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2013年7月22日 (月)

佐々木俊尚「レイヤー化する世界─テクノロジーとの共犯関係が始まる」(4)

第2部 近代─私たちが「国民」になった時代

第3章 「国民」は幻想からやってきた

なぜヨーロッパは、中世の帝国を蹂躙し、侵略し、世界のすべてを支配するような強い軍隊を持っていたのでしょうか?

それは、国民が団結できたからです。中世の帝国には、国民の団結などというものはありませんでした。そもそも「国民」などという概念さえありませんでした。あったのは、世界ネットワークを利用しながら自由に動き回って生きていた、さまざまな「民族」だけだったのです。しかし近代ヨーロッパの国々は、「自分たちは同じフランス人なんだ」とかいうような団結を強く意識し、国民は自らの国旗のもとにはせ参じて軍隊に入隊し、これが強い武力の源になったのです。

国民という概念が生まれたのは、実はヨーロッパという地域が持っていたきわめて特殊な性格が原因になっています。ここで、国というものの意味を国民の視点からとらえ直して見ましょう。国というのは、国民である私たちにとっては最終的な「よりどころ」のようなものです。現実的には、生活のよりどころであり、警察による治安だったり、外国の侵略から守ってくれるなどの現実的なよりどころと、帰属意識をもつことでアイデンティティをもてる精神的なよりどころ、でもあります。

古代のヨーロッパでは、現実的にも精神的にもローマ帝国が最大のよりどころでした。しかし、ローマ帝国が衰え、よりどころでなくなった時に、人々の心の空白を埋めたのがキリスト教でした。キリスト教が以前の宗教と大きく違っていたのは、神様が道徳を語り「人を愛せよ」と教えたことでした。その教えは、疫病が流行し、何もかもが信頼できなくなった時に、自分の哀しみを癒してくれるなぐさめとなり、キリスト教は力を持ち続けました。とくに、ローマ帝国が滅亡した後、ヨーロッパは小国家が乱立したままになり、現実的なよりどころは消滅してしまいました。ユーラシア大陸の中心から見れば、ヨーロッパは辺境の「忘れられた土地」になりました。ヨーロッパは辺境のその代わりにキリスト教が精神的なよりどころとして君臨し、ヨーロッパ人の心を占め続けたのです。「忘れられた土地」であるヨーロッパに住む人のあいだでは、「自分だけのキリスト教聖地」みたいなものをつくって、心の隙間を埋めようという動きまで現われました。

このように教会が人びとのよりどころになったことは、ヨーロッパをたいへん特殊な状況に置きました。中世ではたいていの場合、精神的なよりどころと現実的なよりどころの両方を帝国という大きな国が担っていたのですが、ヨーロッパではこのふたつのよりどころが分離してしまったのです。現実的なよりどころである「俗」の世界は、封建制度でした。これは今の国家とは違い、国王と領主等の関係があくまでも個人と個人の関係だったということと、法律とか制度とか組織とか、そういう枠組みのようなものが全然なく、この関係は領地についてだけの話だったということです。そこでの領民は単なる「領地のおまけ」にすぎなかったのです。一方で、精神的なよりどころである「聖」のキリスト教会は、「俗」の世界ではオマケでしかない人々の心を支配していました。誰もが教会に属していました。ある教会の教区で生まれたら、幼児の時の洗礼から結婚、葬儀までの一生が教会によって管理されたのです。それはまるで人間のからだのようなものだったと言えるでしょう。無数の細胞があって、それぞれは勝手に生きているけれど、その無数の細胞をキリスト教という「生命」のようなものが有機的に結び付けてもひとつのからだを維持している。そういう構造です。中世ヨーロッパというからだは、キリスト教という大きな生命に支配され、ひとつの身体をつくっていたのです。

これに対して「俗」の小国に細かく分かれた状態が常態化し、現実の帝国が不要であることをヨーロッパの王族たちは実感したのです。強大な帝国が出て来るよりは小国が乱立したままの状態にして、バランスを保った方がいい。それぞれが同盟関係をつくり、互いに外交官を常駐させ、国家間の利害を調整しよう。そういう動きがだんだん現われて来ます。このような中世の帝国とは違うシステムが成立し、いまの「国際社会」の原型となりました。このヨーロッパをモデルとした国際社会のあり方が、20世紀に入ると世界全体にいきわたり、ひとつの民族がひとつの国家をつくり、それらの国家が集まって国際社会を形成するという今のようなシステムへと成長していったのです。そして、中世の終わりから近代に始めにかけて、キリスト教会の失墜がおこり、精神的なよりどころを失ってしまうのです。

キリスト教会失墜の原動力となったのは「印刷」の発明でした。印刷は人々の信仰を大きく変えました。それまで聖書といえば、修道院や大学の図書館のような特別な場所にしかなく、しかも一冊一冊手書きで書き写された写本でした。羊皮紙にインクで描かれた写本の美しい聖書は、図書館の壁に鎖つきで保管されているほどの高級品だったのです。さらに聖書は、ローマ帝国の公用語であるラテン語で書かれていました。ラテン語は中世ヨーロッパの知識人たちだけが使う共通語で、普通の人には全然読めませんでした。だから聖書を読めるのは神父様などの知識人に限られていて、これが教会の権威のもとにもなっていたのです。

そこに現われたのが、マルティン・ルターです。境界と対立を深めたルターにとっての武器は、その頃普及しはじめていた印刷技術でした。聖書を民衆が理解できるようにわかりやすいドイツ語に訳し、これを印刷して出版したのです。これがしゅぅきょぅ改革の発端となり、キリスト教は多様になり、ローマ教会の権威は相対的にだんだん低くなっていったのです。でも、これはヨーロッパの人々に危機をもたらしました。「聖」という精神のよりどころが衰えると、精神の支えがなくなってしまうからです。絶対王政がこれに代わろうとしましたが、相次ぐ革命で王の権威も失墜します。

フランス革命で国王を処刑した人々は、その王の財産を「フランス人の全体が王の財産の相続者だ」ということに至ります。ここではじめて、「フランスという国民が国を作っている」という新しい考えが生まれました。これこそが「ひとつの民族がひとつの国」という国民国家のスタートに他なりません。つまるところ国民国家というのは、帝国の権威が消え、キリスト教会の権威も衰え、王の権威も革命で消え、権威が何もなくなってしまった後に、無理矢理「国民という権利」をこしらえたということだったのです。

そして、この「ひとつの国民がひとつの国」という国民国家は、たいへんな副効用がありました。それは、国民国家はめっぽう戦争に強かったということです。なぜ戦争に強いのでしょうか?それは国民兵が「同じ国民」として強く団結して戦えたからです。フランス革命で祖国フランスを防衛するために募られた義勇兵は、近代ヨーロッパの国民皆兵制度の始まりとなりました。この国民の軍隊はとても強く、おまけに加減を知りませんでした。中世までのヨーロッパの戦争は、「ほどほどに、決着をつけずに戦う」というのがおおかたのルールでした。殺し合いは少なく、お互いの被害は最小限に、話し合いの余地は残しておこうという戦いだったのです。しかし、フランス革命の熱狂の中で集められた国民兵たちは、そのルールを無視しました。国が総動員され、国民すべてが兵士になり、敵を殲滅するという近代の戦争は、ここから始まったのです。 

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