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2013年7月28日 (日)

佐々木俊尚「レイヤー化する世界─テクノロジーとの共犯関係が始まる」(9)

第7章 レイヤー化する世界

この<>は、いったい私たちの生活や生き方をどう変えていくのでしょうか。見ようによっては、たんに権力が別の権力変わるだけのようにも感じられるでしょう。これまで大企業や国家が支配していた社会が、新しい別の企業に支配されるようになるだけじゃないか、と。しかし、そうではありません。また、<>は、単なる新しい権力というだけではありません。<>は、人と人の関係、人と権力の関係を根もとの部分からがらりと変えてしまうのです。

ITの専門用語にレイヤーという言葉があります。レイヤーは、「重ね合わされているもの」という意味です。例えば、ライオンが草原を走っている映像をライオンの部分と草原の部分を用意して、二つの部分を重ねると、ライオンが草原の位置を変える場面をいくつも作ることができます。アニメも、背景と人物を別々のシートに描いて重ねて撮影することで同じような効果を上げています。この部分に当たるものがレイヤーです。

これからの新しい世界システムでは、ウチとソトを分ける壁ではなく、レイヤーによって上下をスライスして分けていく考えかたに変わっていき、レイヤーの考え方は人間社会のありとあらゆる場面に使われていくことになるのです。境界のない世界。レイヤーは、こういう境界の存在しない形状をしているのです。例えば音楽やテレビ、本といった娯楽は、つぎのようなレイヤーにスライスされていきます。

インターネットというインフラのレイヤー

楽曲や番組、本などが販売されるストアのレイヤー

どんな音楽や番組が面白いのかという情報が流れる、メディアのレイヤー

購入した楽曲や番組を、テレビや音楽プレーヤーやスマートフォンやパソコンで楽しむという機器のレイヤー

そして楽曲や番組そのものというコンテンツのレイヤー

どのレコード会社のつくった楽曲なのか、どの放送局の作った番組なのかという縦の切り分けは、この<>の世界では意味を持ちません。どんな楽曲だろうが、番組だろうが、全部ガラガラポンの中に運び込まれて、それが様々なレイヤーを経由して、皆さんの手許に運ばれる。そういう風にかわるのです。

人と権力の関係も、レイヤーの構図に取って代わられるでしょう。これまで政治家や独裁者のような権力者は、上から人々を押さえつけてきました。権力は。切り分けられたケーキが収まっている化粧箱のようなものです。私たち一人一人の個人は、化粧箱という権力の中で、管理され、命令され、服従させられてきました。個人は一人ずつ切り分けられ、しかし全員がひとつの化粧箱に束ねられ、化粧箱に上から押さえつけられてきたのです。しかし、<>の世界では、権力はレイヤー化します。レイヤー化した世界に生きていると、そこには上から押さえつけてくるものもなく、全員が化粧箱の中に束ねられているわけでもなく、まるで自分が自由に生きているように感じられるでしょう。しかし、権力がなくなっているわけではありません。様々なレイヤーのうち、その時々でもっとも強いレイヤーが権力者になり、その<>を支配するようになる。<>とレイヤーは、そういう作用で働いているのです。ここでは化粧箱のように人々を束ね、上から見下ろして命令する権力はありません。そうではなくて、下から人々を支え、人々を管理する。それが新しい権力の形、新しい権力と人との関係です。

そして<>は私たち自身のあり方と、人と人との関係も変えて、レイヤー化していきます。これまでの人と人との関係は、化粧箱の中で切り分けられているケーキとケーキの関係でした。それぞれは独立し、分断されているけれども、同じ化粧箱の中に束ねられているという連帯感みたいなものがあったのです。でも<>の中では、私たち一人一人もレイヤーとなってスライスされてしまいます。私という人間は一人の独立した個人だけれども、一方で様々なレイヤーも持っています。そういう無数のレイヤーを積み重ねていった結果として、私という個人があるということになります。すなわち、私はレイヤーが積み重なったひとつの集合体であると言えるのです。

今までは、私と他の人たちを分離するのは、切り分けられたケーキとケーキの間の隙間でした。でも同じレイヤーでは、私と他の人たちとも容易につながることができます。そこには隙間も空間もありません。ソーシャルメディアのようなものが進化し、普及してきて、そういう同じレイヤーの人たちを探すのはいまとしても簡単になりました。自分は無数のレイヤーにスライスされて、そしてそれらのレイヤーで横にすぐにつながることのできる関係、それこそが<>における人間関係となっていきます。そして、そのようなレイヤーごとの人間関係の積み重ねによって、私という個人はここにあり、社会に存在できるということなのです。レイヤーにスライスされて自分という個人は切り分けられてしまっているけれども、切り分けられているからこそ、それぞれのレイヤーで他の人たちとし繋がりやすくなるということなのです。

 

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