あるIR担当者の雑感(123)~事業戦略のロジックでない部分
大衆資本主義という言葉を作って、中国の民間企業の活力に満ちた実態を解説してみせたレポートを読みました。中国というのは政治体制として社会主義をとって、国家主導の経済政策に国営企業や国が多額の出資をした大企業が統制と保護を受けて従う、というようなイメージがありました。改革開放という一部私企業を認めたことも含めて、日本の戦後復興の傾斜生産方式とか高度経済成長期の護送船団方式に近いイメージです。
しかし、そのレポートを読むと、そういうイメージとは正反対の国家の統制を離れて、あるいは統制できないで暴走してしまうほどの、民衆レベルの自発性に溢れた起業の波が重なり合って、大きな波となって国内におおきなムーヴメントを起こし、それにまた人々が群がって世界レベルに広がっていくような奔流のような流です。それが、一面では中国の経済成長を支え、別の面では、その無軌道さが世界から批判、警告されてしまうことに至るということです。
例えば携帯電話。電波規制が敷かれていても無許可でコピーまがいの粗悪だけれど低価格な製品を、専門的なエンジニアから素人まで、様々な人々が殺到するように手がけ、競うように小規模な会社が起業されては消えていくような混乱の中で市場が拡大し、しまいには正規の製品を生産する大企業や海外からの進出企業も巻き込んでしまうに至ります。この、殺到するように参加していく人々というのは、ごく普通の庶民がおおく、手持ちの資金も多額ではなく、また多くの出資を集めてというのはなく、ある程度のまとまったお金を元手に、取敢えず参加してしまう。というもののようです。それも、技術があるとか、販売先やルートのつてがあるとか、そんなものはなくて、とにかく儲かりそうだとか、面白そうだということで、パーツ屋やそういう人たちを相手にする設計業者や製作業者を探して、できるところから製品を取り敢えず作ってしまって、それをブローカーに売りつけるという行き当たりばったりの人々がほとんどであるとあるといいます。それだから、そう人たちに代わって安い資金でも携帯電話の設計や製作を請け負う零細業者が成り立つようになる。あるいは、それでできた製品を売りさばくブローカーや流通ルートができて、一連のムーヴメントとしてすそ野が広がっていくことになります。
そして、こういうムーヴメントは以前の日本経済に見られたのではないかと報告者は触れるのです。例えば、本田技研が創業した当時のオートバイ工業の世界。浜松市という狭い地域に自転車やとか自動車修理工場とか機械工場とか、さまざまな人たちが儲かりそうだとか、俺にもできそうだと参入が相次いだといいます。自転車にエンジンをつけただけの粗悪なものからスタートして、現在の本田技研やヤマハ発動機、スズキといった世界に冠たるメーカーはここから生まれたといいます。
そういうレポートを読んでいて、ふと思ったことです。このような会社がIRをすることになって、説明会で戦略を語るということとなった場合、経営政略とかをロジカルに理路整然と投資家にアピールできるようなものを語ることができるか。あるいは、もっと根本的に、そんなものが果たしてあるのか、ということを思いました。実際のところ、そういうムーヴメントの中から本田技研のように大企業へと成長して行った企業もありましたが、大半の企業は現在は影も形も残らず消えて行ってしまったわけですから。ジャパニーズ・ドリームでもチャイニーズ・ドリームでもいいですが、徒手空拳でチャレンジして、努力に努力を重ねて成功に至る夢物語。そういうものが生まれる素地は、きっとそういうところにあって、その夢物語が拡大再生産されて、人々をそういうものに掻き立てて、経済の活気、活力が後から後から生まれてくる。そういう流れの中で、熱にうかれたように企業していくのと、冷静にメリットとリスクを計算して戦略を構築して、自分だけが勝ち残ることを目指してビジネスを始める。そういうのが、経済全体に対して、どっちが活力やエネルギーを与えるのか。経済学の偉い学説なんかでは後者の方だろうし、現在私が携わっているようなIRの説明会やミーティングのパターンで言っても、後者になるかもしれない、と思います。
しかし、と思います。以前から薄々感じていたことが、このレポートを読んで朧げながら少しイメージが形になりそうなところで、こんなことを言うのは半端な感じがするかもしれません。実は、ここからが本題に入ります。すいません前置きが長くなって。先日、私の勤め先では、決算説明会を行いました。そのあと、出席してくれた方にアンケートやヒヤリングをしてところ、今までなかったことですが、会社の経営戦略に注目してくれた方が出て来たのでした。私の勤め先は、中小企業のメーカーで技術的には優れたところがあるけれど、なかなかそれを売上や利益に生かすことができない。それは、営業や経営戦略に何らかの課題を抱えているからではないかということをよく言われるような会社です。それが、今回の説明会では経営戦略に注目しているということを聞いたわけですから、IR担当者としては嬉しい限りです。それが、これからの実績の伸びとなって結実してくれれば言うことなしです。
