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2013年7月 8日 (月)

あるIR担当者の雑感(125)~アピールすることと理解してもらうこと

私の勤め先は、ここで何度もお話ししているようにB to Bの事業をしている中小の機械メーカーです。いわゆる新興市場に上場し中小型株にあたる市場では地味な会社です。メーカーでとくに一般消費者向けでなく、それなりの歴史もあり業績も比較的安定しているため、市場では安定した会社ということで一定の評価を得ているという会社です。そのため、会社の伝的な姿勢でもあり、決算発表と同時に次期の業績予想を発表する場合には、堅実な予想数値を公表しています。好評というのは、前期の実績をベースに営業等の現場で細かく積み上げた確実性の高いデータが基になって作られているということです。ただし、単なる積み上げデータではなくて、そこに会社の方針や経営者による手が入り、最終的な予想数値がつくられます。その結果出てくる数値は、1年後の実績が出るときに達成される可能性が高いもので、予想数値を見る人にとっては、信頼性の高いものです。それが、投資する側としては、逆に面白みがないと映ることもありますし、辛口の人であれば、そこで何かのプラスをつけていくのが経営であるのに、それがないというような叱咤をしたくなるような物足りなさを感じる人もいるようです。

実際のところ、予想数値を出してみて、実績がそれを達成できなかったとか、途中で達成が難しいので業績予想を修正しなければならなくなる、という場合にはその理由を説明しなければならないし、課題を達成できなかったという感じもするため、実現可能性の高い予想数値を出す傾向があります。逆に、実績が予想数値を大きく上回ってしまった場合、その理由も説明することになりますが、そういう説明はむしろ誇らしい、と。私の勤め先も例外ではありません。だから、IRの場においては、予想数値の説明をする際には、前期実績をもとに今後にむけての予想数値を説明する時の関連性のロジックを精緻に構築することになります。実現可能性の高いことを前期実績をベースに理解してもらうということになるため、ロジックを組み立てて筋道を理解してもらう必要があります。だから、場合によっては会社と側と説明を聞く側との間で、予想をめぐっての細かな数字の確認作業を繰り返すこともあります。それはそれで大切なことです。

しかし、このようなことをIR担当者が言うのは、よくないことですが、結局、将来のことは、その時になってみないと分からないものです。それを恰も確定しているかのように細かく数字を詰めていくということ、そして実績がそれをほぼ達成するというようなことを安定した経営だとして続けていることについて、まるで未来が決まってしまっているかのように知らず知らず振る舞っていることに対しても、ちょっと大げさですが、ハイデガーという哲学者の“頽落”という言葉を思い出すことがあります。通俗的な解説をすれば、将来というのはどうなのか分らないから、人間はどうしても不安になってしまう。不安というのは対象が特定できず漠然としたものだから、それに備えるということはできず、宙ぶらりんのような状態に立たされるということになる。そこで人間は何か確かなもの、例えば明日は今日と変わらずに来る、昨日から今日も来たのだからきっとそうなるというような確かそうなものに縋る、そうすれば不安を忘れることができる。そうしているうちに不安を忘れてしまう。その時に、本来ならば不安な未来に向けて自己を投げ出して切り開いていくというような、本来的な姿勢を忘れていってしまう。それは、傍から見れば疎外されたような状態ではないか。というようなことを“頽落”という言葉で言ったと思います。かなり捩じ曲げた通俗的な解釈ではありますが。企業で言えば、そこまで細かく数字が作りこまれて、確実に行けそうだというようなことになっているのなら、極端な話、そこに必要なのは経営ではなくて管理ということになってしまいます。

そういうことを意識すると、毎回のIRの決算説明会で、毎回同じパターンを繰り返すということは、本来あり得ないと考えます。但し、説明会に出席する人は、企業の変化を見たいわけでしょうから、前回と比べて何が変化したかを知るためには、前回と同じような情報が継続して知らないと分かりません。だから、全く変えることはできない。しかし、それを口実に毎回同じバターンを繰り返す会社の説明会も少なくないと聞きます。それこそ、“頽落”してしまったものでしょう。あるとき、あるIR支援業者の人と話をしていてIRはクリエイティブの要素があるからと話したら、きょとんとされたことがあります。

さてもこのような話をしたのは前振りで、ここからが本題です。実は、上で話したような私の勤め先が、今回の決算では、厳しい状況の1年でしたが売上は予想値に届かなかったものの、営業利益は大きく予想を上回るというまずまずの結果だったのを受けて、企業の将来を展望して、かなりポジティブな業績予想を打ち出したのです。そのことについて、企業カルチャーが変わったかという人や、堅実な予想をする会社なので今回の予想には何らかの隠された根拠があるに違いないと詮索する人も、いらっしゃいました。これらの人たちは、私の勤め先を何年かウォッチしてくれている人たちです。そういう人たちで、こうなのですから、そうでない人の場合には、どうなるのか。

実は、今回の予想数値の決め方は従来の各営業による見込み客の積み上げをベースに算出していたのですが(もちろん、そのままの額ではありません)、今回は社長からこれだけはやらなくてはならないという事前にある程度の数字を出してきたというボトムアップからトップダウンの決め方に替わったといえます。社長は、現時点ではこのくらいところまで実績が行くだろうという見込は持っていたと思います。昨年まででしたら、それは終わりだったのです。しかし、今回は、会社が将来に向けて成長していくような、強い企業力を持つためには、昨年公表した中期3ヵ年計画を達成することが必要。そのためには、この1年で、ここまで伸ばさないと、3ヵ年計画の目標には届かなくなってしまう。という会社の将来を見据えて、そのためにこうしなければならない、というのが大きく働いたのでした。だから、予想数値の作り方も昨年までとは違って、粗っぽいものになってくるわけです。確度の高い積み上げではなくて、不確定な部分を多く含んで予想数値を出してきているわけですから。出している数字にはふり幅が生まれています。それをそのままストレートに説明しても、数値の整合性がないとか、ひどい場合には根拠の薄いところでセンセーショナルに煽っていると、受け取られてしまうおそれもあります。数字というのは、客観的で、どんな場合にも決まった価値、内容であると思われがちですが。同じ数字でも、受け取られ方が全く違ってきます。

実際には、会社を見ていただいている人たちにも、そういう会社の姿勢の変化を理解してもらって、予想数値の見方を少し変えてもらうのがベストであると思います。従来のパターンとは違った方向に行こうとする場合、そのことをアピールするのはいいのですが、理解してもらうことは難しい。試行錯誤を続けています。

ここ数回の雑感は、手探りの渦中で書いているので、分かりにくく、読みにくいかもしれません。

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