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2013年8月 2日 (金)

アンドリュー・S・グローブ「インテル戦略転換」(3)

第2章 「10X」の変化

企業の競争力を分析する場合、そのほとんどは変化のない状況下でのものだ。ある一時点において企業に影響を及ぼす複数の力を描き出し、それらの力がどう作用して、企業の望ましい、あるいは望ましくない状況を作り出すのかを説明するものだ。しかし、力のバランスに大きな変化が起きている場合には、この分析はあまり役に立たない。これらの力の一つが、例えば10倍もの規模に増幅されたとすれば、従来の競争力の分析では企業がどう動くかを理解する何の援けにもならないのである。

事業基盤の要素に変化が起き、それが桁違いの規模になっていくと、予測はことごとく裏切られることになる。風はやがて台風となり、波はやがて高波となるように、一つの競争相手はやがて熾烈な競争を生む力へと変わる。私は、六つの力のいずれか一つが大きく変化することを「10X」の変化と呼んでいる。要するに、力の大きさがそれまでの10倍になった状態をいう。企業は「10X」の力に遭遇すると、もはや自分の運命をコントロールできなくなる。企業にとって未経験のことばかりが起こり、そうなると従来の方法ではとても対応しきれない。まさに「何かが変わった」という状況なのである。

転換点とは何か。数学で言えば、曲線の変化率が変わる変曲点のことで、符号が変わるところだ。経営戦略に関しても同じことが言える。転換点に来ると、これまでの戦略的構図が消え去り、それに代わって新たな構図がうまれることになる。その構図にうまく適応できる企業であれば、より高いレベルに達することも可能だ。しかし、この転換点での舵取りを誤ると、ある頂点を通過した後に下降線をたどることになる。この転換点に差しかかって初めて、経営者は困惑し、「何かが違う。何かが変わった」と気づくのだ。つまり、戦略転換点とは、さまざまな力のバランスが変化し、これまでの構造、これまでの経営手法、これまでの競争の方法が、新たなものへと移行していく点なのである。

いつ戦略転換点が来るのかを正確に示すことは難しい。後から振り返ってみたとしても、難しいのだ。後から考えても特定することが難しいというのに、どうすれば戦略転換点を通過しているということが分かるのだろうか。実際には、戦略転換点を通過している人たちは、各自が違う時点で通過中であると感じるのだ。転換点にいる時の議論は残酷で厳しい。「もし、我社の製品がもう少し優れているか、もう少し安ければ、問題はないはずだ」とか「景気が悪いせいだ。設備投資が回復すれば、また以前の成長を取り戻すさ」という意見もでてくる。しかし、「この業界はすっかり変わってしまった。最近のコンピュータの使い方ときたら、いかれているとしか思えない」というひとがいても、その意見が取り入れられることはまずないだろう。

どのような状況が組み合わされば、戦略転換点になるのだろうか。多くの場合、戦略転換点はいくつかの段階を経て明らかになってくる。最初に、何かが違うという不安感がある。物事が以前のようには上手く行かなくなる。次の段階では、企業が取り組んでいるはずのことと、実際に内部でおきていることとのずれが次第に大きくなってゆく。こうした企業方針と行動の不一致が、今まで経験してきた混乱とは違うものだということの暗示なのだ。やがて、新しい枠組み、考え方、動きが生まれてくる。

戦略転換点を通るのは、死の谷の危険を冒して立ち入るというのが的を得ているかもしれない。従来の経営手法から新しい手法へと移行するための危険な綱渡りだからだ。経営者は、仲間の何人かは谷の向こう側まで一緒に渡りきれないと知りながらも、進んでいくのである。経営者の務めは、犠牲を承知でかすかに見える目的地へ向かえと号令を掛けながら進むことである。

形のない転換点を相手に、どのようにしたら適切な処置を講ずるためのタイミングがわかるのだろうか。残念ながら、これといった方法はないのだ。それし、全体像が見えず、データもそろっていない時点で行動を起こすということを意味する。この時ばかりは直観と個人的判断しか頼れるものはない。要するに自分の直観力を磨き、様々なシグナルを感知できるようにすればいいのである。戦略転換点とは、目を覚まし、耳を傾けるべきときなのである。

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