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2013年7月18日 (木)

佐々木俊尚「レイヤー化する世界─テクノロジーとの共犯関係が始まる」(1)

プロローグ現代─第三の産業革命が起きている

インターネットやコンピュータを使った様々な情報技術(IT)の革新が進み、これはいま「第三の産業革命」と言われています。過去には、二回の産業革命がありました。ふたつの産業革命は、私たちの生活を一変させました。

「第一の産業革命」は18世紀の終わりに始まりました。蒸気機関と鉄道が発明され、長距離をすばやく移動することが可能になりました。紡績機械で衣類を大量生産できるようにもなりました。「第二の産業革命」は沢山の発明品を生み、自動車や電化製品など、今の私たちの生活の基礎になっています。この二つの産業革命を経て、ものを製造する仕組みも変わりました。「大量生産」と呼ばれる仕組みの登場です。それまでは家や小さな仕事場で職人たちが集まって少しずつものをつくっていたのですが、産業革命の後には、巨大な工場に沢山の人が集まって、機械を使って大量にものをつくるようになったのです。GPT(General Purpose Technology)「汎用技術」という言葉があります。社会を進化させるような影響の大きな技術ということで、人類の歴史が始まってから今までには、たくさんのGPTがありました。GPTの技術は、最初から「これがGPTだ」と決まっているわけではありません。たいていの場合、その技術が社会にどんな影響を与えるのか最初は殆ど理解されません。例えば、電気。そして、産業革命は、大量生産という仕組みをつくっただけではありませんでした。欧米や日本と言った当時の先進国、国のあり方そのものを変えたのです。

大量生産によって、ものはいくらでも生産できるようになりました。しかしそうやって生産を増やしていくと、工場の設備はまだまだ生産を増やせる余力があるのに、ものをつくるための原材料や燃料が足りなくなり、作ったものを売る先も不足してきました。そこで、最初に産業革命に成功したヨーロッパの国々が考えたのは、アジアやアフリカを植民地にすることでした。これが「帝国主義」と呼ばれた政策でした。大量生産を続け、ものの輸出を増やすために、他の国々を侵略し植民地にするという政策。つまり、ヨーロッパが常に中心にあって豊かさを楽しみ、植民地は資源を輸出しものを買わされるだけの周辺の国として、不平等を押し付けられるということです。帝国主義は、世界全体をヨーロッパとそれ以外に分け、「中心」と「周辺」というふたつに分離することに成功しました。ここから世界を先進国というウチと、それ以外の途上国などの地域というソトに厳密に分断していく構図が生まれてきます。

国内の体制も、ウチとソトを分断する政策に合わせて強化されました。他の国との熾烈な競争に勝ち抜くためには、国内の会社同士で競争している場合ではありません。だったら国内の会社どうしの競争をなくしてしまえばいい、という考えになり、会社の合併が進められました。会社は国を代表する巨大企業に統合されて、国の力を背景にして海外に進出していくようになります。どこの国でも、生産を担う工場の従業員を一生懸命養成するようになります。教育に力を入れ、「同じような単純作業を、皆と協力してきちんとこなす」という人材を、国を挙げて育てるようになったのです。教育された人々は巨大企業の工場の従業員になり、そこそこの給料をもらって生活は豊かになり、従業員たちみずからが、巨大企業のつくるさまざまな大量生産のものを買いまくるようになりました。人々が豊かになることで、政治も安定してきました。民主主義が成熟し、全員の投票で政治家を選んで議会政治を行い、貧しい人達には福祉制度で富を分け与え、できるだけ多くの人々が不幸にならないようにする。これこそが、20世紀のシステムでした。

