規模で過酷な下請労働は、工場生産や蒸気機関と同じくらいに、この革命にとって本質的であった」。資本主義的命法と資本主義的搾取という共通の経験があったからこそ、さまざまな種類の労働者が階級組織に参加し、新しい種類の労働者階級文化を創造することになったのである。確かに、こうした命法が生産組織と労働者階級の性格とを転換させることになったのであって、工場制度は原因というよりも結果であった。ここでトムソンは、資本による労働の「形式的」包摂と「実質的」包摂というマルクスの区別に従っている。まず最初に、資本は伝統的な生産様式にまだ従事している労働者から剰余労働を取得した。この搾取様式は、資本主義的命法、つまり、競争と蓄積と言う命法を原動力としていたが、こうした命法は、最初、技術的な生産過程を変革しなかった。資本がとりわけその必要を満たすために、労働過程それ自体を変革するまでは─つまり資本主義が産業形態をとるまでは─資本主義は成熟しなかった、と言ってもよいかもしれない。

トムソンが説明しようとしていたのは、社会革命としての資本主義の確立であって、「産業化」とよばれるある中立的な技術過程ではない。彼は特に18世紀に関心を持っていたが、それは、所有関係の資本主義的な転換がかたまりつつある時期だったからであり、その転換がこれまでになく意識的で明白な新しい資本主義的イデオロギーの表現を伴って出現しつつある時期だったからである。それはまた、新しい経済原理がまだ支配的イデオロギーとして完全に形成されていない時期でもあった。このイデオロギーこそ市場の政治経済学であり、それが資本主義に対して最もラディカルに反対する人々の一部にさえ間もなく浸透することになったのである。当時のイングランドの市場は、慣習や共同体的な規制や生存権に関する期待などによってある程度まで支配された原理に従って、他人に買ってもらうために商品を売る物理的な場所であった。市場取引の透明性が、「自己規制的な」市場という謎、価格メカニズム、あらゆる共同体的な価値の利潤命法への従属によって置き換えられるにつれ、今や市場は共同体的な規制を超えた一つのメカニズムと化していった。

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