とそこまで言って、しかし、と私の心のどこかで、何か引っかかってしまうものがあったのです。それは、経営戦略に課題があると指摘されていたところ、そういうロジックからはみ出てしまうようなことのように思えたのです。それは、長い前置きで述べたようなこと、活力とかエネルギーとか、そんなものに通じる何か、それは経営戦略のロジックから見るとはみ出てしまうような、だけど、私の勤め先の事業が進んでいくためにはなくてはならないもの、そんな気がしてなりませんでした。例えば、私の勤め先の産業界向けの制御装置や検査装置という至って地味な機械製品をコツコツと作り続けた会社です。エンジニアも、日夜、ユーザーの現場にいったり、コンピュータで設計したり、試作品を手づくしたりということを飽くことなく繰り返しています。一見手堅い会社です。しかし、時々、突拍子もないような製品を出すことがあるのです。何で、この会社がこんな製品を作るのか?という疑問に捉われてしまうような製品です。突然変異にも見えるそういう製品をよくよく見てみると、そこで使われている技術は従来の製品の技術が使われていて、使い方を変えることによって、出来上がってくる製品が全く違ったものになってしまうということがあるのですが。で、このような製品が出てくるとき。当然、そういう製品を開発する人はもちろんですが、その開発にゴーサインを出す、そのエンジニアの上司や経営陣は、おそらく経営戦略とかそういうものを冷静に検討し、判断する以上に、もっと、そういうものからすると理不尽に見えるもの、情熱とか、好奇心とか、チャレンジ精神とか、そういうものをひっくるめて、言葉にすることができないような何かに突き動かされるように(それほど劇的ではないでしょう)そういうこと、あたかも後先を考えないかのように、をやってしまうのです。多分、IR業務に携わりながら、こんなブログを立ち上げてしまう私も、そういう会社の空気というのか文化というようなものの影響を多分に受けてしまっていると言えるかもしれません。そして、そういう試みは往々にして上手くは行かない。すぐには結果が出ないものです。だからといって、すぐには諦めないで、粘り強く続けてしまったりするのです。これは、明らかに効率性から言えば、無駄に近いことです。当然、利益率の足を引っ張ります。なかなか、売上は伸びない。そして、過去にもそういう試みで失敗していることは掃いて捨てるほどあるのです。実は、いま、私の勤め先では産業機械の会社であるのに、どういうわけか農産物の仕分けの機械の分野に進出し、野菜や果物の大きさや形状、外回りのキズの有無などを計測したり検知するセンサが注目されています。何か畑違いのような、会社のイメージがチグハグになりそうですが、これも技術者が産業機械のセンサ技術の応用を思いついて始めてしまって10年間の我慢を重ねて、漸く事業となった代物です。私の勤め先には、その予備軍がゴロゴロ転がっています(こんなものはIR等では報告できるレベルではありませんが)。それを早期に見清めて集中的に人材と資金を投下すれば効率的なのでしょうが。しかし、そういうものが効率とか、あまり考えないで、何か面白そうだとか、儲けのタネになりそうだとか、そういうのが社内のどこからともなく、誰かが思いついて、それが出てきてしまう。最初に前振りで述べた中国のような圧倒的な活力には及びませんが、そういうものというのは、はっきりした形式はないかもしれませんが、常識的なところのIRの文法というのか報告パターンには、なかなか乗ってこない。多分、投資する方も、そんなよく分らないものに投資するなんてリスクばかり、ということなのかもしれませんが。実は、私の勤め先の場合を考えると、IRでは会社の強みはこうだということを説明していますが、こんな無駄な動きがでてくるようなところにあるのではないか、と考えるようなことが最近多いです。ただ、これは雲を掴むような話なので、それが真実かどうかは確たることは言えませんし、これを伝える言葉をIR担当者としての私は持っていません。それが、たいへんもどかしい、今日この頃です。
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