この20世紀のシステムは、おおむね1970年ごろには完成したとされています。しかし、完成したと同時に、システムは衰え始めました。理由はふたつありました。ひとつめは「第二の産業革命」の影響がだんだん薄れはじめたことです。1970年代ぐらいになると、画期的な技術は新規に出なくなりました。もう一つは人口ボーナスが終わったことです。そうして20世紀のシステムがもう終わりかと思われていたころに、次の産業革命がやってきました。それが「第三の産業革命」と呼ばれているものです。1990年代ぐらいから始まったこの革命は、情報の革命です。IT革命という言い方もあります。要するに、コンピュータとインターネットです。このふたつは、おそらく次の時代のGPTになるのではないかと考えられています。

これにより、アマゾンや楽天のようなオンラインショッピングで、自宅にいても買い物ができ、音楽や映画や面白い文章をパソコンやスマートフォンで読めるようになり、遠くに住んでいる友人ともフェイスブックやツィッターやラインで気軽に繋がれるようになりました。しかも、これらのサービスの多くが無料なのです。この無料であることそのものが、実は第三の産業革命を、以前の第一と第二の産業革命とはある一点で、まったく違うものにしています。それは無料で動画や音楽や文章が伝わり、人間関係がつくられるというだけでは、富が増えないという点です。例えば、一つの国の富はGDPという数字で測られます。スマホやパソコンを買えばGDPは増えますが、頻繁に買い替える機械ではなく、いったん買ったそれらの機器を使って、どれだけインターネットを使いまくっても時間を消費しても、GDPは増えない。つまり経済は成長しないということになるのです。

そしてもっとひどいことに、第三の産業革命は、働き口を増やしません。インターネットの産業の一番の担い手である、アメリカの巨大ネット企業をみると、ものすごく社員数が少ないのです。時代の先端を進んでいる企業は、世界中どこでも人を雇わなくなっています。しかし、実は、働き口は増えています。例えば、アップルはアメリカ国内では人をあまり雇っていませんが、その代わりにアジアで仕事をたくさん増やしています。アップルはアメリカ国内では、iPhoneやiPadを製造していません。製造しているのは、中国の企業です。どうしてそんなことをしているかと言えば、中国人の方がアメリカ人よりもずっと安い給料で雇えるからです。いま先端的な企業は、皆同じようなやり方をしています。母国の本社にあるのは、頭脳部分だけ。そのかわりに世界中に部品や完成品を運ぶネットワークをつくり、そのネットワークを使って部品を組み立て工場に集め、その工場から完成品を世界に向けて配達します。だから製造業の会社なのに、社員数がとても少ないということが起きるのです。そういう仕組みを多くの先端企業が作り上げた結果、母国からは働く仕事が失われてしまっているというのが21世紀の今の現実です。でもその仕組みによって、部品を作っている国や組み立てを行っている国には、逆にたくさんの仕事が回ってきます。つまり仕事が、世界中に散らされているということ。先進国である母国の国民にとっては不幸なことが、これまで貧しかったアジアや南米の国にとっては幸せになっているのです。

20世紀型の世界のシステムでは、仕事は巨大企業に集められていました。だからこそ企業の成長はその会社のなかで働く人たちの幸せに直結していたのです。しかし21世紀型のシステムは、仕事は企業の内側から外側に散らされ、企業のなかに幸せな人をたくさんつくる代わりに、世界中に幸せな人を作っています。この「集める」から「散らばる」への変化が、世界中で起きているのです。組み立てや部品の製造だけではありません。もっと専門的な仕事も、世界中に分散しています。クラウドソーシングというシステム等がそうですが、インターネットには、こういう「散らばる」仕組みが、次々と登場しています。そして多くの人たちがそれらの仕組みを使い始めています。

産業は世界中に散らばり、そして同時にお金も散らばっています。でも大量生産システムが終わり、巨大企業が人をたくさん抱えなくなってくると、組織の仲間意識は薄れていきます。仕事や富が世界中に散らされることによって、企業の中や国の中の結束もだんだんと弱まっていきます。だから民主主義の土台が揺らいでいるということなのです。これは20世紀の世界システムを、逆回転させてしまっています。

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