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2013年8月 1日 (木)

アンドリュー・S・グローブ「インテル戦略転換」(2)

第1章 何かが変わった

1994年インテルは、本格生産を始めた最新鋭ペンティアム・プロセッサーの欠陥が表面化し、一度は収束するかに見えたが、1週間後にIBMが搭載中止の発表によって、さらなる混乱に巻き込まれた。

この問題の処理にあたったのは、インテルに入社して10年目くらいの社員がほとんどだった。彼らの知るインテルは、着実に成長を遂げる企業だった。一生懸命働き、一歩一歩前に進めば、必ず良い結果が出るということを体験してきた者たちだ。それが今や、突然、成功を予測するどころか、目の前のことさえ予測できなくなったのだ。必死に抵抗する社員たちは不安を拭えず、恐怖さえ感じるようになっていた。また、この問題には別の側面もあった。仕事場だけでは収まらなかったのだ。社員たちは家に帰り、家族の夕食の席でも、パーティの席でも話題の種になった。このような変化は、社員たちにとってはつらいものだった。まして、翌朝もまた会社で対応に追われるとしたら、気を取り直すどころではなかったのだ。

その翌週、われわれは、それまでの方針を180度転換し、ユーザーの交換要求にすべて応じることにした。それは大変な決断だった。すでに数百万個のチップを出荷していたが、そのうちどれくらいが返品されて来るのか、推測することすら不可能だった。早速、体制を実質ゼロからつくりあげた。消費者との直接取引をしてこなかった我々は、ユーザーの質問にじかに対応した経験は全くなかった。それが突然、来る日も来る日も大規模に取り組まなければならなくなったのだ。最終的に、我社は巨額の損失を出さざるを得なくなった。実に、年間の研究開発費の半分、ペンティアムの広告費5年分にあたる金額だった。

この時以来、われわれは仕事への取組み方を全面的に切り替えたのである。

 

26年間というもの、我々の製造したものが製品として適切かそうでないかを判断するのは常に我々自身だった。品質基準も仕様も、決定するのはわれわれで、製品が基準に達しているとわれわれが判断した時、製品を出荷してきた。ところが、突然、あらゆる方面から「いつから製品評価が出来る身分になったんだ」とでも言いたげな視線を向けられるようになったのである。その上、我々がマイクロプロセッサーを販売してきた相手は、ユーザーではなくメーカーだったから、トラブルの際にも、メーカーを相手に、技術者対技術者で、会議室で黒板を使ってデータ分析をしていればよかったのだ。それが突然、25000人ものユーザーが毎日電話をかけてきては「新しい部品に替えてくれ」という。気が付いたときには、何一つ我社から直接買っていないのに、我社に対して激怒している人々への対応に追われていた。

最も受け入れ難かったのは、外から見た我社のイメージだった。私はまだ、インテルは創造的で活力溢れる、スタートしたばかりのベンチャーで、他の同様の企業より少し大きくなった程度の小回りの利く企業だと考えていた。しかし、世間は我社をいわゆるマンモス企業とみなしていたのだ。世間の目からみれば、そんな大企業が人びとを欺こうとしていると映っていたのである。一年ほどたって振り返ってみると、長期にわたり二つの大きな力が我々に作用していたことが分かる。第一に、製品に対する一般の認識を変えようとする我々自身の試みがあった。事件の数年前、我々は大々的な販売促進キャンペーンを開始していた。このキャンペーンの狙いは、コンピュータ・ユーザーに、コンピュータの中に入っているマイクロプロセッサーこそが、コンピュータそのものであるということを知ってもらうことだった。そういうわけで、ペンティアムに問題が生じたとき、我々の広告戦略がユーザーを我社に直接差し向けてしまったのだ。第二に、我社の急成長だ。大企業として強いアイデンティティーを持つようになった我々は、今までに体験したことのない不快な現実と格闘していた。ユーザーから見れば、我社は巨大企業になっていたのだが、残念なことに、大事件が起きてはじめて、我々はそのことに気付いたのである。もはや、今でルールは通用しなくなっていた。新しいルールが敷かれ、我々は大損害を余儀なくされた。問題だったのは、ルールが変わったことに気付かなかったということだけではない。さらに悪いことに、我々はどんなルールに従えばいいのかも分らなかったということだ。分かるのは何かがかわったということだけだ。この件が起こる以前は、すべてが順調に推移していたのだ。しかし、突如として、それだけでは不十分だということになったのである。

企業は、数ある暗黙のルールによって経営されているが、そのルールは時として変化するものである。それも大幅に変わることがよくあるのだ。しかし、ルールが変わったことを告げる警告などは存在しない。我社に何の前触れもなく忍び寄ったように、あなたの企業にも忍び寄るものなのだ。分かるのは、何かが変わったということだけ。大きくて重大な何かが変わったということだけで、それが何であるのかは、明確には分らない。

こうした現象は、よくある。ビジネスとは、他のビジネスに変化をもたらすものであるし、競争も変化をもたらすものであるし、競争も変化をもたらすものでもある。技術も変化をもたらすし、規制の導入や撤廃によっても大きな変化が起きる。その変化は企業だけに影響することもあれば、産業全体に及ぶこともある。したがって、風向きが変わったことを察知し、船を壊さないよう適切に対処する能力こそが、企業の将来には不可欠なのである。

 

私はペンティアム事件の本当の意味を、最後に理解した一人だった。何かが変わったことに気付き、新しい環境に適応しなければならないと理解するまでには、容赦ない批判の集中砲火が必要だったのである。我々は、やり方をすっかり見直し、いまや我社の名前が一般家庭でも知られており、巨大な消費財メーカーになったという事実を受け入れられるようになった。もしそれまでのやり方に固執していたら、新しい顧客関係を育むチャンスを失うばかりか、会社の評判や経営にダメージを受ける可能性すらあったのである。教訓として残るのは、われわれは誰でも変化という風に自分自身を晒さねばならないということだ。

 

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