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2013年7月16日 (火)

「生誕250周年 谷文晁」展(2)

Tanirenzan展覧会チラシを見ると、谷文晁という人は様々な流派の画法を学び折衷に努めて一家を成したと解説されていますが、狩野派とか土佐派とか言われてもピンと来ないので、取敢えず最初に展示してあった『連山春色図』を見てみましょう。私のような素人でも山水図というのがもともと禅の思想的な表現で、単に風景を写したというのではなくて、そこに虚構的な仕掛けが施された約束事があること程度の知識はあるつもりですが、ここでは、その世俗化とみていいのか、山水画の構図に見立てて、描かれているようです。実際に、ここで描かれているような山稜が日本に現実に存在するかと言えば、私は見たことがありません。私は学生時代、国内の山岳をけっこう登って回りましたが、これに似た山も見たことがありません。つまり、これは現実の山ではなくて、山水画のお約束で「山というのはこうして描きなさい」という作法に基づいて描かれた、言うなれば、山ということを示す一種の記号です。だから、そこに描き手がユニークな解釈を施すことができず、山という記号が伝わることが優先されます。記号の代表的なものは文字ですが、文字を独自の解釈でユニークな形にアレンジしたら読むことができなくなってしまいます。ここでの山は、それて似たようなものでしょう。そうしたら、記号として伝わることが優先されるとしたら、それに支障がない範囲で装飾を加える程度の趣向というところで、描き手は個性を出すしかない、ということになります。言うなれば小手先です。こういうのは谷文晁が始めたのか、分かりませんが、例えば中世の雪舟に見られるようなゴツゴツした描線から醸し出される山稜の厳しさのようなものはなくて、山脈は岩稜ではあるものの、細い線で繊細に描かれ、たおやかな印象を受けます。左側の山稜が屈曲しながら画面手前のこちらに向かって途切れることなく連なってくるのは禅画の作法のよるものでしょうか。手前の森林の緑と奥の岩稜の土色がそれぞれ地味な色ですが、そのぎらでーションを使って遠近感と空気感を感じさせると言ったらいいのか。これは、その諧調を愛でて楽しむという類のものではないか。つまり、趣向です。山ということなら、例えばセザンヌのように山そのものの存在感を本質と捉え、それを画面に定着させるにはどうしたらいいか、というようなことはなく、山らしく描いてみせて、あとは、それを見立てて描き方の趣向やテクニックを愛でるということになるでしょうか。セザンヌの立ち位置で悪意で言えば、一種の退廃です。何を描くかという本質的なところは、取敢えず問わずに、巧く、うけるような描き方を工夫するということになるわけです。だから、このような美術館に展示して、真面目に鑑賞するというのではなくて、強いて言えば、部屋に飾って親しい友人と、これを眺めるでもなく、深山の風景に思いを馳せて一献傾けるのに御誂え向き、といったものなのではないかと、想像します。それを考えると、構図とか線の引き方とかよりも、薄ぼんやりとした空気の感じが淡い色調のグラデーションでうまく出ているのが、雰囲気を醸し出しているように見えます。

Tanikannon実際に、石山寺縁起絵巻を復興させたりしていますが、きっと器用な人だったのではないかと思います。だからこそ、そういうことができた。今回の展示でも、これがひとつの目玉となっていたようですが、私は見てても、ちっとも面白くなかった。多分、(西洋)絵画という概念に毒されているからかもしれませんが、谷文晁は器用に巧みに絵巻を復興、再現していますが、お手本を見倣って、うまく写したという程度にしか見えませんでした。少なくとも、画家谷文晁ではなくて、優秀な職人の業績というものではないか、と思い、ここで美術館として展示する意義がどこにあるのか、谷文晁の世界というのか画家としての視野というよりも、手先の器用を生かしたアルバイト程度ではなかったのか。その証拠に、この絵巻の視野とか世界観とか技法とかいったものが、谷文晁の描くものにどのように影響していったのか描いたものに、どのように現われているかの検証するような展示がなかったからです。

Tanil_2もう一つ見てみましょう、『慈母観音図』というものですが、山水画とは全然別の仏画です。同じようなものが2点並んでいますが、この2点の区別がつくでしょうか。私は、区別がつきませんでした。左側が酒井包一、右側が谷文晁の描いたものです。二人の絵師は交友関係にあったらしいですから、相互影響もあったのかもしれませんが、ここまで同じような作品を遺すとは、驚きました。なお、今回の展示では酒井のものは展示されていません。たまたま、ネットを見ていたら見つけてしまったのです。これだけから即断するのもどうかと思いますが、慈母観音像のお約束があって、二人とも、それに忠実に従った結果が、このようなものになったのではないか、と思います。

今回の展示されたものの中に谷文晁が模写したものが少なからずありました。その点でも、器用さという点で秀でていたのは分かります。しかし、ここで西洋の油絵の模写をしていますが、遠近法という視野、世界観、あるいは輪郭を線で捉えるのではなくて面とか立体として捉える空間把握というような本質的な絵画思想のようなことは、模写することによって谷文晁の作品世界に影響があるかというと、それは全く見られない。それは、構成の明治維新政府が西洋の知識や技術を熱心に輸入に努めた時の和魂洋才、つまり、小手先のテクニックの速効的な導入に努めたことの先駆けかもしれません。

そのようなところで谷文晁の特徴として、私が見出したのは、描くということは記号的な戯れとして、お約束の文法に乗って、その中で趣向という、テクニックを追求するということで、そのテクニックの細かな差異が彼の特徴であるとして愛でるということではないかと思います。そのためには、自分でも多少は絵筆をとって嗜む程度の知識と経験がないと、かれのテクニックがどのようなものであるかは、理解できないという、好事家とか、大名のような当時の知識人という閉じた世界のなかで戯れるには最適のものだったのではないか、と思いました。かなり揶揄的な書き方になってしまっていますが、しかし、ここでもちいた言辞は、二十年ほど前に一世を風靡したポストモダンの論客たちが好んで用いたタームを意識して流用してみました。というのも、小手先の細部の差異に戯れるというようなことは、まさにポストモダン的なものそのものだったからです。こんな言葉を使って、すごく懐かしい気がしましたが、谷文晁の描いたもの、描き方というのが、そういうものと親和的ではないか、とつよく感じました。もし、20年前だったら、谷文晁とポップアートを並べて見るといかいった企画があり得たかもしれないなどと思いました。

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