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2013年7月25日 (木)

佐々木俊尚「レイヤー化する世界─テクノロジーとの共犯関係が始まる」(7)

第5章 崩壊していく民主主義と国民国家

いまの先進国の若者たちは、かつてと逆回りの変化を感じています。

繁栄から失業へ

平等から格差へ

希望から恐れへ

近代ヨーロッパの世界システムは、今から考えるととても脆いものだったと言えます。経済成長は増えていく富を全員に分配することができ、これが民主主義を支えました。しかし逆に考えれば、富が増えていかなければ分配が止まってしまい、民主主義の根っこにある「国の内側の全員をできるだけ幸福にする」という理念にひびが入ってしまいます。そもそもヨーロッパの世界システムは、最初から矛盾を抱えていたとも言えるでしょう。民主主義がつくったのは「全員が政治に参加できる」という理念です。そして民主主義は、決して参加者をウチとソトに分けてはいません。民主主義に参加できるのはヨーロッパ人だけで、アジア人やアフリカ人は参加できないとは言っていないのです。なぜなら地球上の人間は生まれながらにして全員がひとしく人権を持っている、ということを民主主義は考えの土台にしているのですから。そうするとそこから矛盾が出てきてしまいます。民主主義の土台となった国民国家は、国のウチとソトを分けることで成り立っていました。なのに民主主義そのものは、国のウチとソトを分けないことを理念としています。相反しているのです。

この民主主義と国民国家のすれ違いは、民主主義をほころびさせていくことになります。民主主義は最初にヨーロッパの国民国家の間で広まって行きました。しかし20世紀に入るころから、民主主義の理念はヨーロッパだけでなく、それまでソトだったアジアやアフリカや中東の国々にも伝わって行きました。そしてこれが「自分たちのことは自分たちで決めるんだ」という植民地独立の気運とつながって行きます。しかし、これはヨーロッパの国民国家が帝国主義と植民地支配を生み出し、そして国民国家から生まれた民主主義が、今度は植民地の独立を促したということになります。だったら、そもそも国民国家なんか生まれなければ、植民地にされることもなかったし、苦しい独立運動をする必要もなかったということになりませんか?おまけに植民地が独立し、ヨーロッパを真似て国民国家になるというのも、それぞれの地域の実情を無視していることが多くて、かなり無茶な選択でした。

そしていま、このヨーロッパの世界システムは衰えて滅びようとしています。三つの要因を考えてみましょう。

先ず第一。そもそも国民国家なんて、歴史の必然で生まれたものではありませんでした。ヨーロッパという特殊な地域のちょっと変わったシステムが、色々な偶然の積み重ねによってそのまま世界に普及してしまっただけなのです。だからこの「国民国家から始まった民主主義」というヨーロッパの世界システムは、永遠に正しい摂理であるとはいえません。

第二。産業革命による経済成長も、決して未来永劫に続くものではありませんでした。19世紀の後半に始まった「第二の産業革命」は1970年頃まで長く続きましたが、21世紀になったいまは、すでにその効果を失ってしまっていて、もはや経済成長を後押しするエンジンは存在していません。

そして第三。いま起きている「第三の産業革命」は、これまで先進国がウチに留めていた仕事を、ソトであるアジアやアフリカなどの新興国に分散しています。これは、近代ヨーロッパの世界システムの重要な要素だった「ウチとソトを分けることによってウチかせ繁栄する」という原理を、破壊しようとしています。

これに対して、政治的イデオロギー、経済政策での対策は通じませんでした。

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