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2013年6月25日 (火)

「現代スペイン・リアリズムの巨匠 アントニオ・ロペス」展(6)~静物と室内

Ropezgrasロペス展に対する感想は、前回のマドリードがヤマだったので、今回はその残りです。解説での評価では、この室内とかその後の人物を題材とした三次元の作品を大きく取り上げているようです。私には、前回の「グランピア」についてお話しした時に、少し言いましたがロペスの作品で感じられた何か、リアリズムとか写生と言われると、「違うだろ」と言いたくなるような何か、それが嵩じて現実というものに対して違和感を持ってしまうような何か(言い過ぎ化もしれません)が、徐々に感じられなくなり、卓越した技量を持っているが故に、その技量だけが前面にでて、その意味がうすくなり、目的と手段が逆転してしまうように見えて、私には、あまり面白くありませんでした。これは、わたしのかなり主観的な見方ではあるのでしょうが、ロペスの魅力というのは、卓越した技量でいかにも見たままそっくりで写真と見まがうような作品でありながら、実はそういうもの自体が写実でないということが何となく画家本人が自覚しているような懐疑というのかイロニーのようなものが同時に感じられるという、微妙なバランス感覚ではないか、思います。それが、だんだん懐疑が薄れてきて、目先を変えて、それを悪く言えば誤魔化しているように見えてしまうので、後半の展示は面白くない、思うのでした。

Ropeztoireその中でも、ロペスの静物画は、16世紀スペイン・バロックのボデコンと呼ばれる静物画の静謐さを彷彿とさせるところがあって、佳品だと思いました。リトグラフの作品がとても印象的だったのですが、ここでは『花を生けたコップと壁』の普通のコップに水を張って一輪を挿しただけのさりげない作品の静謐さ。白のグラデーションだけでここまでよく描けるなという技量への感心。この白を基調としていることからでしょうか、清澄さというのか、落ち着きと、これが16世紀ならば崇高ということになりそうな感じです。

そして、室内の事物を題材にした作品に対しては、一般評価は高いようですが、私には手段とか技量が先に立っているようで、あまり面白くありませんでした。トイレを描いた作品の場合は、写生がそのまま写していないと思えるアラが欠点のように目立ってしまって、何でこんなものを描いているのかという疑問すら生じてしまうものでした。私には。

これで、アントニオ・ロペス展の感想をひと通り終わりにしたいと思います。この書き込みを通して「何か」と考えてきましたが、そのたびに色々と変化し、最終的には妥協的に今回の冒頭で述べたようなことで、いったん落ち着かせたいと思います。

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